どこかでアナタを見ている人がいることも忘れないでくださいねって誰だよウチの看板娘ちげーぞ多分そこのタコだろそのV字ヘアー抜いてハゲちらかすぞオラ【2】
自称ハードボイルド同心、小銭形を奉行所まで連れて帰るのは、一仕事であった。なにしろ泥酔しているので、暴れるわ歌うわ泣きじゃくるわ吐くわと、狼藉の限りを尽くすのだ。彼の部下から話を聞くという目的がなければ、川にでも放り捨ててしまったかもしれない。いや、出迎えたハジすら、ゲロまみれの上司の姿に顔をしかめて「どっかに捨ておいてくれても良かったのに」と口走ったほどだ。
「いや、連れて帰れって頼まれてね。あと、オヤジから聞いたんだが、最近、行方不明事件が多いんだって?」
ハジは当初「オヤジさん、おしゃべりだなぁ。あのひともトシで半分ボケてんだろうから、気にしないでよ」などと笑って誤摩化そうとしたが、銀時が珍しく取り乱した様子で「実は、ウチの看板娘も昨夜から居なくてよ。探しまわったんだが、手がかりがなくて」などと畳み掛ける姿を見て、気が変わったらしい。
表情をあらためて懐から手帳を取り出すと「そのお嬢さんと関係があるのかどうかは分からないでやんすが」と前置きをしてから、静かに話し始めた。
「確かに最近、子供が神隠しにあったという届け出が多発してましてね。身代金の請求もないんで、最初はただの家出だと思われていたが、よく見りゃどれも器量よしの粒揃いだ。こりゃなにか裏があるんじゃないかと、あっしは密かに睨みやしてね」
「つまり、そんだけ何人も誘拐した連中がいるってことか。ずいぶんたいそうなヤマじゃねぇか。親分の謹慎中に取り掛かれるような代物なのか?」
「謹慎中だから、でやんす。うまいこと金星を挙げてアニキの功績にすりゃ名誉挽回、って寸法で」
「なるほどな。こんな腐れハードボイルドのためによくやるな、オメェも」
「腐れハードボイルドでも、飲んだくれのクズでも、へたれドM野郎でも、あっしにとっちゃ大切なアニキでやんす」
そう呟きながら、ハジは足下に転がっていびきをかき始めた小銭方を憎らしそうに軽く蹴飛ばしてみせた。それが本心からの所業なのか、人目を気にした照れ隠しなのか、可愛さ余ってツンデレをこじらせた結果なのかは分からない。
一方、山崎は銀時の隣でおとなしく話を聞いていたのだが「そんな事件があったなんて、全然知らなかった。よかったらウチも協力しようか? その方が効率的だと思うよ」と割り込んで、ポケットから黒い手帳を取り出して見せた。ハジはそのときになって初めて山崎の存在に気付いたようで、身分証明書に目を通して「真選組ィ?」と、露骨に顔をしかめた。
「真選組が何の用でやんすか。まさか、薄給の岡っ引きの手柄を横取りしようっていうのかイ? 万事屋の旦那、なんだってこんなハイエナ連れて来たんだよ」
「その、なんだ。いろいろ事情があんだよ。同じ警察組織、仲良くしろや」
「冗談じゃねぇ。いくら元がけちな盗人だからって、あっしは人様の命まで奪ったこたぁありやせん。こんな殺人集団と一緒にされちゃ、迷惑千万でやんす。真選組なんて、人斬りだし下品だし全裸だし、サイテー」
「んだと、この小娘! つーか、全裸は局長だけだし!」
そういえば真選組と見廻組も、同じ武装警察という立場でも犬猿の仲だっけ。部署も分野も違う下っ端の十手持ちなら、尚更だろう。犬ってヤツは縄張り意識が相当強いんだなと、銀時は妙に感心してしまった。
「で?」
睨み合っていた二匹がその声に引き込まれて、きょとんと銀時を見上げる。
「誘拐されていたとして、だ。その犯人の目星はついてるんだろうな」
「一応は。でも、そうそう簡単に踏み込める場所じゃなくって、そこで足踏みしてるんでやんす」
ハジが悔しそうに答えると、山崎が「下っ端じゃ行けないような場所なんだろ。真選組に任せとけってーの」と、得意げにツッコんだ。
「アンタらでも無理でさぁ、なにせ」
ハジが顔をそらした。その向こうには窓があり、窓の向こうには、朝日を浴びながら江戸の中央に高々とそびえ立っている巨大な塔があった。
「確かにあそこは難所だな。どうやって忍び込んだもんかな。知り合いの忍者にでも聞いてみるか」
