【山崎★愛のパン祭り】そういえばこの手のハナシって毎回殴られオチのような気がしなくもないけどあまり間違ってもいない/下
勝手に十番隊に現場を譲ったこと自体はあまり褒められたことではないが、引き継いだのが副官の瀬尾だったと聞けば、尾形の判断を無碍に叱ることもできなかった。せいぜい「今度からは、現場を離れるのは俺に一言、連絡を入れてからにしろ」と釘を刺すのが精一杯だ。
「今回は十番隊だったから構わんが、これがいつぞやの伊東の反乱のような事態で、偽の命令で動いていたヤツだったら、どうする気だ」
「あ……はい、すみません」
「ま、十番隊に限ってそれは無いだろうし、瀬尾君なら張り込みも討ち入りも、失敗することはまずないだろうから、任務としてはほぼ問題ないがな。ともあれご苦労だっ……」
た、と言い切る前に、土方の携帯電話が鳴った。賑やかなアニソンの着うたは、それがプライベート用に届いたメールであることを示していた。
一度は無視しようとしたのだが、チラリとサブディスプレイに目をやって「新井?」と訝った。日頃から引っ込み思案で消極的な性格のせいか、あちらからアプローチしてくることなんぞ、滅多に無いのだが。その表情の揺れを読み取り、尾形が「構いませんよ、お待ちします」と、促した。
「すまねぇな」
パチンと携帯電話を広げると、改めてメールを呼び出す。なにやら画像が添付されているらしく、データを受信するのに数拍かかった。
「なっ……なんだぁ、こりゃあ!」
「どうしました?」
土方が震える手で差し出した携帯電話を覗き込み、尾形も「やっ、山崎さんんんんんっ!? ちょ、これ、山崎さんですよね、女の人に迫られてるってゆーか、これ、どういうシチュエーション!?」と、喚いた。
「知るかっ! つーか、なんだこれ、ごっ、ごごっ……合コンってぇのは、こーいうこともすんのか!?」
「しませんよ、フツーは。ちょっ、俺をおいてけぼりにして、なに楽しそうなコトしてんだよぉ、チクショー!」
土方と尾形が唖然と顔を見合わせている間に、さらに一通、もう一通と、追加の画像が送られて来た。先ほどの妙齢の美女だけでなく、相撲取りのような巨漢の女にお酌をされて、ヘラヘラ笑っている姿もある。
「尾形よ」
「はい?」
「冷蔵庫の菓子、食っていいぞ」
「……は?」
「芦屋とふたりして食え」
「は、はぁ。じゃあ、頂きます」
唐突に何事だろうと訝ったが、真っ青になっている上司に尋ねても、まともな説明が返って来るとは思えなかった。とりあえず一礼して、副長室を出る。
一方、土方は『裏切られた』という思い込みで、ハラワタが煮えくり返る気分であった。焼きもちを妬いているわけではない、と思う。こっちから言わせてもらえば、自分と山崎は、ただの上司と部下の関係の筈だ。だが、自分に惚れているだの、一筋だの、尽くすだのヘッタクレの散々ゴタクを並べておいて、そこまで言うのならと誕生日に贈り物でもしてやろうと甘いことを考えてやった矢先に、これか。しかも、美女相手ならともかく、その怪物はなんだよ、オマエはこの俺よか、そーいうサスカッチみてーなのがイイっていうのかよ? いいんだよ、ぶぅえぇつに、俺はアイツのことはずぅえんぜん、コレっぽっちも、ハナクソほども、どーとも思ってないからね、俺からすればアイツはパシリだからね、ただの使い勝手のいい部下で、つーか、むしろ仕事しないでミントンしてたりカバディしてたりして、ムカつくだけだかね、アイツいちいちウザくて神経逆撫でばっかさせられてるからね、それだっていうのに、わざわざプレゼントだなんて、何を血迷ったんだ、俺は。ああ、腹がたつ。
イラッとして、煙草盆を引き寄せたが、その引き出しが空なのに気付く。あんのバカ、煙草は切らさずにちゃんと補充しておけって、何回言わせるんだ、役立たず、バカ、ミントンバカ。そのビックフットとよろしくやっておけ。
「オイ、山崎いッ、煙草ッ!」
思わず大声を出して呼んでしまい、それが更なる自己嫌悪を招く。土方は舌打ちをすると、拗ねた子供のように畳の上に寝転がった。
「うわぁ、ガトーショコラじゃん、美味しそうじゃん」
思わぬタナボタに、尾形と芦屋は顔を見合わせた。
「いいのかな、ホントに俺らでコレ食べちゃって、いいのかな?」
「だって、副長が食べていいって言ったんでしょ?」
「うん、言ったけど」
