雀百まで踊り忘れず産屋の癖は八十までお母さんのカレーは死ぬまで大好き/3
玄関先を掃き清めていた志村妙は、出勤した筈の弟がすぐに戻って来たことに怪訝な表情を浮かべた。
「新ちゃん、今日はお仕事は? 皆さん揃ってどうしたの? あら、その子は?」
箒の手をとめ、顔を覗き込もうとすると、芙蓉の腰にしがみついて後ろに隠れようとする。
「あら? 銀さん? この子、銀さんの隠し子か何か?」
以前、江戸でも有名な大店・橋田屋の落とし胤を預かった際にも、銀時の隠し子ではないかと勘違いする騒動があった。お妙の脳裏にはその時のことが過ぎったのだろう。眉をひそめながらも、その顔をよく見ようと身を屈めると、銀時がますます身をすくめる。
「あら、さっそく嫌われたようね。そうなのよ、この子は実は、アタシと銀さんの間の愛の結晶……」と、猿飛が誇らしげに虚偽報告しようとするのを押し留めて、新八が「実は、銀さん本人なんですよ。色々事情がありまして」と、手早く説明した。
「まぁ、そうなの。銀さんなのね。だったらどうして、私から隠れるのかしら? 銀さんは私のことが嫌い?」
「いや、単に人見知りしてるみたいですよ。僕らのことも覚えてなくて、怯えられちゃってますし」
「まぁ、つまり私のことも忘れて怯えてるってこと? 私だけ覚えていて一方的に忘れられてるって、なんか胸クソ悪いわ。新ちゃん、私の記憶から、銀さんに関することだけ消してくれる?」
「姉上、僕なに? 超能力者?」
「おほほ、無様ね、お妙さん。そうやって競争からむざむざと脱落するといいわ。アタシなんて、銀さんに忘れられたぐらいで愛が冷めたりなんかしないわよ。むしろ燃えたわよ、興奮したわよ。まったくのまっさらの状態からの出会いを追体験できるなんて、最高じゃないの」
「そうね、猿飛さん。どうやらアナタも人見知りされてるようだけど?」
「これはプレイよ、アタシを焦らして喜ばせる、銀さん一流のプレイよ。こんなに幼いというのに、アタシを喜ばせる術に長けているなんて、なんて愛しい……って、それにしてもあの女だけが銀さんにべたべたくっつかれているってのも癪に障るわね。なに? 銀さんはメイドがいいの? メイド萌えなの? くの一の方がいいじゃない。眼鏡っ娘くの一の方が萌えるじゃないの」
「何がメイドよ、くの一よ。時代はキャバよ、キャバ嬢の方がいいに決まってるじゃないの」
お妙と猿飛が揃って、凄まじい形相で芙蓉を睨む。新八が見かけて「だってほら、たまさんは本来、子守りが本職だから」とフォローを入れた。子守りと聞いて、お妙と猿飛がハンと鼻を鳴らす。
「子守りね。ふぅん、子守り、なるほど子守りなの。つまりハナから土俵には上がっていないということね?」
「土俵? 私は相撲はいたしません」
「要するに、あなたが銀さんの恋人じゃないってことよ」
「恋人? それは何ですか? 私と銀時様は、友達です」
「そーお、友達なの。ただの『友達』なのね。おカワイソウに。恋人っていうのはね、デートしたり、手をつないだり、お子様の前では言えないようなあーんなプレイやこーんなプレイをしたりする、友達よりも熱々でラブラブでウフフーアハハーな関係ということよ」
猿飛の説明に、芙蓉が首を傾げた。機械人形であるために無表情でもおかしくないのだが、その顔容がなぜか、心なしか強張ったように見えた。
「訂正します。私と銀時様は『かけがえのない友達』です。そして、あなた方は銀時様に付きまとっている『単なる』ストーカーと、銀時様のお友達・新八様の『単なる』保護者ですね」
「ちょっ、たまさんっ!? なに、その距離感ビシバシの表現! というか、性格変わっちゃってるよ? 性格、原作とズレちゃってるよ、その、大丈夫、色々!?」
「二次創作ですから、問題ありません」
「居直ったよ! このひと! この後に及んで居直っちゃったよ!」
