当サイト作品『HAPPY TOY』を踏まえた、
劇場版銀魂『万事屋よ永遠なれ』のパロディです。
ネタバレを大いに含みますので予めご了承ください。
右手に心を
あれから、どのくらい経ったのだろう。
最初の数年は、一日過ぎる度に朽ちた柱に傷をつけて数えていたが、いつのまにやらその習慣も失ってしまった。ただひたすら廃墟を彷徨い、打ち捨てられている車や機械から手当たり次第にオイルや蓄電器を抜き取った。オイルや電気がなければ活動することができない機械人形のためだ。
「うーす、ただいま。喜べ、ポンコツ。久々のハイオクだぜ……おい、もう少し日陰に寄らねぇと、熱がこもって中のコンピュが焼きつくぜ。まだ日が沈むまでには時間があるんだし」
そういうと、本日の収穫である錆だらけのガソリン缶を二本、高々と掲げてみせた。
「私のことはもういいと、何度も申し上げましたのに」
「そうはいくけぇ。おめぇは大事な、大事な人質様なんだぜ」
当初は、確かにそうだった。 だが、追っ手が無能すぎたのか、こっちの隠れ方が巧みすぎたのか、見つけてもらえぬままになっていた。焦れて、わざと見つかるように町中をうろついてもみたが、皮肉にも、それによって白詛のウィルスがバラ撒かれ、辛うじて生き残っていた人々をも一掃する結果となってしまった。
「私は、もういいんです。それよりも、銀時様が、何か召し上がらないといけません」
ビデオカメラの頭部に黒スーツ姿の映画泥棒……いや、時間泥棒ことタイムマシンがそういうと、ぎくしゃくとした動きで、金属製のタライを差し出した。慢性的なエネルギー不足でロクに動けないくせに、食料を調達してきたのだろうか。どれどれ、と覗き込んでみると、枯れかかっている葉っぱや、瀕死の蛇やトカゲが入っていた。
「ナニコレ、なんの嫌がらせ?」
「蛋白質とビタミンが採れます。毒はありませんから、ご安心ください」
「いや、そうじゃなくてよ。おめぇ自身がエンスト寸前だっつーのに、わざわざ動き回ってこんな」……と、罵りかけたが、ふと溜息をついてその続きを飲み込んだ。代わりに「しゃーないよな。ここ最近、人間どころか、あんだけいた筈のカラスやネズミすら見かけなくなっちまったもんなァ」と呟く。それは、餌となっていた人間の死体が食い尽くされたせいなのか、それとも不治の病が鳥や獣の類いにまで広がり始めているのかは分からないし、知りたくもない。
少なくとも爬虫類は、ついさっきまでこの地球上で生きられたということだ……せめて串のようなものがないかと周囲を見回すと、倒れている自転車が目に付いた。タイヤのスポークは錆びかかっているが、素手で折り取るにはそのぐらい劣化しているのがちょうどいい。
カレー粉か、せめて醤油が欲しいところだが、それどころか塩すら無い環境で贅沢は言えない。蛇の首を掴むと、弱々しく腕に巻きついて最後の抵抗を試みてきた。
「すまねぇな」
蛇の目と目の間に、即席の鉄串を突き刺す。ぐったりしたところで、鮎の躍り串の要領で串を打った。トカゲも同じように串刺しにする。悪趣味極まりない光景だが、それでも焚き火にかざして皮が焦げる臭いが立ち上り始めると、ここ数日何も食べていないことを思い出して、腹が鳴った。
「我ながら、命根性汚くて呆れるね」
焼けて爆ぜた皮を剥くと、うっすら透き通った薄紅色の肉がのぞく。もうちっと火を通さねぇと腹を壊しちまうな……何度となく死にたい、死ぬべきだと考えていたくせに、なんで今更腹の具合なんか気にしてるんだか。いや、銀時自身というよりも、銀時の体を支配しているナノマシンが、勝手に死ぬことを許してくれないのだろう。笠を脱ぎ、頭部を覆っていた布をほどく。瓦礫にどっかと座り込んでかぶりついた蛇肉は、ゴムのように固かった。
