※当作品は、実在の国、史実等には一切関係ありません。
Responce【1】
最近、あのブリテン野郎と視線が微妙に合わない、気がする。
アルフレッド・F・ジョーンズは首を傾げた。それとも、もっと前からだろうか? 特に会話がなくても何か支障があるわけでもないし、逆に絡まれたらウザい相手だと思っているので、それはそれで一向に構わない筈、なんだが。
「ご冗談を。いつもあれだけ仲良くされているのに、まだ足りないんですか? もしかしてツンデレですか。ツンデレなのですか、すっとこどっこいが」
相談を受けた本田菊はいつものように表情ひとつ変えないが、内心では「キタコレ!」とでも思っているのか、淡々と畳み掛けてくる。
「なんだよ、ツンデレって。君のところでいうモエとか、よく分からないんだけど。つーか、別にあの眉毛のことなんか、どうとも思ってないんだぞ」
「いえいえ、その態度がまさに『ご馳走さま』と申しましょうか……だってホラ、先日もアーサーさんとお昼、ご一緒でしたよね? ほら、フランシスさんと、小さいお子さんと」
「ハァ? フレンチ野郎とも一緒になってないんだぞ? というか、その二人が一緒っていうのも、不自然じゃないか?」
「確かに、ご両人よくケンカしていますものね。でもほら、彼らは付き合いの長い腐れ縁ですし、ケンカするほど仲が良いと申しましょうか」
「と、も、か、く! 俺は、一切、身に覚えが無いんだぞ。ホンダも、ブリテン野郎みたく幻覚でも見たんじゃないのかい?」
「金髪にメガネの御仁だったものですから、わたくし、てっきり貴方だと思ったんですが……まさか、ドッペルゲンガーの類いじゃないでしょうね?」
「怖いハナシはよしてくれよ。ホンダ、今夜眠れなくなったら、責任とって添い寝でもしてもらうんだぞ」
アルフレッドの顔色がスッと変わったのがよほど面白かったのか、本田は鈴を転がすような声でころころと笑い「ほらほら、休憩時間が終っちゃいますよ」と、話をそらした。
畜生、本当に眠れないじゃないか。メインの議題は明日だというのに。
アルフレッドはパリッと糊のきいたシーツの上で悶々としていた。会議の賓客として与えられたホテルの一室は、スイートルームとまではいかないが、決して安宿ではない。予告通り(?)に、ホンダの部屋にでも行こうかしらんと思いつき、即実行に移すべく飛び起きた。
その途端。
廊下をパタパタと走る、小さな足音がした。とっさに幽霊か妖精を連想してしまったのは、昼間の会話のせいだ。さらに、大きな足音がそれを追いかけて……消えてしまった。恐る恐るドアを開けて左右を振り返ってみたが、そもそも、毛足の長い絨毯が敷き詰められているのだから、足音なんてそうそう響く筈もない、と思う。
気のせいだろうと肩をすくめたその時、遠くから「ピギャアア」というべきか「ウボァアア」というべきか、なんとも名状し難い奇声が聞こえてきた。次の瞬間、アルフレッドは恐怖で頭が真っ白になった。そこから本田の部屋に押し掛けるまでの間は、記憶がすっ飛んでいる。
「ホンダ! 君のせいだ! 責任とってくれたまえよ!」
「アァ? 貴方まで謝罪と賠償ですか、こンの、おたんこなすドテカボチャが!」
小柄でおとなしい本田には似つかわしくない、猛烈な剣幕で怒鳴り返され、アルフレッドは我に返った。唖然として見下ろすと、猛り狂っている本田の隣で、ほっそりした少女のような容姿の王耀(ワン・ユェ)が、気まずそうに長い髪の先をいじっていた。
「美国、タイミングが悪いアルヨ。菊が大切にとっておいたプリンに、勇洙(ヨンス)がキムチを突っ込んで、菊マジギレてるネ」
「確かに。食べ物絡みって、滅多に怒らないホンダが唯一キレるポイントなんだぞ」
「でも、こないだは台湾で流行してるテ、カップ麺にプリン混ぜて食べてたし、普段からプリンに醤油かけてウニの味とか言ってるくせに……何が菊の地雷か、我は分からないヨ」
