09年09月26日発売の『少年ジャンプ』(10月11日号)掲載
第三百二十五訓『冬休みあけも皆けっこう大人に見える』の
ネタバレのうえ、次号以降のストーリー展開とは一致しません。
予めご了承ください。
(仮)最終外道寄生獣イボンシーヌの服装の乱れは心の乱れと世界の中心で叫んだ黄金の玉座は凹なのか【上】
「トキソプラズマ?」
「そ。ネズミにつく寄生動物。原生動物だからアメーバとかに近いのかな」
「へぇ?」
「宿主を操るようになるんだって。例えば、ネズミは猫の尿の臭いを避けるけど、これに寄生されると逆に猫に近づくようになる」
「そんなことをしたら、猫に食われるじゃないか」
「それが狙いなんだってさ。猫の体に引っ越さないと、寄生虫はライフサイクルを完成できない」
「そうなんだ」
「こいつ、実は人間にも寄生するらしいよ。免疫が正常なら軽い風邪のような症状が出る程度らしいだけど、一説によればネズミと同じように性格が変わるらしい。男なら攻撃的になり、女は優しく社交的になる」
「ふーん。こわいねぇ」
なぜ、そんなレポートが屯所に転がっていたのかは、今となっては分からない。
山崎はぺらぺらと何ページかめくってはみたものの、グロテスクな写真が添付されているのに閉口してその中身に興味を失い、その紙束を放り出した。
袖をちぎったようなおかしな道着姿で奇声を発して暴れている銀髪の大男がいる、という通報を受けて、山崎は沖田に「ちいと、様子を見て来い」と命じられた。
「銀髪の大男って、どうせ万事屋の旦那でしょ? またしょーもない思いつきの悪ふざけで悪意はないだろうから、ほっときゃいいと思うんすけど」
「いいから。てめぇ、カイザーの言うことを聞けねぇのか」
「誰すか、カイザーって。ドS王子から出世したんですか。アンタ、出世魚か何かですか。ツバスですか、ハマチですか、メジロですか。それなんてブリっ子ですか」
「ツバス? メジロ? いいから行って来いっていってるんだよ!」
もともと気性の荒いドSな沖田だが、ここ最近は何が気に食わないのか、言動がやけに感情的でヒステリックな感じがする。軽くおちょくってはみたものの、これ以上は逆らわないのが得策だと「ハイハイ」と生返事を返し、山崎は郊外の裏山に向かった。
目的の山に近づくと、探しまわるまでもなく「ハメカメ波ー!」と喚く声が聞こえた。
「やっぱり旦那っしたね。ちょいとすんません、近所から騒がしいって苦情が出てるんすよ」
男が振り向く。
一瞬、人違いかと戸惑ったのは、坂田銀時の眉が海苔を貼り付けたように真っ黒く太くなっていて、人相が変わって見えたからだ。
「おう。ジミーじゃねぇか」
「ジミーじゃないです。山崎です。なんですか、ジミーって。地味にちなんでいるんですか? 俺、確かに地味ですけど、そんなニックネーム要らないです。というか、どうしちゃったんですか、旦那。その眉毛」
「男子三日泡戯れ場、ご開帳を見よっていうじゃねぇか」
「言いません。泡戯れ場って、それなんて泡の国ですか。士別れて三日なれば刮目して相待すべし、でしょ」
「そそそ、それそれ」
鍛錬している者は、短期間でも見違えるほど成長しているものだから、心して見よ、という意味の中華の故事だ。
「眉毛の育成を促す、っていう意味じゃないですよ」
「分かってらぁ。アレだ。修行で男として一皮剥けようってコトだよ。ジミーも一緒に、どうよ?」
「え? 俺? いや、剥けるのは歓迎だけど、そんな袖をちぎった変な格好でハメカメ波って喚かないと、剥けないものなんですか?」
「え? 何が?」
「ナニが」
「え、剥けてないの、ジミー君? もしかして、アッチの方も地味なん?」
「なにが地味ですか!」
「何がって、ナニが?」
「だから、そうじゃなくて!」
思わぬ自爆に顔を真っ赤にしながら、山崎が腕をぶんぶん振り回す。
「落ち着け、ジミー。日本人の七割が被っているっていうじゃないか」
「落ち着けるかぁ! とっ、ともかくっ! 修行は結構ですけど、近所迷惑になってるんだから、もう少し静かに、おとなしくやってくださいねっ! いいですね? ちゃんと伝えましたからねっ!」
