片付けられないんじゃない捨てられないんだ/下
結局、銀時は夕方の交替の時間になっても、現場に現れなかった。
「銀さん、ダメじゃないですか、仕事すっぽかしたら。僕らでなんとかこなしましたから、別に怒られもせずに日当ちゃんと貰いましたけどね、二人分。これ、給料ということで、僕らで貰いますからね?」
万事屋に戻った新八は、応接室に座っていた銀時にそう声をかける。だが、銀時はそれには直接答えず「ぱっつぁん、たま見かけなかったか?」と尋ねた。
「はい?」
「いや、その、戻ってこねぇからよ。多分、近所の駄菓子屋にでも行ったんだろうって、最初はあまり心配してなかったんだが……もしかして先にこっちに帰ってきたのかと思ったんだけどな。仕方ねぇ、やっぱりもう一度探してくるか。なんかに巻き込まれてたりしたら、いくら元が最先端の電脳でも、あの格好だしロクに喋られねぇから、自力じゃどうしようもねぇもんな」
「逃げられたアルか。銀ちゃん、どんなマニアックなプレイ強要したアルカ?」
「してねぇ! てゆーかどこでそんな言い回し覚えてくるんだよテメェ……まあいい、おめぇも探すの手伝え」
「面倒臭いアル。どうせ同じオトナのオモチャなら、スザンヌで十分アル。銀ちゃんのドライバーでスザンヌとチョメチョメしてるといいアル」
「チョメチョメってなんだよ。そんな死語ぜってぇにあのハゲの前で使うなよ。俺が教えたみてぇでカッコ悪いじゃねぇか。てゆーか、たま見つけたら北斗心軒で蕎麦おごってやっから」
「マジアルカ? でも蕎麦は嫌アル。ニンニクチャーシュー葱抜きの大盛りがいいアル」
「ちょ、チャーシューはやり過ぎだろ。俺だってチャーシュー入れんのは月に一度あるかねぇかなんだから、大盛りラーメン葱抜きで勘弁しろや」
「嫌アル。チャーシューが入ってないんだったら、葱だくアル」
「んだよ、葱が嫌いなワケじゃねぇのかよ。訳わかんねぇ……おい、新八、おめぇはどうする?」
「どうって……僕は疲れたので、ここで休んでおきます。警備員の制服とチョッキって、すごく重たいんですよ。光る部分だけでも結構ずっしりしてるのに、バッテリーとかブラさがってるから。それに、ラーメンなら貰った日当で食べられますし」
「そうけぇ。ま、こっちに戻ってくるかもしれねぇしな。もし、あのポンコツがひょっこり帰ってきたら、携帯鳴らしてくれや。神楽、出かけるぞ」
「アイアイサー! 定春、行くアルよ」
二人と一匹が出ていき、新八はなんとなく脱力してソファに座り込んだ。
目の前のテーブルには、今朝飲んだいちご牛乳の紙パックとハサミがそのまま放り出してあるが、片付けようという気分にはなれなかった。
「そういえば、昼にたまさん見かけたって、言えば良かったのかな」
忘れていたわけではない。ただ、仕事を放り出してまで彼女を必死で探していたのだと思うと、銀さんらしくないというか、いや、まさに銀さんらしいというのか。
「そうね、まるで自分があんなブサイクな縫いぐるみ以下の扱いを受けているようで、実に興奮するわね」
不意に、天井から女がぶらりと垂れ下がった。
淡い色のロングヘアにトレードマークの眼鏡の女忍者・猿飛あやめは、かつてはお庭番衆にも籍を置いていたというが、今は銀時に惚れて、その能力をフル活用したストーカーと化している。どうせ居るだろうとは思っていたが、実際にわいてくるとうっとぉしいことこの上ない。
「いや、僕は別に興奮しませんけど」
「だって酷いじゃない? あの、ゴシックなカンジで小さくて丸っこくて目も丸くて黒目がちっていう条件。アダルトなカンジでボインかつスレンダーで目が悪くって眼鏡がちなアタシに対する当て付けなのかしら?」
