片見月/上
その日の依頼人は、年端もいかない幼女であった。
濡れ羽色の髪にぱっちりした大きな瞳に長い睫毛、ふっくらした頬は白く、鼻筋はすっきり通っている。木の実のような愛らしい唇が朱を差したように紅いのは、振る舞われたいちご牛乳だけが理由でもあるまい。将来凄まじいばかりの美女に育つことが容易に想像できたが、その依頼を受けた理由は、なにも十年後が楽しみだったからではない。
「にょろいやさん。おかーしゃんがまいごになりまちた。さがしてくだしゃい」
いや、迷子はどう考えてもオマエさんの方だろとツッコみたくなるが、本人はあっけらかんとしたものだ。
「いや、呪い屋じゃなくて、よろず屋だからね。要するに、俺ぁ何でも屋さんだな」
「にゃんでもやさん?」
「そうそう、猫の手も借りたい……って、誰がそんなうまいこと言えって言ったよ」
迷子の保護だの保護者捜しだのは警察の管轄ではあるのだが、ちょうどヒマを持て余していたところだ。
それに、黒地に白いフリルのエプロンドレスという、まるで西洋人形のような幼女の身なりからして、相当裕福な家の娘だということが察せられた。こいつは、うまくすれば親からガッポリ礼金を貰えそうだ。
「とりあえず、お名前を聞こうかな、お嬢ちゃん」
「いとうひなた」
「いとう……? こりゃあまた、えらく平てぇ苗字だな」
伊藤だの佐藤だのいう名前は、この江戸だけでゴマンと居る。どうせなら、パッと検索できそうな珍性なら楽なのに。
例えば……そうだな、土方とか?
まぁ、どうしようもなくなったら、オマワリさんにバトンタッチすればいいんだから、とりあえず「伊藤さん」を片っ端から探してみるか……と、万事屋銀ちゃんこと坂田銀時は立ち上がり、上着代わりの着物を羽織った。
「あれ、銀さんに子供なんて居たっけ?」
ひなた嬢を膝に座らせてスクーターをとろとろ走らせていたら、そう呼びかけられた。振り向けば、マダオこと長谷川泰三だった。
すっかり路上生活が板についた長谷川は、段ボールハウスを腰に巻き、片手にラジオ、もう片手には雑種犬の首輪のリードを握っている。
その隣では、神楽が段ボールハウスを腰に巻き、片手に酢昆布の入ったビニール袋、もう片手には定春の首輪のリードを握っていた。
「違うネ。銀ちゃんはシンソーのレイジョーをユーカイして、ガッポリ狙ってるだけアルネ」
「なるほど、確かにすげぇブランドのドレスだもんな。銀さんにこんなセレブな子供が居る訳ねぇもんな。なぁ、ウマいハナシなら俺も一口乗せてくれよ」
「なんだよ、そのオメーらその妙なペアルック! アベックですか、アベック気取りですか! てゆーかね、銀さん別に誘拐なんて考えてないからね! 迷子のお母さんを捜してるだけだからね!」
まったく誘拐だなんて、コイツラしれっと恐ろしいことを言う……と思いつつ、確かにそれは謝礼を期待するより美味しいかなと考えてしまうあたり、銀時も貧乏性だ。
いやしかし、仮に誘拐したとしても、結局はこの子のお母さんを探し当てないと脅迫もできやしないのだから、結局、手間は同じことか。
「伊藤ってぇ名前で、豪邸か何かねぇかと思って捜しまわってるんだが、長谷川さん、心当たり……あるわきゃぁねぇか」
「おいおい、失礼なこと言うなよ、こう見えても俺ァ元々は幕府の高官だったんだぜ? 入国管理局でブイブイ言わせてたんだぜ?」
「じゃあ聞くがよ、そーいうセレブに心当たりとかコネとかあんの?」
「いや、その……コネはねぇな」
「だよなぁ。そんなコネがあったら、とっくに仕事斡旋してもらってるわな」
せせら笑って走り去ろうとしたところで、さらに背後から「銀さん、どこのお嬢さん拉致してきたんですか?」と声をかけられた。
「だーかーら! 拉致とか誘拐とか人聞きの悪いことを言うんじゃねーよ!」
