花蘇芳【4】
まだ寝てるかもしれないと思いつつ、念のためにインターフォンを鳴らすと「ハーイ」という返事と共に、内側から鍵が開けられた。
「コラ。新聞屋とか来るかもしれないから、確認しないで開けるんじゃねーよ。つーか、俺が帰るまで、居留守にしてていいって言ったろ。一人になりたいとか言ってたくせに」
「あ、そういえばそうだった。でも、いざホントに一人になると寂しくて」
なんだ、この頭の弱い新妻のようなリアクションは……と呆れながら、依田は一足先に玄関に入る。一瞬、自分の部屋ではないような違和感を感じたのは、室内が妙にキレイに片付いていたせいだ。
「寝てようと思ったんだけど、なんか、目が冴えちゃって。何もしなくていいって言われるとかえって不安で落ち着かなかったから、掃除してた」
「どこまで強制労働が染み付いてんだよ。ヒマならテレビでもパソでも漫画でも、勝手に見てていいって……ああああっ、ビールっ! ハチ、お前飲んだのか、アレ!」
「え? あれ、掃除用ですよね? 窓ガラスとか床とか換気扇とか、ビールで磨いたらすっごくきれいになりました。あと、布団干してます」
しかも安い発泡酒でも貰い物でもなく、フツーに買ったビールでやりやがって、こん畜生……と引っぱたいてやりたい気分だが、いくら独り暮らしで自由を満喫していたとしても、お酒はハタチになってから、だ。ここは圧倒的に依田の分が悪い。三年生に見つかってツッコまれたら厄介だとばかりに、依田はシンクに置いてあった空き缶を分別用の袋にガシャガシャと放り込む。
「あれっ、大川先輩、豊西先輩……稲田先輩まで? え? なんで?」
いや、稲田先輩がメインで、馬術部コンビはオマケ……と言いたいところであったが、ブーツを脱ぐのももどかしく飛び込んで来た豊西が、稲田も依田も押しのけて「あー…アンタ無事だったんだ、良かった良かった。昨日は倒れるし、今日は今日で姿が見えないしで、心配したんだよぉー」と、勢いよく八軒に抱きついた。
「あ、その……スミマセン」
女子に抱きつかれて、どうリアクションを取っていいのか分からないようで、八軒は手のやり場に困って両手の指をワキワキ動かしていた。大川はその横をスルーして、洋室スペースのこたつテーブルの前に胡座をかいた。
「依田ァ。なんかねーの? 客だぞ客」
「あ、ハイ、お茶入れます」
図々しい客の要求に返事をしたのは、八軒であった。依田が「いや、お前も客じゃん」と呟き、豊西もそれで我に返ったらしく「ああ、ごめんごめん」と、体を離す。
「依田先輩、急須、これ使ったらいいの?」
「そんなんしなくても、冷蔵庫の麦茶があるわ……って、俺やるし。ここまで掃除してくれたんだから、八軒はもう座っとけ。豊西先輩も稲田先輩も、奥、どうぞ」
「お昼に戻ってくるって言ってたから、ご飯の支度もするつもりだったのに」
それを聞き咎めた豊西が「新婚さんみたいねぇ。何作る予定だったの?」と微妙に地雷っぽい発言を投下する。
スンマセン、スンマセン、うちの先輩、空気全然読めてなくてホンマ、スンマセン……と、テレパシーが使えるものなら使いたい気分の依田であった。
「えーと。卵とケチャップがあったから、オムライスにしようかなーと」
「ハートマークでも書くの? うわぁ、新婚さんの王道だわ」
「父さんが厳しくて、そーやって楽しんで食べるってことが、あまり無い家だったから……寮のご飯もどっちかといえばシンプルだし、ちょっと憧れてて」
「オムライス、作れるの? 結構難しいよ?」
そう言われると、料理人には向いてないという自覚があるだけに、八軒は『ぐっ』と詰まってしまった。特に、血の繋がった兄の料理センスの酷さを目の当たりにしているだけに、もしかして忌まわしいDNAの呪いが自分にもかかっていたらどうしよう……という不安はある。
