雀百まで踊り忘れず産屋の癖は八十までお母さんのカレーは死ぬまで大好き/4


身長制限もあって、幼い銀時が乗れるアトラクションはかなり限られていたが、それでも十分に楽しいようだ。最初はむっつりと黙ってついて歩くだけだったが、そのうちに「おい、メガネ。アレもっぺんのるぞ」などと言いながら、袖を引くようになった。

「だからね、僕はメガネじゃなくて、ちゃんとした名前があるんだよ」

「キモオタ?」

「なんでキモオタ!」

「だってオマエ、そんなカオしてるもん」

一瞬でも可哀想だと思った僕が間違ってた。
やっぱり、銀さんは銀さんだ……そう思って溜め息を吐いた途端に。

「む。銀時ではないか。ずいぶんとかわいらしいサイズになってしまったな」

聞き覚えのある声がして、振り向いた新八は全力でズッこけた。

「かっ……かかかか……かっ……アンタなんでこんなところでウロウロしてるんですかっ!」

そこには、着ぐるみ猫で有名な『偽(ぎ)ティちゃん』の扮装をした桂小太郎が立っていたのだ。その偽(ぎ)ティちゃんはなぜかギョロ目のついた白いシーツのようなものをかぶって帯刀し、片手には爆弾のようなものを抱えている。

「桂ではない。攘夷志士・エリザベスのコスプレをしている偽(ぎ)ティちゃんだ。中の人など居ない」

「そんなことを言っている場合じゃないでしょう! この遊園地に潜んでいる攘夷志士って、アンタのことだったんですか!?」

「攘夷志士ではないぞ。攘夷志士・エリザベスのコスプレをしている偽(ぎ)ティちゃんだと言っておろう。このバイト、なかなか見入りが良いぞ? それはそうと、銀時はどうしたというのだ?」

桂がしゃがみ込んで、銀時に手を差し伸べるが、その異様な格好に警戒したのか、銀時は顔を強張らせて木刀を握り締めた。

「桂さん、驚かないんですか? 確かにこれは、銀さんですけど」

「なぁに、竜宮城では共に白髪になった仲だからな……何か? これは可愛いもの好きな俺を、萌え殺す作戦か?」

「いや、別に桂さんのために、銀さん小さくなった訳じゃないですから……坂本さんが間違ってワスレグサ……じゃなくって、なんだっけ、そんな名前のクスリを飲ませちゃったら、子供に戻っちゃったんですよ」

「ワスグレサ、か?」

「そうです! それそれ! かつr……いや、偽(ぎ)ティちゃんさん、何か知ってるんですか?」

「うむ。そのクスリは、小さな頃の記憶を捏造させるためのものでな。単なる催眠術や意識だけの幼児退行では補いきれない、小さな子供の身体での体験や、その視点での記憶というところまでフォローしているために、本人が後に『どれが偽りの記憶で、どれが実際の記憶か』ということがほとんど峻別できないらしい。そこで、天人への恐怖や攘夷思想のスバラシさを吹き込めば、勇猛果敢な志士が作り出せる。最近の攘夷志士はゆとり世代か何か知らぬが、ブッたるんでいるから、我らとしても是非、それを入手したいとは考えていたが。これが、ほう……」

まじまじと銀時を眺めている桂(が、中に入っている不気味な着ぐるみ)に、新八がシラーッとした視線を注いでいる。

「いや、あの。桂さん……じゃなくて、偽(ぎ)ティちゃんさん。そのクスリ、もしかしてアンタ自身が使った方がよくないですか? アンタ、いい加減、真面目に攘夷活動しろよ。ゆとり志士」

「ゆとり志士ではない。アラサー志士だ」

「どっちでもいいわっ!」

「銀時、俺を覚えていないのか」

銀時が首を左右に振る。
桂は「うーむ」と唸って腕組みをした。

「ならば、松陽先生に引き取られる前か。それはさぞ辛い時期だったろうな、童(わっぱ)」

「辛い時期? 昔の銀さん、どんな生活をしていたんですか?」

「なんだ、お前ら、知らんのか。まぁ、話したがらぬのも無理はない。俺らも直接、銀時から聞いたわけではないからな」

桂が無造作に銀時の頭に手を乗せようとしたが、その次の瞬間、銀時が「触るなっ!」とヒステリックに喚いた。構えていた木刀が閃いて、桂は横っ面を引っ叩かれた上に鳩尾にも鋭い突きを食らって吹っ飛ぶ。

