ローヤルゼリーってあれ栄養価は確かに高いけど、その効果の科学的根拠は証明されてないんだって【上】


志村新八、一生の不覚。寺門通の新作シングルの予約限定特典をうっかり入手し損ねてしまった。いくら「布教/観賞/視聴/実用」と用途別にCDを複数揃えてみても、肝心の限定特典……それも等身大抱き枕を逃すとはファンとしてあるまじき大失態、まさに万死に値する。

己の不甲斐なさが情けなく、数日間は抜け殻のように過ごしていた新八であったが、幸い、電脳茶屋で情報収集中に、電脳公売にてそれが転売されているのを見つけることができた。普段ならば「神聖なるお通ちゃんグッズを転売するなど不心得千万、転売屋は直ちに腹を斬って死ぬべきだ。また、彼らはただ死んで終るものではない。親衛隊隊長・志村新八が地獄の火の中に投げ込むものだ」と全力で罵るところだが、人間とは勝手なもので、このときばかりは転売屋が菩薩に見えた。嬉々としてさっそく入札してみたものの、同様に予約特典が欲しい輩が居たらしく、たちまち値段は高騰。あっという間に、新八には手の届かない価格にまで競りあがってしまった。 これで入手できる、これで挽回できる……と、気負いこんでいただけに失望は大きい。気付けば、電脳茶屋で呆然としたまま、朝を迎えてしまった。

結果的に無断外泊してしまったので姉が心配しているかもしれないが、とてもそれを正面切って弁解するだけの気力がない。いっそ、このまま万事屋に行ってしまおうと、よろよろと立ち上がった。延長滞在の追加料金が、新八にさらなるダメージを与える。
それもこれも、銀さんがちゃんと給料をくれないからじゃないか。お金が十分にあれば、支払いの心配をせずとも予約開始早々に手続きできるから、予約〆切日を忘れることも無いのに。 だが、儲からないことは十二分に分かっていて万事屋に勤め続けているのは新八の判断であり、自己責任なのだから、雇い主の坂田銀時を恨むのは少々お門違いというものだろう。

朱塗りの引き戸の前で深く息を吐いて気持ちを切り替えると「おはようございまァす」と、つとめて明るい声を出した。草履を脱いで揃え、いつものように玄関脇の神楽の寝室になっている物置の扉を開ける。

「神楽ちゃん、おは……あれ? 居ないや。神楽ちゃん、もう起きてるの?」

珍しいな、と呟きながら居間に入ると、雇い主の坂田銀時までが普段着に着替えて、机の上でなにやらめくって調べている様子であった。

「こんな朝っぱらから仕事ですか?」

「おう」

朝は低血圧低血糖の症状が出るとかで、めっぽう寝起きが悪いくせに、今日に限ってどうしたんだろう、と不審がりながら、その手元を覗き込む。そこに散らばっていたのは、名刺やら年賀状やら、であった。

「お客さんのリストでも作るんですか?」

「リストか。そーいうのも作っておいた方がいいのかもしれねぇな、実際んとこ」

「違うんですか」

新八が見守っている間にも、銀時は拾い上げた名刺に書かれている名前をチラッと見ては、机の隅に積み上げている。

「性別で分けてるんですか?」

「とりあえずは、な。そっから絞る」

いつまで経っても説明してくれる様子がないので、新八は応接セットの側へ移動した。応接セットのソファでは、神楽も同じ作業に勤しんでいる。

「神楽ちゃんまで……何してるの?」

もしかして自分が茶屋でボーッとし過ぎて、もうとっくに昼になっているのだろうかと、新八はふと不安になって時計を覗き込むが、時計の針はまだ卯の刻(午前六時から八時頃)、いつもの万事屋では「深夜」扱いで、絶賛睡眠中の時間帯だ。

「荷物預かってくれる人探してるヨ」

「荷物?」

「白い粉」

「へっ?」

「デッカいスズメ蜂のバーさんに頼まれたヨ。ちょっと預かってほしいっテ」

デッカいスズメ蜂のバーさん?
記憶をまさぐって、いつぞや夏の盛りに、ある山奥の寺でスズメ蜂の巣の除去を依頼されたことを思い出した。やたらデカイ蜂の巣だと思ったら、ほとんどヤクザと同じ生態をした天人が住んでいたんだっけ。そのヤクザどもが「姐さん」と慕っていたのが、バーさんもとい女王蜂だった。
そのバーさんが預かってほしい白い粉、だって?

