恋に焦がれて鳴く蝉よりも/上
「妖怪退治は俺の守備範囲じゃねぇぜ。知り合いのアバズレ巫女でも紹介してやろうか?」
坂田銀時はめんどうくさそうに吐き捨てると、再び漫画雑誌に視線を落とした。
古くからの腐れ縁であり、ドS仲間でもあり、今日は仕事の依頼主でもある沖田総悟は、じれたように脇差を抜くと、その漫画雑誌を真っ二つに切り裂いた。
「旦那ァ、ちゃんと最後まで聞いてくだせぇ。人の話は最後まで聞けって、アンタ、かーちゃんに教わりませんでしたかねイ?」
「おめぇこそ、限りある地球資源は大切にって、聞いたことねーの? これじゃ、今週のマタギ×マタギが読めねぇじゃん。せっかく連載再開したのによぉ」
「マタギなんてどうでもいいだろイ。こっちは逆に、狩られる側で困ってんでサァ」
「ハイハイ。おめーさん、攻撃には脆いガラスのSだもんな」
そこで、あらためて聞いた話。
最初は、江戸郊外の花街や宿場町に、その『虫』は現われたらしい。妓女や飯盛り女の髷がバッサリと落とされ、散切り頭にされた事件が何件か。変質者の仕業かと調査を進めるうちに、なぜか真選組内にも被害者が現われた。監察方篠原進之進が、背後から髪を掴まれて剃刀を当てられたのだという。
「俺も心なしか狙われてるようで、背中にやたら気配を感じるんでさ。伊東先生は、土方さんの周囲が怪しいんじゃねぇかと睨んでらしたが」
「フクチョーさんの?」
「被害者は皆、店も河岸も違ってて、趣味だの交友関係だの、まったく共通点が無かったが、どいつも土方さんの馴染みでいやがった」
「じゃ、真選組の内部の被害者も?」
「そそそ。篠原も、元は伊東先生の同門で先生の祐筆(秘書)だったのを、土方さんが気に入ってテメェの直属に引っ張り込んだんでサァ」
「ハァ、なるほどねぇ。だったら、嫉妬に狂った誰かの犯行なんじゃねーの? フクチョーさんってば、罪な野郎だねぇ」
銀時は、けけっ、と喉の奥で笑いながら、家政婦ロボが淹れてくれた茶をすする。その様子を大きな目玉で眺めていた沖田が、ボソッと「アンタじゃないんですかイ?」と、尋ねた。
ブッ、と銀時が茶を噴き出し、家政婦ロボがいそいそと布巾で濡れたテーブルやら床やらを拭う。
「は? なんでよ?」
「アンタじゃないなら、下手人を捕まえておくんなせぇ。この依頼にゃ金も払うが、それ以上にアンタ自身のためでもある。つまるとこ、ソイツ捕まえねぇ限り、アンタも狙われるってことですぜイ」
あらやだソーゴ君ってば、どこまでご存知なのかしらと、トボケる間もなく、沖田は意味深にニヤリと笑って帰っていった。
入れ替わりに、黒尽くめの長身の男がのっそりと万事屋の応接室に入ってきた。
「んだよ、先客でも居たのか?」
沖田が手付かずのままにしていた客用の湯のみを見咎めて、整った眉をしかめていたのは、噂の人物、土方十四郎そのひとであった。
土方も髪切り虫の退治を依頼しにきたのだろうかと思ったが、特にこれといった用事もなかったらしく、ひたすら手持ち無沙汰そうに煙草を吹かしていた。
「最近、屯所にいると、色々煩くてよ」
「フクチョーさんが、あちこち手を出すからじゃん」
「なに、拗ねてんの、万事屋? 膝枕借りてやるから、妬くな、妬くな」
「誰が妬くって? つーかてめぇ、ひとの家でくつろぎ過ぎだ!」
ギャンギャン喚きながらも、銀時は太股の上に乗せられた頭を、敢えて放り出したりはしなかった。硬いストレートの髪を撫でながら、坊主に剃ったら髪質が変わるって本当なんだろうか、自分の猫っ毛天パもこんな剛毛になるのかな……などと、漠然と考えていた。
「伊東は、変わらなかったらしいぜ?」
