ア タ シ ハ コ コ ヨ /下


ムッと生臭く湿った空気が流れ込んで来て、坂本も陸奥も、思わず鼻を覆った。
そこに立っているオンナは、陸奥の予想通りに全裸で、ただ予想とは違い、片手に握りしめた鉄パイプのようなものを杖代わりにしながら、かろうじて立っていた。

「この向こうが、奴らの巣だったようだぜ」

陸奥は我に返ると、マントを脱いでオンナの体を覆ってやった。オンナがビクッと小さく反応したので、そのまま坂本の方へ押しやる。少々腹立たしいが、今までさんざん虐めていた自分が相手では、オンナが怖がるのも無理もあるまい。

「ギン子、なんで勝手に部屋を出たんじゃ」

だが、坂本が珍しくきつい声を出したので、陸奥も驚いて「コイツを叱るのは、後でもよかろうが」と宥める側に回った。せっかく怖がらせないために坂本に任せようと思ったのに、これでは逆効果だ。

「多分、坂本さんに化けられたんじゃろ。アンタに来いと言われたら、そりゃ行くじゃろうが」

「そうかもしれんが」

まだ何か言いたそうな坂本を遮って、オンナが「辰馬、そのグラサン取ってくれないか」と呟いた。

「なんじゃ? コレか? こうでいいのか?」

不承不承ながらも黒眼鏡を外してみせると、オンナは坂本の目を覗き込んで顔をほころばせ……ふっつりと糸が切れたように気を失った。





向こう側の『巣』は酷い有様だった。
人間の身の丈ほどもある、蝉によく似た昆虫型のエイリアンが数十体、潰されて死んでおり、その返り血がべっとりと青く壁を染めていた。さらにその向こうには、元々の船員だったと思われる連中も転がっていた。一見、生きているかとも見まごう新鮮な死体のようだが、その中の何体かはエイリアンによって繁殖に利用されたらしく、避けた腹を見せながら干涸びている。

「次は、わしらがこうなっていたかもしれんの」

騙しやすそうなオンナを一人誘い出しただけでは、彼らが満足しなかったのは間違いない。そうでなければ、通信で呼びかけられた時に一言「そんな女は来てない」と答え、さっさとブリッジを取り外す作業にかかっていただろう。
少なくとも一匹は、オンナをおびき寄せるために、快臨丸に忍び込んだのだ。もう一匹、さらにもう一匹と入り込み、ゆっくり時間をかけて洗脳されていたとしたら。

「おお怖わ。さっさと戻るか」

「そうじゃな、一度戻ろう。蟲の生き残りが潜んでいるかもしれないから、まずは両方の船にたっぷり蚊取り線香を焚くように命じねば……それから、こっちの船の金目のものをごっそり全部貰っておくぜよ。いや、金目のものだけでなく、使えそうなものは全部貰うつもりで、曳航しながらゆっくり解体するのも良いか。あれだけの商談が潰れたんじゃ、それぐらいせんと割に合わんし……積み荷を有効活用してやることが即ち、コイツらへの供養にもなる」

「陸奥、おまんは鬼か!」

「海賊通り越して、鬼扱いか。鬼はそのオンナじゃろ。卵を産み落とした後のフラフラの体に鉄パイプ一本で、あれだけのエイリアンを全滅させたんじゃき」

「まぁ、それはそうじゃな。まるで本物の白夜叉じゃな」

「本物なんじゃろ、多分。少なくとも、かしら一人ぐらいは、そう信じてやらないと、コイツが哀れじゃ」

「はぁ?」

ポカンとしている間に、陸奥がさっさときびすを返して戻って行く。
坂本がオンナを抱えながら、慌ててその後を追った。





騙されたことへの怨みは、多分、無かった。
腹が異常に膨らむ苦しさと、それを無理矢理ひり出す痛みも……自分には肉体的な苦痛にはある程度、耐性があると思っている。あの甘い幻想を見せ続けてくれるのなら、そして、その引き換えだというのなら、卵の養分として生かされ続けるのも悪くはない。少なくとも、あの狭い一室で一生飼い殺しにされるのと、そう変わらない。いや、自分を、そしてこの肉体を必要としてくれる分、より、居心地が良いかもしれない。ひっくり返ったカエルのように股を開いたままの醜い姿で、繰り返し押し寄せる激痛と痙攣にうなされながら、そんなことをボンヤリ考えたりもした。
それでも腹の底では「サムライなめんな、この虫けらが」などと思っていたのかもしれない。何個目になるのか分からない産卵の疲れに朦朧としながらも『この猿め、もう弱ってきやがった』と聞こえたあたりで、意識が飛んだ。

