恋に焦がれて鳴く蝉よりも/下
「はぁあああ? ちょ、誰っすか、アンタはぁっ!」
「ワタシ、カンサイジン」
「どこが関西人だよ! そんな、片腕がサイコガンでドレッドヘアーの怪しい外国人みたいな関西人どこに居るんだよ!」
思わず山崎が正気に返って、全力でツッコみを入れてしまう。
その異人の後ろから、ひょっこりと銀時が顔をのぞかせたのに気付き、沖田は脱力したのか「旦那ァ」と、柄にもない声を出した。
「あーやっぱり危ないトコだったのね。いや、一応そーご君を探してたんだけど、その前に金丸君をどっかに匿って貰おうと思ってたら、偶然、ね」
「金丸君? そいつが? どう見ても、ボブかスティーブって感じですぜイ」
「決めつけはよくねぇよ。人間、見た目じゃなく心だよ、心……って、そーご君、ずいぶん元気そうだね。助け、要らなかった?」
「いやいや、要りやす、要りやす。さすがにこの状態を見て助けねぇって法はねぇでしょ」
銀時がちろりと山崎に視線を流す。
そこで山崎が己のしでかしたことを今さら自覚したのか、ザァッと青ざめた。
「いんや、俺ァ、てめーを責める気はねーよ。気持ちが分かるたぁいわねーが、男の嫉妬ってやつぁシャレにならねぇのは知ってるしな」
そういうと、硬直している山崎の隣をすり抜けて、沖田のそばに膝まづいた。ムシロで包んだ胴を縛り上げている綱を解こうと結び目に手をかけるが、どういう縛り方をしたのか緩む気配もない。木刀以外は帯刀していない銀時はどうしたものかと、途方にくれる。
「ン? いや、サイコガンで縄を切るのは難しーんじゃね? 下手したら胴体ごとすっぱり逝っちゃうでしょ」
「ちょ、ちょっ……旦那ァ! 何恐ろしい相談してるんでやんすかぁ!」
「いやぁ、金丸君の腕ってホラ、サイコガンだから。せめてハサミか小太刀でも……って、あ、ども」
梨地の鞘に包まれた脇差しをスッと差し出され、銀時はすんなりとそれを受け取った。
その刀は見事な切れ味で綱をハラリと切り落とし「さすがにお役人の刀は違うねェ」と感心しながら返そうとして、その持ち主に初めて視線をやった。一瞬、山崎かと思ったが、似たような地味な印象の青年……篠原であった。
「つまり一連の騒動は、あのアホザキと色ボケマヨ野郎のせいなんですね?」
「あらあら、カラいねぇ。一応、君らお仲間デショ?」
「俺とザキが同僚なのは事実ですど、お仲間なんて思っちゃいませんや」
篠原はそう吐き捨てるように言い捨てて、脇差しを腰に戻す。
そのそっけない態度に当てられて、銀時は戸惑い気味に「俺ァ部外者だし隊内のこたぁ分からねーけど、仲良くしといた方がいいんじゃねーの? とりあえず山崎君の処遇をどーすっかは、そーご君に決める権利があんじゃね? 俺ァ、外の包囲網がおとなしくなるまで、昔のツレを匿ってくれりゃ、それでいいだけだからさ」と、沖田に助け舟を求めた。
その沖田はしばらく、縛られた影響でまだ感覚の鈍い己の腕や手首をさすっていたが「正直、一発ぶん殴ってやりてーとこだが、土方さんの腰が座らねぇのがそもそも悪ィんだろイ。てめーの飼い犬もたまにゃ撫でてやれって、あのバカに言っといてやりゃ、おめぇも気ィ済むだろイ?」と、絞り出した。
「す、すみません、沖田隊長」
ドSの王子様に似つかわしくない大岡裁きに、山崎が半べそをかいているのを横目に、篠原がスッと土蔵を出て行った。
ちょうどそのタイミングで、伊東がこちらに向かって渡り廊下をペタペタ歩いて来た。
「なんか、ウチの屯所に職質逃れの異人が逃げ込んだらしいという通報が、奉行所経由であったようなんだが?」
「ああ……多少ゴタゴタはしていたようですが、片付きましたよ」
「ゴタゴタ? やはり不審者が侵入していたのかね」
「ですから、もう片付いたんです。伊東先生のお手を煩わせるほどのことではありません」
篠原は、先ほどの態度とは打って変わった甘い声を出しながら、伊東の気を逸らそうとした。