「銀さんっ!」

「銀ちゃん、偽(ぎ)ティちゃんに乱暴しちゃ駄目アルヨ。偽(ぎ)ティちゃんの正体はカレーニンジャー・イエローで、カグーラ・ジャスアント(正体はカレーニンジャー激辛の狂戦士)の忠実な部下アル! カレーがこぼれてなくなっちゃったら、死んじゃうアルヨ!」

「え、神楽ちゃん。なに、その妙に詳細な中二設定。なに、そういう設定なの、神楽ちゃんの格好」

「ふむぅ、さすが鬼の子と呼ばれていただけあって、なかなかに効くな。確かにその幼さにして、人間離れした強さよ。しかし、この偽(ぎ)ティ……いや、桂小太郎を倒すにはまだ甘い」

そう呟きながら起き上がった桂の顔面は、額や唇からの出血と鼻血でドロドロだ。銀時がギョッとしながら「まだ生きてる?」と呟き、怯えて逃げようとしたところを、両手でがっしりと捕まえる。

「よいか、童(わっぱ)。お前はあと数年もしたら、地獄のような生活から抜け出せる。慈悲深い恩師との出会いによってな。そこで、桂小太郎という美少年と出会う。貴様はそいつと恋に落ちるのだ」

「かっ、桂さんっ! 銀さん怯えてますよ。今の銀さん、人見知り激しいんですから、せめて血を拭ってからにしてください……ってゆーか、どさくさに紛れて、何吹き込んでいるんですかっ!」

「今から暗示をかけておけば、本当に恋に落ちるかもしれぬではないか」

新八が「かえってそれって、逆効果じゃないですか?」とツッコもうとした瞬間に、桂の脳天に踵落としが決まった。

「あぁら、ごめん遊ばせ? メガネが無いから、誰かがいるのに気付かなかったわ」

猿飛はそういうと、幼い銀時を……捉まえているつもりで、吹き飛んで転がっている偽(ぎ)ティちゃんの頭部を抱えて、なにやら甘い言葉を囁きかけては「ああっ、何も答えてくれないなんて、こんなに幼いのにアタシを焦らして弄ぶ術を心得ているなんて、なんて人なの! そんなのって、そんなのって、萌えるじゃないのぉ!」と叫んでいる。

