どこかでアナタを見ている人がいることも忘れないでくださいねって誰だよウチの看板娘ちげーぞ多分そこのタコだろそのV字ヘアー抜いてハゲちらかすぞオラ【4】
「木刀、邪魔だな。ドブの匂いが染み付いて、くせーし。捨てちゃおうかな」
通気用ダクトの狭い空間でずりずりと匍匐前進しながら、銀時がブツクサ呟いていた。
「何言ってるんですか。大切なモンなんでしょ、それ」
「どーせ通販で買えるからいいよ」
「えええっ? 通販なの? その文字とか、なんか由来あるんじゃないの?」
「いや、買う時に好きな文字入れてくるヤツ」
「マジで? そんなんで今まで、よくやって来れましたね、アン……」
タ、と続けようとした山崎の目前に、いきなり槍先が突き出された。思わず悲鳴をあげかけた口を、手で塞いで堪える。唖然と見つめていると、それはズボリと抜け、ホッとする間もなくさらに数カ所、槍がメチャクチャに襲いかかってきた。
『ン……気のせいか』
それから黒装束らが解散するまでの数拍は永遠のように感じられ、山崎はその間、ひたすら脂汗を流しながら、固まっていた。
「な、なんとか凌ぎましたね」
「テメーが、しょーもないツッコミ入れるからだろ」
「旦那が、しょーもないボケをかますからいけないんです」
「そんな命がけでするもんかよ、ツッコミってぇのは」
ツッコミなめんなと言い返したいところであったが、きりがないうえに、これでまた見つかっては元も子もないため、ぐっと堪えて山崎は言葉を飲み込んだ。
「全部の部屋に続いてるんですかね。うまいこと被害者の部屋に辿り着ければ、そのまま奪還して帰りたいところですけど」
「食料庫はねーのかな」
「は?」
「腹減ったし」
まだそんなことを言ってるのか、この人は……と呆れたが、そろそろ山崎の腹の虫もキューキュー自己主張を始めている。
「あと、トイレ」
「さっきの下水でしてこなかったんですか?」
「ネズミに尻齧られるの、いやじゃん。ウォシュレット付きがいいな」
「敵陣に乗り込んでおいて、何のんきなこと言ってるんですか、アンタは」
かなり長い時間、狭くて息苦しいダストの中を、延々と這い回っていた。ただでさえ図体が大きくて動きにくいうえに、視界は先行している野郎の足と尻がデーンと鎮座しているとあって、銀時の不快指数はゲージを振り切りそうな勢いで上昇している。
「あ。旦那、見つけましたよ、かなり苦労しましたけど」
「マジでか! たまが居たのか? それとも、あの目明しの娘か?」
「いいえ、ウォシュレットです」
それを聞いた瞬間、ブチ切れた銀時が山崎の尻に『最終奥義・通天双指肛』(※カンチョー)を決めたのも、無理はない。
「いだぁあああ! 旦那ァ、何するんですかぁあああ! 旦那がウォシュレットがイイっていうから、わざわざ探してあげてたのに!」
「尻なんかてめぇで拭くわ、ボケ! そもそも、たまを探しに来たんだろうが!」
「フツーのトイレでいいんだったら、そう言ってくれれば、和式が3カ所ぐらいあったのに」
「だから、トイレはどうでもいい!」
「食料庫は?」
「もう一発ブチ込まれたいか?」
「じゃあ、トイレはスルーでいいですか?」
「いや、せっかくだし」
じゃあ、怒ることないじゃないですか……と、山崎はブツクサ言いながら這い進み、器用に狭いダクトの中で体を反転させた。先ほどまでは彼の尻しか見えなかったが、今は顔を付き合わせた形になっている。
「うわ、どうやって曲がったんだよ。関節どーなってんの、オマエ」
「は? 何言ってんですか? この排気口の真下の個室ですよ? 個室とはいえ、仕切りは天井までありませんから、出入りはなるべく迅速に、人目につかないようにしてくださいね」
「なんか、てめーらみたいな忍びのお仲間みたいにできる自信ねーわ。代わりに雲古してきてよ」
「無理です。つーか冗談言ってる余裕あるんなら、大丈夫ですね?」
「いや、出せると思ったら気が緩んで、我慢できなくなった。こーいうの、なんつーの? 便意出マイオ?」
「出マイオってなんですか? 意味が分かりません」
呆れ返り、冷めた声を出していた山崎であったが、それでも銀時のために排気口に被さっているカバーを外し、出入り口を確保してやる。
