当小説は、当サイト作品『片付けられない〜』の続編です。
原作にポクポン芙蓉は登場しません。予めご了承ください。 雲掃人形
俺にだって夏を楽しむ権利はある、筈だ。多分。
銀時がそう自分に言い聞かせながら、奮発してメイド型機械人形の芙蓉零號に、ハイレグのビキニを買ってやったのは先週のこと。
「こんなに布が少なくていいんですか?」
「いいんだよ、少なければ少ないだけ」
「銀時様がその方がいいとおっしゃってくださるのなら」
これが人間の女なら「このスケベ」と張り手のひとつも食らうところだが、さすがは人間様の命令には超素直な機械人形、デパートの包装紙に包まれた水着をすんなりと受け取った。
「来週の月曜日、海の日だからよ。海行こうぜ、海。そんときにそれ、着てくれや」
「新八様や神楽様もご一緒ですか?」
「たまにはオトナの休日堪能させてくれよ。ふたりだ、ふたり」
「畏まりました」
実際、ただ海に行っただけでは『負け組』確定だ。どうせ海辺にいる妙齢の美女は大抵、誰かのお手付きだ。だからと言って、機械人形を連れて見栄を張るというのも虚しい話だが、そこはあまり深く考えないことにする。
なにせ、志村妙じゃ胸がいささか寂しいし、巨乳の猿飛あやめはドMの変態、同じく月詠はいつ爆発するか分からない地雷みたいなもんだから、ふたりとも危なっかしくて連れ歩けない。素直で可愛いだけならレイも居るが、幽霊を夏の海辺に連れ出せる由もなく、団子屋の岩盤娘は論外。
「晴れるといいな」
そう呟いて、きょとんと首を傾げる芙蓉の頭を撫でてやった。
その日は三連休の最終日ということなのだが、こちとら油断をすれば毎日が休日になりかねない自営業。そういう身分で仕事が入るのは恩の字だろうとばかりに、土日は立て続けに仕事が入った。しかも前日の帰りに、銀時は猛烈な土砂降りに見舞われた。
傘でも持ってきて貰おうと、事務所に電話をしても誰も出ない。仕方なく、大家のお登勢の店に電話をかけると「オマエさんみたいな助平は、雨にでも打たれて少し頭冷やしな」と、吐き捨てられた。
「冗談、こんな土砂降りで濡れて歩いたら風邪引くじゃん。勘弁してよ」
「無駄に元気みたいだから、少しぐらい熱でも出しておきゃいいんだ。うちの看板娘に手ェ出すんじゃないって、何回言わせるんだい、この穀潰しが」
げぇ……という声が、思わず漏れて「図星かい」という追い討ちがかかる。
「たまがね、明日着る予定だからおかしくないか見てくれと言い出したんだが、それがえっらい露出度のビキニでね。聞いたらアンタが買ってやったって。何考えてんだい、まったく。で、ガキ共も連れていくんだろうね?」
確かに水着を摘み上げて妙な顔はしていたが……着方が分からなけりゃ、俺が教えてやったのに、と銀時は頭を抱える。寄りにも寄って、口うるさいババァに相談しなくても。
「銀ちゃん、たまとだけ海ズルイヨ! アタシも行くアル!」
受話器の向こうで喚いている少女の声。
「銀さん、今、岡蒸気の駅前ですよね? とりあえず傘持っていきますから。姉上も海、楽しみにしてますよ」
最悪だ。銀時は、電話ボックスの中でずるずるとしゃがみ込んでしまった。
それから間もなく、新八が傘を持って迎えにきた。
雨は一向に弱まる気配もなく、遠くで雷鳴すら轟いている。
「たまさん、すっごくセクシーな水着でしたね。あれ、高かったんじゃないですか?」
「ぱっつぁん見たのか。俺もまだ見てねぇのに」
「だって、その格好でお店に出てきたんですもん。お店のお客さんすっごく盛り上がっちゃったとかで、手が足りなくなって、僕らも給仕手伝わされたんです」
「はぁ!? 俺に手ぇ出すなとか言っといて、客寄せにしてやがったのか、あの業つくババァ!」
俺だけがじっくり鑑賞して、ついでに海でモテない連中に見せびらかす予定だったのにと、銀時は怒りに震える。
「アレ買っておいて、今月の家賃滞納したら許さないって、お登勢さんが」
「許さないって何だよ。俺が許さねぇよ。せっかくの……でもまぁ、この雨じゃ海水浴どころじゃねぇだろうな」