「そ、そうなんだ。つーか、ヨンスって今回の会議、参加してたっけ?」
「してないけど、菊について来たアル。寄りに寄って、菊のおやつにイタズラするとか、迷惑な弟アルヨ」
この様子では『添い寝してくれ』なんて頼んだら、ハラキリさせられてしまうかもしれない。かといって、他に頼れそうなヤツ……誰がいたっけな。普段は「他人とつるむほど自分は弱くない」と居直っているが、裏を返せば友達が少ないということでもある。アルフレッドが頭を抱えていると、王耀が
ふと「そいえばオマエさっき、あへんと一緒に、酒店に行くとか言ってなかたカ? もう帰って来たアルか?」と言い出した。
「ハァ? 酒店? ああ、チャイニーズレストランのことか。えっ、俺が?」
「ホラ、この近くに夜遅くまでやってるイイ店ないかと聞かれて、中華街にある知人の店紹介したアル」
「え。なにそれこわい。全然記憶にないんだぞ」
本来、アルフレッドは何事にも自信に満ちあふれている性格なのだが、おかしなことがこうも続くと、さすがに『もしかして自分は記憶障害なんじゃないだろうか。カウンセリングの予約とか取っておいた方がいいんだろうか』と不安になる。王耀はそんなアルフレッドの顔色を察して「具合悪いカ? いい漢方あるヨ。今ならお安くしておくアル」と、ニンマリと笑った。
「それとも近代医学のがイイか? ウチとこのは、軍で研究してるから、ホントによく効くヨ」
「い、いや、結構だ」
本田はまだ目を吊り上げながらキーキー喚いていて、当分落ち着きそうにない。
ドッペルゲンガーだの幽霊だの、非科学的なんだぞ。こういうときは、現実的なヤツがいい。
すっかり夜遅い時間帯だが、あらかじめアポをとろうにも、プライベートのナンバーを知らないのだから仕方ないじゃないか……と、自分に言い訳をしながら、ルートヴィッヒの部屋に押し掛ける。ノックをすると「ウェーイ」と、堅物のゲルマン野郎らしからぬ軽い声が答えた。
「えっ? えっと、パスタ? アレ、部屋間違えたかな?」
ふにゃふにゃした笑顔で出迎えたのは、フェリシアーノ・ヴァルガスだった。もしかして部屋割りを間違えたのだろうか。一覧表を確認しようと、アルフレッドは胸ポケットからメモ帳代わりのスマートフォンを取り出す。
「ああ、俺の部屋だ。何か用か?」
のっそりと現れた筋肉ダルマは、ルートヴィッヒだ。シャワーでも浴びた後なのか、いつもピシッとオールバックに固めている髪が、今は濡れそぼって無造作に垂れているので、パッと見の印象がいつもとかなり違う。
「夜分、済まない。もう寝てたのかな?」
「いや、明日の会議の資料をまとめていて、息抜きにシャワーを浴びたところなんだ。当分寝れそうにない。コイツはお構いなしに寝てたがな」
そういうと、ルートヴィッヒはフェリシアーノの脳天を拳でグリグリした。
「ちぎィ! 痛い、痛いよぉ! 背が縮むぅ!」
「やかましい! 目を覚ましたんなら、お前も手伝え!」
「ちょっと眠れなくて、良かったら話でもと思って来たんだけど……お、お邪魔かな?」
目の前でイチャつかれて、アルフレッドはやや引き気味であったが、その自覚があるのか無いのか、フェリシアーノはヘラッと笑って「じゃあ、三人で寝ようよ。あったかくて気持ちいいよ」などと、とんでもないことを言い出した。
「だから、これが仕上がらないと寝れないと言っただろうが!」
「君、今回の議長だっけ?」
「いや、違うが。だが、意見を言うからには、具体的な数字の資料がある方がいいだろうと思ってな」
これはこれで面倒くさいところに来ちゃったんだぞと、アルフレッドは軽く後悔する。
「それにしても、君らは本当に仲良しなんだな」
「うん、仲良しだよ? 一緒に寝たりするし、ハグもするし、おはようのキスとかおやすみのキスもするよ? 一緒に食事に行ったら奢ってくれるし、プレゼントの交換とかもするし、迷子になりそうになったら、手も繋いでくれるんだ。そっちも仲良しなんじゃないの?」
