【6】ぼくらはみんな生きている。


ふわっと香ばしい匂いを感じて、意識が浮かび上がった。

「たまァ? 朝飯の支度してくれてんのか? 俺ァ、目玉焼き2個な」

寝ぼけてそんなことを口走りながら、体を起こす。だが、その台詞を言い終わる前に、朝でもなければ、ここが自宅でもないことに気付いた。

「……ここは?」

もそもそと、銀時は布団から這い出る。

「妹萌えんちアル」

「僕ら、先に頂いてますけど、銀さんの分のご飯もちゃんとありますよ。たまさんは居ませんけど」

見れば、神楽と新八が膳を囲んでいた。大きなお櫃の側には葛葉が正座しており、飯のお代わりをよそってやっている。清明と道満はその隣で、片膝を立てた姿勢でくつろいでいた。

「起きたか、ボッスン。なんじゃ、朝餉の支度をしてくれる連れ合いの名は、タマサンというのか?」

「いや、タマサンじゃなくて、たま……っていうんだけど、いや、本当は芙蓉っていうんだけど、もうすっかりたまで定着してるっつーか」

「ほーう?」

「あ、いや、その、だから別に連れ合いとかいうんじゃなくて、うちの家政婦っていうか、女中っていうか、その、友達っていうか……下のバーさんの店で働いてるだけっつーか、俺はほら、結野アナ一筋ってゆーか」

語尾がごにょごにょと消え入るようになったのは、清明らがきょとんとしているからというよりも、神楽と新八の視線があまりにもシラーっと冷たかったからだ。

「見苦しいですよ、銀さん。なんか、お登勢さんが、たまさんにお金出すなっていうの、なんとなく分かる気がします」

「銀ちゃん、ジミーだけじゃなくて、ボラノギールにも抱きついてお尻撫でてセクハラしてたって聞いたアルよ。全然、一筋じゃないアル」

「ちょっと待て。ボラノギールって誰だ? 俺? 俺のことか?」

喚いている道満の隣で、清明が真顔で「そうじゃなぁ、道満はボラノギールというより、モロナイン愛用者だもんなぁ」と、呟く。それを受けて、神楽が「じゃあ、モロナインアル」と、訂正した。

「そうそう、モロナ……って、ちゃうわ! そういう問題じゃないっ!」

「道満、落ち着け、悪い癖じゃ。さて、ボッスンも食事にするか? 腹が減っては戦さが出来ぬともいうではないか」

清明がぱちりと指を鳴らす。
銀時と清明、道満の前に煙が立ち上り、次の瞬間、湯気をたてた飯や汁碗、山海の幸が並んだ膳が出現した。いかにも美味しそうな匂いにつられて箸をとりかけた銀時であったが、ふと、それを箸置きに戻した。膳の隅に、青菜のお浸しの小鉢が乗っている。

「どうしたのじゃ。腹はすいてないのか? それとも、洋食の方が良かったか?」

だが、銀時はそれには直接答えず「あいつらは、どうなったか、新八、知ってるか?」と、尋ねた。

「あいつら?」

「高畑君と、河原のあのバケモンだ」

新八と神楽は顔を見合わせた。自分たちが保釈されることで頭がいっぱいだったために、そこまで確認するだけの余裕がなかったのだ。

「タカハタクンとやらは知らぬが、大川の河原に出た未確認生物のことなら、夕方からニュースにもなっておったわ。晩のニュースでは、まったく正体不明でどんな危険があるかも分からぬから、明日の朝にでも武装警察によって殺処分する方針と言っておったが」

「武装警察? 真選組の奴らか」

「かなりの騒ぎになって、現場リポーターが足りないとかいうて、クリステルも駆り出されたそうじゃから、VTRを撮ってある。見るか?」

「頼む」

清明が手をパンパンと打つと、隣室との間の襖が自動扉のように開かれた。実際には電動式ではなく、その左右に式神らしい小狐が控えていたようだ。その向こうに、テレビが備え付けられており、同じく小狐が可愛らしい前足でDVDデッキをぽちぽちと操作した。パッと、モニターに結野クリステルの笑顔が映る。

