当サイト作品『熏衣草』の続編。
稲×八前提です。予めご了承ください。
節分草
「巻き寿司売ってたから、買って来たぞー」
そう言いながら放課後の部室に入って来たのは、三年生の大川だった。
「アンタ、引退したんでしょうが」
新部長の依田が、呆れた口調でそう言う。
木野が「うまそー」と飛びついたが、円山が不思議そうに「なんで、巻き寿司?」と首を傾げた。
「ん? 今日は恵方巻きの日だからって、ガッコの前に移動販売が来て売ってたぞ」
「なにそれ?」
「んー巻き寿司をこう、丸かぶりするといいんだってさ」
「へぇ?」
それを聞いていた八軒が「そういえば、札幌に居た頃に食べたことあるな。母さんが買って来てた」と呟くと、部員一同「えっ、札幌で流行ってるの!?」と騒ぎ始めた。
「いや、札幌の行事じゃないから」
恵方巻きは近年になって有名になった大阪派生の節分イベントであり、色々ともっともらしい由来は説かれているものの、バレンタインでチョコレートを贈るのと同様、仕掛けられた販促キャンペーンだ……と、八軒が説明したものの、皆は既にノリノリになっている。
「これ、ただ食べるんじゃなくて、なんか作法あるんだろ?」
円山が思い出したようにそう言うと、既に巻き寿司にかぶりついていた木野が、目を丸くして固まった。
「作法っていうか……確か、恵方を向いて、無言で丸かぶりするんじゃなかったかな。今年がどっちの方角はか知らないけど……そんなふざけた食べ方は下品だって父さんが叱るから、ウチじゃそういう食べ方したことは無いよ」
「下品? まあ、立ったままとか、皆同じ方向むくとか、あんまり行儀良くないしな」
一同、納得いったような、いかないような、ビミョーな顔をしていた。やがて依田が「そういや、芸者の宴会芸じゃなかったっけ。太巻き頬張らせるってやつ」と呟く。
「ああ、なんかエロいと思ったら、そういうことか」
大川が真顔で頷き、巻き寿司を構えてイザくわえようとしていた八軒が、ブッと吹き出した。一方、女性陣の御影と栄は何故巻き寿司がエロいのかを理解できなかったようで、きょとんとした顔で、もっさもっさと太巻きを咀嚼し……飲み込む前に、うっ、と呻いて口元を押さえた。先発していた木野は、とっくにゴミ箱にソレを吐き戻している。
「うげっ、ちょ、なにこの巻き寿司!」
「いや、だから門の前で、八軒のお兄さんが売ってた……」
「移動販売って、殺人焼きそばの人かよ!」
「あんのクソ兄貴ぃいいいい!」
芸者ネタで吹いたのが幸いしたようだ。八軒以外の一年生は軒並み、殺人太巻きにブッ倒れてしまった。
「吐いたから大丈夫だと思うけど、念のため保健室行かせとくわ」
依田が後輩らを連れていくのを見送り……部室に残された八軒と大川は、気まずそうに顔を合わせた。
「いや、見た目が美味そうだったから、皆に食ってもらいたかっただけ、だったんだがな」
「先輩に悪気はないのは、皆、分かってくれてるとは思いますよ、多分」
「豊西の分もあるんだけど……捨てた方がいいよな」
「当然です」
むしろ豊西先輩に先輩の太巻きでも……と軽口を叩こうとしたが、二人が付き合ってるのかどうかの真相は知らないので、八軒は慌ててその台詞を飲み込んだ。
「口直し……って言っても、改めて買いに行くには、この雪だしなぁ」
パイプ椅子に逆向きに座った状態で、背もたれを抱くようにしてショゲてしまった大川が妙に可愛らしく見えて、八軒はその頭を撫でてやりたい衝動に駆られた。つい、引き込まれるように手を伸ばし、恐る恐る触れる。大川の髪質はごわごわしていたが、整髪料のべたつきは無かった。
「何かつけないんですか?」
「は?」
「あの、髪。先輩、クセっ毛だし」
「おまえらに会うのに、わざわざセットする必要もないだろがよ」
「まあ、そうなんですけど」