時間泥棒はその正面の地べたにお行儀よく正座して、劣化して真っ黒い汚泥のようになっているガソリン缶の一つに、ストローを刺してじゅるじゅると吸い上げている。
「あんだけヒントをやったのにな」
「はい?」
「ホレ、せっかく謎に近づくような露骨なメモを残して、タイムマシンという餌をチラつかせて、分かりやすいラスボスがいた方がいいだろうと考えて、こんなクッソ恥ずかしいコスプレ衣装までちくちく地道に作ったっつーのに、なんでここまで辿り着けなかったんだ、あのバカは」
「ああ、過去からお連れした銀時様のことですか」
「ガキどもや真選組や……吉原の連中や柳生一門、忍者まで動員したくせに、なんでこんなに目立つ、分かりやすいアジトを見落とすかなぁ」
「灯台下暗しとはよく言ったものですね」
「暗すぎるわ。アホすぎるわ。それともアレか。諦めたのか? 過去の俺は、元の世界に帰るのを諦めたのか? 珍宝さんとして生きることを受け入れちまったとか? それとも正体がバレて、銀さんが帰ってきたーヒャッホーとか言って、勝手にハッピーエンドぶっかましたのか? ちょっとオマエ、いっぺん少し過去まで戻って、連中の様子見て来いや。ついでに、もうちょい分かりやすいヒントやって来い。なんだったら、実はおめぇにGPS積んでましたとでも何とでも言って、直接アジトまで誘導しちゃえ」
「なるほど、確かにGPSがあったなら確実ですね……でも、もう、タイムスリップできるだけのエネルギーがありません」
「え? 今拾ってきたコレじゃ足りない? もう一本飲んでも?」
「はい、残念ながら」
「じゃあ、完全にこれでゲームオーバー? 冗談じゃねぇよ! このポンコツ!」
カッとして立ち上がり、時間泥棒の頭をひっぱたくと、ビデオカメラになっている頭部がぽろりと外れ……中から、色白で華奢な美少女が現れた。
「たま……? おめぇだったのか」
「とうにご存知だと思っていました」
たまこと芙蓉零號は静かにそう言うと、ぎくしゃくとぎこちない動きでビデオカメラと、一緒に耳から外れてしまったヘッドフォンを拾い上げた。
「全然気づいてなかったわ。気づいてりゃ、もうちっと寂しさも紛れてたろうに……つーか、おめぇはあのスナックに居たガンタンクだったんじゃなかったのか?」
「コアブロックは分離できますから、あっちの私も、まぎれもない私本人です。だって、銀時様と一緒に私も失踪してしまったら、不自然に思われるでしょう? だから、あえて私の半身を残しておいたんです」
「確かに、こんな色男と美少女が同時に消えたら、なぁ。似合いのカップル二人、末永く幸せに暮らしましたとか思われちゃ、誰も本気で探してくれないだろうしな」
芙蓉は「似合いのカップル、ですか?」と曖昧に笑ってみせると、銀時の横にちょこんと座った。銀時の肩回りをジャラジャラと飾る数珠と呪符が邪魔そうだが、お構いなしに凭れかかる。
やがて銀時が思い出したように、ぽつりと「何度目だ?」と、少女の桜色の耳朶に息を吹きかけるようにして囁きかけた。
「何度目とは、何が、でしょう?」
「ぶっちゃけ、俺は何度、こうやって世界を滅ぼしたんだ?」
「そんなこと……」と、目を逸らそうとする芙蓉の顎を乱暴に捉まえ「何度目なんだ?」と畳み掛ける。そのままじっと瑠璃の瞳を覗き込んだ。永遠と思えるほど長い時間の後、芙蓉は諦めたように「正確な回数は覚えていません」と答えた。
「世界をやり直すたびに、私の記憶装置も上書きされますので。ただ、消去されたデータを復元して、前の世界の記憶を引き揚げることは、断片的になら可能でした」
