おっぱいはアレ脂肪が詰まってるんじゃない人類の夢と希望が詰まってるんだ/2


「総悟の外法じゃなかったのか。テメェら、あの巻き寿司について、何を知ってるんだ?」

「知ってるって言っても、神楽がテレビで聞いたぐれぇの事しか分からねぇよ。俺もこんな身体になっちまってるし、新八のネーチャンは焦げパンになってるし……とりあえず、販売元にクレームつけに行くつもりなんだがな」

銀時は、まだヒリヒリしている指を撫でながらボヤいた。

「それにしても、ジミーが、あのゴリラ女よか凶暴になってるとはね」

「いや、俺もコレが噛みつくとは思わなかったぜ。コイツなりに『仕事』したつもりなのかな」

土方の巨乳に挟まれて、単に身動きが取れないのか、それとも居心地が良いのか、ソーセージはすっかりおとなしくなっている。

「そうしてる姿って、その……妙にエロいな」

「あ? そうか?」

土方はまったく自覚がないらしくキョトンとしているが、確かに両の乳房に肉棒を挟んだ姿は、卑猥としか表現しようがない。それも単に扇情的というよりは……ふっくりした白い胸元の肌身がまた、妙に食欲までそそるような。その胸乳にかぶりつきたいという強烈な衝動が込み上げたが『番犬』の存在を思い出して、辛うじて踏み止まった。

「銀ちゃん、お腹すいた。なんか食べたい」

妙な食欲に悩まされているのは、銀時だけではないようで、神楽がそうボヤいた。

「姉御パンが妙に美味しそうな匂いをしてるアル。あと、銀ちゃんの巨大ドラ焼きも食べれそうな気がするアル」

「ちょ、銀さんのコレは困るよ、コレは」

「ケチケチしないアル。そんだけあるんだから、一口ぐらい食わせろよ、天パが!」

「だったら、ジミーソーセージでも食ったらどうだ? ふわふわバンズに挟まれて美味しそうじゃねぇか」

「オイ、万事屋、どさくさにまぎれて、何がバンズだ。ひとの部下、食わせようとすんじゃねぇよ」

「確かに、やけにお腹が空きましたよね」

新八がボソリと呟き、一同は顔を見合わせた。
いつの間にか、それが人体(そして、その一部)であったことを忘れて、どれから食べるか考えて始めているような。





「そう、今や江戸中で人々の身体に異変が起こり、それを食べてしまう事件まで発生している。そして、食べた側も『食べ物』になってしまうの。私も松平公から調査の依頼を受けたわ」

カッチンカッチンという音と共に、そんな声が降って来た。

「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり……始末屋さっちゃん登場!」

だが、キメポーズまでして屋根から飛び下りてきた割には、胸元からは相変わらず、例のモノがダラリと垂れ下がっている。

「テメェのは食欲そそらねぇな」

「いやぁん、そんなドSな責め言葉……萌えるじゃないのぉ! 見てみて、世界一周って技をマスターしたのよ」

ぶつかりあう球の揺れがピークに達すると、片一方が一回転してもう片方にぶつかり、その勢いはもう片方に受け継がれるものの、先ほど回っていた側は静止してもう片方が一回転してくるのを待つ形になり、再びぶつかって運動エネルギーが受け継がれ……と、延々と繰り返すのだが、それは本編とは無関係な、どうでもいいテクニックである。

「だからどうした、このドMアメリカンクラッカーが!」

「先っぽは、ミルクキャンディなのよ、銀さぁん食べてぇ、しゃぶってぇ、舐め尽くしてぇ!」

「オマエ、さっき食べた側も『食べ物』になってしまうって言ったじゃねぇか」

「あ、そうだった」

猿飛は、舌を出して自分の額を小突き『てへっ』というぶりっ子ポーズをしてみせた。ちなみに胸元ではまだ、キャンディが揺れて、カッチンカッチンと音を立てている。

「で? とっつぁんから調査の依頼を受けたって言ったな、始末屋。どこまで調べたんだ?」

「アタシは、銀さんからの命令しか受け付けないわ」

「冗談を言ってる場合じゃねぇだろ」

じろりと瞳孔の開いた三白眼で睨まれ、猿飛は肩をすくめた。
確かに、今この瞬間にも、江戸中で『共食い』が繰り広げられているのだ。

「結論から言うと、拝乙屋という巻き寿司屋が全ての発端よ。でも、その店の従業員は地球人で何も知らされていないから、店に行っても無駄ね。ターミナルの拝乙星人の船……黒幕はそこに居るわ」

