※当作品は『バラガキ編』前に書いたため、佐々木及び 見廻り組はオリジナルとなっています。ご了承ください。
有明の月/上
ぽっかりと意識が欠落していた。視界に広がる空間とその奥を埋める木目を見つめながら、ほんの一瞬前の記憶を探るが、何も思い出せない。周辺を見渡そうと首を捻ると、箱枕から頭が落ちた。その軽い痛みに目が覚める。
「……寝てたのか?」
よく見れば自室だ。隣には、沖田が裸で寝入っている。上体を起こしてみて、特に痛みや大きな痣が無いところを見ると、昨夜は特にカンシャクも起こさず、機嫌良くじゃれついていたのだろう。
いつもこうなら楽なんだがな……と、口に出して言えばまた拗ねるだろうから、声にはしない。代わりに淡い色の髪を掻きあげて額に唇を押し付けてやると、細く優雅な腕が首に巻き付いてきた。
「起こしちまったか」
「なんでイ、まだ明け六ツ前じゃねいですか。こんな時間に起こしやがって……土方コノヤロー、足りねぇのけぇ? サカッてるんですかイ?」
「ちげーよ。単に目が覚めただけだ。二度寝しとけ」
「へーい」
伴寝をしたことすら覚えてないとは、昨夜は酒でも飲んでいたのだろうか。自分の掌に息を吐きかけてみるが、アルコール臭は感じられない。だが、沖田に昨夜のことを尋ねれば「土方オジーチャン、もうボケちゃいましたけぇ?」と、ソッコーでからかいの種になることは、目に見えている。
多分、何か夢をみていたのだろう。
覚えていたくないような夢を。
なんとなく、その蓋は開かない方が良いような気がした。その扉の鍵はなくしたままでいい。禁断の箱……開ければなにかおどろおどろしいモノがまろび出てきて、そのくせお伽話とは違って『希望』すらも残らないような。
煙草でも吸おうと、そっと布団を抜け出た。着長しを羽織っただけの姿で縁側に出ると、近藤が中庭の池の側にしゃがみ込んでいるのが見えた。
「近藤さん、何やってんだ?」
「ああ、おはようトシ。いや、お妙さん1号と3号が餌をねだってくるもんだから」
「は? なんだ、鯉か。なんでもかんでも、女の名前つけんじゃねぇよ。こないだは畑のトマトにそんな名前付けてなかったか?」
「愛着が湧くから、いいじゃねぇか。愛しい人の名前なら、いつでもどこでも、声に出して呼びてぇもんだし、優しく声をかけてやると良く育つというし。一石二鳥だ」
「そういうもんかね」
苦笑しながら隣に立つ。
確かに、緋色の斑が艶やかな鯉が水面に上がって来ていた。近藤が、手にしていた小袋から麩を幾片か掴んで投げ入れると、さらに数尾寄って来る。
「ンー……カワイイなぁ、お妙さん4号と5号も……あれ、2号はどこ行った?」
「知るか。一晩、池を見てたのか?」
「いんや、ついさっき目が覚めてな。昨晩は原田君や永倉君ら、芋道場組みんなで昔話をしてたじゃないか……で、懐かしい夢を見てな。寝直すのがもったいなくて」
土方は、くらっと目眩がした。そこで倒れなかったのが奇跡なぐらいだ。
「……そうだ。俺も昔の夢を見ていたんだっけか」
「ほう? トシもか。どんな夢だった? 俺はアレだぞ、いつだったか、一緒に飯盛宿に行ったのに、女買わないで結局、シジミ鍋食っただけで寝ただろ。あん時のこと思い出してたよ。おまえ確か、鍋にマヨネーズ入れようとして、大騒ぎになったよなぁ」
そんなことがあったっけか。思い出そうとした頭の奥が重たく感じて、土方はこめかみに指を添える。
「俺のんは……よく覚えてねぇよ」
「どうした? 顔色が悪いぞ? 疲れてんじゃねぇのか?」
「なんでもねぇ」
目を逸らした空には、白っぽい月が明けの空にぽっかりと浮んでいた。いつだったか、あんな月を見た記憶があるなと、土方はぼんやりと考えている。
その横顔を眺めて、近藤がポンと手を叩いた。その音に驚いたのか、池の底に隠れていた2号がパシャッと跳ねる。
