うつぼかづら【上】
「最近、あの娘も年齢相応にサカリがついたようでしてねぇ。なにせ朝起きたら、あの娘が生首ぶら下げて枕元に居たりするんですよ」
前半と後半があまりにもチグハグな台詞を吐きながら、佐々木異三郎が真顔で紅茶をすすった。
「な、生首?」
思わず大声をあげかけた銀時は、慌てて己の口を押さえた。さすがに喫茶店でそんな物騒な単語を叫ぶわけにはいかない。
「獲物は攘夷志士のようですから、いくら斬り捨てても『任務』で済みますけどね。ま、間違えて一般人を斬り殺していたとしても、それぐらいはいくらでも揉み消しできますがね。なにせ、私共はエリートですから。ただ、私は別にいいんですが、家内がね。さすがに朝から生首じゃ目覚めが悪いと申しまして」
「そりゃそーだ」
「せめて生首を丸ごと持ち込むのは辞めろと言うと、代わりに耳を切り取って持って来るのですよ。本当に困ったものです」
「その、おたくの殺人鬼と『サカリがついた』は、どう結びつくんだよ。サカったら血を見たくなるとか、そーいう性癖なわけ? そんで、銀さんにどうして欲しいってゆーの? いくらカネを詰まれたって、そーいう異常性癖を矯正するような、特殊な技能なんて無いよ?」
「あれは、私に褒めてもらいたいとか、構って欲しいとか、あの娘なりに考えた結果なんでしょう。要するに、猫がネズミやスズメを狩って見せびらかしにくるような……しかし、私はエリートですからね。エリートの優秀な遺伝子を無駄にバラまくわけにはいかないのですよ。先代の、そのようなエリートらしからぬ不始末の結果がどうなったか。あなたも関わったのですから、ご存じないとは言わせませんよ」
「はぁ。で、何? もしかしてその恋路を邪魔しろ、みたいな? アンタにその気がないんなら、直接お断りすればいいじゃん」
「何度も言い聞かせてるんですがね。どうにも聞いてくれなくて」
「だからって俺に? その状態で他人が介入したら、フツーに恨まれて殺されちゃうじゃん」
困り果てながら天然パーマをかきむしり、懐からぐしゃぐしゃに潰れた紙巻き煙草の箱を引っ張り出した。こんな話、吸わなきゃやってられない。ライターもどこかに突っ込んでいた筈だが、と探しまわっていたら、佐々木がぬっとジッポライターを差し出してきた。
さすがエリート様の持ち物というべきか、ギラギラと鈍く光るボディを一目見るだけでも、それが金無垢の高級品であることは分かった。オイル独特の臭いを嗅ぎながら、古びてほぐれかけている煙草に火をつける。どういう理屈かは知らないが、いい火でつけると安い煙草も不思議と味が違うものだ。銀時は紫煙を深く吸い込んでから、ふと思い出したように「ライター持ってるってことは、アンタも吸うわけ?」と、尋ねた。
「刀が貫通した肺が完治していないので、お付き合いに吹かす程度ですがね」
見れば、佐々木も細身の葉巻を取り出していた。俗にシガリロと呼ばれるものだ。フレーバー系なのか、火をつけると上品な甘い香りがふわっと漂った。
「で? 具体的にどうしろって? 他に男を作らせろ、とか?」
「実はそれも試したことはあるんですよ。でも、いくら男をあてがっても、何が気に食わないのかすぐに殺してしまうものでしてね」
「つまり、他でもないアンタがいいってことだろ。言わせんな恥ずかしい」
「そうなんでしょうねぇ。なにせ私はエリートですから。でも、エリートは優秀な歯車であるが故に、エリートとしての勤めやしがらみもある。つまり、エリートの結婚は同程度のエリート、あるいはより上級の家柄と結びつくための手段であり、エリートの遺伝子を残すという責務がある。そこに個人の感情などというものは介在する余地がないんですよ。お分かりですか?」
「わりーわ、エリートって単語を数えてたから、ちゃんと聞いてねぇ」
「ともあれ信女が、私にこだわるのなら、逆に私と思わせて満足させてやれば良かろうと考えましてね。そういう下世話な任務は、私や私の手のものには終えません。なにせエリートですからね。そこで、庶民である坂田さんならヤり遂げてくれるだろうと、白羽の矢を立てたというわけでして」