「へーい」
銀時がへらへらと笑いながら、手を振る。
その態度はいつものおおらかな彼とは別人のようで、心なしか毒があるような気もした。だが、それについて深く考えることもせず、山崎は山を下り始めた。
不意に、ずるり、と足元が滑る。雨か何かで、地面がぬかるんでいたんだろうかと、とっさに足を踏ん張ったが、ぬかるみどころかぽっかりと大きな穴が開いていた。
「いっ? いいいいいいいいっ!」
そのまま、山崎の体が真っ黒い穴の底へと吸い込まれて行く。
「オイ、起きろ。手間かけさせやがって。あん?」
やたら高圧的な言葉に続いて、こめかみに衝撃が走った。うめきながら目を開けると、そこにはガラの悪そうな男が自分を見下ろしていた。どうやら、彼が革靴で山崎の頭を蹴り飛ばして起こしたらしい。
「手間? なんすか、ヒトを助けたつもりですか。それでこの仕打ちですか、アンタ」
それでも臆することなくツッコんだのは、日頃からの上司の横暴に慣れていたからだろう。体を起こし、こめかみを撫でて血が出ていないのを確かめる。その時には、男が真選組の幹部服姿であることに気づいていた。
「アンタ、誰?」
大所帯であるうえに、常時新規隊士を募集していて、出入りの激しい職場ではあるが、幹部服を着るような身分の連中は、当然のことながら全員把握している。見覚えが無いということはあり得ない……ということは、偽隊士だろうかと、疑ったのだ。
「俺か? 俺は山崎退だ。テメェこそ何者だ、あん? ウチの隊服なんか着やがって」
「えっ? 山崎は俺だよ、真選組監察方筆頭、山崎退」
「監察方筆頭だぁ? はん、そんな頃もあったな。俺に化けたつもりなら、ツメが甘かったな。今の俺は鬼の副長だ、あん?」
「はぁ? 副長って、それは土方さんの役職でしょう。アンタ、何言ってんの? さっきからアンアンアンアンって、アンタ、パンダですか、ねこえもんですか、女性週刊誌ですか。大体、そのカラーヒヨコみたいな派手なアタマ、なんですか。山崎退といえば、地味がトレードマークだよ、あっ、自分で地味って言っちゃった」
「ふん、士別れて三日なれば刮目して相待すべしだ。今の俺は、地味なチェリーボーイを卒業して、男として一皮剥けたんだよ、あん? ともかく、怪しいヤツだ」
やおら、男が手錠を取り出す。山崎は反射的に逃げようとしたが、相手の方が一瞬早く、腕を掴んでいた。ガチャリ、という冷たい金属音と共に、山崎の右手首に手錠がかけられる。
「来い。屯所でじっくり締め上げてやる」
男は、反対側の輪を左手首に填めると、強引に山崎を引っ張った。
手錠姿で市中を引きずられるように連行された「屯所」は所在地こそ変わっていなかったが、すっかり様変わりしていた。まるで、王宮か何かのようだ。その大広場にはステージが設置されており、その上には玉座のような物が据えられていた。そこに座って、こちらを冷たく見下ろしている端正な顔には、見覚えがあった。
「あれ、沖田さん?」
「なに気安く呼んでんだ、ボケ! カイザーと呼べ! ソーゴ・ドS・沖田三世閣下だ、あん?」
すぱんっと力一杯、後頭部をぶん殴られる。
「はぁ? あのヒト、ホントにカイザーになったわけ?」
だが、どのぐらいの時間、気を失っていたのか分からないが、それを勘案しても裏山に出かけて戻るまでの短い時間で、これほどまでの大改修が施されているのも考えてみれば(考えなくても)奇妙な話だ。そういえば、沖田の容貌も数年が経過したかのように、幼さが抜けている。
「カイザーというか、局長だ」
「はぁ? 沖田さんが局長? 近藤さんは?」
「あの人はとっくに寿退社したよ、あん?」
「寿? 結婚したんですか。どこの天人と見合いしたんですか。ゴリラですか、ネジですか」
「志村妙だ」
「はぁあああああああ!?」
志村妙といえば、近藤勇が惚れて追い回していた(が、つれなく撃退され続けていた)暴力キャバ嬢ではないか。一体、何がなんだか分からない。