「ちっ、またターミナルか」

「天人の出入り口だから、しゃあねぇだろ。それとも怖いのか?」

「怖いことなんざあるけぇ」

銀時と土方が顔を見合わせた。どちらともなく、不敵な笑みが込み上げる。

「その巨大な金魂ブラ下げて、戦えるのか、万事屋。歩くのも大儀そうじゃねぇか」

「副長さんこそ、その無駄乳がぼよんぼよん邪魔で、満足に刀振り回せないんじゃねぇの?」

「こんなもん、布で絞めて抑えりゃ、なんとかなる……おい、メガネ。こいつ預かれ」

土方が胸元から『ジミーソーセージ』を抜き出して、新八に放ってよこす。
本人は預けられるのが不本意なのか、受け取った新八の手の中でしばらくビチビチと暴れて嫌がっていたが、やがて疲れたのか、くたりとおとなしくなった。

「新八、お腹すいたアル。ひとくちかじりたいアル」

「食べちゃダメだよ。神楽ちゃんも食べ物になっちゃうよ」

土方はそんなやりとりを背に、スカーフを解くとそれをサラシ代わりにベストの上から巻いて締め上げた。一方の銀時も、それまで台車に乗せていた巨大な金魂を抱き上げると、着物の帯で腹に括りつけた。

「これで、さっきよりは動けるようになったな」

「そんなボテ腹状態でか」

「副長さんの無駄乳に合わせたら、これぐらいハンデがあってもいいだろよ。足引っ張るんじゃねぇぞ」

「それはこっちの台詞だ……始末屋、案内頼む」

今度は「銀さんの命令じゃないとイヤン」という戯れ言は出て来ず、猿飛は顔を引き締めてこくりと顎を引いた。





「こんな騒ぎを起こすとは聞いていなかったと、黒夜叉様からお怒りのお言葉が」

使者がそう告げるのを、あの光る髪の天人はコココ、と笑いながら受け流していた。

「我々が他の星でもやってきたことと、なんら変わりはありませんよ。黒夜叉様も、それはよぉくご存知だった筈。それを知って出店をお許し頂いたのですから、聞いていなかったも何も」

そして、使者に「ともあれ、お役目ご苦労様」という労いの言葉と共に、茶と茶菓子を勧める。あまりにもその仕草が自然だったため、使者はついうっかり、その茶をすすって小さな栗饅頭に似た菓子を口にしていた。そして、その温かな物体が噛み砕かれ飲み込まれて数十秒後には、新しい菓子が湯気を立てて転がった。
天人は、その新たな菓子を拾い上げ、愛しげにそれにキスをする。

こうして、あと数日すれば江戸中に食べ物が満ち溢れる。一カ月もあれば、地球上全てが、愛に溢れた食卓そのものになるに違いない。その頃には飢えに苦しむ同胞も、ここに到着するだろう。

「そうはさせねぇぜ」

その声に振り向くと、そこにはふたりの侍と、くの一がいた。

「どういうからくりかは知らねぇが、そのあやしげな外法、解いてもらおう」

「ふぅむ? お主ら、あの寿司を食ろうてもまだ、人の形を保っているのか……そろそろ、全身が美味しいデザートになっている頃合だというのに」

天人は棗型の目を見開いたが、やがて何かに思い当たったらしく、例のコココ、という甲高い笑い声を漏らした。

「そうか、お主らの肉体は大部分、既に食い物で出来ているのか」

「既に食べ物、だぁ?」

一瞬、毒気を抜かれて、銀時らは顔を見合わせる。

「フクチョーさんの肉体が大部分、マヨネーズで出来てるってこと?」

「テメェの身体が、糖分で出来てるってことだな。道理で糖尿が治らねぇわけだ」

「ちょ、アタシのどこが食べ物で出来てるっていうのよ!」

「コイツ、メスブタってことで、ポーク扱いでいいんじゃねぇのか?」

「いやぁん、コイツ呼ばわりですって! メスブタだなんて、決戦前にそんな激しく罵倒されたら、アタシ、アタシ……興奮するじゃないのぉ!」

「むしろ、納豆だろ。コイツ、いつも屯所に来るたびに納豆くせぇもん」

「ちょ、アンタに納豆くさいだなんって言われても、萌えないのよ! むしろムカつくのよ! アタシは松平公直属の諜報部隊だから、役職はアンタよりも上に属すんのよ、分かるぅ?」

