(仮)最終外道寄生獣イボンシーヌの服装の乱れは心の乱れと世界の中心で叫んだ黄金の玉座は凹なのか【下】
学校のセンセイは「服装の乱れは心の乱れ」とかよく言っていたが、その意味が今にして分かる気がする。
髪を脱色してビビットカラーに染め上げてみると、何かが吹っ切れた。薄っぺらく粗末な生地の平隊士服を脱ぎ捨て豪奢な幹部服に袖を通すだけで、身分まで高くなったような気がした。
「靴も履き替えろ。なんだ、その平べったく履き潰した官給品はよぉ。コキ使われてパシってた象徴みてぇじゃねぇか。俺の靴はン万両もする高級品だぜ」
その頃には、やはり同一人物だとお互いが認識していた。服や靴のサイズがまったく同じ、ヘアスタイルを変えて並べば、鏡像のように瓜二つなのだ。ついつい、向かい合わせで鏡のコントをしたくなるほどの完璧さだ。山崎もすっかり「鬼の副長・ジミー山崎」のテンションに同化し「じゃ、一緒に市中見回りでブイブイ言わせようぜ」と誘われたときには「よっしゃ。じゃあ、土方、テメェが運転手しろや、あん?」などとはしゃいでいた。
その夜。ひとっ風呂浴びた後、つい習慣で大部屋に戻ろうとした山崎は、ジミー山崎に「こっちだ」と腕を掴まれた。親指で指し示した先は、副長室だ。
「副長になったんだから、当たり前だろーが。あん?」
「あ、そうだよね」
障子を足で蹴り開けると、そこには土方が山盛りになった書類を黙々と片付けていた。
「コイツみてぇなノロマを大部屋にやっても皆の迷惑だから、ここに置いてやってんだ。仕事の引き継ぎもあるしな」
引き継ぎというより「威張り散らしていられるのは楽しいが、厄介事を引き継ぐ気はない」という方が正しいのかもしれない。確かに難しい条例や案件がぎっしり詰まった書類を片付け、裏方として局長を支えるだけの事務能力は、山崎はもちろん、沖田にもなさそうだ。
土方が局長に就任し新体制を保てなかったのは、その辺りのサポート能力を土方本人しか持っていなかった、というのもひとつの理由なのかもしれない。
「おかえりなさい、ジミー山崎副長」
「おう。布団敷け、布団」
「今宵は、その方とお休みですか? 添い寝は要りますか?」
「ばっ……添い寝とかのうのうと言ってんじゃねーよ、あん? このボケッ、ウスノロッ!」
ジミー山崎が真っ赤になって怒鳴り散らすが、土方は笑みを浮かべたままで「はいはい」と受け流し、筆を持つ手を止めて押し入れを開ける。ふかふかの高級羽布団を部屋の中央に敷くと「では、ごゆっくり」と三つ指をついて一礼した。
「ごゆっくりって、え? 何?」
「だから、ごゆっくりはごゆっくりだよ。昔の地味な頃の俺はチェリーだったろうが。どうせだから、こっちも一皮剥けておけや。手ほどきしてやんよ、あん?」
「え、ええええっ! いや、そんな、俺、副長一筋だし」
「だったら、土方も混ぜてヤろうか?」
「混ぜてって何? 3P? 無理無理無理、3Pって焼きそばじゃないんだから、初体験がそんな特殊プレイって、それなんて!」
「暴れるんじゃねぇ。ちっ、土方、こいつ押さえつけるの手伝ってくれ」
「ええええええっ!」
自分相手ならほぼ互角に渡り合えたろうが、いくらヘタれたとはいえ体格は相変わらず一回りも大きな土方に組み敷かれては、山崎の必死の抵抗も空しかった。
「勘違いすんな。ケツを掘るんじゃなしに、逆に筆おろししてやろうってんだ。楽しんだ方が、楽になれるぜぇ?」
ジミー山崎が、ペロリと己の唇を舐めた。
自分同士っていうのも悪くないのかもな。つーか、俺って結構、テクニシャン?
