当サイト収録作品の続編です。
WJ2015年41号(57話)ネタバレ
緑轟前提。予めご了承ください。
BE MINE/1
「それにしても、若いのに両手が使えないのは不便だねぇ」と冗談っぽく言ったのは、一見カタブツそうなマニュアルヒーローであった。ヒーロー殺し逮捕騒動の揉み消しを告げた保須警察署の面構犬嗣署長が帰った後のことであった。入れ替わるように病室に顔を出したエンデヴァーが「話がある」と息子の焦凍を連れ出し、グラントリノは近くにホテルを取って少し休むと言っていた。
「確かに、この手では食事など、身の回りのことはしにくいかもしれません」
飯田天哉が生真面目に頷き、緑谷出久も片手を小さく挙げて「て、手伝ってあげるよ」と宣言したところで、マニュアルヒーローがプッと吹き出した。
「うん、そういうのも大変だろうから、できる範囲で手伝ってやってね。本当に優等生だなぁ、君達は」
「はぁ」
自分ひとりでさんざん笑って気が済んだのか、マニュアルヒーローは「じゃ、退院することになったら電話してね。今は僕が君の保護者ってことになってるから、色々手続きとかあるんだよね」と言い残して帰っていった。
「じゃあ、僕もグラントリノさんに連絡しなくちゃなのかな……って、あのひとケータイとか持ってるんだろうか。連絡先、固定電話しか聞いてないや」
飯田と緑谷二人、病室に残ってきょとんと顔を見合わせていると、飯田が「あ」と、小さく声を漏らした。
「若いのにって、そういうことか」
「えっ、なに?」
「なにっていうか、ナニ?」
病室の簡易ベッドの上であぐらをかいていた飯田の病衣の股間が、妙に膨らんでいた。性的な刺激は無かった筈だが、あんな事件の後なので、我知らず気が昂ぶっていたのだろう。
「ど、どうしよう」
「そっとしておいてくれたら、勝手に鎮まる……と思う、多分。それとも」
飯田はそこまで言うと、チラッと緑谷を見上げて「それとも緑谷君、手伝ってくれる?」と、イタズラっぽく笑ってみせた。もちろん、魔が差して口走った発言であったが、緑谷は真に受けたのか「手伝ってやってねって、マニュアルさんも言ってたし」などと呟いた。
「緑谷君に断られたら、轟君に頼むしかないからね」
「えっ、それは……困る」
その反応に、飯田は体育祭直後の噂話を思い出した。男同士だし、すぐに鎮火した話だし、本人らも否定してたから、女子が面白おかしく脚色したデマだと思っていたのだが。
「手でいいよね? でも、絶対に轟君には内緒にしてね」
「お、おう」
緑谷が深呼吸ひとつすると、右手を差し伸べてきた。
嫉妬、だったのだろうか。
轟はそんな馬鹿なことを頼まれても引き受けないと信じているが、万が一ということもある。自分には轟君の自由意志を妨げる権利なんか無いけど……でもやっぱり、他の人とはシてほしくない。
ただの友達と思っていた相手のモノに触れるのは、あまり抵抗がなかった。それは轟との付き合いで、接触に対する心理的なハードルが下がっていたせいだろう。ズボンの前開きをこじ開けると、既に熱を帯びて硬くなっているものが、勢いよくボロンと飛び出してきた。握り込むだけで、既に先端から露が溢れている。
そりゃ、他人に触られることなんて無いもんな。僕だって無かったもん。自分のもっとも弱い部分を委ねることへの恐怖と込み上げる未知の感覚への期待感がない混ぜになって、理性も知性もかなぐり捨てて吐き出したいという本能に呑まれていくあの感覚は、あまりにも圧倒的で。
「飯田君、気持ちいい? あんまり上手くなくてごめんね。これぐらいで握ってて、痛くない?」
「あ、うん。構わないよ」