土方の浮気が発端で云々という一連の顛末を話して、色恋事に初心な伊東の心をかき乱すのは避けたかったし、あの白髪の侍が連れ込んだ異人の件を告げて、白髪侍を敵に回すのは厄介そうだ。下手人である山崎がお咎めなしという結末には不満だが、なに、いずれ伊東先生の天下になったら、あのバカ犬は飼い主もろとも処分される運命だ。それまでの辛抱さ。
「それよりも、先生。僕が先日取り寄せた美味しいお茶があるんですけど。宇宙産の珍しい逸品でしてね……一服いかがです?」
ちゃっかり一人称まで変わっているが、伊東はその篠原の豹変ぶりに気付く由もなく「じゃあ、ご相伴させていただこうかな」と答えていた。
話は少し、さかのぼる。
巽の花街の切り見世女郎が、格子向こうの女岡っ引き・ハジの質問に「そういえば、旦那にそんなことを言われたっけか……短くって、ボブカットぐらい? とか話をしたような、してなかったような」と、首を傾げていた。
「ボブ?」
「そうそう、ボブ」
「えーと、ボブってぇのはよくわからねぇんだけど、そいつにお連れさんが居たか、居たならどういう面だったか、覚えてたら教えてほしいんでやんす
けどね」
「お連れさんねぇ。アタシ、部屋持ちじゃないから、お連れさんが居ても外で待ってて貰うからねぇ」
「そうでやんすか……すっかりお仕事の邪魔しやしたね。また、何か思い出したことがあったら、頼みやす」
そこに、ちょうどおかっぱ頭の少女が通りがかった。正確には、女岡っ引きと女郎という珍しい組み合わせを見かけて、好奇心のままに聞き耳を立てていたのだろう。
くりくりと大きな目を動かしながら「あたい、ボブって知ってる」などと言い出した。少女を連れていた長身の女が「千鳥! また、余計なことに首を突っ込んで」と、少女を引っぱたいたが、どんなつまらない情報でも手に入れたいハジは「まぁまぁ」と長身の女をなだめた。
「お嬢ちゃんが知っているボブって、どんなんでやんす?」
「あのね、腕がサイコガンでグラサンでドレッドヘアーでパンいちの異人サンなの」
ハジがキョトンとしていると、長身の女はもう一発、少女を引っぱたいた。
「済みません。千鳥……この娘は、いつもこうなんです。本気にしないでやってください」
長身の女は海月と名乗った。
この近くの萌黄楼の新造(遊女)で、千鳥は従女とのことだ。
「その怪しい御仁が、よくこの界隈に?」
「そうそう……あ、ほら、あそこ!」
千鳥が指差した先には、確かに上半身裸で黒いレスラーパンツ一丁の格好をした男がうろついていた。いくら花街とはいえ、その格好は羽目を外しすぎだ。今回の髪切り虫の事件には関係ないだろうが、職務質問ぐらいはしておくべきだろうと、ハジは露骨にイヤな顔をしながらも、十手をちらつかせて男に近づいた。
「あー…もしもし? アンタ、ボブっていうんでやんすか?」
「ファッ!? ポリスメン!?」
「ハイハイ、アイアムポリスメンでやんす。つーか、その格好、何? ちょっと奉行所まで来てくれやす?」
「オゥノーッ! ファッキン、ブギョウショ、ノーッ!」
何故かパンツ一丁は露骨に動揺した挙げ句に、全力疾走で逃げ出した。
職務質問を振り払われては、ハジも本腰で対応せざるを得ない。懐から小型無線機を取り出すと「巽から北東に向かって、職質を拒否した不審者が逃走中。上半身裸で、下半身は黒のパンツ、片腕がサイコガンの異人」と喚いた。
海月は「アンタ、なに話をややこしくしてんの」と、千鳥の脳天に三度目の平手打ちを食らわせた。
「いたぁい! バカになるぅ!」
「アンタ、もともとバカでしょ。他所の話に首突っ込むんじゃないって、何遍教えたら覚えるのよ」
「だって、ボブって言ってたでしょ? それにあの人ってすっごくボブって見た目だよね。絶対、名前、ボブだと思う」
