Baci di Dama/上


それは、山崎が死に物狂いの潜入捜査から帰ってきて、二三日後のことだった。

「てめぇのおかげで思いがけねぇ大物が釣れたぜ。でかしたな。とっつぁんから褒美が出たから、取っておけ」

まだ疲れが取れずに布団で唸っていた山崎は、茶封筒でひたひたと頬を嬲られて目を覚ました。

「あ、副長おはうございます……え、なんすか、カネ?」

「中身は知らねぇが……これでオンナとデートにでも行けとよ」

「オンナなんていませんよ。俺ァ、副長一筋です」

「言い切るんじゃねぇ、気色悪ィ。要らねぇんなら、もらうぞ」

「頂きます」

もぞもぞと起き上がると、受け取って封筒を破る。
高額紙幣を期待していたのだが、代わりに出てきたのは映画の鑑賞券であった。なるほど、オンナとデートにでも行くにはもってこいだろうと思われる、見るからに甘いタイトルのラブストーリーだった。

「これ、とっつぁんもどっかでもらったヤツなんじゃないですか?」

「あのキャバクラでケツの毛まで毟られて、今月はポケットマネーが出せねぇんだろ。褒美を出そうっていう心意気だけ受け取っておけや、心意気だけ。文句を言うと次がねぇぞ」

土方はそういうと、そっと山崎の手からチケットを取り上げて、自分の隊服の内ポケットにしまおうとする。

「ちょっ、俺のチケットっ!」

「んだよ、いらねーんだろ。俺が適当に有効活用してやっから、てめーはとっつぁんの心意気だけ貰っておけや」

「有効活用ってなんすか、誰かと行く気ですか、副長がっ! そんなだったら、俺が貰います。チケット屋に売り飛ばしてカネにします。転売できないならせめて、副長と観に行きますっ!」

「そうけぇ、だったらさっさと着替えな」

「え? 副長、今日の勤務は?」

「非番だ」

それを聞いて、山崎の頬が弛んできた。
もしかしてこの人、最初から俺と出掛けるつもりだったんじゃないだろうか。俺がオンナとデートなんてあり得ないだろうとタカを括っているふりをしているが、実際に「じゃあ、喫茶あっとほうむの空蝉ちゃんでも誘って行こうかな」などと言ったら、どんな顔をしたんだろう。

「ほれ、ニヤニヤしてねぇで30秒で支度しろ」

「無茶な」

それでも慌てて寝巻きの腰紐を解くと、私服の下履きとアンダーウェアを身に纏った。肩に白の作務衣を羽織っただけの格好で、敷布団と掛け布団を一緒くたに三つ折りに畳むと、大部屋の壁際に寄せる。

「……できるじゃねぇか」

「最小限ね。でも、髪ぐちゃぐちゃだし、顔も洗ってないっすよ」

あらためて腰帯を締め直し、足袋を履きながら文句を言うと、土方はしれっと「テメーのツラなんて誰も見てねぇ」などと吐き捨てる。

「そんなことありませんよ。俺単品だったら誰も目に止めないんですがね、副長と一緒に居ると違うんですよ。大体、アンタが目立ち過ぎなんですよ。そんで、アンタと並んで歩くと、俺まで視線バチバチ当てられるんですから」

「優越感、感じるんだろ」

土方はニヤッと笑って、懐ろから煙草入れを取り出す。

「ちょ、分かってんですか。ホントこの人ありえねぇ……だったら、あと5分待ってくださいよ」

「4分30秒だ」

そういう訳で、ふたりは街に出たのであった。




映画は本当に甘ったるく、途中でブチ切れて「帰る」と言い出すのではないかとハラハラしたが、山崎が心配していた程の駄作でもなく、土方もそれなりに楽しんだようだった。いや、こういう情に訴える系には逆に弱いのか、時折着流しの袖で目元を拭っていたようだったし、エンドロールが流れ始めても、土方はなかなか立ち上がろうとしなった。
それに気付かなかったフリをして「せっかくだから、どこかでちょっと遊びましょうよ」と、わざと明るく誘う。ホンネを言えば、ちょっと遊ぶなんてまだるっこしいことをせず、直接ラブホテルに引っぱり込みたいところだが、ここで焦って対応を誤り「ふざけんな」とキレられては、元も子もない。

