当小説には、残虐で猟奇的な要素を含みます。
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夜うさぎウサギなにみて刎ねる【上】


目覚める寸前まで、なにか甘い夢をみていたと思うのだが、乱暴に揺り起こされてその余韻も吹き飛んでしまった。いつものにやけ顔が自分を見下ろしている。

「んだよ、朝っぱらから」

「昨日はお楽しみで……と言いたいところだけど、もしかして清いお付き合いだったの?」

「は?」

神威に言われて初めて、昨晩、共寝した筈の女が見当たらないことに気づいた。

「まぁ、清いお付き合いっつーか」

阿伏兎は、バツが悪そうに頭を掻いた。
組織の派閥争いで居場所を失いつつあったその女に、それなりに同情めいた好意を抱いてはいたが、特に深い仲になったわけでもない。むしろ、艦内のバーの片隅で呑んだくれていたのを見かけ、その酔ってぽやんとした表情と普段の気性の激しさとのギャップを目の当たりにして「鬼女も案外、可愛いところがあるんだな」と、今更のように気付いた程度だ。
眠たいのかと尋ねると、幼子のようにこっくりうなづいたので、連れて帰ってベッドを貸してやった。服の胸元を緩めてやったのも、眠っている相手に手を出すほど女に飢えてもいなかったので、単に襟元が締まっていたら寝苦しかろうと思ってのことだ。

『枕』

『俺のしかねーよ。オッサンくせーぞ』

『じゃあ、腕』

仕方なく腕を差し出してやると、猫の仕草ですり寄って来た。抱き込まれて触れた女の腹の肉が、ほんのりと熱を帯びて蕩けそうなほど柔らかだったのを覚えている。その心地よさにこちらもついつい、眠りに引き込まれて。

「残念ながら、逃げられたみてーだな」

「ま、こんなこともあろうかと、ちゃんと準備してたんだけどね」

神威がサンタクロースよろしく担いでいた袋を下ろすと、中から全裸の女がどたりと転げ落ちてきた。
ヒューマノイド型であることは確かだが、肌の色すら分からないほど傷や青あざだらけで、彼女がどこの何という種族かまでは識別できない。神威は、そのヒトガタの淡い色の髪を掴んで、阿伏兎が寝ていたベッドに放り投げる。手足の関節が外れているのか、あるいは腱が切れているのか、マリオネットのように不自然な向きで四肢が広がった。

「もしもーし? 何をしていらっしゃるんですか、バカ団長ドノ?」

「何って……えーと、朝勃ちの処理?」

可愛らしく首を傾げてみせるのが、余計にうっとおしい。

「そんなもん、自分の部屋でしてくれ」

露骨に顔をしかめて見せるが、神威はまるでお構いなしにヒトガタの両足首を掴んだ。押し広げた肉壷は既に、裂けてはみ出しかけた内臓と固まりかけた血の塊とで、生の挽肉のようになっていた。そこに腰を押し込んでのしかかっても、ヒトガタは抵抗する気力も失せたのか朦朧と濁った目を天井に向けているだけだ。
神威は「あれ、ちょっとイキが悪いな」と呟いて、やおら右の手刀を女の腹に突き立てた。あっさりと手首まで突き立ったのを、強引に下腹に向けて引けば、さすがにヒトガタが掠れた声で喚く。どこの言語とも判別できない断末魔の叫びだ。

「あ、少し締まった。まだ括約筋が残ってたんだ。意外とタフだねぇ」

「そういう問題かよ」

阿伏兎は痛々しさに見ていられなくなって、ベッドに背中を向けて着替えを始めた。サイドテーブルの上に乗せていた財布やキーケースをポケットに突っ込もうとして、ふと、手が止まる。鍵が一本足りない。

「そういえばさ、昨日の夜、無断でゲートを出た小型船があったんだよね。使われたキーとパスワードは、ウチの団のものでね」

「どういう意味だ?」

ざあっと全身の血が下がる音が聞こえた気がした。それに、間延びした神威の声が無遠慮にかぶさってくる。

「どういう意味も何も、俺も阿伏兎も、その脱走した小型船とは関係ないし、一切知らないって言い張らないとね。だって、そいつは組織の金をごっそり持ち逃げしたっていうんだもの。係わり合いになって泥をかぶるのはゴメンだよねぇ?」

「まさか、バカ団長、アンタは」

振り向くと、神威は女の腹の傷に手首まで突っ込みながら、上機嫌で腰を振っていた。

「腸壁越しにしごくと、ぬるぬるしてなかなか気持ちいいね、コレ」

いかにも無邪気にそんなことを言われては、阿伏兎もがっくりと脱力するしかない。

「見苦しいから、さっさと済ませてくださいよ」

「阿伏兎がちゅーしてくれたら、イけるかも」

「ふざけんな、殺すぞクソガキ」

罵りながらも、この悪夢のような状況をさっさと終わらせたくて、のっそりと近づいた。
絹のような滑らかな手触りのおさげ髪を掴んで引っ張ると、神威が無防備にのけぞる。その白く華奢な喉笛を食いきってやりたい衝動を堪えながら、ふっくらした唇に吸い付いた。塩辛く鉄くさい味が口の中に広がったが、やがてそれが薄れると、ほんのりとした甘さが感じられた。より深く味わおうと肩を抱く腕に力を込めると、嫌がるように小さく身じろぎした。

