片見月/下


万事屋一行が出て行くと入れ替わるように、真選組副長・土方十四郎が顔を出した。

「んだよ、デキちゃったのなんのと、気ィ悪いこと大声で」

「デキたって土方さん、また隠し子ですかイ。アンタ、いい死に方しやせんゼ」

「ちげーだろ、そっちのハナシだろがよ。なんで俺の話に限定してんだよ!」

いつもならここで腰の太刀の鞘を払うところだが、血の気が多い土方が辛うじてそれを押しとどめたのは、足下に幼い子供が居たからだ。

「だって、どう見てもそのガキ、アンタの隠し子でやんしょ、ウリ二つさァ」

「だから他人の空似だっつーのに、しつけーなぁ」

「パパしゃん」

「ほら、本人もそう言ってるし」

「だーかーらーっ! あーもう……わーった、わーったから、マヨパフェ食わせてやっから、食ったら帰れ」

思わずカッとするが、いくら鬼の副長とはいえ、懐いて足にしがみついてくる幼女を無碍に蹴り飛ばすことは、さすがにできないらしい。
はぁ、とため息をついて「んで? 万事屋にも娘が居たってぇのか」と、話題をそらそうとする。

「わーったんすか、土方さん。つか『も』ってこたぁ、娘だと認めたんすね」

「うるせーよ、しつけーよ、ちげーって何回言わせんだコラ、話を戻すな。質問に答えろや」

「これ、旦那の娘の迷子届け。どうしやすかね? そのチビスケ要らねぇんでしたら、代わりに旦那にくれてやってきやすか?」

「代わりにって何だ、要るとか要らねぇとかそーいうモンじゃねぇ。大体、家の人が迎えに来てるんだろがよ。ともかく万事屋はイケ好かねぇが、ガキに罪はねぇから、そっちも探してやらねぇといけねぇだろがよ。んで? なんてぇ名前だ?」

黒いエプロンドレス姿の幼女をまつわりつかせたまま、土方は沖田が差し出した藁半紙を覗き込んだ。

「オイ総悟、なんだこれ、本名か?」

そこには、ミミズがのたくっているような脱力した沖田の筆跡で『坂田せれぶ』と書いてあった。






「あれから、あの子、どうなったんでしょうね」

万事屋の応接間に掃除機をかけながら、思い出したように新八がぽつりと呟いた。
気にはなるが、わざわざ問い合わせるのもけったくそ悪いと銀時が言うので、それっきりになっていた。

「大丈夫ネ、新八。親は無くとも子は育つアルヨ。江戸の街でお茶漬けサラサラ、ワイルドに生きてるに違いないネ」

「いや、お茶漬けに釣られてワイルドに生きてたのはむしろ、神楽ちゃんだから。ていうか、あの子まだ幼児だから、そんな生活無理だから」

「ぱっつぁん、お前も若い子がそんなに気になるカ、やっぱり男は女は畳と一緒で新しい方がイイと思っているケダモノアルカ。マミィが昔、言ってた通りアル」

「オメェのかーちゃんもあのハゲ相手に苦労したんだな。だから、おめぇだってまだまだガキだろうがよ、って。裏も表も分からねぇような胴体しやがって」

ソファの上に寝転がって漫画週刊誌を捲りながら、面倒臭そうに銀時がボヤく。
その時、玄関の呼び鈴が鳴った。

「銀時様、お客さまです」

どうやら、芙蓉が客人を案内してきたらしい。銀時は億劫そうに、新八に向かって顎で玄関を指し示した。

「銀さん、それ、すっげぇヤな感じですからね。おかーさんとかの前でやったら、行儀悪いって叱られるタイプの仕種ですからね」

「だってよ、これ今イイところなんだもん。もう、銀さん手に汗握る展開だよ。三十路・童貞・ニートの主人公が魔法を身につけるかどうかという瀬戸際で、パツキンおぱーいなナオンキャラ登場だぜ?」