「どっかでちょっとって……どこで何すんだよ」

「えーと、カラオケとかゲーセンとか……ボウリングとか?」

「ボウリング? したことねーな」

「そうなんですか? 教えてあげますよ」

「てめーに習うのは癪だな」

「俺もそんなに上手じゃないっすけどね。でも、副長なら運動神経いいから、すぐにコツ掴むんじゃないですか? ほらほら、行きましょうよ」

『したことない』と聞いて山崎は俄然、やる気になっていた。
中身はどうであれ、副長の初物だ。いわばバージンだ。ここは美味しく頂かないと。ホントこの人、どんだけ若い頃遊んだのか、未開発地帯ってのが殆ど残ってないんだから。

手頃なアミューズメントビルを思い出すと、土方の着流しの袖をちょんとつまんで「こっちです」と、歩き出す。

「ちょ、テメェ、袖に皺が寄るじゃねぇか」

「どうせ皺だらけでしょう。副長、いつも着たきり雀で……これ、裾も擦り切れて、こきたないし」

「うるせぇ。だからって、袖を掴むな」

土方は乱暴に袖を引っ張って振りほどくと、代わりに山崎の手首を掴んだ。
あれ、手ェ握ってくれるんですか? とは聞かない。
あえて聞けば、これも振りほどかれるのは分かっている。ホントこの人、素直じゃないというか、カワイイというか。山崎は素知らぬ顔で手首を返すと。泣いた後だからか、それとも照れているのか、ほんのりと熱を帯びている土方の手に、そっと指を触れさせた。




「ブラウスで来れば良かったっすね」

出発時には、まさかボウリングをするとは予定していなかったし、いざプレイするという時まで、土方が着流し姿なのを考慮していなかった。一通り、ボールの掴み方と投球フォームについて簡単に説明して「要は、順番に玉を転がして、より多く倒せた方の勝ちです」と山崎が締めくくると、土方が「ほーう?」と呟いて、おもむろに片肌脱ぎになったのだ。

「副長……それ、目の毒です。B地区が見えてます」

「うるせーな。だって袖が邪魔だろうが」

「あの、せめてタスキ掛けするとかにしません? 副長のそんな素敵ポイントを衆人環視に晒すのは、男山崎、耐えられません。というか、卑猥です。猥褻です。公衆道徳に反します。軽犯罪法違反です」

「んだよ、片肌脱ぎぐれぇで、ガタガタと」

「アンタ、自分でどんだけ色気振りまいてるか、頼むから自覚しろよぉおおおお!」

「テメーがそーいう色眼鏡で見てるから、そう妄想するだけだろ……で? この板の間の上で転がせばいいんだな?」

周囲で既にゲームを始めている団体に、土方がちらりと視線をやる。何を勘違いしたのか、視線の先にいた女性がキャーッと黄色い声で歓声をあげたが、土方はニコリともしない。

「こうして……こう、か?」

見よう見まねで腕を大きく振る。黒いボールは吸い込まれるようにレーンの上を滑っていくと、ピンの真正面に突っ込んだ。ピンは見事に全部ぶち倒れる。

「お、案外、簡単なもんだな」

「ビギナーズラッキーでしょうけどね。まだ、クセも何もついてないから」

「いや、これだったら案外、イイ線いけそうな気がするぜ?」

「だったら、勝負しましょうか。俺が勝ったら、この後でラブホ行きましょうよ、ラブホ」

「アホ。こんな昼日中から、んなとこ行けるかボケが」

「昼日中の方が、サービスタイムでお得なんですよう」

「冗談じゃねぇ」

「じゃ、ちゅーで我慢します」

「そんなアホな勝負付き合ってられるか」

「付き合ってくれなかったら、さっきの映画で副長泣いてたって、屯所に言いふらします」

「なっ……!」

「だって、副長が悪いんですよ。そんな色っぽいお姿晒して……勝負してくれたら、さっきのことも口外しませんし、副長が勝ったら俺も今日は諦めますから」

「分かった。その勝負、乗ろうじゃねぇか」

「俺が勝ったら、ちゃんとちゅーしてくださいね」

そう言うと、山崎はピンク色のボールを掴み上げた。
そんなに上手じゃないと言っても、今日初めてルールを知ったという相手に負けるレベルではないつもりだ。仕事でもこれほどまで真剣な顔をするだろうかという面構えで深呼吸をすると、数歩助走をつけて腕を振り上げた。余分な力を入れず、振り子の要領でまっすぐに……っと。
ボールはレーンの右側を滑っていき、ピンの手前でスピンしながら突っ込んだ。