新八のメタなツッコミにもめげず、芙蓉は猿飛らとにらみ合いになる。あまりの険悪な空気に月詠が割り込んでフォローしようとするが、猿飛とお妙の迫力に負けたのか「その、だったら、銀時と夫婦を装ったり、おっぱいを揉まれたりしたことのあるわっちは、銀時の『単なる』おっぱいということでいいから、ふたりとも落ち着きなんし」などと口走って、火に油を注いでいる。
「副長、万事屋の旦那って、こうしてみると、結構モテてたんですねぇ」
それを唖然と眺めていた山崎が、溜息混じりにそう呟いた。
「万事屋の方じゃ、満更でもねぇ訳でもなさそうだがな。見ろや、あんなにビビリあがっちまって」
土方は、面白くなさそうにそう決め付けながら、煙草をくわえて火をつけた。
「お妙さんを怖がるなんて、失敬だな。お妙さんは美しくて優しくて菩薩のような女性だぞ? だが、子供にはお妙さんの魅力はまだ理解できまいな。ましてや万事屋なんかに渡してたまるか!」
「わあっ! バカがいるよ! なんで局長がここにいるのぉ!? このひと、バカなの? 死ぬの?」
背後から湧いてきた巨躯に驚いた山崎がぎゃーぎゃーと喚くが、土方はその出現を予測していたのか、近藤に背を向けたまま、半ばヤケクソ気味に悠然と煙を吐き「組は、総悟に任せてきたのか」と尋ねる。
「いんや、永倉君と原田君だ」
「賢明だな」
これで沖田なんぞに指揮権を預けてきていようものなら、何をやらかすか分かったもんじゃない。いや、分かっているからこわいのか。
「おい、姐さん。それはそうと俺ら、そのガキ連れてシナティパークに行くんだが、来るか?」
女どもがいつまでも揉めていて埒があかないのに焦れて、土方が面倒くさそうな口調で、お妙に声をかける。
お妙がみるみる頬を染めて「いやだわ、いくら銀さんが小さくなったからって、代わりに、土方さんにそんなお誘いを受けるなんて。そこのゴリラは要らないけど」などと身をくねらせる。
「オイ、ちげーぞ。なんかハナシややこしくしてねーか? 頼むから巻き込むな。勘弁しろ」
「いいえ、巻き込まれて。むしろお妙さんはアナタが持ち帰って。お妙さんは勝負から脱落すればいいのよ。アナタは上司と嫁さんとWゴリラに囲まれて、末永くバナナを主食にするといいのよ」
猿飛が嬉々としていうのを、土方は柳眉をひそめて「いや、バナナが主食なんて無理だ。つか、納豆が主食みてーな、おめーに言われたくねぇぞ、メガネザル」と切り返す。
「そうだ! お妙さんは俺と結ばれる運命なんだ! お妙さんと共に暮らすのなら、ドリアンだって主食にしてみせる!」
「誰がゴリラなんかと末永く暮らすかァ! そんな運命あってたまるか! このゴリラ! ドリアンゴリラが!」
お妙が近藤の存在に気付いて暴れだし、土方はこれでまた現場到着が遅れる……と頭を抱える。
山崎がその肩をポンポンと叩いて「俺の携帯に、原田さんから、もうシナティパークについたって連絡ありましたよ。原田さんのこったから、先に警備始めてるでしょうから、心配することありませんよ。缶コーヒーでも飲みません?」と、慰めた。
シナティパークの裏口から、園内に入る。従業員用の食堂では、痩せぎすの中年男性が原田と話をしていた。原田が一行を見つけて、片手を軽くあげる。
「すまねぇ、原田さん。待たせたな」
「大丈夫だ。既に一般隊士には、客と警備員や従業員にそれぞれ扮して、捜査にかかってもらってる」
「万事屋を連れてくる予定が、色々番狂わせがあってよ……で、アンタが責任者か? こちらが局長の近藤、俺は副長の土方という」
「当パーク園長の素波と申します。お役目ご苦労様です。我々でご協力できることがあれば、なんなりとお申し付けください」
素波園長が会釈をする。
ではさっそく……と、土方が口を開こうとした瞬間に、背後から「こいつ、悪いヤツ?」という声がかぶさった。
「ぎ、銀さん、ダメですよ。この人は悪い人じゃなくて、偉い人ですよ」
「悪いヤツじゃないの?」
土方はうんざりした表情で「ガキは黙ってろ」と吐き捨てるや、振り向けざま銀時の脳天に拳骨を落とした。手加減一切無しだったのか、銀時は殴られた頭を抱えて「うーっ」と獣のように唸ったきり、声もでないようだ。
