雀百まで踊り忘れず産屋の癖は八十までお母さんのカレーは死ぬまで大好き/6


近藤と芙蓉が声の方向に駆け寄ると、そこには銀時を羽交い絞めにした肌の青い男とその仲間と思しき男が数人、それと対峙するように土方が睨みあいになっていた。

「これはこれは、真選組の副長殿。ご家族連れでオフでしたかな?」

「どこかで見た種族だと思えば、テメェら煉獄関の残党か。今日は攘夷志士を追ってたんだが、代わりの手土産を用意してくれてあんがとよ。これでとっつぁんに、遊園地で一日潰した言い訳が立つ」

じりっと足ずりしながら、腰の刀に手を添えて土方が身構える。いくら多勢に無勢とはいえ、数で押されるような土方ではない。だが、子どもを人質にとられた形はさすがにやりにくかった。

「トシ」

「来るな! こいつら、短筒持ってやがる!」

叫んで制したが、近藤が「お女中!」と叫んだことで、芙蓉が追加の人質にとられてしまったことは視界の外からでも察せられた。

「おやおや、今度は奥方ですか。実にホホエましい」

青い生ゴムのような肌と赤く光る目をした天人の顔では、ホホエんでいるかどうかなんぞ、地球人の目からは判別できない。一方の土方が笑えないのはもちろんだ。

「銀時様。知らない方に付いて行ったら駄目ですよ」

この状況に恐怖を感じていないのか、芙蓉の声がやけにのんびりと響いた。

「さあ、帰りましょう、銀時様」

「女、動くな!」

そこから先はまるでスローモーションを見ているようだった。芙蓉を押さえつけていた筈の男の腕が軽々と捻り上げられ、ふわりと宙を舞った。その思いがけない怪力に慌てた男らが短筒を向ける。パンパン、という乾いた音が響いて、芙蓉の体がぐらりと揺れた。

「お、お女中!」

「おねぇちゃんっ!」

反射的に土方と近藤が抜刀したが、短筒を握ったままの腕が胴体と別れを告げたのは、ふたりの仕業ではなかった。ハッとしてその先を見れば、銀時が血の滴る短刀を構えていた。ごつごつした宝石で飾られた柄は、地球のデザインではない。多分、天人どもが腰にたばさんでいたものを奪ったのだろう。ハァハァと舌を出すように口で浅い呼吸をし、目をギラギラと光らせている姿は、凶暴な獣そのものだった。

「よくも……おねーちゃんを」

低い呟きは、子どもの声とは思われなかった。

「よせ、落ち着け! 万事屋!」

土方が叫ぶのとほぼ同時に、もう一匹の天人の首が青い体液を撒き散らしながら、宙を舞う。その光景に逆上した連中が、銀時を取り囲んでそれぞれに大剣や偃月刀を振りかぶった。