「眼鏡がちって、何ですか、眼鏡がちって。ていうかアンタ、眼鏡がちとかいう割に、よく眼鏡なくしてるじゃないですか」
「愛は盲目だからいいのよ」
「誰がそんなうまいことを言えと言いましたか」
「大体、銀さんってば、私のようなナイスバディの女が近くに居ながら、あんなポンコツ……アタシのカラダはあの邪悪なチクワ以下だとでもいうのかしら? まずは食べてみてくださいよ、試してもいないくせに、そんなことを言えますかねぇ」
「知らねーよ! なに、パティシエ試験みたいな雰囲気かもしてんの? つか、邪悪なチクワって何? アンタそもそも、何しに出てきたんすか! 銀さんなら出かけましたよ?」
新八が喚くと、猿飛の顔がふっと引き締まった。
「共同戦線を張ろうと思って」
そう言うと、まっすぐに新八の目を覗き込んでくる。
「アナタも好きなんでしょう? 銀さんのことが」
その言葉に、新八の頭の中が一瞬にして真っ白になった。視界いっぱいに猿飛の赤く艶っぽい唇が広がっており、それが蠢いて何かを囁いている。ふと我に返ったときには、新八は万事屋を飛び出して、夜の町を無我夢中で全力疾走していた。
だから、一緒にあのポンコツ、片付けちゃわない?
先程の猿飛の言葉が、頭の中をぐるぐる回っている。
違う。確かに、銀さんがたまさんとイチャイチャイチャイチャイチャイチャイチャイチャしてるのを見たらムカつくし、たまさんのために仕事をすっぽかすのも腹がたったし、もしかしたら二人がそういうコトをしたかもしれないなんて、考えたくもないけど……でも、銀さんにとって大切な人だったら、自分にとっても多分、大切な人なんじゃないか……邪魔だから片付けるとか、そういうことじゃなくて。
第一、そんなことをして銀さんを悲しませたくはない。
「銀さんっ!」
「どうした新八、見つけたのか?」
銀時のスクーターが、目の前で急停車した。
「いやあの……思い出したんです、今日の現場の近くで昼に見かけて……そういえばあの辺りで野良犬がチョロチョロしてたんです」
「乗れ」
銀時がヘルメットを脱いで、投げてよこした。それをかぶった新八がシートの後ろに座るや否や強引に方向を変え、走る車の間を縫うように逆走し始めた。
「ぎゃああああっ! 銀さんっ、無茶ですっ! 捕まりますよっ!」
「うるせぇ、今日の現場のパチンコ屋はあっちだろ。一方通行通りに走ってたら、遠回りなんだよ」
暴走する二人乗りスクーターに驚いた自動車のクラクションや急ブレーキの音に、いちいち寿命が縮みそうだった。新八は必死で銀時の胴にしがみつく。
「あのちびっこい身体でお菓子なんざ持って歩いてたら、そらぁ、野良犬に狙われるわな」
銀時がボソッと呟いた声は、耳を押し当てている背中を伝って届いたせいか、少しだけくぐもって聞こえた。
いつの間にかスクーターは順路に戻ったらしく、あれだけやかましかったクラクションの音はやんでいる。その代わりに、誰かが通報でもしたのか、パトカーのサイレンの音と「ハーイ、そこの暴走スクーター停まりなさーい。停まらないと撃ちやすよぉー?」という間延びした声が追い駆けてきて、銀時がチッと舌打ちする。
その時、野良犬らしき影が新八の視界に一瞬入った。暗い上に、対面方向だったためにあっという間に通り過ぎてしまってよく見えなかったが、その鼻先に何か丸いものが居たような気がする。
「銀さん、今の、もしかしてたまさん?」
その言葉が聞こえたのか、銀時はトップスピードのままスクーターのハンドルを乱暴にきった。キキィという派手なスリップ音と火花をまき散らしながら車体を反転させ、強引に停まる。
「しっかり掴まってろ」