不意に声をかけられてドキッとする。どうやら、髪質が云々と、無意識に口に出していたらしい。
「伊東? 伊東センセーとか呼ばれてる人? その人も髪切り虫にやられたの?」
「髪切り虫? なんだそら。そいつぁ、今世間を騒がせてる、花街の変質者だろ。伊東が髪を切ったのは、ガキの時分のハナシだぜ。アイツ、寝物語にそんなしょーもないことをグダグダ延々と、よォ」
そうか、本人は知らないのか。
真相(?)を教えてやるべきかどうか迷ったが、身内である筈の沖田らが敢えて黙っているからには、何か理由があるのだろう。わざわざ火中の栗を拾う必要もない。
「つーか、寝物語って?」
「ん? ああ……確かに伊東とはチョイと遊んだけど、アイツは別に本命じゃねーから、安心しな」
「ふざけんな」
ぺちりと、額を叩く。
土方はニヤリと笑ってみせると「一刻(二時間)ぐれぇしたら、起こしてくれや」と告げて、目を閉じた。
「バァカ。そんな長いこと膝なんざ貸してたら、足が死ぬわ。座布団貸しちゃる……たま、こいつ寝るらしいから、一刻後に起こしてやって」
「えー冷てぇなぁ、万事屋ァ」
甘えかかる声が、蜘蛛の糸のように背中にまつわりつくのを振り払い、銀時は万事屋を飛び出した。
土方さんの周囲が危ないってぇんなら、アイツにも忠告してやった方がいいかなと、沖田は監察方の詰め所に顔を出した。
何しろ、あいつぁ土方さんにゾッコンだ。いつもはヘラヘラしているが、土方さんのためなら命を投げ出す覚悟でいる。そこまで惚れていなくてどうして、あれだけ殴られ蹴られ虐げられても尚、犬っころのように付き従うというのか。
「あれ、ザキは?」
「ザキさんですか? マヨネーズの買出しに行ってるはずですから、すぐに戻ると思いますよ」
応えたのは、監察方の後輩、尾形だ。
備品の小型冷蔵庫から麦茶のポットを引っ張り出し、グラスに注いで沖田に差し出す。
「アレ、おめぇ、そんな髪型だったっけ?」
一人一人はよく把握していないが、土方のお気に入りばかり集めた監察方の連中は(多分、土方にそんな意図は無いのだろうが)皆、なんとなくタイプが似通っている。うっとおしそうに伸びた黒髪と小柄な体格、地味な顔立ちだったと記憶している。
尾形は、沖田の不思議そうな視線に気付くと、つるりと頭を撫でて「実は、こないだ副長の野暮用に同行したら、屯所に戻った途端、髪切り虫にやられまして。ザビエル頭になっちまったんで、いっそ、バッサリと坊主に」と、苦笑いした。
「そいつぁ、ご愁傷さま。土方さんの馴染みを狙ってるっていう説も、いよいよ真実くさくなってきやがったな」
沖田が、唖然としながら麦茶を啜る。
こりゃ山崎もウカウカしてたら、やられるな。
「並大抵の人間なら、監察方の僕らが気付かない筈も無いんですけどね。忍者だとしても相当の手練れに違いないって、話してたんですよ。監察方の中でも、筆頭の山崎さんか、古株の吉村さんぐらいのレベルじゃないかって」
ねぇ、と尾形が部屋の奥で黙々と書類に筆を走らせていた篠原に、同意を求めた。篠原は仕事の手を動かしながら、沖田に軽く会釈をしてよこす。こちらの髪は、襟髪を軽く削がれたものの、なんとか逃げて無事らしい。
「忍者じゃなけりゃ、やっぱり妖怪けぇ? 天人開化のこのご時世に」
「ウチの大将、もしかして妖怪にもちょっかいかけて、惚れられたんでしょうかね」
尾形が真顔でとんでもないことを呟くが、沖田もついつい「あの色キチ外道なら、あり得る」などと納得してしまいそうになる辺り、土方もよくよく人望がない。
「フラフラしないように、媚薬でも飲ませて一人に縛っておけばいいのにね。土方のヤツ、先生にまでチョッカイをかけてさぁ」
