BE MINE/2


やっぱり引き止めた方が良かったのかな、と緑谷は湯船に浸かりながら、ぼんやり考えていた。
カレーを食べた後、ゆっくり二人で寛ぎたかったのに、急に拗ねたように帰るとか言い出して。確かに宿題は片付いたのだから、用が済んだだけと言われれば、その通りなんだけど……ハグした時はおとなしかったのに。実はイヤだったのかな……などと、ぐるぐる考えるときりがない。
正直、セックスを期待して居なかったと言えば、嘘になる。むしろバリバリに期待してたよ、ぶっちゃけ! 前のが職場体験行く前だから、かなり期間が空いてたし、なかなか二人きりになれる機会がなかったし、今日こそは母さん出かけてたし!
さっきは轟君の様子がおかしいと思って、つい聞き咎めてしまったけど、気にしないであのまま突っ走ってしまえば良かったのかな。

「出久、いつまでお風呂に入ってるの。アンタのケータイ、何回もピーピー鳴ってるわよ」

ドア越しに声をかけられ、慌てて立ち上がって……のぼせてふらつき、派手にすっ転んだ。

「もう。何やってるの、出久」

母親に呆れられながらも、バタバタとタオルを腰に巻いて部屋に駆け込み、スマホを耳に当てた。

「と、轟君? お待たせ!」

『えっ?』

声が違うことに気づいて、緑谷はあらためて液晶画面を見直す。そこには、飯田くん、と表示されていた。

「あーごめんごめん。間違えた。飯田君、どうしたの?」

『いや、メールやラインじゃ失礼かなと思って、直接電話したんだが。迷惑だったかな』

「ちょっと、お風呂入ってた。あがったから、もういいよ。なに?」

『いや、やっぱり電話でも礼を欠くかもしれないから、本題は明日にでも直接』

「はぁ」

『本題はさておき……とりあえず念のため確認しておきたいんだが、本当に轟君とは付き合ってないんだね?』

「は?」

『実は今日の放課後、轟君に、もし緑谷君と付き合っているんなら別れてほしいと頼んだところなんだが』

「え、なにそれ」

血の気が引く音が聞こえる気がした。耳の中いっぱいにザーザーとノイズが溢れて、飯田が何か話しているらしい声が全く聞こえない。今更のように、病室でやらかしたことも思い出した。こっちは全然その気がなかったし、その後も蒸し返さなかったから、勝手に「無かったこと」にしてたけど……もしかして飯田君、そのことも喋ったりした?
そんなことを告げられたら、いくらポーカーフェイスの轟君でも、いつも通りでなんかいられないよね。優等生の轟君と底辺野郎の僕じゃ釣り合わないって自覚はあるし、恋人だなんておこがましいことは思ってなかったから、別れるもなにも、付き合う以前の問題だったとしても。

『緑谷君、聞いてるかい?』

「ごめん、全然聞こえてなかった。あの、後で最初からもう一回話してくれない? 今は、ちょっと聞くの無理。その、ちょっとお風呂でのぼせてて」

返事を待たずに通話を切ってスマホを放り投げる。壁にぶつかって、カバーが外れてすっ飛んだ。あのままでは、カッとしてあらぬことを口走ってしまいそうな気がした。
轟君に電話しなきゃ。いや、無理。何を話せって言うんだ? 付き合ってないんだったら、なんで僕達セックスしてたんだろ。セフレってやつ? そうだとしたら、サイテーだ……飯田がリダイヤルしているのか、着信音がやけにヒステリックに鳴り響き、緑谷はとっさに枕やら本やら、手当たり次第に掴んでスマホ目掛けて投げつけていた。