だが、その刀は打ち下ろされることはなかった。





何が起こったのか、土方らは理解できなかった。ただ、次の瞬間、天人らは全身をトリモチのようなものに覆われ、身動きが取れなくなっていたのだ。

「フフフ、最後に銀さんを守るのは、やっぱりアタシね。忍法ねばぁーぎぶあっぷ!」

振り向けば、そこには猿飛が居た。誇らしげな仁王立ちで、納豆の粘液がまだ生々しく垂れ下がっているすり鉢とすりこ木を手にしている。

「もう安心よ、銀さん、どこぉ? アナタの愛するさっちゃんが来たわよぉ?」

「いやあの、あの納豆の中に」

「えっ? なんですって!?」

猿飛が己の凡ミスに唖然としていると、畳み掛けるように「臭いよお、納豆臭いよお」という子供の啜り泣きが沸き上がった。

「そうだ、あの女」

土方が思い出して、周囲を見回す。あんな至近距離から短筒で撃たれたのだからと半ば覚悟していたのだが、芙蓉はゆらりと上体を起こしていた。

「大丈夫か、お女中。オメェ、怪我は?」

「私は怪我はしません。一発がネジに当たったので、衝撃で安全装置が作動してしまっただけです」

「ネジ? このかんざしのことか。弾がうまく逸れたんだな。良かった」

安全装置とか訳の分からないことを言っているが、それはショックで混乱しているせいだろうと思い込むことにした。

「何か買ってきてやるから、それ飲んで休め。砂糖が入ってないのがいいんだな?」

地べたに座らせておくのもナンだろうと、ヒョイと芙蓉を抱き上げ、近くのベンチに座らせた。その土方と入れ替わりに、新八と神楽が駆け込んで来る。

「さっちゃんさん、銀さんのこと頼みます。僕ら、先に帰ります」

「オイ、ゴリラ。姐ゴに先帰ったって、伝えておけアル」

「あの……新八様?」

「いいから!」

まだ完全には起動していないのかボンヤリしている芙蓉の手を引いて、新八が強引に立たせる。その耳元に「山崎さんが、たまさんのことに気付いたっぽくて。足留めしてあるから、早く逃げましょう」と囁きかけた。

「でも、銀時様が」

「さっちゃんさんに任せましょう」

芙蓉が立ち去るのを気配で察したか、納豆の粘液の繭の中から「置いていかないで、連れてって!」と悲鳴のような声があがった。

「なぁ、新八。今、ここでたま連れて帰っても、うちにアイツラ来たらどうするヨ」

「確かにそうだね。どうしたらいいんだろう……源外さんに相談してみようか」





普段はコーヒー一辺倒で、市販の茶など飲まないので、土方は自動販売機の前で、どのお茶を選べばよいのか悩んでいた。
お茶なんて所詮どれも同じだと思っていたが、どっこいウーロン茶もあれば紅茶もあり、ジャスミン茶やプーアル茶、蕎麦茶もある。カテゴリーを日本茶に限っても、緑茶だの煎茶だの何とかエキス入りだの穀類入りだのダイエット茶だのなんとかに効くだのと、目移りさせられる。別に冷たいフツーの茶でいいんだ、麦茶とかおうすとか、そんなんで……と思っても、その「フツー」がどれか分からない。
そういえばさっき、自分はどうやってジュースを選んだんだっけ。結局、一番無難そうな緑茶を選んで土方が自動販売機から戻ってきたときには、近藤が呼び寄せたらしい隊士らが周囲にKEEP OUTのテープを張り巡らせて、現場検証や後片付けに追われていた。
例のトリモチから救出(?)された天人は護送車で送られた後なのか姿が見えなかったが、子供はまだいた。泣きじゃくっているのを、猿飛がしゃがみ込んで必死であれこれ機嫌をとろうとしている。

「あのお女中じゃないと、泣き止まないんじゃねぇのか? お女中はどうした? 調子悪そうだったから、病院にでも行ったのか?」

もしそうだとしたら、自動販売機の前でぐだぐだしていた己の愚かさが悔やまれる。さてこのお茶をどうしたものかと考えていたら、山崎が擦り寄ってきた。なぜか、まだ半裸執事の制服のままだ。

「なんだ、バカ。まだその格好してるのか。ケツ丸出しの格好が気に入ったのか」

「俺だって、好きでこんな格好してるんじゃないです。俺の着替えが女子トイレに捨てられてたんです」

「中学生のイジメみたいだな。なんか恨みでも買ったのか」

「知りませんよ。しかも便器に突っ込まれてたらしくて、それでトイレが詰まって大変なことになってたそうで、俺が事務所に呼び出されてずっと怒られてて……だから、定刻に事務所に戻れなかったうえに、報告が遅くなりまして」

「報告?」

面倒くさそうに呟きながら、ペットボトルを袂に突っ込み、代わりに煙草ケースを取り出す。

「あのたまとかいう女中の件ですが」

「ん」

無関心を装ってはいるが、土方の動きが一瞬止まった。

「以前、機械人形のクーデターありましたよね。メイドロボットが製作者を殺害して逃亡、続いて江戸中にメイドロボットが溢れた事件」

「ああ、あったな」

ただし、自分たちは管轄外の事件だったため、詳細についてはテレビや新聞の報道でしか知らない。

「あの主犯格って報道されたメイドロボットのなんとか零号に似てませんか? なんか人間にしちゃ違和感があるなぁってずっと思ってて、機械人形じゃないかと考えたら、そういえばそっくりだって。ねぇ、副長、ずっとあの女中と一緒に居ましたよね。機械人形らしいそぶり見ませんですか?」

