BE MINE/4
昔は、かっちゃん、かっちゃんって、ウザったく俺の後をついて歩いてきてたのにな。「デク」ってアダ名も俺がつけたんだぜ? ノロマが後ろにいなくなってせいせいしたと思ったら、今度は癪にさわるエリート坊ちゃんとつるんでるって、嫌がらせか? 目障りこの上ねぇったら。
「爆豪ォ、次の授業、視聴覚室」
「お、おう」
あのクソナードのことをずっと考えていただなんて、我ながら腹が立つ……と、爆豪がドアを一発蹴り飛ばしてから廊下に出ると「緑谷、どこ行くんだ?」などと話しかけている声が、聞こえるともなしに聞こえてきた。弱っちいヤツに興味はないので、名前は覚えてないが、ぷにぷにした粘着性のある球を作り出す「個性」を持った、ヘンなヤツだ。
「あ、うん。ちょっと保健室に。轟君、まだ戻って来れないのかなって」
「そういえば、轟といえばさ、オイラ、気になってることがあるんだけどさ」
「えっ? な、何?」
「轟ってさぁ、髪の色、二色に分かれてんじゃん? 体毛の色って眉毛と同じってゆーけど、眉毛も左右で違うしさ。シモの毛どーなってんだろ。緑谷、知ってる?」
次の瞬間、峰田実の顔面スレスレに爆豪の蹴りが入った。壁に足が軽くめり込んでおり、峰田が真っ青になる。
「キッタネーもん想像させんな、クソが」
「なんで、そこでかっちゃんがキレるのか、分かんないんだけど。というか、汚いって、ちょっと失礼じゃない?」
「うっせーよ! また一発食らわせてやろーか、コラァ」
自分でも何故カッとしたのかうまく説明できないが、緑谷が関わっていると思うだけで、ひたすら胸くそ悪い。
「そこ! また騒いでるのか? 廊下は静かに歩きたまえ」
委員長のうえに日直とあって、飯田がノリノリで指導してくる。これ幸いとばかりに緑谷がパタパタと飯田に駆け寄り「あ、飯田君。ちょっと保健室行ってくる。その、轟君の様子見に」と囁いた。
「あ、ああ……早く帰ってきたまえよ」
飯田のテンションがほんの少しだけ下がった。いやいや、轟君も僕の友人なんだから、心配してやるのは当然で、その、えーと、うん。
階段を駆け下りていく緑谷を見送りながら、峰田が「『汚いって失礼』ってことは、キレイってことなのか? はっ、まさかパイパ……」と呟いて、またもや「キモいんじゃ」と爆豪の寸止め蹴りを食らった。
カエル少女の蛙吹が、それを横目に「峰田ちゃん、懲りないわねぇ」と呆れたように呟く。
緑谷が顔を出した保健室はまさに修羅場状態で、ミッドナイトが涙目になりながら「どうして電話に出てくれないのよォ」と、携帯電話のリダイヤルボタンをヒステリックに何度も押していた。
ほんの十分前には、誰が伝えたのか「可愛い息子が大怪我をしたうえに行方不明」と聞いて駆けつけたエンデヴァーが、怒鳴り散らしていたのだ。副担任として矢面に立った妙齢の女性や保健室の老婆をぶん殴ってまで保健室で暴れるのは、大の男として辛うじて思いとどまったようだ。今は、ネズミの姿をしている根津校長が、応接室でお茶など飲ませながら適当にあしらってくれている。
リカバリーガールから「トゥルーフォームで出かけた」と教えられたことも、事態をややこしくしていた。その姿では、誰が連れ出したと問われても、素直に「オールマイト」とは答えられないではないか。かといって、知らないと答えれば「学園内に、知らない人物が侵入していたということか」と詰め寄られるだろう。ひたすら「非常勤の講師です。名前はお伝えできません」と壊れたレコードのように繰り返すしかなかったのだ。