「あ……った」

ぱたぱたと神威の拳が、阿伏兎の胸板を叩く。

「ンあ?」

「イっちゃった」

言われてみれば、独特の生臭い匂いが立ち上っている。
唖然としている阿伏兎を尻目に、神威は男の腕から逃れると、顎まで伝っていた唾液を拳で拭った。

「で? その小型船と、このかわいそーなお嬢さんに、どういう関係が?」

「ないよ」

「は?」

「まったく無関係。阿伏兎は昨夜、泥酔した挙句、名前も知らない、いきずりの女性を連れ込んだ。朝になって、俺がヤキモチをやいて殴りこんできて、その女を殺しちゃった。そんだけ」

淡々とそう説明しながら、神威はまだヒクヒクと動いていたソレの頭部を掴むと、引きちぎった。ついにヒトガタですらなくなった死骸を見下ろし、神威は枕元の桜紙を鷲掴みにすると、己の手や下腹部を丁寧に拭い、服の乱れを直した。

「じゃ、そういうことでヨロシク」

やけに爽やかにそういい残すと、神威は軽やかな足取りで部屋を出て行った。惨殺死体と二人きりで取り残された阿伏兎は、一体どうしたものか途方にくれ、とりあえずその隣に腰を下ろした。転がされた頭部を元の位置に置いて、半眼のまぶたを指で撫でて閉じさせてやる。死後硬前のせいか、苦悶の表情を浮かべていたはずが、筋肉が弛緩して次第に穏やかな顔になっていく。高く筋の通った鼻と形よい眉から察するに、生前は、そこそこ美人だったに違いない。

「アンタも災難だったな。うちのバカ団長のせいで、すまねぇ。いや、俺の責任もあるわな」

ふと胴体を見下ろすと、形よく上を向いた胸乳は、神威のお気に召さなかったのか、なぜか無傷で残っていた。おっぱいの良さを理解しないとは、相変わらずうちの隊長は女ってもんを分かっていない。ともあれ、乳丸出しのまま放置しておくわけにはいくまいと、阿伏兎が一度は羽織ったマントを脱いで、女の体にかけて隠してやったところで、犬の頭部をした兵隊らが「第七師団副団長、阿伏兎。第四師団団長逃亡について聞かせてもらう!」と喚きながら、ドッと部屋に押しかけてきた。

「第四師団団長逃亡? なんのことだ」

「昨夜、貴様どこで何をしていた。貴様が女連れで歩いていたとの目撃情報は入っているんだ」

なるほどな、と阿伏兎は独り合点した。
それで、無理にでも俺に当てがう女を見繕う必要があったわけだ。それも、決して口を割らない……というよりもむしろ、永遠に割ることのできない女を。

「見ての通りさ。酔っ払って女ァ連れ込んだはいいが、今朝になってウチの団長の逆鱗に触れて、この有様さ」

「第四師団団長と一緒だったのではないのか?」

「さぁ? コイツがあの女狐だっていうんだったら、アンタの言う通りなのかもしれねぇが」

兵隊らが顔色を変えた。嗅覚の鋭い種族なだけに、気の弱いヤツなんぞはむせ返る血と臓物の匂いに負けて、今にも吐きそうになっている。

「この女の名前と身元は?」

「さぁ? この女のことはまったく知らないよ」

「しらばっくれる気か」

「しらばっくれるも何も、知らないものは知らないんだ。疑うんだったら、拷問にでもなんでも、かけてくれていい」

堂々と言い放つと、兵隊らは戸惑って顔を見合わせた。彼らには、仮にも副団長クラスの身分を拷問にかけるだけの権限は無いのだろう。

「じゃあ、その死体は我々が預かって、調べさせてもらう」

一瞬、どう返事をしたものかと迷ったが、ウチの隊長のことだから、ヘタに足がつくようなところで調達していないだろうと腹を括り「どうぞ、どうぞ」と答えることにした。まさかあっさりと了承されるとも思っていなかったのか、兵隊らはますます困惑した様子であったが、引くに引けずにベッドのシーツにくるむようにして、遺体を持ち出す支度を始めた。

「あ、そうだ。どうせ解剖が済んだら船外に捨てて宇宙葬にするんだろうけど、できるだけ丁重にしてやってよ。行きずりの仲とはいえ、これも何かの縁だ」

阿伏兎はそういうと、財布から金貨を抜いて差し出した。カネなんぞで虐殺された女が許してくれるとも思わなかったが、これだけあれば埋葬カプセルに花ぐらい敷き詰めてやれるだろう。



※※※※※



背中に、ぽたりとしずくが垂れたのを感じた。
慣れとは恐ろしいもので、うつ伏せになって尻を貸したまま、ウトウトしかかっていたのだ。どうせ相手も己の劣情を吐き出すことだけに専心しているのだろうから、不義理非人情はお互い様だ。