『はい、現場の結野です。現場はかなり混乱していますが、皆さん、落ち着いて行動してください』

その背後に、昼間見たよりもさらに膨れ上がったらしい黒いタコ入道が、電信柱のような触手をのたうたせているのが見える。

「あの化け物は、貴様らの知り合いか?」

「知り合いっつーか、なんつーか、な。まぁ、色々事情があって」

「外道丸が見せてもらっておった、弁慶の仲間か? 物の怪とは違う、よその星の生物らしいと言っておったが」

「そのようだな」

食い入るようにクリステルの姿を眺めていた銀時であったが、先ほど清明が話した以上の情報は出て来なかった。

「銀ちゃん、ヴォルフガン坊=弁慶=アマデウスのブラザーズ、殺されたらカワイソウアル。あの子達もただ、一生懸命生きようとしてるだけアル」

「わーってるよ。おにーたま、ああいうのを封印とか、そーいう術ってない?」

「いや、封じると言ってもな。異界は異界で式神共が普段暮らしておる世界じゃから、それなりの生態系があるのじゃ。元が異界の生物である物の怪なら、異界に返してやることもできるが」

「そっかーそうですよねー……そう安易な解決は出来ないですよねぇ。さて、どうしたもんか」

では、次のニュースです、とメインキャスターの草野仁義が手元の原稿用紙をトン、と整えたタイミングで録画は終了していた。小狐はテレビのスイッチを消すと四匹行儀よく並び、次の命令を待つように清明の顔を見上げる。

「下がって良い」

清明が片手を振ると、小狐らはくるりと宙に躍り上がり、地面に降りる寸前に陽炎のように姿を消した。

「諸蠱に似ておるな」

重苦しい沈黙を破ったのは、道満であった。清明はそれで通じたらしく「ああ」と呟くが、万事屋三人は「ショコ?」と首を傾げた。

「シャコなら食ったことあるけどよ」

「銀ちゃん、ズルい! ワタシ、そんなの食べたこと無いアル!」

「確かに僕ら、お寿司でも玉子かカッパ巻きぐらいしか食べさせてもらえてないですね……で、ショコって何なんですか?」

ついつい話題が逸れそうになったところを、新八が軌道修正し、それを受けて清明が「諸蠱というのは、蠱(むし)を集めて一つの器の内に置き、久しく相食ませたものじゃ。確かにあれも、周囲のものを取り込んで、より強力になっていっておるようじゃな」と、説明してやる。

「センセー、神楽ちゃんが授業についていけなくて、寝ています」

それを受けて、道満が苦笑いをしながら「あー…つまり、だね。毒虫や毒蛇や蝦蟇などを、壷に閉じ込めて争わせるんだ。生き延びようとする執念と怨念で、より毒性の強い蠱に育つ。それを呪う相手に差し向けるという、いわば外道の術なんだけど……これでもちょっと難しいかな」と、補足する。

「さすが道満。己にも外道の術を施しただけはあるな」

清明が皮肉ったが、道満はちらっと視線を流しただけで、あえて反論はしなかった。

「つまり、高畑ブラザーズの場合は、土ん中に閉じ込められて、生き延びようと食い合ったってこったな。生き物は生きようとするのが本能だから、そいつを責める気にはなれねぇな。でも、それをただ殺しちまうのも、怨念だけ残りそうで寝覚めが悪いや」

そう言って、銀時が立ち上がり、枕元にあった木刀を拾い上げると、腰のベルトに挿した。

「銀さん、どうするんですか?」

新八に問われて、銀時は「さぁな。俺にも分からねぇよ」と、苦笑いを浮かべた。

「ただよ、最後まで面倒みてやるのが、飼い主の努めってもんだろ?」




カッコつけてナントカするとは言ったものの、具体的にどうしたものか。途方に暮れていた銀時に、清明が「連れていけ」と言って、護符を押し付けた。

「何これ? 外道丸?」

葛葉が何か言いたそうに主人の袖を引いたが、清明はケロリとした表情で「式神じゃ。少しは助けになるやもしれん」と言い放った。

「じゃあ借りとくわ」

「何卒よろしくお願いします」

なぜか葛葉が深々と一礼し、銀時も釣られて「はぁ、どうもどうも。お願いされます」と頭を下げた。




とりあえず一両日放置してしまった弁慶の様子を見ておいてやろうと、新八、神楽を連れて池に向かう。草刈りなどしているヒマは無かったので手ぶらだ。一度家に帰って、冷蔵庫からキャベツでも持ってきてやればよかったかな、と思いついたときには、水面から海老名が顔を出していた。