「そうだ。見廻り組の佐々木組長が江戸に出張に来てるんだが……あれの接待、おめぇに頼もうかな。たまにはパーッと遊べ?」
その日の夕方、局長決裁を待つばかりの書類を届けにいった土方は、あらためて『見廻り組の佐々木只三郎を、最新のキャバクラかヘルスにでも連れて行け』と近藤に命令されて、呆れた。
「今朝のアレ、マジだったのか。そんなもん、アンタの好きなお妙さんの店にでも、連れていきゃぁいいじゃねぇか。将軍様ですら連れていったっつーのに」
「将軍はウブでいらしたからな。それに、将軍に極上の女性をお召し合わせするのは当然だろうが。あいつにそこまでしなくていい。それに、お妙さんに惚れられたら困るからな」
心配しなくてもあの女は万民受けしねぇ……というか、あんなゴリラ女ァ惚れて追い回すような命知らずはアンタぐれぇだ……という言葉は呑み込み「はぁ」と、間抜けな声を漏らす。
「昔は結構、遊んでて詳しかったんだろ? 昔とったナントカでいいとこ紹介しろよ」
「キャバクラ遊びにハマってるアンタと違って、俺ァ長らくそっち方面はとんとご無沙汰だから、忘れたよ」
「そんなこと言っておめぇ、昨夜も総悟を部屋に引っ張り込んでたらしいじゃねぇか。まぁ、個人の趣味をとやかく言うのも野暮だろうが、いつまでも衆道遊びなんざしてねぇで、たまには女でも抱いてみろや」
いつまでもエロゲーばかりしていて、いっそ二次元の住人になってしまえばいいのにとまで罵られている近藤にそんなことを言われたくないが、これも近藤なりの心配の仕方なのだろう。
「そんなこと言っても……大体、接待ってことは公務なんだろうけど……これ、勘定方に請求書通せるのか?」
「全額は無理だ。これぐれぇは俺が自腹で出してやるから、足が出た分は店に適当に領収書を作らせて、ツケてもらえ」
近藤が、懐から封筒を取り出して、土方に差し出す。
土方は逃れようがないと諦め半分で、ずしりと重いそれを受け取った。
「土方さんが、オンナ買いに行ったってぇ?」
夕食に土方が居ない理由を尋ねた沖田が、食堂だというのも忘れて、素っ頓狂な声を上げる。それを聞いて、山崎もブッと味噌汁を吹きそうになった。
「そりゃあ、まぁ……あいつも男だからな。たまには遊んだって、いいだろうが。これも接待の一環だ」
近藤はしれっと、箸で焼き魚をつつき回しながら答えるが、沖田も山崎も「冗談じゃない」と思わず立ち上がっていた。
「あのヤローが、オンナなんか抱けるもんですかイ。ガラでもねぇ」
「そうですよ、副長がオンナなんて……自慢じゃないですけど、つるぺた幼女体型ならともかく、シリコン詰めた爆乳フーゾク嬢相手なんて、絶対有り得ませんからっ」
「まったくだ。この天然物の国宝級美乳を袖にしておいて、そんな貧相なサイボーグ人間相手に勃ちやがったりなんかしたら、許せねぇってやつでさぁ」
ふたりは何を根に持っているのか、そう喚き散らす。近藤はその勢いに押されて、オロオロと「ふ……ふたりとも落ち着け。飯の最中に、つるぺただの美乳だの、行儀の悪い」と、宥めるしかない。
「「飯なんか食っていられるかいっ!」」
日頃は土方を巡って、水面下で火花を散らしているふたりだが、こうときに限っては、シンクロ率200%超のハーモニーを披露してみせた。
「接待って、見廻り組ですかね? そういえば江戸に来てるらしいですけど」
「かぶき町だと思うか、山崎ィ」
「いくら無神経な副長でも、さすがに万事屋の旦那なんかに見つかるのは嫌がるでしょうから、かぶき町はないでしょうね。かといって、吉原では予算が足りない……ってぇことは、土蔵相模の辺りかと」
「なるほどね。山崎、クルマ出しねぇ」
「合点承知」
鬼のようなコンビネーションを見せて、バタバタと食堂を出て行く。
「こいつらの食いさし……置いといた方がいいすよね?」
