当サイト作品『アタシハココヨ』を踏まえた
原作四百七十七訓〜四百八十訓のパロディです。
ネタバレを大いに含みますので予めご了承ください。
ア タ シ ハ コ コ ヨ / 追記
「おお、金時、久しゅう」
負けもしなかったが勝ちもしなかったパチンコ帰り、坂田銀時はいきなり呼び止められた。
疲れ目と肩こりにまみれた、冴えない顔で振り向いた途端に、正面からガバッと抱きかかえられる。一瞬、痴漢か暴漢かと拳を握ったが、身の丈六尺にはなろうという銀時を、長い腕にすっぽり包み込めるような大男は、江戸広しといえどそうそう居ない。坂本辰馬だった。
「ちょ、おま……バカ、公衆の面前で何しやがるッ!」
いくら夜とはいえ、行き交う人はまだ多い繁華街だ。ただでさえコイツはでかい声しているヤツなんだから、殴り掛かって騒ぎにすれば余計に目立つ……と自分に言い訳しながら、慌てて坂本を裏路地に引っ張り込んだ。
「何って、愛情表現のハグじゃ。ラブ&ピースぜよ」
「知るか」
さらに下駄を履いているせいで、銀時の額の辺りに、坂本の肩があった。
とりあえず人目を避けたという安心感もあって、コトリとその肩にもたれかかる。この辺りにつけた咬み傷は、もう消えてしまったんだろうか。
「どうした、金時。今日は妙に素直じゃなぁ。サカっちょるんか?」
「う、うっせーよ、バカ本。俺に用があるなら、さっさと言え」
「用というか、まぁ、頼み事じゃ」
「カネはねーぞ。つーか、カネなら俺が欲しいぐらいだ」
「最近、ウチの商売で大赤字を出したのは確かじゃが、おまんに頼むのはそのことじゃなか。万事屋じゃろ? 人探しをちょっとな」
「人探し?」
銀時は、顔を赤らめながらも坂本から離れて、懐から仕事用の手帳を引っ張り出した。
「部屋っちゅーもんは厄介なもんで、一度片付いてしまうと、再び散らかって来るのがやけに目についてなぁ。月に一、二度はオババが掃除してくれるんじゃが、なんせヨボヨボの死に損ないの仕事じゃき。若いおなごが付きっきりで甲斐甲斐しく世話してくれるのと比べると、のう」
「は?」
いや、それ、俺……とツッコみたかったが、声が出なかった。
「よその星で雇っても良かったんじゃが、前に住み込みさせておったギン子は地球で拾ったんじゃが、これがまた、イイ女での……金時、知らんか?」
いや、知ってるも何も、それ、俺。
「身の回りだけじゃなくて、身の下でも世話になってしもうてな」
うん、それもよく知ってる。なにしろ、俺だし。
「やはり地球人には地球の女が一番じゃ。それだけじゃのうて、アレ、なんというたかな、ナントカ性感? こう、吸い付くような名器での」
名器呼ばわりは光栄だけど、それ、俺だから。
手が震えて、手帳を持っていられなくなった。指からペンが滑り落ちて転がっていったが、拾うこともできない。
「つーわけで、ギン子を探して、連れて来てくれないかのう、金時」
「バッ、おまっ……結局、信じてなかったのかよ!」
思わず大声が出た。途端に、堰を切ったように涙が溢れて、ぼたぼたと頬を伝い地面に落ちる。あれだけ『見た目も性別も変わってしまったけれど、坂田銀時だ』と説明したのに。最後の最後で、ようやく信じてくれた筈だったのに。
「ン? どうしたんじゃ、金時。なんでお前が泣いてるんじゃ?」
「なんで、じゃないだろ、この鈍チン野郎の唐変木っ!」
「どうしたんじゃ、突然ヒス起こしてからに……んじゃ、ギン子を見つけたらよろしゅう。わし、すまいるに居るから」
「ハァ? なんで、あのスナックなんだよ!」
本当にギン子が別人だったとしても、そんな店に呼びに行くのは失礼だろう。
少なくとも、自分がギン子で……というか本当にギン子なのだが、ともあれ、住み込みで身の回りも身の下も世話してもらいたいと誘っておいて、そんな店に連れて行かれたら、雇い主の誠意が見えないと激怒する。
「なんせ女は地球産に限るぜよ。ギン子が見つからなかったら、代わりに、おりょうちゃんでも身請けして連れていこうかなー。なんての。アハ、アハハハハハ!」
さすがに銀時の様子がおかしいと察して、坂本がそそくさと立ち去る。
坂本のあまりの身勝手さに失望して、がっくり肩を落とした銀時は、ずるずると地面にへたり込んで、しばらくその薄暗いビルの陰から出ることができなかった。
アイツが馬鹿なのは昔からだし、無神経なのは今に始まったことじゃないし、今さらどうこう言う間柄でも無くなっているのは分かっている。同じように異性となって苦しんでいた皆のためにも、あの船に女として留まることはできなかったのは承知しているし、あの身でも別に愛されていたわけじゃなく……多分、本人も言っていた通り、自分の正体が誰であろうと、あるいは愛情など微塵もなかったとしても、アイツはオンナを受け入れていたのだろう……ということも、理屈ではキチンと理解している。
それでも、いや、それだからこそ、この仕打ちはねぇだろ?