「せまっ。通れるかな、俺」
「さっきもケツ引っかかってましたしね。駄目なら諦めてください。天井壊して穴を広げるとなると、また見つかる危険がありますから」
「いっそ、ここからダイレクト雲古、いけねぇかな」
「なんですか、ダイレクト雲古って。無茶です。そういうアクロバチックなことするんだったら、ウォシュレットの意味がありませんよ。いっそ、和式の方が良かったんじゃないですか? つーか、こんな狭いトコで、旦那の脱糞見せられるのも嫌です」
「俺だって、さっきまでずっと、てめぇのケツ見せられてたんだから、それぐらい我慢しろ」
「匍匐全身してるんだから、仕方ないでしょ。大体、俺は服着てるし、脱糞してないし」
「そうだな、脱糞はおたくの大将の得意技だったな。んじゃ、ちょいと行ってくるわ」
恐る恐る穴に足を通して、下に降りる。腰の辺りが引っかかりそうになったが、ベルトから木刀を抜いて、さらに腰を左右に回して角度を調節することで、なんとか潜り抜けることが出来た。
「なんか、ギリッギリなんだけど」
「腰がいけたんなら、肩も片方ずつゆっくり抜けば通りますよ。支えていてあげますから」
「簡単に言ってくれんなよ」
ぶつくさ文句を言いながらも、山崎のアドバイスに従って、なんとか銀時は下に降りることができた。長いこと狭い排気口を這っていたせいか、体を伸ばすと全身の骨がぽきぽきと心地よく鳴った。個室に篭ってドアに鍵をかける。もちろん、上の穴からは丸見えだ。
「見るなよ」
「旦那の排泄シーンなんてディープなもん、誰が見ますか。終わったら声かけてくださいね」
白い羽織を脱いでドアフックに掛け、下穿きを下ろして洋式便器に腰掛けると、敵陣の真ん真ん中にいることに変わりはなくとも、なんとなくホッと力が抜けた。
「うおー…体冷やしたから下痢するかと思ったんだけど、すげぇのが出たぞ。見ろ見ろ、太さといい、長さといい、大したもんだ」
「見ると言ったり、見ろと言ったり。誰が見ますか。つーか、そんな実況要りません」
「そうか? 一見の価値はあるぞ。ふむぅ、流すのが惜しいサイズだな。このまま置いていこうかな」
「なにそのテロ行為……あ」
山崎のツッコミが空中分解したのは、誰かがトイレに入って来たからだ。銀時も個室のドア越しに気配を感じたらしく、口を噤む。まだ下穿きを履くどころか尻すら拭いていないが、物音を立てるわけにはいかない。
「どなたか、いらっしゃいますの?」
鈴を鳴らすような可憐な声であったが、そのアクセントにはどこかぎこちない響きがあった。
「第一級汚物の臭気がしますの」
侵入者はそういうと、銀時が篭っている個室にぺたぺたと近づいてきた。
「旦那、ここはもう、居直ってドアを叩き返して『使用中』をアピールしましょう」と伝えたかったが、山崎の位置からはどうしようもできない。侵入者がぴたりとドアの前で立ち止まった。そこに居たのは、白いエプロンとカチューシャ姿で片手にモップを握った少女であった。雰囲気や服装は芙蓉に似ているが、くりっとした目やぷっくり膨らんだ頬のせいで、やけに幼く見える。
「お掃除しますの」
そういうや、少女はモップを振り上げた。
次の瞬間、少女のモップは個室のドアを突き破り、反対側の壁まで突き刺さった。天井も抜け落ちんばかりの衝撃に、山崎は慌てて飛びのく。崩れた壁や天井のモルタルが濛々と土埃を巻き上げ、視界が霞んだ。
「第一級汚物と違法侵入者をキレイに排除しますの」
モップの柄は、ヒトガタをした何かを壁に縫い止めていた。仕留めた、と少女の唇の端が吊り上がる。だが、土埃が薄れて見えてきたのは『中身』のない白い羽織だった。逃がしたか、と周囲を見回した少女の顔面に、ブーツの底が容赦なく叩きつけられた。悲鳴を上げる間もなく、さらに数発、胸といわず喉といわず闇雲に蹴り飛ばされ、少女の体が反対側の壁に叩きつけられる。
「せっかちな嬢ちゃんだな。ひとがケツ拭くぐれぇの間、待ってくれてもいいだろうがよ」
不機嫌そうに呟いた銀時は、下半身丸出しにブーツだけ履いた、実にマニアックな格好をしていた。