「大丈夫なの? それ」

「大丈夫ヨ。合法って言ってたヨ」

「合法って何? なんかスレスレっぽい響きなんだけど、ホントに大丈夫なの? その法律ってちゃんと地球の法律だよね? っていうか、預かるだけだったら、僕らじゃダメなの? わざわざ他の人を探さなくちゃいけないって、なんでそんな面倒なこと……ねぇ、銀さん、これヤバい仕事なんじゃないんですか?」

状況がまったく見えないためにそう畳み掛けると、銀時が面倒くさそうに「俺らじゃ、条件がちぃと、なぁ」と、また疑心暗鬼を深めるような発言をした。

「あ、そうだ。おめぇの姉ちゃん、アルバイトにどうだ? 日当で一万、いや二万円払うからよ」

「どういう意味ですか? 姉上にそんな危ないことさせようってんですか? というか日当って、まさか、そのバーさんから貰った礼金をピンハネするんですか?」

「そりゃあ、預かってくれる相手を捜すっていう俺らの仲介手数料もあるからな」

こっちはカネが足りなくてお通ちゃんアイテムをゲットし損ねて、ベコベコに凹んでいるところを頑張って明るく振る舞っていたというのに、こいつらは朝っぱらから何しくさってるんだと、理不尽な怒りがこみ上げてくる。何か罵ってやりたいが適切な言葉が出て来ず、数拍の間、新八はひたすらぷるぷると肩を震わせていた。

「どうした、ぱっつぁん。ションベンか? いい年齢して漏らすなよ。遠慮しねぇで行って来い」

「銀さんアンタ、サイテーですっ!」

喉の奥からそう絞り出すと、新八は右腕を振り上げた。次の瞬間、バチーンという派手な音が響き渡る。自分がやらかしたことに半ばパニックに陥った新八は、踵を返して居間から飛び出す。どうやって草履を履いたのか、いつ階段を駆け下りたのかも分からぬまま、気がつけば数町先まで駆け去っていた。




「銀ちゃん、ぱっつぁん怒ってたネ」

「しゃーねぇよ。いろいろ難しいお年頃なんだ」

おちょくった時点でグーで殴られることは半ば覚悟していたが、まさか平手とは思わなかった。銀時は腫れ上がった頬を撫でて苦笑いした。

「難しいアルか。チェリーボーイは面倒くさいアルな」

「しゃーねぇだろ。だからチェリーなんだよ。ほれ、お前が分けたヤツ寄越せ」

「ハイ。でも、清純な美女なんていなかったアルよ」

「マジでか。こっちもろくなのが残ってなかったぜ」

「かぶき町でそんな条件、無茶もいいとこアル。やっぱりここは、かぶき町の女王、神楽様で決まりアル」

「だから、メンスも来てないお前じゃ、ダメなんだって。第一、オマエそっくりなのが増殖したら面倒極まるだろーが」

「増殖はイヤね。パピーや馬鹿アニキそっくりの蜂がうじゃうじゃ出て来たら、イヤアル」

「だろ?」

なんだかうまく言いくるめられた感がしなくもないので「じゃあ、イイ女を見極める手伝いしてあげるヨ。男はすぐに女にダマされるアルからね、同性の目は誤摩化せないアル」と、銀時が腰掛けている椅子の肘掛けに、ちょこんと尻を乗せる。

「こらこら、椅子が壊れる」

銀時がそうボヤくと、神楽の腰を両手で掴んで持ち上げ、膝に下ろした。

「銀ちゃんのえちー」

「何がえちーだ。前か後ろかもわかんねーペッタンコの胴体してるくせに」

「銀ちゃんがえちーって、パピーに言いつけるアル」

「うわ、それは勘弁してくれ。殺される」

口先だけでそんなことを言いながらもまったく気にしていない表情で、銀時は二人で仕分けした名刺を、再びめくる作業にかかっていた。

「年齢と見た目だけでピックアップするなら、鍛冶屋の鉄子に火消しの辰巳……地球防衛軍の姐さん……は、独身かもしれねぇけど、ちぃとスレてそうだな。大江戸病院の内野さん……は、エリザベスにヤられたか」