カッとして振り向くと、そこに居たのは志村新八だった。志村が追っかけをしている寺門通のファンクラブの会合でもあったのか、背中に「おつう」の文字が入ったファンクラブ用法被に鉢巻姿だ。
新八が何か答えるよりも一瞬早く、電信柱からなにやら転がり出てきた。
「酷いわ、銀さん。いくら男性が一般的に若い女性を好むからって、そんな幼女がいいっていうの? もしかしてアタシに興味が無かったのは、そういう性癖があったからなの? 分かったわ、幼児プレイね。オムツプレイに赤ちゃん言葉責め、そして母乳プレイがしたいんでしょう! そんなのって、そんなのって……萌えるじゃないのぉおおおお!」
唖然としている一同の冷たい視線を浴びながらそう喚いたのは、元お庭番衆の粘着ストーカー・猿飛あやめであった。
「なに、そのオメーらその妙なペアルック! アベックですか、アベック気取りですか!」
「いや、あの、銀さん、僕ら全然、ペアルックじゃないと思うんですけど」
「ペアルックじゃねぇか。どっちも眼鏡だしストーカーだし」
「ちょっ、僕はストーカーじゃありませんよ! 純粋なファンですっ! てゆーか眼鏡ぐらいでペアルック扱いはないでしょう!」
「そうよ、リアルな愛の追っかけをしているアタシを、アイドルオタクと一緒にしないで! それぐらいだったら、銀さんとペアルックになるわっ!」
言うなり、猿飛は己の眼鏡を外すと地面に叩き付けた。ついでにどこからかバケツを取り出すと、その中に手榴弾を投げ込み、頭を突っ込む。
「ちょっ、さっちゃんさんっ!?」
「おーい、ドM。それ何てプレイ?」
バケツの中から、ドムッとくぐもった音がする。やがて顔を上げた猿飛の長くしなやかな髪はアフロヘア、いわゆるドリフ爆発ヘア状態になっていた。
「どう? これで銀さんと同じよ!」
だが、猿飛が一所懸命話しかけている相手は、定春であった。
奇しくも、巨大な白犬の顔と巨大な猿飛のアフロが並ぶと、さながらペアルックのようなサイズだ。
「あの痴女は、放っておこう」
「それがいいですね。ところで銀さん、その子、ホントにどうしたんですか?」
「どうっていうか、依頼人だよ。お袋さんを探してくれとさ」
「よろしくでしゅ」
ぺこりと頭を下げた幼女の愛らしさに、長谷川や新八は思わず相好を崩した。
同性としての意識が刺激されたのか、神楽だけが膨れっツラで「若けりゃいいっていうモンじゃないアル。これだから男は皆、狼アル。おいソコの小娘、若くて可愛いからってチヤホヤされて、いい気になってるんじゃないアルヨ」と、凄んでみせた。
だが、度胸があるのか、神楽の言葉を理解できなかったのか、ひなた嬢はキョトンとしている。
「なぁにが小娘だよ、神楽。オメェだってガキのくせに」
代わりに銀時がそう言ってやると、神楽が拗ねたように、スクーターの座席の後ろに無理矢理に尻を乗せてきた。
「ちょ、オメェ、後ろに乗るのは構わねぇが、段ボールハウス邪魔!」
「ありのまま愛する女の全てを受け入れるのが、男の器量というものアル。それがイイ男の条件だって、マミィが言ってたヨ」
「誰が誰を、愛してるって? ガキんちょが。ていうか、ありのまま全てって言っても、段ボールハウスは無理だから。邪魔だから。神楽ちゃん良い子だから、それ捨ててくんね?」
銀時に促されて、神楽は渋々段ボールハウスを脱ぐと、ヤツ当たりがてら長谷川に投げ付ける。それは見事に(そして、猛烈な勢いで)長谷川の顔面にブチ当たった。
「そうよ、銀さんが愛してるのはアタシよ。たとえ銀さんがアタシを受け入れられなくても、代わりにアタシが銀さんを全て受け入れるわ! 銀さんのものだったらアタシ、たとえウン……」
「黙れ、変態!」