一区切りついたのか、篠原は書類を机の上でトントンと揃えながら、そんなことをボヤいた。
「先生? 伊東先生けぇ?」
てっきり組の勢力を二分するほどいがみ合う犬猿の仲だと信じていたので、沖田はその話に目を丸くした。しかし、伊東参謀側に限ってみれば、土方を異常にライバル視するのは「嫌い嫌いも好きのうち」という解釈ができなくもない。
「やれやれ、あのマヨネーズ野郎はホント、見境ねぇなぁ」
この篠原は、伊東を内心慕っている筈だが。
俺や万事屋の旦那みてぇなスレッカラシはともかく、こんな純朴な田舎モンまでからかって引っかき回すのは、殺生だろイ、土方さん……と、沖田は溜息を吐いた。
ふと、背後に気配を感じて振り向くと、そこに居たのは山崎退だった。
「うぉっ、ザキけぇ。いやいや、おめぇを待ってたんだ。その、例の髪切り虫の件」
「媚薬なんてものが、現実にあればねぇ」
沖田の口上を聞いているのかいないのか、マヨネーズを抱えた山崎が、視線を宙にやったまま、ボソッとそんなことを呟いた。それを聞いた尾形が「媚薬といえば、ホントかどうかは知りませんけど、B型の血には、含まれてるって聞いたことありますよ。そういえばB型の人って、猫っぽいっていうか、魔性のオンナっていうか……魅力的な人、多いですもんね」などと言い出し、篠原が「残念、俺、Bじゃないわ」と冗談っぽく応える。
沖田が「あ、俺B型」と呟いた途端、それまでぼんやりとしていた山崎の目の奥が、鈍い光を放った。
「……せんか」
「へっ?」
「血、くれませんかね」
その瞬間、沖田は髪切り虫の正体を悟った。
「いや、そんな事件は、この吉原では聞いたことないでありんす」
「そうけぇ。んじゃ」
あっさりときびすを返そうとした銀時を、月詠が「まぁまぁ、茶でも飲んでいきなんし……晴太、お茶菓子も持ってきて」などと引きとめた。
「いや、今日は調べものしに来ただけだから、遊ぶカネ持ってきてねーし」
「ぬしの懐なんぞアテにしていんせん。そもそも、巽だの千手だの、あんな下品なタヌキの巣に首を突っ込むのは、およしなんし」
タヌキとは、私娼の俗称だ。反対に、お上のお許しを得ている公娼は、キツネというわけだ。それと関わりがあるかどうかは定かではないが、吉原の片隅に据えられている祠には、お稲荷様が奉られていると聞く。
「タヌキはタヌキで、いい娘も居るんだぜ。どんなブスだって取り得があるっつーか。ホレ、言うじゃねぇか、美人は三日もすれば飽きる、ブスは慣れるって」
「ふん。慣れたところで、醜女は醜女に変わりはありんせん」
「何ムキになっちゃってんの、太夫? いくら美人をハナにかけても、眉間に皺が寄ってちゃ台無しだぜ?」
混ぜっ返されて、月詠はボッと顔を赤くした。慌てて両手で額の皮を引っ張って伸ばす。
その隙に、銀時は表通りへと逃げ出した。
千手は江戸八百八町の北端の宿場町、巽の花街は江戸の東南に在る。
巽なら知り合いがなくもないが、千手にまで馴染みを抱えるほど、銀時も艶福家ではない。ハテどうやって聞き込みをしたものかと考えた挙句「そういや、十手持ちの娘がいたっけな」と、思いついた。彼女のケータイ番号は知らないが、日が沈みきらない内から屋台で飲んだくれている「自称ハードボイルド」を探せば、すぐ見つけられるだろう。
真選組のハナを明かして手柄を立てられるかも……という管轄間の縄張り争いの思惑もあって、女岡っ引きのハジは快く協力してくれた。
「実は、ひと通り被害者の話は調書で読んでるんでやんすが、しばらくおいて改めて聞きゃ、ひょいと思い出すこともあるかもしれやせんしね」
