雀百まで踊り忘れず産屋の癖は八十までお母さんのカレーは死ぬまで大好き/1
飢えたような激しいがっつき方に少々訝ったのは確かだが、それよりも事が済んで身体を離すや、背を丸めて嘔吐し始めたのには驚いた。
「嫌だったかの? 嫌なら無理することはなかったき、もうせんよ。ほれ、口すすぎや」
そう声をかけながら、背をさすってやる。
半ば戯れの交わりだった。血を見るとサカるとはいうが、確かに生きた心地もしなかったその日の激戦で昂ったものを、どこかで発散させたかった。だが、近くに遊里は無かったし、ただでさえ天人に里を荒らされて心に傷を負っているであろう村娘に手を出すのは気が引けた。ただ、それだけの話だ。
「せ、んせい……」
そう聞こえた気がした。
先生? 桂小太郎や高杉晋助と同じ学び舎だったと聞くが、その師のことだろうか?
壤夷論者で天人に殺されたと聞いている。その仇を取るというのが、桂や高杉がこの戦さに加わった理由だということも。
しかし、この状況で呼ぶような相手だろうか?
「しっかりしい。ワシが悪かったき、もうせんから、しっかりしい」
抱きかかえて囁きかけると、白い両腕が坂本の首に巻き付いてきた。
「せんせい」
焦点の合わない朱い瞳は、坂本を映してはいなかった。そのまま、強引に唇に吸い付いてくる。
なんかよく分からんが、このまま据え膳で2ラウンドにいって良いのか?
抱き寄せて汚れていない草の上に身体を横たえてやり、覆いかぶさる姿勢になったが、坂本が見下ろした時には既に、白夜叉は寝息をたてていた。
「アッハッハー! こりゃ参ったぜよ」
坂本が天を仰ぐ。月はまだ厚い雲に覆われていたが、先ほどまで静まり返っていた虫は、再びすだき始めていた。
目を覚ました白夜叉……銀時は、何も覚えていないという。
ただ、自分が何かやらかしたことだけは、腰のだるさや尻の痛みで察することができたようだ。
「そっちの趣味は無いつもりなんだがなぁ。俺、酔っ払ってた?」
「さぁ? 飲んではおらんかったが、疲れてたようじゃったな。なんというか、こう、ヒトが違うような」
「ヒトが違う、ねぇ。俺、何か言ってた?」
坂本が明らかに迷うそぶりをみせた。
(言うべきか、言わざるべきか)
銀時はそれに気付いて眉をひそめたが、あえて「何も言ってなかったな?」と念を押した。それはまるで「何も無かった事にしろ」と言い聞かせているかのようだ。
「そういやぁ、おんしら寺子屋を焼き出されたのは、いくつの頃じゃ? 確かまだ、ちんまい頃じゃったと思うが」
代わりに坂本が口走ったのは、そんなことだった。銀時はその質問の意図を計りかね、探るような口調で「まあ、ガキン頃と言えばガキン頃だな。それがどうした?」と、尋ね返すが、坂本は「どうもせんよ」とはぐらかしてしまった。
根城にしていた廃寺に戻ると、坂本の古い同志である中岡端太郎が眉をひそめた。
「昨夜は誰と一緒にいたのかと思えば、白夜叉ですか」
「ええじゃろ。アイツ、ああ見えて、なかなかカワイイところもあるきに」
けろりと言って、脱いだ鉄兜を中岡に預ける。
「単に催したんだったら、ワシがいつでもケツ貸しますのに」
「いや、おんしのケツじゃ、ちと無理じゃ」
長身の坂本とは対照的な、ちんちくりんの体型にちょんまげ頭に味付け海苔のような太い眉を貼り付けている中岡は、お世辞にも『陰間』が似合うとは言い難い。
「あの白夜叉も大概ですよ。元々、鬼の子だと言われてたそうですし」
「ふーん?」
確かに銀時は、その凄まじい働きぶりに、どこか皆に恐れられているフシがあることは確かだが。
腐って抜けそうな床板に坂本が腰を下ろすと、中岡はまだ、受け取った兜を抱えた格好で突ッ立っていた。
「悪いヤツじゃなか」
「昔は、人を食らって生きていたそうですよ」
「『人を食った』ようなヤツと言えば、ワシもそうじゃろうな。お互い様じゃき。アッハッハー」
「笑い事じゃありません」
隣に座って、耳元に口を寄せてくる。坂本は「キモッ」と呟くと、思わず座った姿勢のまま尻で這うようにして、中岡を避けようとした。中岡はそれには頓着せず、坂本の着物を掴むと「いいですか、あの男は……」と、囁きかけてくる。その中傷の内容は殆ど、坂本の耳には入らなかった。代わりに、あの白夜叉はこういう世間の視線に晒されて生きて来たのか、とぼんやりと考える。
裕福な両親の許で何不自由無く暮らし、道楽のようにして攘夷戦争に参加した自分とは、あまりにも懸け離れた環境だ。
「はーちゃん、今夜の飯は、あの白夜叉も誘ってやろうぜよ。ああ、馬を射んと欲すればナントカだから、あれの友達のホレ、なんちゅうたかな、ヅラとチンコとやらも呼んでやれ」
「ハァ!? さかもっさん、アンタ、今のワシの話聞いてました!?」
中岡が呆れて大声をあげるが、坂本がこうと言い出したら聞く耳を持っていないのは、長い付き合いで骨身に沁みていた。
それから、長い年月が過ぎた。
攘夷戦争は遠い過去のものとなり、天人は結局、地球に居着いて幕府権力と癒着して久しく、逆にその超科学の恩恵で暮らしの在り方は大きく変わってしまった。
「それでも、古い友達っちゅうのは変わらないもんじゃな」
坂本はのんびりそう言うと、面舵のハンドルにもたれた。どうせ地球港のゲートまでは自動走行モードになっている。
「またあの男んところに行くのか。それとも、あの水商売の女か?」
副官の陸奥が、露骨にイヤな声を出した。このクソアマ、外見は小柄で華奢な美人だが、性格がねじれている上に中岡と同じぐらい、いやそれ以上に口喧しい。
「きんときのところじゃ。いつまでも変わらないっちゅうのも、つらいことがあろうかと思っての」
坂本が、己の懐に忍ばせた小瓶をぽんぽんと叩く。ふん、と陸奥が鼻を鳴らした。
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