【2】ぼくらはみんな生きている。


翌朝、ガラス鉢を覗き込んでみると、水草はすっかり食べ尽くされていた。丸々と太った弁慶が、ころんと転がっている。

「高畑君、ずいぶん、食欲旺盛だな。なぁ、新八。こんなもんか?」

「だから、高畑君って誰ですか。でも確かに、ちょっと食べすぎですね。こういうのも、飼い主に似るもんなんでしょうかね?」

呆れている男二人の会話が聞こえたのか、弁慶は水面まで上がってきた。

「なにこれ、高畑君ってば餌ねだってんの? オタマジャクシって、こんなに知能高いもんなのか」

「まさか。もしかしたら、よその星のじゃないんでしょうかね。ほら、空から降ってきたって」

首を捻りながらも、新八は台所に向かった。くるっと見回して、棚から鰹節の入った缶を取り上げる。

「とりあえず、これでもあげてみましょうか。雑食だから、なんでも食べますけどね。パンとか煮干とか……ホウレン草を茹でたのとか、茹で卵とかも食べますよ」

「贅沢だな」

「でもほら、カエルになったら虫しか食べられない訳ですし」

新八がパラパラと鰹節を振りかけようとしたところで、神楽が「私にやらせてヨ」と割り込んできた。

「いいよ、神楽ちゃん。でも水が汚れるから、ちょっとずつだよ?」

「ケチー。ヴォルフガン坊=弁慶=アマデウスだって、おなかいっぱい食べたいアル。ねぇ、ヴォルフガン坊=弁慶=アマデウス?」

それでも言いつけ通りに数片ずつ鰹節を振りかけると、弁慶が尾を激しく振りながら頭を突っ込んできた。鰹節は水中で踊るように揺れながら、みるみる小さくなっていく。

「ネェ、もっとあげてもヨロシ?」

「どうしたもんでしょうかね、銀さん」

さすがに薄気味悪くなったのか、新八が不安そうに銀時を見上げる。銀時は頭をぼりぼりと掻いた。

「きりがなさそうだから、やめとけ。高畑君のせいで明日、出汁のねぇ味噌汁を食う羽目になるのもしゃくだし」

「だって銀ちゃん、まだ食べたいって、ヴォルフガン坊=弁慶=アマデウスが、ホラ」

神楽が示すまでもなく、弁慶はガラス鉢から飛び出そうな勢いで、水面でぱしゃぱしゃと暴れている。一匹でこの食欲なら、全部生きていたら、どんな状態になっていたのか。想像するだけでめまいがしそうだ。

「しゃあねぇなぁ。また池の草、貰ってくるか」

「わーい、銀ちゃん、アリガトウ!」

「バぁカ、おめーも一緒に来るんだよ。人に頼るな。オメーがバケツ運べ」

銀時が神楽の頭をスパンッと叩いたが、神楽はニコニコして「じゃ、バケツ借りて来るアル。定春、一緒に行こっ」と、部屋を飛び出していった。




「またあんたらかい」

池に近づくと、海老名が水面から顔を出してきた。

「おう。水と水草、貰っていいか?」

「構わねぇよ。どうせタダのもんだ」

そう言いながらも多少は気になるのか、海老名が銀時の手元まですぅっと泳ぎ寄る。

「そんなに?」

「昨日貰ったのんが食い尽くされてよ。少し余分に貰っておくわ。毎日来られても、アンタ迷惑だろ」

鷲掴みにした水草を軽く振り洗いすると、そこに棲みついていたらしい小さな虫や巻貝がぽろぽろと落ちた。

「食べ尽くされた? オタマジャクシって言ってたよな。どんだけ大量に飼ってるんだ?」

「一匹さ」

「へぇ?」

「多分、地球産じゃねぇんだろうな。何しろ、空から降ってきたっていうし」

「空から落ちてきたからって、地球産じゃねぇとは限らねぇさ。前にも言ったとおり、鳥や竜巻が運んでくることもある。宇宙船の場合は……単純に落っことしちまうケースもありゃ、バラストに紛れ込んでいる場合もある」