殆どの女は「何の前触れもなく不意に背後からバッサリ切られた。慌てて振り返ったが下手人は見てない。こういう商売だから恨まれることもあるだろうが、特にこれといった心当たりもない」という、実に頼りない証言を繰り返すばかりだった。
さすがに無駄骨だったかと諦めかけた頃、ふと「どうせ切るつもりだったんだから、虫さんも少し手加減してくれたら良かったのに」などと口走った者がいた。
千手の茶店の座敷女中で、名はお京。
「切るつもりだった、とは?」
「馴染みの主さんがね、短い髪の方が好きじゃと言うてね。なら、尼削ぎにでもしようか、でもせっかくかむろから上がったのに、またこの髪型に戻るのもな……なァんて迷ってた矢先に、このザマさ」
尼削ぎとは、肩で切り揃えた髪型で禿(かむろ)ともいい、いわゆる「おかっぱ頭」である。遊郭の住み込みの童女をかむろと呼ぶのは、彼女らの多くがこの髪型をしているからだ。
お京はかつらを脱いで、おかっぱどころか無残な虎刈りにされた頭を披露してみせた。
「主さんって、前髪V字の、こーんな吊り目の、ヘビースモーカーのマヨラーの?」
「へぇ、お武家さんだそうで」
なぁにがお武家だ。確かアイツ、庄屋の出だろ。要するに農民’s
だろーがよ……と、ツッコみたいところだが、俗世のことを遊里に持ち込むのは野暮というもの。ましてや血税で養われている公僕の身、敢えて名前も職業も伏せて遊んでいたのだろう。
「髷が結えなくても合うよな髪飾りをやると、主さんは言うてくれたけど、ここまで短くされては、ねぇ。かんざしどころかヘアピンが留められるほど伸びるまでに、どれだけかかることやら」
苦笑いをしながら、お京はかつらをかぶり直した。
なにしろ、髪は女の命ともいう。その髪を、男の好みに切るというからには、ただの客商売を越える情が(少なくとも、女の側には)あったのだろう。だから、そうさせないために短く刈ってやる……髪切り虫の腹の底が、銀時にはなんとなく見えたような気がした。
「万事屋の旦那、お京のダンナに心当たりがあるんで?」
ハジが、こそっと尋ねてきた。
ここで友人を売るべきかどうか、銀時は少しく迷ったが「あちきの協力が無かったら、そもそも聞けなかった話でやんすよ」と、やんわり凄まれては、無碍に断ることもできなかった。
「ふぅん……じゃあ皆、同じダンナの敵方(あいかた)だったんすかね。同じ店での浮気はご法度でも、店が違えば浮気じゃねぇって花街ではいうらしいけど……あちきら俗世の人間には、耐えられない感覚でやんすね」
いくらボーイッシュなハジも根は乙女なのだろう。銀時から話を聞かされたハジは、髪切り虫よりもむしろ、ダンナの浮気の虫に腹が立っている様子だ。
「でも、下手人は店の女じゃねぇな。年季が明けるまではろくに外出も許されないカゴの鳥が、そんなひょいひょい他所の店まで出張するとは思えないでやんす。それ以外で、ダンナの遊びを把握しているのは……そのダンナの付き人でしょうかね。ダンナの女遊びを諌めようとしたか、ひょっとしてダンナの女に岡惚れしたか。そこいらは、とっ捕まえて吐かせてみりゃ分かるこった」
一方、銀時は「付き人」と聞いて、ある人物を思い浮かべた。正確には部下や側近と呼ぶべきだろうが、いつでも影のように寄り添い付き従う立場に違いはない。
「あー…俺、ちょい野暮用を思い出したわ」
「じゃ、あちきはもう一度店を回って、吊り目のダンナと付き人に心当たりがねぇか、ちょいと確認してきまさぁ」
あらあら、ハジちゃん張り切っちゃって。ヘタしたらアイツ、指名手配されちゃうかも。できれば、その前になんとかしてやろう。一刻も早くかぶき町に……タクシー代あるかな?