「外で、何かに巻き込まれた……とは考えたくないけど、事件が起こったらつい首を突っ込む性格だし、あの人から厄介事に向かって行かなかったとしても、敵(ヴィラン)軍団に狙われてるのは確かだし……そんな状態でもし『個性』が発動できなかったら、あの体じゃどうしようもないのに」
ぶつぶつ呟いているミッドナイトに、緑谷が恐る恐る「僕が轟君を探しに行きましょうか?」と声をかけた。
「ちょ、アナタいつからいたのよ? 授業はどうしたの? また怪我でもしたの?」
「轟君のお見舞い……のつもりだったんですけど、いないっていうから」
「ダメよ。万が一の場合、あなたにも何かあったら、困るわ。保須でたっぷり叱られたの、もう忘れたの?」
「そうだ。ここはプロに任せておけ」
背後から覆いかぶさるように低い声がかけられ、ミッドナイトはビクッと肩を震わせた。いつの間にか、エンデヴァーが戻ってきたらしい。
「その講師とやらは知らんが、焦凍はすぐに見つかるだろう……食事に行ったのは確かなんだな?」
ミッドナイトが怯えながらも頷くと、エンデヴァーの相棒(サイドキック)が「もし、入れ違いに戻ってくるようなら、ケータイに連絡をください」と言って、名刺を差し出した。
「見つけたら、こちらからもご一報しますので、オネーサンの名刺もください」
そのやりとりを見ていた緑谷が「僕もついて行っちゃダメですか? 何かお手伝いさせてください」とサイドキックに食い下がった。
サイドキックは困ったようにエンデヴァーを見上げ、反応がないのを見て取ると「ついて来るだけならいいよ。その代わり、何かあったら必ず指示に従ってね」と告げた。
「いいよね、オネーサン」
ミッドナイトは「こら」と緑谷を軽く睨んだが、彼がこのままおとなしく引き下がりそうにないのは分かっていた。まるで、ヒロインを助けに行くと決めた、ヒーローのような。
「あと一時限だけ早退っていうのも書類の手続が色々面倒だから、ここで寝てることにしときましょ。それぐらいなら相澤先生に言っといてあげる。下校時刻になったら、一旦、戻ってくるのよ」
「ち。勝手なことをしやがって。貴様を連れてくるんじゃなかった」
相棒といっても、エンデヴァーの事務所に雇われている六十五人の一人でしかないので、立場は対等ではない。戦闘能力はやや劣るが、理不尽に怒り狂っているエンデヴァーにも物怖じしない性格のため、今日の運転手役を仰せつかったようだ。エンデヴァーが後部座席にドッカリと座ったので、緑谷はやや戸惑いながらも助手席に乗り込んだ。エンデヴァー事務所の社用車とのことで、シートがやたらフカフカで落ち着かない。
「焦凍君とは親しいんだ? よく行くお店とか心当たりある? この辺りで食事っていったら、どの辺になるのかな」
「え、えーと」
緑谷は爪を噛みながら、ブツブツと脳内で轟が行きそうな場所をシミュレートし始めた。学校のすぐ近くのお店はゴチャゴチャしててあまり好きじゃないって言ってたから、少し離れた場所で……お気に入りの蕎麦屋はあるけど、今度、僕と行く約束してるから他の人とは行かないと思う。というか、蕎麦屋ならとっくに食べ終わって戻ってきてる筈で、そうじゃないということはすぐに食事をしないでどこかでブラついている可能性もあるから、ウロつくとすれば……表通りの繁華街?