ダメだコリャ……と海月は肩をすくめ、ハジと切り見世女郎にそれぞれ頭を下げてから、千鳥の襟首を掴んで、文字通り引きずって帰ることにした。
『アナタ、髪切り虫の捜査をしてたんじゃなかったんですか?』
ハジの無線機に、聞き慣れない男の声が割り込んで来た。奉行所の同心や岡っ引きの専用回線だから、大概の連中は声を聞けば分かる筈なのに。だが、ここにアクセスできるということは、少なくとも警察関係者なのだろう。どことなく冷たい印象の、乾いた声質だった。
「それはそれで、大体、目処がついたんでやんすがね、その途中で不審者が出ちまって」
『ほほう、差し支えなければ、その目処とやらをザッと聞かせてもらえますかね?』
「手柄の横取りはナシでやんすよ?」
念のためにそう釘を刺してから、被害者は皆、吊り目でヘビースモーカーでマヨラーの旦那がついていたこと、その付き人が怪しいとにらんで、その人物の特定に取り組んでいるのだと説明した。
『吊り目でヘビースモーカーでマヨラー、ねぇ』
「心当たりでも?」
尋ねてみたものの、無線の相手はそれ以上答えず、代わりに『ハジ、どこに行ってたんだカミュ。おめぇがいねぇと、バーに行けないでカミュ』などというアホ上司のダミ声が割り込んで来たのだった。
沖田から「山崎を可愛がってやれ」などという突拍子もないことを言われて、土方は素で「ハァ?」と間抜けな声をあげてしまった。隣で山崎が期待に目をキラキラさせて見上げて来るのがうっとおしい。実にうっとおしい。
「総悟。何を企んでやがんだ? それとも悪いものでも食ったのか?」
「たまにゃ俺が腹の白いことを言ったって、罰は当たらねぇでしょう。アンタも少しは素直になったらどうです」
「それとこのバカ犬がどう繋がるのか、まったく分からねぇんだが」
埒が明かないとみたのか、監察方の古株のひとり、吉村折太郎が子供に諭すような口調で「たまには、釣った魚にも餌をおやんなさいってことですよ」と、割って入った。
「監察方の連中は、アンタが局長に惚れ込んで支えていこうと思ってるのと同じように、アンタを慕ってアンタに尽くしたいと思ってるんです。それを知っててコキ使ってるんだから、少しは報いてやりなさいって」
「なんだ、吉村、珍しく口説いてくれてんのか」
「俺じゃなくて、山崎のハナシです……ほら、頭ぐらい撫でておやんなさい」
吉村が長い指で土方の手首を捕らえると、強引に山崎の頭の上に乗せさせ、無理矢理ゴシゴシと動かしてやった。
「副長に撫でられるのはやぶさかじゃないけど、吉村に仲介されるのは、なんか、不本意だなぁ」
「ゼータク言うな」
畜生、なんか悔しい。
俺が一番土方さんを慕ってるんだって、土方さんがどんなことになろうと、俺ひとりだけでも土方さんについて行くんだって、この命に代えても土方さんのために尽くし抜くんだって、いつか思い知らさせてやる……頭の上に感じる大きな手の平の重みと温かさを感じながら、山崎はそう心に誓っていた。
その頃、副長室の渡り廊下では、伊東が顔面蒼白で立ちすくんでいた。室内の戯れ言が丸聞こえだったのだ。隣の篠原は「あちゃー…」と呟いて、天を仰いでいる。
土方の浮気性は隠しようもないのは分かっていたが、できることなら繊細な先生の気持ちを慮って、自分からそれとなく伝えてやりたかった。
「やっぱり土方はどうしようもない下衆だな」
「そのようですね、先生」
「彼の実力は認めていたし、僕のことを理解し得る器だと思っていたのに、残念だよ」
「そのようですね、先生」
「ところで、監察方は土方を慕っていると言っていたようだが、君はどうなのかね?」
そのようですね、と相づちを打ちかけて、篠原は「いえいえいえいえ」と慌てて打ち消した。
「僕が慕っているのは、里にいた頃からずっと伊東先生おひとりです。土方のことは、犬にでも噛まれたと思って、お忘れになるとよろしいかと」