「2本残ったな」

「残った場合は、もう1回投げられるんですよ」

「ふーん……ああ、点数はそこの画面に出るんだな」

賭ける対象があるせいか、それとも単に負けず嫌いなのか、最初は不承不承だった土方も多少はやる気を見せ始めたようだ。
でもそれって、俺とキスしたくないってことかな。そんなにイヤってことっすか。そう考えると、男山崎、ちょっと凹むんですけど。そんな弱気がスローイング動作に響いたのか、結局ピンは1本残ってしまった。

「余裕で逃げ切れそうだな」

「まぁ、先は長いですから」

さっきのはビギナーズラックだとして。あと、下半身の強さだの手首の力だの腕力だの、生まれ持った運動神経だのを加味したとしても……所詮は初心者だ。そのうち余計なことを考え始めて崩れるに違いない……と、山崎が自分に言い聞かせていると、その呪い(?)が通じたのか、土方の2フレームめは見事なガータになった。

「ほら、ね」

「くそぅ。ムカつくな」

だが、それが本当に腹を立てていない証拠に、土方は口許を微かに綻ばせていた。






「えーとな……なんか、ボウリングで勝ったら、副長にちゅーできるんだとさ」

盗聴イヤホンを外しながらそう言ったのは、真選組監察方の吉村折太郎であった。
場所は屯所の剣道場の片隅、用具などを置いている小部屋で、月曜日ともなると数名の有志がこっそり集い御禁制の漫画週刊誌なんぞを回し読みしているので『ジャンプ部屋』という隠語で呼ばれていたりする。リアルタイムに状況を把握するために、そこに大掛かりな機材を持ち込み、マイクロフォンで拾った音を直接聞いていたのだが、数カ所の電波基地を中継させているせいか、かなり聞き取りづらく、明確に分かったのはその程度だ。

「えーっ、何それ!?」

「ザキさんずるいっ!」

喚いたのは、同じく監察方の篠原や後輩共である。そもそも監察方は副長助勤……いわば、土方の直属の部下だ。八つ当たりされたりコキ使われたりと苦労の多い部署ではあるが、それでも辞めることなく続いている輩は間違いなく、土方に心底惚れて尽そうという連中なのである。

「何って、言葉そのまんまだけど。どうする? ド素人の副長相手だったら、ザキでも勝てるかもしんねーぜ?」

「決まってまさぁ、邪魔してやるんでイ」

そう言って割り込んだのは、沖田であった。

「要するに、勝てば土方さんに、あーんなコトやこーんなコトができるってんだろイ。そいつぁ、乗らねぇわけにいけねぇだろ」

「いや、沖田隊長、あーんなコトやこーんなコトじゃなくて、ちゅー……だそうですが」

「あのド淫乱が、ちゅーで済むけぇ。いや、それじゃ収まりがつかねぇとこに口吸いさせてやらぁ」

「あーそうですか……で、沖田隊長、ボウリングはしたことあるんですか?」

「ねぇよ。でも、近藤さんが、ちったぁできるはずだ」

「局長になんて言って、勝負させるんです?」

「そんなもん、あのゴリラ女がちゅーしてくれるとでもダマしたらイチコロでさぁ」

ダマすんですねと、吉村は苦笑するが、沖田はその作戦でいく気満々らしく、携帯電話を取り出してさっそく近藤を誘っているらしかった。

「局長だけじゃ不安だな……他にも、ボウリングの腕に覚えのある人、いますかね?」

「さぁ。屯所の内線で呼びかけたらどうだ? 副長とキスできるっていうのはさておき……そうだな、副長に好きなことできるっていうんだったら、案外、応募あるかもな」

「じゃ、俺、放送室行ってきます」

パタパタと駆けていったのは、監察方のひとり尾形鈍太郎である。
それから十分後、ジャンプ部屋に集まったのは「好きなことというか……副長職を下りろとか、僕の篠原君を返してくれたまえとかいう要求は、ありなのかね?」などと言って顔を出した伊東鴨太郎含め、数名。いずれも土方に岡惚れしているか恨みのひとつもあるようだ。

「俺、別に伊東の所有物だった覚え無いんだけどなー…俺が好きで副長んとこに居るんだし」

「まぁ、ここは惚れているフリしておいてやれよ、しの。参謀ってば、マイボール持ってるなんて、気合い入ってるじゃねぇか。結構、スコアいいんだろうな。ホント、あのひと完璧なんだなぁ」