轟君はどう触ってくれてたっけな、と記憶を辿りながら、浮き上がっている筋をなぞったり、くちゅくちゅと粘膜と皮膚を擦りあわせたりと、半ば作業的に手を動かす。不思議と汚いとは思わなかったが、釣られて劣情が込み上げてくることもなかった。明るいところでマジマジと眺めてるせいか、むしろ、グロテスクで愛敬のない爬虫類か何かを弄っているような、ヘンテコな気分。
「まだ? もう少し?」
「あぁ、ちょっともどかしい、かな」
飯田の呼吸は乱れていて喋りにくそうな様子で、少なからず「感じて」いるらしいことは伝わってきた。だったら早くイってよ。これ以上、どう触ったらいいのか、よく分からないし……と思っていると、寝間着のポケットに突っ込んでいた緑谷のスマートフォンがブルルッと震えた。
「ちょっとごめんね……あ、轟君、戻ってくるって。コンビニ寄るけど、差し入れ何がいい、ってメールで」
思わず顔を見合わせる。もちろん、こんな状況を見られてはマズイわけで……なるべく到着を引き延ばそうと、緑谷は頭をフル回転させた。
「えーと。飯田君の手をあんまり使わずに食べれそうなもの、とか答えておこうか?」
「お、おう」
なんだろう、この背徳的な気分は。
緑谷が片手で返信を打っている間、もう片手でおざなりに触れられているのが、むしろ興奮した。そろそろ出そうだから、キスとかしたいな。でも、このギプスが邪魔かな。
「ちょっとピッチ上げるよ。手よりはイイはずだけど、痛くしたらゴメンね」
緑谷がスマホを放り出し、飯田の前に屈み込んだ。ぬるっとした感触に包まれて、飯田は何が起こったのか、一瞬把握できなかった。緑谷のもっさりした癖っ毛しか見えない状態だが、局部の触覚で歯と舌の形を感じて、咥えられたのだと認識した。そのシチュエーションだけで興奮してしまい、思わず腰が浮き……頭の中が一瞬、くらっと白くなった。
我に返ると、緑谷が口にティッシュを当てて、受け止めたものを吐き出していた。
「やっぱ、飲むのは無理か」
「あ、当たり前だろ。というか、こっちこそ済まない」
でも、そこまでしてくれるなんて感激だ……という言葉を飲み込む。
一方の緑谷は、飲んじゃった方が完璧に証拠隠滅できたのにな、と胸の中だけで呟いていた。愛とか気合いとかで簡単にできる行為じゃないよね、これ。ティッシュ、どうしよう。トイレに流したら詰まっちゃうし。屑カゴじゃ匂うだろうし。この病室備え付けの消毒アルコールって、ファブリーズの代わりになるのかな。
「あと、歯ブラシって、あったっけ」
「確か、マニュアルさんが置いてった荷物に。皆の分って……その前に、ズボン直して欲しいんだけど」
「あ。ごめんね」
紙袋の中に、新品のパンツやらタオルやら歯磨きセットやらが複数詰めてある。金銭的な負担はオトナ同士のハナシだろうから詳細は分からないが、値札が丁寧に剥がされている辺りからして、少なくとも調達はマニュアルヒーローが担当したらしい。緑谷は、慌ただしく飯田の身づくろいを手伝った後、病室の隅に備え付けてある小さな洗面台で歯磨きをした。
「匂い、残ってない?」
「気になるなら、飴か何か舐めておくかい? ヒーローたるもの身だしなみにも気を使うべしとかいって、タブレットもあったような」
「助かるぅ!」
緑谷がそれを口に放り込んだ、まさにそのタイミングで病室のドアが開いた。ドキッとしてむせてしまい、飯田のベッド脇でくの字になって咳き込んでいる緑谷を、轟が不思議そうに見下ろしている。
「何やってんだ。盗み食いでもしてたのか?」
「いい得て妙だな」と呟いたのは、緑谷ではなく、飯田であった。まさに盗み食い、だ。
「これ、差し入れ。手を使わないで食えるモンって、結構難しいな。結局、ゼリー飲料みたいなもんしか思いつかなかった。つーか、なんか変な匂いしてないか? 窓開けようか?」
