当サイト収録作品の続編です。
DQ前提。予めご了承ください。

いつもの家電がお得じゃんよ★上


スペース・ダンディは、宇宙のダンディである。
彼は宇宙を股にかけるエイリアン・ハンターである……が、今日は未知なる惑星ではなく、ブービーズの新店舗に向けて、宇宙船アロハオエ号を飛ばしていた。

「なぁ、最近オマエ、稼働時間短くね?」

「気付かれてしまいましたか。ワタシ、実はここ最近、充電がうまくいかないんです」

ダンディの隣で運航オペレーションをサポートしているのは、彼の相棒である高性能ロボット、QTである。但し、高性能というのはあくまで自称で、実際には旧式掃除機だ。

「バッテリーがヘタってきてるんですかね。前回、わざわざ部品を取り寄せて修理してもらったんだから、ついでにバッテリーも診てもらえば良かったのかも」

不思議そうに首を傾げているのは、猫に似たベテルギウ星人の、通称「ミャウ」だ。ベテルギウス星人特有の言葉で表される本名は、ダンディ達には正確に発音することができないので、便宜上「ミャウ」と呼ばれている。

「バッテリーなんて交換したら、高くつくじゃんよ。それだったら、修理するよりいっそ、買い替えた方がお得じゃね?」

「そうかもしれませんねぇ」

ダンディとミャウが、QTに視線を流す。

「ちょっと、おふたり共! 買い替えってなんですか、失敬な!」

ムッとした様子のQTであったが、怒ると電力を消耗するのか、フェイスモニターに『バッテリー残10%』という表記が浮かび上がった。

「あ……ちょっと失敬」

背面から差込プラグのコードを伸ばして、コンソール下に差し込む。どうやら、ちゃっかりとそんなところに、コンセントの受け口を増設していたらしい。

「おまっ、いつのまに勝手にそんな工事しやがって……つーか、操縦中に充電すんなよ。スリープ状態になるんじゃなかったっけ?」

「最近、なぜかスリープ状態に切り替わらないんで、充電しながらでも動けるんです。通常運航のサポートぐらいなら、大丈夫です」

「逆だろ。充電しながら動いてるから、パッテリーがヘタるんじゃんよ。当分何もない宙域の筈だから、寝とけ」

ダンディが手を伸ばして、ポコンとQTの頭を叩く。その衝撃でプツゥンという音と共に、QTのフェイスモニターのバックライトが消えた。




ロボットにとって、充電中は記憶の整理をするための時間でもある。
記憶容量の少ないQTにとっては、不要な記憶の削除は日々欠かせない。特に情緒的で非論理的な『感情』を伴う記憶は、メモリーを無駄に食う。例えば、見上げる天井の不規則なシミ。肌に感じるシーツの冷たさと、マットにじんわりと沈んでいく感触。そして、腹にのしかかって圧迫してくる質量。両手の指に触れる前髪がポマードでベトベトしていて、それが崩れてパラリと一筋、二筋と落ちてくる映像。頬にかかる吐息の熱さ……どれもこれも大容量で、今後一切、必要ない情報だと分かっている。なのに。

『ダ……ンデ……ィ』

「QT」

耳元で囁かれる感触がやけにリアルで「うぁああああ!」と叫んでしまった。自分が起動したのか、まだスリープ状態なのか分からなかったが、ダンディの顎の傷があまりにも目の前にあったので、動揺して力一杯突き飛ばしていた。

「いてっ! 何しやがんだ、このポンコツ!」

「なんですか、一体。顔が近いです。セクハラです」

「なんでセクハラ扱いなんだよ。せっかく、ブービーズ着いたから、起こしてやったっつーのに。まだ充電半分ぐれぇだが、動けるだろ?」

「節電モードでなら」

QTが、コンセントプラグを抜いて収納する。ダンディはその身支度が終わるのを待たずに「ポンコツ、オープン記念キャンペーンのクーポン、ちゃんとダウンロードしとけよ」などと吐き捨てながら、きびすを返した。ダンディの切り替えの早さが今に始まったことじゃないのは、長い付き合いで百も承知だし、逆に、いつまでも引きずられると面倒くさい過去だとは理屈では分かっていても(そして、この不快感は、あの大容量の記憶をサクッと削除すれば消えると知っていても)、この扱われ方はなんだか面白くなかった。

