片付けられないんじゃない捨てられないんだ/上


その日は危ぶまれていた台風も逸れ、清々しい朝であった。
銀さん達に朝食の差し入れねと(多分、ダークマターが入っている)お重箱を無理やり姉に持たされて、新八は万事屋に出勤した。

「おはよう、神楽ちゃん」

そう言いながら、玄関から入ってすぐの物入れの戸を、すれ違いざまに開ける。案の定、ドラえもんよろしく上段に布団を敷いて、神楽が寝こけていた。

「銀さん、おはようございます」

どうせこちらも起こさないといけないに違いないと、銀時の部屋に通じる応接室の扉を開け……目の前の光景に固まってしまった。

「おう、新八」

既に銀時は起きて、来客用のソファに座っていた。それも寝巻きではなく、きちんと服を着ている。だが、新八が驚いたのはその点ではなかった。銀時が組んだ膝の上に、なにやら怪しげな縫いぐるみのようなものが張り付いていたのだ。いわゆるポクポン人形にそっくりだが、頭の大きさがボウリング玉ほどもある。

「な、なんですか? その呪いの人形みたいなのは」

「どんなのが良いかって源外のジジイが尋ねるから、適当に、ゴシックなカンジで小さくて丸っこくて目も丸くて黒目がちって答えたら、こんなのが届きやがった」

「銀さんの好みって、ゴシックなカンジで小さくて丸っこくて目も丸くて黒目がちなんですか?」

そのポクポンは、ゴシックなカンジかどうかはさておき、確かに丸っこくて目も丸くて黒目も大きい……と新八がしげしげと眺めていたら、そいつはゴソッと動いたかと思うと銀時の腹をよじ上って、胸元に抱きついた。

「うわぁああっ、動いたっ!? それ、生きてるっ!? 銀さんそれ生きてんのっ!?」

腰を抜かすほど驚いて悲鳴をあげた新八の背後に、パジャマ姿で寝癖だらけの頭をした神楽がのっそりと現れて「新八、オマエはゴシックなカンジで小さくて丸っこくて目も丸くて黒目がちというより、ただの眼鏡がちアルからな」とツッコんだ。

「べっ、別に僕は銀さんの好みなんてどうでも……てゆーか、眼鏡がちって何? 眼鏡はかけてるけど、これ付属品だから。僕は別に、眼鏡が大きいとか眼鏡っぽいとか、そういうんじゃないから」

「眼鏡っぽいんじゃなくて、新八は眼鏡アル」

「そうだなぁ、新八は確かに眼鏡が本体で、あとは眼鏡をかけておく棒的なアレだな。神楽、うぃーっす」

「銀ちゃん、うぃーっすアル」

神楽はそう挨拶すると、ポクポンを銀時の胸からひっぺがしてだっこし、父親に甘える子供のような仕種で銀時の膝に腰を下ろした。

「いやいや、ちょっと待って。僕の眼鏡はどうでもいいですけど、質問にまず答えましょうよ、それ何なの、生きてるの? なんか動いてんですけどぉおおおお!」

「いや、どうでもよかぁねぇだろ。おめぇにとって眼鏡は重要なパーツだろ。眼鏡をかけてなかったら、なにか足りない気がするだろ。人間として大切な何かを欠いているような、そんな不安な気持ちに駆られるだろ」

「人間として大切な何かって、どんだけ眼鏡に支配されてんの、僕! 駆られんわ、そんな不安なんか! てゆーか質問に答えろぉおおおおお!」

「でも眼鏡が無かったら、新八は新八じゃないアル。眼鏡をかける棒的なナニかと玉的なナニかアル。たまもそう思うアルネ?」

「たま?」

神楽の腕の中から逃れようとじたばたしていたポクポンが、肯定の返事のつもりか片手をあげて『イラッシャイマセ』と喋ってみせた。






「まぁ、つまりだ。どこだかで、メイドロボに爆弾を仕掛けて、給仕中に自爆させるってぇ、新手のテロがあったらしくてよ。念のためにここいらの機械人形、全部抜き打ちで調べるんだとさ」

ポクポンこと芙蓉が、いちご牛乳の紙パックとコップをお盆に乗せて運んできたのを受け取りながら、銀時がそう説明してやった。一応、芙蓉が自分で紙パックを開けようと試みたらしいが、縫いぐるみの手では無理だったようで、開け口がヨレている。