箸を箸置きに直しもせずに放り出した状態に、半ば呆れながらも一応尋ねるのは、いつも晩飯の時間に間に合わず、夜中にコッソリと余りモノをつまんでいる山崎の哀れな日常を知る、原田ならではの気配りだろう。
「ああ、布巾でもかけて置いておけ。どうせ帰ったら、腹ァすかせて食うだろ」
近藤はそう面倒くさそうにいうと、半ばヤケクソ気味に丼飯を掻き込んだ。
土方もかなり大柄な方だが、佐々木はさらに上背があった。彼は小太刀の名手で、この長身を生かして上から斬り付けるのを得意としているのだという。
「最近の江戸の若いのは、体格が良くなって足が長くなったというが、てめぇも負けてねぇな。女の子がきゃあきゃあ騒ぐわけだ」
一応、社交辞令がてら褒めてやると、佐々木は満更でもないのか「そうかね」と上機嫌に返事をした。
「確かに、江戸の女性は垢抜けていて、京の女性とはひと味違っているな。しかし、これといって、持ち帰りしたくなるほどの絶世の美女がいるかというと、これまた難しい」
「そうけぇ」
だったら、思ったよりも予算オーバーせずに済みそうだなと、隊服の上から内ポケットに触れて、かなり軽くなってしまった封筒の厚みを確かめる。
「なにせ、目の前にこれだけの美人がいるというのだから、どんな女が出て来ようと色褪せるというものもだ」
「は?」
美人ッテェ誰デスカと、ボケてしまいそうになるが、佐々木の目の前にいるのは、美人かどうかはともかく、自分ひとりだ。
「佐々木さん、こっちのケがあったのけぇ? だったら野郎の店にでも回ろうか? カマっ娘倶楽部ってぇのが、かぶき町にあったはずだが」
親指を立てて示してみせながら尋ねると、佐々木は「いや、結構だ」と苦笑した。
「別にそういう趣味があるわけじゃないんだ。俺ァ、一応ちゃんと妻帯してるよ」
「あ……そうかよ。だったら、別に無理してオンナ買う必要もねぇわな。こういうのに連れ回して、かえって迷惑だったんじゃねぇか? 悪いな、うちの大将がヘンな気を回して」
「まぁ、たまには大江戸の美人を拝むのも、眼福ってぇやつだ。君も含めてね」
「アンタ、実は、相当酔ってんじゃねぇのか? そう言えば焦点も定まってねぇみてぇだし」
別に、土方は酒に強い訳ではない。むしろ逆で……佐々木にカクテルだのウィスキーだのを勧める傍らで、ウーロン茶を飲んで誤魔化していただけだ。
もちろん、ふたりしてへべれけになるまで飲んでいたら、とてもじゃないが予算が足りなくなるという説もある。
ともあれ、その佐々木を見上げるように顔を覗き込んでいたら、つい、と顎を掴まれた。
「ドカタ君は、睫毛が長いのう。それに色が白くて肌理が細かそうで」
「……オッさん、斬られてぇか?」
それでも、その場で無礼討ちにしなかったのは、これでも客人だという意識が、土方なりに残っていたからだ。あるいは……いつも土方の方が上背があるものだから、このような形で見上げる姿勢が新鮮に感じられて、思わず魅入られてしまったのかもしれない。
すぅっと引き込まれるように、ごく自然に目を閉じていた。
唇が上から重ねられた。腕を上に差し上げるようにして、背に回す。なおも唇をねだるように、踵がほんの僅かに浮き上がった。いつもは土方の方が身を折るようにして、屈んでやっているのに……そう思うと、なんだか自分の身体が小さくなったような、妙な感じがした。
「そういえば、ここに来る途中に宿があったね。君も体面があるだろうから、連れ込み宿じゃない方がいいだろう」
唇が離れると、佐々木がボソッと耳元に囁く。
土方は虚ろな瞳のまま頷く。そして、肩を抱かれるようにして歩き出しながら、この匂いは……近藤さんに似ている、だから俺はこの男に抗えないのではないか……と、などとぼんやりと考えていた。
その晩の花街は大変な騒ぎになっていた。
「御用改めでぇい!」