緑谷はザァッと血の気が引いたのを感じたが、ぶっかけたアルコールの匂いが混ざっていたせいか、轟は訝しげに左右を見回すだけで、その正体に気づいていない様子であった。小首を傾げながらコンビニのレジ袋を緑谷に渡すと、淡々と「バカ親父、俺に転院しろとか言い出しやがって。ま、そもそも保須にはヒーロー殺しを追って出張してきたわけで、捕まえたんだったら、これ以上ここにいる理由ないもんな」と話す。
「ええっ、行っちゃうの?」
轟が軽く目を伏せ、チラッと飯田に視線を流した。飯田が目を逸らしているのを確認して、緑谷の髪に一瞬触れる。
「友達と一緒の方がいいって、押し切ってきた」
表面的には素っ気ない仕草で手を引っ込め、ふと思い出したように「そういやオマエ、落ち着いたら麗日に連絡するって言ってたけど、かけたのか?」と、話を逸らした。
「あ、そうだった……えーと、スマホ、スマホ……ちょっと外で電話してくる!」
緑谷がパタパタとスリッパを引きずりながら病室を出て行った。
「麗日君との電話なら、ここですればいいのに」
「メールはともかく、病室での通話はルール違反だろ」
実際にはルール云々が理由じゃなくて、会話を聞かれたくないんだろうな。特に秘密にすべき内容ではない筈だが、要するに恋するお年頃ってヤツだ。それと入れ替わるように、飯田の診察のために医師が病室を訪れた。
麗日さんに電話して、戻ってきたら飯田君の左手の後遺症の話を聞かされて。あの一斉送信は結局なんだったのかというクラスメートからの問い合わせも、何件か。本当に目まぐるしい一日だった。
緑谷がトイレで用を足しながらホッとしていると、背後に人の気配を感じ……「あんなに笑うことねーじゃんか」とボソッと囁かれたかと思うと、肩に痛みが走った。
「痛いっ! 唐突に噛まないでよ……っていうか、並ばなくても他にあるじゃん、便器」
じゃれているつもりなのか、歯を立てたまま「別に俺は小便しにきたんじゃねーよ。飯田が催したっつーから、席を外してやっただけで」などとゴニョゴニョ喋るのが、くすぐったい。
「あーそっか。飯田君、手が使えないもんね。ご飯も全部『あーん』だったし」
つまり、看護師に排尿の介助を依頼したのだろう。そして轟は、病室を出たものの行く宛がなく、緑谷を探していたらしい……と気付いて、自分よりも長身で無愛想な男がちょっぴり可愛らしく感じた。
「笑ったって、さっきの呪いの話? バカにしたんじゃなくて、轟君が打ち解けて冗談まで言ってくれたのが、嬉しかったんだよ。犬の署長さんに食ってかかったのも、僕らを庇おうとしてくれた訳だし」
ズボンを直し、振り向いて轟の頭を撫でてあげよ……うとして、避けられた。轟が洗面台をチョイチョイと指差す。その前に手を洗え、ということらしい。
「え。ひとのを触ったり舐めたりは平気でも、そこは気にするんだ?」
「するだろ、トイレの後は。それとも小では洗わない派なのか?」
「いや、まぁ……洗うけどね」
ハンカチを忘れているのに気付き、濡れた手を病衣になすり付けようとした緑谷に、轟が自分のハンカチをポケットから出して、差し出す。
「あ、ありがと」
ハンカチを受け取りながら、つい見つめ合う形になる。
でも、ここじゃ誰が来るかも分からないし、エロ漫画みたいにトイレの個室っていうのも、手を洗えって言うぐらいだから、轟君は嫌がりそうだし……どこか、二人っきりになれる場所……って、二人っきりになって何する気だよ、僕のバカバカ。
気まずさをなんとかしようとして「え、えっと、そういえば……どうでもいいけど、オシッコの世話に来るのって、女の看護師さんだったりするのかな」などと口走っていた。しかも飯田君、今日だけで二人もの他人に男性器を触られたことになるんだよね。さらに僕は射精の介助までしちゃったし、それなんてエロゲ……と自爆しかけて、慌てて口を噤む。