「ということは銀さん……父上とか母上とか、覚えてる?」

新八に尋ねられて、銀時は首を微かに横に振る。

「ヨシ、分かった。今日一日、アタシが銀ちゃんのマミーになるヨ。今だったら母乳が出る気がするアルヨ」

「いや、神楽ちゃん。さすがに母乳は要らないと思うよ」

「わっちも母乳は出ないが……子供になら、触れられても大丈夫だと思う」

そう言って、今にも服のボタンを外しそうな神楽を押しのけたのは、月詠だった。黒いドレスの襟を寛げると、白く柔らかそうな胸乳がむっちりとのぞいている。

「子供にはこういう、すしんきっぷというものが大切だと聞いた」

そう言うや膝まづいて強引に抱き寄せ、銀時の顔を己の胸の谷間に押し付ける。

「うぁっ……うぷっ……!」

「照れるでない、照れるでない。母の乳と思うて、わっちの胸に甘えるがいい」

暴れる小さな身体を力任せに押さえつけていた月詠の髷が、不意にガッと掴まれた。

「そんなふうに呼吸困難で溺れ死ぬような無駄乳の記憶なんて、余計なもの吹き込まないでくださらない?」

月詠の背後で夜叉の形相で仁王立ちしているのは、志村妙であった。

「こちとら、十八年生きてて、谷間なんて一度も出来たことないわよ、コノヤロー」

「えーと……だ、大丈夫でありんす。こう、左右に広げたらわっちの乳も、主と同じぐらい平たく……」

額を猛烈な握力でギリギリと締め付けられながらも、月詠は己の乳房を両手で掴んで広げ、銀時が「ぷはっ」と息継ぎをする。

「月詠さん、無理しなくていいですよ、姉上のレベルに付き合おうとしたら、おっぱい取れますよ! そこまで身体張って気を使わなくていいからぁっ!」

「うふふ。新ちゃん、あとで家族会議ね? 逃げたら承知せんぞコラ」

「大丈夫です! 谷間なんか無くても、お妙さんはスバラしい女性です! お妙さんがケツ毛ごと俺を愛してくださるように、俺もお妙さんの、ひらた……」

「平たい言うなぁああああああああああああああああ! つか、乙女のシンボルをテメェの汚らしいケツ毛と一緒にするなぁああああああああ!」

突然、お妙の背後から着ぐるみ姿の近藤が飛び出してきたため、お妙は急遽、攻撃対象を月詠から近藤へ切り替え、後ろ回し蹴りにした後、マウントポジションを取ってボコボコに殴り始めた。神楽もなんとなくそれに便乗して、近藤を殴る蹴るしている。

「おねーちゃんたち、こわい」

銀時が呟いて、新八の着物の袖をちょんと掴んだ。

「そ、そうだね……やっぱり、たまさんと一緒の方がいいのかな? たまさんのところ、戻ろうか。そろそろ落ち着いただろうし」





戻れば、芙蓉は子供に風船を配り終え、続いてパーク内のゴミ拾いなんぞをしていた。銀時はさっそく芙蓉のエプロンの裾を掴んでまつわりつく。

「おねーちゃん、おなかすいた。メガネ、おだんご」

ようやく懐いてくれたと思ったら、これだもの……新八は半ば脱力しながらも、律儀に「僕はおだんごじゃないですよ」と、ツッコみを入れる。

「そうですね、新八様はおだんごではありませんね」

「うん、メガネだよね」

「ちげーよ。なに? おだんごが食べたいの?」

それでも団子を売っているような店がないものかと視線をめぐらしてしまうあたり、新八も大概お人好しだ。フードパークエリアに行ってみると、テナントの店員もアニマル耳のメイド服や、執事姿で忙しく立ち働いていた。

「あ。新八君」

気まずそうな声に振り向くと、そこには半裸執事姿の山崎が、使用済みのグラスを乗せたお盆を手にしていた。どうやら、山崎も(下半身はエプロン一枚の、お尻丸出しフリティン姿で)まともに従業員の業務をさせられていたらしい。

「すみません。銀さんが、おだんごを食べたいっていうから」

「おだんご? だったら、あっちに団子屋があったよ」

山崎がエリアの隅のテナントを指差す。古びた看板とのぼりは、銀時のいきつけの店のそれであった。

「ああ、魂平糖……こんなところに店出してたんだ。あのおじーさんも、結構真面目に商売してるんだな。じゃ、行こうか、銀さん。山崎さん、ありがとうございます」

「ところでさ……そのお女中、誰かに似てるとか言われたことない?」

会釈一つ残して立ち去ろうとした背中にそう投げかけられ、新八がザァッと青ざめた。
そういえば、大家のお登勢の店を手伝ったりして普通に生活していたからすっかり忘れていたが、芙蓉は幕府のお尋ね者だったのだ。容疑は、自身を開発した博士の殺害とその後に続いた機械人形によるクーデーター未遂。それらは全て濡れ衣であり、真犯人は銀時らによって倒されたのだが、同時に、芙蓉の潔白を証明する機会も失われてしまった。