そう喚きながら、抜刀して踏み込んでくるのは天下の武装警察・真選組一番隊隊長だ。番頭や遣り手婆が何事かとオロオロと出てくると「この付近に真選組副長・土方十四郎を騙る窃盗犯が逃げ込んでいるそうです。隠し立てすると営業停止処分もあり得ますから、速やかに捜査に協力してください」と、その同行者に如才なく告げられる。
初っ端に気迫で相手を飲み込んでしまい、続いて弁舌爽やかに相手を丸め込む、まさに動と静の絶妙なコンビネーションだ。
既に床入りしている客も多いが、営業許可が懸かっているとあっては、野暮を理由に拒むこともできない。むしろ遣り手婆らが妓有太郎(下男)や、かむろ(侍女)に発破をかけて部屋に乗り込ませての面体改め。妓楼はまさに蜂の巣を突いたような騒ぎになっていった。
「それはそうと、ザキ。何で土方さんが窃盗犯なんでイ? 潜伏中の攘夷志士の取り締まりの方が、自然じゃあねぇのか?」
次の猟場(?)となる女郎屋までの道すがら、ふと思い出したように助手席の沖田が尋ねる。
「盗んでいったじゃないですか」
ハンドルを握っている山崎がしれっと答えたが「まさか、てめぇの心を盗んでいきました……ってぇ、シャレこむつもりじゃあんめぇな?」と切り返されると、ぐっと詰まってしまった。
「い、いけませんか?」
「土方さんにゃ盗んだ覚えはねぇって言われるだろうよ」
「じ……じゃあ、沖田さんはどうなんですっ」
「ちっこい頃から預けっぱなしで、いい加減、利子がサムプライズローンばりに膨らんでまさぁ」
「それで、強引に取り立ててるわけですか」
「てめぇ、たまにはうめぇこというな」
「ま、副長には預った覚えは無いと言われるかもしれませんがね」
「ち。そいつぁ借主忘却の法則ってぇヤツだろイ……っと、ここじゃねぇか?」
思わず通り過ぎてしまいそうな、薄暗い路地の入り口に申し訳程度に掲げられている小さな古看板を、沖田が目敏く見つけて親指で示す。だが、急ブレーキの音を聞きつけたのか、パトカーから降りてそちらに向かおうとすると、番頭頭と思しき中年男が宿帳の写しを持ってきて「他店からお話は重々お伺いしてございます。うちには、斯様なお客は居ませんでした」と、深々と頭を下げる。
「そんな連絡網が回っているのか」
「へい。この辺り一帯にはいないようです。もちろん、万が一、見かけましたら、すぐにお知らせいたしますんで、へぇ」
沖田と山崎で顔を見合わせる。確かに、これだけ探して見つからないということは、別の街なのかもしれない。
「どうしましょう? 予算的に吉原は無いとしても、まさか、かぶき町にまで繰り出したなんてことは」
「さぁてね。一応、接待ってぇ面目だ。場末のチョンの間の類いでねぇだけでも恩の字かもな。あんなもんまで探すんじゃきりがねぇ。高級ソープか高級キャバレー……ともあれ、その手のキンキラキンを虱潰しに当たりゃあ、そのうち見付かるだろ」
「それにしても……こんだけ大騒ぎをしちゃったら、もう、土方さん、ここいらのフーゾクに行けませんねぇ」
「そんなん、あの人にゃ必要ねぇから問題ねぇ」
沖田がサラッと言って、パトカーに戻る。山崎も「それもそうですね」とクスクス笑いながら運転席に戻ると、シートベルトを締めた。
連れ込み宿ではないのだから、ベッドはダブルではなく、ツインだ。色気に乏しい白いシンプルなシーツが敷き述べられており、壁紙も照明も、どこか殺風景で味気ないものに見えた。
そのパリッと糊のきいたシーツの上に、隊服の上着だけを脱いだベスト姿で、居心地悪そうに腰をおろしながら、こんなところでヤれるのかよ、と土方は口走りそうになり、それを飲み込む。まだ、あの大男と肌を合わせるということに対して、自分でも実感が持てないのだ。
これは悪い冗談で、シャワーを浴びてベッドに上がったら、佐々木は引っくり返って高鼾をかき始めるのではないか……土方はこの期に及んで尚、そんなことをぐだぐだと考えていた。