「せっかく来たんだし、手伝ってあげようか。まだ何も手つけてないんでしょ?」
手伝うってことは、八軒が作るってことには変わりないのか。さりげなく三年生って鬼だよな、うん。大川が「八軒、コイツ目を離したら何にでも砂糖入れるから、見張っておけよ」と言い出し、稲田が「なんだ、それ」と顔をしかめる。
「いやいや、マジで。アンタ確か、食品科で豊西のクラスメートだよな。ちょっとアレ見てやってくれよ。絶対メシマズだって」
「酷いなぁ、マズくなんかないもの! 私の作ったソーセージもパンも美味しかったよねぇ、八軒」
「は、はい……確かに微妙に砂糖入ってましたけど」
八軒の味覚、あなどれじ。
大川は「ほれみろ」と呟き、稲田も呆れて「この手じゃフライパン振れないけど、味付けは俺がみるわ」と宣言して、よいせ、と立ち上がった。依田は「あのー……ここ、俺んちなんですけど」と控えめに訴えたが、食品科二人は聞こえないふりをして、勝手に冷蔵庫や収納棚を漁って、食材や調理器具を引っ張り出している。
「野菜、エゾノー産? トマトいっぱいあるね。依田、独り暮らしだもんね。毎朝でっかい弁当作って来てるけど、自炊なんだよね。偉いねぇ」
「ベーコンは既製品だな。ガッコに、いくらでもホンモノがあるのに」
「依田って農業科だから、野菜ぐらいしか貰えないんでしょ。既製品でもいいでしょうが。稲田君は添加物だのなんだの、気にし過ぎ……デミグラスソースはどうしよう? 作る? あれ、ちゃんと作ろうと思ったら、何日もかかるんだよね。ソースとかケチャップ混ぜてチンするナンチャッテだったら、すぐに作れるけど」
「そんなん食わすな。圧力鍋があるから、ちゃんとしたレシピのもできなくはないぜ」
「それでも時間かかるじゃない。既製品でもうまく取り入れて賢く使う方法も覚えなきゃ……でも、八軒、ケチャップで絵描きたいんだよね。それだったらデミ、要らないかな。それともクリームソースにする?」
「あ、その……憧れてはいたけど、やっぱ、何描いていいか分からないから、いいです」
「遠慮しなくていいのよ? 八軒が美味しい美味しいって食べるのを見たいんだから、アンタが一番好きなのを作りましょ?」
そこに大川が奥の部屋から「砂糖入りだけどな」と茶化す。
依田は「もう、好きにしてください」という気分で、コップの麦茶をすすっていた。
さすがに独り暮らし用の台所に三人は狭過ぎて、八軒は皿洗い要員にもなれずに弾き出された。柿ピーナッツなんぞをつまんでいる大川と依田の間に、ちょこなんと座る。
「テレビでも見るか? なんもやってないけど……競馬中継ぐらいかな」
「そこまで馬? それにしても、ああして二人で台所に並んで立ってると、カップルみたいに見えますね」
なぜそこでお前がそれを言う、八軒よ……と依田はツッコみたいところであったが、大川が「いや、あれはカップルというより嫁姑みたいだぞ。うちのバーチャンとおかんがあんな感じ」と呆れたように呟いた。確かに、味付けがどうの、かき混ぜる手つきがこうのと、かなり口煩い指摘が入っているようだ。
さっき豊西先輩が八軒に抱きついた恨みもあるのかな、と依田なりに思う。
「八軒、味みてよ! どっちがイイと思う!?」
かなり経ってから、豊西が小皿をふたつ持って、逆ギレ気味に居間に押し掛けて来た。どうやらソースで対立した挙げ句、互いに譲れなくなったらしい。どっちが誰のものと言わないのは、あくまで味の優劣で決めてもらいたいからだろう。
「俺らも味見いい?」
そろそろ腹が空いてきた大川がそういうと、小皿のソースを指で掬って舐める。
「これ、どっちか選ぶの? どっちも美味そうだな」
「ソース漬けのアンタの舌で分かるわけないでしょ」