言われずとも、死ぬ気で掴まっていないと振り落とされそうだ。追ってきたパトカーが真正面に迫り、今にも轢き殺されそうになる寸前に、銀時がフルスロットルで走り出した。
「うぁあああああああああっ!!!!」
パトカーを運転していた警官が衝突を避けようとステアリングを必死で回し、車体が浮き上がった。そのすぐ横を銀時らのスクーターが突っ込み、すり抜けていく。背後で、後続車が横転したパトカーに突っ込んだらしい轟音が聞こえた。さらに爆発を起こしたのか、一瞬背後がパァッと明るくなったが、振り向いてその惨状を確認する気にはなれなかった。
いや、それどころじゃないというのが、本当のところだろう。
「銀さん、また逆走してるぅうううう!」
「新八ィ、ちぃとハンドル握ってくれや。まっすぐっつか、こっちに向けておけ?」
「えっ? ええええええっ!?」
銀時の大きな手が新八の手首を掴んでハンドルへと導いた次の瞬間、銀時が手を離して上体を大きく乗り出した。銀時の身体の重みでスクーターが歩道側へとすっ飛びそうになるのを、新八が必死で支える。通り過ぎて豆粒のようになっていた野良犬が、みるみる視界で膨らんだ。
「たまぁ! 掴まれぇっ!」
叫んだ声が聞こえたのかどうか。銀時が精一杯低い位置に腕を差し伸べ、犬に追われてぽてぽてと走っていた芙蓉が振り向いたかと思うと、その手に飛びついた。
それから十分ほど後、万事屋のスクーターは路地裏に停まっていた。無謀運転のせいでエンジンや配線があちこち焼き切れていたが、乗っていた人間はかろうじて無事だったらしい。銀時は脱力したようにぺったりと地面に座り込み、芙蓉はその下から銀時の顔を覗き込んでいる。
新八は、まだ焦げ臭い臭いがするスクーターのシートに腰を下ろして、二人の様子をぼんやりと見守っていた。
『オマタセシマシタ』
芙蓉はそう言うと、腹部のポケットから紙包みを取り出して、銀時に差し出す。何かと見れば、半ば溶けかかったチョコレートやキャンディだった。追われて逃げながらも、なんとか死守できた分らしい。
「ばっ、バカおめぇ、こんなもん持ってねぇで、さっさと捨てちまえば良かったんだよ。いつまでもこんな菓子なんざ持ってるから、ワン公に追い回されて家に帰れねぇんだ」
『オマタセシマシタ』
「ああ、わーった。わーったよ。貰う、貰うよ。おめぇが命がけで買ってきてくれた糖分だもんな」
受け取って口に放り込み、芙蓉を抱き上げる。
「甘ぇ……たま、ありがとうよ」
『イヤン、ギントキサマノ、エチー、イヤン、ギントキサマノ、エチー』
抱き締められて苦しいのか嬉しいのか、芙蓉が手足をバタつかせながら決め台詞を連呼している。
「銀さん、良かったですね」
「お、おう。そりゃあな。コイツに万が一のことがあったら、その、アレだ。えーと……そうだ、ババァに叱られるしな」
銀時の返事はへどもどと言い訳がましかったが、新八は不思議と腹が立たなかった。むしろ、自分でも意外なぐらい「たまさんが無事で良かった」と素直に感じていた。嫉妬に我を忘れて、さっちゃんさんの口車に乗ってしまっていたら、今頃どうなっていたんだろう。
「じゃ、神楽ちゃん呼んで、一緒に北斗心軒行きましょうか」
「ちょいと待ちねイ。その機械人形、検分させてもらいやす」
振り向くと、先ほどの自動車事故に巻き込まれたはずの真選組一番隊隊長・沖田総悟が(さすがに無傷ではなく、顔に絆創膏をいくつか貼った姿で)立っていた。
「いくら万事屋の旦那相手とはいえ、その呪いの人形みてぇな代物が動いて喋ってるのを見ちまったからには、縫いぐるみですって言い逃れもできやせんぜ。それに、パトカーを何台もオシャカにされちゃ、さすがの俺もこのまま黙って見逃してやるわけにいきやせんや。さっきの逆走にスピード違反、ノーヘルその他諸々の道交法違反でしょっぴかれるのと、その機械人形を検分させるのと……知り合いのよしみで、どっちか選ばせてあげやすぜ?」