銀時はしばらくの間、佐々木の言葉の意味を理解できずに固まっていた。何回か脳内でその台詞を反芻しているうちに、吸うことすら忘れていた煙草の火がフィルターを舐め、指を焦がす。アチッと小さく叫んで、吸い殻を灰皿に叩き落とした。
「えーと。つまり、アンタのふりをして、その娘と寝ろ、と?」
「ご明察」
「俺の都合は無視かよ? まぁ、そりゃあ、一応独身だし? 恋人っていえるほどの仲っていうのも……いるような、いないような、微妙だし? お仕事と割り切れば、報酬次第でなんでもするのが万事屋ってもんだから、問題ないっちゃ問題ないけど?」
「それは好都合です。口説いたりする手間もナンでしょうから、既にお膳立てはしてあります」
新八と神楽は、以前の騒ぎで佐々木が刺された姿を見ているので、快気祝いを兼ねて逢いたいなどと騒いでいたが、やはり佐々木は子供向けの人物じゃない。無理矢理ふたりを置いて来て正解だった。
「お膳立てって何? もう据え膳状態でスタンバらせてんの?」
「あの娘をおとなしくさせるのに、象用の麻酔弾を何発も使いましたよ」
銀時がボソッと「アンタの、その無駄な用意周到さがコワイ」と呟いたが、佐々木は聞こえないふりをしていた。
「では、参りましょうか」
佐々木が、シガリロを灰皿に押し付けた。葉巻は燃えるのが遅く、まだ半分以上燃え残っていた。もったいねぇ、そのシケモクくれ、その1本でいくらすると思ってるんだ……と、銀時が拾い上げようと手を伸ばす。その目の前にポンと小さな紙箱が放り捨てられた。
「吸いさしは美味しくないですよ。煙草が欲しいんだったら、差し上げます。やっぱり本調子じゃないようで、まだ少しキツかったので」
「そういわれて手を出すのって、すっげぇミジメなんだけど。いや、シケモク拾う方が貧乏臭いんだけどさ」
なけなしのプライドで葛藤する銀時には興味がなさそうに、佐々木は伝票を拾い上げるとさっさと席を立った。銀時はその背中と煙草の箱を少しく見比べ……結局、懐に押し込んだ。
外に出て駕篭(タクシー)を拾う。ドーナツ屋に立ち寄って二箱ほど買ってから、やや長いドライブの末に、いかにも豪華そうな大きな旅館に辿り着いた。恭しく三つ指をついて迎えた妙齢の女将に向かって佐々木が「洋室を借りていた今井だが」と、しれっと名乗る。偽名かよ、と呆れそうになったが、それがあの人斬り少女、信女の姓だと思い出す。
「こちらの離れでございます。庵の周囲に竹林がございますので、とても静かでございます。お酒など酌婦に運ばせましょうか」
「必要ない。誰も近寄らぬよう」
「承知致しました」
そのやりとりを聞いているうちになんとなく、ここはただの鄙びた温泉旅館ではなく、逢い引きや色茶屋としても使われる宿なのだと、庶民である銀時にも察しがついた。中庭の飛び石に導かれる先に、一見茶室のような離れが建っていた。その風流な雰囲気をブチ壊すかのように、入り口の前には白い制服姿の男が数名、仁王立ちをしていた。
「信女はまだ、寝ていますか?」
「一応。しかし、いつ目を覚まして暴れるか分からないので、手鎖はしてあります。あと、兜も」
「あなた方はもう帰ってよろしい。何か緊急の事態がありましたら、メールをください。宛名はさぶちゃんで」
「はっ」
いかにも無粋に一礼して、腰に帯びた刀をガシャガシャ鳴らしながら去って行く。
「手鎖って、大げさな」
「それぐらいの用心はするに越したことはありません。信女と寝ようとした男は皆殺されてるって、さっきも申し上げたでしょう?」
「あー…言ってたね、って、それってもしかして、俺の身も危険ってことぉ!?」
「万が一の事態に備えて、見守っていて差し上げます。保障はできませんが、努力はいたしましょう」
「えっ、見守るって何? いや、そういうプレイはちょっと」
「勃たないのでしたら、媚薬でも用意しますが」
「それもありがたいけど、そういう論点じゃなくて、その」
赤くなってゴニョゴニョ呟く銀時を不思議そうに見下ろし「ほら、行きますよ」と佐々木が腕を引っ張った。