海老名の鼻先を『地球産ではない』魚が、すぅっと横切った。目玉が飛び出た異相に派手な色の鱗が、なんとも毒々しい。

「バラスト?」

「船のおもりさ。空船じゃバランスが悪いこともあるから、あらかじめ水なんぞを詰めておいて、荷を積んだら、その水を捨てて帰るのさ」

「物知りだな」

「オッサンはこれでも船乗りだったからな」

海老名は視線をチラッと池の奥へやった。そこには、海老名が乗ってきた宇宙船の残骸が、苔むした状態で水中からにょっきりと突き立っている。

「でも、どう考えても高畑君は、宇宙産だぜ、オッサン」

「銀ちゃん、違うヨ。ヴォルフガン坊=弁慶=アマデウス、アル」

ぎゃーぎゃー騒がしいふたりをしばらく物珍しそうに眺めていたが、やがて海老名はぷくりと水に沈んでいった。




「探し物ォ? いい加減にしてくれや。俺らは便利屋じゃねーんだぞ」

舌打ちしながらも、真選組副長・土方十四郎は差し出された書類を受け取った。パラパラとめくる内に、瞳孔が開き気味の双眸が、さらにカッと見開かれる。

「ハァ? 生き物ォ? ってことは、また央国星のバカ皇子か?」

「いんや。央国星の絡みじゃねぇよ。その筋は、いつぞやターミナルで怪物が暴れたのんで、かなり懲りたしな」

「それにしたって、どこぞの天人の落とし物だろ。しかも、コレ、一寸もねぇってのか。こんなモン、どうやって探せっていうんだよ」

「無茶は承知だよ。なぁ、トシ、頼むわ」

局長の近藤勲はそう言うと、さすがに悪いと思っているのか、両手を合わせて土方を拝んでみせた。己の大将であり、古い親友でもある近藤にそこまでされれば、土方は「ま、俺らにゃ拒否権ねーんだしな」などとうそぶきながらも、折れるしか無い。

「ザキぃ、ちょっと来い、いいから来い」

中庭に向けて大声で叫べば、直属の部下、山崎退がラケットを背中に隠しながらも、素早く駆け寄ってきた。

「ハイ、副長。なんですか?」

「ちょっと付き合え」

「え、付き合えって、突然何ですか、愛の告白ですか、ついにですか?」

「ちげーよボケ、誰がおめーに愛の告白なんかするんだよ」

「だって、今、付き合えって」

「ふッざけんなボケ。死ね、氏ねじゃなくて死ね、すっげー苦しい死に方で死ね。そうじゃなくって、仕事だ、仕事。ヒマだろ、テメェ」

「えー? ヒマなんかじゃないですよ、俺、こう見えても調査とかで忙しいんですって」

「うるっせぇよ! テメェ、今ミントンしてたじゃねーか、ミントン。いいから、来い」

さらに口答えしようとするのを殴り飛ばし、襟首を引っ掴んだ。



あれだけ採って来た水草だったが、弁慶の食欲の前には三日と保たなかった。前回だけでも海老名は呆れた様子だったというのに、再び池に水草を採りに行くのは、なんとなく気まずい。しかし、弁慶は飢えて水面に顔をつけて餌をねだっている。どうしたものかと考え込んでいたら、新八が「水草だけでなく、タンポポの葉とかでも、茹でてあげたらいいみたいですね」などと言いながら、持参のノートを広げて見せた。
どうやら、オタマジャクシの飼育について、新八なりに調べてきたらしい。

「タンポポの葉っぱか。要するに、草ならなんでもいいってワケだな。じゃあ、どっかの草でもむしってくるか……いや、いっそ草むしりします、って宣伝したらどうだろう? 金にはなるし、草は調達できるし、一石二鳥じゃね? あれ、俺って天才じゃね?」

「宣伝ってどこで、ですか。今日び、広告ひとつ出すにもお金が要るんですよ。分かってます?」

「わーってる、わーってるよ。新八、おめぇ、草むしりしますって書いた看板、クビから提げて歩け」

「嫌です」

「じゃあ、神楽」

「嫌アル」

「高畑君のためだぜ」

そう言われると、神楽はグッと詰まってしまう。少し考えて「じゃあ、やるアル」と答えた。

「でも、恥ずかしいから、銀ちゃんも一緒にやるアル」

「なんでだよ。新八と一緒にやっとけ。新八と一緒に」

「僕は嫌ですよ」

「私も嫌アル。銀ちゃんがイイ」

「俺は嫌だ」

「言いだしっぺでしょあんた!」

そんなことを言って押し付けあっていると「おんや。草むしりしてくれるのかい。だったらついでに、町内会の草むしり当番やっといておくれな」という声が割り込んだ。振り向けば、煙草を指にはさんだお登勢が玄関口に佇んでいる。

