いつもの家電がお得じゃんよ★中
ダンディは、少年を起こさないようにそっと部屋から出た。 「腹へったな。確か、倉庫にレトルトあったよな。賞味期限どうだったかな。忘れちまったぜ」 そういえば、黄色いロボットが『後で処分する予定で置いてるだけですから、絶対に食べないでくださいね』とかなんとか言ってたような気がするけど……あのロボット、何だったっけ。実際に期限が切れてるのはどれなんだろう。そもそも、今日は何年の何月何日なんだろう? ダンディが倉庫の真ん中に佇んでボンヤリしていると、赤い帽子をかぶったネコがぽてぽてと二足歩行でやってきて「なーんか、コレ、全滅じゃないすか?」と、ボヤいた。 「そうなのか? そうか、全滅か……おい、ニャン公。ここ以外に、メシ置いてるとこ、あったっけ」 「ニャン公じゃないですよ。僕の名前は……えーと、忘れましたけど。仕方ないから、ブービーズでなんか食べます?」 「ブービーズ? なんだぁ、ソレ」 「へ? アンタ、大好きだったでしょ。おっぱいのおっきなウェイトレスがいっぱいのレストラン」 「おっぱい、おっぱい……おっぱいがいっぱい、ねぇ」 「そうそう。ボインボインのぷりんぷりんのデカパイの!」 「ふーむ。おっぱい……か」 ダンディは懐かしい気がするその単語を、口の中で転がした。ただ、記憶の底にあるその感触は、もう少し控えめなサイズだった気がする。柔らかく頼りない感触は、指の熱で蕩けそうなほどで。まさか昨夜の記憶? いや、違う。男相手にそんな趣味はないつもりだし、あの日揉んだ儚げな薄い乳は、男の胸板じゃない。俺の股間のセンサーが、断じて男じゃなかったと告げている。 「……QT」 「へっ?」 「この船に、そんな女の子、いなかったか?」 「キューなんとかって男の子なら、いましたけど。この船に、他に誰か乗組員が……いたような、いなかったような」 確かめる方法もあった筈なんだけどなぁ。何かで記録するような設定にした気がするんだけど、何だったっけ……と、猫は頭を掻いている。 ともかく、腹が減っては戦はできないじゃんよ! というわけで、ダンディは操縦室に入った。サブオペレーター席に、なぜか掃除機が置かれている。 「なんだ、こりゃ」 猫か少年か。どっちがここに座っていたのか思い出せなかったが、とりあえず邪魔なので座席からおろしておく。メインコンソールを起動して宇宙地図を呼び出すと、Bと書かれた点がいくつもチェックされていた。これが、先ほど猫が言っていた、ブーなんとかなのだろう。旧式のせいか操作が無駄に複雑なシステムであったが、アタマの記憶はうろ覚えでも、手指が勝手に動いて、最寄りのチェックポイントへの航路を算出したうえ、自動操縦の設定までしてのけた。人間の記憶ってぇのは大したものだなと、ダンディは我ながら感心する。 記憶喪失になっても、身体で覚えた運転技術などは忘れないという。さらに、科学的に立証はされていないが『記憶や意識は、大脳だけではなく、心臓や内臓にも宿る』という仮説すらある。なら、大脳をえぐりとられて、人工知能に差し替えられたアンドロイド達は、どうなるのだろう。透明なプラスチックの箱に閉じ込められた、アンドロイド達。あれは、どこで見た光景だったろう。 「ちょい、頭いてぇわ。リビングで横になってるから、着いたら起こしてくれや」 そこに、例のカワイ子ちゃんがいたような気もするし。ソファに腰を下ろして、ぐるりと見回す。黄色を基調とした明るい室内と、円形のソファに、トロピカルテイストなフェイクの観葉植物。読み散らかされた雑誌に、脱ぎっぱなしの靴下。そして、転がっているバケツと雑巾。なんかこう、ひょいと喉から出てきそうなんだ。頭の奥がキリキリする。この床に、そう、ぷりんぷりんと揺れる、小ぶりでキュートな……尻! 「そうだ、尻だ! おいどだ! おヒップだ!」 ダンディはガバッと立ち上がり、操縦室に駆け戻ると「つまるところ、ケツじゃんよ!」と喚いた。 「ハァ? オッサン、何言ってるんすか? 頭、大丈夫すか?」 「頭じゃねーよ。大切なのは、K・E・T・S・U……即ち、ケツなんだぜ!」 「いやいや、全ッ然、意味分かりませんから」 猫は困惑したように、己の顔を前足でくるくる撫でていた。