「ホントに何度もやってやがったのか。何度もやらかしてるんじゃ、俺がこうやって地球を滅ぼすのは、もう決定事項みてぇだな」
ため息を吐きながら、芙蓉の小さな頭を抱きかかえた。
そういえば、発病してから数年もの間、こうやって誰かに触れたことは一度も無かった。自分は地球に疫禍をもたらした忌まわしい存在だから。誰かを愛し、愛される資格など無い『鬼』だから……人工皮膚の不自然にぐにょぐにょした軟らかさとその下の鋼鉄の冷たい体は明らかに人間とは異なる感触であるうえに、銀時の記憶にある柔らかな丸みのあるボディではなく痩せっぽちの少年のようなシルエットだったが、今はもう、そんなことへのこだわりは無く、ただただ、誰かを抱きしめるという行為に癒されたかった。
「新八様、神楽様に打ちあけて、何とかならないかと手探りしたのが、最初だった気がします。でも、お二人に銀時様を切り捨てることはできませんでした。まだ未成年であるお二人には荷が重過ぎたのだろうと、桂様や真選組の方々にも銀時様の処遇をお願いしたこともありました。つまり、タイムスリップで過去にお連れするので、昔の銀時様を殺してほしい、と。でも、当時白夜叉として名を馳せていた銀時様はお強くて、本当にお強くて、どなたも、何度やっても、太刀打ちできませんでした」
「そうだなぁ、俺ァ強いもんな。最強だもんな。なんせ世界を滅ぼした魔王だもんな」
「皆さん、銀時様への友情があって思い切れなかったのかもしれないし、訳も分からないまま殺されるとなれば銀時様も必死で抵抗されるでしょうから、宇宙へお連れすればいいのでは、と考えたこともあります」
「たま、もういいよ。あんまりしゃべると、バッテリーが減るだろ。もう、歩いて行ける範囲にゃ、オイルもバッテリーもねぇんだ。その、分かったから、もう、黙ってろ」
今使っている電力が尽きれば、最後にこの手に残った機械人形まで失ってしまう。後に残るのは、烏一匹居ない、文字通り死の世界……それは耐えられない恐怖だった。
だが、芙蓉は小さくかぶりを振ると「坂本様にお願いしたのと、高杉様にお願いしたのと、どっちが先だったのでしょうかね。データが断片的すぎて、はっきり分かりません」と、語り続けた。
「思い出そうとすればするほど、記憶がおぼろになってしまうんです。本当にオンボロのポンコツですよね、私って」
「いいから、黙れって」
「坂本様は、攘夷戦争の終わった直後、宇宙に出ると打ち明けた時に……銀時様が一度は断ったのを、過去の坂本様にお願いして、無理矢理、連れ出していただいたんです。快援隊の一員として宇宙に飛び出し、私も銀時様に同行してカイエーンのサブコンピューターとして銀河を駆け巡って……その世界では、銀時様が新八様や神楽様といったかぶき町の方々にお会いすることはありませんでしたが、代わりにあちこちの星にたくさんの出会いがあり、たくさんのお友達ができて……十数年後、坂本様が白詛を発症いたしました。そして、寄港したあちこちの星でも。やがて坂本様が亡くなって、それを陸奥様に涙ながらに責められて……地球は護られたかもしれないが坂本様が死んでは意味が無い、代わりにお前が死ねば良かったのにと、他人の手を煩わせず、いっそ自分で自分を殺して来いと」
「いいから。んなもん、無理に思い出さなくていいから。あのクソババァ、怖かったろ」