ドアを開けると、内部は一転して洋風であった。そのギャップに面食らった銀時であったが、そういえば、さっき佐々木が「洋室を借りていた」云々と言っていたことを、辛うじて思い出した。
ベッドは天蓋付きであったが、よく見ると、いかにも少女趣味な装飾に似つかわしくない、無粋な鉄の箱が柱にくくりつけられているのが見えた。そこから伸びている鎖がたまにガシャガシャと動いているところを見ると、信女が目を覚ましたらしい。
佐々木は指を立てると唇に当ててみせた。銀時もその意図を察して「げぇ」と言いかけた口を慌てて押さえる。佐々木はそろそろと近づいて、枕側のカーテンをそっとめくり上げた。信女は一糸まとわぬ姿で、両の手首にそれぞれ鎖に繋がった手錠をかけている。頭部は鉄兜のようなものですっぽりと覆われていた。佐々木はその鉄兜に触れ、軽く揺さぶると「しっかりとセットされているようですね。話をしても大丈夫のようです」と呟いた。
「え? なにそれ?」
「この機械で脳波に直接働きかけて、視覚と聴覚をコントロールしています。なりすますといっても、信女の勘は野生の獣並みですからね」
「あー…金時の洗脳波みてーなもんか」
「金時? まぁ、洗脳といえば洗脳なのかもしれませんが、嗅覚だけは鼻を塞ぐわけにもいきませんでした。念のために、坂田さんに私のエリートな衣装をお貸ししましょう。代わりに,アナタの貧乏くさい服をお預かりいたします」
「俺さ、さっきアンタの用意周到さがコワイって言ったけどさ。訂正するわ。アンタの用意周到さにはヘドが出る」
「お褒めに預かり、光栄ですね」
佐々木がスカーフを抜き取り、信女の顔の上に放り投げた。すんっと息を吸い込んだ信女が、途端におとなしくなる。
「こんな状態でヤれって? その、罪悪感感じるんだけど。いや、俺もドSだけどさ。ドSはドSでもガラスのドSっていうか、むしろSは『紳士』のSっていうか」
ごにょごにょ言いながらも、銀時は差し出された佐々木の上着とベストを受け取る。おろしたてのように真っ白い服に体臭など染み付いているようには思えなかったが、代わりに先ほどのシガリロの匂いが微かに残っていた。
「せめて、手錠は勘弁してやらね? アンタがヤるって設定でも、これはちょっと酷いだろ」
「そこまで言うのなら、鎖は多少緩めて差し上げましょうか。ただ、バレて暴れ出したりなんかしたら困りますので、手錠を外すのはよしておきましょう」
そういうと、佐々木はベッド脇のテーブルの上に置いてあった、小さな機械を拾いあげた。白く丸っこいボディにボタンがふたつ付いているだけのシンプルなデザインで、一見するとオトナの玩具に見えなくもない。
「何それ? これで鎖の長さが調節できんの? わざわざこんなカラクリ作ったのかよ」
「念のため、ですよ。エリートは用心深いんです。一応、このリモコンをお預けしておきましょう。赤いボタンを押すと鎖が巻き取られますので、危ないと思ったらお使いください」
銀時は、帯を解いて白い羽織を脱ぎながら「で、ホントに立ち会うの? マジで見られて興奮するとかそういう性癖ないんだけど。むしろ、俺のシャイボーイが恥ずかしがって縮こまっちゃってるんだけど」などと、まだグズグズ言っている。
一方、佐々木は「どうぞ、私にはお構いなく」と、素っ気なく告げると、部屋の隅にあるソファに腰を下ろしてそっぽを向いてしまった。大きなベッドが部屋を占領しているせいか、他の家具は心持ち小ぶりであるらしい。佐々木は長い手足を持て余し気味なように見えた。
銀時はチェッと舌打ちをしたが、これもお仕事と割り切って腹を括った。佐々木のベストとコートを羽織り、ブーツを脱いでそっとベッドに上がる。縛られている少女に四つ這いで近づき「怖がらなくていいんだぜ」と優しく囁きながら、まだ顔にかかったままのスカーフを外し、鉄兜越しに頬の辺りを撫でてやる。
「異三郎?」
不安そうな声色であったが、確かにそれは信女の声であった。
「何も聞こえない。そこに居るのは異三郎なの? 異三郎の匂いがする」
