朔日草【2】


せっかくだから、DVDでもこっそり持ち寄って二年ヌキでもしようと盛り上がったのは、年越しメンバーが全員、男子だったからだ。女子は夜中に自室を抜け出して集まろうなんて、リスキーなことに情熱を燃やしたりしない。せいぜい、自室に(夜間ご禁制の品の)携帯をこっそり持ち込んで、意中の男子に『あけおめメール』を送ろうと画策する程度だろう。

「相川、牛のエロビデは要らないからな」

「そんなのは無いよ! いや、出産シーンをエロといえるなら、一応有るといえるのかな? 見る? 牛のマ○コ映像」

「いっやっだっ! 断じて嫌だ! 全力で嫌だ! 出産はもうたくさんだーっ!」

「マ○コに手突っ込み放題だろ。フツーは無いぞ、そんなシチュエーション」

「何が楽しくて、血まみれの内臓に手ェ突っ込まなきゃいけねーんだよ! しかも、中からデロッデロのホッカホカのグニャグニャが出て来るんだぞ、無理無理無理!」

「落ち着いて、八軒君。出産だけじゃなくて種付けの映像もあるから。これならちゃんとしたエロでしょ?」

「嫌だぁああああ!」

泣き喚く八軒を、西川が抱きかかえて「ハイハイハイ。冗談だから、牛のは映さないから、落ち着け」と宥める。

「というか、八軒だったら人間の種付けも、刺激の強いのはマズいかもしれないなぁ」

「そういえば前に、エロ漫画のそんなに過激じゃない描写でも拒絶反応起こしてた」

「あらま。厳選しなくちゃいけないねぇ」

とりあえず皆でコレクションを幹事の別府の部屋(ということは自動的に八軒の部屋でもある)に持ち寄り、床に広げてみた。八軒は、パッケージをチラッと見ただけで露骨にイヤな顔をしている。

「ハチ、実践ではススんでるのにな」

西川がボソッとツッコんだが、八軒は真顔で「だから、先輩以外はイヤなんだって。他人の見るのも、ちょっと」と返した。

「慣れとけよ。もしかしたら、アキちゃんとか他の女の子と、こーいうことになることが、あるかもしれないだろ。だから、こっちの方も勉強しとけ」

「勉強……うん、勉強だと思えば。頑張る」

それでも八軒は、吐き気をこらえるように口元を押さえている。
そうだよ、女の子とのことも勉強しなくちゃ……先輩だって、女の子と駅前の店でデートしてたって、寮の食堂で、女の子がそんな話をしてたって、吉野が。稲田先輩、俺にはメールもくれないのに、女の子とは会えるんだ、そうなんだ、畜生。

「あら、八軒、つわり?」

「んなきゃねーだろ!」

振り向いた先に、多摩子が居た。シレッと男子部屋エリアに現れるのは、相変わらずだ。なぜか、己のキラキラに彩ったデコケータイを指でつまんで、プラプラとさせている。

「八軒、こっちの年越しに参加するの? まぁ、アンタも男子だしね。じゃあ、断っとく」

「えっ? 何を?」

「兄さんとこでお節食べようって思ってたの。八軒が一緒なら、行っても良いっていうから」

ディスプレイのドットの荒い文字が目に飛び込んで来て、それが稲田からのメールの表示だと気付いた途端に、心臓がバクバク鳴った。一瞬で、女子生徒とデート云々という噂は、八軒の頭から吹っ飛んだ。やっぱり、先輩は俺のこと忘れてなかったんだ。そうだよ、あんな与太話、何かの間違いに決まってる。

「えっ、ちょっ……先輩んち? 行く! そっち行く! 是非とも行かせてください、お願いします、多摩子様」

ひれ伏して多摩子のスカートにしがみつき、しまいにはスリッパを舐めんばかりの勢いで、八軒が頼み込む。

「ハチ、おまっ! 裏切り者っ!」

「えー。ハチと西やんが残るっていうから、企画したのにー」

「いいじゃん、こんだけメンツが居たら、それなりに楽しめるんじゃね?」

「僕、八軒君が参加するっていうから、残ったのになァ。まぁ、いいや」

皆が、苦笑いしながら「だったら、過激路線でもいいかな」と、ビデオを選び直し始めたところで、常磐が「でも、外泊許可下りるかな? こないだの外泊で罰掃除くらったばっかだべサ」と首を傾げた。このあたり、罰掃除のプロ(?)たる嗅覚が働いたようだ。

