いつもの家電がお得じゃんよ★下
いつの間にか寝入ってしまったらしい。どんな寝相だったのか、敷布はぐちゃぐちゃ、掛けシーツも枕もベッドから落っこちてしまっている。
「さすがにこりゃ、ハッスル(死語)し過ぎだろ」
冷静に振り返れば、別に美人でもスタイル抜群でもなければ、肝心の器も名器とは程遠い、パッとしない平凡な小娘だった。でも、いじらしくて可愛らしくて……さてさて、脱ぎ散らかしたシャツやパンツは、どこまですっ飛んでしまったのやら。
探すのが面倒だから新しいのを出そうかな、などとブツブツ呟きながら身支度をしていると「ダンディ、コーヒー要ります?」と、声をかけられた。
「おう。ブラックで」
ジーパンのファスナーを引き上げながら条件反射的に答えながら振り向き、QTの姿がいつもの掃除機の姿だと気づいて「あー」と、空気の抜けたような声が漏れた。
「夢だったのか」
「何がですか?」
「その、お前と、さぁ……いや、いいけど」
ダンディが首から提げている成田山のお守りの紐に指を絡めながら『夢みたいですね』と呟いていた少女の表情が、ふと思い出された。俺は、どう答えたんだっけ。まったく、なんて酷い夢じゃんよ。ベッドから出て行く後姿を見送ったのも、夢だったのか……コーヒーカップをどこに置こうか迷って、QTが室内をくるくる回っているので、ダンディはテーブルの上に山積みになっている読み散らかした雑誌やらガラクタを抱え上げると、ベッドの上に放り投げて、スペースを開けてやった。
「おい、ここに置け」
「ハイハイ」
掃除機の吸込みホースになっている腕を、みょーんと伸ばして、カップを載せる。挽きたてらしい芳ばしい香りがふわっと立ち上った。
「ま、夢に決まってるわな。QTが女の子になっちまった、なんてな」
「デスヨネー。ワタシ一応、男性人格プログラムなんで、男の子になったっていう方が、まだ現実味があります」
「ハ?」
思いがけない返答に、飲もうとしていたカップから、コーヒーがダバーと流れ落ちた。
「ぶわっちっちち……!」
「人間って不便な存在ですよね。肝心なことは忘れちゃうんだから」
QTはそうボヤくと、片手をモップ仕様にして床を拭う。
「そうだ、防犯カメラ! この部屋も映ってるだろ。記憶にはなくても、記録がありゃ、思い出せるじゃんよ」
いかにも名案! と言わんがばかりに指をパチンと鳴らしたダンディであったが、QTが「ああ、それはできません」と、バッサリ切り捨てた。
「実はさっき、朝イチで現在地の座標チェックとシステムの点検をしてたんですが、防犯カメラの録画システムが、昨日あたりから止まっていまして」
「なんだと、このポンコツが!」
「ワタシのせいじゃないですよ。重ね撮りなしのフル録画に設定変更されてて、容量オーバーになってたんです。ダンディ、変なとこ触ったんじゃないですか?」
「知らねーよ。覚えてねぇ。つーか、オマエは覚えてねーの? そもそもロボットだから、ログとか取ってんじゃねーの?」
「ワタシも、昨夜のデータベースは何故かスッ飛んでまして。なにせ、旧式のポンコツですから」
QTはしれっと言うと、フェイスモニターに宇宙地図を表示してみせた。
「それはそうと、現在地ここです。あと30分程でブービーズに着きますよ。身支度整えて、着艦準備してくださいね」
「お、おう。その、オマエはいいのか?」
もし、昨夜の出来事が夢でないのなら、よその女の子を侍らせてどんちゃん騒ぎする姿なんか、見たくないに違いないじゃんよ……だが、QTは床に落ちている靴下などを拾い上げて洗濯カゴにポイポイ放り投げながら「いいも何も、ワタシはただの掃除機ですし」とうそぶいてみせた。
話は1時間ほど、遡る。
ダンディよりも早く目を覚ましたQTは、シャワーを浴びてからダンディが脱ぎ散らかした服を借りた。
赤いシャツの裾が膝に届くほどにブカブカで、マリオン星人もかなり華奢で小柄だったが、この体はさらに『ちんちくりん』であることが察せらる。トドメのように洗面所の鏡で、己のビミョーなレベルのツラも見てしまった。それでも操縦室に向かうQTが上機嫌だったのは、まだ全身に昨夜の余韻が残っていたからだろう。