「ああ、確かにあそこにアーケードがあったね。じゃあ、適当に車を停めて、聞き込みをしようか。焦凍君の写真とか持ってる? え、無いの? 焦凍君、髪の色と火傷の痕が特徴的だから、大丈夫かな」
そういえば写真とか撮ってなかったと気付いて、緑谷は軽くショックを受けていた。そりゃ、男同士でツーショットとかプリクラなんてあんまり撮らないよね。轟君単体の写真がなら欲しいかもしれないけど、もしかしたら顔の火傷とか気にしてるかもしれないじゃないかって思うと、気軽に撮らせてとは言いにくいし。やっぱりこれって、ちゃんと付き合ってなかったんだよね、僕達。
「どしたの? 降りるよ? それともここで待ってる?」
「あ、行きます!」
慌てて降りると、サイドキックについて歩く。
ひょろっとした骸骨みたいな男性と、二色の髪をした少年……と聞き込んだが、平日の昼下がりというヒマな時間帯である筈が、見かけたという証言は一向に出て来ない。エンデヴァーは「そもそも、焦凍がちゃんとケータイを持ち歩いてりゃ、GPSで一発だから、こんな手間をかける必要なんぞ」と、ブツクサ言っていた。
ここじゃなくて、別の一角かな、と諦めかけた矢先「あーそういえば、そんな子来てたな」と呟く声が聞こえた。
バッと振り向くと、いかにも元ギャルといった格好の派手な女性がいた。慌ててサイドキックが「君、君、お嬢さん?」と呼び止める。
「来てた、ってどこに?」
「昼過ぎぐらいに、アタシの勤めてる店に。こう、顔に大きなケロイドのある子でしょ? サンダルと帽子買ってったけど」
「君の店に? エンデヴァー事務所の者なんだけど、詳しく話を聞いていいかな」
優しい口調で依頼したサイドキック相手には「えー? アタシ、仕事あがって、今から帰るとこなんですけどォ」とゴネたが、エンデヴァーに睨まれると震え上がって「す、少しだけなら」と折れた。
「ヒーロー事務所の人が探してるってことは、あの二人、ヴィラン絡みの犯罪者か何かだったんですか? そういう雰囲気じゃなかったですよ。すごく親しそうで、その……恋人同士というか愛人、みたいな?」
「それは無いよ、絶対に無いから!」
思わず緑谷が大声で主張した。「だって……」と言い募ろうとして、周囲の注目を集めてしまったことに気付いて、真っ赤になる。エンデヴァーが不快そうにジロリと緑谷を睨みつけたが、サイドキックはお構いなしに「サンダルと、帽子、ですね? どんな帽子ですか?」と、畳み掛けた。
「どんなっていうか……お忍びみたいな雰囲気だったから、顔も隠れるようなつばの深いハットをおススメしたんです」
それを聞いて、エンデヴァーとサイドキックが顔を見合わせた。
なるほど、それでいくら髪の色を手がかりに聞き込みをしても、目撃証言が出て来ないのか。
「お嬢さん、正確な時間は分かる? クレカを使ってるなら、そのナンバーも」
ええっと……と困惑している女性を見下ろしながら、エンデヴァーが「ついでに言うと、防犯カメラも見せて貰いたい。だが、ヴィラン関連以外の事件を目的とした防犯カメラの活用は本来警察の管轄で、ヒーローが利用するには予め裁判所と警察の許可が必要でね。しかし、市民が好意で自主的に情報を提供することは、例外的に罰則の適用を免れている。分かるかね? 市民が好意で自主的に、だ」と低く唸る。
そのやりとりに「ああ、なるほど、こうやって地道に検挙率を上げているんだな」と、緑谷は妙な感心をした。
「市民の好意で自主的に情報提供された」という防犯カメラの映像を眺めながら、サイドキックは「そういえば昔、ちっちゃかった頃に『お嬢さんですか』って素で尋ねて、ブン殴られたなぁ」と思い出していた。何度か一時停止させ、帽子をかぶった姿をデジカメに撮っておく。映像解析はしないので、元データをもらう必要はない。
「それにしても、連れの男……防犯カメラの位置をよく知っているようですね。巧妙に死角に回り込んでいて、顔がしっかり映るショットがなかなか無いというか」
緑谷はモニターの端にチラッと映る姿で、確かにトゥルーフォームだと確信していた。
「小僧。あの男を知ってるのか」
「ええと、ハイ。確かに雄英の非常勤講師です。職員室で何回か見かけたことがあるだけで、名前までは」
「ふん」
その男もムカつくが、その男に懐いている様子の焦凍の媚態が何より気に食わん。ヒーローになるまでは、恋愛なんてチャラチャラしたものに血道を上げるなど、許さぬわ。いや、ヒーローになったところで、どこぞの馬の骨には渡さん。年齢や容姿、社会的地位は敢えて問わぬが、ともかく毛並みの良い、強い「個性」持ちでないと許さない。