「あら、そうね。先生に確認してからにしましょ?」

さすがの多摩子も、それは想定外だったようだ。




その結果。常磐の予想通り、あっさり八軒の外出許可は却下を食らった。理由はいわずもがな、だ。あのバカ兄貴のせいだと責任転嫁したいところだが、虚偽の申告をしたこと自体は八軒自身の責任なので、如何ともし難い。
多摩子もさすがに、ぬか喜びが大き過ぎただけに申し訳なかったようで「兄さんのお節貰って来てあげるから、泣くんじゃないわよ。それとも届けに来させる? 逢いたいんでしょ」と、打ちひしがれている八軒の背中をさすってやったほどだ。

「えっと、届けに来てくれる方向で」

「ハイハイ」

一方、二年抜きグループは「ハチが参加するんだったら、もう一度選び直しだなぁ」「もう面倒だから、そのまま上映しちゃおうぜ」などと、口々に勝手な事を言っている。
年末の大掃除を終えて大晦日、食品科の連中はお節作りでそこそこバタバタしていたようだが、そうでない連中は割とすることもなく(夜中の上映会に備えて)昼寝などをしていた。八軒も部活で依田相手に「先輩んちに行けない」とクダを巻いていたが「ハイハイ、だったら、うちにも来れないでしょ?」と軽くあしらわれて帰ってきてからは、拗ねてベッドに転がっていた。

夜の点呼と見廻りが終わり、消灯され……そこからコソコソと、トイレを装って各々の部屋から抜け出し、別府の部屋に集結する。まだ年越しの前だというのに、既にお節の重箱が広げられ、つまみになっているのは北海道ルールである。

「全員揃った? じゃ、さっそくイくよー…ヌけそうなのは後にしてるから、最初は西やんイチオシのコスプレもので」

「待て、これ、俺のじゃねぇよ!」

寮の各部屋にテレビは無いが、西川の私物のポータブルDVDデッキを使う。画面は小さいが、薄暗い部屋でもくっきりと映っていた。コミカルな音楽と素人くさい演技は、劣情よりも失笑を誘う。

「俺、見張りでいいわ……先生来ないか、見とく」

八軒はそれでも気がのらないようで、入口ドアに近い辺りまで離れたうえで、画面から目を逸らしていた。さらに、女の喘ぎ声が聞こえ出した辺りで、耳を塞いでしまう。

「八軒君、これでもダメ? 顔色悪いけど、大丈夫?」

薄暗い室内でお互いの顔もよく見えない(というか、照れくさくて見たくない)状態で、相川は八軒の様子に気付いたらしく、そっとにじり寄ってきた。

「うん、なんか気持ち悪い。その、色々思い出しちゃって」

「吐きそう? ちょっとトイレ行こうか」

「西川は?」

「DVDの操作してるから、手が離せないみたいだね」

そういうと、相川は八軒の腰に手を回して来た。セクハラかよ、と突き放したかったが、ひとりでは歩けないほどフラついているのは確かだ。

「意地張らないで、もたれていいんだよ。ほら、僕が貧血の時に、八軒君が助けてくれてるでしょ?」

確かに、血を見るような授業ではそういうこともあったけど、今さら返してもらうような大恩でもないような気がする……が、反論する言葉も出ないまま、トイレに辿り着いた。大便器に屈み込んだが、晩飯はとうに通過済みだったようで、固形物は出て来ない。