そうだ、神楽……すっかり遅くなっちまったから、家で腹すかせてっかもしれないなと、転がったままのボールペンを視界の端にしながら、銀時はぼんやりと考えていた。最近、まともな仕事がなくて冷蔵庫もとっくに空だし……いや、階下の糞ババァか、駄メガネあたりを頼って、なんとかしてるだろ。無理、もう、銀さん傷心ダメージ大き過ぎて、メンタルポイントゼロっつーかマイナスだから。基本的にギン子さん、メンタル強くないんだから。
それからどのぐらい時間が経ったのかは分からないが、不意に「ああ、こんなところにおったわ」と、声をかけられた。
あのバカと同じ訛りの女は、坂本率いる快援隊のカミソリ副官、陸奥だった。
慌てて袖口で顔を拭って立ち上がり、聞かれぬ先から「その……ちょいとばかり酔っぱらって、涼しいところで酔いを冷ましてたんだ」と、へどもどしながら言い訳をした。
「その割に酒の匂いがせんが? まぁ、いい。久しいの。おまん、無事に元の体に戻れたんじゃな」
あれだけ自分をネチコチと虐め抜いていた陸奥の方がむしろ、嫌っていたオンナの話を信じていたというのも、奇妙なものだ。
「まぁ、その。いつぞやは色々お世話になりました」
「その節は存分に儲けさせてもらったから、構わんぜよ。これ、つまらないものじゃが、心ばかりの土産じゃ」
「え? なになに? お菓子? 開けてみていい?」
差し出されたものを素直に受け取る。小箱は掌に乗るサイズだが、それなりの重みを感じるから、せんべいや干物などの乾物ではなさそうだ。神楽の口にあうようなもんだったらいいな。いや、あのガキは酢昆布喜んで食ってるような貧乏舌してるから、大丈夫か。
「懐かしいかと思って、わざわざ宇宙を探して買って来てやったわ。今のウチの資金繰り状況では、その程度のものしか買ってやれんが……佃煮じゃ。蝉の」
思わず、悲鳴を上げて包みから出て来た、可憐な細工が施された白い陶器の器(多分、蓋付珍味とかいうもの)を地面に叩き付けていた。中に詰められていた、茶色く煮染められた蟲がべったりとアスファルトに広がる。
「幼虫の方がクリーミーで美味しいらしいんが、あんな化け物でも腹を痛めた我が子じゃろうから、情が移ってても食べづらかろと、わしなりに考えたんじゃ」
「てめっ、嫌がらせにも程があるわ!」
「これぐらいの意趣返し、してもよかろが。あのモジャモジャ、おまんが船を降りてからずっと、ギン子、ギン子と腹立たしい」
そんなもの本人に当たれと言いたいところだが、女の嫉妬はパートナーではなく浮気相手に向かうというのは、よく聞く話だ。そうでなくとも、底抜けのバカ相手なだけに、いくら怒りをぶつけようと高笑い一つではぐらかされて、まさに糠に釘状態。スカッとするどころかかえってストレスが溜まるのだろう。
「冗談じゃねーよ。こっちもフラれたところなんだからさ。あのバカ、それこそ、ギン子、ギン子ってよぉ」
「えっ?」
「この俺に向かって、ギン子探して来てくれってさ」
いつもはポーカーフェイスの陸奥だが、地面に散らばる器の破片と茶色い蟲、そして銀時の顔を見比べ、さすがに気まずそうな表情になった。
「その……知らなかったとはいえ、済まんかったな」
「いいってことよ。失恋した者同士、あらためて差しつ差されつ、一献どうよ?」
銀時がおちょこを傾ける仕草をしてみせると、陸奥は「悪くないな」と返して、こわばった表情を緩めた。