どう見ても、これは贈り物だ。それも、日付けとタイミングから類推するに、同じ部署の先輩、山崎に宛てたものだとしか思えない。本当にこれを食べてしまって、後で「やっぱり返せ」などと言われても、しがない下っ端コンビの財布からは弁償できそうにもない。
「ホラ、武士に二言は無いって、副長がよく言ってるし」
「確かに、それもそうだけど」
「だったら、ボク一人でこれ貰うから、オガちゃんは現場から持って帰って来た、そのアンパン食べる?」
「冗談じゃない! これはその、もったいないから誰か食べるだろうって思って、ここに置いておくだけで、俺は絶対アンパンなんかもう、食わないからな」
「そう? だったら、はーい。オガちゃん、あーん」
フォークで切り分けたその硬めの焼き菓子の塊を差し出された尾形は、ためらっている己の言葉とは裏腹に口を開いていた。食べ物を差し出された脊髄反射的な行動といっても良い。
「甘っ……コーヒー…いや、お茶が欲しいな」
「紅茶入れる? ミルク? レモン?」
「ミルクなんて当分、見たくも飲みたくもない」
「あっはっは。じゃ、レモンね。これ、オガちゃんが先に食べたんだから、なんかあったら、オガちゃん主犯ね」
「バッ…食わせたのは、テメェだろっ! 共犯だ、共犯」
長らくアンパンばかりを食べていたせいもあって、一度、濃厚なチョコレートの味を舌に感じると「やっぱりやめておこう」「一口でやめておけば、謝ったら許してもらえるかも」などという良識ブレーキは弾け飛んでしまった。ワンホールまるまるあったケーキが、みるみる切り崩され、尾形と芦屋の胃袋に納められる。
「空き箱、どうしよう」
「いい箱だから、もらっとく? 小物入れにちょうど良さそう」
女装競争は『どっちもイマイチ』という水入りで終わった。
もともと健やかな体格で女装が不得意な服部と、女装はするけど『地味の格が違う』が故に美人になるわけではない山崎とでは、競う方向性が違うのだ。だが、女性陣は、ふたりに化粧させてあれこれ弄り回して、存分に楽しんだようだ。
「サァて。お次の企画はサプライズだよ! お店の人にもバッチリ協力をお願いしてあるんだ!」
辰巳がそういうや、店の照明がフッと消えた。
男性陣は職業柄、何事かと、とっさに腰に手をやったが、もちろんプライベートなので帯刀している由はない。数拍の沈黙の後、衝立の向こうから行灯のような淡い光が差して来た。
「ハッピバースデートゥーユー」
「ハッピバースデートゥーユー」
見れば、それは蝋燭を立てたケーキを手にした、店員であった。
「あ、そうか、今日は俺の」
「そ。誕生日って、服部さんから聞いてて」
皆にこうやって誕生日を祝ってもらうのなんて、どれぐらいぶりだろう? 子供の頃以来じゃないだろうか? ケーキに刺さった蝋燭のオレンジ色の灯りだけが光源なので、ひどく幻想的な雰囲気が広がっている。
「へぇ、嬉しいな。これ、チョコレートケーキ?」
「いや、アンパン。山崎さんはアンパンがすごく好きで、そればっかり食べてるっていうから、アンパンをデコレーションして……」
スパーキング!
その瞬間、山崎の意識が吹っ飛んだ。
気付いた時には、暗い町中を手ぶらで走っていた。足許を見れば、靴を履いていないうえに、靴下が破けて足の親指が顔をのぞかせている。どうやら自分は、靴も履かずに店を飛び出したらしい。
せっかく楽しみに企画してくれたのだろうに、そのアンパンを誰に向けて投げ付けたのかも覚えていない。しかもただのアンパンじゃない、火の付いた蝋燭が刺さっていたのだ。火消しの娘がいたというのに、しかもその娘は火事で両親を亡くしたというのに、そんな暴挙をしては彼女が怒り狂ったことは想像に難くない。立ち止まって、周囲を見回す。幸い、いつぞやの時のように異国まで彷徨ったわけでもなさそうだった。
携帯電話も財布も無く、上着も店で脱いだままだ。このまま震えながら屯所まで辿りつけるだろうかと危ぶみ、せめてどこかに交番が見つからないかと、赤いランプの光を探す。
「あれで燃え広がったら、シャレにならなかったっスよ。辰巳さんも状況が飲み込めなくて固まっちゃったし。まぁ、とっさに累さんが、素手で火を叩き消してくれたから良かったものの」
屯所の大部屋に戻った服部は、野次馬根性丸出しの隊士ら相手に、ウンザリした声でそう顛末を語ったものだ。
「ザキさんのアンパン嫌いが、あそこまで悪化してるとは思わなかったっスよ。軽いジョークだったのに」