「おっはよーデク君!」

麗日お茶子は、今日も元気いっぱいだ。げっそりやつれた顔で登校してきた緑谷も、釣られて笑顔になった。

「あ、麗日さん……癒されるなぁ。うん、癒されるよ!」

「なんや、デク君。目の下真っ黒にして」

「ちょっと昨日、眠れなくて」

頭を掻きながらも、視線で轟を探していた。学校では適度な距離を置くという暗黙の了解があったので、轟が居たからといって何ができるわけでもないのだが。

「飯田君なら、今日は日直だから、職員室だよ」

「えっ、飯田君?」

そういえば昨日、電話してきて話があるとかなんとか。いや、そもそも眠れなかったのは、彼からの電話のせいだった。

「あ、轟君。おはー」

麗日の声に、緑谷はドキッとして、彼女の視線の先を見やった。表情に乏しい顔で振り向き、すぐに視線を逸らしてしまう。それはいつも通りと言えばいつも通りの姿なのだが、緑谷はなんだか胸騒ぎがしていた。直接話がしたいのをぐっと堪えて、せめてメールしよう……と、スマホを取り出そうとして、昨日、乱暴に扱ってガラス面を割ってしまったことを思い出す。そのまま強引に使えなくもなかったろうが、修理に出してあげると母に言われ、預けてしまったんだっけ。

「あ゛あ゛あ゛あ゛…どうしよう」

アナログに手紙でも回すか? そんな途中で誰に読まれるか分からない危険など犯せるはずもない。そもそも、何を話せばいいんだろう? 失意体前屈状態の緑谷を、麗日が不思議そうに見下ろし「どないしたん? デク君、なんや拾い食いでもしたん?」と、背中をさすってやった。





やっぱ、麗日の方がお似合いだよな。
少なくとも、あの委員長よりはマシだと思う。麗日に介抱されている緑谷をチラッと見やって、轟は息を吐いた。座席につき、鞄から読みかけの単行本を取り出そうとして……宿題のプリントがひらりと落ちる。拾い上げて「あ」と声が漏れた。名前欄は空白だが、明らかに自分の字ではない。多分、昨日一緒に解いている時に、緑谷のものと入れ替わってしまったのだろう。そういえば、自分も名前を書いた覚えがない。向こうは気付いてるのかな。それとも、素知らぬ顔をして提出してしまおうか。そっとスマホを取り出して、メールを打つ。いつもなら(いつでも、例え授業中だろうとも)すぐに返事が来る筈なのだが……あれ?

「無視かよ」

どうしたものか迷ったが、あえて名前は空欄で提出しておくことにして、鞄に戻した。昨日一緒にいましたと宣言(?)するよりは、名前を書き忘れましたとしらばっくれる方がよっぽどマシだ。教師なんだから、筆跡で誰の字か判断できるだろう。つーか、してくれ。
視線で活字をなぞるが、内容がまったく頭に入って来ない。ヤバいな……と思っていたら、教室のドアがスパァーンと勢い良く開いた。

「緑谷君、おはよう!」

ハツラツと入ってきたのは飯田だ。
クッソウゼェ……と聞こえてきたので、つい自分の本音がダダ漏れたのかと焦ったら、今にも噛み付きそうな顔で舌打ちをしている爆豪勝己が見えた。あまり気があいそうにない相手だが、どうやらこの件の関してだけは、意見が一致していたらしい。

「あ、おはよう……飯田君、元気だね」

「君は顔色が優れないようだね。ヒーローたるもの、体調管理も大切だよ」

「う、うん。善処するよ」

緑谷は勢いに押されてタジタジになっており、麗日が隣でのんきに「飯田君、なんや朝からゴキゲンやね。ええことあったん?」と尋ねていた。

「いいことがあったというか……そうだな。これからあればいいと考えている。さっそくだが本題だ。緑谷君、付き合ってくれないか!」

「は?」

なに、この公開処刑? クラス中が静まり返り、固唾をのんで様子を見守っている。昨日の電話の続きなら、確かに「そういう話」になるけど……いやいや、違うでしょ。おかしいよ。落ち着こうよ。何かの間違いだよね、コレ。それか、タチの悪いドッキリか。