「独身じゃないと、ダメアルか」

「お手つきだもんな。人妻でも良けりゃ、長谷川さんの奥さんとか北斗心軒のラーメン屋の女将とかは、そこそこ美人で性格もよし、なんだがなぁ。こーしてみると、ズラの人妻好きも分からなくねぇなぁ」

「そうだろう、そうだろう! 銀時、ついにお前も人妻の良さが理解できたようだな! これで性癖の不一致も解消だぞ、銀時!」

背後の窓からいきなり、銀時の旧友、桂小太郎がそう喚きながら侵入して来たが、銀時は振り向きもせずにその顔面に裏拳を叩き込んだ。

「い……痛い、愛が痛いぞ、銀時」

「うるせぇ、死ね」

「ツンデレというやつだな。フフ、銀時、この照れ屋さんめ」

「いいから死ね。今すぐ死ね。オマエが出てくると、ハナシが無駄に長くなるんだよ、だから死ね」

神楽も便乗して、銀時の膝から下りるや、楽しげに桂を殴る蹴るしている。

「神楽、その生ゴミどっか捨てて来い」

「アイアイサー。行くよ、定春」

奥の座敷で丸まって眠っていた巨大な白犬が、名前を呼ばれてむくりと起き上がった。わん、と鳴いて、大きな尻尾をふりふり、神楽にじゃれつきながら着いて行く。それを見送って、銀時はしばしぼーっとしていた。急にガランとしてしまった万事屋を眺めているうちに、煙草がほしい、などとふと思うが、そんな嗜好品など万事屋にある由もない。仕方なく名刺をめくる作業を再開した。




蜂という生物は、生まれによって女王蜂になったり、働き蜂になったりするのではない。特殊な餌を与えられた幼虫が育つと、女王蜂になる……というだけの話だ。そして、あの蜂型天人も同様の性質を持つ。つまり、どう見てもヤクザなあの蜂型天人も、ある特殊な餌を与えられて育てられれば、女王になるというのだ。

「これが、そのための餌、女子力粉なんじゃが」

老女王蜂がそう言って、銀時に鉛の箱を差し出したのは、昨日の晩。新八が帰宅した直後のことであった。

「じょしりきこ?」

一応仕事ということでメモを取っていた銀時であったが、パッといわれた単語の漢字が思い浮かばず、尻、利器、機、子……などと掌に人差し指でいくつも漢字を書いて、首を傾げた。

「おなごの、チカラの、粉、と書く」

「ああ、文明の利器、の利器じゃなくて、力? 薄力粉(はくりきこ)とか強力粉(きょうりきこ)みたいなもん? へーぇ。丈夫なお子さんですね、女王候補は、これを粉にして食うんですか。歯、すげくね? つか胃もすげくね?」

「いや、ちげーよバカ。この箱じゃねーよ。この箱の中身じゃ」

「えらく厳重な箱に入れてんだな」

「この箱は、一種のバリヤーになっておる。余計な情報が入ったら、困るからのう」

「情報?」

「女子力粉は、女王になるために必要な、女子力を補充するための粉での。しかし、メスの魅力というものは、文化や時代、そして進化の段階の影響を、非常に強く受けて変化するものじゃ」

「ああ、それはなんとなく分かる。大昔は下膨れ引き目鉤鼻が美人の条件だったっつーし、化粧も、眉が太いの細いの、ガン黒だの美白だの、コロコロ基準が変わるもんな。ちょっと前のアイドルも時代が変わったら芋くさく感じたり、一時期ウケが良かった不思議ちゃん系も、すぐに飽きてイラッとするようになるし」

