【4】ぼくらはみんな生きている。
「オタマジャクシって……そういえばカエルの姿した天人がいましたけど、あのバカガエルの子供かなんか、なんでしょうかねぇ?」
手配書をしげしげと眺めながら、山崎が首を傾げる。
「そんなご大層な代物だったら、貨物船なんぞに詰めるか。捨てる予定のなかった場所でバラストのコックが緩んで、中身がこぼれた拍子に、紛れ込んでいた外来動物も落下した……と、表向きはそう説明してはいたが」
「表向きは、ですか。副長、何か引っかかってるようですね」
「どうせ捨てる予定のモンが多少こぼれたぐれぇで、なんだって必死になって探し回る必要があるんだ。いくら中身に生き物が紛れていたって、こんだけ宇宙由来の動植物がわんさか侵食してきてんだ。今更、生態系を崩すもへったくれもねぇだろ」
「ですよねぇ。どうせ地上に落ちた時点で潰れちゃうだろうし、あれから何日もたってるから、今頃干からびてるだろうし」
だからといって、あっさり断るわけにもいかないのが、公務員のつらいところだ。少なくとも、言われたとおりに一生懸命探しました、という実績が必要なのだ。できれば死骸ぐらいは見つけておきたいのだが、親指の先ほどの小さな生物を探して、江戸中で聞き込みを繰り返し、練り歩くのにも疲れ果てた。
どこか休める場所はないかと河原に下りると、テニスコート横にベンチを見つける。さっそく、どっかとそれに腰掛けると「ザキ、コーヒー買って来い」と命じた。
「買って来いって、カネは?」
「無いのか」
「部下に払えっていうんですか、アンタ。俺よかよっぽど高給取りのくせに」
「うっせーな、ぐちゃぐちゃ文句タレてんじゃねぇ。“親分”のブラックな」
「ちょっ、銘柄まで指定かよ! 上司横暴! パワハラ反対!」
薄情な上司は部下の必死の訴えを無視して、ちらっと不機嫌な流し目を寄越したっきり、懐から紙巻煙草を引っ張り出し、優雅に一服を決め込み始めた。
「大体、このへんに自動販売機なんてあったかなぁ?」
ぶつくさボヤきながら、山崎は腰のベルトに挿していた十手を取り出した。なぜかそれは二本あり、シャキーンシャキーンという金属音とともに変形した。
「んだぁ、そらぁ」
「コンパクト探索センサー装置です。探し物にはこれがいいって、沖田さんが」
「くれたんか」
「いや、最新式だからタダではやれないって、買わされました」
「だったら、そいつ使って、例のもん探しゃよかったろうが」
「あ、そういえばそうですね。とりあえず、自販機探します」
金属棒を二本両手に持って、山崎がその場でくるくると方向転換をする。
「あれ? 反応しないなぁ」
「もしかして、おちょくられたんじゃねーか。大体、そらぁ、アレだろ。ダンなんとか」
「ダウジング?」
「そう、それそれ」
「ダウジングじゃなくて、なんだかって難しい名前の最新鋭のセンサーが組み込まれてるっていってたけど……もしかして、ホントにダマされたんかなぁ。ひでーよ。高給取りのくせに薄給の俺から搾取かよ」
「世界は搾取する側とされる側で成り立ってるんだ。それが人生の真理だ、諦めて俺の分のコーヒー代も払え」
「鬼、人でなし! 自販機、自販機、一番近くにある自販機を教えてくださーい! できれば安いやつ!」
だんだん自信がなくなってきた頃に、片方がぴくんと反応した。
「あ、動いた!」
だが、指し示された方向にあるのは大川だ。まさか川を渡っていけとでもいうのだろうか? それでも一応、歩き始める。土方は鼻先で笑いながら、煙草の灰をぽんぽんと地面に直接落としていた。