「……気がついたら、あの有様さ」

「そうか、酷い目にあったんじゃな。腹の調子はどうじゃ? まだ本調子じゃなかろから、ゆっくり休むとよか」

坂本はそう言って、床に就いているオンナの銀髪を撫でてやった。
あの船から持ち帰った土産は腐っているようには見えなかったが、良く見れば賞味期限が一世紀前だったので、結局食べずに捨てた。

「怒らないのか?」

「何をじゃ? あの船は元々、大昔の豪商の船だったらしくて、思ったよりもカネになってな。向こうの積み荷も……珍しい年代物のうえに、宇宙空間じゃモノはほとんど劣化せんから、そのまま転売できそうでの。陸奥もホクホクしちょったよ」

あれから数日経っている。
予想以上に儲かって機嫌がいいのか、それとも陸奥なりに何か思うところがあったのか、オンナに対する風当たりもすっかり和らいだようだ。

「言わせんなよ、他の男と寝たこと、だよ」

「え? ああ、アレか。わしだと思い込んじょったんじゃろ? 仕方なかろ」

「ひでぇな、テメエ。そう簡単に割り切れるのか」

オンナが泣き笑いを浮かべたところで、坂本がポロリと「ギン子。前から思っちょったんじゃが、おまん、おなごにしては口が悪いの。まっこと、金時の口調にそっくりじゃ」と口走った。

「は?」

みるみるオンナの表情が固まり、いくら自他ともに認める鈍チンの坂本もさすがに、自分が何やら失言したらしいと察した。

「あ、いや、つまり、その、もう少しおなごらしい口調の方が、カワイイかなと思っただけで」

へどもどと言い訳をしてみたが、遅かったようだ。長い沈黙の後、オンナは「俺、やっぱ地球に戻るわ」と呟いた。

「そ、そうか。なんかその……すまんな」

「謝ってくれんなよ。無神経がウリのテメエらしくねーぜ……いや、らしくねーのは俺の方、か」

俺らしくない、か。
いや、俺らしいってどんなんだろうな。
おなごらしい口調の方がカワイイ、だとさ。女らしいって何だ。男らしいって何だ。

「その……おまん、地球に帰っても、なんぞアテがあるのか? 無いんじゃろ。無いからこそ、わしを頼ったんじゃろうが。もう疑ってなんぞおらんから、ずっとここにおれ。いや、おまんが何者じゃろうと、わしゃ、ずっとここに居させる気でおったきに」

「アテなんかねーよ。ねーけど……なんつーかな、こう、地面を踏みしめてねーと、ふわふわして自分を見失っちまいそうだわ。テメエがなんでこうも落ち着かねぇ性格なのか、なんとなく分かった気がする」

「そ、そうか」

目の前に居るのが本当に『坂田銀時』ならば、これ以上いくら口説いても引き止められないだろうと、坂本は悟った。攘夷戦争が終わった時だって、一緒に宇宙に出ようと何度も何度も、何刻もかけて熱心に説得したのだから。

「せめて、わしが何ぞ力になってやれることはないか? それか、して欲しいことがあれば」

「抱いて……と言いたいところだけど、今はそんな気分にゃなれそうにもねぇや。それに、アッチは女の方がイイというけど、全然そんなこと無かったしな」

「そんなの、実際のところはエイリアンに種付けされてたんじゃから、イイわけなかろうが。どれ、餞別代わりに、わしが本当の女の悦びというヤツを教えてやろう」

「やなこった」

オンナは坂本の頬をペチリと打ったが、その力はまだ弱々しかった。
それでも、本当に嫌がっているかもしれないと考えて、坂本はそれ以上は手を出さず、オンナの額に軽くキスする程度に留めておいた。オンナはしばらく、その額を己の手の甲で拭うように撫でていたが、やがてポツリと「なァ、それって、カネのことでもいいか?」と、尋ねた。