「そういうこと。わしらの一族はそれを補うために、その世界でより魅力的と思われているおなごに女子力粉を預け、その生命情報をコピーするのじゃよ」

「つまり、この粉を誰かに預けてコピーさせろってこと?」

「誰にでも、というわけにはいかぬぞ。見目麗しく、気立て優しく、聡く賢く、清楚貞淑……しかし繁殖力は旺盛でなくてはいけぬ」

「そんな、淑女と売女というか、美女と野獣というか、そんな相反する条件を兼ね備えるような、都合のいい女なんて居るのかよ。つーか、アンタ自身も、そうやって育ったという訳?」

「そうじゃよ」

このババァが昔、そこまで魅力的な個体だったとは到底思えないのだが、答えた老女王蜂は、あくまで真剣そのものであった。もちろん、例えば竜宮城を支配していたあのデブス……もとい乙姫も、若い頃は「こんなキレイな人は見たことがない」と浦島が証言していたほどの美女だったというのだから、この老女王蜂だって、昔は美しかった可能性が皆無ではなかろうが。

「手を抜いてもらうと、我らが一族が繁殖できず滅ぶことになるんで、くれぐれも良いおなごに頼むぞよ。もちろん、報酬は払う」

「ええっ、それってすげぇ責任重大じゃね? そんなんを万事屋ふぜいに頼むとか、どういう神経よ」

「なにしろ、わしが直接、適任者を探すには年をとり過ぎてしもうたし、働き盛りの若い衆は、先の戦争で大方滅んでしもうたしのう。もう、わしらの希望は、戦乱にも割れずに残ったいくつかの卵と、女子力粉だけなのじゃ」

銀時の顔が徐々にこわばったのは、その若い衆が滅んだ先の戦争とやらに、万事屋が(間接的に、とはいえ)関わっていたことを思い出したからだ。
真夏の夜空に嫋々と響いた読経が、やけに生々しく脳裏に蘇る。

「あ、は、は、は……それは大変ですね、是非ともお力になりたいと思います、ええ、ハイ……ジ、ジャストドゥーイッ! 我が命に代えてもぉおおおお!」

「そうか、では、お頼み申したぞ」

「えーと。見目麗しく、気立て優しく、聡く賢く、清楚貞淑……しかし繁殖力は旺盛、ね。処女じゃなきゃダメ、とかの条件はある? ドM淫乱メス豚とか」

「処女はこだわらぬが、一族の血を純血に保つためには、淫乱ではよろしくない。同様に、所帯を持って糠みそくさくなったのも、論外じゃ」

「だったら、酒乱プッツン暴力女とか、改造バベルの塔付きボクっ娘とか……は、ダメッすよね。いやいや、念のため」




つまり、そういうワケである。
パッと思い浮かぶような身近なキレイドコロは、どいつもこいつも癖のある連中ばかり。一方、銀時にとって理想の女性といえば、お天気おねぇさんの結野アナこと結野クリステルだ。その兄・清明とは多少の付き合いがあったため、頼みごとをしようと思えばできなくもないが、そもそも結野アナはバツイチなので、条件から外れる。

「なんかもう、面倒になってきたなぁ……もう、キャサリンとかハム子とかでいいんじゃね? ちょっとばかし不細工だし性格歪んでるし猫耳したって全然萌えないけど、いざ所帯持つとなったら、現実問題、そのあたりのちょいブスに落ち着くもんじゃね? 女子力だ何だって大層なことゆーても、所詮は若いニクツボの飾りです。エロい人にはそれが分からんのです……ってことでいいんじゃね?」

名刺を放り出して、椅子の背もたれに体を預け、天井を見上げる。
大体、理想を託せるような女性なんぞ、そうそう現実にいる由がない。新八だってアイドル・寺門通にゾッコンだし、どう見ても女に不自由しそうにない土方十四郎だって、ちょっと油断をすればロリコンアニメキャラにハマるほどだ。