女中の案内でいかにも豪華な和風の客間に通された銀時らであったが、この屋敷の主であり、かつてのお庭番筆頭であった男、服部全蔵は床の間を背にあぐらをかいてジャンプに視線を落としたまま「好みのタイプなら話を聞いてやろうという気にもなるが、ねーちゃんじゃなぁ」とボヤいただけであった。
「聞き捨てならねぇ。どういう意味でやんすか。十手を預かっているから白粉も叩いちゃいねぇが、あっしだって、ちょいと紅のひとつも塗りゃ、そんじょそこらの小町にも負けちゃいねぇよ」
「どういう意味もなにも、目ェはでかすぎるし、鼻は小さすぎて鼻毛の一本も出ちゃいねぇし、歯並びも揃いすぎだ。体格も中肉中背で中途半端すぎる」
「えっ?」
全蔵の返事が理解できず、ハジは助けを求めるように隣の銀時を見上げた。銀時はちょうど、茶菓子を口に放り込もうとしていたところで、ちょっと気まずそうに茶菓子を皿に戻したものか、一気に食ったものかと迷いながら「ああ。そいつ、ブス専だから。良かったな、おめぇブスじゃねぇってさ」と答えた。
「そっか。良かった……って、そういう問題じゃないでやんしょ!」
「あー…そうだな」
ターミナルは宇宙と江戸を繋ぐ港だ。宇宙旅行に行く客は、当然のようにそこを通過するし、見物客のために解放されているエリアもある。ハジは当初、行方不明になった子供らが宇宙に連れ出された可能性を考えて、その周辺で聞き込みを重ねていたのだ。だが、客の中に紛れていた形跡はなく、荷物の中に押し込められたということもなさそうだった。
代わりに耳にしたのが「立入禁止エリアの奥から、すすり泣きが聞こえる」などという怪談まがいのうわさ話だ。それも、かなり前から続いているらしい。そこで、宇宙に連れ出すためというよりも、ターミナル自体に幽閉されているのではと、疑った。しかし、たかがうわさ話では捜査礼状も取れないし、万が一お奉行が礼状を出してくれたとしても、岡っ引きごとき権限で、踏み込める場所ではない。真選組でも同様だろう。
「なんとか忍び込んで、決定的な証拠が挙げられりゃいいんでやんす。捕まってる子を保護するだけでも。ねぇ、アンタ、お庭番だったんでやんしょ? 万事屋の旦那が、アンタならいい方法を知ってるかもって。アドバイスだけでも欲しいんだ。あっしらだってズブの素人じゃない。あっしは盗賊上がりだし、こっちの地味な旦那も監察方だっていうし」
全蔵がおもむろに顔をあげた。長い前髪で目元が隠れていて表情が見えないが、面倒くさがっている様子なのは、その物憂い仕草から伝わって来た。
「ターミナルといっても、構造上、忍び込むのは難しいもんじゃねぇ。元が盗賊なら簡単だろうさ。問題はそこじゃねぇのは分かってるだろうに。あそこを管轄しているのは入国管理局、ひいては幕府中枢部さ。一昔前は俺らお庭番衆が警備していたが、今あそこを担当しているのは鬼さ。万が一見つかったら命がねぇ……が、まぁ、とっ捕まって顔半分ぐれぇ潰れたら、少しは俺好みのツラになるかもしれねぇな」
一気にそこまで吐き出すと、ジャンプを置いてニヤッと笑うと、にじり寄って少女の顎を指で捕らえた。
「ふざけないで。こっちは真剣でやんす」
キッと睨み返して、ハジがその手を払いのける。全蔵は「アンタ、怒ると多少は見れるカオになるな。俺好みという意味だがな。ククク」と笑ってみせてから、ふと思い出したように「ターミナルにゃ、入国管理局の管轄区以外に、なんかの研究所もあったよな。そっち側なら、多少は手薄かもしれねぇぜ」と呟いた。
「研究所?」
「何を調べてんのかまでは知らねぇが、なんせ幕府の肝いりさ。なんせターミナルの地下から、ものすげぇエネルギーが吹き出てるからな」
それを聞いて、銀時が「あ……」と、小さく声を漏らした。かなり昔のことでコロッと忘れていたが、芙蓉を開発したプロジェクトの施設もターミナルの中枢にあったはずだ。あのプロジェクトも幕府の肝いりとやらだったのだろうか。そんなコネが林流山にあったのだろうか。それとも、流山の意志とはまた別の意図が、あの研究にはあったのか。いや、あの研究は共同開発者の目黒博士が伍丸弐號に殺され、さらにその成果である伍丸弐號も破壊されたことで途絶えた筈だ。