山崎が川面に近づくにつれ、棒の揺れは激しくなる。水に落ちるのではと危ぶんだ頃に、棒は動きを止めた。
「ここ?」
当然、缶コーヒーの自動販売機なんか無い。その代わりに、足元の土が小さく盛り上がり、木札が突き刺されていた。ひとつは「定春2号の墓」と、拙い筆跡で書かれている。
その隣にある、もうひとつの木札を読んだ山崎の目が、大きく見開かれた。
「ふっ、副長ォ!」
「んだよ」
土方は、面倒くさそうにタバコを地面に放り出すと、靴の先で踏み潰した。
『おそらのおたがじゃくし』
木切れの文字を読んだ土方と山崎は、思わず顔を見合わせた。
「オタマジャクシ、だろうな」
「ですね」
お空のオタマジャクシの墓、か。
土方と山崎は、思わず顔を見合わせる。何故そんなものにセンサーが反応したのかは分からないが、そもそもそのセンサーが地球外の物質に反応するように設計されていた可能性もある。
「掘ってみろ」
「はい」
山崎がしゃがみ込んで、土饅頭から木切れを抜き、それをスコップの代わりに土を掘り返して間もなく「おいコラ! 何してるアル!」という甲高い声が飛んできた。
「墓荒らしアル!」
「おいおい、オーグシ君、何してんのさ。死骸が好きとか、そういう性癖? 子供の夢を壊すような真似、おにーさんはよくないと思うよ?」
振り向けば、白髪の侍とその連れのガキどもだ。
「ばっきゃろう、俺らだって、好きでやってんじゃねぇよ」
「だったら、やめてくんない? 子供の情操教育に悪いからさ、そーいうの、やめてくんない?」
「そーいうわけにゃ、いかねーんだよ。これも一応、公務なもんでな。邪魔すんなら、公務執行妨害で現行犯逮捕だぜ」
「んだとコラ、やれるもんならやってみやがれ」
ムキになった銀時が土方の胸ぐらを掴もうとすると、もこり、と地面が動いたような気がした。同じ感触を土方も感じたらしく、思わず顔を見合わせた。恐る恐る見下ろすと、先ほどまで突き刺さっていた木札が倒れており、その辺りの土が盛り上がっていた。
「んだぁ?」
「え? 何? どしたの、コレ」
仲良く並んで見つめていると、地面が割れて黒っぽいものがどろりと吹き出した。石油のような液体かと思ったが、それがぐねぐねと動くところを見ると、タコの腕のようにも見えた。
「ウォルフガン坊=弁慶=アマデウスの兄弟達アル」
神楽が呟き、銀時が「あの状態で、しかも埋められたっつーのに、どっこい生きてたってことか?」と、呆れた。だが『生き残り』のあの常識外れた成長ぶりから考えて、あり得ない話ではない。
「んだよ、そいつぁ」
その腕に絡めとられそうになって飛び退きながら、土方が喚いた。
「えーと、オタマジャクシだよ」
「コイツの、どこがオタマジャクシだよ!」
「だってほら、ナマズの子じゃないだろ、少なくとも」
それが何より証拠には、やがて手が出る、足が出る。
ぐにゃり、と土を割って、そいつが這い出してきた。脚が何本あるのか、顔がどこにあるのかすら、定かではない。むしろ、ぼこぼこした胴体には、いくつも眼球と思しき白っぽい球体や大きな裂け目があった。それは口なのだろう、土や木の根と思しきものを含んで、くちゅくちゅと咀嚼しているようであった。
「土ン中で自給自足してたのか。俺らが手間ひまかけて乳母日傘で育った高畑君と、えれぇ違いだな」
「だから、なんなんだ、そのタカハタクンってぇのは」
「違うヨ、ウォルフガン坊=弁慶=アマデウス、アル」
「ウオ……なんだって?」
「ウォルフガン坊=弁慶=アマデウス」
「オタマジャクソン=高畑君」
「はぁ? 結局なんなんだ! 山崎、屯所に救援頼め、こいつぁ俺らだけじゃ手に負えそうにねぇ」