轟は甘えたい気分が萎えたらしく「凄まじくどうでもいい。そんなん、本人に聞けよ」と、ぶすっと頬を膨らませる。
「ごめんごめん。でも、そろそろ戻らなくちゃだよね」
「あーまぁ、あまり遅くなっても、な」
拗ねている轟の頭に触れると、今度は避けられなかった。羨ましいぐらいサラサラしている紅白の髪を指で梳きながら「今度、二人っきりになれそうなとこ……屋上とか? 探そうよ」と、宥めすかしてやった。
「轟君にも『あーん』してあげようか?」
「いらねーよ、バカ」
それから数日、世間では「何か」が芽生え始めてざわついていた。
一方、入院している三人は……トイレで咬まれた痣が検診で見つかってしまい、とっさに「階段でこけてぶつけました」と誤魔化したら逆効果でレントゲンを撮られそうになったとか、屋上に出る非常階段を見つけ、チャンス! というところで見舞いにきたエンデヴァーが「焦凍ォ! ケーキ買ってきたぞォ! ショートだけに!」などと割り込んできた程度で、概ね何事もなく過ごせた……と、思う。
「緑谷君。今回はあらためて、君に篤い友情を感じたよ」
轟がエンデヴァーにまたも無理やり連れ出されている間に、飯田がぼそりと呟いた。窓から入る風が心地よく、白いカーテンが揺れている。
「やだなぁ、なに突然。手が使えないんだから、助けるのは友達として当然でしょ? 轟君もたまに手伝ってくれてたし」
「実は、君への想いはもう一歩踏み込んで尊敬、いや敬愛に近づきつつある。愛していると言ってもいい」
「え、えーと。ありがとう……って言えばいいのかな、この場合」
飯田が何か畳み掛けようとしたところで「やっぱクソ野郎だ、ふざけやがって! あのセクハラ親父!」と喚きながら、轟が病室に戻ってきた。
放課後、ひとけの無い校舎裏。職業体験が終わり各々学園に戻ってきて、日常が戻ってき始めた頃のことだった。
「緑谷君と付き合っているのなら、別れてほしい」
わざわざ呼び出して、正面切ってそんな宣言をするとは、ある意味委員長らしいな……と、轟は素直に感心してしまった。
むしろ、あのとき何日も同室で過ごしていて、確信できなかったのかと。
「別に、付き合っている訳じゃない」
「そうか。だったら、僕が緑谷君に告白しても構わないね?」
人間、想定外の出来事に遭遇すると、かえって冷静になるものだな、と思う。
察するに、あの事件を通して己の至らなさを痛感し、緑谷の優しさに縋りたくなったのだろう。かつての自分もそうだったから。緑谷は懐の奥深くに飛び込んできて、自分が抱えていたものを軽々とぶっ壊していったから。それが救いになったから……だから、飯田の気持ちは理解できるし、緑谷もそれを受け入れるだろうと想像がつく。どんな形であれ、たとえそれがルール違反であろうと、助けを求めている友達……いや、たとえ赤の他人でも手を差し伸べずにはいられないのが、緑谷というヤツであり、ヒーローとしての素質だ。
でも。だからこそ、あいつは誰かひとりのヒーローにはならないよ。それは恋愛感情ではなく、博愛というものだから……そこまで親切に教えてやる義理もないので、轟は深く息を吐いて視線をそらした。
「好きにすればいい……緑谷のヤツは、麗日が好きみたいだけどな」
「麗日君とは、友情だと聞いている」
「あっそ」
そうだろうな、とは思う。緑谷がクラスメートに淡い恋心を抱いているのはダダ漏れているが、少なくとも、自分との間にあったような『行為』は過去に無かったろうし、近い将来にそのようなイベントが彼女との間で発生するとも思えない。