「どこの攘夷志士が真選組を装っているんだかしらねぇが、持っている情報が古すぎるようだな。今度は、てめぇが知っていることを洗いざらい話してもらおうじゃねぇか。俺の取り調べはキツいぜ? なにせ鬼の副長様だからな、あん?」
「副長って……そうだ、副長! 土方さんはどうしたんです?」
「はん? そういやぁ、あのノロマ、どこにいやがんだ?」
男が、ギョロリと三白眼の目を四方に走らせる。
「ああ、ここですよぅ」
聞き覚えのある声に振り向くと、そこには見慣れた人物が見慣れぬ表情を浮かべて立っていた。
「ふ、副長……?」
「だから、副長は俺だって言ってんだろーが、俺が鬼の副長ジミー山崎だっつの! あん?」
「いやいや、鬼の副長っていえば、土方さんの代名詞でしょう。ねぇ、一体、何がどうなっちゃってるんですか、これ」
山崎が半べそをかきながら土方にすがりつこうとして、男と繋がれている手錠で引き戻された。
「山崎か」
ぽふん、と土方の掌が山崎の頭に落ちる。その柔和な笑みはまるで別人のようであったが、その手の大きさと温かさは、確かに彼が長年慕っている上司であることを示していた。
「オイ、テメェまで何言ってやがんだ。山崎は俺だって、俺が山崎退だって、さっきから言ってんじゃねぇか! あん?」
「ああ、そうですね。あなたも山崎さんですね」
「ああ、そうですね……じゃねぇよ、まったく、コイツは!」
男がヒステリックに喚くが、怒鳴りまくられている土方は、のれんに腕押し、糠に釘といった風情でのほほんと受け流している。
「ちょ、ちょっとタンマ、今、副長、あなた『も』って言った? つまり、俺も、このヒトも、両方、山崎退ってこと? それって何? つまりドッペルゲンガーみたいなもの?」
「さぁ、僕、難しいことはよく分からないなぁ。でも、あなた、確かに山崎さんなんでしょ?」
「え、まぁ、そうですけど」
「この人も山崎さんなんだよ。僕、一度は局長を継いだんだけど、カロリーハーフにしたり、恐怖政治を改革したりと、色々あってね。今じゃ、仏のパシリ、トシさんって呼ばれてるんだ。それで、鬼の副長の称号を彼に譲ったってわけ」
「はぁ」
髪は脱色して蛍光色に染められており、いかつそうなメイクを施してはいるが、よく見れば確かに(あまり認めたくはないが)特徴的なタレ目など、どことなく面影が残っている。
「ともかく、こっちに来いや、あん?」
男が手錠を引っ張った。
監察たるもの情報を漏らすぐらいなら舌噛んで氏ね、と躾けられたおかげで、多少の手荒い取り調べにも、山崎は屈することはなかった。もっとも、いくら締め上げられたところで、山崎は攘夷志士でもなければ、己が『山崎退』であるという事実は曲げようがないのだが。
「どうにも、おめぇが俺だっていうのは納得いかねぇが、その強情なところは気に入った。俺様の舎弟にしてやんよ」
しまいに相手もサジを投げたようで、そう吐き捨てると、ポケットから小さな鍵を取り出した。手錠が外され、山崎は赤く痕がついた右手首をさする。
「だが、その地味なツラは気に食わねぇ。昔の地味だった過去を蒸し返されるようで、気分が悪ィ。イメチェンしろ、イメチェン。あん?」
「イメチェン?」
「そうだな、とりあえず、そのパッとしない髪なんとかしろ。無添加無着色って、テメェは回転寿司かよ、あん?」
「パッとしないっていわれても、どうしたらパッとするもんだか」
「思い切りが足りねぇんだよ。アンパンでも吸ってみろや。俺様のを貸してやる。パーッと世の中ハッピーになるぜ、あん?」
差し出された透明のビニール袋には、シンナーではなく、文字通りの『アンパン』が入っていた。張り込みのときに毎日毎食無理矢理に食べ続けて、しまいにアンパン尽くしの幻覚まで見たという忌まわしい食材だ。これを吸ってハッピーになるといわれてもにわかには信じがたかったが、状況からして拒否権がなさそうな雰囲気だ。
恐る恐る受け取り、ビニール袋で口を覆う。香ばしいパンの匂いがふわっと甘く鼻孔をくすぐった。
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