「え、いや、その、気のせいじゃないかな。たまさん美人だから、芸能人に似てるとか、かな? でもほら、顎をしゃくったら人相とか変わるし」

「え、いや、しゃくってないじゃん彼女。なんかねぇ、見覚えがある気がしてさぁ」

「えーとその、ホクロじゃないかな。その、目立つものね。ガンドムのララァ・フンとかも額にホクロあったし。だから、勘違いですよ」

「あ、そういえば彼女、そんなとこにホクロがあるんだね。額のホクロぐらいなら、うちんとこの隊士にもそういうの、いたけど」

ヤバイ、どんどん墓穴を掘っている気がする……新八がフォローの言葉に詰まって固まりかけたそのタイミングで「おーい、新人、サボるな」という声が飛んできた。

「へい、すみませんっ! じゃあ、新八君、あとでまた、ね」

あとでまた、なんだというのだろう。
だが、当面の危機はなんとか逃れることができた。新八が大きく息を吐く。

「後で、なんとかうまく誤魔化さないとね」

「ソだネ。たまが捕まっちゃったら、さびしくなるアル。卵割る時も不便になるヨ」

なんとかしなくてはと思いつつ、具体的に今どうすべきかは、神楽はもちろん新八にも見当がつかない。せいぜい「おだんご」などと言いながら袖を引く幼い銀時の促すままに、魂平糖のテナントに向かうことぐらいか。




「おだんご」

そう叫びながら、銀時が緋毛氈を敷いたベンチによじ登ると、丸髷に猫耳のカチューシャをつけた女給が「いらっしゃいませ」と声をかけた。

「あーら、めんごい子。おんや、新八君に神楽ちゃん」

だが、そこで新八らがドン引いたのは、その猫耳娘が団子屋『魂平糖』の岩盤もとい看板娘であったからだ。

「キャサリンもあのスイーツ(笑)女もキモかったけど、コイツの猫耳は犯罪アルな」

「神楽ちゃん、本人の目の前でコイツとか犯罪とか駄目だよ。あと、スイーツかっこ笑いかっこ閉じるオンナ、じゃなくて、エロメスちゃんね、エロメスちゃん。つか、エロメスちゃんは似合ってたじゃないか」

「てへっとか真顔で言って媚びる女は、キモいアル」

「それは全然、方向性違う話だと思うけど」

そこに、岩盤娘が「もうしわげね、ごんな格好で。でも、ここの従業員は皆、何かのコスプレをしなきゃいげねぇって決まりだっぺ」と、申し訳なさげにごつい身体をすくめるようにしながら、サービスの薄茶を差し出した。

「あ、そ、そうですか……でも、見慣れたら可愛いですよ、多分」

「そうけぇ? そうだといいんだげど。その、今日は銀さんは?」

分厚い肉が乗った鬼瓦のような頬に、見る見る朱が挿した。それは腐りかけた鮪の刺身のような、熟し切った桑の実のような、見るも無惨などどめ色であったが、それが彼女なりの乙女の恥じらいの表情であるらしい。

「あ、その、今日は僕らと、その、この子を預かっててね」

「この子、銀さんの親戚か何か?」

丸い盆を水牛のような胸に押し当てて、分厚い牛乳瓶の底のような眼鏡越しに、じっと銀時を見つめる。銀時は視線に気押されたのか、気まずそうに身をすくめて、芙蓉のエプロンに顔を埋めてしまった。

「えーと、親戚というか……親戚じゃないよね。『か、何か』の方です」

「わだす、銀さんの子供じゃないがって思っただよ。あのひど、モテるがら、もすかしだら、もう子供とかいるんじゃなかっぺかと思っでよ……あら、照れちゃって、めんごいねぇ」

「あの、累さんも銀さんのことが好きなんですか? でもそういえば、銀さん、累さんのとこの団子屋、前々からよく通ってますものね」

新八がなにげなく尋ねると、岩盤娘は「やんだ、わだすなんて、とでもとでもそんな」と肉厚の掌をぶんぶんと凶器のように振り回した。そこに「あら、そんなこと無いわよ、あなたも見ようによっては、とてもチャーミングで素敵よ? どっかのストーカーお猿さんと違って」という声が割り込む。ギョッとして振り向くと、そこにはお妙、猿飛、月詠のバキューム三人娘が立っていた。