「話はそれで終わりだな。帰っていいか?」
「お、おう」
肩からずり落ちかけていた鞄の紐を揺すり上げ、きびすを返す。
ポケットからスマホを取り出し、メール着信を示す赤いマークに気付く。まだ背中に飯田の視線が突き刺さっているのを自覚しながらも、開封していた。
差出人は、緑谷。
『今日の宿題、ウチで一緒にしない?』
返信を打つのは、校門を出てからにしよう。
「今日は母さん、出かけてるんだ。晩ご飯、カレーの作り置きでさ……食べてく?」
「ああ、そうする。親父が最近、べったりウチに居やがって、ウザいし」
「お父さんと仲直りしたんじゃないの?」
「仕事ぶりは認める。ヒーロー殺しの件で迷惑かけたのは、悪いと思ってる。だからって、過去の全部を赦した訳じゃねーぞ。アイツ、なんか勘違いてて、はしゃいでやがる」
当たり前のように部屋にあがり込んでベッドに長々と寝転がると、これまた当たり前のように頭を撫でられた。さらに、子供がだっこをねだるように轟が両手を差し出すと、緑谷が促されるままに体を重ねてくる。互いのシャツ越しに心臓の音が胸に伝わってきた。これで付き合ってる訳じゃないって言い切るのも、無理があったかな……と、ぼんやり考えながら、心地よい体温を貪る。
でも、ガッコではそういうことにしてあるんだし。そもそも、好きとかなんとか告白して始まった関係でもない。麗日への恋情とコレは、緑谷の中で折り合いがついているのだろうか。
「轟君? どうしたの、何かあったの?」
さすが緑谷は勘が鋭い。重なりかけた唇を片手で遮って、目を覗き込んできた。
「いや、別に」
「本当に? また、お父さんにセクハラされてない? お尻触られたりとか、無理やりハグとかキスされたりとか」
「それは大丈夫……それよか、宿題するんだっけな」
話を逸らされて緑谷は不満げであったが、轟が起き上がって鞄を漁り出したので、諦めて自分も体を起こした。テーブルと座布団を引っ張り出して、配布されたプリントを広げる。
「えっと……ヒーロー活動に関する法令・規則……だって」
緑谷が顔をしかめた。多分、自分たちの事件を受けて、急遽追加された内容なのだろう。当てつけもいいところだ。こんなん教科書に載ってなくね?
と、パラパラめくると、かなり後ろの方に小さく申し訳程度に記述されていた。
「つーか、職場体験の前にレクチャーしとけよな、こういうこと。カリキュラムに問題あるだろ……予め知ってたところで、あの場で『法律に反するから、見殺しにします』なんて選択肢はなかったろうがな」
「それこそ、ヒーロー失格だよね」
私闘禁止や無資格者の個性濫用禁止などを意味する無味乾燥な条文の穴埋め問題を黙々と解いていると「ヒーロー」が社会の歯車に組み込まれるためには、それなりに堅苦しい制約があるのだと嫌でも気付かされて、気が滅入った。少なくとも、将来ヒーローになった己を想像して胸膨らませて挑んだ「ヒーローネーム作成」や職場体験の前に聞かされていたら、興ざめてしまったろうと想像できる程度には。
「飯田君も誘ってあげれば良かったかな、宿題」
ぽつりと緑谷が呟き、轟が顔を引き攣らせた。純粋に飯田を思いやる友情に基づく発言だと分かってはいるが、先ほどのやりとりの後では、三人仲良く机を並べられる自信がない。
「轟君? 手、止まってるけど大丈夫?」
「あ、ああ」
「先に終わったから、写してもいいよ。その間に、カレー温めてくるから」
ふと、立ち上がりかけた緑谷の手を掴んでいた。
「えっ、なに?」
「いや……なんでもない」
轟が慌てて手を離す。緑谷は少しの間、掴まれた手と轟を見比べていたが「じゃ、ちょっと待っててね」と部屋を出ていった。
|