「でも、確かに納豆くさいな」

「ああん、銀さんっ! 銀さんに貶されると、なんでこんなにも萌えるのぉ!? もっと罵って、もっとアタシを蔑んでっ! それがアタシの糧になるぅ!」

叫んでいるうちに、猿飛の身体が崩れ始めた。
糸を引きながら縮んでいき、最後には猛烈な発酵臭を放つアメーバー状の物体と化す。その粘液の中には、豆粒がいくつも絡まって蠢いていた。

「なっ、納豆になった!?」

「ヤバいぜ。フクチョーさんもマヨネーズになっちまうかもよ」

「テメェこそ、砂糖の塊になるんじゃねぇぞ」

罵りあいながら、二人が天人に斬りかかった。その華奢な身体は戦おうというそぶりも見せずに棒立ちになっており、首や胴がスパリと輪切りになった。その切り口からは血の一滴も流れず、内部はまるで、ゴムかウレタンで出来ているかのようだ。いや、もう少し正確な比喩があるとすれば、練り物だろうか。
そういえば、ジャコ天がこういうくすんだ灰色をしていたような。

「なんだ? コイツも食い物なのか?」

呆気ない幕切れに、銀時と土方は顔を見合わせた。殺さずに締め上げて、術を解く方法を聞き出すべきだったか。
唖然としていると、足元がぐにゃりと沈んだ。その床は鉄製の甲板であった筈なのだが、気付くと軟らかく蠢いて二人(と、一個)を包み込もうとしていた。

「胃袋……!?」

「まさか、拝乙星人の本体は、この船なのかよ……こらぁ、胃液か!?」

『拝乙星人』と思われていた人物であった練り物が、床から吹きだした黄色い液体に濡れ、炭酸のようなシュワシュワと軽快な音を立てて溶けていくのが見えた。

「ちっ……オイ、掴まれドMストーカー!」

とっさに逃げようとした銀時だったが、振り向いて腕を差し伸べた。納豆の塊が鎌首をもたげ、蛇のように飛びかかって銀時の右手首に巻きついた。

「うぇっ、くさぁっ、納豆は食べると美味しいのに、こぼすとくさぁっ! しかもベタベタして気持ちわるぅ!」

「文句をいうぐれぇなら、見捨てりゃ良かったのに。オマエ、その女に惚れてんのか?」

「んなわきゃねーだろ。ただ……どんなブスで変態で納豆くせぇストーカーでも、オンナ見捨てたら寝覚めが悪りぃだろ」

「俺らがいくら気に食わない相手であろうと、職務上、一般市民の身の安全は護らねぇといけねぇのと同じってこったな……走るぞ」

土方は刀を抜くと、横一閃に立ちはだかろうとしていた肉の壁を切り裂いた。一瞬だけ開いた裂け目の向こうが見える。身をかがめると、その隙間に突進した。銀時もその後ろから続く。

「高度何メートル?」

「知るか!」

確認する前に飛び出していた。
もちろん、そうでもしなければ、あのまま溶かされていたことだろう。身体が宙空を泳ぐ。数秒の落下の後、ガクンと激しい衝撃と共に停止したのは、銀時だった。とっさに、土方もその銀時の腹帯を掴んでぶら下がる。二人の身体は、振り子のように大きく揺らいだ。

「ぐえっ、いだだだだっ、苦しいっ! 腕が抜ける、タマがつぶれるっ!!」

銀時の右腕に巻きついていた猿飛納豆が、港の壁面、僅かに張り出していたパイプに巻きついていたのだ。銀時はもう片手も使ってそのパイプにしがみつき、土方も別の配管を掴んで、銀時の腰帯から手を離した。

「間一髪、だな」

ボソリと土方が呟く。
ちらりと見た下方は、真っ暗で床が見えない状態であった。ターミナルの地下深くには、高エネルギーの塊が噴出しているときく。煮えたぎったマグマなんて、生易しいものじゃない。
万事屋が始末屋を見捨てなくて良かったと、そっと冷や汗を拭う。