そう言われてみれば、彼女はこの炎天下で水の一滴も飲んでいなかった。片腕で子供らを軽々と持ち上げていただけでなく、天人の腕も簡単にねじり上げていた。あれだけの至近距離で撃たれて、かんざしに弾が当たっただけと言って……そういえばあのとき、なんと言ってた? 私は怪我はしません? 安全装置が作動した? まさか。
ぽろりと唇から煙草が転げそうになり、慌てて拾い上げようとして指が火口に触れ「アチチッ」と呟く。結局、煙草は地面に落ちた。

「副長? お心当たりが?」

「いや、無い。つーか、そんなことよりも攘夷志士の情報はどうしたんだ、攘夷志士の情報は」

訝しげに土方の顔を覗き込む山崎の視線から逃げるように、土方は銀時に歩み寄った。

「オイ、坊主。これでも飲めや」

芙蓉に渡すつもりだったペットボトルを差し出してやる。
銀時は一瞬だけ泣きやんで、きょとんとペットボトルを眺めていた。猿飛がそれに乗じて「あら、良かったねぇ、お茶貰えて嬉しいねぇ、銀さん。いっぱい泣いたら、喉渇いたね。お茶飲もう?」と促す。
だが、銀時はそのペットボトルを開封もせず「いちご牛乳じゃなきゃヤダ!」と叫ぶや、土方に向けて力一杯投げつけた。

「てんめぇ!」

思わずカッとした土方が拳骨を振り上げるが、それが脳天に直撃する直前に、銀時がぱたりと倒れた。

「ぎ、ぎんさんっ!?」

「ば、万事屋?」

それを見咎めた沖田がさっそく「あー土方さん児童虐待だーひでぇお人だ。こいつぁ懲戒免職もんですぜイ。なぁに心配しなくても副長職は俺が引き継ぎまさぁ」などと、いつもの乾いた口調でボソボソと責め立てる。

「んなっ、ちげーだろ。俺がぶん殴る前に倒れただろ、見てたら分かるだろ。ちげぇからね、俺まだ殴ってねぇからね。殴ろうとしたけど結果として何もしてぇからね。むしろこっちゃ被害者だからね」

必死で言い訳をしている土方を、近藤がのっそりと押しのける。

「んなこと言ってる場合か。ホント、トシは昔っから子どもの扱いが下手だったらねぇな。おい、坊主、どうしたよ、坊主?」

近藤が大きな掌で銀時を抱き起こす。
沖田がその近藤の背中に「近藤さん、俺もだるい。おんぶ」などと言いながら、甘えかかったが、近藤は頓着せずに張り付くに任せていた。代わりに「オイ、濡れタオルか何か……コイツ、ひでぇ熱出してやがる」と、猿飛に指示した。




沖田を背中に張り付かせたまま、銀時を抱えてとりあえず事務所に戻った近藤は、扉の向こうで何やら電話を架けているらしい声を耳にした。その会話を盗み聞きするつもりは無かったのだが、切れ切れに聞こえる「鬼兵隊」だの「煉獄館」だのいう物騒な単語には、反応せざるを得なかった。

