10年01月25日発売の『少年ジャンプ』(10年02月08日号)掲載の
『第二百九十三訓 食事はバランスを考えろ』のネタバレ&パロです。
同話を未読の方は楽しめない可能性があります。予めご了承ください。



【山崎★愛のパン祭り】そういえばこの手のハナシって毎回殴られオチのような気がしなくもないけどあまり間違ってもいない/上


「ザキさんも来るならっていう条件で、アイツも珍しく参加する気になってくれたんスよ。たのんます」

土下座をもしそうな勢いで服部茸夫に頼まれては、山崎に『断る』という選択肢はなさそうだった。
ただ、一応「オマエに新井に……吉村まで行くんだろ? 監察方がそんなにいっぺんに非番とって合コンって、大丈夫なのか?」との確認だけはしておいた。

「ザキさんが先日、あの姉弟を捕らえてくれたおかげで、大きなヤマはかなり片付きましたからね。まだ一カ所、張り込みしてる案件がありますけど、そこは尾形が担当しているし」

「はぁ」

尾形こそ、気分転換がてら合コンに誘ってやったらどうだろうと思わなくもなかったが、かといって彼の代わりに張り込みをしてやろうという気には到底なれなかった。少なくとも、もう当分アンパンと牛乳は見たくもない。

「実は以前、新井の写真を見せたら、結構、気に入ってくれた娘がいましてね。なんとかアイツを引っぱり出してやろうと思って」

「なに、オマエ、日頃の合コンで、自分じゃなく新井の売り込みしてたの?」

「そういうつもりじゃないんですけどね。仕事の話とか、休日の過ごし方とかの話をしてたら、どうしても一緒にいることが多くて、ちょくちょく話題に出るもんだから」

苦笑いをして頭を掻いている服部は、まさに親友思いのイイヤツといった風情であった。実際、彼らはほぼ同期に監察方に任命されている。厳しい訓練を助け合い、励まし合って乗り切って来たのだろう。
それに、新井にカノジョを作ってやるというのは悪くないハナシだな、と山崎も考えた。監察方は少なからず(山崎本人を含めて)その上司である土方十四郎に惚れてほだされた連中だ。そうでなくては、あんな過酷で理不尽で薄給な部署に残って身を粉にして働ける由がないのだ。つまり、山崎にしてみれば同僚であると共に『恋敵』でもある。特に新井のように物静かで控えめなタイプは、土方の好みである可能性が高く、非常に危険だ。カノジョでも作ってやって、体よく『副長争奪戦』から追い落とすに越したことはない。

「で、それって何日?」

「今月の六日です」

サラッと言われ、山崎は一瞬、その日が何の日か意識することなく「分かった、開けておく」と答えていた。







いつもなら口笛ひとつ吹けば、バカ犬よろしく駆け寄ってくる山崎が、居ない。
珍しく数日前から気付いていて、前もってプレゼントのひとつも用意してやったというのに、そういう時に限って姿を見かけない。

「あのバカはどうした、あのバカは」

ブツクサ呟いているのが聞こえたのか、沖田が縁側の障子から顔を出すや、面倒臭そうないつもの口調で「山崎ですかイ? 合コンに行くって言ってましたぜイ」と告げた。

「ごっ、ごぉコンんんんっ!?」

「ヘイ。合コン。合コンって何か、知ってますかイ、土方さん? オンナの子と一緒に飲み食いして親交を深めるパーリィでやんすよ。ああでも、土方さんはホモだからそーいうパーリィには縁がありやせんか。別のパーリィするんでやんしょ、レッツパーリィするんでやんしょ」

「何がレッツパーリィだ。だから、世界を崩壊させるようなことを淡々と言うんじゃねぇ」

「ツッコむところそこですか、土方さん。ホモはスルーですかイ、肯定ですかイ」

「誰が肯定するかぁ!」

「じゃあ、なんで山崎なんか探してるんですかイ?」

まさかここで『誕生日プレゼントを渡そうとしてる』などとは、口が裂けても言えそうにない。言えば「やっぱりホモでしたか」と大喜びするに決まっている。

「ちょっとマヨが切れたからよ、買いに行かせようと思っただけだ」

「ふうん?」

さらに何か言いたげな沖田を追い返し、土方は副長室にどっかと腰を下ろした。
文机の上に、包みが乗っている。いつも「俺の誕生日が忘れられる」とか文句を言うくせに、たまに覚えててやったらこれだ。なぁにが合コンだ。ムカっぱらがたって、壁にでも叩き付けてくれようと衝動的に包みを鷲掴みにしたが(モノに八つ当たりは良くねぇよな、コレに罪はねぇ)と思い直して、文机に戻す。中身をよく確かめもせず、丸い箱に収まっているのをショーケース越しに「これ包んでくれ」とだけ告げて買った菓子であった。女店員に「これ、バレンタインのプレゼントか何かですか、彼女か誰かですか」としつこく詮索されたものだ。