「でも、このまま無計画に町中をフラフラ歩き回っても、偶然に出会うのを待つだけですよね。何か作戦をたてないといけませんよ」
そう言いながら、新八も銀時のスクーターによじ登る。
「あ、俺も手伝う!」
「長谷川さんは、さすがに乗れませんよ……ていうか、段ボールハウス邪魔だし」
幼女を含めた四人乗りのスクーターがよたよたと走り出し、その後を長谷川と犬二匹がついて歩く形になった。
「そんで、作戦って、どうするつもりでぇ、新八」
「そうですね、たまさんに協力してもらいましょうか。たまさんに、電話局かどこかにアクセスしてもらって、江戸中の伊藤さん家を検索して、一件一件つぶしていくしかないでしょう」
それも些か気が長い話だが、スクーターでアテもなく町中練り歩くよりはマシなのかもしれない。
「じゃあ、いっぺん家に戻……」
「どうした銀時、その幼女は。攘夷志士の英才教育か。熱心だな」
まぁたヤヤこしいヤツが現れやがったと、銀時は頭を抱えたくなった。
振り向かずとも、その声は十数年来の腐れ縁にして、現在はテロリストでもある桂小太郎に違いない。その隣に巨大な白い不思議生物がいるのも見当がつく。
「なんで俺が攘夷志士を英才教育しなきゃいけねぇんだよ」
「違うのか。じゃあ、俺と貴様の間の愛の結晶か」
「なんの結晶だって? なんで野郎同士でそんなキモチワルイもんが出来るんだよ!」
「キモチワルくないぞ、可愛いじゃないか」
「いや、この子は可愛いけど、オメェとの間にガキ作るってぇのがキモチワルイだろがよ! つか、どっちが産むんだ!」
「俺は産んだ覚えがないな」
「あってたまるか!」
「じゃあ、エリザベスが」
「どうしてそうなる」
「ペアルック気取りだから」
「その無気味なお化けとテメェの、どこがペアなんだよ、一体何を揃えてるんだよコノヤロー!」
「お化けじゃない。エリザベスだ。なんだ銀時、妬いているのか?」
「妬くか! むしろテメェのアタマが焼けてるだろ、脳味噌こんがり焦げてるだろ!」
「ともあれ、産んだのが俺でもエリザベスでもなければ、消去法で貴様じゃないか、銀時」
「産めるか! 何を消したらそういう結論になるんだよ。消えたのはテメェの脳みそだろ。俺がガキ産めるわきゃねぇだろ。せいぜいウンコと糖ぐらいだ!」
「なるほど、そうか。この子は糖なのか」
銀時の膝の上から幼女を抱き上げて、まじまじと顔を覗き込む。銀時は噛み合わない会話に片頭痛がしそうだった。
「とうじゃないでしゅ。ひなたでしゅ」
「そうか。ひなた殿と申すか。どうだね、攘夷志士にならないか」
「ジョーイシシ?」
「そうだ、攘夷志士だ」
「ジョーイシシは、わゆいしとだって、パパしゃんがいってまちた!」
やおら幼女が足をばたつかせて暴れ出した。ドレスがまくれ上がり、その下の白い絹のドロワーズが丸見えになっている。
「ちょっ、あぶな……!」
取り落としそうになって、桂が慌てて幼女を地面に下ろしてやると、ぱたぱたと走って逃げてしまった。
「あ、おい、こら……!」
「シャバい若いオンナなんてあんなモンアル、男を次々変えて」
「そういうスカしたコト言ってる場合じゃねぇだろ」
銀時が神楽の頭をスパンと叩くと、スクーターから下りて幼女を追い駆けようとする。
徒歩の分スタートダッシュが早かった長谷川も、段ボールを引きずりながら走ったが追いつけず、小さな影はあっという間に路地に入り込んで見えなくなってしまった。
「やべっ、ただでさえ迷子なのに、あのチビっ!」
「若いオンナの尻を追い回すのはみっともないアル。逃げたオンナのことは、早く忘れるヨロシ」
「そうよ、アタシがいるじゃないの、銀さん。あんな小娘じゃなくて、アタシを見て? ああん、もっと蔑んだ目で見て、見下して! そうよ、その視線でぐちゃぐちゃに犯して!」