「抜き打ちで調べるって、前もって告知してたら意味が無いじゃないですか」

「いや、だから抜き打ちでやる予定だってぇことで、いつかは知らねぇよ? 総一郎クンがさ、こないだ市中見回りしてのにバッタリ出くわした時に魂平糖の団子おごってやったら、こっそり教えてくれたんだわ……おい、新八、ハサミよこせハサミ」

ハサミってどこに? と見回して、銀時のデスクの上のペン立てに刺さっているのを見つける。新八がおもむろにそこに歩み寄って取ろうとすると、一瞬早くペン立てが転げた。何ごとかと見れば、ポクポン姿の芙蓉がハサミを引き抜いていた。

「ちょっ、たまさんっ!?」

ハサミを抱えたまま、ぴょんと机から飛び下りる。着地に失敗してぽてんとコケるが、すぐに立ち上がると、銀時に駆け寄ってハサミを差し出し『オマタセシマシタ』と言った。

「おう、すまねぇな、たま」

銀時はその芙蓉の頭をぐりぐりと撫でてやると、ハサミを受け取って紙パックの口を切り、いちご牛乳をコップに注いだ。芙蓉は『マイドアリガトウゴザイマス』と片言で言って、また銀時の膝に乗ろうとし、神楽と押し合いへし合いになる。
新八は何か釈然としない思いで、芙蓉が倒してバラまいたペンを拾ってペン立てに戻し、銀時の向かい側のソファに腰を下ろした。

「まぁ、確かにたまさんは指名手配の身、あの格好でいたらマズいってことは分かりますけど……でも、なんだってこんな姿に?」

「だからその、機械人形全部調べるってぇいうなら、いつものように別のツラに挿げ替えるだけじゃダメだからよ。いっそ全然違うモンにしておこうかって。んで、下の店の手伝いもできるように、イラッシャイマセとかアリガトウゴザイマシタとか、いくつかの簡単な決まり文句は喋れるようにしてもらったんだがな」

「ああ、それで、ゴシックなカンジで小さくて丸っこくて目も丸くて黒目がちって」

「あるだろ、お人形のモエアニメってぇのが。あの路線なら、お盆でビールとか運んだら客も喜びそうじゃね? でもよ、ゴシックなカンジで小さくて丸っこくて目も丸くて黒目がちってぇ注文がこういう表現になるたぁさすがの銀さんも思わなかったな。でも今さら作り替えるのもナンだし、忘年会とかのシーズンでもねぇから、無理に店に出さなくても大丈夫だって、ババアが言ってくれてよ」

『ゴチュウモンイカガデスカ?』

不意に芙蓉がそんなことを口走って、銀時の身体をぺしぺしと叩いた。どうやら、新八相手に延々と話をしているのが面白くないのだろう。神楽はおとなしく、銀時の膝の上で酢昆布片手にいちご牛乳を飲んでいる。

『ゴチュウモンイカガデスカ? ゴチュウモンイカガデスカ?』

「んだよ、御注文って……構ってほしいのか?」

『イラッシャイマセ』

「うん、ちっとおとなしくしてろ、たま」

『マイドアリガトウゴザイマス』

かなりちぐはぐな会話だが、銀時と芙蓉の間ではなんとなくコミュニケーションが成立しているらしい。そもそも最初は、何を問いかけても初期ファミコンレベルで冒険の書を棒読みするだけの卵割り器(という名の生首)だったのだから、それに比べたら断然マシということなのだろうか。

「銀さん、まさかとは思うんですが、機械人形狩りが終わるまで、その状態のたまさん連れ歩く気ですか?」

「ん? まぁ、何かの役に立つだろ。本人も役に立ちてぇみたいだし。ほれ、ハサミだってちゃんと持ってきてくれたろ?」

「それで倒したペン立て、直したのは僕ですけどね……でも、ホントにお店の用語しか喋れないんじゃ、なにかと不便じゃないですか?」

なんで僕こんなことでムキになっているんだろう、と自分でも思うが、どうにも納得いかないのだから仕方ない。

「源外ジーサンの話じゃ、それ以外にも役立つ言葉をインプットしておいたらしいんだがな」

銀時が、キョトンとしている芙蓉を抱き上げ、顔を覗き込む。
その姿はまるで、犬猫や赤ん坊に話し掛けている仕種とそっくりだ。そう、別に神経質になるようなことじゃない……と、新八は自分に言い聞かせながらいちご牛乳のコップを手にした。
ついでに神楽のように何かつまみたいところであるが、ここで姉上毒製、もとい特製のダークマターをテーブルに乗せるほど、新八も無分別では無い。