「あ、ミャウ、おはようございます」
「えっ? 君、誰? ダンディの匂いがしてるけど、ダンディじゃないよね。もしかして、QT?」
ミャウが、床に手をついて四つ這いになり、クンクンと鼻面をQTの腹や太股に無遠慮に押し付けてくる。QTはそのくすぐったさに笑いながら、ミャウの頭をワシャワシャ撫でた。
「はい。どーいうわけか、昨夜、こうなっちゃいまして」
「……で、『彼シャツ』ねぇ……つまり、ヤったの?」
「ええ、まあ。何回かお尻かじられちゃいました。ホントにお尻好きなんですね、ダンディって」
けろりと肯定すると、QTはメインコンソールを操って、宇宙地図と現在のアロハオエ号の座標を引っ張りだして、到着時間を逆算した。ついでに、日課のシステムチェックをしようとして……いつもなら自分のコンピューターとケーブルで繋いで簡易処理できるのに、今回は手作業になると気づく。
いちいち、そんなコマンド覚えてないよ。マニュアル本どこにやったかな……とコンソール周りをガサゴソと探し回る。QTが屈んだ時、シャツの裾からヒップがはみ出たのを見て、ミャウが「パンツまでダンディの? そりゃ、匂いもつくよね」と呆れた。
「だって、ワタシの服なんてありませんし、ノーパンは落ち着かないし。ブービーズに行く前に、ショッピングエリアに寄って服、買って貰います……アレ? なんで監視カメラ止まってるんでしょうね」
ミャウが妙にそわそわしているが、QTは余り気にせず、システムが正常なのを確認すると、操縦室を出た。コーヒーでも淹れよう、と思いついたからだ。ミャウがチョロチョロと付いてきた。
「QT、ずっとその姿?」
「分かりません。何故この体になってしまったのか、どうしたら元に戻るかも分からないんですから。とりあえず前回と違ってちゃんと働けるんで、当分このままでも問題ないとは思いますけど」
「そんで、ダンディとヤるの?」
「さぁ、どうでしょう。元は一応、男性人格のプログラムなんで、男相手にそんな関係になるなんて、ちょっと複雑な気分ですが……でもワタシ、ダンディのことは別に嫌いじゃありませんし、ダンディも満更でもなさそうですし」
「ふうん」
ミャウが、歩いているQTの足元に絡むように纏わりついた。QTよりも上背がある筈なのに、器用に何回か足の間をぬるぬるとすり抜ける。それを見下ろしたQTは「ホントに猫みたいですね。お腹が空いたのでしょうか」としか思わなかった。
QTはキッチンに入ると、とりあえず冷蔵庫から牛乳パックを取り出し、ボウルにあけてミャウに差し出す。
「ダンディは満更でもないって、ホントかな。単に、しばらく女日照りだったから、穴があれば何でもいいって、手を出しただけなんじゃない? ブービーズについたら、早速、そっちにデレデレするよ」
「そうかもしれませんけど……いくらダンディがブービーズに行こうがナンパに精出そうが、モテないのはいつものことですから、別に気にしませんよ、ワタシは」
ミャウは牛乳を飲み干すと、ボウルをペロペロと舐め回し、ついでにヒゲの先についた白い滴を前足でくるくると拭いながら「それって、正妻の余裕ってやつ?」と、冷やかした。QTは曖昧に笑ってその返事をやり過ごすと、キッチンの棚からハンドル式のコーヒーミルを取り出した。掃除機風情がどこで覚えたのやら、かなり本格的に淹れるつもりらしい。
「でもさぁ、ハニーちゃんがダンディになびくことは絶対に無いとしても、スカーレットさんは、ダメ男好きそうだよね。もしスカーレットさんに迫られたら、QTに勝ち目なくね?」
「ううっ、確かにあの人、エリートっぽくてツンケンしてるけど、実はダメ男のパンツとか洗うの好きそう。ダンディに冷たいのも、もしかして……い、嫌です、そんなの! ダンディのパンツは、ずっとワタシが洗ってたんですよ!」
「だって、QTは掃除機だから、洗い物担当でしょ」
「そうなんですけど! 確かに単に、仕事でやってただけですけど!」
QTが、ヤケクソのように猛烈な勢いで、ゴリゴリとミルのハンドルを回す。勢い余って、豆が何粒か弾けて床に落ちた。
「ああ、もう……ミャウ、やなこと言わないでくださいよ」