「ちょ、町内会の当番なんて、カネになんねぇじゃねぇか」

「雑草を刈ってくるのんが、そもそもの目的だろイ。先にたまが公園に行ってるから、あんたらも行きな」

「たまだったら、別に疲れもしねぇんだから構わねぇだろうよ、機械なんだから」

「この炎天下じゃ、機械だって可哀想だろうよ。どうせ草むしりに行くんだろ」

お登勢が顎をしゃくるようにして外を示すと、確かにぎらぎらと照らす日差しは強く、アスファルトの上にはゆらゆらと陽炎がたっている。

「うげ、暑そう。この天気じゃ、たまの頭で玉子が焼けるな、たまだけに」

「そう思うんだったら、手伝ってやんなよ」

お登勢が意味深長な視線をちらりと寄越すと、銀時がグッと詰まったタイミングを見計らって、フラリと出て行った。

「ち。しゃあねぇな。新八、軍手と草詰めるビニール袋、用意しとけや。あと神楽、帽子ちゃんとかぶって長袖着ていけよ」

「嫌アル。長袖暑いアル」

「てめーは、直射日光浴びるとテキメンに弱るだろうが。日焼けが赤くなったら、肌がしみるの痛いのってビービーうるせぇし。ほれ、支度しろ」

「銀さんは?」

「俺ァ、水筒にいちご牛乳入れて持っていくわ。いちご牛乳でも飲まないとやってられるか」

「あ、ワタシも水筒持ってク。アイス昆布茶入れるアル」

「神楽ちゃん、ナニソレ?」

アイス抹茶ならともかく……まぁ、我が家に抹茶なんてそんな高級品ないけど……と、呆れている男二人を尻目に、神楽は押入れの奥から大きな麦藁帽子と水筒を引っ張り出してきた。




公園に到着して、くるりと周囲を見回す。芙蓉の姿が見当たらないので別の公園だったかと思ったが、神楽が「あ、たま」と指差したので、野球場の隅に見つけることができた。

「たま、大丈夫か?」

「はい、銀時様」

ずっとその不自然な姿勢で小さな草をちまちま抜いていたのだろう。だが、機械人形のため疲労などは感じていないらしく、けろりとしている。

「えーと。どこまでむしりゃいいんだ?」

「グラウンドと遊具の下、それに用具入れの周辺だそうです」

ほっといたらその面積を一人で作業するつもりだったのかと呆れながら、銀時が隣にしゃがみ込む。芙蓉の手指が草の汁で青く染まっているのに気付き、なにげなくそれを掴んだ。
作業をし続けて熱がこもっているのか異様に暑いうえに、草の繊維がこすれるせいか、人工皮膚がところどころ裂けている。

「銀時様、それは草ではありません」

「軍手履け、軍手。俺の貸してやっから」

きれいな手なのに……という言葉はあえて飲み込んだが、芙蓉は人形なりに何かを感じたのか「はい」と返すと、華奢な手には大きすぎる軍手を、素直にはめた。

「あと、帽子な、帽子。この炎天下じゃ、アタマ、オーバーヒートすんぞ。テメェ、ただでさえオツム弱いんだから」

自分の麦藁帽子を脱いで、芙蓉の髪が乱れるのもかまわずに強引にかぶせた。どうせ痛みも暑さも感じない体のうえ、軍手も帽子もぶかぶかで、かえって作業の邪魔だろうに、芙蓉は銀時を見上げてにっこりと笑ってみせた。

「草むしりも悪くねぇな」

「え?」

「いや、こっちの話」

ごにょごにょと語尾を濁し、さて作業にかかろうかと視線を下ろした途端に、神楽が「銀ちゃあん、四葉のクローバーみつけたら、犬のウンコ踏んだアル。幸運と不幸がタッグマッチのデストロイアル」などと喚きながら、半べそで駆け寄ってきた。