「『か何か』で『か誰か』に、だ」

「彼女にバレンタイン、じゃないんですね」

「バレンタインって、女が男にチョコやるもんだろ」

「ホントはそういうふうに決まってるもんじゃないんですよ。恋人に何か贈るってだけで。だから、最近は男性のお客さんも増えてて」

「商売繁昌で結構なこっちゃねぇか」

「そうなんですけど。旦那にプレゼントをもらえるような幸せなひとって、どんな人なんでしょう?」

「別に。ただの部下だ」

さらに何か尋ねたそうだったのを振り払って、女店員に紙幣を押し付けたものだ。
そう、彼女でもなんでもない。アイツはただの部下で、これは恋人に贈るとかそういう意味あいのものじゃなくて、単に日頃の労働というか、勤務というか、つまり自分のために尽くして働いてくれていることに対する慰労というか。
そういう意味合いから考えれば、山崎が己の誕生日を非番にして遊びに行くのは、まったくもって結構なハナシの筈だ。仕事のことを忘れて、存分に遊んで来い、そう告げてやるのが上司として正しい姿のような気がしなくもない。だが、そうと分かってはいても、あまり面白い気分ではなかった。

「おい、芦屋」

内線電話で、別の部下を呼び出す。

「これ、冷蔵庫にでも放り込んでおいてくれ」

「なんですか、これ」

「いいから、適当にしまっておけ。目障りだ」

唐突な呼び出しに事情が理解できない芦屋は、キョトンと土方と包みを見比べていたが、やがて待っていてもそれ以上の説明がないことを察すると、何も分かっていないにも関わらず「分かりました」と丁寧に一礼してみせた。





「で、今回のメンツはどういうお嬢さん方なんだ?」

そろそろ会場につくという時点になってから、吉村がそんなことを言い出した。

「え、吉村オマエ、把握してないのか」

「オマエがアンパン食いながら見当違いの張り込みしてたおかげで、こっちも忙しかったからな。服部がセッティングしたんだよ」

だったらあまり信用できないな、とシラーッとした視線を送ると、服部は半ばムキになったように「吉村さんも向こうの主催は知ってるはずですよ、ほら、火付け強盗の捜査で知り合った、火消しの娘の……」と必死で反論する。

「ああ、あの跳ねっ返り『俺ッコ』か」

じゃあ、今回はセレブなお嬢様じゃなくて、庶民派オネーチャンの集いか。なるほど、それで会場がこんな居酒屋なのかと、妙に納得がいった。

「ああ、来た来た。辰巳さーん」

服部が遠くの人影に気付いて手を振る。
向こうも四人連れであったが、その顔ぶれを見て「げっ」という声が漏れた。内三人はそこそこ見れる顔立ちだが、中に一匹、化け物が混じっている。

「なんだよ、あの岩石怪獣みたいのは! ネバーエンディングストーリーに出てくる岩を食べてる巨大ゴリラみたいな生き物はなんだよ!」

「えーと、確か『ロックバイター』じゃなかったっけ」

「誰がキャラの名前尋ねてんだよ、ボケ! つーか、ありゃ、人間じゃねぇだろ、誰が合コンにペット同伴で来ていいって言ったんだよ!」

山崎と吉村が烈火の勢いで服部を責めたて、服部も「あれ? いや、今回は可愛い子で揃えてるから大丈夫って、太鼓判押されてたんだけど……アレェ?」と、首を傾げている。

「女が女を称して『可愛い』っていうのは、ウソに決まってるだろうが! まったく修行が足りてねぇな、テメェは!」

カッとした吉村が服部の胸倉を掴んだタイミングで「あ、吉村さーん、服部さーん、お久しぶりッスー!」と、声をかけられた。
短く切った髪にキリリとした顔立ちの火消しの娘・辰巳は、トレードマークのねじり鉢巻こそさすがに外しているが、その私服は活動的なパンツスタイルだった。