「いっそ吐いたらスッキリするのに」

「そうだねぇ。水でも飲んで吐く?」

「なにそのマーライオン」

それでも、胸が圧迫される感触がして、胃が何か吐き出そうとうねっている。

「苦しい? ズボン緩めたら?」

「うわ、なんか身の危険感じる」

「酷いなぁ」

そう言いながらも、確かにベルトをきっちり締めているのは苦しかったので、バックルを外し、ついでにジーパンの前ボタンを外す。

「前、全開にしてても、僕は別に気にしないから、遠慮せずどうぞ」

「さすがに俺が気にするわ!」

「元気が出て来たみたいだねぇ。それはそれで結構なことだけど」

相川がクスクスと笑いながら、背中をさすってやる。その掌の感触が心地よくて、おとなしく撫でられるがままになっていた。そのまま、ふわふわと抱き取られる。

「でも、吐き気がするほど嫌がってる割には、ここは反応してたんだ?」

「えっ?」

気付くと、ズボンの上からさすられていた。

「あっ、やだ……どこ触ってんだ、バカッ!」

相川の長い手足に絡まれて動けない。なんとか身をよじって逃げようとしたが、その前に腰から膝の力がガクッと抜けて、へたり込んでしまった。

「ちょっ、冗談だって。ホントにイッちゃった?」

相川もそのリアクションには驚いたらしく、慌てて引っ張りあげて立たせようとした。八軒はその手を力一杯引っ張り込むと、もう片手を振り上げて目一杯相川の頬に平手打ちをブチかます。

「いたっ……ちょ、八軒君、そんなに怒らなくても」

その騒ぎが聞こえたのか、遠くから「こらーっ! 何を騒いどるー!」と喚く宿直の教師のダミ声が聞こえて来た。

「ヤバッ、八軒君、逃げよう」

だが、八軒はそこから動けなかった。視界では、揉み合いの際にポケットから落ちたらしい自分の携帯が、メールを受信して点滅していた。そういえば、預けるのを忘れてたんだっけ……いや、もしかしたら意図的に忘れたことにしていたのかもしれない。送信元は稲田先輩、件名はディスプレイ上部に『明けましておめでとう』と、スクロールしていた。すげぇ、時間通りに届くなんて、奇跡じゃん……うん、愛の力だな、と思うと、八軒はぶわっと泣けて来てしまった。

「どうした、八軒。喧嘩か? ん? こら、なんで携帯電話を持ってるんだ」




喧嘩、携帯電話の夜間所持にエロDVD鑑賞会と、見事なまでのコンボが決まり、八軒と愉快な仲間達は、罰掃除だけでなく外部との面談も不許可になった。

「せっかく、兄さんに持って来てもらったのにねぇ」

多摩子が苦笑いしながら、職員詰め所で待っていた兄から包みを受け取った。多摩子と八軒の二人分だが、重箱は一セットしか無いので、片方はタッパーに入っている。どっちがどちらの分とは言わなかったが、多摩子はタッパーの方を貰うつもりだった。重箱の方が愛情込めて詰めているに違いないが、内容量はタッパーの方が多い。

「八軒が喧嘩って、何やらかしたんだ? そんなことするようなヤツでもないだろ」

「さぁ? 私も詳しくは聞いてなくて。でも、心配するような事は無いと思うわ。男子がつるんで馬鹿なことをしてただけ」

「なら、いいんだけどな。携帯のメールにも、返事が来ないようだからさ」

「ああ、今、ケータイ、センセに没収されてるから。兄さんが寂しがってるから、戻って来たらメールするようにって、伝えておくわ」

「余計な事は言わなくていい……じゃあ、帰るわ」

その後、八軒がたまたま不在のため、仕方なく部屋に置いてきた重箱が(食品科の作った『皆のお節』と勘違いされたために)通りがかったピラニア、もとい学友共に食べ尽くされて、また一悶着あったらしいが……そこまでは多摩子の責任ではない。


【後書き】「二年○○」なネタをやりたいが為だけに書き殴りました。現時点で、原作は秋の号が終わったばかりなので、冬休みに寮生達がどうしてるのか、八軒はどうするのか分からないのですが……そこは妄想乙ということでご寛恕くださいませ。
ところで、瀬勢君は夏祭りんときに稲田先輩とつるんでいたメンバーで良かったんだろうか……そういう前提で書きました。あと、池田のツレの女の子の名前もワカラン。

なお、タイトルは『福寿草』の別称。北海道では雪解けの頃に咲くのですが、江戸時代からの正月の縁起飾りとのことなので。花言葉は、幸せを招く、回想、思い出など。
初出:2012年12月31日
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