一体どうすればそう見間違えるのか、猿飛がエリザベスに抱きつきながら、熱心に口説いている。
「礼金だの身代金だのはともかくとして、あんな小さな子供を町中にひとり放置しておけねぇよな。やっぱり警察に届け出るか、銀さんよ?」
長谷川が常識的な意見を述べる。
いつもなら「マダオがつまんねーこと言ってんじゃねーよ。んなもん、まるでダメなオピニオンじゃねーか」とツッコまれるところだが、今回に限っては、それが一番良い選択であるのは疑いの余地がなかった。
「はぁ、小さな女の子ね。見つけたら一応、保護しておきやす」
全くやる気の無い声で受け答えたのは、真選組随一の剣の使い手にして一番隊隊長・沖田総悟であった。もっとも基本的に彼等は『武装警察』であり、交番のお巡りさん的任務は管轄外なのだろう。引き受けたのは、ひとえに銀時と顔なじみだというだけの理由でしかない。
「それにしても、旦那に娘が居たとは驚きでやんした。俺ァ、旦那は三十路まで純潔を保って、魔法が使えるようになるアレかと思ってやしたから」
「アレって何アルか、銀ちゃん魔法使えるアルか? 銀ちゃん実は、三十路・童貞・ニートの三重苦と引き換えに、魔法を使えるミラクルヒーローだったアルか?」
「ちげーよ! 銀さん魔法なんて使えないからね……てゆーか総一郎君、自分がモテるからって、俺が全然、女に縁がねぇような言い方、やめてくんない?」
「そうよ、銀さんは純潔どころか、アタシとドップリねっちり、SMプレ……」
「わいてくんな変態! いつ誰がテメェとそんなプレイしましたか!」
「そうだぞ、総悟。コイツはな、女よりも男にモテるタイプのうえに、爛れた恋愛しかしたことがなさそうなヤツだ」
さらにわいて出たのは、ゴリラ……ではなく真選組の局長、近藤勲であった。
「うるせぇよ! そっちこそ金のかかる疑似恋愛しかしたことねぇくせに!」
「失礼な。金のかからない疑似恋愛も経験あるぞ! 最近のオンラインゲームは無料で楽しめるんだからな。最近も『フルーツポンチなでしこ』という女性と出会ってだなぁ」
「おお、よもや貴様がフルーツチンポ男爵だったか」
「無料とかそういう論点かぁっ! つーかテメェ、なんでついて来てるんだ、ボケがぁ!」
「ボケじゃない、ヅラだ。あっ、間違った。実は俺がフルーツ……」
「お前かぁああああああああっ! そんで、こんな分かりやすいネカマにひっかかってんじゃねぇよ、ゴリラ!」
もぐら叩きのように、現れてはボケまくる連中相手に怒濤の勢いでツッコみまくった銀時は、しまいに息切れしてがっくり両手を地面についた。拡張子.orz状態、いわゆる『失意体前屈』のポーズである。
「ハイハイ、じゃあ、迷子の届け出、受理しやしたからね」
沖田が書類をヒラヒラさせた。果たして真面目に探してくれる気があるのか、かなり心配にさせる態度だったが、善良な一般市民として出来ることはやったのだから、これ以上はどうしようもあるまい。
「銀ちゃん、これからどうするアルか? 魔法の修行カ?」
「だから、俺は別に、三重苦のミラクルヒーローでもなんでもねぇから!」
「じゃあ銀さん、帰りましょう。沖田さん、よろしくお願いしますね」
新八がそういってぺこりと頭を下げる。
「へい。局中法度にも、ありやすからね。万事屋憎むべし、しかし新八君にだけは優しくすべし、逆らえば切腹でさァ」
「えっ、それホントにデキちゃったの!? アレ、口から出任せじゃなかったのぉ!?」
「へい。第四十六条、きっちり警察手帳にも載ってまさァ」
沖田はいつもの乾いた口調で、サラッとそう言った。
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