銀時は薄っぺらい長財布をズボンの尻ポケットから引っ張り出した。
万事屋の家政婦が揺り起こしてくれたのはぼんやりと覚えているが、ついつい寝直してしまっていたらしい。ふと、ぽっかり目を覚まし、アレ、今何時だろうと携帯電話を拾い上げると、着信履歴が万事屋で埋まっていた。
んだよ、テメェんちにいるんだから、電話しねぇで素直に帰ってくればいいのにと首を傾げている間に、またもや着信アラームが鳴った。
「オイ、どうした」
「今、ウチの前。フクチョーさん、ちょっと金貸して。カネ取りに戻るって言ってんのに、運ちゃん、信用してくんねーのよ」
なんのこっちゃと窓から表通りを見下ろすと、なるほど駕籠(タクシー)が一台停まっている。
「クレカも持ってねぇのか、貧乏人」
せせら笑ってから通話を切り、玄関を出た。
「ああ、助かった。カネは今度返すわ。えーと、パチで勝ったら」
「最初から期待してねーよ。その代わり、晩飯付き合え。腹減った」
「あ、いや、ちょいと俺、急いでて」
「なんだとコラ」
愛用のべスパを引っ張り出した銀時が、ふと思い出したように「そういやてめー、おかっぱ頭が好きなのか?」と言い出した。
「誰がカッパだ。俺ァハゲてねーぞ」
「そうだな。てめーはカッパじゃなくてM字にハゲそうだな。てめーのアタマじゃなく、女の髪だ」
土方は唐突な質問にキョトンとしていたが、やがて「ああ」と呟いた。
「俺ァ、ボブカットよか、もうちっと短い方がいいんだがな。でも、元が長いと、いきなりショートヘアは嫌がるからよ」
誰、ボブって。謎の外国人? と突っ込もうとして、思い当たった。土方の昔の恋人で沖田の姉、ミツバに会ったことがある。確か、彼女は短髪だった。
「なるほどね」
銀時は、お京の無残な頭を思い出した。
「それがどうした?」
「いや。参考になった」
一刻も早く、ソーゴ君に「下手人」を知らせてやろう。しかも、二重の意味で、アンタは危険な立場にあるって。
山崎に腕を掴まれると、なぜかチクッと痛みを感じた。手の平に画鋲でも貼り付けていたのか? 手の込んだ女学生のイジメかよ……と、沖田がツッコもうとした途端、くらっと眩暈がした。
やがて、どこか遠くで「アレ、沖田隊長、どうしましたか」「貧血じゃないですかね? 俺が部屋に連れて行って、寝かせておきます」などと話している声がボンヤリと聞こえた。いやいや、コイツに任せてもらいたくねぇ。つーかテメェの部屋ぐれぇ這うてでもテメェで行くから、勘弁してくれ……と喚きたかったが、声が出なかった。
いつの間にか意識を失っていたらしい。
頬に何かがちくちくと刺さる感触に沖田が目を覚ますと、周囲が薄暗かった。窓のない室内、いや土蔵の中か? 裸電球の下では、今の時間を推し量ることすらできなかった。うつ伏せの体勢から起き上がろうとしたが、腕が動かない。よく見ると、全身がムシロで包まれたうえに、縄でぐるぐる巻きにされている。
先ほど頬に当たっていたのは、このムシロの繊維だったらしい。
「アンタが寝てる間でも良かったんスけどね」
首筋に、ヒタヒタと冷たい感触が当たり、沖田は「うぉっ」と呻いた。この状況で小便をチビらなかったのは、ガラスのドSにしては上出来だと、誰かに褒めて欲しいぐらいだ。
「ややややや…やめなせぇ。だ、だだだ……大体、俺ァあんひとの本命じゃねぇよ。オメェだってそれァ分かってるだろイ」
「ええ、知ってますよ。アンタの次は、あのデコ助野郎と、その腰ぎんちゃく……白髪天パも、順にやっていくつもりですから」
えっ、誰が誰? 白髪天パは万事屋の旦那として……ああ、確かに伊東先生はデコ広いな……って、納得している場合じゃない!
「まままま……ま、待ちねぇ、ザキ。嫉妬か何かしんねぇが、憎しみからは何も産まねぇぜ!」
「何も産まれはしませんが、気分はスッキリします。あと、媚薬は全部頂きますね」
なに、その超理論。
それに、こんな形でねーちゃんに再会しても、武士としてみっともないと叱られそうで、あんまり嬉しくないな……せめて一矢、何か報いることはできないかと、ムシロの中で胴をくねらせ、手足をゴソゴソと動かして足掻く。ふと、尻ポケットに突っ込んでいた携帯電話に指が触れた。だから何だ。この状態じゃ110番すらできやしない。そもそも通報したところでウチがケーサツだし。
その瞬間、携帯電話がノンキなメロディを奏でた。
「ちっ」
山崎がその携帯電話めがけて沖田の尻を蹴り上げるのとほぼ同時に、派手な音がして土蔵の扉がブチ破られ……転がり込んで来たのは、ドレッドヘアーで半裸の男であった。
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