「QT、今回はヒト型になっちゃったから、ダンディと『つがい』になってるけど、もし猫型になってたら、僕とシてた? 僕だってBBPトリオの一員なんだけど、僕とダンディは違う? 同じだよね?」
「はぁ?」
思いがけない言葉に動揺して、遂にミルを取り落としてしまった。コーヒーの粉やら、挽きかけの豆やらが床に散らばったので、QTはとっさにしゃがみ込み、手の平で吸い取ろうと手を差し出す。
「ああああ、この体じゃ吸い取れないんでした。ホーキとチリトリはどこにあるんでしょう?」
「そんなの、いいからさぁ」
しゃがんだ姿勢のまま押されて、ぺたんと尻餅をつく。ヌッと鎌首を持ち上げたミャウに見下ろされて初めて、QTはミャウも発情していたのだと気付いた。そういえば初対面の時、ミャウはブービーズで女の子を盗撮していたんだっけ。つまり、猫型だけでなく、ヒト型のメスも『イケるクチ』だということ。ざわっと血の気が引いたのを感じて、QTは仰向けに転がったまま、背中と両肘で這って逃げようとした……が、男所帯のキッチンは狭過ぎて、すぐに追いつめられてしまう。
「仲間だからってダンディとヤれるんなら、僕だって条件、同じだよね? むしろ、ダンディよりは誠実な男のつもりだけど」
「あっ、その、ミャウも大切な仲間ですし、嫌いじゃないですし、ダンディと比べてどうこうってこともありませんけど、むしろダンディは誠実どころか、浮気性でチャランポランで計画性ゼロの口から出任せのお調子者のどうしようもないバカですけど、それとこれとは別っていうか……あの、いつかなんかの機会に猫の体になったらお相手しますんで、今回は遠慮させてもらおうかなーって」
「僕は、その姿でも構わないよ」
足首を掴んで、ふくらはぎをペロンと舐められる。そのザラザラした舌の感触に、QTは悲鳴をあげた。
「そっ、それに、そういえば、すんごく痛いんですよね、ミャウのアレって! イヤです! 決してミャウが嫌いという訳じゃないんですけど、アレが痛いのは断固、お断りです!」
「大げさだなぁ。抜く時に、ちょっとチクッとするだけだってば。濡れてたら多分、そんなに刺さらないと思うし、なるべく中で動かさないようにしてあげるから、へーきへーき。人間の交尾だって、まったく痛くないわけじゃないっしょ? ほら、噛み付かれた痕とかいっぱいじゃないすか、アザだらけだし」
ペロンとTシャツがめくり上げられ、パンツがひっぺがされる。その奥から石けんの匂いとメス特有の湿った匂いが混じって立ち上り、ミャウが舌なめずりする。
「ちょ、本当にイヤなんです、勘弁してください!」
ミャウの、やけにトゲトゲしたシルエットの凶悪なモノが視界に入ってしまい、QTは必死にそれを押し戻そうと手の平で突っぱね……スポッとハマった音がした。
ミャウが、ギャーッと断末魔の悲鳴をあげる。
「あ……れ? 手が?」
QTの視界の中で、右手が見慣れた掃除機の吸込み口になっていた。猛烈な空気圧で搾り取られ、ミャウは強制的に昇天させられてしまったようだ。吸引を止め、泌尿器まる出しでぴくぴく痙攣しているミャウをそっと揺する。
「あの、大丈夫ですか? その、ごめんなさい」
なぜレイプされかけた側が謝るのかという疑問は多少あるが、つまり過剰防衛ということだろう。もっとも、この広い宇宙には掃除機を使って自慰をするツワモノもいるらしいので、QTの吸引プレイもそうそう酷い仕打ちではなかった……と、思いたいところだが。
それよりも、なぜ右手が掃除機に……と、自分を見下ろすと、左手も腹も両足も、みるみるうちに掃除機に戻って行った。実は、未知なるエネルギーを秘めたパイオニウムの効力は、物理的及び科学的な作用だけではなく、思念の力にも大きく影響されるのである。即ち今回は、QTの激しい拒絶反応に刺激されたパイオニウムが、原子レベルで変換していた体細胞に働きかけ……以下略。
「元に戻って、めでたしめでたし、なんですけどね」
QTは呟きながら、先ほどこぼしたコーヒー豆を吸い取る。
こんなに早く元に戻っちゃうんなら、もうしばらくダンディの部屋に居れば良かった。少しでも一緒にいたいからこそ、日課のシステムチェックなんかはダンディが眠っている間に済ませておこうと考えたのが、間違いだったのだろうか。