そうしているうちに、ディスプレイに『目的地に近づきました。自動操縦を解除します』というアナウンス表示が浮かんだ。おっと危ねぇ、と呟いて、ダンディが操縦桿を握る。停泊する瞬間、ちょっとだけ桟橋に船の先端をぶつけてしまい、船全体が揺れた。 「ちょ、オッサン、あんたの船でしょ。ヘタクソ!」 そうは言われても、こういうことは自分の担当ではなく、細かいところをサポートしてくれる相棒がいた筈だ。あのキューなんとかって少年? いや、多分違う。もしそれが彼であるならば(いくら、寝起きであるらしいことを差し引いても)今、ぽけーっとしている筈がない。 「まぁ、いいや。じゃ、メシ食いに行くか」 良きおっぱいがある店なら、良きケツもあることだろう。そこに多分、真実はある。 「ちょっと待って、オッサン。なんでメシ食いに行くのに、掃除機持って行こうとしてるんですか?」 「なんでって……なんとなくそうしなくちゃいけねぇ気がしたんだけど」 「いやいや、おかしいでしょ。常識的に考えて、レストラン行くのに掃除機抱えながら、って」 「そうか? いや、まぁ、いいだろ別に」 ぷるるんとたわわな乳房を揺らしながら、露出度の高いユニフォーム姿のウェイトレスが、客席に駆け寄ってきた。カールした金髪にキュッとくびれたウエスト、はつらつとした表情と艶やかな唇がチャーミングな娘で……なにより、ホットパンツからはみ出そうな、ムッチリした尻肉がイイ。 「やっほーダンディー! あ、QTちゃんもお久しぶりィ!」 ウェイトレスは、なぜかダンディが持ち込んだ掃除機に向かってそう呼びかけ、笑顔で撫で回した。 「えっ、カノジョ、この掃除機、知ってんの? つーか、俺らのこと、知ってんの?」 「やだぁ、知ってるも何もぉ。ダンディは常連さんじゃなーい。もしかして、アタシのこと忘れちゃった? ハニーだよ、ハニー! アレ、この子は?」 「えーと、相棒だよ。うん、そういうことらしい。名前は……」 「QT」 「そ、そう、キューティだってよ、キューティ」 ウェイトレスはぷっと頬を膨らませた。 「何言ってるの? こっちがQTちゃんだよ。ダンディは、この掃除機といつも一緒だったんだから。旧式のポンコツロボットでも仲間なんだって、とってもとっても大切にしてたんだから!」 ウェイトレスはなぜか強情にそう言い張ると、QTと名乗った少年の顔をぐいっと覗き込んだ。 「その尖った耳、虹色の瞳、腕に浮かぶ縞の模様……あなた、夢を食べるっていう一族の? でも、バクキの首にそんなシマ模様なんてあったかしら」 少年も唇に薄ら笑いを浮かべて、ウェイトレスの目を見つめ返した。 ただならぬ険悪な雰囲気に、ダンディと猫は為す術もなくオロオロしていたが、周囲はこの異変に気付いていないようだ。そのまま膠着状態が続き……やがて、少年が身を折って咳き込み始めた。 「おい、キューティ、大丈夫か」 ダンディがそう呼びかけて、背中をさすろうと手を伸ばし……かけて、宙で手が止まった。 キューティ? いや、違う。QT。 QTは確かに、あの少女が言った通り、この黄色い掃除機の名前だ。 どうしてQTは動かないんだ? 人工知能が止まって……いや、取り外されているのか。 今、QTはどこにいるんだ? 霞がかかっていたような状態だったダンディの頭の中が、徐々に色を取り戻して行く。 ……この少年は一体、誰なんだ? 己の胸をかきむしりながら、少年が「女、貴様、何者だ?」と、ウェイトレスを睨みつけた。ウェイトレスは動じずにニッコリと笑うと、少年の額をガシッと掴む。 「本名を教えてあげてもいいけど、宇宙中の情報を記憶する『クラウド星人』の血を引く、このアタシの記憶を飲み込もうとしたおマヌケさんのアンタじゃ、とても覚えられないと思うよ? ほら、もう既に容量オーバーして、情報が溢れちゃってるじゃない」 ハニーの周囲に、フワフワとピンク色の雲のようなものが漂い始める。 「えっ? この記憶は……ダンディって、男の趣味あったの?」 ハニーが困惑した表現で、ダンディと少年を見比べる。ダンディは「ハァ?」と露骨に顔をしかめ……やがて爆発的に「いやいやいやいや、無い無い無い無い。