「おい、たまよ。なんか決め台詞言ってみろや」

『イヤン、ギントキサマノ、エチー』

その『決め台詞』に新八だけでなく銀時まで、豪快にピンク色の噴水を吹き上げてしまった。






江戸一番のからくり技師・平賀源外の作業場は、妙に空っぽになっていた。

「お上の連中が来て、儂のからくりをごっそり持って行きやがった。調べて問題がなけりゃ、一応返してくれるってぇ話なんだがな」

「別に返してもらわなくてもいいんじゃね? どうせガラクタばっかりだったじゃねぇか」

「ガラクタじゃねぇ。いつか使うモンなんだよ、あれ全部」

「つか、ジーサン本体がごっそりやられなくて、良かったな」

実は昔、源外は過激派攘夷志士・高杉晋助にそそのかされて、祭りの騒ぎに乗じた将軍暗殺を企てたことがある。結局それは未遂に終わったのだが、そのせいで源外は指名手配犯として追われる身になってしまったのだ。

「まぁ、縦割り行政のお役所仕事の恩恵ってヤツでよ。機械人形の管理は経済産業省の管轄で、対テロは防衛省だったか、公安だったか。ともあれ、そいつら情報交換がうまくいってねぇようだな」

「そうけぇ。その恩恵でガラクタ引き取ってもらえて、良かったな」

「だから、あれはガラクタじゃねぇ。いつか使うつもりで、わざわざ置いてたんだよ。で、なんの用で来たんでぇ、銀の字。おめぇのこったから残暑見舞いでもあんめぇ」

「おう、それよ」

銀時の着物の胸元から、ぴょこんとポクポン人形が顔を出して『イラッシャイマセ』と言った。人形だから表情に変化は無いはずなのだが、妙に上機嫌そうに見える。

「おう、たまか。どうした、なんか不具合があったか?」

「不具合も何も、なんだよ、あの決め台詞はっ!」

「決め台詞? ああ、アレか。これでも結構、悩んだんだぞ。なにせ身体が小さいから、仕込める台詞の数も限られていてな。もうひとつの候補は『ダメ御主人様ソコハ鼻ノ穴』なんだが……これと差し換えるか?」

トレードマークに遮光用ゴーグルをかけているため顔の表情が分かりにくい源外だが、口元をニコリともさせずにボソボソと呟く口調から、限りなく彼が本気であることが(分かりたくもなかったが)伝わってきた。

「んなことに悩むな! つか悩む方向性ちげーだろ! もう少しマシな台詞あんだろ! あんなこと公衆の面前やガキ共の前で口走ってみやがれ! てゆーか既にガキ共の前で口走られたんですけどぉ! もう、インモラルでイリーガルなモノ見る目で銀さん見られたんだよ! 神楽なんか年頃の女の子だからね、銀チャン不潔アル、今度から洗濯物は銀チャンとワタシのと別々にして欲しいアルとか言われかねないよ、いや別に、元々あいつのパンツと俺のパンツは一緒には洗ってないけどね! そんなことしたら、あのハゲ親父がジェット機で、銀さんブッ殺しに来かねないからね!」

「最初から別々に洗ってるんだったら、いいじゃねぇか」

「だーかーらーそういう問題じゃねぇよ、気分の問題だよ気分のッ! 大体、どうやってコレ相手にえちーなことするってぇんだよ!」

「ちゃんと、オナホールを装着できるようにしてあるぞ。取り外して洗うこともできて、衛生面もバッチリだから安心しろ」

「そんな虚しい安心いらんわ! オナホなんかつける余裕あるんなら、もっとマシなもんつけやがれ! 大体それはナニか? コレ相手にヌけってことか? 無理だろ、いくらなんでもこの呪いの人形相手じゃ、さすがの銀さんの愚息もションボリだろ!」 

「上っツラだけの愛は続かねぇぞ。何ごとも見た目だけ判断しちゃいけねぇって教わらなかったか、銀の字。ほれ、小唄にもあったろうが、フェースやスタイルに惚れやせぬ……」

「うるせーよだりーよめんどくせーよ! 枯れたようなジジイのくせして何が愛だよ、コンチクショウめが!」

喚き疲れた銀時がぜいぜい呼吸を整えていると、胸元の芙蓉が銀時を見上げて『ゴチュウモンイカガデスカ?』と尋ねる。

「あー……うん、大丈夫だ。ちぃと糖分が足りなくてイライラしただけだ」

『カシコマリマシタ』

ぴょこんと芙蓉が地面に飛び下りた。何のつもりかと見守っていると、起き上がってパタパタとどこかへ駆けていってしまった。

「近所の駄菓子屋にでも行ったんだろ」

姿が見えなくなってもなお、銀時がポカンとしていると、源外がその肩をポンと叩いて「せっかく来たんだ。ついでだから、嬢ちゃんがおつかいから帰ってくるまで、倉庫の片付け手伝ってくれや」と言った。