ただでさえ気性の荒い陸奥が、敬愛する頭(かしら)を失って、どれほど激しく発狂し、その元凶をどんなに酷い言葉で斬りつけたのか、想像もしたくない。さらに銀時本人だけでなく、彼を宇宙に連れ出すように説得した機械人形も、陸奥の憎悪の的になったに違いない。芙蓉がヒステリックに叩き壊されなかったのは、単に、過去に戻って銀時を宇宙に連れ出すのを辞めさせ、この世界をやり直しさせるための道具として必要だったからに過ぎない。このような運命を運んできた女が憎くて、めちゃくちゃに壊してしまいたくて、でも、壊すわけにはいかないと理性と感情の狭間で懊悩する陸奥が、食いしばった歯の間から、嗚咽に聞こえなくもない荒い呼吸音を漏らす様が、まざまざと目に浮かぶようだ。
「黙っていても、ボロボロと記憶装置のデータが消えていくのが感じられるんです。だからせめて……聞いてください。それに、つらかったことばかりではありませんよ。感染する前に連れ出せばいいとの高杉様の提案で、まだ幼かった銀時様を宇宙へお連れしたのは、楽しゅうございました」
「高杉に? よく頼めたな。つーか、アイツのこったから、嬉々として俺をブチ殺すと思ったんだけどな」
「松陽様にお会いする前の銀時様を高杉様の戦艦にお連れして、私はその子守りとしてご一緒したんです」
「そうきたか。あいつぁ、先生が俺を構うのに嫉妬してたもんな。俺が居なきゃ、一番可愛がられてたのは自分だってよ……でも、先生に逢う前の俺ァ、正直、人間捨ててたんだぜ。その、大丈夫だったのかよ、色々」
「私は本来、芙蓉様の子守り役として開発された機械人形でしたから、子供の世話は得意なんです。ただ……銀時様を連れ出したことで、白夜叉様は存在しなくなり、その働きは無かったことになり……魘魅は倒されることがありませんでした」
「するってぇと?」
「過去を塗り替えることで、星潰しの異名を持つ魘魅によって、地球は潰されてしまっていたんです。高杉様も私たちも、地球から遠く離れていた数カ月の間、気づいていませんでしたが……ある日変わり果てた地球を見て驚き、高杉様が武市様から詳しい話をお伺いして、私たちの間違いを知りました。幼い銀時様をお連れすることで、銀時様が己の存在を失ってでも守ろうとしたかぶき町の方々や、高杉様が生涯をかけて復讐しようとした幕府が、最初から存在しない世界に塗り替えられていたんです。そのまま船に居てもいいと高杉様はおっしゃってくださいましたが、復讐という目標を失った高杉様は急に老け込んだようにお見受けし、心苦しくなって」
「……で、俺を元の時間軸に戻してきたんだな」
「はい。せっかく心を開いてくださり、無邪気な笑顔をみせてくれるようになった幼い銀時様と離れるのは、機械人形の私でも胸が張り裂けそうな思いでした。幼いながらも事情を理解し、再び捨てられて一人で生きて……いつか殺されるという運命を受け入れた銀時様のお気持ちも、どれほどお辛かったことか。おかわいそうな銀時様」
銀時に抱きしめられたまま、芙蓉が白魚の手を伸ばして、銀時の髪を撫でた。もう何カ月も風呂に入っていないため、汗と脂でギトギトになり獣臭を放っている毛髪を、愛おしそうに指に絡めたり梳いたりしている。その感触に酔い、より深く貪ろうとして、銀時は芙蓉が訴えている「ボロボロとデータが消えていく感触」が自分の脳内にも生じつつあることに気づいてしまった。
推察するに、全身を蝕んでいるナノマシンが地球人駆除という役目を終え、銀時という苗床を必要としなくなっているのだろう。
「たま、まだ正気が残ってるうちにいっとくが、俺ァ、ぼちぼち坂田銀時でなくなるみてぇだぜ。最後の最後におめぇにも何すっか分からねぇから、離れておけ。もし、俺が狂ったら、せめておめぇの手で殺してくれ」
「無理です」
「無理ですなんて、可愛いこと言ってんじゃねぇよ、畜生。そうだ、さっきのハイオク、もう一缶残ってたろ。あっち行って飲んで来い。さんざっぱらしゃべって、エネルギー使っちまっただろ?」