「ええと、そろそろ行きましょうか。お嬢さん、捜査協力ありがとう」
サイドキックが、今にもキレて暴れ出しそうなエンデヴァーを引きずるようにして店を出る。今度は画像を見せながら、こんな二人連れを見かけなかったかと尋ね歩くと、店には入らなかったが壁面ガラス越しに見たという証言がちらほらと取れ、タクシーを拾ったらしい、というところまでは判明した。
「公共の防犯カメラを調べてナンバーが判明すれば、Nシステムで追跡できますけど。警察に形だけでも許可申請して、防犯カメラとNシステム見せて貰います?」
「息子があんな破廉恥な格好で出歩いていると、犬共に教えろと?」
キレイだし似合ってるから、いいじゃないですかとは思うけど。まぁ、男の子ですもんね。身内の恥ですよね……とは、あえて口に出さない。社用車に戻ったサイドキックが「証言でタクシーが向かったのは、こっちの方面らしいのですが、そういえばこの先には、高級ホテルがいくつかありますよね」と、思い出したように呟く。ホテルと聞いて、エンデヴァーが顔を引きつらせた。
「ホテルといってもホラ、レストランとか喫茶コーナーとかもあるでしょ。あれだけのものを現金で買うなんて、そこそこカネ持ってそうだから、候補としてアリかなと思っただけです」
「貴様、焦凍が援助交際をしてるとでもいいたいのか」
「職場体験で事務所に来たときの優等生っぷりは、立派なオヤジキラーでしたよ」とは、口が裂けても言えず、サイドキックは口を濁しながらハンドルをきった。その後、しばらく聞き込みを続けたが、これといった情報は得られないまま下校時刻になったので、一旦、学園に戻った。ミッドナイトによれば、向こうからの連絡は無かったという。
「監督不行き届きですな。私がここの生徒だった頃は、こんな不祥事は無かった。あまりに遅いようなら、警察に未成年者略取誘拐事件として届け出ますので、ご覚悟を」
エンデヴァーは八つ当たり気味にそう吐き捨てた。サイドキックが「一度、僕らは帰るから、君も帰りなさい」と緑谷に促すが、緑谷は「もう少しご一緒させてください」とゴネた。
「轟君が帰って来るのを、待ちたいんです。その、ウチには遅くなるって連絡しますから。お願いします」
「ち。馬の骨め」とエンデヴァーは不快そうに呟いた。頂点は常に孤高であるべきだというのに、焦凍が最近嬉々として「友達」ごっこしているのが面白くない。しかも相手は、雄英祭で堂々と俺にケンカを売った無礼者だ。癪に障るが、睨みつけても怯んで引くようなタマではなさそうだった。
轟が、クルクルとパスタを器用にフォークに巻き取りながら「あのとき、俺は出るべきじゃなかったんですけど、頭が真っ白になってしまって、何も考えずに、つい」と、ぽつぽつと話しだした。
「緑谷君だったからできた、と言ってたね。それだけ好きなんだね。どう好きなのかは、聞かないであげた方がいいのかな?」
「でも、緑谷なら多分、誰にでもあそこまでできるヤツなんです。好きな相手じゃなくても。ずるいですよね」
「ずるい、ねぇ」
「メールは無視されるし、これだけしても、保健室に顔も出してくれないし」
しばらく会話が途切れ……中性的な外貌に似つかわしくない(だが、平均的な男子高校生としては、それなりの)食べっぷりをみせた後、轟がナプキンで口元を拭い「あ。蕎麦もあったのか、見落としてた。でも、もうそろそろデザートにしようかな」と呟いた。
「としのりさんの分も、何か取ってきましょうか?」
「いや、もう満腹だ」
「そうですか」
立ち上がりかけて、ふと、轟がオールマイトの顔を覗き込み「ところで、としのりさんはオールマイトの親戚か何かですか?」と尋ねた。
「なっ、なな、なんでそう思ったのかね?」
「雄英祭の表彰式で、オールマイトにハグされたんですけど、アナタのスーツ、同じ匂いがしていたんです。だから、本当は本人? と尋ねたいところなんですが」
おう、鋭い。そういえばこの子、緑谷君にもオールマイトの関係者かと尋ねたこともあったな。
「ノーコメントで」
「ふうん」
それ以上は追及して来ず、まだ慣れない足取りで、スイーツコーナーに向かった。ウェイトレスが危なっかしいと見てとったのか「お手伝いしましょうか」と近寄っていく。それを見送ってオールマイトは冷や汗を拭い、ポマードでぴっちりと髪を固めた給仕に、食後のコーヒーを注文した。