「あ、ああ、お久しぶり」

慌てて手を離し、服部がゲホゲホと咳き込む。山崎も、とっさに作り笑いを浮かべた。

「実は、今日来る予定だった鉄子が、来れなくなっちゃって。なんでも急に仕上げなくちゃいけない仕事の依頼がきたっていうんだ。あの子、刀鍛冶だからさ。鉄は熱い内に打てっていうぐらいだから、仕事の日程はずらせないって。代わりに急遽、一人呼んだんだ」

その一人ってのが、そのロックバイターですか、岩石怪獣ですか……と、言いたいところを、ぐっと堪える。

「乾杯でもしてから、改めて自己紹介すればいいと思うけど、とりあえずはザッと紹介しておくね。まず、お徳さん。亡くなったお父さんが十徳っていう有名な機械技師で、ウチの組にも機械式のポンプとか開発してくれたご縁があってね。それから、贔屓にさせてもらってる団子屋『魂平糖』の看板娘・お累ちゃん。そしてこちらがピンチヒッターで来てもらった、ラーメン屋の幾松さん。ここのラーメンも、め組皆してよく食べに行ってて顔なじみなんだ」

「私みたいな年増を呼んでも、数合わせにもならないって、散々断ったんだけどね。こんなオバチャンで、ゴメンナサイ」

「そんなことないよ。いっちゃん、美人だし、全然オバチャンじゃないじゃん!」

辰巳は幹事らしく、恥じらっている幾松の肩を叩いて励ましているが、男性陣にしてみれば『いや、アンタ、もっとモノスゴイところをスルーしてない? なんかモノごっついところを全力でサラッとスルーしてない? てゆーか、代打がそのヒトってことは、アレは最初からメンツだったんですか? 最初から参加する気満々だったっていうことですかぁ!?』とツッコみたいところだ。
『魂平糖』の看板娘は、看板どころか顔面土砂崩れの岩盤崩落娘といった風情だ。弁当箱のような四角くエラの張った顔に、牛乳瓶の底のような眼鏡、力士のような太い首にでっぷりした腰まわりと、どこひとつとっても『可愛い』の『か』の字も見当たらない。

「そんで? こちらの御一行さんは全員、オマワリさん?」

お徳と呼ばれた、くわえ煙管の女性が白魚の手をひらりと色っぽく翻す。

「あ、そうそう。職場のお仲間だって。こちらから吉村折太郎さん、服部茸夫さん。それから、えーと」

「山崎です。山崎退。趣味はミントンとカバディです」

思わず山崎が自己紹介してしまったが、新井は気後れしたのかそれに続かず、代わりに服部が「こいつが、新井逆雄。こないだ、写真みせたヤツ」と、小柄なその身体を押し出すようにして、フォローを入れた。

「ああ、この子が。うわぁ、実物もカワイイんだ。鉄子にも見せてあげたかったなぁ」

「へーぇ? ちょいと女装させてみたくなるタイプだねぇ、ねぇ、幾松? アンタもこういうタイプ好きでしょ。いつぞや雇ってたバイトも、えらく美形のやさ男だったよねぇ」

「あのひとは、そういうんじゃないって……でも、確かにこの子、女装似合いそう」

「やんだぁ、この子に女装されだら、わだす、負けぢゃうわ」

女性陣の関心が一気に新井に集まってしまい、山崎は「新井に彼女を作ってやるっていう当初の計画通りなんだけど、なんだか面白くない」と、複雑な表情を浮かべていた。

「さて、お店に入りましょうか。いつまでも立ち話もナンですし」

吉村がそう促して、その微妙な空気をなんとか打破した。






居酒屋とはいえ、一応それなりに雰囲気には配慮したのか、暗い色調の木目がメインの内装に控えめの照明で、他の客との境には衝立がついている。テーブルは掘りごたつ式のややゆったりしたお座敷席で、壁際には流木をメインにした装飾まであしらわれている。