見上げた空は、まさにバケツの底が抜けたというのに相応しい荒れっぷりだ。ビニール傘ごときで対抗しきれるものでもなく、家に辿りついた頃には全身濡れネズミ状態であった。
朱塗りが剥げかかった引き戸を開き、視界に飛び込んできたのは。

いつぞやの呪いのポクポン人形であった。通常のポクポン人形よりもかなり大きく、頭部がボーリングの玉ほどもある。
それが、バスタオルに包まって、脚立の上にちょこなんと座っていたのだ。
「は? これ何?」
「イラッシャイマセ」
その人形が片言を発したところから察するに、中身は芙蓉であるらしい。
以前にも、人形狩りの目をくらまそうと、このボディに差し替えたことがあったが、二頭身ほどの小さな身体であるために、発声できる言葉が数語に限られていたのだ。
「明日晴れる、地球のおまじないアル。姉御が教えてくれたアル」
代わりに説明したのは神楽だ。
『地球の』という言い回しから察するに、一年のほとんどが雨と曇天である神楽の星では『テルテルボーズ』を吊るして晴れを願う習慣が無かったのだろう。
「フツーのテルテルボーズでいいじゃねぇか。なんだって、わざわざ、たまをこのボディに差し替えてやがんだ。イヤガラセか? イヤガラセですか?」
「たまは、元の格好でシーツかぶろうとしたヨ。姉御が、それじゃ効果が無いっていうから、そうしたネ」
「ああ、イヤガラセですね」
元の格好でシーツって。それもビキニ姿だったんだろ? 明日晴れるように願ってそんな仮装をしようとした健気さと相俟って、想像するだけで股間が反応しそうなのに。
「イラッシャイマセ」
「ああ、ハイハイ、ただいま」
苦笑混じりに、銀時がポクポン人形状態の芙蓉を抱き上げ、ついでにそのバスタオルを使わせてもらおうと剥ぎ取りかけたら、珍しくじたばたと暴れて嫌がった。
「あらぁ、ダメよ、銀さん。テルテルボーズはちゃぁんと飾っておかないと、雨が止みませんよ? それとも本格的に吊るしておきます?」
新八の姉のまな板娘、もとい志村妙が、ニッコリと笑ってそんなオソロシイことを口走る。
「明日、晴れるといいですね、銀さん。それはそうと、私も新しい水着が欲しいわぁ」
「アタシも水着欲しいアル」
もういいよ、晴れなくていいよ……銀時は泣きたい気分になるが、腕の中からぽとりと落ちたテルテル芙蓉は、再び脚立によじのぼるや「マイドアリガトウゴザイマス」などと、トンチンカンなことを元気よく口走っていた。
芙蓉が身体を張って(?)晴天祈願した甲斐あってか、あるいはお妙や神楽の呪いの成果か、その日は微妙な雲行きながら、雨は止んだ。
「もう、海はいいじゃんか。別に無理して行く必要ねーよ」
まだ黒々と濡れているアスファルト道路を窓から見下ろしながら、銀時がそうボヤいたのは、芙蓉のボディがポクポン人形のままだったから、という理由もある。
「でも、このボディだったら完全防水だから、海水浴もできるって、源外さんが」
平賀源外、江戸一番のからくり技師で、芙蓉のメンテナンス等はほとんど彼に頼んでいる。
「いや、あのボディだって一応、防水だろ」
何故そんなことを知ってるとツッコまれても困るが……と胸の中で呟いたら「いつものは、生活防水って言ってたヨ。夫婦生活だけに……って、夫婦生活って何アル、銀ちゃん?」などと、神楽がオソロシイことを口走った。
誰がそんなうまいことを言えと言ったよ、源外のクソジジイ! と喚きたくなるのをぐっと堪えて、銀時が「え、えーとその、あれ、何だ。料理したり皿洗ったり洗濯したり、オクサマは何かと水を使うからな」と、必死でゴマ化す。
「フーン? また銀ちゃんのことだから、えっちいことかと思ったアル」
えっちいことかと思ったって、分かってるんですか、分かってて仰ってたんですか、神楽ちゅあん? そう切り返したいけれども言ってしまえば「えっちいこと」だと肯定するようなものだ。
結局、水着を買えという女性陣の『口撃』を辛うじてかわしながら、ポクポン人形を抱きかかえた状態で、近場の海に向かうことになった。