「おいおい、トシ、乱暴はよせ。いくら元が万事屋とはいえ、一応子供じゃねぇか」
近藤が嗜めても、土方は「どうせ、言って聞くようなタマじゃねぇだろ」とシレッとしている。
一方、当の園長は「私は人相が悪いもので、どうしても子供受けが悪いんです。だから、こうして着ぐるみのテーマパークを作ったのですが」と苦笑いを浮かべた。
「副長が、どうして沖田隊長に好かれなかったのか、よぉく分かった気がします」
山崎がボソリと呟き、原田が「だろ?」と相槌を打つ。
「それで、お手伝いというのは」
素波に促されて、土方は「ああ」と呟いた。
「俺らも潜入捜査にかかるが、俺や局長は、相手に面が割れている可能性もある。着ぐるみか何かを何着か貸して頂きたい」
要望に応え、素波が更衣室から持ってきた『衣装』を見て、土方は絶句した。
「オイ、これしかねぇのか」
「はい。他のは、スタッフが既に着ておりますから、これしか予備がありません」
予備というよりは、スタッフもドン引きして避けているに違いないことは、なんとなく予想がついた。
「大体、これ、ケツ丸出しじゃねーか。着ぐるみじゃねーぞ。くるんでねーじゃんか、これっぽっちも」
そうボヤキながら摘み上げたのは、黄色い三角形だ。それに、黄色いギザギザの帯状の物体が縫い付けられている。
「足はすっぽりとサポートしていますよ、膝まで。腕もね」
「いや、その中心がオカシイだろ。膝から腕までの胴体がガラ空きだろ」
「ですから、そのサポーターがあるのです」
「サポートしてねーよ、これ、全然」
いつまでもぐずぐずしている土方を、黒ネズミの耳付きカチューシャをつけた沖田がニヤニヤしながら「早く着替えなせぇ、土方さん。俺ァとっくに済んじまいやしたぜ。アンタ、そのパンツ一枚に、どんだけ時間かけてやがんでイ」なとど冷やかす。
「いや、その……これ、パンツっつーかよ」
指先をひっかけて引っ張ると、びよんびよんという弾力を伴って反発してくる。ゴム製なのだ。
「パンツじゃねぇですかイ」
「履けってーのか」
「衣装なんでやんしょ」
「こんなモン履けるか」
「どうせ似たようなパンツ履いてるじゃねぇですか。それとも、そのブリーフのまま園内練り歩きますかイ? もういっそブリーフでいく? もうブリーフでいっちゃいなせぇ。もっさりしちゃいなせぇ。ほれ、いってみろよ土方コノヤロー、もっさりって」
「うるせぇな! テメェ、ブリーフ馬鹿にすんな!」
「だったらブリーフで」
「よくねえ! そんな格好で歩いてたら警察に捕まるじゃねぇか! つーか俺が警察なのによ」
「イヤならそのツラ晒して歩きなせイ」
ペカチューとかいう、黄色い『電機ネズミ』の着ぐるみだというハナシなのだが、着ぐるみっぽいのは頭部とブ−ツ部分だけで、胴体はほぼ裸、腰回りはこのハイレグビキニ一枚なのだ。
「トシひとりで恥ずかしいなら、俺も何か着るぞ? これなんかお揃いっぽくてどうだ」
近藤はそう言うや、頭にアンテナの立った鹿の着ぐるみをとりあげる。黄色いスクール水着姿に、お尻にはキュートな尻尾がついている。
「そんなものを着なくても、近藤さんはとっくに着てまさぁ、ゴリラの」
「あれ、総悟クン、それ何? いじめ?」
銀時にはマサカリ(の代わりに木刀)担いだ金太郎の腹掛け、新八と晴太はつぶらな瞳の緑色の犬っころ、坊主頭の巨漢が目立つ原田は『奴隷モン』だ。露出度は土方と同じようなもので、こちらは『四次元ジッパー』付きの青いハイレグビキニである。
「ペカチューでも奴隷モンでも、パンツ履けるだけマシじゃないですか」
うらめしげにつぶやいた山崎のコスチュームは、ほぼ全裸に蝶ネクタイに手首のカフス、腰にエプロンを巻いた『半裸執事』だ。実際のところは「どっちもどっち」ではあるのだが、隣の芝生はエロいもとい、隣の芝生は青いというところだろう。
しぶしぶ着替えて従業員食堂に戻ると、女性陣はとうに着替えを終えていた。神楽はRPGのような勇者のスタイル、その他はロバや熊、猫、ウサギなどのアニマル耳付きカチューシャとミニ丈ドレス姿だ。