「というか、クリームとデミの両方作ったんすか。どちらの料理ショーごっこですか。俺んちの食材、なに豪快に使ってくれちゃってるんですか、アンタら」
「ご飯足りないから追加で炊いてるし、卵は全部使うと思う」
「鬼!」
八軒も真似をして、指でふたつの小皿を舐め比べてみる。
「デミが豊西先輩の方? ケチャップとかウスターとか醤油とか砂糖とか料理酒とか、結構賑やかですよね」
げっ、と豊西が引いたところで、稲田が「ほれみろ。コイツの舌はゴマ化せないって」とせせら笑った。
「でも、美味しいでしょ? 私ので食べよ? コレ下に敷いて、本体にケチャップで好きな絵でも書いたらいいから。ケチャップかけること前提で、甘みを足して酸味を押さえるように整えてるのよ」
「えーとその、両方かけるっていうのは?」
「味が混ざって、変」
「じゃあ、その……両方なしでもいいです。ケチャップだけで。ソース無くてもじゅうぶん美味しそうだし」
「ダメ、八軒のために作ったんだし」
板挟みになって泣きそうになっている八軒を見るに見かねて、依田が「僕と大川先輩で、豊西先輩のを頂きますよ」と、助け舟を出した。八軒がホッとした様子で「だったら俺、稲田先輩のを頂きます」と告げた。
「ちぇ。じゃあ、スープとサラダは私のを食べてね? あと、付け合わせに鳥とキノコのバターソテーね」
「どんだけ八軒にモノ食わせたいんですか、先輩……そして俺の冷蔵庫に何の恨みがあるんですか。むしろ俺に飢え死ねというんですか」
「えー…だって、八軒がご飯食べるリアクション、カワイイんだもん。稲田君だって、八軒のことカワイイって思うよね? あーあ、オムライスにハートマーク書いてあげたかったのにィ……でも、稲田君のはクリームソースだから、ケチャップかけれないよね。八軒カワイソー」
やだ、なにこの地雷原。俺んち、カンボジアだったっけ……と、依田は頭を抱えたくなる。
大川が「わーったわーった。八軒に食わせられなかった分、気が済むまで俺が食っちゃるから、拗ねんな。今日はソース出せとかマヨネーズかけさせろとか言わないから」と、豊西を宥めた。くだんの八軒は、巣で餌を待つ雛鳥のような顔でスプーンとフォークを握り締めながら、料理を待っている。なるほど、これは餌付けしたくなるツラだなと、依田ですら納得してしまった。
「好きに食べろ」
稲田はそう言うと、自分の作ったオムライスの皿とケチャップのボトルを八軒の前に置いた。豊西が目を吊り上げて「なによ、ケチャップかけてもいいの? 稲田君、添加物嫌いじゃなかった? 味のバランスが崩れるとか言ってたよね? なにそれ、ずるい」と、喚く。
「じゃあ、ちょっとだけ」
八軒がケチャップのボトルを手に取った。何か書こうとしたらしいが、ワクワクしすぎて(あるいは空腹のあまりに?)手が震えたか、失敗してロールシャッハテストの模様のようになってしまった。それでも八軒的には満足したらしく、上機嫌でオムライスを崩している。
「ハイハイ。じゃあ、オムライス食べたら、帰ってくださいね……あ、その前に大川先輩と豊西先輩は、買い物に付き合ってください。ウチの冷蔵庫、空じゃないですか。こないだ買い出しに行ったばっかりなのに……俺を飢え死にさせるつもりですか。とりあえずスーパーと……エゾノーの規格外野菜も貰いに行きたいんで、一人じゃ手が足りないです」
空気の読めないお邪魔虫を隔離してやろう、という依田なりの心遣いだ。もちろん、本当に食糧難に陥ってしまっているので、買い出しが必要だという理由もある。
「ビール飲ませてくれるんだったら、手伝うわ。そこのゴミ箱に空き缶があるけど……まだあるんだろ」
「げっ」
「飲酒チクられて退学になりたくないよな? じゃあ、飲ませろ」
「私は飲まないけど、豚肉のビール煮作りたいから、何本か欲しいな」