「だから、無理なんです」
芙蓉が泣き笑いのような表情を浮かべていた。
腰の辺りを指差しているので見下ろすと、己の足や腹から、無数の長い糸のようなものが飛び出していて、芙蓉の肌に絡み付いていた。遅かったのだ。自分が芙蓉に甘えて、その体に触れることを欲していたことがナノマシンを促したのか、それとも逆に、あの衝動自体が、そもそもナノマシンによる誘導なのか。
「まだ、配線が絡まってる程度だろ。んなもん、俺に遠慮せず引きちぎれや。飲み込まれるぞ」
「大丈夫です。私の機能が停止しても銀時様が寂しくないように、こちらのビデオカメラ部分に映像を残してますから。この充電ハンドルを手で……回して、見……」
「はぁ? ビデオカメラに? もしかしてビデオレターか? バカか、バカですか、オマエはっ! 俺に、そんな過去の遺物見て暮らせってのかよ。この地球でたった一人になって、こんな玩具みたいなのキコキコさせながら、生きろっていうのかよ……っ!」
「銀時様の、秘蔵ポルノDVD……」
「って、そっちかよぉおおおおおおおお! キコキコじゃなくて、シコシコかよぉおおおお! こんのポンコツぅううう!」
銀時は爪先から腿、腰へと感覚が無くなっていくのを感じていた。生身の部分が壊死し、自分自身が機械仕掛けになって芙蓉を飲み込んでいく。やがてその感触は両腕へと上ってきて、腕の中の少女を完全に食い尽くしてしまうだろう。魘魅の呪いは、本当に最後の一人まで、人間に止まらず、機械人形の果てまで、この腕に抱くものすべてを奪い取ろうというのか……そこに、パシャリという音がした。
「銀時様の激レア泣き顔写真、ゲーット!」
「アホかぁあああ! この後に及んで、なにしょーもないコトしてんだ!」
「そういえば、前にもこんなことがありましたよね。ほら、金時様の洗脳で皆さんが銀時様の存在を忘れた時の……あのときも、銀時様は一人きりになって……あのまま、皆さんに忘れられたまま、私たち二人で宇宙の果てにでも行けば良かったんでしょうか? あの時、充電用の枕なんて取りに行かなければ良かった」
ナノマシンの浸食の影響なのか、芙蓉の声に、選局ダイヤルがずれたラジオのような雑音が混ざり始めていた。芙蓉の頬にも、忌まわしい文字のような痣がうっすらと浮かび上がってくる。
「過ぎたことを悔やんでもしゃーねぇよ。タイムマシンはもう来ねぇんだろ。時間は戻らねぇ」
「でも、私は嬉しいんですよ、銀時様。ずっと銀時様は人間で、私はガラクタだったのですから。でも、今、こうやって一つの体になることができるんです。ですから、銀時様も笑ってください」
「馬鹿、それでおめぇが飲み込まれて消えちまったら、意味ねぇだろ!」
「銀時様って、怒った顔も素敵」
「てめぇ!」
ぶん殴ってでも引き剥がすべきだろうかと思った矢先、急に、腕の中の芙蓉の質感が『薄く』なったことに気づいた。
ナノマシンに感触を乗っ取られて、皮膚感覚を失っていくのとはまた違った喪失感。慌てて見下ろすと、芙蓉の肢体の端から淡く輝き、そしてうっすらと透けて消えようとしていた。
「は? たまさん、コレハナンデスカ?」
「エネルギー不足で、もうタイムスリップができないと思っていたんですが……銀時様と融合することで、思いがけず銀時様のエネルギーを拝借することができました。もう一回か二回なら、飛べそうです」
「え? あ、ああ、なるほど。そういうことなら吸え。遠慮せず、全部吸い尽くして持ってけ。どうしたら一番効率がいいんだ? どっか吸いたいとこあるか? ちんこか? ちんこ吸うか? 正直、もう腰から下の感覚ねーけど頑張っちゃうよ、銀さん。あ、乳首はまだ無事かも」
「でしたら……キスしてもよろしいですか?」