「ホント、おかげでお詫びとして、飲食代はもちろん、割った皿や焦がした壁やテーブルの弁償まで、俺らで全額負担するハメになったしな。とんだ散財だよ」
こんなハプニングが起きては、カップル成立どころか二次会という気分にもなれるわけが無い。文字通りの大失敗だ。
「別に、本気でカノジョつくる気もなかったんでしょ、吉村さんは遊び慣れてるんだし、服部も今日はメインじゃないって」
新井が淡々と二人を慰める。
「まぁ、確かに当初の目的はオマエだったんだがさぁ、そーいうオマエだって、気付いたら輪の外だったじゃん、最初は色っぽい美女に挟まれてた筈なのに、いつの間にか、あのロックバイターとなんかぼそぼそ喋ってただけじゃん」
「ロックバイター? 累さんのこと? なんかね、好きな人が他にいるんだけど、その人に自分は相応しくないからってずっと、気持ちを押さえて我慢してて、そんなんじゃダメだからって、辰巳さんが一生懸命、あちこち紹介してるみたいだよ」
「へ、へーえ?」
「幾松さんもそんなところがあるって。でもね、そーやって人の為に奔走してる辰巳さん自身こそ、ホントは彼氏を作って女として幸せになって欲しいって、オヤジさんは思ってるんだって。だから、なんとかいい人を見つけるのを手伝ってくれって、オヤジさんがこっそり、お徳さんに頼み込んでるらしいよ」
「は、はぁ」
「でも、僕達は職業柄、組を抜けて入り婿になる訳にはいかないから、火消し屋も団子屋もラーメン屋も古物商も、あと刀鍛冶も……継いであげられるような跡取りにはなれない、とは言っておいた」
「はぁああああああ!?」
確かに、局中法度には『組を脱するを許さず』とある。しかも内外の機密を握っている監察方は、よほどの事情がない限り、殉職か切腹しか、身の振り方の選択肢は無い。だが、だからって、そんなバッサリと「次の機会」まで刈り取らなくても。
「ただの遊び相手にするつもりなら、あの人たちに失礼だと思うよ」
「だからって、新井、おまっ……ただの合コンに、そんな堅ッ苦しいこと」
「それに、なんとなく気持ち分かるし」
ポソリと呟いて俯かれては、服部はそれ以上の追及ができなくなり「ああ、悪かった。無理矢理引っぱり出して、ゴメンな」と、逆に謝りながら新井の薄い肩をさすってやるしかない。
本当は副長に惹かれて、憧れて、でも届かなくて、永年切ない思いをし続けているのは、監察方の仲間として知っていた筈なのだ。だからこそ、他に好きな人を見つけてほしいと、服部は友人として願っていたのだが、それは逆に残酷な仕打ちだったのだろうか。
「俺、その合コンに便乗して行かなくて、良かったァ」
尾形は思わずそんな本音を漏らし、芦屋もコクコクと頷く。
「それに、山崎さんも災難でしたよね。だって、山崎さんも新井さんメインで、自分のカノジョを作りにいった訳じゃないんでしょ?」
「なんだ、そのハナシ。そうだったのか?」
不意に、背後からそんな声が投げかけられた。振り向けば、結局自分で煙草を買いに行った帰りらしい土方が、唖然と立ちすくんでいた。
「立ち聞きですか? 趣味が悪いですよ」
吉村がおっとりと諭すが、土方はお構いなしに「で、その山崎はどこだ」と畳み掛ける。
「さぁ? いつぞやアンパンにうなされてた時は、遠い海向こうの土耳古だか埃及まで彷徨い歩いて、ベリーダンス躍ってたらしいですし。ほっといたらいいんですって。例え串刺しになろうと這ってでも、あのバカ犬はちゃあんと帰ってきますから」
心配させまいと、わざとそんな言い方をしたのだが、今回は逆効果だったようだ。
「ちょっ、てめぇら、そこでぬくぬくしてねぇで、ザキ探しに行って来い! あと、尾形! さっきの菓子包み返せ」
「返せって、ええっ、そんなの、とっくに食べちまいましたよ!」
「いいから、なんとかしろ!」
「なんとかって、そんなぁ!」
尾形と芦屋は半ベソ状態で、丸い紙箱を見やった。やはり食べずに我慢すべきだったろうか。だが、後悔先に立たず、だ。
「僕がそれ、なんとかしておいてあげるよ。尾形君と芦屋君はザキさんの捜索に行っておいで」
ふわりと、そのチョコレート色の箱を新井が拾い上げた。
「山崎さんまで、僕のためにって、ひと肌脱いでくれていたんなら、お礼しなくちゃだからね」
新井が『なんとかして』くれた包みを膝に乗せながら、土方はイライラと覆面パトを走らせていた。当初は、探索は部下に任せておいて、自分はじっと副長室で待っていてやるつもりだったのだが、その包みを受け取ると居ても立ってもいられなくなったのだ。