「そうね。銀さんは、そこのゴリラ相手にはともかく、女性にはとても優しい人だから、貴女のことも素敵な牝豚と罵ってくれるに違いないわ」

「瑕ひとつ無い美しい身体ではないか。それにその腰回りは、安産型といって、わっちも羨ましいぐらいでありんす」

「そんな、わだすは」

狼狽える岩盤娘の手を、お妙が両手で包みながら「銀さんみたいなひとには、あなたのようなしっかりした女性が、とてもよくお似合いだと思うの」などと、熱っぽく囁く。岩盤娘はついにいたたまれなくなったのか、袖で顔を隠しながら、ドスドスと店の奥に引っ込んでしまった。

「ちょ、姉上? な、なんですか、本気でそんなこと言ってるんですか? 本気であの娘さんと銀さんのこと応援してるんですか? つか、なんであの人にだけ優しいの、ふたりとも!?」

「あら、もちろん冗談よ」

「本気な訳がないでしょ」

お妙と猿飛はサラリと言ってのけ「ねーえ?」と声をあわせる。
一方、月詠は目を丸くして「あれ、わっちは本気で言ってたんじゃが……よい娘ごではないか」と、呟いた。

「はぁ? 何言ってるのよ、またアンタは妙なとこで優等生ぶって」

「そういうつもりでは無いのだが」

「ハッキリ言いなさいよ、一度本音を言ってみなさいよ。そのドス黒い中身を曝け出してみなさいよ。アンタだって、応援するフリをして、優越感に浸ってみただけなんでしょ?」

「いや、そんなつもりはない。純粋にきれいな身体が羨ましいし、誠実そうで魅力的な女性だから応援してもいいと、心から思っている」

「だから、そんな偽善的な建て前を聞きたいんじゃないのよ、どこまでお高く止まってる気?」

なぜお妙や猿飛が自分に突っかかるのか、月詠は心底理解できないらしく「別にわっちは、お高く止まっているつもりはないんだが」と、呟くしかない。

「まぁ、アナタが銀さんにまったく興味がないというのなら、それでも良いのかも知れないけどね。それならそれで、ライバル脱落というだけだから、あとはこのゴリラ女を蹴落とすだけだし」

「確かにわっちも、銀時はいい男だとは思っているが」

「んだよ、実際んとこどっちだよ、この糞ビッチが!」

お妙がカッとして月詠の胸倉を掴む。月詠もさすがにムッとしたらしく、その手を振払った。

「どっちというか、どっちもじゃ。ただ、わっちは恋愛での勝ち負けにこだわる気はないし、銀時が幸せになるのなら、誰と結ばれてもいいと思っているでありんす」

「まぁ、なんて麗しい模範回答。でもね、恋愛はそんなキレイゴトじゃないのよ。自分がいかに勝ち抜いて奪い取るか、デッド・オア・アライブのサバイバルゲームなのよ。己の遺伝子レベルから定められた宿命なの。遺伝子が己の複製を、それもより優秀なものと結びついて残そうとするのは、生物が生物であるための存在意義なの。恋愛での勝ち負けにこだわる気はない? それは負け戦をフォローするための前言い訳でしかないわ。アンタだって銀さんがいい男だって思ってるってことはつまり、銀さんに抱かれたいと思ってるんでしょ? 罵ってもらったり、踏み付けられたりしながら、一緒にいたいと思ってるんでしょ? 要するにアンタは、その本能をオブラートに包んで、カッコつけてるだけよ」