「ジャンプ侍、何か知ってんのか?」
さすがにお庭番筆頭だけあって、全蔵は銀時の顔色から何か察したらしい。銀時は高級な茶菓子を結局丸呑みしながら「いや、多分関係ねぇ」と、己に言い聞かせるように呟いた。
「関係ないと思うことでも、参考になるかもしれねぇだろ。俺が聞きたいんじゃなく、この嬢ちゃんが聞きたがるだろうさ」
「そんなもんかね」
銀時の視線が泳いだ。山崎は惚れた弱みで気付いていないようだが、たまこと芙蓉は昔、林流山殺害の犯人として指名手配された過去がある。あの騒動で芙蓉の記憶データは吹き飛んでまっさらの状態になったが、それと共に『無実の証拠』である目撃映像のデータも消えたため、潔白を証明することができなくなってしまった。つまり、いまでもお尋ね者の身分なのだ。ヘタに当時のことをほじり返せば、やぶ蛇になりかねない。
考えた挙げ句に、かなり歯切れ悪く「確か、下水道から入れたと思う」とだけ呟いた。
「下水道か。そりゃ盲点だな……そうそう、城内の警備の連中は編み笠を目深に被ってたが、ターミナルを担当している連中は、もうちっと下の連中なんだろうな。顔を黒い頭巾で隠していやがった。その変装ぐれぇなら手伝ってやれるぜ」
「助かる。江戸一番のブスを見つけたら、是非とも紹介してやんよ」
「マジかよ。じゃあ、本気でバレねぇようにしてやるわ。乱杭歯が剥き出しで鼻毛ボーボーな、とびっきりの醜女じゃねぇと承知しねぇからな」
商談(?)が成立し、全蔵がウキウキと黒装束の支度を始めた。
見慣れぬ異星の衣装の構造は複雑で、袖の通す場所すら分からない。女中にも手伝ってもらいながら着替えた頃には、太陽も高々と上がっていた。
「腹が減ったな」
「んだよ、ただでさえ寝起きに押し掛けてきておいて、朝飯までタカんのかよ。討ち入りに満腹で臨むのは、御法度じゃないのか?」
文句を言いながらも、全蔵は客人の分の朝餉も用意するように、女中に命じる。
「そうそう、おねーさん、納豆はネギたっぷりで、練りからし二倍で。あ、オリーブオイルもつけて」
「タカっておいて贅沢ゆーな。おい、コイツのリクエストなんて聞かなくていいからな。つーか、オリーブオイルってなんだよ? アリなの? それってアリな組み合わせなのかよ?」
「アリアリ。神楽がこないだテレビで見たって、疑うなら神楽に電話して……って、そうだ。もう少し遅くなるって連絡してやらねーとな。電話貸して」
「携帯電話ぐれぇ持ってねぇのかよ! ほれ、そこにあるよ」
「電話代、10円払った方がいい?」
「いらねぇよ、クソが!」
万事屋の事務所の番号に架けても誰も出ないので、階下のお登勢の店の番号をダイヤルする。五、六コール鳴らしたところで「あいよ」と、機嫌の悪そうな声でお登勢が出た。
「俺だけど」
「んだよ、銀時かい。ウチは夜の仕事で、こんな時間に電話されても迷惑だっつーの」
「神楽が上に居ないようだったからよ。アイツ、そっちに居んの?」
「神楽? ああ、アンタが出てってすぐ、一人じゃ寂しいってさ。電話、神楽と代わるかい?」
頼むわ、と返事をする前に「たま見つかったアルか? 銀ちゃん、たま見つかるまで帰って来なくてイイヨ!」と甲高い声が割り込んで来た。
「あ、ああ。必ず連れて帰るから」
「絶対だヨ?」
そう言い放つと、乱暴にガチャンと一方的に通話が切られてしまった。自分が居ない間の万事屋の仕事の依頼があったら、余計なことをしないで連絡先だけ聞いておけとか、いくつか伝言しておくつもりのことがあった筈なのだが、取り付く島もなかった。あの勢いでは、架け直してみても同じことだろう。とりあえず、ガキ共の面倒はお登勢が看てくれるだろうと信じて、受話器を戻した。
「用件は済んだか? メシの支度が出来てるぜ」
「お、おう」
振り返れば、確かに座敷には人数分の膳が出ており、ハジはさっそく座布団に正座して、箸を握ってスタンバイしている。一方、山崎は葵紋のストラップ付き官給品の携帯電話を耳に押し当てていたが「マヨの買い出しなんて、ご自分でも行けるでしょう? え? お1人様2個まで? 原田さんにでも頼んだらどうっすか」と喚いて通話を叩き切り「なんだって、副長、あんなにカリカリしてるんだろ」とボヤきながら、席についた。