「どんな漫画だよ! つかどんだけ魔法使いになりたいんだ、アンタは!」

「俺個人的には、魔法はもういいや。スタンドさえ使えれば、あとは贅沢いわねぇよ」

「使えるかぁ!」

一通り律儀にツッコみを入れてから、新八が玄関に向かう。
からりと引き戸を開けると、客人を案内してきたらしい芙蓉と、真選組隊士の山崎退が立っていた。

「やぁ、新八君。こないだの迷子の件、俺が調べてたんだけどね」

「はぁ、山崎さんが、ですか?」

見た目はぽやんとしたあんちゃんで、日頃は土方のパシリのように扱われているが、これでも一応は、副長助勤監察方筆頭の筈。それが自ら調査をするとは。

「まぁね。えーっと、確か、坂田せれぶちゃん……って子なんだよね? 銀髪で天然パーマの女の子って」

「ええっ!?」

「いや、沖田さんからの情報によれば、旦那の隠し子だから、多分そういう格好なんだろうって」

「えっ、銀さんの隠し子ぉ!? あれやっぱり、銀さんの隠し子だったんですか? でも、銀髪で天然パーマって!?」

「アレ、違うンすか? 俺そういうふうに聞いてて、この人相書きあちこちで配っちまいましたけど」

見れば、これまた沖田の筆によるものらしい、いかに銀時似の子供の似顔絵に『坂田せれぶ、見かけた方はご一報ください』という文字が添えてある。

「ちょ、ホントにこれ、配って歩いてたんすか?」

「これを見たって人から、何件か情報あったんですけど、ほとんど橋田勘七郎って子についてでね。それで、もう少し詳しい話を聞こうと思って」

「いや、その、違うから。こーいう子じゃなかったから……っていうか、これ配られたら、銀さんに隠し子が居るって噂、広まっちゃってるよね、絶対」

「カクシゴ? カクシゴとは何ですか? 私のデータにはありません。このチラシの情報から推察すると、銀時様の複製なのですか?」

「まぁ、大体そんな感じですかね。愛の結晶ですよ」

「アイノケッショウ? 銀時様がクラスター結合するのですか? 私は銀時様と核融合していませんし、そのような複製を化合してもいません。銀時様が、私以外の専用機をお持ちになったということですか?」

芙蓉は機械人形故に表情を一切変えることはないが、その瑠璃の瞳の奥では、電脳中枢がピピピピと不穏な音を立てている。
山崎はそれに気付かず「専用機というか、専用のおぱいというか? いやぁ、旦那も隅に置けないっすねぇ。猿飛さんだけでなく、こんなキレイな彼女まで居て、さらに隠し子とは」などと、軽口を叩いた。

「ぎっ……銀さん、逃げて! 超逃げて!」

新八が叫ぶのと、芙蓉が手にしたモップが火を吹くのは、ほぼ同時であった。






「おじちゃん、こっちでしゅ」

「え? 廃虚みたいじゃないか。こんなところに、本当に人が住んでいるのかい?」

そんな会話が聞こえてきて、ぎしぎしと危なげな足音を立てながら、誰かが歩いてくる気配があった。

「まちがいありまちぇん」

その万事屋銀ちゃんの事務所は、居住部分を含めた二階部分がほぼ吹っ飛んでおり、万事屋三人と山崎、そして定春までもが付き合いよく頭をドリフ爆発ヘア状態にして、ほぼ消し炭になっている客間跡に呆然と座り込んでいた。

「済みません、ここが万事屋銀ちゃんとかいう、拝み屋さんですか?」

律儀に玄関跡に立ち止まって声をかけてくるあたり、男は相当に育ちが良いのだろう。

「あ? はぁ、万事屋銀ちゃんはウチだけど拝み屋じゃねぇ……ってチビスケ! オメェ無事だったのか!」

「チビスケじゃありまちぇん、ひなたでしゅ」

そこに居たのはあの幼女であった。今日は和装だが、身の丈に合わせて誂えている衣は上絹だ。帯留めも安モノのプラスチックではなく鼈甲製で、髪飾りには本物の蜻蛉玉をあしらっている。

「先日は、姪がお世話になりました。なにせ子供の言葉ですから、ここにお邪魔したということを知るのが遅れまして。これ、つまらないものですが」

男が差し出した菓子折りを銀時が受け取る。菓子だけなのか、それとも箱の底に悪代官よろしく『山吹色』が隠れているのか。万年金欠の身としては気になって仕方ないところであるが、そこをぐっと堪え敢えて検分しないのが武士の魂、すなわち、鷹は飢えても穂を摘まず、武士は食わねど高楊枝というヤツだ。

「いやぁ、礼を貰うような、てぇしたことはしてやれなかったがな。嬢ちゃん、かーちゃんには会えたのけぇ?」

「いえ、実はこの子の母親は亡くなりまして、私が引き取っていたのですが、母親の墓参りに上京した折りに、ふらっと居なくなりまして。幸い、真選組の方が拾ってくれたようですが」

「はぁ!?」

「ちがいましゅ、おかーしゃん、まいごになっただけだもん。もどってくるもん。にょろいやしゃんが、まほうでみつけてくれるもん」

銀時は、ひなた嬢とその伯父とを見比べて、どんな顔をしていいのか途方に暮れる。やがて「ま、あの税金泥棒共もいっぱしに仕事したってことだな」と呟くと、しゃがみ込んで幼女と視線の高さを揃えてやった。

