ローヤルゼリーってあれ栄養価は確かに高いけど、その効果の科学的根拠は証明されてないんだって【下】
数日ほど、拗ねて出勤拒否をしていた新八であったが、姉のお妙に「働かざるもの食うべからずだよ、この穀潰しが」と叩き出されて、仕方なく戻ってきた。
「んだよ、もう一日二日ぐれぇ、家でゆっくりしてりゃ良かったのに」
「なんですか、僕が邪魔なんですか? そういえば、なんかチラッと、僕がいない間に、銀さんが美少女狩りをしてるってウワサを聞いたんですけど?」
「は? どういうふうに聞いたらアレがそーなんの? また神楽がテキトーな説明しやがったな……まぁ、いい女を探してたのは事実だが」
「え? 事実なんですか?」
「悪いか? オマエが休みの間の仕事で、もうブツを受け取って依頼主に返すだけなんだから、今更、関係ねぇだろ」
「関係なくは……いや、関係なんてありませんけど……誰に白羽の矢が立ったのか、ちょっと気になるじゃないですか。その、銀さんが美少女って思うような女の人って、どんなタイプなのかな、って。いや、最初は姉上に頼もうとか言ってたぐらいだから、そういう意味じゃないって分かってますよ。分かってます、けど」
「んだよ、男のくせにグジャグジャと」
「どうせ男ですよ。美少女じゃないですよ」
「当たり前だろ、何言ってんだ」
「……あれ、僕、何言ってんだろ」
新八がゴニョゴニョと口ごもった。どうやら、例のグッズをゲットし損ねたショックで情緒不安定のままのようだ。銀時が己の頭をグシャグシャと掻きながら「んだよ、まだ寺門通のグッズの件、引きずってんのか?」と尋ねると、新八がパッと顔を上げた。
「銀さん、知ってたんですか?」
「んー? なんか、CD特典だか買い損ねて落ち込んでるってのは、おめぇの姉ちゃんから聞いてた」
「そ、そうなんですか」
別に隠していたつもりもなかったが、まさか分かってくれていたとは思わなかった。気が抜けて、じわっと涙が出そうになる。それを受けて、銀時は面倒くさそうに「わーってる、わーってる」
と、片手をひらひらと振った。
「ビミョーなお年頃だもんな。俺だって同じ青臭い世代を体験してきたんだから、青春真っ盛りなおめぇの繊細な気持ちは、よぉっくわーってるさ」
「ぎ、銀さん」
新八が眼鏡を外し、潤んだ目を手の甲でごしごしと拭う。
「だから、とりあえずの間コレで我慢してくれや」
「コレ? え?」
睫毛の先に雫を宿らせたまま、新八が目を瞬かせる。視界の真ン中に、スイカほどの大きさの玉が鎮座ましましていたのだ。眉根を寄せて目を眇めると、ソイツに大きな目玉や三角に尖った鼻がついているのが分かった。
「な、なんですか、この呪いのポクポン人形みたいなのは」
「だから、とりあえず代用品で。添い寝とか抱っことか……やりたきゃ、オプションもつけられるけど」
銀時がそう説明しながら、膝の上の『呪いの人形』の頭を撫でる。それが嫌なのか嬉しいのか、人形は指の無い棒切れのような両腕を振り回して「えちーえちー」などと片言を発していた。
「なにこれ? からくり?」
「寺門通」
「どこをどう見たらお通ちゃんなんですか。侮辱してるんですか」
「外見をホンモノそっくりに作るには、ちと予算不足でよ。せめて寺門通っぽく、とうきびウンコとか、猫のウンコめっさクサイとかの台詞をセットしてみた。あと、キメ台詞は、シンイチ君ダイスキ!