そっちって、俺と誰だよ。ホンダとは仕事で一緒になることがあるし、プライベートでは新作ゲームを貸し借りもする仲だけど、ハグとかキスとか想像もつかない。
「違う、違う、イギイギ」
「ハァ?」
「だって、今日の休憩時間中も君たch……ふぇえええ!」
フェリシアーノの言葉が後半潰れたのは、ルートヴィッヒの鉄拳が落ちたからだ。
「恥ずかしいことを、ペラペラペラペラ喋るんじゃない!」
「僕、恥ずかしくないよ?」
「俺が恥ずかしいんだ!」
なんだか、この二人の間にいると、こっちまで照れ臭くなるというか、いたたまれないんだぞ。いや、その前に、さっきパスタ野郎、なんて言ってた? 今日の休憩時間中も? いや、俺はホンダと話をしていたんだ。あのブリテン野郎と視線が合わないって……ここでもまた、ドッペルゲンガーの登場かよ。
「なんか、本気で眠れなくなってきたんだぞ。良かったらその資料作り、手伝うんだぞ」
「いつもオレサマなお前らしくない発言だな。だが、コイツはまったく役にたたんし、非常に助かる」
そういうとルートヴィッヒは、どさりと分厚い書類の束をテーブルの上に広げた。
結局、ほとんど眠れなかったんだぞ、と。
眠気覚ましにモーニングでコーヒーを三杯も飲んだが、あまり効いているとは思えない。レッドブルとかホテルの売店に置いてたっけ? 紅茶の方がカフェインの含有量が多いらしいが、この俺が今さら紅茶なんて飲むのも、シャクだしな。
「そうだ、ホンダ。グリーンティー! アレって、カフェイン多いんだよな?」
「王さんところのように、日本茶に砂糖を入れるなんて邪道な真似は、承知しませんからね」
「えー甘いのにしてくれよぅ。ほら、マッチャってヤツは甘いんだろ?」
まだ昨夜の爆発の名残があるのか、ギロリと鋭い視線を投げ掛けてきた本田であったが、ふーッと息を吐いて気を取り直すと「抹茶自体は甘くありません。むしろとても苦いものですよ。でも、抹茶アイスでしたら、ルームサービスのデザートにもあった筈です」と、教えてくれた。
全然、眠気がとれないな。むしろ、アイスをバカスカ食べたせいで腹が張って、余計に眠たくなってきたような。休憩を宣告された途端、バッタリとテーブルに突っ伏してしまった。吸い込まれるように意識が遠のいていく。
「なんだ、そんなに眠たいのか。つーか、寝るんならテキサス外せ」
いいじゃん、テキサスぐらい放っておけよ、お節介め……と毒づきながら、重い頭を上げる。見上げると、そこにはアーサー・カークランドが居た。彼と直接会話をするのは、ひどく久しぶりな気がする。弱々しく微笑む目の下は、うっすらと黒ずんでクマになっていた。
「ほらほら、テキサスの痕が顔についちゃって、お前……昨日は夜遅くまで、ごめんな。俺も今日は、ちょっと眠てぇわ」
「は?」
「まさか、お前とあんなことになるとは思ってなくて、思いッ切りやっちまったような気がするんだけど、大丈夫か? お前のことだから、ちょっとやそっとじゃ怪我なんかしないだろうけど」
「えっ、何? 何だって?」
昨夜、俺と君とで何があったっていうんだい? もしかして、俺は昨夜、君と中華街に行って、その後で? いやいや、昨夜は朝まで、あのバカップルのところで書類作りしてたんだけど……パニックに陥ったアルフレッドは、口をぱくぱくさせるばかりで、言葉が出て来ない。
「血は繋がらずとも、ずっと兄弟だとばかり思ってたからな。お前の気持ちに気付いてやれなくて、ごめんよ」
何やら一方的に納得しているらしく、アーサーがウンウンと頷いているのが妙にこわくて、アルフレッドは眠気も吹っ飛んだ。
「な、何言ってるんだ。もしかして、君、また幻覚でも見たんじゃないのかい? いいカウンセラーを紹介しようか?」
もしアーサーが正気なら、俺の方が重度の記憶障害ということになる。冗談じゃない。本当に俺は、昨夜はルートヴィッヒの部屋に居たんだ!