土から這い出したそいつは、胴体だけでも軽トラックほどの大きさがあった。弁慶が十匹ほど溶け合ってくっつけば、これぐらいの質量になるだろう。
「全部、生きてたアル」
その声に反応したのか、目玉がぐるんと動いた。ずるずると、一同の方へ寄ってくる。
「ちょ、待った待った。だってよ、あの状態で生きてるなんて思わないだろ、フツー。変な匂いだってしてたし、明らかに腐り始めてたし、安らかに成仏するようにって埋めたんだから、それを恨まれる筋合いないよ、銀さん、恨まれる身に覚えないからね。生きてるって分かってたら、そりゃ育てたよ? 銀さんがオマエらの兄弟を養育するためにどんだけ苦労したと思ってんの。銀さん、草むしりのしすぎで、色男でもないのに腰ガタガタだよ? ねぇ、怒ってる? 怒ってんの、君たち。ホワーイ、何故? 銀さん理由がワッカラナーイ、コマンタレブー、シルブプレ? あれ、フランス語通じない? じゃあ、その、ディスイズア、ペン」
「銀さん、コマンタレブーって、ご機嫌よう、って意味ですよね。この状況でそれ、ワケ分からないです」
ツッコミを入れている新八だって、この状況で決して、冷静でいるわけではない。むしろ腰が抜けたのか、地べたにへたり込んでいる。
「いいから、ここは一度引くぞ。ほれメガネ、立てやコラ」
かろうじて職務意識に支えられ、土方が新八の襟首を掴んで引っ張り上げた。その勢いで、新八のメガネがポロリと外れて転がる。次の瞬間、新八が居た辺りに黒い塊がずるりとわだかまる。あのままでは、押し潰されるか、飲み込まれるかしていたに違いないと思うと、肝が冷えた。
「ぱっ、ぱっつぁあああン、銀ちゃん、ぱっつぁんガ!」
「くっ、新八……てめぇの仇はきっと取ってやるぜ!」
「オイぃいいいいいいいっ! それ、メガネ! 新八こっちっ! 新八の本体、こっちだからっ!」
なぜか盛り上がっている万事屋一同を尻目に、土方は振り返ると「オイ山崎、あいつらの捜索依頼してきた野郎、とっ捕まえろ。どういうことか、締め上げてやる」と命じた。
「え? あ、ハイ、了解しました。それから、さっきの応援要請ですが、沖田さんの隊が駆けつけてくれるそうです」
「沖田ァ? また、ややこしいことになりそうな相手に頼みや……」
がって、という台詞の続きは、爆音でかき消された。一瞬、どこで鳴った音か判断できなかったが、怪物は腹に穴をあけてのたうっており、ぐるりと見回せば土手の上にバズーカーを構えている沖田を見つけることができた。
「ち。外したか」
爆音で聴力がバカになっているうえに、両手で耳を覆っていた状態であったが、沖田がそう呟いたのだけは何故か聞こえる気がした。いや、聴覚で感じることができなかったとしても、その悪意はテレパシーで伝わる。
「え? 外したって何? 命中してるじゃん。ちげーの? 俺か? 俺を狙ったのかぁ、こんのサディスティック王子が!」
「テンメェ、ウォルフガン坊=弁慶=アマデウスの兄弟に何するアルカ! 許せないアル!」
神楽が凄まじい勢いで土手を駆け上がり、沖田に向かって飛びかかる。沖田は顔色ひとつ変えず、中空の神楽に向けてさらに一発、ニ発、バズーカーをぶっぱなした。だが、神楽の小さな体はそのロケット弾をかろうじてすり抜けると、やおらその発射口に右腕を突っ込んだ。
「うぉっ、チャイナッ!」
「弁慶ブラザー虐めるなァ!」
神楽が拳を振り回すと、鋼鉄の砲身が飴のように歪んだ。宇宙最強の戦闘民族である夜兎族の面目躍如だ。砲身を突き破った神楽の腕は、ススで黒く染まっている。