「えーと、付き合うって、どこに? あ、飯田君、今日は日直だから、資料を取りに行くのを付き合って、とか?」

「戸惑う気持ちは理解できるから、僕は急がないよ。とりあえず、交換日記から始めよう!」

「真面目かっ!」

思わずツッコむと、爆豪が「ぶはっ!」と吹き出した。

「ガキの頃からずーっとナードだったテメェでも、モテて困ることなんてあるんだな」

「ちょっ、かっちゃん……ややこしくなるからやめてよ」

「せや、笑うなんて酷いやんか!」

麗日も、椅子から立ち上がって爆豪に食ってかかった。体育祭のトーナメントで真っ向勝負を挑んだ彼女の勇気は、伊達ではなかったようだ。

「ウチは応援するよ。轟君の噂もあったけど、実際デク君に素っ気なかったやん。飯田君なら全然ワルないと思うで。むしろ、めっちゃええで。漫画やラノベでも、ツンデレ暴力系の幼馴染は大抵、ポッと出の委員長タイプに負けるやん?」

「ありがとう、麗日君! 頑張るよ!」

「えっ、そっち!? 確かに飯田君はまごうことなき正真正銘の委員長だけどぉ!」

轟君が素っ気ないのはわざとだから、ディスらないでやってよ。っていうか、僕としては麗日さんとの仲を応援してほしかったのに、なんなのソレ……と、緑谷は思わず脱力してしまった。

「つーか、ツンデレ暴力系の幼馴染みって誰だよ、俺かよ! ふざけろよ、浮遊女! 誰がこの糞ナードなんかと!」

まんまと巻き込まれた爆豪が吠えていると、カエル少女の蛙吹梅雨が「そっか。普段のアレは、いわゆるデートDVってヤツなのね」と、納得したように頷いて、ポンと手を打った。

「だぁれがデートなんかしとるか! いい加減ツッコミきれんわ!」

「爆豪君。騒いでると、また七三にされるわよ」

「え? なになに? なんやの、梅雨ちゃん。その七三って?」

「七三の話は、するなぁあああああ!」

カッとした爆豪の手の平が、爆破成分を含む汗でチカッと光った。彼が女子相手でも容赦しないことは証明済みだ。
麗日さんが危ないと、緑谷がとっさに割って入ろうとした。爆発されてしまえば勝ち目がないから、その前に軽くスマッシュを入れて、戦意喪失させるしかない。あの『ヒーロー殺し』に当てたときの出力が5%だから、その半分以下。いや、もう少し絞ってもいいかな。2、いや1%……緑谷の腕全体がまるで電気を帯びたようにチリチリと光り、それを見た爆豪が瞬時に「前の個性と違う」と見極めて、一瞬手を引っ込めた。
デクのくせに、いっちょまえに修行でもしたのか? なんかしらねーけど、撃ってくるのは右腕? ならば左から回り込む。単に平面上で移動するよりも、上方の空間も使って、立体移動で。

「代わりにテメェが一発食らうか? クソナード!」

机を蹴って飛び上がり、くるっと宙返りをしながら腕を振り下ろす……次の瞬間、標的が入れ替わっていることに気付いて、爆豪は愕然とした。爆心地の中心にあったのは轟の背中で、小柄な緑谷は轟の腕に、頭からすっぽりと包まれていたのだ。

「あれ? 僕、麗日さんを庇ったつもりなのに、なんで?」

「え、どゆこと? なぁ、委員長。つーかコレ、おたくの役目じゃねーの?」

轟は爆発の衝撃で失神したらしく、ずるずると崩れ落ちたきり、動かない。ちなみに他の男子も止めに入ろうとしていたらしいが、爆豪や緑谷の「個性」の威力を知っているだけに、二人の間に飛び込む勇気はなかったようだ。数秒ほどの沈黙の後、今更ながらドッと示し合わせたように数人がかりの男子で爆豪を羽交い締めにした。
ちなみに、本来の標的であった麗日の体は、蛙吹が長い舌で巻き取って、かなり離れた位置に避難させている。

「その、緑谷君、怪我はなかったかい?」

へたり込んでいる緑谷の傍らに、飯田が膝をつく。

「ぼ、僕は全然無事だけど、轟君が」

轟の制服のジャケットやシャツは焦げて、白い背中が剥き出しになっていた。細かい擦り傷は無数にあるが、思ったよりも大きな火傷になっていないのは、室内で対人ということを勘案し、威嚇程度にしようと爆豪なりに調節した成果だろう。