ってな」
「いや、新一じゃねーし。つーか、これ中身、たまさんですよね。たまさんの電脳を人形に突っ込んでますよね」
「一応、ポニーテールで目がでっかくて、キュートな感じって注文したのに、こんなんだもんなぁ。源外ジーサン、完全に嫌がらせでやってるよな。でも、ホールの使い勝手は悪くないと思うから、存分に……」
銀時が最後まで言う前に、平手がそれを遮った。
「やっぱり銀さん、アンタ、サイテーですっ!」
そう吐き捨てるや、新八は万事屋を飛び出してしまった。
吹っ飛ばされて床にへたり込んだ銀時が、引っぱたかれた頬を撫でながら「人の話は最後まで聞けって、かーちゃんに習ってねーのか、あいつは……ったく」 と、ボヤいた。呪いの人形が、ぱたぱたと台所に駆けて行ったかと思うと、濡れ雑巾を手にして戻ってきて『ゲンキダシテネクロマンサー、ゲンキダシテネクロマンサー』と連呼する。
「ああ、平気だ。ぱっつぁんの攻撃ぐれぇ、屁でもねぇよ」
『ゲンキダシテネクロマンサー』
「んだよ、これで冷やせってか? 床掃除に使ってるモンだろーが。きったねぇな」
文句を言いながらも受け取り、頬に押し当てた。
『アリガトーキビウンコ』
「ああ、冷たくて気持ちいいよ。ちぃと、雑巾くせぇけど」
『アリガトーキビウンコ』
ぴょこぴょこと跳ね回る呪いの人形を捕まえる。
新八が指摘した通り、その人形は芙蓉であった。修理に何日もかかるということなので、当分の間、仮のボディに差し替えたのだ。江戸一番の機械技師が作っただけあって、表面素材は特殊な人造皮膚だ。見た目はグロテスクなくせに、抱き心地はやたらとぷにぷに柔らかく、心地よかった。ぷっくり膨れている腹に頬ずりすると、ひんやりとした感触と(機械油の匂いを誤魔化すためであろう)ほのかに匂う芳香がして、濡れ雑巾とは比べ物にならない。
「抱き枕の代わりにするにゃ、おつりがくるぐれぇ、贅沢な出来だと思うんだがなぁ」
『シンイチクン、ダイスキ。シンイチクン、ダイスキ』
「なんだ、オメェ。ぱっつぁんが好きだったら、ぱっつぁんとこ行けよ」
小さな機体では電脳容量が足りず、発することができるフレーズは数種類に限られていると分かっているくせに、ちょっと意地悪を言ってみる。芙蓉は首を傾げて数拍考え込んでいたが、すぐに嫌々をするように手足をバタつかせながら『シンイチクン、ダイスキ。シンイチクン、ダイスキ』を連呼した。
「だから、ぱっつぁんとこ行けって」
『シンイチクン、ダイスキ。シンイチクン、ダイスキ』
「いいから、ぱっつぁん慰めて来いって」
『シンイチクン、ダイスキ。シンイチクン、ダイスキ』
そのくせ、どこにも行こうとせず、銀時の胸板をバタバタと叩く。
「痛い、痛い……わーった、わーった。悪かった、冗談だって」
頭を撫でて宥めていると「非常に仲睦まじいところ、大変申し訳ないんだが」という声が降ってきた。見上げると、服部全蔵が天井から逆さにぶら下がっている。
「あのメガネの家、ありゃ何だ? 要塞か? 敷地に忍び込んだらトラップだらけで、さすがの俺も死にかけたぜ」
「あー…野良ゴリラと野良メス豚のストーカーがよく迷い込むからな。防犯……ってか、防・野良ストーカー対策してるって、言ってなかったっけ?」
「聞いてねぇ、これっぽっちも聞いてねぇ。もうね、庭の地面から竹槍が出てきては肛門に刺さるし、床から長刀が飛び出してきて肛門に刺さるし、壁から刺付きハンマーが出てきては肛門に刺さるし、しまいには上空からレーザービームが降ってきて肛門に刺さるしで、もう、散々だったんだからよ」
そうぼやきながら、半回転して床に下りる。
「そいつは悪かったな。侘びとしてボラギノールやるわ。注入タイプと座薬タイプと、どっちがいいんだっけ?」
「座薬タイプだよ! 何回言わせるんだ! いい加減覚えろよ!」
「なんで俺が、オマエの尻の嗜好をいちいち覚えてなくちゃいけねぇんだよ。なんで座薬タイプなんだよ。異物感か? 異物感がいいのか? 異物感に興奮する性癖なのか?」