「どういうことだ?」

近藤が、おろおろと隣にいる土方に尋ねる。

「つまり、このチビが言った通りに悪い人、だったんだろうよ」

土方が面白くもない、といった口調で断言した。

「どうやら、匿っていた志士の噂を消すために、煉獄館の連中を餌……というかスケープゴートとして、園内で遊ばせていたようですね。してやられましたよ」

監察方のもう一人の古株、吉村折太郎が、いつの間にかスッと土方の側に現れて、そう囁いた。

「証拠となるあの会話は、録音してあります」

「そうか、でかした。ヤツが電話を切ってから、踏み込むか」

「でもよ、トシ、万事屋の熱が」

近藤の訴えに、土方がチッと舌打ちをする。

「踏み込むぞ」

だが、一瞬早く「御用改めである!」と、扉を蹴破ったのは、沖田であった。

「御用改めである! 真選組副長・沖田総悟、けんざ……いでぇっ!」

その尻を、土方が思いきり蹴りあげていた。
扉が破られる音に、素波が振り向いて目を見開いた。骸骨を思わせる顔から、目玉が零れ落ちそうだ。耳に押し当てていた漏斗のような受話器を取り落とし、代わりに胸元から短筒を抜く。

「よ、寄るな。う、撃つぞ」

へっぴり腰で短筒を構えながら、後じさりして逃げようとする。そこで飛びかかって取り押さえないのは、素波の射撃の腕はさておき、安全装置が外れた状態で銃身に衝撃を与えれば、暴発の危険があるからだ。

「テメェら、俺に寄るんじゃねぇ。そのまま、じっとしていろ、いいか、そのままだ、じっと、じっとだ」

だが、入口に近藤らがいるために、素波は窓すら無い部屋の奥へ、奥へ行くしかない。実は秘密の出入り口でもあるのだろうかと思われたが、それは買いかぶり過ぎだったようだ。素波はしまいにロッカーに背中を押しあてて、硬直してしまった。

「俺が、こんなことで……こんなことで捕まっては、高杉様に申し訳が立たない。高杉様、高杉様……ああ」

追い詰められた素波は、酸欠のように口を開けて喘ぎながら、それでも往生際悪く視線を巡らせる。

「そ、そうだ。よし、そのガキを、だな。そのガキを、こっちに寄越せ。いいか、妙なことを考えるなよ。俺に手を出そうとしたら、ガキも道連れだ。いいな?」

「そ、そんなことができるかっ!」

近藤が真っ青になって喚くが、土方は眉筋ひとつ動かさずに銀時の襟首を引っ掴むと「ほらよ」と、素波に向けて放り投げた。ぐったりとした銀時の身体が宙を舞い、ズダ袋のように落下する。

素波が銀時を受け取ろうと視線をやった刹那を見計らって、土方が抜刀した。だが、その剣が一閃するよりも早く、銀時の身体が膨らんだ。土方が動物的な反射神経をしていなかったら、うっかり銀時ごと胴切りにしてしていたかもしれない。

「なっ……!」

寸でのところで踏み止まった次の瞬間、身の丈六尺の堂々たる体躯が、やせっぽちの素波目掛けて落下した。カエルのような声をあげて押し潰された素波の手から、短筒が零れ落ちる。
それを目敏く見つけた沖田が、まるで自分の手柄のように「確保ぉ!」と叫んだ。




土壇場でオトナの身体に戻った銀時だったが、意識はまだ朦朧としているようだ。子供の身体のときには尻まですっぽりと覆っていた黒い服だったが、三尺帯とふんどしは身体が戻る際にはちきれてしまったらしく、今は下半身丸出しの格好で床に倒れている。

「いやぁん、銀さんったらそんなセクシールックで誘ってる? それはアタシを誘ってるのね、ダメよ、こんなところで。皆見てるじゃないの、ダメよ、いや、いいわ、アタシが腰振ってあげるから、でもやっぱりダメ、心の準備が要るじゃないのよ、なにこれ、これなんてエロゲ? これなんて羞恥プレイ? こんなシチュエーション……萌えるじゃないのぉおおお!」

今にもその剥き出しのモノに吸い付きそうな猿飛の衿を、近藤が「おまっ、いつ湧いた?!」と引っ掴んで押しとどめる。

「いつ湧いたも何も、私はいつも銀さんの傍にいるわよ。片時も銀さんの傍を離れないわ」

「ストーカー?」

「ええ、ストーカーよ。アタシはまさに純然たるストーカーですが、何か? アタシは愛を追い求めるだけ、いわば愛の虜、愛の奴隷、銀さんの肉便所なのよ、それがアタシの存在意義よ。アナタだってストーキングしてるじゃないの」