「気絶するほどの爆発にはしてねーぜ。テメェのも当たったんじゃねーの? どういうつもりかしらねーけど、坊ちゃんが勝手に飛び込んできたんだし」

体は押さえ込まれても、口は減らないらしく「ダカラオレハワルクナイ」と言わんがばかりに、爆豪が憎まれ口を叩いた。周囲が「おい、やめとけって」「さすがに謝っとけよ」と口々に静止しようとしたことが、余計に爆豪を煽る結果になったのかもしれない。

「かっちゃん、いくらなんでも、そんな言い方ってなくない?」

緑谷がゆらっと立ち上がる。両手を無防備にだらりと提げているが、それこそが攻撃に入るための準備態勢だ。飯田が慌ててその体を抱きとめた。

「個性を使った私闘はルール違反と習ったばかりじゃないか。氷で瞬時に壁を作ることも可能な轟君が、あえて個性を使わずに割って入った気持ちを汲みたまえよ」

緑谷はぐっと言葉に詰まったが、そこで爆豪が懲りずに「愛されてんのな、デク」などと挑発する。

「かっちゃん、いい加減にして。そろそろ僕も本気で怒るよ」

「照れてんのか?」

「かっちゃん!」

飯田を振り払って、右手を振り上げる。逆上のあまりパワーを分散させて出力を絞ることが頭からすっ飛び、無意識に全力パワーを込めていた。その衝撃で腕が壊れることも忘れ、クラスメートを巻き込む可能性も考えずに、その手を……振り下ろす前に、誰かに背後からがっしりと掴まれた。





「八百万君に呼ばれて、職員室から、私 が 来 た !」

全力で自爆覚悟のワン・フォー・オールをぶちかまされては、教室どころか校舎ごと消し飛んだかもしれない。そのパワーを受け止め、かつ雲散霧消させることができるのは、この世でただひとり。奇しくもそのパワーを分け与えた、オールマイトに他ならなかった。ヒーロー科A組の才女はそのことを知らなかったのだが「この騒ぎを鎮めることができるのは、彼しかいない」という根拠のない直感が、偶然にも正解を引き当てていた。

「緑谷少年。君らしくないよ? 私怨私恨に駆られて個性を振るう愚かさは、一連の事件でよく理解してくれていたものだと思っていたのだが? 私を失望させないでくれたまえよ」

口調は優しいが、緑谷にとっては叱責されたも同然だ。爆豪ですら、さすがにシュンとしていた。影分身やらセロテープやら翼やら、各々個性の片鱗を曝け出しながら爆豪を囲んでいた連中も、肩身が狭そうにそれをしまい込む。

「ごめ……んなさい」

そこに、担任の相澤がダルそうに顔を出し「何これ、朝礼どころじゃないじゃん。またお前らケンカップルか、そろそろ除籍処分にすっか?」と毒づいた。飯田がシュタッと勢い良く挙手し「相澤先生! 緑谷君と爆豪君はカップルじゃありません、訂正を求めます!」と発言した。

「心底どうでもいい」

「まぁまぁ、ケンカすんのも青春よ、青春! それよか、轟君、保健室に連れていかなきゃじゃない?」

ミッドナイトがわざと明るくそう言って轟を担ぎ上げようとしたが、緑谷が反射的にそれを遮った。

「あっ、あのっ、僕のせいだから、僕が連れて行きます!」

「でも、君の方が体ちっさいんだから、無理じゃないかな? 人命救助の訓練も近々予定してるんだけど、気絶してる人間って結構重たくて、運ぶのはコツが要るのよ?」

「その、頑張りますからっ!」

それは責任を感じているというよりも、轟を他の人に触らせたくないというのが(本人も気付いていない、本当の)理由だったのかもしれない。ミッドナイトは困ったようにオールマイトに視線を投げかけ、オールマイトはそれを察して「代わりに私が運ぶ。それなら、異存はないね?」と、押しかぶせるように緑谷に言い聞かせた。ずるいようだが、緑谷は自分の言うことなら必ずきくと確信しての発言だ。ほぼ一方的な通告であったが、緑谷は糸が切れたようにコクンと頷いた。
相澤は手をパンパンと叩いて「おーし、じゃあ、他の連中は机と椅子を並べ直して、席につけ。緑谷もだ。つーかむしろ、お前がメインな。せっかくの宿題の主旨を全然わかってねーみてぇだから、今からレクチャーするぞ」と、ダルそうに宣言した。