岡蒸気のローカル駅を降りてすぐの海水浴場は、曇りがちな天気のせいか海水浴客はまばらで、その代わりに売上に危機感を持っているらしい屋台の呼び込みがうるさかった。単純な神楽は「焼きそばだって。かき氷も美味しそうアル、銀ちゃん、お好み焼き食べていい?」と釣られるままにねだってくるが、財布に余裕が無い銀時は『殺すぞ』的な目力を込めて、客引きを追い払うしかない。
逆に、長谷川あたりが店を出していたらタカろうかとも思っていたのだが、その気配はなさそうだ。
「新八。ここいらにすっか。レジャーシート敷け、レジャーシート」
「え。ありませんよ。どうせ海辺に売ってるだろうって思って」
「ばっか、オメェ。こんなところで買ったら、高ぇだろうが。100円均一で買っておきゃ、100円で済むのによぉ、千円とか余裕でするだろうが」
「そういえば、そうですね。ビーチパラソルもレンタル千円ですしね。どうしましょう?」
「どうって……そんなにカネねーよ? 銀さん貧しいんだよ? まぁ、この程度の日射しなら、神楽も大丈夫かもしれねぇけど……でも、曇ってるだけで、紫外線は降り注いでるからね?」
「たまさんの水着は買ったくせに」
どうも、一同の引っ掛かりはそこらしい。
それはだってオメェ、銀さんのひと夏のアバンチュールのための投資じゃん、大人の休日じゃん、たまにはそういうのも楽しませてよ、俺だって年頃(?)のオトコなんだよ? と言っても、日頃が家賃踏み倒しの、給料不払いのを繰り返している万年金欠の身、いささか銀時の部は悪い。
「銀さん、私の水着は? たまさんの水着を借りてもいいけど、その、サイズが……」
「そうだなぁ、乳のサイズがなぁ」
つい打ってしまった相槌に、ゴリラ女もといお妙のパンチが飛ぶ。
結局、ポクポン芙蓉は小さなボディでもフィットするショーツだけ履いた格好で、神楽と水辺でパシャパシャしているようだ。機械人形が海辺の水遊びなんか面白いのかどうか分からないが、芙蓉は本来、子守りロボットとして開発されたことから、神楽の子守りでもしているつもりなのだろう。
結局、レジャーシートは使わず、スポーツタオルを尻に敷いた状態で『あれが、いつもの美少女ボディでハイレグ姿だったらなぁ』と、残念がりながら、カニか何かを追い回しているらしい様子をボンヤリと眺める。
「僕も泳いでこようかな」
「私も……って、ねぇ、銀さん、私の水着は?」
「しらねーよ。そのブラにスイカでも詰めてけ」
せっかく、美人を見せびらかしての勝ち組気分を味わうつもりだったのに……浜辺では、案の定、親子連れに混じって、カップルやナンパ目的らしい負け組野郎集団がちらほら見える。たまに女性グループがいるかと思えば、ナンパに乗る気はハナから無いのか、ローライズのパンツの腰からベージュのガードルがチラ見えしたりして、闘志が萎えること甚だしい。
サイアクだ……と、銀時はそのままひっくり返って昼寝をすることしにした。荷物だけは置き引きに狙われないように、長い脚の間に挟み込んでおく。
だが、寝入ったと思ってまもなく、揺すり起こされた。
「んだよ、新八……ああ、雨が降ってきたか?」
「まぁ、それもありますが……神楽ちゃんがちょっと具合悪そうで」
「あ? ああ、紫外線は晴れの日と変わらないぐらいあるって言ったろうが。日傘なしではしゃぐからだ」
神楽は宇宙最強の部族だというが、夜兎族というその名が暗示する通り、お日さまの光に弱いのだという。
やれやれと銀時が起き上がると、新八が背中の砂を払ってくれた。
「屋根のあるところで休ませて、冷たいモンでも飲ませてやりゃ、少しは落ち着くだろ」
貝殻混じりの砂をザスザスと踏みしめて、真っ青な顔で波打ち際にしゃがみ込んでいる少女を肩に担ぎ上げた。おかげで銀時の服もびしょ濡れになってしまうが、それを構っている場合でもない気がする。
「銀ちゃぁん、アイス。アイス食べたら治る気がするネ」
「するか、ボケ」
元気そうじゃねぇかと、まだ少年のような硬い尻をポンと叩いてやると「銀ちゃんのスケベ! どこ触ってるネ! 穢れたアル、責任とってお嫁に貰ってもらうアル!」などと物騒なことを喚いて、足をバタつかせた。
「マセたこと言ってんじゃねぇ。放り出すぞ、クソガキ」
ずり落ちかけたのを揺すり上げ、もう片手を差し出すと、芙蓉が「ギントキサマノエチー」などと言いながら、ぴょんと飛びついて来た。
