当サイト作品『ぼくらはみんな〜』 の続編。
エピソードなども前作を踏まえています。
予めご了承ください。

小狐コンコンなに見て跳ねる


せっかくの名月、夜空を眺めながらデートと洒落込みたいところであったが、機械仕掛けの看板娘は今宵も店を休めない(むしろ、悪い虫がつくのを心配した雇い主が休ませない)とのことであった。
なぁに皆に愛されてる銀さんのこと、相手ぐらいいくらでも見付かるさと気安く考えてはみたものの、馴染みの死神太夫は「ウチは色里じゃ。祝日前夜は泊まり客も多くて、忙しいでありんす」とつれなく、マウンテンゴリラのキャバ嬢も稼ぎ時だという。それどころか、いつもだったら嬉々として湧いてくるストーカーですら、仕掛けの依頼でも入ったのか、姿を見せない。

「むははは。やはり最後には、お前には俺しかおるまい、銀時。共に幕府を転覆させようぞ」

両手を広げて抱きついてくるクソ暑苦しい旧友に踵落としをひとつ決めてから、万事屋に戻った銀時はデスクに足を乗せて肘掛け椅子にそっくり返った。

「こーいう日に限って、仕事の依頼もこねーし。あーあ。副長さんか、沖田君でも遊んでくんねーかなぁ」

「だったら、団子屋のお嬢さんでも誘ってあげたらどうですか?」

「なにそれ、新八君。それは新手の罰ゲーム? むしろ氏ねと? 俺にいっそ氏ねって言ってるの? 無い無い無い、無理無理、絶対無理だから!」

甘味処・魂平糖の岩盤娘のムッチリふとやかな姿態が脳裏に浮かび、銀時は首がもげる勢いでぶんぶんと頭を振って、おぞましい妄想を追い出そうとした。

「オイ、白髪。ここにギャルいるヨ、若くて可愛いギャルいるヨ」

「あー…いねぇかなぁ。どっかに銀さんとシッポリ月夜を楽しんでくれる、若くてキレイなお嬢さんが」

「ドコ見てるネ、目の前にいるヨ、ホラホラ」

「そういえば、アイツどうかな」

「ソソソソ! 青い鳥はすぐ近くにいるアルヨ!」

「あ、やっぱ、ダメだな。だってアイツ、股間にキャノン砲があるもんな。腕のサイコガンなら妥協できても、股間だもんな」

「アイツって誰だヨ! オイ、コラ、スッとぼけてんジャねーぞ、モジャモジャ! いい加減にしないと泣くゾ!」

「あーあ。どうしたもんかなぁ」

溜息を吐いた銀時が、さらにぐっと背を反らす。
そんなことをしてるとバランス崩して転びますよ、と新八が小言を言おうとしたまさにその瞬間に、肘掛け椅子が派手な音を立ててひっくり返った。頭を打ったらしく、数拍の間、銀時は声も出なくなる。

「銀ちゃん、かぶき町の女王を無視したから、罰が当たったアル」

「大丈夫ですか、銀さん。吐き気とかしませんか?」

恐る恐る新八と神楽が銀時の顔を覗き込む。転んだ拍子に舞い上がったらしい名刺が、一枚ひらひらと銀時の額に落ちた。

「ん……誰だァ、幕府天文方……? ああ、おにーたまか」

そういえば、こないだの高畑君の件から会ってないな、礼のひとつも言いに行こうと思ってたのに、ついつい機会を逃していたな、と思い出した。






「久しいの」

何も考えずアポ無しで押しかけたのだが、清明は庭先で小狐らを相手に遊んでおり、客人の気配に顔をあげると、ひらっと片手を振った。よく考えれば平日だから公務がありそうなものだが、幕府の高官は四つ上りの八つ下り、つまり重役出勤で昼過ぎには帰るフレックスタイム勤務。優雅なものだ。
とりあえず、新八がぺこりと頭を下げる。

「ご無沙汰しています、清明さん。この間は、お世話になりました。その……チビちゃんにも」

仲間に蹴られたり咬まれたり踏みつけられたりして、情けない顔できゅーきゅー鳴いているしょぼくれた姿には、見覚えがあった。

「こやつは、霊力は一番あるのじゃが、如何せん体力が無くての。困ったものじゃ」

「んだよ、モヤシっ子かよ。引き込もってメガドライブばっかりしてるからだ。子供は野山を駆け巡って、メガドライブでもしなきゃ、強くなんねーぞ。どれ、銀さんが鍛えてやろう」