オールマイトが背広を脱ぎ、轟の体を包んでやってから、抱き上げた。ミッドナイトがそれに付き添って歩きながら「この子、親御さんに連絡すべきかしら?」と気まずそうに尋ねる。

「えっ、エンデヴァー君に? おおおおおおお……めっちゃ怒られる、すっごく叱られるっ!」

エンデヴァーは以前から優秀な二つの「個性」を併せ持つ息子を偏愛していたが、職場体験を通じて息子LOVEっぷりがさらに「悪化」していると聞く。

「とっ、とりあえず、リカバリーガールに診せてみようじゃないか! 少し寝かせておいたら回復するかもしれないし!」

ガクブルして吐血寸前であるが、なんとかトゥルーフォームに戻る前に保健室に辿り着いた。気の良さそうな白衣の老婆が出迎える。彼女がリカバリーガールだ。

「私が付き添っているから、ミッドナイト君は授業に戻っていてくれたまえ」

「はーい」

キュッと引き締まったお尻をふりふり、ミッドナイトが保健室を出て行く。扉が閉まった途端、オールマイトは「かはっ」と吐血した。時間切れだ。

「ミッドナイト君が余計なストレスを与えてくれるから、変身時間が大幅に短縮しちゃったじゃないか……怒り狂ったエンデヴァー君なんて、最盛期の状態でも相手にしたくないのに……ぐはぁっ!」

「やれやれ、どっちが病人か分かったもんじゃないね。アンタはいつもの点滴かい? じゃ、こっちのベッドに寝な。この子は……どうしたんだい」

簡易ベッドを覆う白いカーテン越しに、リカバリーガールが尋ねる。

「とりあえず、背中に擦過傷だ。その他の外傷はないようだが、爆心地に飛び込んだらしいから、多分、そのショックで気を失っている」

「爆心地? 朝っぱらから何やってんだい」

呆れながらも、とりあえず上着をひっぺがして轟の体を引っくり返す。制服の背中がズタズタになっているのに絶句し「傷は背中だけかい?」と、慣れた手付きでシャツを脱がせた。

「見たところ、背中だけみたいだねぇ。頭を打ったりはしてないのかい?」

「現場は見てないので、なんとも」

「原因が分からないなら、病院でCTとかの検査した方がいいんじゃないのかい? 親御さんに連絡をとってさぁ」

「えっ、この子の親に連絡するのは無理無理無理無理……それはかんべ……ごばぁあっ! うわ、シャツにつく! た、タオル、タオル」

「タオルならそこに……よく分からないけど、アンタが吐血するほどイヤなら仕方ないね。傷の消毒だけしておこうかえ。化膿したら厄介だからね」

リカバリーガールが薬棚から消毒液とピンセットを持ってきて、たっぷりと消毒液をしみ込ませた脱脂綿で、傷を拭い始める。鼻歌まじりの作業であったが、実際には相当しみる薬であったらしく、しばらくすると轟が「うーん」と低く唸って目を開けた。

「んだよ……クッソいてぇ」

「あら、起きたかい。自分の名前とクラス、言えるかね?」

頭への衝撃で、記憶などに悪影響が出ていないかチェックするつもりで尋ねたのだが、轟は朦朧としながらも「轟焦凍、1年A組」と答えていた。

「そうかい、そうかい。頭痛はするかい? めまいや吐き気は? 他に痛む場所は無いかい?」

「特に……あえて言うなら、ダルい」

そういうと、轟はパタッと顔を伏せて寝入ってしまう。

「じゃあ、寝かせておこうかの? アンタはどうするね」

「そ、そうですな。点滴が終わったら、引き続き私が付き添います」

多分、自分がいた方がいい。先ほどの緑谷の態度から、オールマイトはそう確信していた。


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初出:2015年09月08日
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