「なぁ、そう思うだろ。ジャンプ忍者」

呼びかけると「いや、俺は信じるね。なんせ、ラブコメ好きだしね」などと言いながら、服部全蔵が天井の羽目板を外して、その穴から顔を出した。

「ラブコメも二次元じゃねーか」

「二次元も好きだが、三次元への希望を捨てた訳でもねーよ。なんなら、俺が絶世の美少女とやらを探してやろうか?」

「オマエ、ブス専だろーが。断る。全力で断る。ところで、そっちに頼んでいた探し物はどうなったよ?」

「おう、きっちりゲットしたぜ? 代金立て替えて振り込んでおいたから、後で払えよ。数日後には現物も届く」

「いくらかかった?」

「ほれよ」

ひらりと手元に落ちて来た振込用紙控えを見て、銀時が目を吊り上げた。

「んだよ、こんなに高いモンなのか?」

「しらねーよ。どっかの新参者が競ってきたから、吊り上がっちまったんだよ。俺もほしいモンを落札するついでだったから、別に手数料くれなんてケチくせぇ野暮は言わねぇが、少なくとも立て替えた分は払えよ。でかい仕事が入ったんだろ」

「でかくはねーよ……いや、でかいと言えばでかいかな。ひとつの星を救う任務だからな」

「いいねぇ、愛は星を救う、ってヤツだ」

「俺はバトル派だから、愛なんて実際どーでもいいんだがな。だいたい、ジャンプといえばバトルもんだろ。そんなにラブコメが好きなら、そのカネ、水に流して忘れてくれ」

「それとこれとは別だ」

「ダメ? でっすよねぇ」

銀時はへらっと笑って、天井に視線を戻したが、もう全蔵は姿を消していた。羽目板も汚れやホコリまで元通りになっており、ついさっきそこが開けられていたということすら、信じられないほどだ。だが、先ほどまでのやりとりが白昼夢ではなかった証に、振込用紙控えだけはしっかりと手元に残っていた。
この金額では、粉を預かってもらう礼金と併せると、せっかくの報酬が全て吹っ飛ぶ……どころか、赤字になるかもしれない。せいぜい、とびっきりのイイ女を見つけて、報酬上乗せを狙うしかあるまい。

「とびっきり、ねぇ。日輪かーちゃんは、ダメなんかなぁ。宇宙一の男が惚れた女だぜ? 見目麗しく、心根優しい、女の中の女じゃねーか。いや、頼み事はこっちの事情無視してぐいぐいしてくるし、案外図々しいし、そもそも花魁なんざ所詮、ビッチ上がりだからな。開通どころか、巨大バイパスがインターチェンジでETC全開してるもんな」

ぶつぶつ言っている間に、桂をどこかに捨ててきたらしい神楽と定春が戻ってきた。

「銀ちゃん、まだ決まらないアルカ? 早くお昼ご飯食べたいアル」

「そう簡単に決まるかよ。つーか、まだ全然メシの時間じゃねーだろ」

「早起きしたらお腹空いたヨ……じゃあ、たまは?」

「たまか。あいつは……確かにツラも悪くないし、素直だし、働き者だし、人間だったら申し分ねーけど、その……」

「銀ちゃんが手ェ出してるからダメアルか」

「ばっ……そうじゃねぇえええええ! その、アレだ。機械人形だからな。例えばアレだ、幽霊温泉のレイだの、バーチャル恋人の悦子に頼めないのと同じ理由だかんな。それ以上深い意味なんてねぇからな! 女王蜂育てるのに、石女にしちまったら意味ないだろ」

「うまづめ? 馬はツメじゃなくて、ヒヅメっていうアルよ。でも、たまは馬じゃないヨ? それとも可変式で変形合体とかして、馬になるアルカ? それすげくね? カッコよくね?」

「そういう意味じゃねーよ。つまり……ともかく、今回は、たまじゃ役に立たねーんだよ」

一気に言い放ってから、何気なく視線を上げた銀時は、そこにイチゴ牛乳とジュースのコップを盆に乗せた『たま』こと芙蓉零號が突っ立っているのに気づいて、舌打ちした。

「私ではお役に立てませんか?」

案の定、芙蓉は悲しそうに表情を曇らせて、俯いてしまった。機械人形は、人の役に立つことが存在意義であるのだから『役に立たない』という評価は、人間が感じる以上に辛いのだろう。銀時は、己の失言に「あうー……」と呻いて、頭を掻いた。