元の姿に戻れなかったらどうしようというか、別の世界のトラック野郎ダンディといたミャウは女の子だったんだから、このまま男女混成チームもアリかな、と思ってしまったり。人間なんだから『ポンコツ』呼ばわりは返上で、BBPトリオは改名しなくちゃな、どんなチーム名がいいだろうとか真剣に考えてみたり。そして、万が一デキちゃたら責任取ってもらうことになるんだろうか、もしパパになったら宇宙人ハンターなんてヤクザな稼業は辞めさせて、堅実にかつ馬車馬のごとく働いてもらいますヨ……というところまで空想しちゃったのに。ワタシ、なんかバカみたいじゃないですか。
掃除機なので涙こそ出ないが、泣けるものなら泣きたい気分だ。QTがハードディスクをガリガリ鳴らして拗ねていると、ようやく掃除機アタックから回復したらしいミャウが「ゴメン、調子に乗りすぎました」とすり寄ってきて、QTの頬の辺りを舐め回してきた。
「あの、お気持ちは理解できるんですが、ワタシ、掃除機なんで、そういう動物的なスキンシップは、ちょっと」
「あーそうだよね。うん、ゴメン」
ミャウがヒゲも耳も垂れさせてショボンとしているので、さすがにQTも申し訳ない気分になり、ミャウの頭を撫でてやる。
「水に流します。というか、無かったことにしてあげます」
「あ、ども」
「朝からワタシはこの格好だった……というか、元々、そんな女の子いなかったことにしておいてください」
「え?」
「ダンディも半信半疑でしたから、こちらが黙ってさえいれば、そのうちケロッと忘れると思います。もし余計なこと喋ったら……レイプされかかったって、ダンディに言いつけますからね」
その脅しがどの程度の抑止力になるのかQT自身にも分からなかったが、ミャウの毛が逆立ったのを見る限り、多少の効果はあったようだ。
QTは『これでオシマイ』と宣言する代わりに、フェイスモニターに笑顔に似せた記号を表示させると「それはそうと、せっかく道具を出してるので、コーヒーを淹れ直そうと思ってるんですが、ミャウも飲みます?」と明るい声を出した。
なぜか、その日はブービーズではなく、ショッピングエリアにあるイートインコーナーで食事をすることになった。
「どうせ前にも行ったことある店舗だから、別に惜しくはねーぜ。たまにはブービーズじゃなく、露出度の低い、ダッサい制服の芋ネーチャンの接客も悪くないじゃんよ。それに、リーズナブルだし」
「だから、ワタシに気を使ってくれる必要ないですってば。我慢しないで、いつも通りブービーズで、鼻の下伸ばせばいいじゃないですか」
「バーカ。オマエみたいなポンコツ掃除機相手に気を使ってなんかねーよ。その、毎日ご馳走じゃ飽きるだろ? たまにはこういうチープなモンも悪くねぇってこった。なぁ、ミャウ」
「あ、ハイ。そーっすね」
ラーメン食べ歩きに一家言あるミャウとしては、伸び切ったソフト麺なんぞは食えたものではないのだが、今日は何やら後ろめたいことでもあるのか、妙に従順だ。
「だって、せっかくこんな僻地まで来たのに……アレ、スカーレットさん?」
「ハァ? いつもの登録センターから何千パーセク離れた僻地だと思ってるんだ、さすがに人違いじゃね?」
そう言いながら振り向き……ダンディもポカンと口を開ける。向こうも三人組に気付いたのか、伸びたソフト麺を啜りかけたまま固まって、美人が台なしの間抜け面になっていた。
さっそくダンディが「おひとり様を楽しんでるにしては、ずいぶんな僻地でチープなお食事だな」とからかい「もしかして、元カレと一緒に来た思い出の場所を感傷旅行、とか?」と畳み掛けると、いつもの彼女らしくもなく顔を真っ赤にして「ほっといてよ!」と、ヒステリックに喚いた。
「そ、そういう貴方達はどーなのよ。この辺りの宙域は、開発され尽くして寂れた場所なんだから、新種のエイリアンなんて居ないわよ」
「確かに、珍しいエイリアンはいないかもしれねぇ……が、代わりに愛にはぐれたバンビちゃんを見つけたって訳じゃんよ。これはそう、交響曲えーと、七番だっけ」
「運命なら、第五番よ……ホント、私の周りってば、ダメ男ばっかり」