「団長、イっちゃいました? じゃあ、俺もう寝ていいすかね? オッサンなんで、こーいうの、いい加減シンドイんすよ」

「いいすかねも何も、とっくに寝てたじゃないか」

「熟睡はしてないっすよ。ケツは痛いし、揺さぶられるし、おまけにしょっちゅう噛み付かれるしで、とても寝れたもんじゃねぇ」

「いーや、寝てた」

さらにポタポタとしずくが垂れてくるので、まさかまた、なんぞ趣味の悪い余興で血の滴るようなモノでも持ち込んだのかと振り返ってみたが、背中に覆い被さっていた神威はただ、己の手の甲で額を拭っていただけであった。頭から水をかぶったように、ぐっしょりと濡れるほど汗をかいている。そんなに暑かったのなら我慢せずに空調をつけても良いのに、と思ったが、照明を落とした薄暗い中でよくよく目をこらせば、クーラー運転中を示す赤ランプが光っている。よくよく考えれば、ウチの団長はそもそも「我慢」なんぞ微塵もできない性格だった。
阿伏兎が姿勢を変えたのを神威はどう解釈したのか、もぞもぞと腹の側にすり寄って来た。汗でべとついて気持ち悪いが、ここで突き放せば拗ねるので、仕方なく頭を撫でてやる。

「そーいえば、聞いた話なんだけどさ。なんだって、阿伏兎がアレの葬儀代なんか出してやったわけ?」

汗がようやく引いた頃、神威がポツリとそんなことを言い出した。

「アレ?」

再びうつらうつらしていたこともあり、とっさには思い出せずに首を捻っていたら、神威が「アレだよ、アレ」と焦れて、阿伏兎の肩に噛みついた。一見可愛らしい仕草に見えるが、実際には渾身の力が込められており、たちまちなめし革のごとき男の皮膚に真珠のような歯が突き刺さり、血が吹き出す。

「いてーよ、バカ」

お下げを掴んで引っ張るようにして引き剥がす。

「いだだだ、抜ける、ハゲる、うすらハゲる」

「親父さんみたくハゲんのがイヤだったら、むやみにひとを噛むんじゃないよ」

「阿伏兎が悪いのに。意地悪」

それでも懲りずに、鼻を鳴らして肩の傷口に唇を寄せ、ぺろりと紅い舌をひらめかせる。

「ほら、朝勃ちの処理の」

「ああ。アンタがいつぞや嬲り殺したアレですか」

さすがにシーツとマットレスは汚れがひどかったので取り替えたが、まさにこのベッドの上での出来事だ。
結局、ヒトガタの身元は判明しなかった。元の顔も名前も分からぬまま、宇宙の藻屑と消えてしまった。だが、そんなエピソードがひとつふたつ加わった程度で眠れなくなるデリケートな神経では、宇宙中の戦場を渡り歩いて生きる戦闘種族は務まらない。

「そうそう。第四師団団長の逃亡んときの」

「なぁ、もしあの女狐が逃げずにまだこのベッドに居たら、おまえさんどうするつもりだった?」

「殺したよ。阿伏兎が女なんかに優しくしてるの、見てるのイヤだもん」

さらりと言い捨てて阿伏兎の腕に体をすりつける。ちょうど、あの女がそうしたように。違うのは、腕に感じられるのが硬く張りつめた、でこぼこの筋肉だということだ。

「アンタらしいな」

「そんでね。その女、帰って来てるんだって」

「なんだって!?」

思わず起き上がる。腕から振り落とされた神威は「いたーい」と頬を膨らませた。

「阿伏兎、気になる?」

「当たり前だ」

「当たり前なのかよ」

「で? どこに居るんだ? この船にか?」

脱ぎ散らかしていた服を拾い上げて、袖を通す。まだ不満そうに転がっている神威にも、拾い上げたパンツを顔面めがけて投げつけ「着ろ」と促した。



帰って来たというよりは「裏切り者が連れ戻された」という表現の方が正確に違いない。ある程度の事態は覚悟していたが、それでもいざ、やつれた姿を目の前にすると、なんともやりきれない気分になった。身を隠すために顔を整形していたため、当時の面影を殆ど残されていなかったのが不幸中の幸いだったかもしれない。

「俺じゃないよ?」

神威が唐突にそう言い出したので、阿伏兎は一瞬「なんのこっちゃ」と思ったが、己の日頃の行いの悪さからして、華陀をこのような目に遭わせたのが自分だと誤解されると思い、先回りしたのだろう。

「じゃあ、誰なんですかい」

「鬼兵隊が手土産として持ち込んだって聞いたけど。よっぽどプライドがズタズタになるような目に遇ったんじゃない?」

「プライドがズタズタになるような目に、ねぇ」

女をここまで追い込むような卑劣なヤツらは信用するに足りないと阿伏兎は考えていたが、神威率いる第七師団が力を伸ばしつつあったのを恐れた阿呆提督の裏切りによって、結果として鬼兵隊と手を組むことになった。


初出:2011年09月13日
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