「お、おう」
まるでファーストキスのようにどぎまぎしながら、目を閉じてそっと唇を重ねてやる。ふにゃっと不自然に軟らかい人工物の感触がしたが、その唇を味わおうとすればするほどその存在感が儚く、淡くなっていき、目を開けた時には、芙蓉の姿は日が暮れかけた金色の陽光の中、完全に消えていた。芙蓉に乗り移ろうとしていたナノマシンの触手が、新しい宿主を見失ってオロオロとしている。
「今度はたまを乗っ取って、新しい星でも潰しにいくつもりだったんだろーが、おめぇらも俺と一緒に、ここで孤独に朽ち果てるんだ。ざまぁみろ。それぐれぇの意趣返しはしてやんねーと、俺も浮かばれねぇや」
つーか思うんだけど、ゲームん中で勇者に倒されるのを待ってる魔王の気持ちって、こんな感じなんだろうな。
何回もリセットされて『ぼうけんのしょ』を書き換えて。うん、もし今度、ファミコンする機会があったら、魔王にはちょっとだけ優しくしてやろう……ただでさえ夕闇で見えにくくなっているうえに、テレビの砂嵐混じりの画面のようなノイズが混じり始めた視界で、銀時は自分の体が透け始めているのをぼんやりと眺めていた。意識も虫食い状態になって思考がうまくまとまらず、それが何を意味するのか、なかなか理解できなかったが、やがて彼女……タイムマシンがうまく過去に干渉して、この世界もようやくリセットされるのだと悟った。
次の世界こそは、うまく殺れよ。
※ ※ ※
未来の世界で『魘魅』を倒し、そして過去の自分をも殺した銀時は「過去に殺された自分は現在には存在しない」というタイムパラドックスによって、その存在を失ってしまった。それを見送り、これでようやく自分の使命は終わったのだと、時間泥棒……芙蓉は脱力して草むらにへたり込む。
何度も時間軸や世界線を跨いでいるために混濁気味の記憶から、銀時に関する情報をできる限り抽出しては、忘れないようにデータをフォルダ分けしてバックアップすることを繰り返した。ふと、唇に触れた何かが触れた感触を思い出す。そう、あれは前の世界。荒れた肌の感触か無精髭なのか、やけにざらざらしていて、妙に塩っからくて、しかも生臭い匂いまでして……それでも、いや、それこそが、あの方が生きていたという証に感じられて、愛おしい。
今のエネルギー残量ではもう、タイプスリップして世界に関与するだけの余力は無いが……このままでも、少なくとも未来へなら行ける。ここへタイムスリップする前の、ある一定の時間軸にまで辿り着けば。そして、正確にその時間に目覚めて、アクションを起こすことが出来るならば……このタイムパラドックスを解いて、再び彼の存在を取り戻すことが出来るだろう。少なくとも、計算上は可能だ。
十五年後のある特定の日時、分、秒……芙蓉は慎重にタイマーをセットした。
さらに十五年の間、誰かに見つかって勝手に自分の体が処分されることが無いように、隠れ家を確保しなければ……誰も手を触れない場所といえば、祠か墓場あたりだろうか……芙蓉は『冬眠』の準備を終えると、今となっては唯一、銀時がかつて存在していた物証となってしまったフィルム片に、そっと口づけた。
(了)
【後書き】劇場版を見た直後に思いついて……ようやく書き上げました。タイトルはCharaの「タイムマシーン」(1997年)の歌詞の一部より借用。
劇場版主題歌の「現状ディストラクション」で「愛されちゃいない、そのぐらいでいい」と歌っていたので、それに対するアンサーソング的な? 脳内でこの曲をリピートしながら書いていました。
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