念のため、さらに側頭部を横殴りに蹴り飛ばすと、少女の首が黒っぽく粘りけのある液体を撒き散らしながらもげて「お掃除しますの、お掃除しますの」と連呼しながら小便器の中に転がり落ちた。首の断面からは、派手な色をしたケーブルが、パチパチと火花を散らしながら垂れ下がっている。無残に壊れた機械人形を尻目に、悠然と壁に貼り付けになっている羽織を回収し、下穿きを引っ張り上げて身支度を整え「おい、済んだぞ」と、天井に声をかけた。
「こんだけ大騒ぎしておいて、何が済んだぞ、ですか」
「終わったら声かけろって言ったの、てめぇだろうが」
文句を言いながらも、廊下をバタバタ駆ける音が近づいてきたため、銀時は割れた便器やトイレタンクを踏み台にして天井によじ登った。先ほどの衝撃で天井も崩れて穴が広がっているので、肩や腰がつっかえる心配はない。
「早くここから離れましょう」
「いっそ、上のフロアに抜けねぇ? 一度広いとこに出たら、こんな狭苦しいとこゴソゴソ這いずって歩くの、イヤになっちゃった」
「なに贅沢言ってんですか」
「出すもの出したら、腹へったな」
「怒りますよ」
「でも、天井裏に逃げ込んでることは、どうせバレるぜ。俺だったら、こんな狭いとこに逃げ込んだネズミは、煙かガスで燻し出すわ」
「それもそうですね」
そもそもアンタがトイレに行きたいなんて言い出さなければ……という愚痴は飲み込み、山崎はダクト内をくるっと見回した。
「取り逃がしたのか、このポンコツが」
駆けつけた迦楼羅族の二人組は、機械人形が床に倒れているのを見つけた。片方が忌々しげにその胴を蹴ったが、その足首を首なしの機械人形に掴まれて、思わず悲鳴を上げた。
「違う、俺は侵入者じゃない……いや、モップか?」
「モップ?」
「そこの棒を寄越してくれ」
モップを拾い上げて握らせてやると、首なしはギクシャクと立ち上がり、そのままモップを操って瓦礫を掃き集め始めた。
「やれやれ、どこまで掃除好きなんだ。こんなガラクタの研究のために、誇り高い我が一族がコキ使われるとはな。いくら奈落の連中の要請とはいえ」
掴まれた足首をさすりながらボヤいた。
首なしは、そんな迦楼羅族の愚痴を尻目に、せっせと瓦礫をゴミ箱に叩き込んでいる。さらに、己の頭部が小便器の中に転がっていることに気付いたようだが、それもゴミと認識したのか「お掃除しますの」と繰り返しているのも構わず、あっさりと捨ててしまった。
「おいおい、どうすんだ。こいつが壊れたら、俺らが掃除当番させられっぞ」
「それも面倒だな。そういや、似たような人形があったな。あっちの人形は動いてなかったから、アレの首をちょいと借りたらいいんじゃねぇのか?」
「似たような人形? ああ、最近持ち込まれたヤツか。じゃあ、オマエはそれを頼むわ。俺は、応援を要請して、侵入者を追う」
「合点だ。おい、嬢ちゃん、こっち来な。もっといっぱい掃除させてやっから」
そう囁いて、モップを軽く掴んで誘導する。
耳が無いので聞こえていないはずなのだが、首なしは思ったよりも素直についてきた。
侵入者がいることは既にバレているので、どこに忍び込みどう逃げようと、安全な場所など無い。そう分かっていても、鳴り響く警報アラームの音は心臓に悪かった。
「もう、いっそ一番危なそうなとこに突っ込んで、正面突破するしかねーな」
「旦那はそれでいいかもしれませんけど」
「泣き言いうなよ。泣く子も黙る武装警察の一員だろ」
そうはいっても、愛用の木刀を提げている銀時とは違って、こちとら敵から奪った機械(からくり)式と思しき武器ひとつ、使い方が分からないために単なる鉄製のスリコギ同然の代物ひとつ。これでどうやって戦えば正面突破なんて出来るのだと泣きたくもなる。
銀時は露骨にイラついた表情を浮かべながらも「なさけねーなぁ。とりあえず、後ろについとけ。地下のトンネルじゃ、散々世話になったしな」と、不承不承ながらも吐き捨てた。なるほど、これが情けは人のためならず、というヤツか。