「串刺しになろうと這ってでもって、冗談じゃねぇ」
伊東の反乱を忘れるなと言外に尾形に説教しておいて、自分が肝心なことを忘れていた気がする。周囲が(妖刀の呪いの影響下だったと知らなかったとはいえ)ヘタれた土方を見限って離れて行く中、山崎は副長助勤として働き続け、死線を彷徨うような怪我を負いながらも、上司に危機を告げようと這いずって。そこまでの厚い忠誠心を持った彼の気持ちが、そう簡単に覆るものではないと、どうして自分は信じられなかったのだろう。
それが忠義なのか、あるいは恋情なのかは判然としない。むしろ、それは精神的なものに於いては限りなく同一のものであるのかもしれない。慕い、従い、尽くす心。
こんな包みひとつで、その思い全てに応えられるものではなかろうが、それでも、日頃の気持ちを、年に一度ぐらいは。
『副長、ザキ、居ましたよ。箱根の関所で、職質されて捕まってるって、連絡が入りました』
無線が鳴り、吉村の声が届いた。返事をするまでもないので、マイクを取ることもせず、そのまま乱暴にハンドルを切って方向転換する。
箱根だって? 江戸の端っこじゃないか。ずいぶん遠くまで……あのバカは何時間、自分を探して彷徨っていたのだろう。己の不甲斐無さを振り払うように、土方はアクセルをぐっと強く踏み込んだ。
『山崎発見』の無線連絡を聞いた監察方の面々は、江戸市内での探索を中止して屯所に戻っていた。
十番隊が、例のアジトに討ち入りを決行したらしく、屯所内は心なしか慌ただしくなっているが、隊士全員が借り出されるほどの規模ではない。もちろん、そんな事態だとすれば副長が一隊士を迎えに箱根までドライブをしているなんぞ、とっくに大問題になっていたことだろう。
むしろ、そんな騒動の中でも、出動命令が下るまでは眠って英気を養っておける神経の図太さこそが、武装警察として求められる資質である。
「ところでさ。『なんとか』って、あの状態の箱の、何をどうしてやったんだ?」
薄いせんべい布団で少しでも暖をとろうと包まりながら、服部が思い出したように尋ねる。
「あ、それ、俺も聞きたいです、新井さん」
「新井さんって、割と手先、器用っスよね。まさか、ケーキ作ったんスか?」
吉村が面倒臭そうに「オマエら、余計な詮索してないで、寝ろよ」と、後輩共を嗜めるが、新井は「別に。詰めて、包み直しただけだから」と、言葉少なに答えた。
「いや、だから、詰めたって、何を?」
「台所にあったから」
「台所にあったって、まさか」
尾形はザーッと血の気が引いていくのを感じた。
俺のせいじゃない、俺のせいじゃない。持って帰れって言ったのは瀬尾さんで、でも、もう食べたくなかったから、置いておいたら誰か食べるだろうって、御自由にどうぞってつもりで置いてきただけで、そういう再利用をするだなんて想像してなかったし、でも、確かにサイズといい、形状といい、適任といえば、適任だったけど。
「せめて、ジャムパンだったら良かったのにね」
尾形と同じことに思い当たったらしい芦屋が呟いたが、それは何のフォローにもなっていなかった。
番人から「屯所から迎えが来た」とは聞かされたが、せいぜい友達思いの原田あたりだろうと思っていた山崎は、番所に入って来た土方の姿を見て「ええっ」と大声を上げた。
「なんだ、俺じゃ不満か」
「不満だなんて、めっそうもアリマセン」
土方が警察手帳を掲げながら「真選組副長だ。コイツは確かに俺の部下だ」と告げると、番人が慌てて山崎を縛り上げていた麻縄を解いた。その解放感と共に、緊張が一気に弛んで、泣き出しそうになる。
「遅くなっちまって、悪かった」
ふわりと、土方の長い腕が山崎を包んだ。涙ぐみそうな顔を、その胸に押し付けて隠すが「副長にこうしてまみえて、男山崎、感激の極みであります」という声は、背を軽く叩く手の平に促されるように、微かにしゃくりあげていた。
「日付けが変わっちまったけど」
「えっ? もしかして、これ……?」
山崎が涙の雫がぶら下がったままの睫毛で、土方とその包みを交互に見つめる。土方が優しく頷いてみせた。山崎はパァッと表情を明るくすると、その包みを広げ……意識を取り戻したのは、数日後のことであった。
了
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