「ドM納豆が半端ねぇ粘りで、お手柄だったな……ああ、褒美に今度、首輪でもしてやるから」

「それは褒美なのかよ」

「だって、ほら、喜んでる喜んでる」

確かに、銀時の手首の納豆がモコモコ動いてはいるが、それが本当に喜びの表現なのかどうか、土方には見当がつかなかった。「分かるか!」と罵って、自分たちが殴り込み、そして飛び出した船を振り返る。思わず「ゲッ」という声が漏れた。
『それ』は確かに戦艦の形をしていた筈なのに、そこに居たのは巨大なナマズに似た生き物であった。確かにそこから脱出したのだという証に、喉元からやや上の辺りに傷があり、じわじわと内側の酸が滲み出ている。傷口が痛むのだろうか、身をよじらせ、ぶるぶると全身の肉を震わせながら、徐々に落ちていく。その様は、沈み往く船を思わせた。

「そのまま、マグマまで落ちて燃えちまえ」

「ついでにマヨネーズ野郎も一緒に落ちて燃えろ」

「なんでだよ。テメェが一緒に落ちろて燃えとけ」

だが、そのふたりの祈りは届かずに、その白ナマズは宙空で踏み止まる。

「なにあれ? 動力もなしに浮いてんの? 理不尽なヤツだな」

「木星型の生き物なんだろ。図体だけデカくて、密度はスッカスカの風船みてぇなヤツ。斬った手応えがほとんど無かったからな」

ともあれ、このまま壁に貼り付いているだけでは、しまいに腕や手指が疲れて、こちらが奈落の底に落ちてしまいかねない。幸い、数丈ほど壁を登ると、桟橋のようなスペースが張り出していた。それによじ登ると、ターミナルビルの内部に通じるドアがあるのが見える。
なんとか助かったと、二人仲良く『桟橋』にへたり込み、安堵の息を吐いた。




「さて、どうするか、だな。このまま逃げるか、なんとかするか」

土方が、緩みかけた胸のサラシを一度解きながら呟く。ぷるるんと美味しそうな巨乳が揺れ、思わず銀時の視線が吸い寄せられるが、その視線に気付いているのかいないのか、土方はお構いなしにその豊かな膨らみを己の手でむっちりと掴み、布で押しつぶして収納してしまった。
銀時は目を背け、気まずさを誤魔化すように「なんとかって、何? 副長サン」と、ツッコみを入れる。

あんな化け物相手にどうしろというんだ? このまま素直に引き返して逃げ出してしまいたかったが、それでは己の身体だけではなく、食べ物に姿を変えられてしまった人々も元の姿に戻れないままだ。

「知るかよ。なんとかは、なんとかだろ。アレをブッ殺したところで、元に戻れるっていう保証もねぇしな。一度屯所に戻って、体制を立て直した方がいいんじゃねぇのか?」

銀時も、実は同じ事を考えていたのだが、土方に先に提案されたことで、ついカッとした。

「んだよ、体制を立て直すって。バーか、テメーもバーでカミュか、小銭形のオッサンか? そもそも、天人退治する予定で乗り込んだんじゃねーの? こーいうのはな、ともかくラスボスさえ倒したら、世界は勝手に救われることになってんだよ! 必要なのはカミュじゃねーんだ、事件はバーで起こってんじゃねーんだ」

「何がバーだ、何がカミュだ。ラスボスさえ倒したらいいなんて、根拠のねーこと言ってんじゃねーよ。ゲームじゃねんだぞ、ゲームじゃ」

そうだ、そのまま俺を説得してくれ、俺だって自信はねーんだ、全然ねーんだ、全くねーんだ、200%ねーんだ。あの化け物を虐殺したところで、俺ら元に戻らないかもしれないし、逆にアレを殺して元に戻るヒントを失うだけかもしれないんだ。大体、俺だってもう帰りたいんだ、傾向と対策考えて仕切り直したいんだ、なんか身体べとべとしてる気がするし、納豆くせぇし、風呂入りたいし、あーなんか考えてたらウンコもしてぇ。
だが、そんな内心の叫びとは裏腹に「戻ったところで対策なんかあるのか? のんきにカミュ片手にバスローブの紐締め直してる間にも、江戸中の連中が食い合いしてんだぞ?」と喚いていた。

「確かに、のんびりしてる暇はねぇ、か」

え、なに納得しちゃってるの、多串君、馬鹿ですか、アナタ馬鹿なんですか。無理無理無理無理、到底無理だから絶対無理だから凡そ無理だから常識的に考えて無理だから。そうじゃなくて、俺を説き伏せて諦めさせてくれ、頼むから、お願いだから、300円やるから。
見下ろした化け物は、白っぽいぶよぶよした姿をぽっかりと宙空に浮かべている。あの下は江戸中のエネルギーが集まった、いわばマグマのような状態だ。落ちたら確実に死ぬだろう。