勘に任せてめちゃくちゃに走っているようにしか見えない銀時であったが、確実にターミナルの中枢に向かっているのは、時折壁面に現れる標識から知る事ができた。なにより、警備の天人どもはほぼ正面から、こちらに向けて駆けて来る。それを銀時が木刀を振り回しながら、ほぼ一人で薙ぎ倒して進んだ。
「もう少し進めば、多分、警備の中枢に辿り着く。そこを占拠しちまえば、とりあえず全域の状況を見ることができるから、女共を探す手間は省けるだろ」
「なるほど、さすが旦那!」
「見つけて……その先は出たとこ勝負だがな」
「スミマセン、前言撤回します。アンタ、どんだけ考えなしなんですか」
ドアの上に赤いランプが灯っている部屋を見つける。多分ここが施設の監視カメラのモニター室だろうと目星をつけて、ノブに手をかける。多分鍵がかかっているか、空いていたとしても誰かが詰めているのだろう。どっちがより面倒なんだろうかとシミュレートする間もなく、ガツンと硬い手応えがあった。施錠されているらしいと察して、木刀を構えて蝶番の辺りを殴りつける。
「アンタ、ゴリラですか」
「ゴリラはお宅の大将だろ」
酷使し続けた木刀は、コンクリート壁と鉄扉の間にこじいれられて、さすがにミシミシと軋んでヒビが入った。やべぇと思ったが、ここで諦める訳にはいかない。武器なんてどうにでもなる。
「んなろぉおおお!」
ヤケクソ気味に叫んで、一度引き抜いた木刀を逆手に構え直し、再び扉に叩き込む。バキリという鈍い音と共に木刀が折れたが、蝶番の辺りのコンクリートは崩れ、扉の側も緩んだようだった。足を振り上げて鉄扉を蹴り付けると、扉が枠から外れてバタリと倒れた。
「この星の原住民はニュータイプか?」
「なんて馬鹿力だ、夜兎並みじゃないか」
頑丈な鉄扉をこじ開けられ、中にいた警備兵は驚愕したようで、口々にそんなことを叫ぶ。
「いや、この旦那が異常なんです。このひとは基準にならないです」
思わず山崎がフォローを入れ、銀時が「そんなことを言ってる場合か!」と山崎の頭を掴んで床に叩き付ける。ツッコミしては乱暴だ、と抗議しかけたが、その瞬間に山崎の顔があった辺りにレーザービームが集中して火花が散った。自分を庇ってくれたのかと気付く間もなく、襟首を掴まれて部屋の隅に放り捨てられる。山崎は壁に背中を打ち付けて、一瞬気が遠くなりかけた。
「庇うなら庇うで、もう少し優しくしてくれてもいいでしょう」
「うっせぇ、邪魔だ」
そう喚くと、銀時は折れた木刀の根元を握り締めたまま、モニター前に詰めていた警備兵に飛びかかる。折れた木刀の先はササラのようになっており、それで目の辺りを横一閃に引っ掻かれた警備兵は悲鳴をあげてのたうった。これは確実に目を殺ってるだろうなと思うと、その動きに澱みがなかった銀時が、味方ながら恐ろしくなる。
「さて……うまく女共が映っててくれりゃいいんだが」
さすがにゼェゼェと息を切らしながら、銀時がモニターが埋め込まれた壁面の前に立つ。山崎も立ち上がって、チラチラと揺れる画質の悪いモニターに視線を走らせた。
「もしかして、これ、たまさん? 廊下を掃いてるようですけど」
「エリア3? どこだ?」
「壁が崩れて、えらいことになってるみたいですから、さっき旦那がクソ垂れてた便所のあたりじゃないですかね」
しばらくその様子を食い入るように眺めていた銀時であったが「お前があのポンコツ回収して逃げろ」と告げた。
「たまさんはポンコツじゃないですよ、魅惑のロボッ娘です」
「んなもん、どうでもいい。場所も分かってるなら、なんとかなるな?」
「旦那はどうするんです」
「俺ァ、もうちょい残ってハジを探すさ」
銀時はニヤッと笑ってみせたが、すぐにむせたように軽く咳き込んだ。ペッと吐いたツバに血が混じっている。ここまで決して無傷で来れた訳ではないのだ。
「旦那もご武運を」
そういうと、山崎はモニター室を飛び出した。銀時の背中に隠れることができなくなったからには、次に誰かに遭遇した時には戦わなくちゃな、と走りながら奪った武器を弄って安全装置を解除する。先ほど山崎の頭部を狙ったレーザビームは、多分、これと同じものから放たれている。
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