「でけぇ機械人形を動かすのは老骨にはこたえっから、しばらく倉庫の掃除してなかったんだ。災い転じてなんとやらってヤツだな」






その日の仕事は、新装開店だというパチンコ屋の手伝いであった。幹線道路に面した大型店鋪なので遠方からの客も来るだろうから、うまく駐車場に誘導するようにと、新八はガードマンの制服に重い夜光チョッキ姿で誘導棒を振り、神楽は『空車』と書いた看板を掲げていたのだ。

「銀さん、遅いな。源外さんところに寄ってから、すぐに来るって言ってたのに」

「どうせアイツラ、どこかでシッポリやってるアル」

「シッポリって、あんな縫いぐるみ相手に? 無い無い。いくら銀さんが汚れたオトナだからって、さすがにそれは無いでしょ」

「ぱっつぁん、顔が引きつってるアルヨ。ホントは認めたくないダケあるネ、インモラルで障害の多い愛ほど萌えるって、ピン子のドラマでも言ってたアル」

「何が言いたいの、神楽ちゃん。ワケ分かんないよ。大体、インモラルで障害の多い愛って何? 別に僕はそーいうんじゃないからね」

「顔赤いヨ? 誰がオマエのこと話してるネ。もしかしてオマエ、眼鏡のクセにあの二人に嫉妬してるアルか?」

「眼鏡のクセにって何? 違うからね。べ、別に僕は銀さんに、そんな変な感情は……」

「……銀ちゃんに?」

神楽がキョトンとしたが、ちょうどそのタイミングで車が一台近付いてきたので、会話は空中分解した。新八は誘導棒を振りながら(そういえば、あの話の流れだったら、僕がたまさんにそーいう感情があるっていう方が、よっぽど自然じゃないか)と気付いて、愕然とした。だが、不思議なことにそっちの可能性はこれっぽっちも考えたことがない。
ともあれその車を駐車場に送り込んでからは、少しくの間、神楽との間に気まずい微妙な空気が横たわる。

「ねぇ、神楽ちゃん、さっきの話だけど……」

新八がそう切り出した時に、視界の端に小さな影が動いた。前もってあの姿で動いているのを見ていなかったら、幻覚か悪い夢だと思ったろう。お菓子でも買ってきたのだろうか、白いレジ袋を提げて、トコトコと歩いている。その異様な光景に、新八は自分で何を言おうとしたのか、スパッと忘れてしまったほどだ。

「ん? 何アルか? カミングアウトアルカ?」

「いや、その……何でもない。てゆか今、そこにたまさん、居ましたよね」

だが、改めてそちらを見ても、小さな影は無い。神楽も新八が指差した方向を見たが、何も見つけられなかったようだ。

「見てないヨ。マダオと見間違えたんじゃネ? マダオがちっこいオッサンになって歩いてたんじゃネ? ほら、あっちからマダオ来たヨ。パチンコ屋だからマダオ来るんじゃないかと思ってたラ、本当に来たヨ」

そう言って神楽が手を振ると、マダオこと長谷川がサンダル履きに白いレジ袋を提げて、こっちに向かって歩いているのが見えた。

「長谷川さんもパチンコ打ちに来たんですか?」

「あん? いや、今帰りだよ。やっぱりパチンコは、新装開店で甘釘甘設定の時に行かなくちゃダメだね。良かったら食う? ちょいと勝たせてもらったし、銀さんが今日バイトだって聞いてたから、差し入れにお菓子買って来たんだけど」

「酢昆布アルカ?」

「いや、銀さんへの差し入れのつもりだったから、酢昆布はねぇけど」

「ち、使えないマダオアル。銀ちゃんよりもかぶき町の女王・神楽様が優先というのがコレ定説アルヨ」

それでもチョコレートだのどら焼きだのを貰って、神楽はすっかり上機嫌になっている。匂いを嗅ぎ付けたのか、数匹の野良犬が近寄ってきて、神楽の足にまつわりついた。新八はそれを眺めながら「さっき見たのは、本当に長谷川さんがちっこいオッサンになって歩いてたのを見間違えただけなんだろうか、だって同じ白い袋持ってたし」などと、ぼんやり考えた。


某SNS内先行公開:2008年09月21日
サイト収録:同月26日
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