駅構内に逃げ込んだ頃には、雨脚はかなり強まっていた。
通り雨だろうから、少し待てば止みそうだとは思ったが、銀時は「そろそろけぇるか」と促した。
「神楽も、家に帰って寝た方がいいだろ」
「嫌アル。もう少し遊ぶアル」
「ワガママ言ってんじゃねぇよ、ふらついてんじゃねぇか」
「銀さん、私の水着は?」
「この期に及んで、まだ俺にタカろうとしますか。神楽がヨレてんの見えないの? これだから水商売の女は怖いわ」
「銀ちゃん、帰るの、アタシのせいにするアルカ?」
自販機で買ってやったペットボトルを三本ほど飲み干し、なんとかひと心地ついたらしい神楽が不満げな声をあげたが、見かねた新八が「神楽ちゃん、休んだ方がいいよ」と銀時に加勢してやった。
「神楽ちゃんも遊べるように、今度は屋内プールに連れていってもらおうよ。ねぇ、銀さん?」
「は? 勝手に決めるなコノヤロー」
「まぁ、屋内プールもいいわね。もちろん、温泉付きよね? 今度こそ、水着、お願いネ、銀さん?」
「温泉でも水着、着るアルカ?」
ひと夏のアバンチュールだった筈なのに、なんだってガキの夏休みに付き合わなくちゃいけないんだと苛立ったが、ここは「じゃあ、今度、プールな」と約束しないことには、神楽が納得してくれそうにない。
「それに、塩水よりもプールの方が、たまさんも錆びる心配ないじゃないですか」
新八が、ちらりとポクポン人形を見下ろして呟く。
「あ、ああ、まぁ、な。たま、身体拭いてやっか」
「マイドアリガトウゴザイマス」
鞄からタオルを取り出して、芙蓉の小さなボディを拭ってやっていると、神楽が「銀ちゃん、ワタシも」と割り込んできた。
結局、その後力尽きて眠ってしまった神楽を背負い、片腕には芙蓉を、昔なつかしのダッコちゃん人形状態でしがみつかせながら、岡蒸気に揺られて帰ることになった。
「銀さん、重たくないですか?」
駅から自宅への帰る道々、新八が傘を差しかけてくれる。
「重たいよ、めっさ重たいよ。新八君、たまだけでも引き取ってくれない?」
「引き取ってあげたいけど、さっき僕が剥がそうとしたら、嫌がったじゃないですか」
「だったら聞かないでくれる? え? 何? その労わりは冷やかし?」
「そうじゃないですけど。その、僕らは今日、海行けて楽しかったですよ?」
新八がボソリと呟き、銀時が一瞬、呆気に取られた表情になる。
「そ、そうか? 楽しかったか?」
「そうね、水着は買ってもらえなかったけど、海の水、まだ冷たかったものね。温水プールじゃないと風邪ひくわ」
お妙が微妙にズレたポイントで相槌を打ち、銀時は律儀に「いや、金の亡者は黙ってろ」とツッコむが、少しくの沈黙の後「そっか。楽しかったか。なら、いいか」と自分に言い聞かせるように重ねた。
結局、そういう『夏の楽しみ方』が、自分にはお似合いなのかもしれない。
「今度は抜け駆けなしですよ? その時には晴れるようにまた、たまさんにテルテルボーズして貰いましょうか」
「そうだなぁ、今度は元のボディで、ビキニ姿でやってもらおうかな」
冗談半分、銀時がそう呟くと、何も分かっていない芙蓉は「カシコマリマシタ」と素直に答える。それに対してお妙からは(ついでに、なぜか新八からも)「ヘンタイ!」という罵声と平手が、銀時目掛けて飛んできた。
(了)
【後書き】海の日(7月20日)の前日に上記画像のテルテルボーズを作り、当日には、本当に海まで散歩に行ったので、それをネタにして書き下ろしてみました。
ちなみに、テルテルボーズって、ボーズっていうけど、元は女の子なんですね。中国では、掃晴娘とか、雲掃人形とかいうらしい。で、晴れたらお化粧してあげたりして川に流すんだとか、晴れなかったら首ちょんぱにするとか。
芙蓉の花言葉が「しとやかな恋人」というんで、今回、それをタイトルにしようかなと思ったんですが、あんまりしとやかじゃなくなったので、今度の機会にとっておくことにします。
なお、二枚目の海の画像は、知人に合成して頂いたものです。ありがとうございました。
その後、銀さんは芙蓉を連れてリベンジしたようです→こちら。 |