「その、オメェは悪くねーよ。今回は仕方ねーんだって。何事も適材適所ってモンがあるからよ」

「でも」

「いいから。無理してまで役に立とうとしなくていいっつったろ」

しょんぼりしている芙蓉を慰めようと、銀時が手を差し伸べかけたが、神楽が「ネェネェ、たま、可変式で変形合体するってホントネ?」と、割り込んだ。話が飲み込めなかったらしい芙蓉が「合体……?」と呟いて、説明を求めるように、銀時に視線をやる。

「ばっ……余計なこと言うな!」

銀時がとっさに、神楽の頭を引っ叩く。

「いたーい……銀ちゃん、ドメスティックバイオレンスぅ!」

神楽が涙目で鼻を鳴らすと、定春が心配そうに神楽に鼻先を寄せ、まな板ほどもあろうかとう巨大な舌で、神楽の顔を舐める。

「定春ぅー慰めてくれるの? 定春ぅー…いい子だねぇ、オマエ」

「ワン」

すぐ隣で戯れ合っているのが邪魔くさいので、銀時が定春の巨大な尻を押しやりながら「ワンじゃねーよ、ワンじゃ……うわ、くせぇ、犬くせぇ。いや、定春は犬だから犬くせぇのは当たり前なんだけど、くせぇ……寄るな,お前ら戯れるなら、あっち行って戯れてろ」などとブータれていたが、ふと閃いて「あ」と呟いた。
そういえば、定春の元の飼い主って確か……よしメケチュー、君に決めた! とガッツポーズをしようと片手を振り上げたところで、再び「あ」と声を漏らして固まってしまった。

そこに突っ立っていた筈の芙蓉の首が、定春の巨体に押された拍子にもげて、床に転がっていたのだ。





「これを、預かるだけでいいんですか?」

双子の美人巫女の片割れ、百音は箱から取り出した玻璃の壷を抱えて、不思議そうに小首を傾げた。黒く艶やかな髪が揺れ、透けるような白い肌に微かに影を落とす。彼女ら姉妹は先祖代々、狛神を奉り黄龍門を護ってきたのだが、そのパワースポットをターミナルに利用するために天人に神殿を追い出され、巨大な狛神も養いきれなくなって手放した。その捨て犬こそが、今、万事屋に居る定春なのだ。

「おめぇのアバズレ性悪姉貴には触らせるなよ。余計な菌がつく」

「菌?」

「菌じゃねぇけど、菌みてーなもんだ。カネに汚くて性格ねじくれた要素が混じったら困るんだ。じゃ、これ、日当な」

差し出された紙幣に、百音は目を輝かせる。
キャバ嬢として、本人曰く『普通に働くのがバカバカしくなる』ぐらいに稼いで、男からカネを貢がせては捨て、這い上がって来れば再び搾り取るという『地球に厳しいリサイクル』を敢行し、エコ活動ならぬエゴ活動に日々勤しんでいる姉の阿音と違い、どのバイトも続かない引きこもりの百音にとっては、このささやかな金額でも素直に嬉しいらしい。

「んじゃ、頼んだぜ」

おぼこい百音だが、遺伝子はビッチの阿音と同じわけだし、条件ぴったりではないか。我ながらなかなかナイスアイデアだ……自画自賛しながら、停めておいたバイクに戻る。
そこには、首にガムテープをぐるぐる巻きにした芙蓉が、ぐったりと座り込んでいた。

「たま、大丈夫か? あのニート巫女をダマくらかして礼金浮かせた分、おめぇの修理代に回すから、これで源外じーさんに直してもらえるぞ。だから、もうちっと辛抱しろよ」

うんともすんとも返事が無いのは、先ほど首が取れたせいで、電脳とボディの接触が悪くなっているから、らしい。斜め四十五度ぐらいの角度をつけて叩けば、僅かながらコミュニケーションができる程度に回復するのだが、すぐにまた、マネキンのように固まってしまうのだ。江戸一番の機械技師・平賀源外の工房に辿り着くまでの間、職質なんぞされませんように……と祈るような気持ちで、銀時は動けない芙蓉を抱きかかえてバイクに跨がった。


某SNS先行公開:2011年04月29日
サイト収録:同月30日
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