「オリーブオイルは?」
「ねーよ、バカ。タダで食わせてやるんだから贅沢ゆーな。あと、食い終わったら、変装の仕上げな」
「えー? この上に、まだ着込むの? 蒸し暑くて死にそう」
「着物はそんだけだよ。あとは目元に隈取り入れて、頭巾を被るんだよ。その模様がそいつらの種族の特徴だっつーから、パッと見ぐれぇなら誤摩化しが効くだろ。警備を担当してた者同士、ほんの短い間だが、城内に一緒に居た時期もあるんだ」
「卵は?」
「は?」
「オリーブオイルがないなら、せめて卵」
「なんでそこに話を戻してんだよ、うっせーな。醤油で食え、醤油で。納豆に拘るなんて、猿飛の影響か?」
「あのメス豚は関係ねぇよ」
「関係ねぇ、か。あんだけ惚れ込んでる女に対して、つれないねぇ。ま、俺にゃ関係ねーことだし、てめーもそんだけ居なくなったっつー娘が心配でならねぇんだろうけど、よ」
全蔵はそれ以上は追究せずに朝食を平らげると、女中に持ってこさせた化粧箱を開けた。
「その格好だと昼間は目立つな」
「今更なに言ってんだよ。ノリノリで着替えさせておいて」
「テキトーなところまで、駕篭(タクシー)かなんかで行けばいいだろ。それぐらいは呼んでやるから」
「駕篭代は?」
「そこまでタカるのかよ!」
またもや延々とジャレあいそうな気配のふたりであったが、そこに山崎が「まぁまぁ」と割り込んで「それぐらいは、真選組の経費で落としますから」と宥めた。
「おう。そうかい。じゃあな。あ、そうそう。もしとっ捕まっても、俺が手伝ったってことは絶対口外すんなよ」
「勝手なこと抜かしやがって、このイボ痔忍者が」
全蔵が罵り返そうと息を吸い込んだ途端に、駕篭が滑り込んで来た。
グラサンをかけた運転手は、全身黒尽くめの客に驚いた様子であったが、全蔵が窓越しに「この客んこたぁ、詮索無用、他言無用だぜ」と紙幣を握らせると「へい、合点承知でさぁ」と一礼し、まるでダンマリのオッサンに徹したようであった。道中の会話もなく、川沿いに駕篭を走らせ「たしか、ここらだったと思う」と、大男が呟いた辺りで停めた。
「領収書ください。あ、名前んとこは空欄で」
小柄な方の男がタクシーチケットを差し出す。いかにも怪しい客であったので、運転手は訝し気にそのチケットを陽光に透かしてみたりしたが、そもそもニセモノの見分け方など、上司から教えてもらっていない。遠い記憶を手繰りながら『官給品のチケットが確か、こういうデザインだったよな』などと己に言い聞かせ、運転手はチケットを売上袋にしまいこんだ。
人目を避けるながら、河川敷に降りる。
川岸を覆うコンクリートの一部が丸くくり抜かれており、その奥からチョロチョロと水が流れて来て川に合流している。一応、汚水処理はされているらしく、多少の泡が浮いているものの、水はさほど汚れていない。
「これを伝って行ったら、ターミナルの内部に?」
「確か、な。そこの大きな橋に見覚えが有るし、右手側にターミナルが見えて、ホントに続いているのかよって疑った記憶があるわ。なぜか、思ったのと反対側に着いて、驚いたんだよな」
「旦那の記憶じゃ、アテにならない気がするんすけど」
山崎は不安そうに呟いたが、今は銀時の記憶に頼るしかない。ハジは覚悟を決めているのか、迷うそぶりも見せずにそのコンクリート製の洞窟に踏み入った。
「ああ、端っこを歩けば、濡れないで済みやすね」
「マジで? ちょ、これ、通路じゃなくて、ただの土管の継ぎ目じゃん。こんなとこ歩くの? 誰か、灯り持ってねぇ?」
「これぐらいなら、余裕で見えますよ。不安なら、そこのパイプを手すり代わりにしたらどうです? 俺がしんがり務めますよ」
元盗賊のハジと、監察方の山崎は夜目が効くらしい。
銀時はあちこちのポケットを探ったが、ライターの類いは見つからなかった。もっとも、懐中電灯があったところで、こんな狭いところを壁に貼りつくようにして伝うには邪魔で、手に持つことはできなかったろう。源外じーさんの水陸両用車ではあっという間の距離だったけど、この調子じゃどんぐらいかかるものやら。前を行くハジの姿は黒装束のせいもあって完全に闇に溶けていたが、露にしている白い首筋だけは、ぽうっと浮かび上がっていた。それを頼りに、銀時も恐る恐る進む。何度か手が汗で濡れて滑ったり、コウモリが飛び出してきて驚いたりしたが、その都度、山崎がとっさに肩や手首を掴んで支えてくれた。