「ちょっとダンディ! 今度ブービーズに行く時は、客席まで抱っこで運んでくれるって言ってましたよね」

「ハァ?」

「言いましたよ。録音してますから。約束ですよ」

ダンディが顔をしかめながら振り向く。QTがサブオペレーター席から降りようともしないので、舌打ちひとつしてツカツカと足音荒く戻ると「ポンコツは置いていきたいところだが、クーポンが無くちゃ困るしな」とQTを抱え上げた。





『ブービーズ』とは、ブービーズガールというセクシーなウェイトレスが給仕してくれるブレストラン・チェーン店である。ダンディはエイリアン・ハンター業の傍ら、このブービーズの全店を制覇することをライフワークにしている。その新店舗に掃除機を抱えて入店しなくてはいけないとは、ダンディにとっては酷い罰ゲームであったが、笑いをかみ殺しながらも注文を取りにきたブービーズガールが理想的な『ボン・キュッ・ボーン』体型だったので、ダンディの中の『収支』は帳消しになった。

「君、この地元の娘? ここいらって確か、妖精みたいに綺麗な宇宙人の星が近いって聞いてるけど君の事かな? その碧い肌、透き通るように美しいよ」

「やァだ、お客さんってばァ」

せっかく褒めたのに、ブービーズガールがあまり嬉しそうな顔をしない。なんでだろう、と首を傾げていると、QTがクーポン券をプリントアウトしながら「だってその噂の宇宙人って、両性具有じゃないですか。アナタ半分男なんですね、チンコ生えてますよねって、言われてるようなもんですよ。嬉しがると思います?」とツッコんだ。

「そういや、そうか。いやぁ、悪い悪い。オネーチャンのバインバインのボインが魅力的すぎて、こまけぇことは忘れちまってたぜ。ところでオネーチャン、名前は?」

ダンディが、QTからクーポン券を受け取ってクルクル丸めると、ブービーズガールの胸の谷間を伝票立てに見立てて、スッと差し込む。それに気づいたブービーズガールの表情がパッと明るくなり、バッチンと音のしそうな濃厚なウィンクをひとつ、ダンディに返しながら「モモでぇーす」と答えた。
それを横目に、QTが「ヤレヤレ。人間って便利な存在ですよね。都合のいい事だけ覚えておけるんだから」と呟く。

「ハァ?」

ダンディが振り向いて「どういう意味だ」と凄む前に、QTはしれっとメニューブックを広げて「あと、これも頼んでおいてください」と、機械人間用のオイル・ドリンクを指差した。

「実はワタシ、コーヒーも飲めなくはないんですけど、オイルにストローつけて注文してくれるって約束ですから。あと、帰ったらお風呂でワックスかけて磨いてもらいます」

ミャウはそのやりとりを、ポカンと口を開けて見守っている。今でこそBLOCKHEAD・BONEHEAD・PINHEAD(バカ・ボンクラ・ポンコツ)のBBPトリオだが、元はといえば、このふたり組に自分が追加された形だ。ある程度は割り込めない領域があっても仕方ないとは理解しているつもりだが、それにしても。

「なーんか、痴話げんかみたいすね」

「ハァ? 誰と誰が? まさか俺と、このポンコツか?」

「だって、前の修理で替えの体借りてたときは、あんたらイチャイチャしてたじゃないすか」

その一件をまるっと忘れていたのか、ダンディは一瞬、虚をつかれた表情になり、数秒後に「あー」と空気の抜けたような声を出した。

「だって、アレは仕方ないじゃんよ。すんげぇ懐いてて可愛いかったし、いいケツしてたんだし」

「そーですね。どーせ今のワタシは可愛くない、ただの掃除機ですよ」

まさに一触即発というタイミングで、モモと名乗ったウェイトレスが、ドリンクと料理を乗せたトレイを掲げてやってきた。テーブルに置かれた皿の上では、いかにもグロテスクな魚介が何匹も瀕死でのたうっている。