「アナタがオールマイトでも、その関係者でも、あるいはまったくの赤の他人でもいいんです。オールマイトならどう答えるのかと想定して、答えてくれますか?」
大皿いっぱいのスイーツを運ばせた轟が、ケーキの上に乗っているミントの葉をよけながら、ふと、そう言い出した。
「う、うむ?」
「恋人が人質にとられたと仮定して、恋人をとるか、世界……ちょっと大きすぎるかな? 例えば都市ひとつをとるかと選択を迫られたら、オールマイトならどうします?」
「お、おおう。難しい問題だね。恋人を見捨てるようなヤツは男じゃないし、多くの市民を見殺しにするようなヤツはヒーローじゃない。どっちも救いたいとダダをこねて、結局両方失うようなヤツは愚か者だ。ヒーローの物語ではよくある問いかけだね。正解なんて、あって無いようなものだ。物語では、都合良くどちらも助かることになっているが、現実はそうもいかない。ならばどうするか。そのような事態に陥らないよう、オールマイトはあえて妻帯しなかった。まぁ、単にスキャンダルに巻き込まれるのが面倒だったという理由もあるがね」
「なるほどね。確かに、親父は一応結婚したけど、世界と母さんとどっちか選べなんて言われたら、さくっと母さんを見捨てるんだろうし。案外、そんなもんかもしれませんね」
「突然、なぜそんな質問を?」
もしかしたら、もの凄い地雷を踏み抜いたのではなかろうかと、嫌な予感がした。
「ヒーローになりたいから」
そう呟いた後は、ケーキの山を黙々と崩していく。
いっそ泣いてくれたら良かったのに……と思うと、コーヒーの薫りが一気に分からなくなってしまった。仕方なくミルクと角砂糖を大量にぶち込む。
「その、誤解の無いように言っておくけど、オールマイトはそういう考えだったけど、わざわざ恋愛するなとか、恋人は要らないとか、そこまで極論に走る必要はないと、としのりさんは思うぞ? ヒーローには少なからず自己犠牲の精神が求められるが、それは自分を粗末にしろということではない。愛妻家のヒーローも要るし、熱愛が発覚するヒーローだって、立派に社会のために働いているからね」
「いいんです。ありがとうございます」
うーん、どうしたものか。
とりあえず、そろそろ……と(腕時計では、マッチョ時と通常時で手首の太さが違い過ぎるので)懐中時計を引っ張り出して、とっくに下校時刻を過ぎていることに気付く。OH SHIT!のんびりしすぎた……と青くなって携帯電話を引っ張り出したら、着信メールの一番上がミッドナイトからで「台風一家。轟君は直説家に奥って」という件名であった。本文は空白。誤字といい件名の使い方といい、まるでケータイ慣れしてないオカンメール状態だが、それだけテンパって打ったのだろう。
「君を直接家に送ってと指示が来ているが、鞄、学校に起きっぱなしだよね。破れた制服とスラックスも。エンデヴァー君が持って帰ったのかな。そういうキャラには思えないんだが。まぁ、サイドキックが同行してるなら、彼らに任せたのかもしれないけど」
給仕にクレジットカードを渡して精算させ(ここぐらいハイクラスの店でないと『オールマイト』の個人情報が満載のクレカなど安心して使えない)、領収書は断る。現役時代なら「交際費」として事務所の経費にもできたろうが、今そんなことしようものなら、根津校長の前歯でかじられるに違いない。
「え。帰るのイヤです。というか、この格好で直接帰ったら、騒ぎになると思いません?」
「あのねぇ」
「ダメならせめて……一晩とまでは言いませんから」
轟が膝の上で、無意識に帽子を弄んでいるのが視界に入った。オールマイトは唐突に、クローバーの花言葉を思い出した。
なんてこった。ショッピングにお食事に、そこまでやらかしたら円光のフルコースだよ? いくらなんでも教職者として言い訳できないよ? もちろん、彼にそんな意図は無いと知っているのだが。
「私は一応、君のお父さんと変わらない年齢の、オジサンなんだけど」
参ったなと、オールマイトは天を仰いだ。そこに給仕がするすると近づいてきて、オールマイトの傍らに膝をつくと「あの、よろしかったらフロントに連絡して、スイートを用意させましょうか?」と、こっそり耳打ちしてきた。
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