「分かった。ここは俺が行く。一般市民を巻き込む訳にはいかねぇしな。テメェは戻って屯所に知らせてくれ。あとは俺達、真選組でなんとかする」

やった、これで逃げられる。俺だけでも生き延びられる、助かったよママン、ありがとう副長サン、ラッキー! ホームランだ! 今夜はすき焼きだ! などと思いながらも、何故か唇からは「はァ? 一般市民って誰? 俺? 銀さんナメんじゃねぇよ。大体、なんとかって何? オマエラでなんとかって、どうする気? オマエひとり残って格好つけようったって、そうはさせねぇぜ」などと、強気な発言が飛び出していた。

いや、駄目じゃん、俺。ここは提案を受け入れようよ俺、お言葉に甘えようよ、俺、一般市民でいいじゃん、だって一般市民じゃん俺、ヒーローでも救世主でもないよ、世界を救う勇者って柄じゃねーんだから俺。仮に英雄になったって、死んだら終わりだからね。死んで称えられても嬉しくもなんともないからね。生きててナンボだよ、生きていさえすれば脇役でいいいよ、モブでいいよ、世界が滅びようと俺、関係ないもん、俺のせいじゃないもん。世界が滅びて俺だけが生き残ったとしても……いや、たまだったら機械人形だし食った食われたもねぇだろうから、アイツだけは残るんじゃねぇかな? そしたら、たまと二人して末永く幸せに暮らすわ……そこまで考えが至った時に、手首に巻きついていた納豆混じりのアメーバが、きりきりと締め付けてきた。

「いだだだだ」

「ほれ、そのストーカー女も引き止めてくれてるみてぇじゃねぇか。いくら天然パーマだからって、死んだら泣いてくれる女がいるうちは、無茶するんじゃねぇ」

「天パ関係ねーだろ天パは! テメェも巻いてやろうか、そのべたべたワックス頭にくりんくりんの呪いかけてやろうかコンチクショー! 大体、そっちはどーなのよ、モテモテなんでしょ、副長さん? あ、ホモだから恋人は男しかいないのか。真選組って男所帯だもんね。だからって、恋人泣かせちゃダメっしょ?」

「誰がホモだ、誰が。野郎なんざ知るか」

「けっ、テメェばっかにいい格好させられっかよ」

いやいやいやいや、ここはお譲りしようよ俺、お任せしようよ俺、せっかく引っかぶってくれてるんだから、ここでバトンタッチしちゃおうよ俺、なんで素直になれないの俺、どういうキャラなの俺、もしかしてツンデレ? きょうびツンデレなんてキャラ設定古いよ、もう時代はツンデレじゃないよ、ツンデレなんて損だよ、従順な方がカワイイよ、メイドなんてサイコーじゃん、多少ねじがゆるんでる天然娘でも……いでででで。
もしかしてコイツ、俺がたまのことを考えてんのが分かって、ヤキモチやいてんの? もしそうなら、ちょっと締めてみて。

ぎりっ。

「いだだだ。わーったわーった、くの一も悪くない、悪くないから」

「ほれほれ。納豆くさくてもストーカーでも変態M嬢でも、女は女だしな」

「そうじゃねぇって、これは」

コイツは俺を引き止めてるんじゃなくて、単純に機械人形相手にヤキモチやいてるだけなんだって……と言い訳したかったが、土方のニマニマしたイヤな笑みを見る限り、弁解すればするだけドツボにハマるであろうことは見当がついた。
ここはおとなしく言われるままに尻尾を巻いてしまいたい。是非くるくると巻きたい、巻かせて頂きたい。負け犬で結構だ。負け犬万歳、負けるが勝ち。死んで花実が咲くものか。美しく散るより醜くかろうと生き延びてナンボ。卑怯者と罵るなら罵るがいい。俺ァ、そう皆を励ましながら、あの地獄のような攘夷戦争を戦ってきたんだ。ここは「土方がムカつくから」などとつまらない意地を張るのをやめよう……そう腹を括った銀時は、しかし視線を上げた途端に思い掛けないものを目撃して、全身の血の気がザーッと音を立てて引いていくのを感じた。


初出:2009年10月11日
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