銀時は「道交法違反で結構だ」と言って、財布から免許証を引っぱりだそうとしたが、それを沖田に差し出す前に、芙蓉がトコトコと沖田の正面に歩み寄った。
芙蓉は『イラッシャイマセ』と元気よく言うと、ぺこりとおじぎをしてみせる。
「お、旦那を庇って、自分から検分されにきたんですかイ。じゃ、とりあえず、まずはポケットの中身、全部出してみせな?」
『カシコマリマシタ』
「ちょっ、たまっ! 俺がオマワリにこってり絞られたら済むハナシなんだから、おめぇは別に出て来なくていいッ!」
銀時が必死でとめようとしたが、芙蓉は引き下がらずにポケットに手を突っ込むと、中身を引っぱりだし始めた。
「神楽ちゃんが合流する前で良かったですね」
新八がそう言うと、ガックリ脱力している銀時の肩をポンと叩いてやった。
芙蓉が腹ポケットに入れていたのは、お菓子だけではなかったのだ。ド派手な蛍光色で内側にイボがついたエストラーマ樹脂製の邪悪なチクワが数本だの、小指大の大きさで根元にリングのついた樹脂の棒だの、コンドームだの、ローションの小瓶だの……多分、源外がオプションとして用意したパーツや小道具なのだろう。さすがの沖田も並べられたこの予想外の代物を前に絶句していると、芙蓉がこの数々のアイテムについて説明するつもりだったのか『イヤン、ギントキサマノ、エチー』と大きな声で宣言して、周囲の失笑を招いた。
「ちょ、旦那ァ、こいつぁアンタのオナペットですかい? まぁ、人の性癖にとやかくは言いませんがね、なにもこんなブサイクな人形でヌかなくても」
「うるせーよ。ブサイクってほどでもねぇだろ。良く見ろや。ゴシックなカンジで小さくて丸っこくて目も丸くて黒目がちだろ」
「言われてみれば確かに、小さくて丸っこくて目も丸くて黒目がちですねイ。じゃ、これ、機械人形の検査済証。もし役人が後で来たら、こいつを見せなせイ」
そう言って沖田は銀時にシールを一枚渡すと、背後に控えていた隊士らに「けぇるぞ」と声をかけたのだった。
「たま、そのガラクタ捨てろや。そんなもん持ち歩かれちゃ、こっちが恥ずかしい」
だが、芙蓉はそのオトナのオモチャを抱え、首をふるふると振って離そうとしない。
「何にどうやって使うか道具なのか、たまさんがちゃんと理解してるかどうかは分かりませんけど……銀さんに関わりのある道具だってことは察してるんでしょうね」
「冗談じゃねぇよ。またいつ、そんなもん広げられて赤ッ恥かかされるか、分かったもんじゃねぇってのに……分かったよ、負けたよ、たま。分かったから、ソレ全部きっちりしまっておけ。俺が出していいというまで、ぜってぇ出すんじゃねぇぞ」
『マイドアリガトウゴザイマス』
芙蓉が、もぞもぞとポケットにそれらをしまい込み始める。
そのやりとりを微笑ましく背中で聞きながら、新八が表通りに顔を出すと、遠くから定春に跨がった神楽が「オナカすいたヨーやっぱりチャーシュー入れて欲しいアル」などと言いながら、こちらに向かっているのが見えた。
了
【後書き】『僕だけの位置』に引き続いて、ほのぼの銀新 vs 銀たま。
一緒に銀新ハナシで盛り上がってしまった伊崎さん。なにげなく誕生日が近いことに気がついてしまったので、お誕生日サプライズとして、伊崎さんのために1日で書き下ろしました。とても喜んでもらえたので、こちらまで嬉しくなりました。あれ、作文?
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