「何しやがんでぇ。せっかく土方さんを暗殺するチャンスだったのに」
「ウォルフガン坊=弁慶=アマデウス・ブラザーに当たったアル。痛がってルヨ。あと、手、熱かったアル。オマエの命で償うアル」
「手が熱いのは、んなとこに手ェ突っ込んだ自業自得だろイ」
「問答無用アル!」
神楽がさらに蹴りを繰り出すと、沖田は鉄くずになってしまったバズーカー砲を棍棒のように振り回して応戦した。
「オイコラ、神楽、沖田君、てめーら何やってんだ。いちゃついてる場合じゃねぇぞ。新八があいつに飲み込まれた」
「だから、飲み込まれてねーよ! 新八クンこっちぃいいいいいいっ!」
「旦那ァ、俺ァ別に、いちゃついていませんぜイ」
「誰ガこいつといちゃいてるヨ、その白髪テンパ引き抜いて、代わりにインモー植毛してやろうカぁ!」
その大騒ぎをよそに、土方は集まってきた隊士に向かって「こちらに向かう道路を封鎖して、周辺に市民がいたら避難させるんだ。化け物は足止めしろ。あの様子なら、火器であしらえる」などと指示を出した。
「万事屋、オマエら三人は屯所まで同行願おう」
「んだよ、偉そうだなぁ、オーグシ君は」
「偉そうじゃなくて偉いんだ。いいから、パト乗れ。事情を洗いざらい喋ってもらうからな!」
そういうと、土方は銀時の腕を掴んで、乱暴に引っ張った。
ちょっと屯所で絞られる程度だと甘く考えていた万事屋一同であったが、パトカーの助手席に居た土方が携帯電話でボソボソと会話していたかと思うや、運転していた監察方の吉村折太郎に「小伝馬だ」と告げた。
「行き先変更ですか?」
「ちょっと待ってよ、小伝馬って、まさか牢屋敷?」
後部座席の銀時が聞きとがめて喚くが、土方はジロリと視線を流しただけで「事情聴取は必要ないから、ブチ込んでおけとさ」と吐き捨て、ダッシュボードの中央下からシガーライターを引っ張り出す。
「副長。車内禁煙ですよ」
「なんのために、わざわざクルマにライターと灰皿がついてるんだ」
「最近の新しい車両にはありませんよ。ウチにまで買い替えの予算が回ってこないだけで……ハイハイ、分かりました。ちょっと待ってください」
吉村は、上司のワガママに苦笑いして片手で前髪をかきあげると、視線は前方にやったままでハンドルを操りながら、器用に備え付けの灰皿を開けた。
「灰皿の匂い玉はいらねーな。吸い殻と一緒になるとくせぇじゃねぇか。どっか捨てさせろ」
「アンタ、どこまでワガママなんですか……ゴミ袋、そこです」
そんな会話をしている間にも、パトカーは小伝馬町に着々と近づいている。
「銀さん、もしかして僕ら、ヤバいことになってるんですかね?」
不安そうに新八が囁いたが、さすがの銀時も「さぁな」と、絞り出すように吐き出すしかなかった。
やがて辿り着いたのはコンクリートの四角い建物で、パトカーはその裏口から吸い込まれるように敷地の中に侵入した。蝋人形かと見まごう生気のない衛兵が何人も直立しており、土方の存在に気づくとえらい直線的なカクカクした動きで敬礼をしてみせる。
パトカーが駐車場に停まると、牢役人がバラバラと駆け寄って来た。土方が、まだ半分ほど燃え残っている煙草を灰皿に押し付けてると、振り向いてヘッドレスト越しに「事情が変わった」と、今更のように告げた。
「アレは、地球に入れちゃいけねぇ動物だったんだとよ。上の思惑じゃ、騒ぎになる前に俺らに回収させる筈つもりだっだが、育ちすぎてあんな事態になっちまったし、市民の安全を確報するためとはいえ交通規制をかけちまったし、誰かが通報したらしくて、報道のヘリも飛んでいるらしい」