「うぃーす。高畠君、元気してた?」

「元気もなにも、あの食欲だよ」

うんざりした顔で水かきのついた指で示した先には、押し倒された樹の幹と、地面が深く抉り取られた跡があった。

「あれ全部、高畑君が食い荒らした跡? ずいぶんな食欲だな。よく、オッサン食われなかったな」

「食われてたまるかい。まぁ、あんたらが草食わせて育ててたせいで、たまたま肉の味を知らん、というのも理由だろうがな。つーか、毎日餌を持ってきてくれるって約束だったんじゃなかったのかよ? オジサンそー聞いてたよ?」

「ちぃと諸事情で、足止め食らって来れなかったんだ。悪かった。明日はちゃんと持ってくるから」

そこは素直に謝って、拝むようなポーズをしてみせる。

「それはそうと、よ」

海老名がそう呟いて、背後を振り返る。その視線の先の水面が盛り上がった。そいつは月明かりをぬめぬめと照り返しながら膨らみ、しまいに一抱えほどもある巨大な目玉と人間ぐらい軽々と吸い込んでしまいそうな口が現れた。目の後ろまで裂けた口の片側から、前腕が突き出して上体を支えている。

「お。やがて手が出る、足が出る、だな」

「かたっぽダケ? ヴォルフガン坊=弁慶=アマデウス、右腕取れちゃったアルカ?」

「いや、取れたんじゃなくて、まだ、なんだろ。片方だけ先に生えやすいんだよ」

「フーン?」

神楽が駆け寄ると、弁慶が軽く頭を下げた。神楽を認識しているのか、それとも餌だと思ったのかと、ハラハラしている男性陣を尻目に、神楽が弁慶の頭を無邪気に撫でる。

「弁慶、寂しかったアルカ? ドSバカのせいで来るのが遅れちゃったアルよ。明日、またいっぱいご飯、持って来るヨ」

「いやいや、沖田さんのせいだけじゃないじゃん。神楽ちゃんもすっかり忘れて寛いでたじゃん」

さすがに海老名に聞こえては体裁が悪いので、新八のツッコミも控えめだ。

「感動のご対面に水差して悪いがよ、コイツ、一匹だけじゃねぇだろ」

「あら、ご存知でした?」

「ご存知っつーか、なんつーか。ヘリは飛び回って騒がしいし、どっからか遠吠えは聞こえるし、こいつも落ち着かなくなるしで」

「あー…そうですか。いや、実はそうなんですわ」

銀時が居心地悪そうに頭をかく。

「とりあえず、そいつらをなんとかしなくちゃなーと思って、その前にちぃと、コイツの顔を見に来たという按配で」

「ああ、そーかい。で、なんとかしなくちゃって?」

「なんとかは……その、なんとかだよ。頑張って、なんとかするわ。神楽、新八、夜も更けてっから、お前らもう帰っておくか?」

新八は「そうですね」と言いかけたが、神楽は「ワタシも一緒に行くアル」と言い切った。

「ヴォルフガン坊のブラザース、今度は見捨てないヨ。助けるアル」

「助けるって言ってもねぇ。具体的にどうしたら助かるんか、検討もつかねぇんだけど……まぁ、いいか。じゃ、新八だけ帰るか?」

「神楽ちゃんも行くのに、僕だけ帰るわけにはいかないでしょう。僕も行きます」

「はぁ、そうですか」

じゃあ、そろそろ行くか、と銀時が踵を返すと、その背後でズシン、という地響きがした。ギョッとして振り返ると、弁慶が『両腕』で上体を支えていた。腕の力で踏ん張るようにして、ずるずると、池から這い出して来る。

「ヴォルフガン坊=弁慶=アマデウスも、ブラザーを助けに行くって!」

神楽があてずっぽうに通訳するが、どうやらそれも満更はずれではないらしい。銀時は「マジですか」と呻いた。




四肢が揃ったとはいえ、オタマジャクシの特徴を残している尾はずるずると地面を引きずったままだが、ご本尊は痛がっている様子も見せず、森を抜けて公道に出てもおとなしくついてくる。
夜中で良かったと、銀時は心底思った。そうでなかったら、こんな化け物連れ歩いていたら即、町中パニックだ。なんとか騒ぎになる前に、大川のたもとまで来れた。土手を登り河川敷に降りる前に、地面に伏せてそっと向こう側を覗いてみた。
河川敷では、立ち入り禁止の黄色いビニールテープに囲まれた一角を、警察車両が取り囲んでサーチライトを当てている。その光の中に例の怪物がいる筈だが、ここからではよく見えない。上空を旋回しているヘリコプターからなら、何か見えるのだろうか? ヘリ特有のバタバタというブレードスラップ音がうるさ過ぎるせいか、虫の音はまったく聞こえない。