「いやん、ジミー君、優しい。銀ちゃん惚れちゃいそう」
「旦那、叩き落とします? それともここに置いていきます?」
「冗談です勘弁してください。ジミー君は頼りがいあって男前だって、たまによぉく伝えておくからさ、引き続きのご愛顧ご協力の程よろしくお願いします、いやマジで」
どのぐらい経ったのか見当もつかなかったが、やがてハジが足をとめた。
「そろそろ、上がりやしょうか。ターミナルの内部の筈でやんす」
「そうなの? 全然分からないわ」
「だって、入り口からターミナルビルが見えていたでやんしょ?」
「え? まさかそれだけで距離を測って?」
「昔とった杵柄ってヤツでやんすよ。あんまり誇れる経歴じゃありませんがね」
そういうと、ハジは片手を上に伸ばして、天井をまさぐった。手応えのあったところでグッと力を込める。鉄製の蓋のような部分であるらしかった。ギシギシと軋んだ音がして、隙間から白い光が漏れて来る。眩しさに目をすがめていると、赤錆がポロポロと落ちて行くのが見えた。
「なんだ、そこが出口なのか? 代わろうか?」
「いや、大丈夫でやんす」
やがて、四角く天井が開いた。ハジがするするとその穴をくぐり抜ける。
「えらく狭い穴だな。俺、通れるかな」
「じゃあ、俺が先に出て、旦那を引っ張りあげてやりますよ」
俺の後ろにいるくせに、どうやって先に……と言いかけたが、山崎はペタペタとヤモリのように天井に貼り付いて移動してみせた。旦那、と差し出された手指に吸盤がついていないのは、常識的に考えれば当たり前なのだが、逆にどこか不思議な気もする。その手を掴むと、力強く引っ張りあげられ……て、腰が引っかかった。
「うおっ、やっぱりハマった」
「えっ、マジですか」
なんとか抜けないものかと、角度を変えたり、息を吐いたりして足掻いてみたが、そもそも銀時の身体のサイズは、小娘のハジや小柄な山崎とでは二回り以上も違う。
「いででで。も、無理。俺、もうここで暮らすわ。ここ、貯蔵庫みたいだし、食うものに困らないみたいだし」
「何言ってんですか。そんなとこに上半身だけ生やしてたら、いくら変装してても、さすがに怪しまれるでしょうが」
山崎と銀時が漫才のようなやりとりをしていると、それを尻目に廊下の様子をうかがっていたハジが「ヤバイっすよ、誰か、こっちに来たでやんす」と、押し殺した声で呟いた。
「メシの支度にでも来たのかな」
「そうでやんしょうね。一度、下水に戻りやしょうぜ」
「え、無理。完全にハマっちゃってるから、後ろにも動けなくなってる」
「マジで!?」
コツコツという靴音が複数近づいて来る。
その音に煽られて焦り、山崎とハジが銀時を押し戻そうとして、肩や背中をメチャクチャに踏みつけた。
「いででで、何しやがんだよ、こら!」
「だって、このままじゃマズいっすよ、戻って、戻ってください旦那」
「ここに引っ張り込んだのはテメェらだろ、勝手なことを抜かしやがって!」
「いいから旦那、早く、早く!」
足音が扉の向こうで止まった。鍵を開けているのか、ガチャガチャと金属音がする。ハジはとっさに物陰に隠れようとしたが、山崎は銀時に足首を掴まれた。
「俺ひとり置いて逃げようったって、そうはさせねぇぞ」
「だって旦那、さっき、ここで暮らすって言ったじゃないですか!」
死にもの狂いで、山崎が銀時の頭を踏みつける。ガチャ、と鉄製の扉が開いた瞬間、銀時の身体がズボッと抜け落ちた。山崎もその勢いで一緒に穴に吸い込まれ、次の瞬間、ドボンという水音が響き渡る。
「万事屋の旦那ァ!」
とっさに声が漏れてしまった。ハッとしてハジは己の口を押さえたが、その眼前には黒尽くめの衣装から鮮やかな赤い隈取りを覗かせた異星の男らが立ちはだかっていた。
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