「アレ? モモちゃん、俺が頼んだの、ポテトフライなんだけど?」

「お客さん、さっき出してくれたじゃない。『スペースマリン・スペシャル盛り合わせ』の無料サービス券! ポテトフライは、あ・と・で! もうちょっと待っててネ!」

「え、そうだっけ。てっきりお会計3割引のクーポンだと思ったんだけど……QT?」

「どのクーポンをプリントアウトするかなんて、ダンディ何も言ってませんでしたから、テキトーに選んでみました。ワタシ、掃除機なんでお魚食べられませんけど」

QTはいけしゃあしゃあとそう言うと、オイル・ドリンクのグラスを取り上げた。
ダンディがこめかみにビキビキと青筋を立てながら「クーポンは1枚ずつしか使えねーのに、何てことしてくれんだ」と、QTを睨みつける。ミャウはその傍らで肩をすくめながら「ボクは好きなテイストですけどネ、コレ」と呟いて、痙攣している一匹の尻尾を掴んで持ち上げ、つるんと頭から飲み込んだ。スパイシーで濃厚なソースが、淡白な身に程よくマッチしている。

「そりゃ、猫だからな」

「猫ですもんね」

「ちょっ、なんで、そこで突然、サラッと団結してんの! つーかこれ、フツーに美味しいから! ダンディ、騙されたと思って、試しに食べてみてくださいよ!」

ミャウのツッコミに、ダンディとQTは顔を見合わせて「騙されねーよ。俺、猫じゃねーし。なぁ、QT」「ええ、ダンディは猫じゃありませんものね」と、しみじみ頷き合う。
何なのこのふたり、仲いいの? 悪いの? どっちなの一体、とミャウは頭を抱え……ふと、閃く。

「ねぇねぇ、この後で、ショッピングエリアに行きません? すんごい大規模で、観光スポットにもなってるらしいですよ」

「ンぁ? なんか買いモンでもあるのかよ。トイレットペーパーは補充したぜ? まぁ、急ぎの予定なんかねーから、付き合うけどよ」

ミャウは、命乞いするように弱々しく鳴いている二匹目を捕まえ「元々この店舗も、そのショッピングエリアからのシャワー効果を期待して出店したらしいですからね。気に入る商品があると思いますよ」などと言いながら、容赦なくかじりついた。





ミャウがふたりを連れてきたのは、アンドロイド売り場であった。金属製のいかにも古典的なロボットから人間そっくりの活人形までがズラッと棚に並び、人工細胞を培養して作られた生体タイプは、水槽のような透明なアクリルケースで陳列されている。

「オイ、ミャウ。どーいう冗談だ」

「冗談じゃないです、本気ですよ。つまりあんたら、発情期でイライラしてるんでしょ。QTの替えのボディを買って交尾したら、万事解決じゃないすか」

「かっ、解決するかぁ! ねーよ、発情期なんか! 大体、交尾とかゆーな! 猫じゃあるまいし!」

ダンディが思い切り、ミャウの頭を引っぱたく。

「フギャッ! もう、痛いなぁ、バカになったらどうしてくれるんですか」

「あン? 元々ボンクラなんだから、今さら『バカ』が追加されたって、あんま変わんねーだろ……でもまぁ、せっかくだから、一応、見るだけ見てみるか」

ダンディがそう言って、生体コーナーに近づく。一口にアンドロイドと言っても用途は幅広く、医療用の実験動物や産業界における労役要員の他、このように一般販売されるものは執事や女給として使役させたり、疑似家族やペット代わりに愛玩することもあるようだ。

「でも、あらためて選ぶとなると、結構、難しいな。予算の都合もあるし、よぉ」

アンドロイド市場でも、価格は需要と供給のバランスによって決まる。器量が良くて高性能な個体は宇宙船が買えるほど高価で、分割払いでなんとか手が届きそうな価格帯になると、容姿もそれなりのレベルまで落ちる。さらにお小遣いで買える範囲なんぞは『肉の塊をヒト型になるまで培養しよう!』という工作キットだ。お話にならない。

「ダンディ。生きたのじゃなくて、シリコン製の機械人間ならお安いですよ? ほら、潤滑ローションもオマケについてて、とってもお得です」

「バカッ、大声出すなっ!」

まるで俺がオナペットを買いに来たみてぇじゃんよ……と続けたかったが、棚向こうの女店員が必死で笑いを堪えている気配が感じられたので、ぐっと言葉を飲込んだ。ましてや『そもそも、生体タイプのセクサロイドの気持ちよさを知っちまったら、シリコン人形じゃ物足りねぇだろーが』とは言えない。

「こんなに小さいのもあるんですね。壷みたい……手足がありませんが、これもアンドロイドなんですか?」

「アンドロイドっつーか、セクサロイドのご先祖サマ……とゆーほど大層なもんでもねーな。要するにオトナの玩具だ、オトナの玩具。それにだって人 工知能を載せようと思って載せられなくはないかもしれねぇが、聞いたことはねーな。試すか?」