整髪料は自分じゃ付けないけど、あの匂いは嫌いじゃないっていうか。多分、稲田先輩を連想するんだろうな……しばらく会ってないし。いや、西川もベタベタつけてるけど、なんか違うってゆーか……などとぼんやり考えながら、指の間を通る髪の毛の感触を貪っている。
「つーか、セットしてて、そんなにぐしゃぐしゃにされたらキレんぞ、フツー」
「あ……そうか。そうですよね、スミマセン」
「いや、セットしてないし、俺は別にいいんだけどさ」
大川は顔を上げると、怯えて手を引いてしまった八軒をチョイチョイと招き、近寄ってきたとこを手を伸ばして、頭を撫で返してやった。
「慰めてくれて、サンキュな」
大きな掌で撫でられる感触が思ったよりも心地好くて、八軒は大川の前にしゃがみ込んだ。
「なんだ、もっと撫でてほしいのか? 犬かオメーは」
「犬でもゴミムシでも、なんでもいいです」
「そかそか」
椅子をひっくり返すと、大川は八軒に向き直った。膝で挟むような格好で、まさに犬猫にするように両手で八軒の頭を揉みくしゃにし、ついでに「よーしよしよし」と、屈託なく頬ずりまでした。
「くすぐったい……」
そう呟きながらも、八軒は大川を払いのけるどころか、腕を相手の首に巻き付けるようにしてすり寄っていた。広い胸の中に体がすっぽり包まれる。
「ハイハイハイ」
ぽんぽんとあやすように背中を叩かれ、甘えかかっていた八軒が、なにげなく視線を下ろした。
「あの……もしかして先輩、タマってんの?」
「はぁ?」
「だって、コレ」
指差した先で、ジーパンがパツパツに突っ張っている。大川が、さすがに気まずそうに頭を掻いた。
「あー…その、抱きつかれて、ちょっと、な。人肌っつーか、なんつーか。別にそーいうつもりじゃないから、気にすんな、ってゆーても、こんなん、キモいわな。ごめんな」
「別に、先輩のことは嫌いじゃないし、イヤじゃないけど」
そう囁くと、内側からはち切れそうに膨れ上がっているものを、布越しに撫でる。指先でソレの形を感じて、当初は子供返りの気分で甘えかかっていた八軒も、少なからず劣情が込み上げて来るのを自覚できた。
「ちょ、触んな」
「え、いいじゃないですか。可愛い」
「可愛いってなんだ、可愛いって……怒るぞ」
「褒めてんのに。ヌいてあげましょうか? 苦しそうですよ」
「え、いや、いいよ。右手が恋人だし。お前は好きなヤツ、ちゃんといるんだろ?」
「まぁ、一応……」
いるけど、長いこと会ってないし、連絡もしてないから寂しくて……と言いかけて、大川が想定する自分の「好きなヤツ」とは御影のことかもしれないと思い当たって、言葉を濁す。八軒が俯いてしまったのをどう解釈したのか、大川は「その、俺で良けりゃ、胸ぐらい貸してやっけどさ」と、気まずそうに赤面した顔を背けながら、ボソッと吐き出した。
「胸っていうか、コレ……いい?」
「どこでも好きにしろよ。それで気ィ済むんなら」
よく考えたら先輩のカラダを性欲処理に使いたいってことだよな。ものすごく失礼なんじゃないだろうか……と思いつつも、食欲にも似た情動が押さえ切れずに屈み込んだ。
「んと……手でいい?」
「ん? いや、くわえんのはさすがにイヤだろ。好きにしていいって言ったんだから、好きにすりゃいーだろ」
「そうじゃなくて、ジッパー開けるの」
「え? それは手だろ、フツー。口で開けるって、どこの風俗嬢のテクだよ」
「そっか」
トップボタンを外してジッパーを引き下ろし、トランクスからじっとりと熱っぽいソレを掴み出した。自分にもあるものだし、他人のだって風呂場で毎日のように目にしてるのに。理屈ではそう冷静に分析できても、引き返せない。ふらふらと釣り込まれるように唇を寄せた。
「ホントの恵方巻きだな。恵方って、どっちだっけ」
「だから、知りませんって」
「そか。太巻き美味しい?」