依田は「畜生、本当に稲田さんにトトカルチョで儲けさせてくれないと、割に合わねぇ……少なくともベーコンくれ」と嘆いたが、学校生活における『先輩』という存在は、往々にして横暴で高圧的で理不尽なものだ。
帰りは、稲田の自転車の後ろに八軒が乗った。後輪の車軸に立ち乗りをするための補助棒(ハブ)がついていないタイプなので、二人乗りをしようとすれば後ろの荷台にべったりと座る形になる。遠慮がちに腕を回して抱きついた。背中に頬を押し当てると、シャツに微かに料理の匂いが移っており……やがて肌と汗の匂いも感じられた。
久しぶりに会った稲田に色々言いたいことがあったような気がするけれど、言葉がうまく出て来ず、代わりに「さっきからその手、気になってたんですけど、どうしたんですか?」と、尋ねていた。
「ああ、これか。ちょっと火傷して……実習でパン作ってて、ぼーっとして天板、素手で掴んじまって」
「ええっ、天板ってオーブンのアレですよね!?」
「考え事をしてて注意力が散漫になってたから、刃物は扱ったらヤバいって自覚はあったんだけど、ドジった」
「先輩って、そういう失敗はしないイメージでした」
「おいおい、俺をなんだと思ってるんだ」
「あの……すみません」
少しの間、気まずい沈黙が続いた。このまま何も話せずに学校まで戻ってしまうのは嫌だ、と八軒は勇気を振り絞って「あ、あのっ……」と声をかけた。ともかく声を出さなきゃ、何も伝わらない。腹の底から声を出さなきゃ。
「えっと……さっきのオムライス、美味しかったです!」
「そっか、美味かったか」
「あ、はい。ケチャップはかけ過ぎちゃった気がするけど、一度やってみたかったし」
「良かったな」
ああああ……またやってしまった。何を口走っているんだ、八軒勇吾。違うだろ、伝えたい事は明確に、きちんと流れを組み立てないとダメじゃないか。
八軒が己の口下手っぷりにガックリ落ち込んでいると、稲田が「多摩子には、いつも無添加を貫くのは机上論だ、非現実的だって貶されるんだけどサ。今回はそれに加えて、その理想主義にひとを巻き込むなって叱られてサ」と、ボソボソと話し出した。
「ああ、それでケチャップ?」
「それもあるんだけど……深入りせずに身を引くべきだと思ってたんだよな。気になる女の子が居るって言ってたし、その方が自然なことだから」
「え? それって俺の話?」
「もし、その子じゃない違う誰かでも……断れないんじゃなく、自分で選んで進んで決めたことなら、それでいいと笑いながら言ってやるつもりだった。多摩子に言わせりゃ、それが理想主義なんだってさ。そんな簡単に割り切れるもんじゃないって」
「もしかして、妬いてくれたんですか?」
キッ、とブレーキが鳴って、自転車が停まった。八軒は信号かなにかあったのかと思ってキョロキョロしてみたが、見渡す限り何もない一本道だ。
稲田はハンドルに突っ伏すようにして「認めたくないけどな。それでボーッとしてて、このザマだ」と、呟く。八軒は荷台から降りると、正面に回り込んだ。
「俺のこと考えてて、火傷したんですか? その、つまり俺のせいなんですよね。すみません……でも、嬉しい」
右手の包帯にそっと手が重ねられたのを感じ、稲田が顔を上げる。八軒もかがみ込んでいたので、互いの顔が近い位置にあった。至近距離で互いの目を覗き込み……八軒が目を閉じた。誘い込まれるように唇が触れ合う。息継ぎをするように軽く離れて「こういうのは、ちゃんと好きな人とするんじゃなかったのか?」と囁く。
「だから、ちゃんと好きな人としてるんじゃないですか」
そう言いながら、相手の髪に触れて強引に引き寄せながら、深く口づけたのは八軒の方だった。
そのまま帰るつもりだったのだが、例の小屋の方から大声で騒いでいる声が聞こえて来たので、もしやまだ自分を探しているのだろうかと、獣道を伝って来たというわけだ。