「で? 交通規制も通報もヘリも俺らのせいじゃねぇよ? 大体、ヘンテコな動物はどこぞのバカ皇子がさんざっぱら持ち込んでるから、今更じゃねぇか」
「今回はそのバカ皇子じゃないらしくてな。かといって、どこの誰のせい、ということは明らかにできない。でも、誰かのせいにはしなきゃいけねぇ。分かるか?」
「いえ、全然」
「ともあれ、しばらくここでタダメシでも食らっておいてくれや」
冗談じゃない、と殴り掛かろうとしたところで、左右の扉が開かれた。あっと思う間もなく、牢役人らに車外に引きずり出される。
「一応、そっちのチビッコいのは女だから揚屋にしてやれ。メガネ……は失くしたのか。そこの坊主もまだガキだから、大牢じゃキツいだろ。白髪侍は大牢……いや、VIPルームだな」
VIPルーム? と銀時が訝った。相手の性格とこれまでの行いを鑑みれば、こういう場面で優遇してくれるとは到底思えないうえに、命じられた側も明らかに戸惑っている。
「ワタシ達、何も悪いことしてないヨ?」
「分かってるが、そういう命令が出たんだ。悪いな」
「じゃあ、せめて銀ちゃんと一緒じゃなきゃイヤアル」
「一応、風紀上、そーいうワケにはいかねーんだよ」
今にも暴れだしそうな神楽の腕を、銀時がそっと掴んだ。ここで抵抗しても事態をますます悪化させるだけだと、銀時の野生のカンが告げていたのだ。神楽がちらりと銀時を見上げ、銀時がその頭を撫でてやる。
土方は、それを見届けると冷たい表情で「連れてけ」と、牢役人に命じた。
VIPルームという単語から、なんとなくイヤな予感はしていたが、銀時が押し込まれたのは案の定、見るからに凶悪犯が集まっている房であった。
「あ、その、どうも」
一応、会釈なんぞしながら、開いている隅のスペースに腰を下ろす。こいつら何やらかしてここに来たんだろうなぁ、アレは殺人かな、こっちのは粗暴犯っぽいな、こっちのはヤクザの大親分か何かといったツラ構えだな。銀さんみたいな善良な市民が、なんだってこんなアウトローと一緒にされるんだか……などと考えていると「おにいさん、何人やりはったん?」と、耳元で囁かれた。痩せぎすでギョロ目のうえに、ハゲ散らかした頭髪と生え散らかした無精髭が印象的だ。コイツはナイフを使うタイプだなと、なんとなく思われた。
「いや、俺ァ何もしちゃねーよ」
「まぁた謙遜しちゃって。分かってんのよ、お兄さんみたいなタイプはものすごいことをやらかしたんだって。人を斬ったのだって、ひとりやふたりじゃないでしょう」
「あー…まぁ」
でも、今回はそれが原因でブチ込まれたワケじゃないんですが……と、言い訳をしようとした矢先に、ハゲが枯れ木のような指を銀時の胸元に押し当てた。その仕草は、指をさした相手を呪い殺すとかいう南国のサルを連想させた。
「いいわぁ、そういうタイプ、萌えるわぁ」
そこで、銀時は己が思い違いをしていたことに気づいた。
ここは単なる凶悪犯が集められている牢というだけではない。ここに入れられることそのものが、危険であるということだ。
「あっ、あのっ、ボクゥ、そーいう趣味ありませんからぁっ、そのぉ、ノーマルっていうかぁ、一般的な趣向の持ち主っていうかぁ」
「まぁ、照れちゃって。大丈夫よぉ、優しくしてあげるから。ちゃんとモロナインもボラノギールも支給品を用意してるし」
いつの間にか、他の連中もぎらついた視線をこちらに向けている。久しぶりの獲物を前に、ヨダレを垂らしている肉食獣の目だ。
「え、なに、モロナインって、やっぱそーいうこと!? いや、無理、銀さん、ウンコ細いから、無理だからっ!」