美味しい訳ないだろと言い返したいところだが、舌で感じる塩辛さも、口の中に広がる生臭さも、劣情を煽りこそすれ、嫌悪感は沸いて来なかった。これって浮気、だよな。でも、仕方ないじゃないか、三年だからって会えないんだもの。メールだって来ないし。いや、こっちからも送ってないけど、それは忙しいだろうからって敢えて遠慮してるんであって……でも、三年でも大川先輩なんかはこうして遊びに来てくれるのに。だから、仕方ない、んだよ、多分。
「おい、泣いてんのか? からかって悪かった。嫌だったら無理すんなよ?」
「……いやじゃない」
そう呟くと、半ば意地になってしゃぶりついた。浮き上がっている血管を一本一本なぞるように、ねっとりと舐め回す。
「うわ……なんか気持ちよ過ぎて出そうなんだけど。そろそろ口、離しとけ」
髪を掴むようにして引き離そうとしたのを、首を振って拒み、さらに深く銜え込んだ。
「あ、ばか……出ッ……」
本当に溜まっていたのか、想定よりも大量に溢れた。飲み込み切れなかったものが、唇の端から筋を作って垂れる。
「あーあ」
ボヤきながら、大川が指先で、顎を拭うようにして掬った。本人はティッシュか何かで拭き取るつもりだったようだが、八軒はその指に食いついて舐めとった。
「こらこら、汚いぞ」
「でも、美味しい、よ」
「んなわきゃねーだろ……何めんこいこと言ってんだコノヤロー」
そーいえばそうだな、初めてんときは不味いとか思ったんだよな。エロ本とかでは美味しいとか言ってたのにって、不思議に思ったぐらいなのに。そんだけ飢えてたのかな……と、軽く自己嫌悪に陥りかけたが、それにかぶせるように「おまえホント、めんこいなーいい子、いい子」と、もみくしゃに撫でられ、額や頬にめちゃくちゃにキスされた。
「いい子じゃないもん、悪い子だもん」
「ハイハイ」
悪い子だから下の口でも食べたいな、と言いかけたところで、バチッと後頭部に痛みが走った。
さらにバチンと音がして「イテッ、てめぇコラ!」と大川が喚く。その視線を辿って振り向くと、呆れ顔の依田が馬上鞭を手に、仁王立ちしていた。
「最近の八軒は様子おかしかったし、大川先輩はあーいうの免疫無いだろうし、二人だけで残して来たから、もしかしてヤバいかも……と思ったら、案の定だよ。先輩、八軒に引っ張られたんでしょ。一年坊全員、保健室に置いて来て正解だったワ」
「いやぁ、その、コイツのせいじゃないって。つい、デキゴコロってヤツ。あと、恵方巻きの原点回帰っていうか?」
大川は出しっ放しになっていたモノを収納しながらヘラヘラと笑ってみせるが、八軒は自分の仕出かしたことを今さらのように自覚して、赤くなったり青くなったりしていた。
「なぁにが恵方巻きだよ……八軒、大川先輩に乗り換えるの? まぁ、この人だったら、うっとーしくなるぐらいに、目一杯ひつっこく構ってもらえるとは思うけどさ。受験組と違って、この時期でもヒマだろうから、毎日でも会ってくれるだろうし」
「その……そういう訳じゃないけど」
「そそそ。浮気とか乗り換えるとか、そーいうんじゃなくて、ただ単に最近タマってんのを性欲処理しただけだから。オナんのに、ちょっとカラダを貸しただけっつーか。なぁ?」
いや、庇ってくれているのは分かるんだけど、そうアッケラカンと言われてもビミョーに凹むんだけど……とは口に出して言えず、依田の「そうなの?」という訝しげな視線に晒されながら「はぁ、まぁ」と、煮え切らない態度で呟いていた。
その日の寮の晩ご飯では「節分だから」と太巻きが出されたのだが、丸かぶりをしようとして何やら色々思い出した八軒は、吐き気を催して食べられなくなり、その貴重な食料を別府に譲ってしまった。
そのせいでその晩、腹が鳴って眠れなかったのは自業自得だろう。
To be continued
【後書き】節分だから、太巻き食べてもらわなくちゃ! と張り切って書き始めたものの、ターゲットを大川先輩にしたら筆が停まってしまって間に合わなくなった件。
タイトルはキンポウゲ科の花。花言葉は「人間嫌い」「気品」「微笑み」なんで、ちょっと内容と合わないかもしれませんが、他に適当な花が見当たらなかったので。 |