「完璧……かなぁ?」

長い付き合いの中では色々と幻滅するシーンもあったのか、篠原は苦笑していたが、ともあれ勃つものは剥いてでも使えと、昔偉い人が言ったような言ってなかったような。

「これだけの人数、覆面パトじゃ乗り切れませんね」

「局長と参謀が同行するンだから、ボックスカー出してもいいんじゃないんですかね。ほら、お通ちゃんの一日局長んときに使ってたアレ」

「てゆーか、副長が非番で、局長と参謀と一番隊隊長がサボリって、どうなんだろう」

「まぁ、俺らは基本、武装警察だから。デカいヤマ抱えてるわけでもねぇし、一日ぐらい、サボって別の部署に任せても、江戸は滅びねーよ」

「本当にいいんですか、それで」






「あれ、真選組の人達じゃないですかね?」

ドリンクのワゴン販売の日雇いバイトに勤しんでた新八が、ふと呟いた。
一人ではない。元々はマダオこと長谷川が見付けてきた仕事で、銀時や神楽も一緒にしている。もちろん、銀時や神楽は最初から戦力として期待していないが。

「あーそうだな……うぇっ、近藤もいるのかよ」

長谷川が露骨に顔をしかめたのは、近藤ら幹部クラスになると、入国管理局時代の長谷川を知っている可能性もあるからだ。もちろん、相手は当時のことなどこれっぽっちも覚えてもいないだろうが、それでも気にしてしまうのは、ひとえに長谷川のナケナシのプライドである。

「いいじゃないですか。顔見知りのよしみで、1本ずつでも買ってもらいましょうよ。おーい、近藤さーん!」

「おお、将来の我が義弟よ! どうしたのかね?」

「あ、いや、バイトでね。ジュース売ってるんですよ」

「てゆーかーぁ。オマワリさんゾロゾロゾロゾロなに? ヒマなん? 昼日中から、血税使ってレジャーですかぁ?」

「ぎ、銀さんっ、ダメですよ。今日は彼らがお客さんで、僕らは売り子なんですから、そんなこと言っちゃ……!」

「そうか、将来の我が義弟は働きものだな。なんだ、このワゴンの中を売り切ればいいのか? よし、おめーら、10本ぐらいずつ買ってやれ」

「えらく、気前がいいですね、近藤さん。何かいいことがあったんですか?」

「よく聞いてくれた、新八君! 実はだね。トシとザキがここのビルのボウリング場にいるらしいのだが、そこで勝負するとだな。お妙さんとチッスをできるらしいのだよ!」

「へ? 姉上と?」

「いや、僕は、土方君の抹殺権を得られると聞いたんだが」

「要するに、土方さんにあーんなコトやこーんなコトができるってことでさぁ」

真選組御一行の言っていることがてんでバラバラで、まったく要領を得ないのだが、鼻をほじりながらそれを聞いていた銀時が「要するにぃ、あのマヨラーを倒しゃあ、なんかイイコトあるってぇことか」と、ザックリまとめた。

「よし、神楽、ぱっつぁん、行くぜ」

「は? ちょ、銀さん、仕事は?」

「おまわりさんがたくさん買ってくれたんだ。こんだけ売れたら、あとは長谷川さんひとりでも片付くだろーよ」

「てゆーか、銀さんがボウリングできるって、初めて聞きましたよ」

「ん? 俺も初めてだよ。なに、そのボウリングって。石油でも掘るのか?」

「ダメだ、最初からやる気ないよ、このヒト。チャチャ入れに行くだけの気満々だよ」

新八は頭を抱えたが、それでも長谷川を置いて、皆について行ってしまうあたり、彼にもまた万事屋気質がどっぷり染みついているのだろう。





土方と山崎の勝負は、日頃鍛えた運動能力と研ぎすまされた野生の勘が幸いしている土方が四、さすがに今日が初めてという相手には負けられないプライド&キスへの執念の山崎が六ぐらいの割合で進行していた。

「かなりコツを掴んできたから、決着はもう1ゲームでさせてくれや。これは練習な、練習」

「えー? このままだったら、俺が勝てそうなのに。ずるいですよ、副長」

「ずるいのはそっちじゃねぇか。俺ァ、ド素人だぜ?」

「まぁ、そうなんですが。それに副長、ホントに徐々に上手くなってる気がして怖いんですけど……よござんす、じゃ、次のゲームでホントに勝負ですからね? 地味キャラのドッ根性見せてやりやしょう」