「嗜好じゃねぇ! クスリは患部の位置と症状に合わせて使い分けないと効果が出ないから、処方するタイプを選んでるっつーだけで,別に異物感が好きとか嫌いとか、興奮するとか、そういう次元の問題じゃねぇから!」
「おまえにとっては重大でも、俺にとってはお前の尻のイボの位置も症状も、ものすごくどうでもいいことだから……ってか、そんだけケツに攻撃受けて、ミッションは完遂できたのかよ」
「ああ、それは完璧だ。俺はこれでも昔、天下のお庭番衆の筆頭してたんだぜ?」
「そいつぁ結構なこった。で、立て替え分はボラギノールで払えばいいんだな? 注入タイプだっけ?」
「なんでだよ! 吊り上がって高くついたって、こないだ金額知らせたじゃねぇか! そんなもんで足りる訳ねぇだろ! つか、オマエ絶対覚えてるだろ! 覚えててわざと逆言ってるだろ!」
「そうカリカリすんなよ、血圧あがって肛門の粘膜が切れるぞ? なんだったら、オマケにモロナインもつけるから」
「お前がカリカリさせてんだろ、ジャンプ侍! つーか……そうだな。オマケになんかつけてくれるってんだったら、その人形くれよ。それくれるんだったら、カネいらねぇわ。そのブサイクさが、たまらなく萌えるわ」
別に嫌がらせでもなんでもなく、ブス専の全蔵の目には、不気味なポクポン人形もキュートに見えるというだけの話。こんなカワイイ人形とキャッキャウフフと日夜戯れて暮らせるのなら、立て替えたカネぐらい安いものだと思えたからそう告げたまでなのだが、銀時からすればそのリクエストは青天の霹靂。先ほどまでヘラヘラしていた顔がたちまち引きつってしまった。
「あー……いや、コイツは困るわ。えーと、つまりその、なんだ。俺の、ってか万事屋……というより……そうそう、下のババァんとこの従業員だからよ。こいつを渡すぐらいなら、カネぐれぇいくらでもくれてやるよ」
あっさりと攻守が逆転してしまい、全蔵はその豹変っぷりに呆気にとられたが、人形の方も銀時にしがみついて離れそうにないのを見て取ると「じゃあ、遠慮なくカネで貰っていくぜ」と宣言して、銀時の机の引き出しを開けた。いつの間にその在処を調べていたのだろう、マネークリップに挟んだ紙幣の束を引っ張り出すと、ぺらぺらと必要枚数めくって、己の財布に突っ込んだ。
自宅に戻り、部屋に駆け込んだ新八は、部屋の真ん中に大きな段ボール箱があるのに気付いた。何か通販で頼んでいたっけか、と記憶をまさぐるが、心当たりがない。不審に思いながらも、自分の部屋にあるのだからと小刀を取り出してガムテープを切り、箱を開ける。
「おっ、お通ちゃん? なんで?」
そこにあったのは、夢にまで見ていた寺門通の抱き枕であった。
「姉上! 姉上! 僕の部屋にある荷物、あれ、誰が持ってきてくれたんです? 知りませんか、姉上!」
思わず喚くと、料理をしていた(というより、可哀想な卵でダークマターを錬成していた)姉の妙が台所から顔をだし「え? 荷物? 誰か来てたの? 別に、宅急便の人も来てないし、変ねぇ。そういえばトラップは作動した形跡はあったけど」と、首を傾げた。
「お通ちゃんの……その、CDの予約限定特典があったから」
さすがに姉の前で抱き枕とは言いづらく、言葉を濁した新八であったが、お妙には十分通じたらしく「あら、まぁ。銀さんったら」と、笑みこぼした。
「銀さん?」
「新ちゃんが落ち込んでるって聞いてね、なんとかして手に入らないかって、銀さん、あなたの代わりに、あちこち探してくれてたみたいなのよ。プレミアがついて高額になっても手に入れようって、難しいお仕事もあえて引き受けたっていうし。それぐらい、新ちゃんのこと、気にかけてくれてたのよ、銀さんは」
「そ、そうなんですか」
そう言われてみれば、あと一日二日家でゆっくりしてろ、という台詞は「それまでには荷物が届く」という意味だったのかもしれないし、たまさんを押し付けようとした「とりあえずの間」というのも、荷物が届くという前提の言葉だったのかもしれない。そうとも知らずに、自分はなんて勝手なことをしたんだろう。
「あの、姉上。僕、ちょっと万事屋に忘れ物したみたいです。夕飯、先に食べておいてください」
そういうと、新八は玄関に駆け戻り、草履を突っかけた。