「いや、アレは警備だ。可憐なお妙さんを犯罪から守るために、日々、自主的に身辺警備をしているだけだ」

「やだわ、そんなおためごかし。通じると思ってるの? 真実を認めなさいよ。それって立派なストーカー行為じゃないの。紛うことなきストーキングじゃないの。正真正銘の、明々白々の、れっきとしたストーカーじゃないの。ほら、言ってごらんなさい、自分は愛されぬまま付きまとい行為に勤しむ哀れな卑劣漢ですって。ほら、言うんだよ、この豚野郎がぁああああ!」

オンナの方が口が達者とは言うが、特にこういうモードに入った猿飛の怒涛の口上は、留まるところを知らない。近藤はたじたじとなって「トシィ」と、情けない声で助けを求めるが、土方は「まぁ、ストーカーだな」と、取り付くシマもなかった。

「ひでぇよ、トシまで」

「事実だろ」

その間に、沖田が手錠をかけた素波は、吉村が応援要請をして駆けつけた隊士らによって、連行されていった。それを他人事にような表情で見守っていた土方は、思い出したように胸ポケットを探って煙草の箱を取り出す。

「じゃ、そろそろ俺らもずらかろうぜ。んで、万事屋はどうするよ?」

「ああ、そうだな。じゃ、後のことは引き受けるから、トシ、万事屋を連れ帰っておいてくれ」

「なんで俺。こんな面倒はザキにでも……まぁ、この図体だしな。吉村、パトカーから毛布か何か持って来てくれ。猥褻物チン列したまま連れ歩く訳にもいかねぇからな。ああ、毛布が無かったら便所雑巾でもいい」

猿飛を押しのけて、銀時の傍らに膝をついた土方はとりあえず上着を脱いで、銀時の見苦しい部分にかけて隠してやる。

「おーい、起きろ。テメェ、ガキじゃねぇんだから、だっこで帰れると思うなよ」

強引に抱き起こして揺さぶると、銀時がうっすらと目を開けた。だが、まだ意識が朦朧としているのか「おねーちゃん」と呟いて甘えかかってくる。土方は思いがけない反応に全身が総毛立ち、脊髄反射的に、渾身の力を込めて頬を張り飛ばしていた。

※  ※  ※  ※  ※


数日後の昼下がり。芙蓉の太股に頬をつけるようにして、銀時はごろごろとソファに寝転がっていた。
クーラーのない室内での昼寝には、機械人形のひんやりとしたボディはいい枕代わりだ。これでチューパットかアイスキャンデーでもあれば、最高なんだがな。うとうとしかかったところで、額に冷たい掌を押し当てられた。

「おー……気持ちいい」

「あ。済みません、起こしてしまいましたか?」

あれ、俺、今寝てた?
そう言われてみれば、夢をみていたような気がする。過去の記憶なのか、ただの夢なのか判別し難い、陽炎のようなヴィジョンだ。

「ちいせぇ頃の夢でよ。遊園地に連れて行ってもらうんだ。俺ァガキの自分は、生きるの死ぬのに必死で、そんなところに行けた筈がねぇんだが……キレイな女の人に手ぇ引かれて、そこにゃ猫だの熊だのヘンな着ぐるみがいっぱい居てよ」

芙蓉は黙って、銀時の髪を撫でている。

「松陽先生に拾われるまで、俺ァ鬼子呼ばわりで、人間らしい生活なんかしてなかった筈なんだが……案外、捨てたもんじゃなかったのかもしれねぇ」

「楽しい思い出だったのですね」

「そうだな。俺ァ親のツラも覚えてねぇと思ってたんだが、今思えば、あれがカーチャンだったのかもな」

その面影を反芻しようとして、ふと『似ている』と気付いた。
俺ぁ、マザコンの気は無いつもりなんだが、やはり男ってぇのは普遍的に母親の面影を探すもんなんだろうか。いや、カーチャンというよりオネーチャンっつーか……何かに思い当たりかけたところで、玄関のチャイムが鳴った。


初出:2009年09月07日
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