失神してしまったらしいジミー山崎を見下ろし、山崎は滝のように流れる汗を手の甲で拭う。全力疾走をしたかのように、心臓の鼓動が激しい。余勢をかって土方も食っちまおうかと、抱きついた。今の土方相手なら勝てる気がする。
「おい、土方ァ」
「いつまで調子にのってんだ、ボケ」
だが、不意に頭を叩かれたかと思うと、力任せにねじ伏せられた。思わぬ反撃に驚いて見上げると、先ほどまでの『仏のパシリ』の笑顔は拭い去ったように消え、見慣れた剃刀のような鋭い視線が、そこにはあった。
「えっ、まさか副長?」
「てめぇも監察筆頭を名乗るなら、これぐれぇ見抜け、カス」
「ええっ、じゃあ、今までの全部、演技? うっそ、あれが演技って、あり得ねぇ! アンタ、ものっそ密偵の素質あんじゃね?」
しかし、よく考えれば土方は過去に、別人格『トッシー』を装ったこともあったのだ。オタクを装うために美少女サムライのフィギュアを集めたり、語尾におかしな単語をつける「お通語」をマスターするなどの苦行に比べれば、ひたすら笑顔でへりくだり続けることぐらい容易いことなのかもしれない。
「変化してると思わせておいた方が、相手を油断させて対策も立てやすいと考えたんだが、なかなかストレスが溜まる」
「思わせる? 誰に?」
「あいつらに寄生して変貌させた何者か、だ」
「寄生? そんなのの影響で、人格が変わったりするんですか?」
「寄生動物に操られるなんてぇのは、下等動物では良く見られる現象だし、人間相手にだってあり得るんだよ。例えば、トキソプラズマのような」
「なに……プラズマ? なにそのカッコイイ名称は」
そういえば、どこかでそれに関する書類を見たことがあるような気もするが、記憶が定かではない。
「というか、このカッコ、貞操の危機を感じるんですけど」
土方が山崎の腹の上に馬乗りになり、しかも周囲を憚って耳元に唇を寄せているせいで、覆いかぶさるような姿勢になっている。 おまけに、山崎は下半身丸出しの半裸だ。
「ん? 嫌か」
「その、むしろ歓迎ですが、ちっと心の準備が」
「なぁにが心の準備、だ。さっきテメェ同士でさんざっぱらヤらかしてたろうが」
「それとこれとは別ですよう」
「そうだろうなぁ。自分同士ってことは、いわば自慰みてぇなもんだしな」
そういえばそうだなぁ、と山崎は妙に納得する。
自分はずっと副長一筋のつもりだったが、そういえばジミー相手には嫌悪感をまったく感じなかった。
「ということは、ジミーが倒れたのって、テクノブレイク?」
「んだよ、そのカッコイイ名称は」
「え、確か、そーいうんじゃなかったっけ。アレやりすぎて死ぬヤツ」
「知るか。コイツが倒れたのはむしろ、ドッペルゲンガーが現れた影響だろ。てめぇの出現のおかげで、皆の異常は寄生動物の影響だけじゃなく、平行世界のような……世界自体の異常という可能性も考えられるようになってきたがな」
確かに、ドッペルゲンガーが目の前に現れると死ぬという俗諺もあるぐらいだ。同じ空間に同一人物が存在するということは、思ったよりも異常な事態なのかもしれない……と、つらつら考えているうちに、山崎まで心なしか気持ちが悪くなってきたような気がした。
「うーん、吐きそう」
「はぁ? 大丈夫かよ」
介抱してくれるのかと思えば、襟首をひっ掴まれ、ずるずると縁側まで引きずられ、そのまま「ほれ、存分に吐けや」と、庭先に体を乗り出すような姿勢にされる。
その目の前、庭の土がやけに黒かった。いや、土ではない、なにやら深い穴が開いているようだ。
「副長、これ」
「なんだ、吐かないのかよ。あ? なんだこら。尋常な穴じゃねぇな」
「そうですね。何だろう。そういえば、俺がこっちに来たときに滑り落ちた穴が、こんな感じだった気がする」
規模はもう少し大きかったような気もするが、ともあれ人がひとりようやく潜れる程度の穴だ。心なしか風を感じるのは、この向こうにも空気がある……つまり、なんらかの世界が広がっているという証なのだろう。
「ザキ。このまま、これを通って帰れ」
「副長はお帰りにならなくていいんですか?」
そう問われて、土方は苦笑いした。
「俺だって『昔』に戻りたいのは、やまやまだがな」
「だったら」
「俺ぁ、こっちの世界の人間だよ。世界に取り残された、異分子ではあっても、な」
「でも……たったひとりで闘うおつもりですか?」
すがりつこうとした山崎の鳩尾に、ストレートパンチが決まった。息が詰まって、気が遠退きかけたところで、襟首を引っ掴まれる。