呼び鈴の音で我に返り、新聞屋の類いだったら追い返そうと、木刀片手に勇ましく玄関を開けた銀時であったが、そこに居たのは、風呂敷に包んだあの箱を抱えた百音であった。珍しく巫女装束ではなく、桜をあしらった小袖姿で、薄化粧がなんとも初々しい。
「んだよ、荷物ぐれぇ、こっちから取りにいくのによ。これ、重たかったろ。それに、引きこもりしてたら、ただここまで来るだけも難儀したろうがよ」
気まずい笑みを浮かべながら、木刀を腰のベルトにさし、風呂敷包みを受け取る。
「ええ。久しぶりに外出したら、信号がうまく渡れなくて、すごく時間かかっちゃって」
そんな鈍臭いヤツの生命情報を入れてしまって良かったんだろうかと若干不安になるが『女子力』的には、そのおぼこさも男の庇護欲を程よくそそって、なかなか悪くない。
「でも、たまには神子の顔を見にきたかったし」
「神子? ああ、定春か。アイツは今、神楽が散歩に連れていってるから、部屋にあがってちぃと待っとけや。帰りはバイクで送ってやるわ」
「はい」
この女のコピーが育って,こんな色白で黒髪で潤んだ目の女王蜂になって雄蜂に孕まされて……って、それなんてエロゲー? などと想像すると、なんだか部屋に二人きりでソファに座っているのが息苦しくなるぐらい妙な気分になる。
いやいや、落ち着け銀時、女王蜂っていってもアレだからな、最終的にはあのバーさんだからな。あのバーさんの顔の皺を思い出せ、白髪を思い浮かべろ、しわしわのミイラボディを思い描いて、鎮まれ俺の小宇宙。
「あら、銀時さん、お風邪ですか? 顔が赤い」
「え、いや、これはその、えーと」
百音の白魚の指が銀時の頬に触れそうになった途端に、バシャン、と派手な音がした。
「熱っ!」
見れば、ポクポン人形がテーブルの上でお盆を抱えている。どうやら、お客様にお茶を出そうとしたらしいのだが、所詮は棒切れのような人形の手、失敗して湯のみをひっくり返してしまったらしい。
「バカ、だから無理に役に立とうとしなくていいって言ったろうが」
だが、ここはのんきに叱っている場合ではない。ポクポン人形をテーブルから抱き下ろして、その尻をポンと叩き「たま、とりあえず急いで風呂場から濡れタオル持って来い。雑巾じゃなくてタオルな」と促した。
「おい、どこに茶ァ浴びた? 大丈夫か?」
「あの、このあたりに、ちょっと」
「え? どこって?」
着物の衿を押し広げて、火傷などしていないか確かめようと覗き込んだときに「何やってんですか、銀さん!」というヒステリックな声が被さった。
「え、いや、だって火傷が」
「何が火傷ですか、火遊びですか。せっかくひとが素直にお通ちゃんグッズのお礼を言いにきたっていうのに、アンタってひとはそーやって。だいたい、神楽ちゃんだってもう帰ってくるっていうのに、教育上よくないでしょう、そーいういやらしい……ホントに、何考えてんですか!」
「だから、コレはそーいうんじゃねーってのに」
百音もこの突然降ってわいたシチュエーションが飲み込めないようで、鎖骨どころか胸乳の膨らみの上半球が見えるほどに大きく衿を広げられたまま、リアクションがとれずに固まっているのが、余計に新八の誤解をエスカレートさせたようだ。
「銀さんのばかぁあああああああああああああ!」
今度は、平手打ちが届くほど近づいてはいなかったので、代わりに落ちていたお盆を拾い上げて投げつけ、それが命中したか外れたかを確認もせずに、新八は踵を返した。
了
【後書き】某所で見かけた怪しい貼り紙から「銀さん何してはるんですか」と想像を膨らませて作ったお話。また、SNSの友人のリクエストで銀新的要素や当サイトに過去何回か登場した『ポクポン芙蓉』も登場させることにしたり、とか(参考/初登場作品、続編)。
ちなみに新撰組ポクポンや坂本&高杉ポクポンなんてのを見つけてしまったので、これもそのうちネタにな……ったらイヤかも。
▼おまけ。左から怪しい貼り紙、新撰組ポクポン、坂本&高杉ポクポン。
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