「はぁ? 酔っぱらって何も覚えてないのかよ! じゃあ、あれは全部嘘かよ、畜生!」
「全部も何も、本当に心当たり無いんだ。申し訳ないけど、昨夜、君と一緒に居たという『俺』が何を喋ったのか、一通り教えてくれるかい?」
「あんなこと、俺の口から言えるか、ばかぁ!」
顔を真っ赤にして、ドスドスと足を踏み鳴らすようにアーサーが立ち去る。
「あの、何かあったんですか? というか、痴話げんかですよね?」
栄養ドリンクの茶色い小瓶を手にした本田が、ススス……と近寄ってくる。
「これ、眠気覚ましにどうぞ……で、何があったんですか? というより、会話から推察するに、ありましたよね。一線超えちゃってますよね。お赤飯炊きますか? 今日は貴方のお祝いですから、食紅を奮発してショッキングピンク色に炊いてあげてもいいですよ」
「いや、だから何もないんだって」
周囲が『アーサーと一緒にいるのを目撃した』というだけなら『俺に似た他人がアーサー(あるいはアーサーに似た他人)と一緒にいるのを見て、勘違いした』という話で済む。だが、アーサー本人が、俺と一緒に居たと主張するとなったら、話は別だ。
「なぁ、パスタ。俺、昨夜は君達の部屋にいたよな?」
救いを求めて、アルフレッドはフェリシアーノに証言を求めたが、フェリシアーノは「イギイギのお嫁さんになるの? ピンクのライスって、キュートだね。じゃあ、僕もお祝い菓子のコンフェッティ焼く!」と、見当違いの返事をよこしてきた。
「はっ、アルフレッドさんが『お嫁さん』なんですかね? わたくしとしたことが、ついうっかり、確認を怠ってしまいました。先ほどのアーサーさんの乙女チックな対応や体格差から、てっきりアーサーさんがネコだと信じ切っておりましたが、そう決めつけるのは早計でしたね。あえて逆の組み合わせというのも、萌えとしてはアリです。そういえば、アーサーさんの方が年上ですしね。あ、でも、そこからの下克上でリバーシブルというのも、なかなか乙な……」
「おーい、ホンダ。三次元に帰って来ーい」
「失敬な、三次元ですよ! これは、生モノというジャンルです!」
「君が何を言ってるのか、訳がわからないよ!」
アルフレッドが本田の暴走に気を取られている間に、フェリシアーノが「みんなで協力して、二人に結婚のプレゼント贈ろうよぅ。参加しない?」と、恐ろしいことを周囲に尋ねて回り始めていた。
「フランス兄ちゃんも参加して?」
フェリシアーノが甘えた声を出しながら、休憩室のソファで寝転がっていたフランシス・ボヌフォワに1枚の紙を差し出した。フランシスは物憂げに肩まで伸びた金髪をサラサラとかき上げ、その紙を受け取る。いつもきれいな顔をしているフランシスだが、今日に限っては何故か、口元に痣をつくっていた。
「なんだこりゃ。参加ってことは、なんかのイベントの名簿か?」
「あのねあのね、結婚のお祝いのプレゼントを、みんなで買うの」
「結婚? ベールんとこか? いや、あそこはとっくに夫婦みたいなもんだよな……まぁ、いいや。めでたいことなら、お兄さんも参加するよ。愛に関することは、お兄さんの守備範囲だからね……マシューもどうだ?」
フランシスに話をふられて初めて、彼がマシュー・ウィリアムズの膝を枕にしていると(フェリシアーノだけでなく、休憩室にいた皆が)気付いた。それほど、このメガネ青年の存在感は薄い。
「僕も構いませんよ。誰へのご祝儀ですか?」
「メリカが、イギイギのお嫁さんになるって」
「は?」
フランシスとマシューが、キョトンと顔を見合わせた。
「もしかして、それ、アルとアーサーさんのこと?」
おずおずと尋ねるマシューに、フェリシアーノは片手を高々と挙げながら「Si(yes)!」と、元気よく答えた。
「じゃあ、僕も参加するですよ! そんで、コトメ様として、あのファッキンなメタボ野郎に、カークランド家の掟を、ガツンと教えてやるのですよ!」
ひょいと湧いて出た子供を、フランシスがガバッと起き上がって捕まえた。彼は、ピーター・カークランド。アーサーの弟である。