篠原は、伊東の頭や肩を撫でてやりたい衝動に駆られたが、プライドの高い伊東がそんな愛撫を受け入れてくれるかどうか自信が持てず、ただ手が宙を彷徨うばかりだった。
「そうだな、しばらく旅に出る用事もあるし……な。京や太宰府に武器を仕入れに行く予定で、局長には話を通してあるんだが……篠原君、付いて来てくれるかね?」
「ええ、もちろんですとも」
伊東にとってはセンチメンタルジャーニーかもしれないが、自分はセクハラ上司から逃れるいい口実だ。
篠原は満面の笑みを浮かべて、頷いてみせた。
「これをネタに揺すれば、うるさい犬を瓦解させることができる」と主張したのは、鬼兵隊の幹部にして寺門通のプロデューサー、河上万斉だった。それは花街でひそかに囁かれている噂話ではあったが、奉行所もその線で捜査をしているらしい。
「伊東の祐筆(秘書)をやっている隊士も、協力すると言ってるでござる」
「まぁ、あの犬っころ共はいずれ始末してぇとは思っているし、てめーにゃ奴らを潰すつもりでやれとは言ってるが……騒ぎを起こしてくれと頼まれてる刻限は、もうちっと先だろーがよ」
高杉晋助は面倒くさそうにそう言うと、長煙管をポンと煙草盆に打ちつけた。
「それに、だ。もし真選組の首を伊東にすげ替えたとして……伊東は宇宙海賊まで受け入れて、あいつらが入港するのを見逃してくれると思うか? 自己顕示欲の塊のような男だ。むしろ手の平を返して、鬼兵隊を一網打尽にして宇宙海賊の侵入を阻止しました、なんて派手にやらかさねぇ保証なんてねぇぞ」
「同盟を組んだ相手の評価とも思えないでござるな」
「だから潰せと言っているのさ。まぁ、あのガリ勉風情にそこまでやる器量はねぇだろうがな……さて、真選組の手入れを前倒しするとなると、目くらましにドンパチしてもらう役どころを別に調達することになるんだが……アンタんとこ、どうだい?」
河上は自分に声をかけられたのかと思って顔をあげたが、高杉の隻眼が己の背後、障子の向こう側を観ているのに気付いた。懐にしていた三味線のバチを障子の桟に差し込み、こじあける。そこには、白い洋風の外套を羽織った痩せぎすの男が、やや猫背気味の背中を向けて座っていた。ポチポチという音がしているところから察するに、男は延々と携帯電話を弄っているようだ。その傍らには、黒猫を思わせる美少女が華奢なその細腕に余りそうな長剣を抱えて控えている。
「イヤですよ。そりゃ、いつかはお役目があるんでしょうけど、下準備もなくいきなりは困ります……それに私、真選組……特に土方君のファンなんですよね。このエリートの私のライバルである方々は……いくら凡人であろうとも、あまりに下衆な理由で没落しては欲しくないです」
その男の言った通りに、天人勢力や鬼兵隊と組んでもうひと芝居打つ『お役目』が来る日は確かに来たが、それはまだ遠い先のこと。
「奉行所の方には手を回しておきましょう。なに、偉い方の火遊びの不始末ということにして、捜査を打ち切るようにお達しが出たとでも通達しておけば」
「できるのか?」
「……もう済みましたよ。なにせ私はエリートですからね」
そういうと、痩せぎすの男は携帯電話をパタンと畳んで外套のポケットに突っ込み、ゆらりと立ち上がる。小振りな屋形船の天井に、頭をぶつけそうなほどの長身だった。あの女岡っ引きは無線の声を聞く限りなかなか気が強そうだったが、いくら喚こうとお奉行の命令には逆らえまい……男が美少女を連れて気だるそうに出て行くのを見送りながら、河上は「もったいないでござるな」と呟いた。
「あの娘はツラはべっぴんだが、無愛想だぜ。アイドルにゃ向いてねーぞ?」
「そっちじゃなくて、例の髪切虫の騒動でござるよ。副長不祥事ということにして、真選組を弱体化させておくいい機会だったのに」
「弱らせておかなきゃ、潰せる自信がねーのか」
「そ、そういうわけではござらんが」
河上は多少ムッとした顔をしたが、高杉は素知らぬ顔をして煙管をくわえ直した。