「まだ、俺ひとりとは限らねぇだろ。それに、おまえがこれで無事に元の世界に帰れたら、異分子の存在が世界に影響を与えられるって証明になる」
「えっ、うそ、無事に帰れない可能性もあんの? マジで? もしかしてコレ、人体実験?」
「もしかしなくても、だ。じゃあな」
「ちょっ、せめてパンツぐらいっ……おっ、鬼ぃいいいいいい!」
泣き喚いている山崎の体が、真っ黒い穴に叩き込まれた。お尻マルダーであちらの世界に戻るのも可哀想だろうという武士の情けと証拠隠滅を兼ねて、その穴に山崎が脱ぎ捨てた下着や隊服も投下してやる。やがて、その穴が音もなく閉じた。
土の上には、何の痕跡も残っていない。
「んぁ……俺は一体?」
ドッペルゲンガーが居なくなったことで、体調が落ち着いたのだろう。ジミー山崎が目を覚まし、ふらつきながら体を起こした。
「ジミー副長は、よくお休みになっていましたよ」
「ふん。そういえば、ここにもう一人、誰かがいたと思うんだが、知らねぇか、あん? なんか、頭がボーッとしてよぉ」
どうやらジミー山崎は『別世界の自分』のことを、覚えていないらしい。
土方は、ぱぁっと笑顔を作って「いえ、誰もいませんでした」と、その場を取り繕った。
それから新八が「次に取り残された者」として出現し、この歪んだ世界に立ち向かうことになるまでの長い間、土方は偽りの笑みを浮かべて過ごすことになる。
目を覚ました。ドス黒いシミが浮いている木目の天井には見覚えがある。平隊士が雑魚寝をしているいつもの大部屋だった。
副長と離れ離れになってしまうような、そんな切ない夢を見ていたような気がする。頬に引きつれたような感触があるのは、涙の筋が乾いた痕だろう。手の甲で目をこする。
「……あれ?」
涙腺だけでなく、別のところからも、なにやら垂れ流した気配がある。まさか、この年齢で寝小便でも垂れたかと思い、恐る恐る、せんべい布団をめくる。むわっと独特の雄の臭いが立ち上がった。
「げっ、夢精するほど溜まってるんだったら、風俗にでも行きゃあいいのに。そのうちテクノブレイクすんぞ」
同僚の吉村折太郎が、さっそくツッコミを入れる。
「なんだよ、テクノブレイクって、そのカッコイイ名称っ!」
喚きながら、以前にそんな会話をどこかで繰り返したことがあるような錯覚がした。錯覚? 本当に錯覚だろうか。だが、山崎はそこに拘泥することなく「俺は副長一筋だから、風俗になんか行かねぇ!」と勢いよく啖呵をきっていた。
「そーいう意地を張ってるから、いつまで経ってもチェリーなんだよ」
チェリーじゃねぇ、と言いかけて、山崎は首をかしげた。
確かに童貞を捨てたような気がするが、その相手が誰だったのか、なぜか思い出せない。
「ともかく変な虫が湧かねぇように、布団洗っておけよ」
「お、おう」
その前にと、私物入れの行李を引き寄せ、寝巻きのズボンとパンツをもそもそと履き替えていると、唐突に腰の奥が軋んだ。
「いででででっ……」
「おい、どうした? 尻が痛いのか? 痔か?」
「痔っていうか……誰かとイタしていたような感じに近いというか」
「誰と」
「それが思い出せないんだがさ」
そのうち、右手の手首を中心に、体のあちこちがじんじんと痺れるような、むず痒いような感触が広がってきた。のたうっている山崎を呆れたように見下ろしていた吉村だったが、ふと何かに思い当たったように、懐から塗り薬のチューブを取り出した。
「最近、訳のわかんない皮膚病が流行してるらしいから、気をつけろよ。ほら、局長が追い回してたキャバ嬢。あの女も何日か前から、イボができて痛いとかゆーて、局長が薬を買い占めてせっせと貢いだりしてたんだけど、昨日突然、イボごと愛してくださいって言い出したとか、なんとか」
「へ? なんだそりゃ」
「さぁな。局長は大喜びで、このまま寿退職しちまおうかとか、はしゃいでいたぜ。ともかく、念のために塗っておけよ」
だが、受け取ろうとした山崎の手が途中で止まった。 肉体的な苦痛とは裏腹に、なぜか『この薬は必要ない』という声が、脳内をぐるぐると回っている。
「いや、イボも中々いいもんだぜ」
やがて起き上がり、ニッと唇の端を上げて笑ってみせた山崎の記憶からは、さっきまで見ていた夢は完全に消えうせていた。
了
【後書き】衝撃の「鬼の副長ジミー山崎」に触発されてジミー山崎のコスプレをした際に「誰が山崎に筆おろしをしたのか?」という話題から発展した山崎×山崎ネタです。ジャンプで次回作が出てくる前にでっちあげようという思惑&某SNS掲載の都合上、取り急ぎ全年齢バージョンで突貫工事しました。いや、工事と言っても性転換じゃなく。 |