「会場はまずまず、代打の幾松さんってのも、悪くない。むしろ、気立てが良さそうだし、なにより美人だ。問題は……あのネバーマウンティングゴリーラだな」

「いっそ局長連れてきてたら、ゴリラ同士、ジャングルの話題で盛り上がったかもしれないのにねぇ」

「山崎。オマエは、あのファンタージェンに突入しろ」

「げっ、なんでっ!」

「どうせオマエ、オンナに興味ねぇだろ。副長一筋なんだろ。だったら死兵として有効に散れ。人間魚雷で特攻しろ。残る三人は俺らで分け合う」

「いや、副長は愛してるけど……でも、だからって!」

男同士(というより、主に吉村と山崎)がボソボソと席順でモメていると、くだんの岩盤娘が「どりあえず、おビールでも注文しましょうが?」と、慎ましやかに声をかけてきた。

「あ……ハイ」

気まずそうに頭を下げると、辰巳が「とりあえず、吉村さんと山崎さんがお累の横で、新井さんがいっちゃんとお徳さんの間で、服部さんは俺っちの横。後で相性みて、適当に座席替わればいいから」と、江戸っ娘らしくチャキチャキと采配した。

「オルイ?」

うかつにも、紹介されたばかりの名前を忘れて一瞬戸惑ってしまったが、空いている席はどう見てもファンタージェンであった。

「アレ? お二人、眼鏡っ娘はお嫌い?」

辰巳は素ットボているのか、それとも本気で言っているのか、そんなことを口走った。

「めっ、眼鏡っ娘ォ!?」

それ以外にもっと、明らかにツッコむべきところがありそうな気がするのだが、本人を前にしてはさすがに言いづらく、ビール瓶を差し出されてはお酌を受けるしか選択肢の無い、山崎と吉村であった。





数週間に渡るアンパン&牛乳生活で栄養失調に陥りかけていた尾形であったが「あとはウチの隊が引き継ぐ」と、十番隊の副官に告げられて、地獄に仏を見た気分であった。何より、差し出されたジューシィな肉まんが嬉しい。

「で、確実にホシは、あの長屋に?」

「ええ、ホンボシは今いませんが、あそこがアジトっていうか、盗人宿代わりらしくて、仲間が出入りしてます」

「そこまで押さえておいてくれたのなら、問題ないね。機会を見て一気に踏み込もうか。ウチはそういう荒っぽいこと得意だし。大丈夫、手柄をとったりはしないよ、君の功績もちゃんと報告書にあげておくから」

「すみません、助かります、瀬尾さん」

「いや、ここいらでアンパンが買い占められてるって、市中見回りで聞いたウチの大将が、また山崎さんがひとりで張り込んでるんじゃないかって、心配してたもんだから」

「はぁ、そうですか」

十番隊の隊長・原田と山崎は親友なのだ。
なるほど、だから山崎の所属する部署にも気を使ってくれているのかと尾形が感激した矢先に「ホントに山崎さんだったら、見捨てるつもりだったけど」とボソッと呟いたあたり、ここの主従コンビにも心中複雑なものがあるのだろう。

「山崎さんは確か、合コンとか聞きましたけどね。だから、交替に誰も来てくれないって」

「あらま。ウチの大将、合コンに呼んで貰えなかったんだ。ヘーエ? カワイソーに」

本当に可哀想に思っているのかどうかアヤシイことこの上ない口調だが、尾形は久しぶりの蛋白質と油脂が五臓六腑に染み渡る感触に酔っていたので、それにツッコみを入れるどころではなかった。

「じゃあ、後はお願いします。あの、良かったらアンパン置いていきましょうか?」

「いや、満腹だと斬りあいになったときに動きが鈍るし、万一腹に怪我した時に致命傷になるから、持って帰ってくれていいよ」

「あ、はい。じゃあ、ゴミどうしましょう」

「置いといて。そんなの大量に出したら、向こうさんに勘付かれるでしょ」

「スミマセン」

そう言えば、山崎さんが張り込んでいた部屋も、ゴミだらけで酷かったよなぁ。後であのゴミ屋敷状態の部屋の掃除をさせられて、片付けぐらいしろよって、心底恨みに思ったもんだけど……確かに、アンパンの袋と牛乳パックだけのゴミが延々とゴミステーションに出されてたら、アヤシイもんなぁ。さすが監察筆頭の山崎さん、そこまで計算してたのかなぁ……などと妙な感心をしながら、尾形はレジ袋に食べ残しのアンパンと未開封の牛乳パックを詰め込んだ。