「え、イヤですよ。こんなダルマみたいなカッコ。赤と白のシマシマが囚人服みたいでダサいし。寝転がってるだけでも、ダンディが面倒みてくれるんなら、いいですけど」

「誰がこんなもんの世話なんぞするか、ボケ」

ミャウは、その夫婦漫才に付き合い切れず、少し離れた位置で生体タイプのアンドロイド達を眺める。純粋なヒューマノイドばかりではなく、獣人系や得体の知れないエイリアンタイプもいるので、単なる展示物として鑑賞するのも面白い。だが、ここに本物のエイリアンが混ざることはほとんど無い。彼らは流通するにあたって、ダンディ達ハンターが捕獲してきたエイリアンのデータと逐一照合されるのだ。
だから、そこに猫に似たアンドロイドがいても、それはベテルギウス星人そのものではない。だが、ベテルギウスの細胞から培養されているのかも知れないし、そうでなくともミャウ好みの容姿であることは確かだ。ミャウは値段表を凝視して「うーん」と唸った。

「QT、ダンディの相手がイヤならサ、コレにしない?」

「え、猫型ですか。確かに、猫は何かの仕事をするってワケでもないから、ヒト型よりは安いみたいですけど……この猫、何に使うつもりですか。というか、ミャウが『使う』つもりですよね。猫ってその、アレのとき痛いんじゃなかったですか?」

「だから、猫じゃないってーのに……いや、トゲがついてるのは、確かだけど」

「やっぱり猫じゃないですかぁ! 痛いのはイヤです!」

「ロボットなんだから、痛いとか痒いとか、あんまり関係ないでしょーが」

「それは、体が機械の場合のハナシです。生身の神経系は機械のセンサーよりも精度が高いので、痛いとか痛くないとかいう、細かい皮膚感覚がちゃんとあるんです」

「そうなんだ? じゃあ、例えばダンディとシた時って、QT、気持ちよかったの? 確か以前、関与してないからノーコメントだとか言ってたけど」

「そっ、それは、その」

QTが答えに詰まってピーピーとエラー音を鳴らしていると、ダンディが後ろから歩み寄り、ミャウの脳天にカカト落としを決めた。ぐしゃっと床に倒れ込んだところで、さらに二三発、ケリを入れる。

「何、バカなことホザいてやがんだ、このドスケベ猫が……けぇるぞ」

尻尾をむんずと掴んで引きずろうとして……ダンディの視線が、ふっと1カ所に吸い込まれた。店のバックルームの隅に、何かがうずくまっている。痩せこけた子供のように見えた。

「店員さん、アレは売りもんじゃねーの?」

店員は、ダンディに尋ねられて初めて、その存在に気付いたように目を丸くした。やがて、思い出したように胸ポケットからメモ帳を取り出すと「アレは、売り物にならないから、廃棄する予定の個体だったようです」と読み上げる。

「廃棄?」

「人造人間といっても、所詮は人形。生物じゃありませんからね。情が移って埋葬したり供養したりする人もいますが、生ゴミに出しても、別に違法行為ではないんです。ただ、その……アレを捨てようとするたびに、つい忘れちゃって」

「忘れる?」

「アレのオリジナル細胞が、そういう超能力を持っていたエイリアンらしくて……ひとの記憶を食うんですよ。だから、ここ最近は、私共もメモ帳が手放せなくて」

「確かに、そういう能力を持ってたら、危なくて売れませんよね。まぁ、ダンディはそんなエイリアンに記憶を食べられなくても、いつも肝心なこと忘れちゃうから、あまり変わらないと思いますけど」

QTがウンウンと頷く。

「んじゃ、俺らが引き取ってやろうか? こっちはタダでアンドロイドが手に入る。アンタらは厄介なゴミを処分できる。まさにWIN-WINってやつじゃんよ?」

「本当に危ない人形なんで、危険を感じたら、すぐに捨ててくださいね。あと、入手先は絶対に言わないでください……多分、忘れちゃうと思いますけどね。ウチもどうやって仕入れたのか、思い出せないんですから」

店員がソレを連れてくる。背中を丸めているので分かりづらいが、思ったよりも上背がありそうだ。首輪には、確かに培養された人造人間であることを証明する鑑札プレートがぶら下がっていた。