「おい、嬢ちゃんよ、無事に伯父さんとこ帰れて良かったな。魔法は、もーちっと待ってくれな。おいちゃん、魔法の修行頑張るからよ」

「あい」

にぱっと笑った顔がいかにも愛らしく「まほうがんばってくだしゃい」などと言いながら、抱きついて頬に唇を押し付けるオシャマな仕種に、銀時は年甲斐もなくどぎまぎしてしまったほどだ。

「ばいばーい」

銀時以外の見慣れないアフロには、さすがのひなた嬢も人見知りしたのか、遠くからこわごわ手を振っただけだった。そして、二人の姿が見えなくなってしばらくしても、銀時はそのままの姿勢だった。




「銀さん? どうしました?」

「旦那?」

「銀ちゃんどうしたアルか? ロリコンに目覚めたアルか? キモいアル。当分話しかけないで欲しいアル」

「ワン」

黒、茶、白と色とりどりのアフロヘアが、各々心配そうに銀色のアフロを取り囲む。

「俺、本気で魔法、頑張ってみっかな」

「いや、魔法って、旦那はもう無理でしょ。だって旦那、一応これニートじゃなくて自営業だし、さすがにこの年齢で純潔じゃないでしょ」

「ええっ、銀ちゃんもう穢れてたアルか!? 銀ちゃんミラクルヒーローになれないアルカ!? このインランが、どこのインバイに股開いたアルカ! オトナってフケツよ、インモラルよ!」

「ああん、そうよ、もっと口汚く罵ってぇ! そうよ、アタシは醜い淫乱な雌豚よぉ!」

「いや、今の神楽ちゃんの台詞は、さっちゃんさんに言ったんじゃないから。ていうか、居たんですか、いつ湧いて来たんですか、さっちゃんさん」

「まぁ……でもよ、満月だからよ」

銀時がぼそりとそう言うと、菓子折りを広げた。
箱の中には、幼女のもち肌を思わせる程ふっくらと白い月見団子が並んでいる。

「満月のお月さん見たら、魔力がつくっていうハナシもあるんだろ? 肛門に月光浴びせたら、痔ィ治るっていうし。ちょうど屋根がねぇから、今宵は月が良く見えらぁ」

そういえば、今日は十三夜ですね、と新八が呟くともなく呟く。十三夜の月見なんて、そんな旧弊は天人開化の今の世ではすっかり廃れてしまっているけれども。

「月見て魔力がつくのは、狼男アル。やっぱり男は皆、狼アルな」

「ちげーよ、男は何歳になっても少年なんだよ、ピュアピュアの魂で背中に羽が生えてるなんというか、その、魔法使いなんだよ」

「あれ、旦那、魔法使えるってことは、その年齢まで純潔だったんすか?」

「だから話を戻すんじゃねぇよ、ジミー!」

ギャアギャア喚いていると「おやまぁ、いくらかぐや姫偲んでお月見だからって、ここまで張り切って改装するこたぁねぇだろ」とボヤきながら、お登勢がふらりと二階に上がってきた。

「かぐや姫、ね。そうだな。あのチビスケが麗しく花ァ開く頃は、俺ァ一体、いくつになっているんだか。それまで、バーサンの枯れススキで我慢しておくか」

「てめっ、誰が枯れススキかぁ! これでも昔は小江戸小町で鳴らしたもんだよ、ナメンなガキが!」

「銀ちゃん、アタシは無視か、アタシだってなぁ、あと三年もしたらすっげぇコトになるって言われたことアルのに、対象外かよコノヤロー! 三年なんかすぐだからな、ベンが来るアルからな、ベンが!」

「ああん、目の前にいつでもスタンバイオッケーの肉便所がいるっていうのに、そうやってわざと焦らして反応見て楽しんでいるんでしょぉ! いいじゃない、乗ってあげるわ、乗ってあげようじゃないのぉ!」




女性陣の苦情を右から左に聞き流しながら(そして、ロリフラグ発言にドン引いている、地味ーずの冷たい視線も跳ね返して)、銀時はおもむろに団子をひとつ摘まみ上げると、口に放り込んだ。



【後書き】今年もやってきました、銀さんお誕生日企画です。手持ちのネタを掻き集めて、とりあえず銀時メインでハナシを転がしただけのモノですが……一応、毎年何かしら書いているので、今年も。
ちなみに、今回登場した幼女はこちらの小説に出てきた子です。パラレルです。

なお、お誕生日に間に合わなかったぁと嘆いていたら、翌日が十三月という、いわばお月見の日だと気付きましたので、最後はそこに引っ掛けてシメてみました。このファイルのアップロードが済んだら、これから月見団子買いにスーパー行ってきます。

【追記】ひなた嬢の未来予想図描いてみました→こちら
某SNS内先行公開:2008年10月10日
加筆修正&サイト収録:同月11日
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