千手の茶屋の遣り手婆は「ウチには女の客は要らないんだよ」とシッシッと片手で訪問者を追い払う真似をした。黒髪を長く垂らした若い女はそれには構わず「ここに、お京という茶汲み女がいるね」と静かな口調で尋ねた。
「ああ、お嬢ちゃんが飲むような茶は出してないがね」
「呼んでくれるかしら。警察のものよ」
「ヒッ!」
遣り手婆は慌てて二階に駆け上がり、夜の仕事を終え、カツラを脱いだ見苦しい姿で床についていたお京を蹴り起こした。
「お上がアンタに御用だって。テメェ、何をやらかしたんだい!」
商売女といえども、花魁ほどになれば蝶よ花よとチヤホヤされるが、下っ端の扱いはこんなものだ。お京は身に覚えのない訪問者に首を傾げながらも、カツラを被り直して階段を下りた。
「あい、ウチがお京……」
言い終える前に、お京の首がころりと落ちていた。
胴体はまだ異変に気付かず、もう二歩、三歩歩きながら、何かを説明するように両手を泳がせていたが、やがて頭部の重さを失ってバランスを崩したらしく、ドウと丸太のように倒れた。それを観ていた遣り手婆は悲鳴をあげ、周囲にいた客や男衆らも凍り付いた。
「この女はある殿様の酌をしていたが、その殿様の身分は明かせない。それをぺらぺら喋ろうとした咎で処分した。同じようなことを話している女がもしいたら、口をつぐむように」
訪問者がそういうと、きびすを返す。その向こうに、長身の男が呆れ顔で待っていた。
「なにも、そこまでしなくとも」
「女には、女の口の封じ方っていうのがあるのよ。特に下の口の緩い連中には、ね」
今井信女はけろりと言い放ち、佐々木異三郎は苦笑いしながらも、その絹のような黒髪を撫でてやった。
「はあ、そうですか。では、ご褒美にドーナツでも買って帰りましょうかね」
志村新八はハタキの手をふと止めると「最近、土方さん来ませんね」と呟いた。
「アレに関わると、色々おっかねーオマケが憑いてくるんだよ。こねぇに越したことねーよ」
「そうなんですか? 確かに、真選組の方々が来られると姉上のところにゴリラが湧いたりするから、色々厄介ではありますけどね」
無理矢理そう解釈してみせると、新八は再びパタパタと掃除を続けた。
銀時は「ホコリが舞うだろ。もっと静かにしろや」と文句をいってみせながら、少年ジャンプのページをめくるが、実は内容は一向に頭に入ってきていない。巽や千手の女の口が途端に堅くなった、お上からもストップがかかった、なんか裏がありそうだけど、これ以上は調べがつかねぇ、とハジが悔しそうに愚痴っていたのが気になっていた。もしかしたら、それ以上に厄介なことに巻き込まれつつあるのかもしれない、という嫌な予感もしていた。
今度、アイツが困ったときには銀さん全力で助けてやっから。約束するから……いいだろ、それで。
銀時はそう決めつけると、それ以上ぐだぐだ考えるのはやめてジャンプを放り投げ「ちょいと、散歩にでも行ってくらぁ」と、部屋を飛び出した。
(了)
【後書き】当SSは、某twitterでの「フォロワー告白」を元に、ネット嫁やコスプレ仲間を銀魂キャラにキャスティングし、おふざけで作ったストーリーです。
浮気性の土方が伯方で、情念のコワイ山崎が北宮という、いつものパターンですが。ちなみに、メインのアイデアは、池波正太郎原作・さいとうたかお画「鬼平犯課帳」の「髪切り虫」を参考に……というか、ほぼ拝借しました(※左画像)。
なお、作中の巽(辰巳、深川)の遊郭、千手(千住)の飯盛り云々のくだりは、オリジナル要素。キツネとタヌキの話は「ススキノの公娼はキツネ。狸小路はタヌキと呼ばれていた私娼が立ちんぼをしていたので、そう呼ばれた」という地元史を参考にしたもので、江戸でもそう呼ばれていたかどうかは、裏を取っていません。悪しからずご了承ください。
タイトルは、都々逸の「恋に焦がれて鳴く蝉よりも 鳴かぬ蛍が身を焦がす」より。 |