「ン? ああ、して欲しいこと、か? まぁ、持ち出して陸奥に叱られない程度の金額なら。ボロ儲けしたところだし、少しぐらいは奮発してくれると思うきに」

「宇宙船のチケット……どこ行きになるかは、ちょいと調べる必要があるけど……俺一人分じゃなくて、皆の分が買えるぐらいの」

「は? 地球に戻って、すぐに宇宙旅行か? 地面に足がついてないとイヤじゃなかったのか? まあ、それぐらいなら、わしのポケットマネーからでも出してやれそうじゃが」

「え? ポケットマネー? マジで? やっぱ、テメェすげぇカネ持ってんだな! ヤベ、本当にここでテメェの愛人してる方が、俺、幸せかも?」

そう言って、オンナが坂本の胸にむしゃぶりついてきた。子犬がはしゃぐように、唇にがむしゃらに吸い付いてくる。

「こら、よせ、アホ言いなァ」

坂本はそれを振りほどこうとして……やがて、なにやら思い直し、オンナの体を抱きかかえると、体格差に任せて布団に倒れ込んだ。オンナは色素の薄い目を見開いたが、特に抗いもせず、むしろ柔らかく坂本の首に両腕を巻き付けてくる。

「もし痛かったら素直に言うぜよ。わしゃ、無理強いはせんよ、金時」

「金時、か……やっぱりお前は、そう呼んでくれなくちゃな」

「だって、金時なんじゃろ? おまんが男でも、女でも、いや、どんな姿になっても」

「バカ。遅いんだよ。いまさらそんなこと言いやがって」

銀時は、せめてもの恨みを込めて、坂本の肩に力一杯噛み付いた。





地球に戻ってターミナルを出ると、メインストリートに出てすぐの辺りに、ボロボロのマネキンのようなものが転がっているのが見えた。近づくと「おかえりなさい」と、ぎこちない合成音がして、マネキンが起き上がった。驚いてよくよく見れば、それは土埃や排気ガスを浴びてすっかり汚れてしまった芙蓉であった。

「銀時様の生体反応がここで消えたものですから、ずっとお待ちしておりました。いつお戻りになるか分からないので、ここを離れるわけには参りませんでした。ですから、なるべく電力を消耗しないよう、節電モードにしていたのです」

「そ、そうけぇ。カッとしてあんなことしちまったのに、すまねぇな」

ティッシュもハンカチも持ち合わせていないので、せめて着物の袖を使って、銀時は芙蓉の顔を拭ってやる。

「いえ、私も配慮が足りておりませんでした。いきなり張り型を持ち出すのではなく、もっとソフトに、ピンクローター辺りから始めるべきでした」

「配慮すんのは、そこじゃねーよ! で、歩けるのか? 悪いが、鉄の塊を背負ってやるだけの体力はまだ、ねぇんだ」

「なんとか」

せめて少しでも歩く手助けになるかと考えて、銀時は芙蓉の手を繋いでやった。
芙蓉は目を丸くして……やがて、にっこりと笑う。

「こうして歩くと、まるで恋人のようですね」

「女同士だぜ」

「銀時様は、銀時様です。前にも私、そう申し上げたでしょう?」

「そうか……そうだったな」

「別に、男の体にお戻りになってから、こうして歩いてくださっても、私はかまいませんよ?」

「バッ……バッキャローんなことできっか! 第一、この体が戻るとでも思ってんのか」

「でも、そのために、地球に帰ってこられたんでしょう?」

芙蓉が静かに答えると、銀時もふと真顔になった。

「本当にできるかどうかは、分からねぇぜ? なにしろ、あいつらがコトを起こすのに間に合うように、姿を変えて散り散りバラバラになった連中を探し集めて、宇宙の果てだろうと駆けつけなきゃいけねぇ」

「皆様の居場所がご必要なら、生体反応を追跡できますよ? 念のために、皆様のデータを記録してありますから」

「たま、てめぇ……カワイイヤツだな、コノヤロー!」

思わず抱きしめようとしたが、芙蓉はツイッと身を引いて逃げた。

「でも、その前に銀時様は、ご自宅に帰ってお湯を使ってくださいませ」

風呂に入るなら、泥んこになってるそっちが先だろ。こっちはシャワーを浴びてきたから、匂いも残ってない筈なんだけどな……と言いかけたが、銀時は機械人形の玻璃の瞳に嫉妬の色を見つけて、グッとその台詞を飲み込んだ。代わりに「一度ぐれぇは、その、男の姿に戻っても手ェぐれぇ……いや、一度とは言わずにいくらでも繋いでやっから、スネたりしねぇで助けてくれよ。頼むわ」と、芙蓉を拝んでみせた。