摘み取った草を詰めたビニール袋をぶら下げて、帰宅する。

「かーっ、暑い暑い……ああっ、部屋の中も暑いっ!」

銀時が喚きながら、上着を脱ぎ捨てて板敷きの床に寝転ぶ。神楽も真似をして、銀時の隣に寝そべった。

「うげっ、床もぬるいっ!」

「クーラーがないから仕方ないですよねぇ。でも直射日光がない分、多少はマシですよ」

新八が苦笑しながら、窓を開ける。
芙蓉も麦藁帽子を脱いだ。結い上げられている芙蓉の髷が乱れ、かんざしが抜け落ちそうになっているのに気付き、銀時が「やれやれ」と呟きながら上体を起こした。
「たま、来い。ここ座れ。髪、直してやる」と、手招きする。 器用に芙蓉の髪を編み直してやりながら、ふと思い出したように銀時が「あ、そういやぁ、こんな蒸し風呂ん中で、高畑君元気?」 と呟いた。まだ床に伸びていた神楽が「そだ! ヴォルフガン坊!」と叫んで、飛び起きる。

「ガラス鉢をお風呂場に置いてきたんで、大丈夫だと思うよ」

「マジでか! 新八おまえ、新八のくせに手柄アル!」

「新八のくせにって、何、新八のくせにって。僕の存在全否定?」

神楽が浴室に飛び込むと、日が当たらないせいか、あるいは気化熱が奪われるせいか、確かに居間よりは心なしか気温が低く感じられた。

「お留守番ご苦労サマアル、ヴォルフガン坊=弁慶=アマデウス。今、皆のところに連れてってあげるアル」

呼びかけると、それを察したのか、ガラス鉢の中でくるくると泳ぎ回った。




持ち帰った雑草を洗って大鍋でさっと茹で、水に晒して冷やす。

「神楽、やり方ちゃんと見て、覚えておけよ。今度からはおめーがやるんだぞ」

「たま、やり方ちゃんと見て、覚えておくアル」

「……ヲイコラ」

出来上がったお浸しモドキはボウルいっぱいになった。

「銀さん、これ、多すぎません?」

「作り置きってぇことにして、冷蔵庫に入れときゃいいだろ。新八、間違って味噌汁に入れるなよ」

気配を察したのか、ガラス鉢の中で弁慶がパシャパシャ暴れていた。
ここ数日の旺盛な食欲のおかげか、気づけば胴体がイチゴほどの大きさにまで育っている。

「銀時様。これは、どういう原理の機械ですか? マイクロモーター? このエンジンは茹でた草からエネルギーを得ているのですか?」

「機械じゃねぇよ。生き物だ。オタマジャクシってぇんだ」

「オタマジャクシ?」

「キンタマカクシアル」

「キンタマカクシ、ですか?」

「神楽っ! てめーは黙ってろ!]

機械人形の芙蓉にとっては、この小さな動く物体が「生き物」であるということは、とても不可解に感じるのかもしれない。いや、芙蓉自身が生き物ではない、という事実が逆に、不思議な気もする。

「そうだ、たま、おめぇが餌やってみるか?」

だが、その銀時の配慮などお構いなしに、神楽が「銀ちゃあん、ワタシがやりたい」と割り込んだ。
「てめーは、いつでも餌やりできるだろーが」などと揉めていると、弁慶がじれたのか、パシャリと跳ね上がり銀時が手にしていたボウルに飛び移った。唖然として見つめていると、じょりじょりという音をたてて、草のかさがみるみる減っていく。やがて、弁慶が再びぴょんと飛んで、ガラス鉢に戻った。

「オタマジャクシってこんなんだったっけ、新八君?」

「知らないです」

「というか、コイツ、ホントにオタマジャクシなの、新八君?」

「知らないです」

「もしかして、俺ら、この調子で毎日草むしりする羽目になんのかな、ねぇ新八君」

「だから、知らないです」

銀時と新八の視線が、神楽と弁慶の間を交互に泳いだ。


サイト収録:2010年09月13日
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