断じて無いじゃんよ!」と、喚いた。ハニーはその勢いには動じず「ふぅん? じゃあ、誰の記憶なんだろ、これ?」と、首を傾げる。ダンディもハニーの視線に促されるように少年を見つめ……ハタと膝を打った。 「そうだ! QTの人工知能、コイツの頭に載せたんだった!」 「QTちゃんの記憶だとしても、ちょっとアレなんだけど……まぁ、いいや。頭に載せたって、どういうこと?」 百聞は一見にしかずとばかりに、ダンディが少年の後頭部のカバーを開けてみせた。人工知能を接続するためのアダプターが現れる。 「ははーん。つまりこの子は、生体タイプのアンドロイドだったってわけね。じゃあ、その模様は鑑札票の首輪の痕か。ダンディ、そいつの人工知能、外しちゃって」 「コイツを外しても安心できねぇぜ。なんせ、差し込む前から、周囲の記憶を消しちまう変な能力があったらしい」 「へーえ? 大脳がを切り取られたから、全身で記憶を吸い込むようになったのかしら。それでも、外部記録装置を持っているクラウド星人の敵じゃないわ」 「いや、ゴメン。ハニーが何を言ってるのか、俺にもトンとサッパリなんだけど」 「いいから、早くぅ」 促されるまま、QTの人工知能を外して、掃除機に差し込んでやった。電源スイッチを押すと、ヴォンという低い起動音がする。一方、ハニーにアイアンクローを極められているアンドロイドは、すっかりダウンして口から泡を吹き始めていた。 「あら。お仕置きがキツ過ぎちゃったかしら?」 「そういや、さっきバクキって言ってたの、何なんだ?」 「夢を食べると言われている、珍しいエイリアンよ。残念ながら、とっくに登録済みだけどね。それが、このアンドロイドの元細胞だったんじゃないかしら、って……あ! そうだ。アタシ、注文をとりにきたんだっけ。すっかり忘れてた!」 人造人間の抜け殻は、ハニーが改造して玩具にしたいというので、店に置いてきた。 余人には危険極まりない人形であるが、彼女ならうまく使いこなして、有効活用できることだろう。 「あ、そうだ……QTちゃん、ちょいちょい」 チョイチョイとハニーが手招きして、なにやらゴニョゴニョと長いこと話していた。 「さっき、俺のハニーと延々、何話してやがったんだ、この機械野郎が」 ダンディは、部屋を片付けていた掃除機ロボットを持ち上げて、両腕でギリギリと締め上げた。 次なるターゲットも特にないので、アロハオエ号はとりあえず長らく足を運んでいないブービーズの支店を目的地にした自動運航モードに設定されており……要するに、ヒマなのである。 「ちょっと、やめてくださいよぉ。使わないけど削除したくない大容量ファイルがあったので、圧縮して保存するやりかたを、ハニーさんが教えてくれたんですよ。ついでに、データの保存場所が偏っていたので、空いていたDドライブに移してもらったりしてました」 「は? Dドライブって、何世紀前のコンピューターの仕様だよ。そこそこポンコツだとは思ってたけど……そこまで旧式って、むしろ凄くね? 骨董品の域じゃね?」 「ともかく、そのファイルのせいでデフラグ処理するだけの容量が確保できなくなって、その影響で充電に集中できなかった……らしいんです、ワタシ」 「邪魔なら、削除しちまえば良かったのに」 「イヤですよ。人工知能の記憶は、削除したら完全に消えちゃうんです。人間の記憶と違って、思い出せないんです……一応、リカバリーソフトでサルベージしようと思えば、できなくもないですけど、やっぱりイヤです」 「記憶ねぇ。何の記憶だ? ひょっとして、いわゆる愛のメモリィってやつか? 掃除機のくせに」 「まぁ、そんなところです」 QTはしれっとそう言いきり、ダンディは鼻白んでしまった。QTを抱えたまま、ベッドにボスンと腰を下ろす。足の間にQTを挟み込むようにして「掃除機のくせに」と繰り返した。 「ダンディ、この姿勢、背中の排気口が塞がって熱が逃げないんですけど」 「そうだな。お前、フィルターの掃除してねーだろ。排気、カビくせーぞ」 お互い文句を言いながらも、ダンディはQTを背中側から抱きかかえたまま、QTもじっとされるがままになっていた。 「ねぇ、ダンディ。