「おーい、会議場はペットの持ち込み禁止だぞ。こんなガキ、シロクマと一緒にホテルに置いてくりゃ良かったじゃねぇか。連れてくるならくるで、ちゃんと見とけや」
「てっきり、ベールヴァルドさんご夫妻が面倒みてくれてると思ってて、つい……っていうか、そもそも僕、フランシスさんに膝を貸してたから、動けなかったんですけど」
「離しやがれですよ! 僕だって会議に参加するですよ!」
フェリシアーノは目の前の超展開について来れず、キョトンとしている。そこに、アルフレッドがドタバタと足音荒く駆け込んで来た。
「ちょっと君! あちこちに妙な噂を流すのはやめてくれたまえ! アイツと結婚だなんて、冗談じゃない! しかもこっちが『嫁』って! 向こうの部屋じゃ、スーパーサイズのウェディングドレスを仕立てるって、嫌がらせ同盟が立ち上がってる始末じゃないか!」
「あ。嫁子だ。僕がコトメ様ですよ! ファッキン嫁子は、グレートコトメ様に膝まづいて仕えやがれですよ!」
フランシスが「調子にのんな」と、ピーターの頭を小突く。その挙動のせいで、フェリシアーノをギリギリ締め上げていたアルフレッドが、ピーターを認識した。そうでもなければ、こんなちっぽけな存在など、アルフレッドの視界に入る由もない。アルフレッドは、縦にも横にもすくすく育った巨体を屈めながら、アーサーの面影が見受けられる幼い顔を覗き込んだ。えーと……確か、フレンチ野郎と一緒に、子供もいたって。
「君、アーサーの弟なのかい?」
「そうですよ。だから、オマエにとっては、コトメ様になるのですよ」
「じゃあ、こないだ一緒にランチを食べに行ったのは、アーサーと、誰?」
とっさにフランシスがピーターの口を塞ごうとしたが、一瞬、遅かった。
「フランシス兄ちゃんと、マシュー君ですよ」
「そういわれてみれば、よく間違えます」
今日の日程を終え、アルフレッドを部屋に迎え入れた本田が、いかにも腑に落ちたという顔でコクコク頷いた。
「その、首がガクッと落ちるの、やめて欲しいんだな。今にも首が転げ落ちそうで、見てて怖いんだぞ」
「そうですか? でも、日本開闢以来、コレで首が落ちたという話を聞いたことがありませんので、何卒お気になさらず……それにしても、です。マシューさんってば、フランシスさんとアーサーさん、お二人の弟分ですものね。よく考えれば、ご一緒にいて何の不思議もない組み合わせでした。この本田菊、一生の不覚」
「みんな、失礼なんだぞ。ヒーローのオーラあふれるこの俺が、なんだって、あの地味でヒョロいモヤシっ子と間違われるんだい」
ドッペルゲンガーの謎については、判明した。
さらに言えば、昨夜、廊下をバタバタと走っていた『妖精』の正体は、あの子供と子守り役の誰かだったのだろう。
「あ。でも、妙ですね。アーサーさんご本人が間違えるなんてこと、あり得るんでしょうか?」
「そこは、俺も引っかかってたんだぞ。いくらパッと見が似てるからって、さすがに脱いだら分かるじゃないか」
「そうですよねぇ。そのメタボ腹。こう、胸の脂肪を寄せたら、紅葉合わせができるんじゃないですか?」
「モミジアワセってのが何なのか知らないけど、すごく失礼なことを言われてるのは、なんとなく伝わってるよ。フレンチファックのことだろ?」
「そちらのお国では、そう呼ぶんですね。フレンチキスやフレンチメイドなら存じ上げておりましたが……勉強になります」
本田は口元に手を当てて、オホホと笑ってみせた。
「君、この俺をからかってるのかい?」
「おや、お気に障りましたか? コーヒーのおかわり如何がです?」
完全に面白がられているようで腹がたつが、他に親身になって相手をしてくれるような友達がいないのは、アルフレッドの日頃の行いの結果というか、人徳の無さだ。ぶすくれながらも、ホテル備え付けの紙コップに淹れたインスタントコーヒーを受け取る。
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某SNS内先行公開:2015年03月10日
サイト収録:同月13日 |