「確かに、僕も仕事で女に変装することがあるけど……どちらかというと、山崎さんの方が似合うし、手柄も多いんですよ」

新井はそう謙遜してみせると、ふて腐れた様子で延々と枝豆をつまんでいた山崎を手招きした。

「へぇ、こっちのオニーサンが?」

お徳が興味をそそられた様子で、山崎の顔を覗き込む。幾松も、信じられないという表情で、新井と山崎を見比べていた。

「ふーん? 服部さんは?」

「俺は全然ダメ。元々、武術が目立って取り立てられたもんだから」

「でも、こっちのオニーサンが女装できるぐらいなら、服部クンも、やればできそうじゃない? 化粧道具貸そうか?」

思わぬ展開に「お徳さん、もしかして面白がってる?」とツッコむ辰巳も、笑い転げるばかりでその悪ふざけを止めようとはしていない。

「どっちが美人になるか、賭けましょうか」

「何を賭ける?」

「じゃあ、服部クンが負けたら、ウチの店の好きな商品一つ、持って行っていいよ。骨董品ばかりだけど、値うちモノだってあるんだから」

「アレ? お徳さんも服部さんの方なの? 俺ァ、め組で搗いた餅を賭け代にするつもりだったんだけど」

「え……じゃあ、私は山崎さんで賭けた方がいいのかしら? 賭け代は……じゃあ、勝った方に、お好きなラーメンをご馳走するわ。お累さんは?」

「わだす? うーんど……じゃあ、平等に、いぐまづさんとおなずで、うちの団子でよげれば」

異様な盛り上がりを見せ始めた女性陣を、蚊屋の外に置かれた吉村が唖然と眺めている。実は変装といえば、吉村も老若男女問わず化けきる凄腕なのだが、ここで立候補して、女共の玩具にされるつもりは毛頭無い。

「せっかくだから、服も着替えてみましょうか。私のでサイズ、合うかしら?」

幾松がそういうと、やおらスルリと己の着物の帯を解き、山崎の腰にも手を伸ばした。

「え゙え゙っ、い゙い゙い゙い゙い゙っ!?」

動揺した山崎は尻餅をついてしまい、後じさりに尻でいざって逃げようとする。幾松がそれを追って、山崎に覆い被さる姿勢になった。

「うわー…いくらお淑やかに見えても、結婚経験がある女性って、イザってなると大胆だねぇ」

辰巳が心底感心したように呟いたのを聞き咎めて「え? あのひと既婚者?」と、服部が尋ねる。

「うん、未亡人。言ってなかったっけ?」

「聞いてない、聞いてない。まぁ、今がフリーっていうんだったら、別にいいけど。美人だし」

「じゃあ、こっちも着替える? 服部さん、俺のンとお徳さんのと、どっち着る?」

ただ、辰巳の方は『火消し』というむくつけき男所帯で育てられた跳ねっ返りとはいえ、それなりに大切に箱に入れられていたのだろう。己の着物の衿に手をかけたまま、動かせないでいる。

「いや、無理して脱がなくてもいいよ。恥ずかしいんだろ?」

威勢の良い『火消し小町』には似合わぬ風情で、真っ赤になってコックリ頷くのがなんとも愛らしい。思わず手を伸ばそうとしたところで、服部の頭の上にバサリと女物の羽織が被せられた。

「それで良けりゃ、使いな」

お徳がそう言いながら、煙管の紫煙を細く長く吐く。こちらは男慣れ云々というよりは、天才技師の娘にして古物商を営むという経歴故に、酸いも甘いも噛み分けた、といったところだろう。

「なんか、すげぇ展開になってきたな。そんで、俺らが審査員ってことになるのかな」

「多分、そうでしょうね」

いつのまにか新井は他人事のように、その様子を携帯カメラにパシャパシャ収めている。

「つーか、オマエの女装云々って、ハナシじゃなかったっけ。そもそも」

「そーいえばそーでしたねぇ」

新井は携帯のディスプレイを見詰めながら、ぽちぽちと何やらボタンを弄っている。撮った画像を確認しているのだろうと、吉村はそれについては咎めたり深く追及したりはせず、むしろ「面白い画像があったら、後でくれよ」と便乗した。


裏ブログ部分初出:2010年02月06日
大幅加筆&サイト収録:同月07日
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