そう、と答えてやっても多分、周囲の声は届かないのだろう。先ほど少しだけ緩めてもらった鎖の長さだけ、信女が両手を宙に彷徨わせる。その手を掴んで、コートの衿に触れさせてやると「異三郎の匂いだ」と呟いて、ガバッと抱きついて来た。本当に心から慕ってる様子じゃねぇか。なんだって、そんな乙女の純情を踏みにじって騙すようなことをしなきゃいけねぇんだ……と理性では憤ってはみるものの、全裸の少女が抱きついて来るという据え膳シチュエーションに、男性の本能はかなり素直に反応してしまっている。
「えーと。いいのかな、いいんだよね。そーいう約束の仕事だし。これで報酬だって貰うんだし」
ブツブツと自分に言い聞かせ、銀時はえいやっとばかりに少女の体の上にのしかかり、その細い脚の間に己の膝を割り入れた。さすがに嫌がるかと思ったが、寧ろ嬉しそうに甘えかかってきた。触れ合っている少女の肌は蕩けるように柔らかく、微かに甘い匂いを漂わせている。片手でベルトを緩め、スラックスのジッパーを下ろした。内側ではち切れそうになっていたモノを引っ張り出す。この異常なシチュエーションのせいか、普段は糖尿の影響かやや謙虚なご子息も当社費130%アップぐらいの膨張率と硬度だ。これだったら、このままイケるんじゃね? つーか、このままブッ込みてぇ……と、少女の下腹部に擦りつける。
「あ、待って、少し、待って、ダメ、それはダメなの」
触れている熱の正体を悟ったのか、それまで積極的だった信女が、途端に膝をすり合わせるような仕草で拒み始めた。いやよいやよも、なんとか、か。あえいでいる姿が可愛らしくて堪らなくなり、熱い息を漏らしている桜色の唇を軽く吸ってやる。それに応えるように、信女の手指が銀時の脇腹に触れ、ゆるやかになぞった。
だが、その途端。
「違う!」
信女が叫んで、銀時を突き飛ばそうとした。さらに見えないなりに殴り掛かって来たので、とっさにリモコンのボタンを押す。拳が銀時をふっ飛ばす寸前に、ガクンと信女の両手首が引っ張られた。
「ふう。やべーやべー…何でバレて……ああ、こないだエリートさんを貫通した傷か」
引っ張られた衝撃で信女はひっくり返って頭を打ったようだが、気絶するほどではなかったらしく、さらに敵意を剥き出しにしながら、鎖を引き千切ろうと暴れている。だが、両腕の自由を奪われ、無惨に仰向けに腹を曝け出している状態では、男の侵入を拒みようがなかった。
「わりーな。ここまできたら引き返せそうにねーや」
銀時が根元を掴んで入り口に狙いを定める。だが、突入した瞬間、先端に激痛が走った。ギョッとして腰を引いて逃げようとしたが、それまで拒んでいた信女が一転して、両足を男の胴に絡めてきた。背後で足首を組んでぎゅっと締め付けながら、ぐいぐいと腰を押し付けてくる。
「いだだだだっ、ちょっ、タンマ、タンマ! ストップ!」
「そこまでいったんだったら、フィニッシュまで頑張ってくださいよ。きっかけはどうであれ、純潔を捧げた相手にはそれなりに愛着を感じるのが、牝の性ってヤツですよ」
ソファに腰を沈め、他人事のように携帯をぽちぽちと弄りながら、絡み合っている銀時らには見向きもせずに佐々木が呟いた。
「純潔を捧げるとか、そういう論点じゃ……ちょ、無理無理無理無理ぃいいいい! 俺のシャイボーイが食いちぎられるぅううう!」
「そんなに名器でしたか。良かったですねぇ」
「違う違う、そーいうんじゃないから、コレ! 締めてるとかいうレベルじゃなくて、切れるとゆーか刺さるとゆーか……リアルにマジこれヤバいって、いただだだだだ…っ!」
女って、こんなところに歯が生えてたっけ。いや、下の口とかいうぐらいだから、歯ぐらいは生えてるのかもしれない……って、いやいや、違う違う、絶対にオカシイ! しかも、とんでもない馬鹿力で足を巻き付けているために、手で掴んで引き剥がそうにも、ビクともしない。
「ほらほら、信女も喜んでいるじゃないですか。それ、だいしゅきホールドっていうんでしょう?」
「なにがだいしゅきだよ、ちげーよ、これ、殺意こもってるよ。絶対殺す気満々だよ! いや、まんまんも銀さん殺す気に……って、いだだだだだだだっ! ちょ、マジ勘弁!」