誤解してるかもしれませんけど、消せないのは、こないだのマリオン星人の体を使っていたときの記憶です。ワタシはロボットですから、基本的には恋だの愛だの、興味ありません……ダンディと違って」 「サラッとイヤミをゆーな」 ペチンと手の平でQTの頭部を叩き……そのまま、撫でる。 「今回のアンドロイドは厄介でしたけど、マリオン星人の方は、なんというか、いい子でしたよね」 「あ? ああ」 確かに、あのマリオン星人は可愛かったナ、とは思う。映像どころか写真の1枚もダンディの手元にはないけど。マリオン星人本人の挙動なのか、QTの意思が反映しているのか。判別できなかったのも友達甲斐がないハナシだが、当時のダンディ本人は疑うこともなく全てQTだと信じて対応していたのだから、仕方ない。正直いうと『ポンコツ掃除機よりも役に立たずのダッチワイフ』だったが、手放せなかったのは、修理が終わるまでの仮の姿だから、というだけが理由ではなかろう。 「なぁ、QT……今回は無料で手に入れようとしたから失敗しただけで、よぉ。Aランクの未確認宇宙人を2、3種捕まえたら、あれぐらいの別嬪サンも買えるんじゃねぇかなぁ。もちろん、お前がイヤじゃなければ、だけどよ」 「生活費を考えないなら買えなくはないと思いますけど、その場合、当分の間、飲まず食わずで暮らす事になりますよ。それに、アロハオエ号も何回か不時着したりしてボロボロですから、近いうちにドックに入れなきゃいけないと思いますし……当分、無理ですね」 「そっか」 それから、かなり長い時間、ふたりはその状態でじっとしていた。 「ダンディは、ワタシがああいう体でいる方がいいんですか? 例えどんな体でも、ワタシはワタシで、ずっとダンディの隣にいるんですけど」 「なんだ、QT。それは愛の告白か?」 低く囁きながら、ダンディが身を屈めてQTのボディに唇を押しつけた。QTがそれを感知して「ダンディ、汚い! ヨダレ塗らないでくださいよ」と喚いた瞬間。ガクッと船が大きく揺れた。室内灯が衝撃で消えてしまう。 「……QT?」 しっかりと抱えていた筈のQTの躯体が、ふっと腕の中から消えてしまった。停電時は非常バッテリーに切り替わる筈の非常灯すら消えていて、まるで何も見えない。 「スミマセン、フェイスモニターのバックライトも消えちゃったみたいで」 QTの声は、なぜかダンディの背後から聞こえた。 俺は別に責めてるわけじゃねぇ、お前が無事ならいいんだ……と、言おうとした瞬間に室内灯が復旧した。ダンディはまぶしさに目をすがめながらも、ベッドから飛び降り、壁に据えられているインカムを掴んで「ミャウ! 今の揺れはどーいうこった?」と喚いた。 『知りませんよ。僕も、部屋で寝てただけなんだから……もしかしてダンディ、自動操縦の航路、ワープ運航するようなルートで設定したんじゃないすか?』 「えっ? あーそういえば、最短距離を算出したら、途中でデッカいブラックホールを跨ぐ形になったよーな気がする。すっかり忘れてた」 『まったくもー。しれっと人のせいにしようとしたでしょ、アンタ』 「あはは、わりーわりー」 インカムの受話器を元に戻し「いくらワープ慣れしてても、さすがに不意打ちは驚いたぜ。なぁ、QT?」と振り向き……顎がガクッと外れそうになった。ベッドの上にいつもの黄色い掃除機は無く、代わりに見覚えのない少女が裸でしゃがみ込んでいる。 「ダンディ、その、ワタシ……一体、どうしちゃったんでしょう?」 不安そうに呼びかけてくる少女の声は、QTの甲高い合成音声によく似ていた。たった数秒の暗闇の中で、一体何が起こったのか。ダンディにもQTにも把握できなかったのだが、つまり、時空をワープした衝撃で、QTを構成する物質の素粒子が、偶然にダンディの体をすり抜ける、いわゆる『トンネル効果』を引き起こしたのである。ダンディの体に大量に含まれる高濃度のパイオニウムを浴びた結果、QTを構成する物質が原子変換して……面倒くさいので、以下略。 「なんだか、解説がテキトーですね。ダンディ、どうしましょう? この体じゃ掃除ができません 「あーそういや、掃除の途中だったな。つーか、その体って……シリコン?」 