「無理にそんな約束をなさらずとも、もちろん、皆さんの現在位置は調べますよ。銀時様はいつでも、どんな姿になっても、私の大切な友達だし、私の喜びと存在意義は、私の友達に尽くすことなのですから」

口先ではそんな殊勝なことをうそぶきながらも、銀時の提案を聞いた途端に芙蓉が機嫌を直したのは、明らかだった。





みんな、懸念していたよりもあっさりと『デコボッコ教の次のターゲット星で性転換ウィルスを浴び、ついでに奴らに復讐しよう』という銀時の案に乗って来た。

「そりゃ、ひとりウジウジ悩んでるみっともねぇ姿なんて、周囲に見せたくねぇからな。このデブスの姿を元に戻す手段がねぇとなりゃ、デブはデブなりに開き直るしかあんめぇよ……いや、俺だってちったぁダイエットぐれぇはしてたがよ? この三段腹がイイんだ、頼むから痩せてくれるなってすがる上客がいてよぉ、ついつい」

「チッ。悪かったな、みっともなくひとりウジウジしてて」

涙目になって拗ねた銀時の肩を「まぁまぁまぁ」と、近藤が抱き寄せてやった。男の体ならセクハラものだが、女、それも美女は得だ。

「アンタもいいのか? 男に戻ってうっかりソレをやっちまった日にゃ、通報じゃすまねぇぜ?」

「いーのいーの。元に戻るまでのお楽しみって思ってるだけだから。俺だって、カワイイおにゃのこに触り放題、乳揉み放題なんてパラダイス、いつまでも続くとは思ってねーからサァ」

「旦那ァ。近藤さんだけ置いて行きません? なんだか妙にムカつくんでやんすが……いや、このままにしておく方が、余計に腹立つから、やっぱ連れていきやしょう」

はしゃぎ気味の女性(中身♂)達とは対照的に、男性(中身♀)らは複雑な表情を浮かべている。

「もしかしたら、一人、来ないかもしれないわね」

「猿飛もそう思っていたか。わっちも、それを危ぶんでいたでありんす」

「アイツ、幸せそうだったからな。小さい頃から男になりたいって思ってて、ようやく夢が叶って……姉御もなんだか嬉しそうだったアル。その、アイツがせっかく手に入れた幸せを、私達が取り上げてしまうことになるンだヨ?」

泣き出しそうな(但し、独眼竜のゴツイおっさんの姿をしている)神楽の頭を、銀時が「神楽は本当に優しい子だな。俺も、アイツに無理強いはしねぇよ」と囁きながら、撫でてやった。

「でも銀さん、どうやって九兵衛さんを説得するんですか? 九兵衛さん、道場での腕前といい、姉上とのおつきあいといい、もう、ブイブイ言わせてますよ?」

「そうだな、せめて……占ってみるか。当たるも八卦、当たらぬも八卦」

銀時は、坂本から貰った金を突っ込んでいた財布を、懐から引っ張り出した。
慰謝料も兼ねて、目いっぱい吹っかけたつもりだったが、全員分の航空チケットだけじゃなく、万が一にも刻限に間に合わないということが無いよう、ワープ割増し料金も惜しみなく払ったせいか、残りは僅かだった。
だが、あともうひと芝居打つ予算ぐらいにはなりそうだ。





「お侍さん」

女の声に呼び止められ、雨に打たれながら歩いていた柳生九、いや十兵衛は、ふと足を止めた。

「よろしければ、占いでもいかがですか」



【後書き】前々から「性転換して戻れなくなってから、占い師の格好で現れるまでの間、銀時はどうやって過ごしてたんだろう?」と疑問に思ってました。フードを外して顔を出したときの表情が、なんだか暗いというか影があるというか。で、勝手に「坂本の船にでも乗ってたりして☆」とか妄想してみました。よその星に駆けつけるだけの全員分の交通費や、あの占い師のコスプレにかかった費用なんかも、坂本にタカったと考えるのが一番てっ取り早いしね!……エロシーンで陵辱&産卵と趣味に走ってしまったのは、ご愛嬌ということで。
ちなみに今回登場したエイリアン『空蝉』は、前にもちょろっと登場させたことのあるオリジナルです。

なお、タイトルとストーリーのイメージは、CHARAの「あたしはここよ」より。
よろしければ、追記もどうぞ。
某SNS先行公開:14年03月02日
当サイト収録:同月3日
誤字訂正等:同月4日
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