「俺や近藤さん、原田さんは清掃スタッフを装って、バケツと箒を持って園内をくまなく練り歩いているから、不審人物を見かけたら連絡しろ。ザキはフードパークエリアだな。あと、俺らの格好笑った隊士は、全員切腹な。それだけ通知しとけ」
「土方さん、笑いやせんから、そのケツ写メ撮って、ブログで全公開していいですかイ?」
「死にてぇのかコラ! ともかく、閉園半刻前には一度、ここに戻ってこい。捜査の進展具合で、捜査を続行するか中止するか決める」
こうして、愉快な格好に扮した一行は、ひとまず園内へと繰り出したのであった。
「でも、捜査協力って、どうしたらいいんでしょうかね」
新八は銀時と神楽、晴太の『年少組』を引き連れて、途方に暮れていた。
「適当に遊んでたらいいアル。姐御もストーカーもツッキーも、バキュームユニットでどっか行ったアル」
「あの三人、険悪だったからなぁ。ユニットならいいけど、下手したら決闘でもしてるのかも。それはそれで、何かの間違ったアトラクションの代わりになりそうだから、別にいいけど」
それに遊ぶといっても、固い表情の銀時は今にもぐずり始めそうで、先行きが思いやられる。どうしたものかと新八が悩んでいたところに、大量の風船の紐を片手に掴んだ芙蓉が追い付いて来た。
「お掃除をしようと思ったのですが、箒が足りないと言われました。これだけの広さですからお掃除のし甲斐があったでしょうに、残念です。代わりにお仕事がないか園長様に尋ねて『良い子に風船を配るように』と言い付かりました」
「え。本気で従業員の仕事をする気だったんですか、たまさん」
新八は呆れたが、人間の役に立つことが存在意義であり使命である機械人形にしてみれば、当然の発想だったらしい。再びまつわりついてきた銀時に笑いかけてやりながらも、新八に「はい」と答えてみせた。しかし、その大量の風船が目立ったのだろうか、芙蓉は瞬く間に入園客の子供らに囲まれた。
「その風船なに?」
「良い子にお配りするものです」
「オネェちゃん、ふうせんおくれ」
「僕もちょうだい」
「あたいも」
あまりの人数に芙蓉ひとりでは手が回らなくなり、晴太が見かねて「ほら、ネェちゃんが困ってるだろイ、並べ、並べ」と手伝い始める。しかも、風船を貰った子もなかなか、その場を離れようとしない。
「新しいお友達ですね。かしこまりました。では、何をいたしましょうか」
芙蓉はそういうと、残りの風船を晴太に預けて、近くにいた子供を数人まとめて軽々と肩に担ぎ上げた。わぁっという歓声があがり「私も」「僕も」と、さらに蟻の子のように群がってくる。
「ち。おいらはオトナだから、我慢してやるよ。でも後で、おいらも肩車な」
「はい、晴太様」
だが、銀時はその輪から弾き出されたように、ぽつんと立っていた。どうやら、皆で遊ぶ、ということに不慣れであるらしい。
「銀さん、僕らもいますよ。せっかく来たんですから、いろんな乗り物、乗ってみましょうよ」
「そうアル。ちっこい銀ちゃん、たまが独り占めズルイヨ。アタシたち、銀ちゃんの仲間ネ」
「なかま?」
「そうですよ。皆、銀さんの仲間なんです」
銀時は遠くの芙蓉と、新八らを見比べて少しく考え込んでいたが、やがて「わかった。なかまと、メガネと、いく」と、答えた。
「あの、銀さん? 僕、除外ですか? メガネは、仲間とは別のカテゴリーなんですか? てゆーか、僕はメガネだけなんですか? 小さい頃からアンタ、僕をそーいう目で見てるんですか? まぁ、別にいいですけどね」
新八がぶつくさ言いながらも、銀時の手を握ってやる。
その掌の皮が、子供とは思えないぐらい固く、節くれだっていることに、ギョッとした。新八も小さい頃から竹刀を持たされ、姉に扱かれて、分厚い剣だこができたものだが、ここまでひどくは無かった。
こんな年齢で、どんな生活をしていたのだろう? まだ人見知りしているのか、嫌がって振りほどこうとするのをさせまいと、新八は指先に軽く力を込めた。
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