銀時もしゃがみ込み、ボロ雑巾のような小狐をこねくり回す。

「ごっさカワイイアル! 銀ちゃん、ワタシにもやらせて!」

「握り潰すなよ」

小狐の悲鳴が一際甲高くなり、妖艶な年増女が血相を変えて飛んできた。形の良い女の尻に、ふさふさした尾が生えている。清明の式神、葛葉だ。

「ああ、心配ない。体力をつけさせようと思って、遊んでやっていただけじゃ」

清明が面倒くさそうにそう説明するが、ぐったりした小狐を抱き上げた葛葉は「ものには限度というものがあります」と、主人に食ってかかった。

「あー…済みません。もしかしてこの子達、葛葉さんのお子さんなんですか?」

新八が申し訳なさそうに尋ねる。葛葉は即答せず、チラッと清明の顔を伺った。 清明がそれを受けて「こやつらは、葛葉の眷属じゃ。まだ幼くて任務にはつけぬが、一応、わしの式神じゃ」と答える。

「はあ」

他の小狐がぴょんぴょんと元気よくじゃれついてくるのを、足で適当にあしらいながら「とりあえず、客人に茶でも」と、葛葉に命じた。





実は銀時は、憧れの女子アナウンサーにして清明の妹、結野クリステルに会えるかと、チラッと期待していたのだが、残念ながらまだ仕事中とのことであった。

「帰ってきたら、月を肴に一献と思うておったところでの。その支度をしていたところじゃ」

いや、アンタいま、思いっきり遊んでたじゃん、何もしてなかったじゃん……と、ツッコみたいところだが、イタズラ盛りの小狐達が邪魔しないように守りをしているのも、なるほど重要な任務なのかもしれない。

「あっ、じゃあ、帰ってくるのを待っていい? 晩ご飯とかご相伴していい?」

「うむ? まぁ、ウチはまったく構わんが、かなり遅くなるぞ? じゃあ、暇つぶしにクリステルの録画でも見るか?」

清明がテレビの辺りを漁るのを、手伝っているつもりなのか、邪魔をしているのか、小狐らがまつわりつく。

「ニュースの録画? ワタシ『最終鬼畜ピン子は彼女なのか』がいいアル」

「良かったら、お団子をこねるのを手伝ってくれるかしら?」

葛葉が、退屈そうな神楽に声をかけた。
客人にそんなことをさせるのは……と、清明が顔をしかめたが、やはり女の子なのか、神楽は目を輝かせて「ウン、やるアル!」と腰を上げた。厨房に行くと、外道丸も動員されたのか、前掛けをかけ、いつもの黒い着物にたすき掛けをした格好でやたら大きなボウルと格闘していた。

「じゃあ、私は別のところに手伝いに行ってくるけど……あとはその粉を丸めて、この鍋に放って、浮いて来たらザルにあげて水で軽く洗うの。色を付けるのはそこの食紅、きな粉はそこにあるから」

「覚えきれないアル」

「あっしも無理でやんす」

「あ、僕も手伝いますから」

ついてきた新八が、苦笑しながら参加表明すると、葛葉が「頼むわね」とニッコリ笑って、ぱたぱたと出て行った。
なにしろ、結野衆全員に行き渡らせるだけの大量の団子だ。馬鹿力の外道丸と神楽も、こねている間に汗だくになった。続いて、紙粘土のような質感になった粉を、小さくちぎって丸め、打ち粉をした大きな板の上に並べる。

「美味しそうアル」

「美味しそうでやんすね」

「駄目だよ、神楽ちゃん、外道丸さん。君らがつまみ食いを始めたら、それでも全部平らげちゃいそうなんだから」

「ちぇーぱっつぁんのケチーぃ」

「ケチーぃ、でやんす」

釜茹での刑に使えそうな巨大な釜の火力は、薪だ。

「ちょっと僕、外でかまどを見てくるから」

「はーい。食べないアル」

「大丈夫かなぁ?」

外に出る勝手口を開けると、そこに小狐らがコロコロと転げ回って遊んでいた。清明が近くにいるのかと思ったが、見当たらなかった。小狐達が新八に気付き、ぴょこぴょこと戯れかかってくる。

「あー…ちょっと、駄目だよ、危ないよ。かまどの火加減を見るんだから」

その言葉を理解したのか、小狐らは素直に新八から離れると、どこかに行ってしまった。





「あれ? 外道丸ちん、そこのお団子、食べたアルか?」

皿に盛っていたはずの団子が、心なしか減っている気がする。だが、湯気の暑さに顔をしかめながら浮いて来た団子をざるにすくいあげている外道丸に、そのような余裕がある由もない。