「あっちの装甲車みたいのは、マスコミ関係でしょうかね」

「そうだな、まだギャラリーがウヨウヨいやがるな。参ったな」

ともかく、ここを降りて河川敷を横切って……警察の包囲網を突破するのが面倒だが、ここはもう、強行突破しかない。幸い、サーチライトの眩しい光のせいで、周囲はかえって暗く感じるため、いい目くらましになっている。

「とりあえず、走るぞ。新八、神楽、高畑君。闇に紛れていくから、あっちの光は見るなよ。目が潰れるぜ」

実際には『明るい光に目が慣れてしまうと、夜目が効かなくなる』というのがサーチライトを避ける理由なのだが、子供相手にぐだぐだと暗順応がどうのこうのと説明するより『目が潰れる』と脅しておく方が、シンプルで手っ取り早い。
銀時は立ち上がって、腹や胸についた雑草や土埃を払った。




「これ、残業代つくんでしょうかねぇ?」

重たい機材を河原の土手の斜面に降ろし、その隣にどっかと座り込んだカメラマンが、うんざりと呟いた。夜のニュース番組の生放送は無事に終わったのだが、明日の朝の番組用に『いい絵』が撮れたら撮っておけ、というディレクターのお達しが出ている。なにせ、情報では未明には真選組が一斉突撃をかけるという。その映像を見て「勇敢に職務をこなす忠臣」と称えるか「動物愛護精神に欠けた野蛮人」と非難するかは、ディレクターとスタジオのキャストが世論とスポンサーの顔色を見ながら適当に判断してもらおうか。

「中継車に戻って、仮眠でもとります? 適当に起こしますから。ああ、結野アナも休んでおいてください。車中泊で申し訳ないけど、寝不足の顔で映るわけにもいかないっしょ」

音響担当がそう言い、カメラマンは「そうすっかな」と呟く。

「私は、もう少し見ているわ。他のテレビ局のスタッフも、残っているようだし」

結野クリステルはそう言うと、土手を上がって遠くを見やった。見たところ、状況に変化はなさそうだ。戻ろうかと踵を返そうとしたクリステルの視界の端に、影が走った。人の影らしいものが三つ、その後ろには何やら巨大な塊がつき従っている。

「君達、そっちは立ち入り禁止区域よ」

とっさに叫びながら駆け出していた。背後で「結野アナ? どうしました?」という声が上がったが、耳には届かなかった。

「あなたは……雨宿り侍さん? その後ろのは?」

月明かりも無い闇夜だが、大男の銀髪はよく目立っていた。男もクリステルの存在に気付いて、足を止めた。その背中に一緒に走っていた子供が勢いよくぶつかり「いたーい」と鼻を鳴らす。

「アンタ、結野アナか。朝の番組のために今からスタンバイ? それとも大江戸ステーションの放送終わったのに、まだいたの?」

「両方よ」

「マジで? 寝不足は美容の敵だよ? アンタ、俺の天使なんだから、いつもいつでもいつまでもキレイでいてよ、お願いだから」

「そうじゃなくて……その後ろの……何? カエル?」

「カエルじゃないアル。ヴォルフガン坊=弁慶=アマ……」

「おめーは黙ってろ」

銀髪の男、銀時が神楽の口を塞いだ。

「あの、スンマセン。謝りますんで、スンマセン。立ち入り禁止なんすよね。ホント、マジ、スンマセン。反省してますから、見逃してください」

新八が得意の土下座攻勢で、この場をなんとか逃げ切ろうとする。

「そうじゃなくて、このカエル……もしかして、あの化け物の?」

「ブラザーアル。あの子を助けるアル」

「だから、黙ってろって」

銀時が神楽をポカリ、と叩く。その銀時の胸元から、はらりと護符が落ちた。あっと思って掴もうとするより一瞬早く、その護符が煙に包まれるや、黒尽くめの着物姿の少女が現れた。