肋骨がぎしぎしと軋み、息が詰まりそうになる。苦し紛れに振り回した片手が思わず、つんと上を向いている胸乳を掴む形になった。
「うわ、ごめっ……不可抗力だから、これ……って、うぎゃあああああっ!」
銀時のあまりに悲痛な叫びに、さすがの佐々木も振り向いた。
見れば、信女の片方の胸の皮膚が裂け、そこから鋭い棘がびっしりと生えた球体がのぞいていた。銀時の掌は、その棘に刺されて血まみれになっている。
「なるほどなるほど、仕込み武器ですか。道理で、横たわってもボリュームがあまり変わらないと思っていました」
「も、無理。さすがの銀さんもこれ以上無理だから、助けて」
「仕方ありませんねぇ。しかし、これで、今までの男共がどうやって信女に始末されたのか、大体のデータは取れました」
億劫そうに立ち上がり、半狂乱で打ち振られている少女の頭を押さえ込んで鉄兜を外してやる。額やこめかみにケーブルに繋がった小さな吸盤が貼り付いていて、それがぷちぷちと剥がれた。
「ハイハイ、私はここにいますよ。ほら、信女。ドーナツをあげましょう」
兜を脱がされた信女は、顔を涙でぐしゃぐしゃにしていたが、佐々木が手にしているドーナツを目にして、ぱぁっと表情を明るくした。
「じゃあ、坂田さんを放してあげてくださいね」
だが、その命令はイマイチ不服だったのか、信女は奥歯をぎりっと噛むや、ペッと銀時に唾を吐きかける。肩口にかかったしずくが、ジュッと音を立ててシャツを焼いた。
「ちょ、何? 酸? なんなの、この娘ぉおおおお!」
ようやく解放された銀時であったが、身体を起こそうとして脇腹の痛みにうずくまってしまう。ねっとりとした脂汗も浮いてきて、肋骨を折られたのだと気付いた。
一方、引き抜いても下腹部の痛みが収まらないのでオカシイと思ったら、ゴムのようなものが巻きついていて、その内側にも棘が生えているのが見て取れた。道理で歯が生えていると錯覚もしたわけだ。
「信女は根っからの暗殺者というか、全身が凶器のような存在ですからね。よもやとは思いましたが、膣内も武装していたとはね」
「なにその凶悪な罠……そうか、それでアンタと思い込んでた間は『ちょっと待って』だったのか……って、外れねぇえええ!」
「信女、坂田さんのアレも外しておあげなさい」
手錠も外してやりながら佐々木が呼びかけるが、信女は体が自由になるやドーナツをくわえたままベッドから転がり出て、床にうずくまったきり、動こうとしない。
「困った子ですねぇ。仕方ありません。坂田さん、バイト代に治療費を上乗せしますから、ソレ、病院に行ってなんとかしてもらってください」
「病院つっても、何科に行ったらいいんだろ。こういうの」
「さぁ? 怪我だから外科ですかね? でも場所が場所だけに、泌尿器科かもしれません。坂田さん、立って歩けますか?」
「いや、その……ちょっと、無理」
「そのようですね。救急車をお呼びしましょう」
片手で犬の頭を撫でるようにおざなりに信女をあやし、もう片手で携帯電話を握ったまま、佐々木は器用に親指でボタンを操作した。信女の艶やかな髪を撫でながら、宿の名前と部屋番号を告げる。
銀時は「救急車なんて大袈裟な」と思ったが、それを止めるだけの気力も体力も残っていなかった。
「すぐに来てくれるそうですよ。アナタは割と大柄ですから、救命士には屈強の男性を数名寄越すようにも伝えています。最寄りの病院は外科も泌尿器科もある総合病院みたいですし、良かったですね」
「良かった……のか? 最寄って大江戸病院だろ? あそこ、ヤブ医者ばっかりだぜ」
「おや、馴染みの病院ですか。ますます結構なことです」
そこで思い出したように「信女。病院の人が来るから、ぼちぼち服を着なさい」と命じてポンポンと背中を叩いたが、信女は頑として動かない。そのうちに遠くからサイレンの音が聞こえて来たので、佐々木は諦めてベッドから蹴り落とされていた毛布を拾い上げると、それで小さな女体を包んでやった。
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