「銀さん? アナタ、銀さんっていうの? いい名前ねぇ」
「あーその……お役人サーン! お役人サーン! たーすーけてぇえええええええええ!」
銀時の悲鳴が牢屋敷中に響き渡っているのを聞き流しながら、新八は二畳ほどの狭い独房に腰を下ろす。冷たい石畳を覚悟していたのだが、半ば破れているとはいえ一応、畳が敷かれている。背後で牢役人が扉の鍵を閉める音がやけに重々しく聞こえた。
「参ったなぁ」
もう外は軽く汗ばむ陽気なのに、ここはコンクリート作りのせいか、ひんやりと肌寒い。
でもまぁ、面倒を見てやらなければいけなかったろう弁慶はもう池に返したし、定春はお腹がすいたら勝手に階下に下りて、お登勢に面倒をみて貰えるだろう。僕が家を数日留守にしたところで、姉上もそんなに心配しないだろうし。大体、痴漢容疑でお白砂まで引き出されたことのあるマダオだって、最後には潔白が証明されたんだし……と、冷静にひとつひとつ挙げて考えれば案外、大したことではないのかもしれないな。新八は目をすがめて、独房の中を見渡す。お茶……は無いのか。水でも飲んで、落ち着こう。
だが、なんとかの考え休むに似たり、で何も思い浮かばないまま、新八はうとうとし始める。だが、バタバタと騒々しい足音が響き「我が弟よぉ!」と喚く声が、新八を現実へと引き戻した。
「あれ、近藤さん? ここは……そうか、僕は」
無意識に周囲を手探りしてメガネを探すが、無くしてしまっていることを思い出した。同時にここが小伝馬の大江戸牢屋敷の一室であることも。
「いやぁ、新八君。災難だったな。だが、我々も仕事というか、政治的なことがあって仕方ないこともあるのだよ。せめて、将来の我が弟だけでも、助け出そうと思ってな」
そこに居たのは、真選組局長にして、新八の姉お妙に横恋慕しているゴリラ男、近藤勲であった。
「僕だけ?」
「とりあえずは、な。無罪放免ってわけにもいかねぇが、保釈金を積んで、俺が身元引受人ということで、なんとか処理した」
「保釈金、ですか」
「そうだ。だから、俺ひとりで三人分は無理でよ。すまねぇが、万事屋とチャイナのお嬢ちゃんの分は、新八君でなんとかしてくれないか」
「なんとかって」
でも、誰か一人が自由になるのと、三人とも(それも別々に)拘束されたままの状態では、この先の展望に於ける可能性に雲泥の差が出る。いや、誰か一人と言っても、神楽では心許ない。銀時だって「かわいい子には旅をさせろ」か何か、テキトウなことを言った挙げ句「保釈金をかき集めてくるわ」などとホザいて、パチンコなんぞに行ってしまう姿が浮かんで来てならない。ということは、消去法的に新八が動くしかあるまい。
「土方さんや、沖田さんは?」
「あいつらは一応、取り締まる側だからな。俺だって本当はそういう立場にゃなれないところを、局長権限であえて枉げさせたんだ」
「そうですよね。それができるんだったら、最初からここには連れて来ないでしょうし。分かりました、なんとかしてしてみます。近藤さん、ありがとうございました」
「なんの、可愛い将来の我が弟のためだからな」
だから、僕はゴリラの弟になるつもりなんてないんだっつーの、という減らず口は、この際ぐっと飲み込み、新八はぺこりと頭を下げる。
「あと、これ。河原を現場検証していて、出て来た」
思い出したように近藤が差し出したものは、泥と何か分からない汁で汚れ、ツルが多少歪んではいたが、確かに新八のメガネであった。
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