山崎がそう言ったのは、投球の際に土方の着流しの裾が割れて、白く長い足がチラチラ見えるからだ。もし次のゲームで破れても、これだけ間近で副長のおみ足をさんざっぱら拝んだのならば、男山崎、悔いは無い。

「よし、ザキ。よく言った。そうでないと公平を欠くしな。次のゲームからは、俺らも勝負させてくれや」

「はぁ!?」

振り向けば、黒ずくめの野郎共。いや、それだけでなく馴染みの万事屋まで子供を連れて一緒にいる。
山崎は状況を理解できずに思わず固まってしまったが、さすがに土方は管理職らしく即、我に返ると「サボリ魔の総悟はともかく、なんで近藤さんがこんなとこに……オイコラ伊東、なんでてめぇまで居るんだ。屯所がガラ隙じゃねぇか」と喚いた。

「まぁ、そう怒るなトシ。これには大事な勝負がかかってるんだ」

「江戸の治安よか、大事なことかよ」

「全世界と引き換えにしてでも得たい愛に生きてこそ、男が男たる由縁なんだ」

「まさかアンタ、全世界とあのゴリラ女引き換えにすんじゃねーだろーな。つか、それと俺らの勝負になんの関係があるっていうんだ」

今にも近藤の胸倉を掴みそうな勢いであったが、そこに銀時が割り込んで「まぁまぁ、要は勝てば問題ねーんだろーがよ、勝てば。それともナニ? 勝てる自信がねーの?」と、憎まれ口を叩く。

「んだとコラ黙ってろや白髪ァ」

「まったくでさぁ、土方さん。てめぇが負けそうだからって、勝負を捨てるなんざぁ、アンタ、ホントにちいせぇタマしてやがんな」

「なに、土方君は小さいのかね。ほっほーう」

「ちょっ、そこで、なんで俺の持ち物のサイズのハナシになってんだボケ! そんで、なに生き生きしたカオしてやがんだ、デコっぱち野郎ッ! てゆーか小さくねぇ! 決めつけるなっ!」

「土方さん、何ムキになってるんですかイ? あんまりキャンキャン喚くと、肯定してるみたいですぜイ?」

「そうだぞ、トシ。何も恥じることはないぞ。それにな、あんまりデカいと、夏場は太股の内側に貼り付いて蒸れて、大変なんだからな。カンジダが発生したら痒いし、掻いたら腫れて余計に膨らむし」

「いや、恥じるも何も、俺のんは小さくねぇって」

「そうか、トシも夏場は蒸れるのか。友よ。そうそう、同じ菌がついた場合でも、ボールとポールでは使うクスリが微妙に違うんだ。知らないで、ボールの水虫薬をポールに使うと、皮の先が鎧のように硬くなってなぁ。こないだもそれで剥けなくなって、思わず火星が新星になってしまうかと焦ったものだが……万が一のときは、クロマイトがよく効くぞ」

「一緒にするんじゃねぇ! そして、そんな豆知識はおおよそ要らねぇ!」

「まーまー……そんなに青筋立てて怒鳴ると、血管切れちゃうよ、オーグシ君。石油掘り当てる勝負だかなんだか知らないけど、男だったら勝負しようぜぇ」

「てめぇかっ! ハナシをややこしくしてるのは、てめーだろ万事屋ァ!」

「いんや、俺ァ、たまたまこのビルでバイトしてただけなんだけどね、そしたらこのゴリラ共が来てよ」

のらりくらりとした銀時の態度に、土方は思わず腰に手をやるが、刀は持ち込み禁止とのことでカウンターに預けていた事を思い出す。山崎が割って入って、土方の身体をポンポンと叩きながら「土方さん、あんまり騒ぐと他の客にも迷惑ですし……イヤと言って引き下がる連中でもないですから、受けるしかなさそうっすよ」と、小声で宥めてやった。

「ち、しかたねぇな」

「それに、殆ど素人みたいですから、心配要りませんよ。不安なのは……局長と参謀のOKコンビぐらいっすかね」

「なんか勘違いしてるらしい近藤さんはともかく、デコ助は気にくわねぇな」

皆がそれぞれ、周囲のレーンを使って練習を始めたのを横目で眺めながら、土方と山崎も『練習』を再開し始めた。


某SNS内先行公開:2008年05月24日
サイト収録:同月26日
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