当サイト作品『HAPPY TOY』の続編。
09年02月16日発売の『少年ジャンプ』(3月2日号)掲載
第二百四十八訓『人の身体は小宇宙』のネタバレのうえ、
次号以降のストーリー展開とは一致しません。
予めご了承ください。

ぱんどーらのねじ/上


「こんな腑抜けた男に、たま様が惚れる訳が無かろう。俺が貴様とはまったく異なる人格で構築されたことが、まさにその証」

口の中に生臭い匂いが溢れていた。
己に由来する赤い体液と、自分とまったく同じ顔を持つ男に由来する体液とが入り混じり、唇から伝って胸元を汚す。

「無様な姿だな。確かにたま様がその姿を写しただけに、そこそこの強さを持っていたことは認めるが」

唇の端を吊り上げて笑う男も、死に物狂いの抵抗を受けて、血に塗れていた。頬や目元は腫れ、時折、折れた歯の混じった血の塊を唾と共に吐き出している。肩や胸元に刻まれた爪跡は、獣に襲い掛かられたように深い。だが、それは銀時も同様、いやそれ以上の深手だった。

「そうじゃねぇ、たまは……」

競り負け、ねじ伏せられたことが、悔しくなかったとはいわない。だが、その肉体の痛みよりも、芙蓉に、己の内面が否定されていたことに対するショックの方が、大きかった。


今の世は天人開化の世の中よ
  フェースやスタイルに惚れはせぬ


そんな小唄が、銀時の頭の中をぐるぐると回っていた。
どんな姿になっても、どんな体になっても「ハートに惚れるが真のラブ」……そう歌っていたはずじゃないのか。
そりゃあ、俺は働き者のたまに比べたら、いや一般的な基準からいってもグータラかもしれないし、稼ぎだって悪いし、生活も不摂生だし、オヤジ的なセクハラだってするし……だめだ、自分で言ってて駄目押しになってしまいそうだ。
でも、そんなところもひっくるめて好いてくれてたんじゃないのか。こいつみたいな、目の死んでねぇ、カッコイイ王子様みてぇのに、アイツは憧れてやがったのか。

「貴様の出る幕などありはしない。たま様を護れるのは、この俺だけだ」

手の甲で唇を拭って、男がせせら笑いながら身体を起こす。遠くで、芙蓉や新八らが探している声がしていたのだ。獏を追う旅で、荒野に(なんでこんなもんが機械人形の体内にあるのか知らないが)野宿していたのだが、どうやら、ふたりが夜中にこっそり抜け出したことに気づいたらしい。

「ぎんときさまはどうしました?」

病魔に蝕まれ、ドット絵のような姿になってしまった芙蓉の合成声がする。

「こちらにはいませんよ、たま様。周囲の偵察も兼ねて、少し歩き回っているようです。俺もウィルスを見つけて、多少戦闘になりましたが、大丈夫です」

白々しい野郎の声。
戻ってきてもテメェと同様の言い訳をしろ、ということか。

「ぎんときさまがしんぱいです。もうすこし、さがします」

「たま様が必要することではありませんよ。帰りましょう」

ふたりの気配が遠くに去るまで、銀時は動けなかった。この姿をのこのこと晒すことが憚られるのはもちろんだが、芙蓉と野郎が一緒にいる姿を見たくなかった。あれが、たまの望んだ姿なのか、と。

「畜生、モチベーション、ダダ下がりだな……勇者サマに任せて、俺、帰っていいかな、ねぇ俺、帰っちゃっていいかな」

のろのろと起き上がると、泥と汚物が乾いて肌に張り付き、ぱりぱりとする感触が不快だった。なんだって、こんな思いをしなくちゃいけないんだ。一寸法師のお伽噺がRPGになった挙句に、アダルト汁モノ展開から一気に失恋ですかコノヤロー。
だが、獏とかいうヤツを倒さないと、帰るに帰れないことも分かっていた。それまでは、あのイヤミなヤツと顔をつき合わせて、表向きだけでも協力していかなければいけないことも。

「ぎんときさま、ここいたんですね」

その合成音に銀時は振り向いた。やはり俺を心配してくれたのか、まだ俺を好いてくれているのか。

「たま」

柄にもなく、力の抜けた声が出た。だが、甘えかかろうと手を差し伸べた銀時の目の前で、ドット絵状態の芙蓉の姿が黒く塗りつぶされていった。
獏の擬態か、と気づいた時には、鳩尾に鋭い痛みが走り、意識が沈んでいた。


某SNS内先行公開:2008年02月17日
サイト収録:同月20日
←BACK

※当サイトの著作権は、すべて著作者に帰属します。
画像持ち帰り、作品の転用、無断引用一切ご遠慮願います。