「このままでも歩く程度ならできますが……搭載する人工知能はお持ちですか? もし無ければ、簡単な挨拶ぐらいはできる簡易版をサービスしますけれど」

「いや、コイツの人工知能を載せる予定なんだ」

ダンディがQTをぽんぽんと叩いて示す。店員はQTの低スペックを察したのか、やや不安そうな表情を浮かべたが、ここで処分し損ねると後が厄介だとばかりに、深い事を考えるのはやめて「これ、取扱説明書です」と冊子を差し出した。





ダンディらが売り場を出て行く時、シルクハットにマント姿の大男と、細長い顔のピロリ星人の小男の、ふたり組とすれ違った。

「……あれ、博士。我々は何を買いにここに来たんでしょうか?」

「は? 貴様がここに来ようと言ったのではないか?」

「そうでしたっけ。なんか、思い出せないんですけど」

ピロリ星人は首を傾げ……ふと己が握りしめていた小型情報端末の画面がピコピコと点滅していることに気づく。GPSと何らかのセンサーを組み合わせたプログラムが起動していたようだ。

「何ですかね、これ。ポータブル……β版? 博士、ご存知ですか?」

「ムム。見たことがないのう。ひょっとするとウィルスソフトかもしれんぞ」

「それは大変です! では、念のため……もし、必要なものだったと思い出しても、またダウンロードすればいいわけですしね」

ピロリ星人は何の疑問も持たず、チョイチョイと端末を操作すると、自作アプリ『ポータブル・パイオニウムセンサー』を削除していた。





QTの人工知能のスロットルカードを引き抜き、貰ったアンドロイドの後頭部を開けて、アダプタに差し込む。前回、きっちりハマっていなかったとのことなので、カチッと音がするまで強引に押し込めてから、恐る恐る、起動ボタンを押した。ブゥンと低い音がして、アンドロイドが目を開ける。

「QT、うまく接続できたか?」

「大丈夫のようです」

「おかしな超能力を使いそうな気配は無いか?」

「正直、そこまでは分かりませんが……全身の表層部位に軽微な痛覚というか、不快感が……これは多分、痒みとかいう触感ですね」

「さっそくかよ。薄汚いから仕方ねーか。それに元々、ピカピカに磨き上げてやるって約束だったしな」

それを聞いたアンドロイドが小首を傾げて「へぇ、そんな約束してたんだ?」と呟いた。





汚れを洗い流してやると、そのアンドロイドは長くとがった耳をしていて、妖精のように綺麗な容姿をしていた。そういえば、最近どこかで、そんなエイリアンの話を聞いたような気がする。

「なんだ、男かよ」

アンドロイドの股間に見慣れた器物がブラ下がっているのに気づいて、ダンディはそうボヤいた。もしかしたら、別の器官もついていたかもしれないが、わざわざ調べようという気にはなれなかった。大体、QTは男じゃなかったっけ、とダンディは首をひねる。なんで女体だと思い込んでたんだろう? そもそも、何のためにヒト型のアンドロイドを買ったんだっけ。いや、買ってないよな。そんな大金ねーもん。
元々着ていた服は垢と泥にまみれたズダ袋のようだったので捨て、ダンディの服を貸してやる。背丈はダンディよりは低かったが、足の長さは(腹立たしいことに)ダンディとほぼ同じなので、なんとか共用できそうだ。

「えーっと、名前はなんだっけな」

「QTですよ、QT」

「えっ、キューティ?」

「やだなぁ、ダ……えーと、ダーリン? しっかりしてくださいよ」

そのやりとりを見ていたミャウは、背筋がゾッとするのを感じたが、その恐怖の理由が何かは、なぜかはっきりと指摘できなかった。ただ、何かがおかしい、というのは本能的に分かる。
そうだ、メモ。メモを取らなくちゃ……誰がそう言ってたんだろう? でも、僕たちはそんなマメな性格じゃないから……代わりに、ミャウはアロハオエ号のコンソールで防犯カメラの設定を呼び出した。いつもは記録容量がもったいないのと、どうせ大したことは写っていないという理由で、3日ほどで適当に上書きして消すのだが『上書きしないで記録し続ける』に変更しておく。一番安いプランのため音声は入らないし、カメラに映らない死角もあるが、無いよりはマシに違いない。
少年は、周囲をぐるりと見回して、かなり長い間ブツブツと呟いていたが、やがて「なるほど、把握した」と頷いた。



初出:2015年07月07日
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