「お前、外道丸?」

「はい、クリステル様」

元々外道丸は、クリステルに仕える式神なのだ。普段はふてぶてしくその名の通り『外道』っぷり全開な彼女も、主人の前では恭しく一礼する。

「清明様に、手助けをするように申し付かりやした」

「お兄様が?」

クリステルは従者の目をじっと覗き込み「そう、お兄様が」と呟いた。
その背後から「結野アナ、そいつらは?」などと口々に叫びながら、スタッフが駆け寄ってくるのが気配で感じられる。クリステルはそれに応えることなく、白く華奢な指を立てた。

「方円陣!」

凛とした透き通った声で唱えると共に、周囲の土が一瞬にして盛り上がって壁を作った。いや、土ではない。真っ黒い壁のような……うっすらと透けて向こう側が見えるところから察するに、何らかのエネルギー体のようであった。見上げれば、その壁は徐々に上ですぼまって閉じ、ドーム状になっている。

「お兄様が手助けをするのなら、私も。で、助けるって、どうやって?」

「決めてない。」

「え?」

「しゃーねぇだろ。俺だって何がなんだか。それよか、後でサイン……は前に貰ったか。写メ、一緒に撮ってください」

だが、憧れの女子アナの前で舞い上がっている銀時の純情をスルーして、クリステルが「じゃあ、あれの正体は何?」と、畳み掛ける。

「宇宙産の動物が、諸蟲と化したようでやんす。清明様とイボ痔がそう言ってやんした」

「へぇ、イボ痔が」

「ちょ、一応、道満ってアンタの元旦那じゃん? イボ痔呼ばわりって、それちょっとかわいそくね? 俺も元旦那ってムカついたけど、いくらなんでも別れたからって、イボ痔はかわいそくね?」

「じゃあ、ボラノギール」

「イボ痔、モロナイン派だって言ってたヨ。ボラノギールじゃなくてモロナインアル」

「じゃあ、モロナインで」

「いいの? そーいう論点でいいの? 女って別れた男は顔も見たくなってゆーけど、結野アナもそーいうもんなの? アンタの元旦那はなんかおにーたまと仲良く爽やかに友情復活してるってゆーのに、元嫁としてはそーいうもんなの? やめてよ、結野アナはそーいうドロドロしたのとは無縁な天使でいてよ……って、神楽もさっきから余計なこと言うっつの!」

喚いた銀時の懐から、白い鞠のようなものがこぼれる。地面にぽてんと落ちたのを見れば、小さな獣であった。そういえば、清明の屋敷にも小狐がいたが、そいつらよりは尻尾のボリュームが貧相で、やや痩せている印象だ。

「あれ? こんなの居たっけ? オマエも、おにーたまの式神、か?」

きゅーん、と小狐が鳴く。クリステルがそれに気づいて、その襟首を無造作に掴み上げた。懐からペンを取り出すと、その白い額に一筆書きの星を書き込む。

「この印に、私が験力を込めたわ。この小狐で五芒星を……」

「待て待て待て! それ、デジャビュー! ものっそデジャビュー! すんげぇド級のデジャがビューンってあるからね! そーいうの前にやったことあるから!」

以前、飼っている巨大白犬、定春がその力を暴走させた時のこと。本来の飼い主であった双子の巫女の提案で、験力を込めたボールでキャッチボールをし、その軌跡で五芒星を描いて暴走を押さえ込んだということがあった。もっとも、野球なんぞやったことのない面子である故にまともな『キャッチボール』にはならず、ボレーキックや顔面キャッチ、締めにはバットでフルスィングをして、なんとか(奇跡的に)術を完成させたのだが。
それを、いくら式神という霊的な存在であろうとも、いかにもひ弱そうな小動物で再現しようというのは、鬼畜にも程がある。

「大丈夫でやんす。バットの代わりならこれを」

外道丸が、背負っていた金棒を取り出し、地面にズンと突き立てる。

「いや、だからダメっしょ、それは」

クリステルの手から小狐を取り返そうと手を伸ばした時、背後からニコチン臭い息と共に「おーい、またオマエらか。この妙な壁もてめーらの仕業か? せっかく保釈してやったのに何してやがんだ。また小伝馬に戻りてぇのか」というウンザリした声がかけられた。


サイト収録:2010年09月13日
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