「おかしいでやんすね。赤い団子と白い団子、同じだけあった筈でやんすが」

「足りないネ。ワタシ、こっちできな粉の、作ってるアル」

「頼みますでやんす」

だが、いくら出来上がっても出来上がっても、ふと見ると、団子が減っているのだ。さすがにオカシイ、と神楽と外道丸が顔を見合わせた。誰か隠れているのかと、厨房の中をあちこち覗いて回る。視界の端で小さな影が動いたような気がするが、いくら目をこらしても何も見えなかった。あれは、断じてゴキブリなんぞの見間違えではない。

「何アル? オバケか?」

「さぁ? 何かいる気配がするのは、確かでやんすが」

ふたり首を傾げているうちに、新八が戻って来た。それに続いて、葛葉が前掛けで手を拭きながら厨房に入ってくる。

「あら、こんなものだったかしら? もう全部、茹でたのよね? もう少したくさん出来ると思ってたのに」

「神楽ちゃん達、つまみ食いしてない?」

「してないアル」

「してないでやんす」

「まぁ、飾りのようなものだから、これでもいいわ。ありがとう」

葛葉は、出来上がった団子の皿を盆に載せた。





「清明さま、月見団子でございます。とりあえず、一皿どうぞ」

葛葉が恭しく漆塗りの器をさし出すと、清明が、あごで「そこにでも置いておけ」と答えた。

「あの子達は?」

「さぁ? さっきまでおったが、どこぞに遊びに行ったようじゃ」

いつもにも増してモノグさそうな所作になっているのは、銀時と一杯引っかけ始めたせいらしい。胡座をかいた清明の膝の上には、ボロ雑巾の子だけが乗っかっており、おつまみのスルメを分けて貰ったらしく、一所懸命に齧っている。

「クリステル様がお戻りになる前に、酔いつぶれないでくださいね」

「分かっておる、分かっておる」

「わたくし、他の子達を探してきます」

葛葉が出て行き、清明が「ボッスン、その団子も食え食え。甘いものが好きと聞いておる」と勧める。
今宵はおにゃのこと月見してる予定が、なんで野郎同士で飲んだくれてるんだろう、と些か理不尽な気分はするが、確かに団子は好物だ。では遠慮なく、とにじりよった銀時の顔が引きつった。団子が動いたような気がしたのだ。あれ、銀さん酔っぱらってるのかな? そんなに飲んだつもりは無いんだけど。じっと見つめていると、形のいびつな団子がある。さらに見つめていると、その団子に顔があるような気がする。
いやいや、気のせいだろうと己に言い聞かせ、食べてしまおうと黒文字で刺そうとすると、ぴょんと飛んで逃げた。唖然とする銀時の目の前で、団子に黄色い尾が生えた。

「お、お、……おおおおおお、たっ、おっ、おにーたまたま、これ」

「だぁれがたまたまだ、誰が」

皿を差し出すと、尾が生えた団子が畳に転げ落ちた。清明の膝にいた小狐がキャンと鳴くと、団子はみるみる小狐の姿に変わった。銀時は目を白黒させ、清明は「おや」と小さく呟くと「葛葉、こっちにおったわ」と障子向こうに声をかけた。
すっかり正体を現した小狐達は、団子でぽんぽんに膨らんだ腹をして、畳の上に伸びている。駆け戻って来た葛葉が、目を吊り上げた。

「まぁ、この子達ったら」

「あんまり叱ってやるな。ほれ、月もきれいに出ていることじゃし」

「月は関係ありません」

さらに葛葉が何かいい募ろうとした時に「クリステル様がお戻りになりました」という侍従の声が聞こえ、銀時がビクッと跳び上がった。シスコンの清明のこと、これで全てうやむやになってしまうに違いないと、葛葉が肩をすくめる。

「ねぇ、このお団子、食べてヨロシ?」

「一通りみんなに配りやしたし、クリステル様の分も残してやんすから、もう食べてもいいでやんしょう?」

そこに、飢えたふたりの声が重なった。



【後書き】十五夜と言えばお団子だよねーなどと、北宮さんと話していたら、子狐達がお団子に化けて……というアイデアが浮かんで来たので、さっそく作ってみました……子狐お団子も(笑)。
清明のコスプレ姿もコス別館に収録予定です。
某SNS初出:2010年09月22日
部分改訂&サイト収録:同月23日
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