「難しいことは分からんが、わっちは正直、恋愛なんかどうでもいい。わっちには、日輪様と日輪様の愛する街を護るという仕事がある」

「だったら、その仕事はどうしたのよ? あの晴太とかいう子供の護衛じゃなかった?」

指摘されて、月詠はハッと表情を強張らせた。そういわれてみれば、パークに着いてからはお妙や猿飛に振り回されて、晴太のことをすっかり忘れていた。

「あれ。そういえば晴太君、たまさんと一緒でしたよね?」

「晴太様はジェットコースターに乗りにいくと言って、園内で仲良くなった新しい友達と一緒に、出かけられました」

芙蓉が淡々と答えたのを聞いて、月詠が顔面蒼白になる。

「捜してくる」

そう言い残して月詠が駆け去り、お妙と猿飛がその背中に「やーい、やーい、負け組ぃ!」と大人気ない罵声を浴びせた。

「生物でないといけないのでしょうか? 私にはそのような本能がありません」

芙蓉がポツリと呟くが、その言葉を誰かが聞き咎める前に「あれ、ひとりいなぐなったのけぇ?」という岩盤娘の声が重なって、打ち消してしまった。

「せっかぐだがら、わだすのおごりで団子でもと思ったんだっぺ」

岩盤娘が、団子をこてこてに盛り付けた大皿を差し出す。

「あ、すみません、おごりって、こんなにたくさん」

新八は皿を受け取りながらひたすら恐縮するが、神楽と銀時は遠慮なく串に手を伸ばして頬張り始めた。

「さっき、わだすのごと褒めてぐれて、すごくうれしがったから。感謝の気持ちだっぺ。食べてくんろ」

お妙と猿飛が気まずそうに顔を見合わせる。
一呼吸おくと、二人まるで打ち合わせたように「いえいえ、本当にチャーミングよ、あなた」「とてもお似合いで羨ましいわ」と、花がほころぶような笑顔を浮かべてみせた。



ジェットコースターを降りて、次は何に乗ろうかと周囲を見回した時に、すれ違った団体客に違和感を覚えて、晴太はふと、立ち止まった。

「セータ、行こうぜ?」

「う……うん」

そういえば、攘夷志士って悪いヤツらが、この遊園地にいるかも知れないって言ってたんだっけ。アイツら、怪しいかも……そう思うと途端にぞくぞくと寒気を感じた。

「おいてくぜ?」

一緒に遊んでいた子供らが先に行ってしまうが、晴太は足がすくんで追い駆けることができなかった。
銀さんが、いつもの銀さんだったら良かったのに。せめて、ツッキー姐ちゃんか、あのペカチョーのお兄さん……視線を巡らせても、その怪しい団体客の他は、平和そうな親子連れやカップルばかりで、それらしい人影が見当たらない。

「おい、童(わっぱ)、俺らの顔に何かついてるか?」

晴太の視線に気付いたのか、ひとりが声をかけてきた。晴太は声が出せず、ただふるふると首を振るしかなかった。その男の腰には、廃刀令のこの御時世にも関わらず、黒鞘の大小が差してある。今日び、刀を持ち歩くなんてのは、幕府の役人か攘夷志士だ。こいつら、まさか。
恐怖がピークに達し、晴太はくるりと踵を返すと走り出した。半分腰が抜けてしまっているのか、膝がかくかくと笑って走りにくい。捕まったらあの刀で斬り殺されるという一念で、泳ぐように四肢を振り回した。

「これ、童、待て、どうした、童」

晴太が逃げ出したことに慌てたのか、男の声が追って来た。
パニック状態に陥って異様に狭まった晴太の視界に、黄色いものが飛び込んで来た。

「ペカチューのおにーちゃんっ!」

必死でそう叫びながら、土方に抱きつく。

「んあっ!? どうした、えーと……」

「晴太」

「あ、ああ、晴太の」

「あの、じょ、じょ……ジョーイシシ? なんか、俺、追い駆けられて」

「んだと?」

土方が箒の柄を握りしめた。
ペカチョーの格好では、刀や拳銃、警棒などの武器を一切、持ちようがないからだ。だからパーク内清掃をしていたのか、と晴太は妙に納得する。
槍術のように箒を構えた土方の後ろに逃げ込むが、腰にしがみつきたいところをグッと堪えたのは、ほぼ剥き出しの尻にペカペカした革のパンツがキモチワルイというのも一因だが、なによりも戦闘の邪魔になりたくないという健気な意識が働いたからだ。

「てめぇ、ら……?」

土方が唖然と呟いた。



【後書き】現在、某SNSにて不定期連載している小説です(1のみサイト収録に伴い加筆)。そろそろ風呂敷を畳みたいなと思っているところですが、さてどうなることやら。
遊園地を舞台にしていたら、現在WJ連載中のシリーズにて、桂が遊園地で着ぐるみのバイトをしていたとか。なにこのシンクロ率(爆)。
某SNS内先行公開:2009年07月28日
当サイト収録:同年08年05日
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