呆れ返りながらも、ダンディが丼を抱えて相席するのは拒まないあたり、ダンディのツッコミは図星だったのかもしれない。
「確かにワタシ、ブービーズで鼻の下を伸ばしていいって言いましたよ。言いましたけどね。なんで寄りに寄って、スカーレットさんなんですか。なんか気分悪いです……そりゃ、昨晩のことは無かったことにしましたよ。しましたけどね。ダンディの切り替えが早いのも重々承知ですけどね」
ミャウは、QTの頬を舐めて慰めようとして思いとどまり、代わりに爪を引っ込めた柔らかい前足でキュキュッと撫でてやった。
「だーから、僕の方が誠実だって言ったのにサ」
「決めました。ワタシ当分、ダンディのパンツ、洗いません!」
QTが拳(?)をギュッと握って力強く宣言する。
一方、不味いラーメンを啜っている人間ふたりは「帰りの便が何日もねーんなら、登録センターまでアロハオエ号で送ろうか?」「いいの?」などと盛り上がっていた。その挙げ句、スカーレットが「じゃあ、タダで乗せてもらうのも悪いから、その間、掃除洗濯ぐらいするわ」と言い出す。
「お。マジで? パンツ洗ってくれちゃったりすんの?」
「生娘じゃあるまいし、男のパンツぐらい、どうってことないわよ」
ミャウがそれを聞きとがめて「あ」と小さく声を漏らした。やっぱり、ダメ男のパンツ洗うの好きなんだな、スカーレットさん。恐る恐る振り向くと、QTがぷるぷる震えながら「ふ、ふふ……そうですか。代わりに洗いますか、ダンディのパンツを。お手並み拝見させてもらいましょう」と、低く呟いていた。
それから数日間。アロハオエ号船内では、スカーレットの家事にQTがチクチクと駄目出しするという、嫁姑戦争のような小競り合いが度々勃発した。そして時々、ダンディに飛び火する。例えば、このように。
「ン……QT? もう飯の時間か?」
「誰が掃除機よ!」
「あ、スカーレットか……いや、ちょっと寝ぼけてて。で、なんだ?」
「なんだじゃないわ! 何なのよ、あの掃除機! 指でこう、ホコリをツツーッてするなんて、初めてリアルで見たわ!」
「あの掃除機が何なのって言われても……掃除機は掃除機だろ。つーか、掃除機なんだから、汚れが気になるのは仕方ないじゃんよ」
「いいえ、絶対嫌がらせよ!」
「そんな訳ねーだろ。アイツに悪気はねぇんだろうから、いちいち気にすんな」
それを観察していたミャウが「おおっと、遂に出ました、伝家の宝刀『悪気はない」。その禁断の台詞、確かに頂きましたなう……っと」などと呟きながら、携帯情報端末をチョイチョイと弄る。
このミャウの宇宙ゥイッターでの生々しい実況中継は(キレたスカーレットが「あの掃除機を粗大ゴミに出すまで、アンタに嫁の来手なんてないわよ!」と捨て台詞を吐いて途中下船するまでの、短い期間ではあるが)銀河ネット民の間で、一時はトレンド入りする程の人気を博したのであった。
「そういえば、宇宙ゥイッターのコメントで寄せられた情報っすけど、ものすごくモノグサな、タオパンパ星人ってのがいるらしいすね。ダンディに似てるって評判っしたよ」
「ハァ? 前回も『両性具有で、妖精みたいに綺麗な、珍しいエイリアンがいるらしい』ってオマエが言い出して、あのザマだったろうが」
ダンディはイヤな顔をしたが、QTが「でも、他にアテもありませんし、お金も尽きてきましたし……どこにいるんです?」と、ミャウの隣に回り込んで、携帯情報端末を覗き込んだ。
「さぁ、居場所までは。あくまで噂ですから」
「くっそ、役に立たねぇ猫だな! 仕方ねぇ.ブービーズに行って聞き込みするじゃんよ!」
ミャウとQTは『またか』と言いたげに顔を見合わせ苦笑いしたが、ダンディはコロッと上機嫌になると、アロハオエ号の操縦桿を握ったのであった。
END
【後書き】前回、妄想し足りなかった分を色々足してみました。いや、スカーレットとQTの嫁姑戦争はもっと妄想できるけど、キリがないし。ちなみに「バクキ」は、妖怪の獏のように「夢を食べる」といわれる中国の神様「莫奇(ばくき)」から、名前だけ拝借しました。
そして、ふと気がつけば、今日は七夕ですか。一応、宇宙ネタということで。 |