「え? いや、多分、生身です。生体タイプのアンドロイドに搭載されてた時の感覚と、大体同じ皮膚感覚ですから」 「そーなんだ。いや、ホーキとチリトリ、どっかにあったと思うから、生身でもやろうと思えば掃除はできるだろ、掃除は……どーしても掃除機が使いたきゃ、もう一台買えばいいし」 「えっ、ワタシ、お払い箱ですか?」 「そーいう話じゃなくて……どうしたもんかな。とりあえず……一発ヤるか」 「ハァ? なんで、そんな選択肢が出てくるんですか!」 QTは顔を真っ赤にして、今さらのようにシーツを体に巻きつけて隠した。 「なんでって……多分、めったにない機会だし、考えても分からねぇことは、考えるだけ時間の無駄だし……なにより、据え膳食わぬは宇宙の恥だぜ」 細かいことは気にしないのが、彼の主義でもある。腕を伸ばして、QTの胸元を隠すシーツに指を掛け、チョイチョイと引っ張った。 「でっ、でもでも、なんかワタシ、やっぱり掃除機がベースのせいか、よく見たら、っていうか、よく見なくても、やけに寸胴気味で足も太いし、肌も白くなくて肌理が粗いし、顔も……見てないけど、多分っていうか絶対、可愛くなんかないし。その、おっ……お……おっぱいのボリュームだけはちょっとだけ、あのマリオン星人に勝ってると思うけど、ボインって程じゃないし、その分、お腹出てるし! ああもう、ヒト型になってもポンコツじゃないですか、ワタシ」 自分で自分にダメ出ししているうちにミジメな気分になったのか、QTは泣き出してしまう。ダンディは「メンドくせぇ」と呟いて、ため息を吐いた。いっそ、押し倒して無理やりにでもヤっちまおうか。いや、いくら元がポンコツ相手でも、さすがにそれはマズイだろ、男として。 「なぁ、QT……おっぱい、おっぱいと誰もが言うさ。だがまぁ、俺に言わせりゃ、そんなのはどうしようもない馬鹿野郎さ。おっぱいばかり見てるヤツラには、イイオンナの条件ってものが分かっちゃいねぇ。何よりも大事なもんがな……それが何だか、分かるか?」 突然の『ダンディ節』に、QTは涙を溜めた目を見開いて、キョトンと首を傾けた。ポロンと大粒の滴が頬を伝うのを拭いもせず「えっ? お尻……とか、ですか?」と答える。 「それは、H・E・A・R・T……そう『ハート』って訳じゃんよ!」 「あの、いつもと言ってること、違くありません?」 「違ってねーよ」 ダンディはニヤッと笑いかけると、固まっているQTを抱き寄せて、キスしてやった。 ショッピングセンターで至近距離のダンディ一行を取り逃がしたうえに、探知用アイテムを削除してしまった大失態を取り戻すべく、宇宙戦艦カーネギー・レモンとその配下、ゴーゴル帝国第七艦隊は、全力全開全速力でアロハオエ号を追跡していた。ついに目視でも確認できるほどに接近し、捕獲用のワイヤートラップ付きミサイルを発射すべく、スタンバイした矢先に。突如としてアロハオエ号が、視界からもレーダーからも消えた。 「ワープしただと? だが、逃がさぬぞ。奴らがどこに向かって飛んだか、すぐに探し出せ!」 ゲル博士が部下のビーに命じる。ビーは自信たっぷりにうなづくと、メインディスプレイを計算用のボードに切り替え、宇宙地図と膨大な数式を表示させた。しばらくキーボードを叩きまくりながら計算に没頭していたが、ふと、顔をあげて「これはまずいですね」と呟いた。普段から青いピロリ星人の肌が、さらに血の気が失せて生白くなっている。 「どうした。言ってみろ、ビーよ」 「ダンディ達がワープアウトした空域の座標はまだ算出できていませんが、何故ワープしたかは、分かりました」 「どういうことだ?」 それに答える代わりに、ビーはメインディスプレイを船外カメラの映像に切り替えた。そこには、何も映っていなかった。真っ黒でも真っ白でもない。正確に表現すると、目に映るべき色すらない『虚無』が、船の前方に広がっていたのである。 次の瞬間。 「ブラックホールか!」 そう叫んだゲル博士の声もろとも、第七艦隊は、その奥底へと吸い込まれていった。 |
初出:2015年07月07日 |
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