「えっ、ここ、そんなに人里に近かったんだ?」
「うん。そこの林抜けたら、すぐ車道に出るよ? 林の外側から、この小屋見えてたし」
なるほど、それなら猫も住み着くわけだ。このカラクリを見抜けなかった木野は、森林科としてのプライドがべっこりと凹んだ。いや、森林科でなくとも、一度地図を広げるか、ネットで航空写真でも検索すれば、即分かったことだろう。簡単な下調べを怠った結果のポカだ。
悔しいから、来年、新入生が入ったら同じようにハメてやる、と木野は心密かに決意した……このようにして、伝説は先輩から後輩へと言い伝えられていくのだろう。
木野の声を聞いて、他のメンバーも駆けつけてきた。まさにキツネにつままれた気分で唖然としている中、ようやく西川が我に返って「お前、どこに行ってたんだよ、ハチ」と、口火を切った。
「馬術部の先輩んちでオムライス食べて来た。依田先輩って知ってる? 西川と同じ農業科の、二年のひと」
「いや、知らねーけど……つーか、外出するんだったら、せめて書置きでもしていけや!」
「いや、最初は朝には戻るつもりだったし……つーか、書置きって、何て? 心配しなくていいので探さないでください、とか?」
「そんな文面、余計に心臓に悪いわ、ボケ! そんなん書くな!」
「書けって言ったり、書くなっていったり。どっちなんだよ」
「どっちでもいいわ! ともかく勝手にフラッと消えんなや! なまら心配するべや!」
次第にヒートアップしてぎゃんぎゃん喚いていた西川であったが、ふと、八軒の後ろにもう一人誰か居るのに気付いて、声が詰まった。
常盤が空気を読まずに「あ、タマコのおにーさんだ。こないだはソーセージ、ごちっした」と、明るく挨拶し、駒場も「自分も頂きました。ご馳走様でした。美味しかったっす」と、折り目正しい体育会系の挨拶をした。相川の表情は分からない。西川はどうリアクションしていいのか迷った挙句「君が、噂のルームメイト君だっけ?」と、笑顔で先手を打たれてしまった。
「あはは、まぁ、その。色々事情がありまして……ハチ、ちょっといいか、ハチ……こっち、こっち」
西川は八軒を首投げにするかのような姿勢で首に腕を回した。そのまま少し離れた位置まで引きずって、小声で「もしかしてお前ら、ヤってたん?」と尋ねる。
「え? 今日? ヤってたっていうか、ちょっとチューしたのとね、あとね、……」
「いや、プレイの内容は説明していらんから」
西川はげんなりして八軒を遮った。そうだな、そうだよな。このハチの立ち直りっぷりは、そうとしか説明がつかない。なんかこう、妙に血色いいし。こっちは朝っぱらから心配してあちこち探し回って、昼飯食う暇もなく山道歩かされて、散々な目にあっている間、お前らってば何してくれちゃってるのサ、畜生ふざけんな。
「なぁ、俺、辞めていい? なんかすっげー貧乏くじ引いてる気がするんだけど。俺、お前のカレシ役、辞めていい?」
「え? カレシヤク? あーそういえば、そうだったね」
辞める以前に、このお花畑は俺の存在すら忘れていやがったのか。
そうですよね、目の前の先輩のことで、頭いっぱいですよね。ああ、腹立つ。いや、別にヤキモチでもなんでもないけど。
「あ、でも先輩、進路とかで忙しいだろうから迷惑かけたくないし、他の人に口説かれるのも面倒くさいから、当分の間、よろしく」
うわ、なにそれ。全然嬉しくねえ。いや、俺もそっちの趣味はないから、嬉しくないのは当然なんだけどさ。きっとこの感情は、アレだ。リア充爆発しろ。西川は、腹立ち紛れに近くの白樺の若木を蹴り付けた。バサッと枝が揺れ、枯葉と毛虫が西川の頭の上にバラバラと落ちてきた。
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