「じゃが、その前にあのバカの始末をつけんとな。地球で生命保険の手続きをしておったら、ついうっかり見失ってしもうて。一体どこに居るんじゃか」
居場所が居場所だけに火に油を注ぐだろうとは思ったが、銀時自身も腹が立っている。
なにしろ、男の嫉妬はパートナー本人に向かうのだ。
「俺、居場所知ってるわ」
「なに、まことか!」
「情報料はしっかり頂くぜ。傷心に塩を塗り込むどころか、全力で硫酸ぶっかけられてんだから、それぐらいの意趣返し、してもいいだろ?」
陸奥はチッと舌打ちしたが、肩をすくめて「まぁ、金を払うのはわしじゃなか。保険会社じゃき」と呟いた。
「それにしても、そこまで大赤字って、あのバカ何やったんだ? 幽霊船の儲けが吹っ飛んで、さらに赤字になるって、相当の額だろ」
「五千万」
「へっ?」
その程度のカネは、あのボンボンの小遣いで充分補填できる額だろう。少なくとも宇宙を股にかけた豪商、快援隊の屋台骨を揺るがすほどでは……と言いかけたところで、陸奥が言葉を続けた。
「……入るカバン」
※ ※ ※ ※ ※
「そういう事にしとくよ。間違っても女のためにやったなんて、お前は言わねーだろうからな」
陸奥がかつて居た宇宙海賊・千鳥の残党が江戸湾に現れ、その騒ぎに巻き込まれた銀時は、激しい戦闘で全身がギシギシ鈍く痛むのを堪え、わざと面倒くさそうなポーズをつくって頭を掻いた。
そもそも、このバカが惚れた腫れたなどというチンケな理由で、宇宙中を駆け巡って奴隷を買い戻すなどという大層なことをするような男じゃないことは、よく分かっている。そんな大義名分など無くとも……惚れた女どころか、相手が男だろうと、どこの馬の骨だろうと、なんの取り柄もないただの奴隷であったとしても、手を差し伸べずにはいられない性分をしているだけだ。それが、回り回っていつか財産になるというのが、やつの商いであり、生き方なのだから。
いつぞや、ギン子を拾った時のように。
「報酬の方は、きっちり請求しとくぜ。こっちも商いなんでな」
背中越しに、ひらひらと請求書を見せつけておいた。
「そういうことにしとくぜよ。間違っても女のためにやったなんて、おまんも言わんからの」
どの女を想定してホザいたのかは知らないが、確かに女のためじゃねぇな、と思う。
かといって、自分がこんな事件に飛び込んだのは、このバカのためだとは認めたくないし、振られた者同士の同情心から、でもない。かといって、自分のためでもギン子のためでもなく……では誰のためだと聞かれても、うまく説明できないが、多分そんなふうに全力で貧乏くじを引いてしまうのが、自分の生き方なんだろう。
坂本も背を向けて遠ざかって行くのが察せられ……鼻の奥がツンとして視界の端が滲んできた。慌てて上を向いたら、何故か笑いが爆発的にこみ上げて来た。
(了)
【後書き】この陸奥過去編のジャンプ本誌連載時には、既に「アタシハココヨ」のストーリーが頭の中にあったので、変にフィルターがかかってしまって、どうしてもこういう裏があったようにしか読めませんでした……いつの間にか銀時と陸奥が妙に意気投合しちゃってるうえに、あの、最後に銀時と坂本が大笑いしながら別れて行くシーンがもう、なんだか切なくって、悲しくってサァ。
ちなみに、蝉の佃煮だの唐揚げだのは実在するらしいし、幼虫が美味いのは本当らしい……が、さすがに試す根性はありません。ええ、ありませんとも!
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