「さすが天人の技術だな。いや、風呂ひとつとっても、極楽極楽」
だが、シャワールームから戻ってきた佐々木は上機嫌にそんなのんきなことを口走っていた。ホテル備えつけのつんつるてんの浴衣姿だ。
「あっちはアレだからなぁ。天人の技術の恩恵どころか、ホンモノの天人を見たことすら無いような連中がいるんだよ。二条城の中にすら、ね……そういう石頭を相手にしてるんだから、気苦労も多いんだよ、これでも」
だが、そんなことを気苦労の「き」の字も知らないような太平顔で言われても、いまいち説得力がない。
「……つまりアンタ、似てるんだな」
「は? 何がだ?」
「うちの大将と、だよ。ガラがでかくて、ノーテンキなところが」
「だから、ここまでついて来たって?」
「匂い……多分、整髪料の……匂いまで、同じだったから」
そうかいな。でも俺ァこういうのは女房に任せきりで、鬢油の銘柄なんて知らんよ……と、佐々木はケラケラ笑う。
「ドカタ君、あのゴリラとデキてんのか」
「そんな言い方すんな。それに、俺らはそういう間柄でもない」
「悪い悪い」
佐々木は素直に謝ると、両手を合わせて拝む真似をした。こういう愛嬌があるところも、馬鹿だ馬鹿だ言われつつ隊士らに慕われる近藤と通じるところなのだろう。
「しかし、好意は持っているのだろう? それが懸想かどうかはともかくとして」
「そりゃあな。でも近藤さんは、凶暴ゴリラ女に惚れ込んで、そちら一筋さ」
「なるほど……つまり、寂しいんだな」
佐々木がスッと手を伸ばした。
違うと答えようとした唇が、唇で塞がれていた。顎が触れ合って、佐々木の顎の剃り残りの髭がザラッとした。その感触に嫌悪感を覚えるが、なぜか突き飛ばすこともできず、促されるままにベッドに倒れ込んでいた。
「素面では気恥ずかしいかな? 軽くビールでもひっかけるか?」
「いや、酒はいい……って、ちょっ……待て、それよか先にシャワー浴びてぇ」
「浴びても、どうせ汗をかくンんだから、同じだろうがよ」
「ち。分かった。さっさと済ませろ、酔っ払いが」
ベストの前を開き、ブラウスのボタンを外される。本気で抵抗すればできたかもしれないが、スラックスのジッパーを下ろされた頃には、むしろ引き降ろしやすいように軽く腰を浮かせていた。
ラブホテルだったら、ローションとかコンドームとかの自販機が室内にあるんだがな……と言い訳をしながら、割り広げるように押し入っていく。
充分に指で慣らしてほぐしていたはずなのだが、佐々木の体格相応のサイズはさすがにキツく感じられて、土方は佐々木の肩に爪をたてるようにしてすがりながら、何度も息を吐いては、下腹部の力を抜こうと足掻いた。
「フロントに内線して、ローション持って来てもらおうか? 多分、売ってると思うし」
「い……いい、必要ねぇ、ここまでしておいて、今更ッ」
熱を帯びた吐息と共にそう吐き捨てて、佐々木の首筋にかじりつく。
一応妻帯者なんだから、あまり痕つけないでほしいんだけどなぁと苦笑しながらも、少しでも気を紛らわせてやようとその土方の上体を包むように抱き締めると、頬と言わず額といわず鼻先といわず、キスの雨を降らせてやった。それが効いたのかどうか、少しはおとなしくなったようだが、やはりかなり苦しいらしく、形良い眉が寄せられ歪んでいる。
「とっとと出して、終わらせてしまえっ」
「それじゃあ、君がしんどいままだろう。いくらなんでもそれは……そうだ。こっちの姿勢の方が、少しは楽じゃないか?」
思いついたように、佐々木が番ったままの土方を抱きかかえるようにして、うつ伏せに転がした。
「いや、この姿勢は、その……」
「相手の顔が見えないと、怖いか?」
怖い、などとは日頃の土方は決して口に出して認めないであろう単語のひとつだが、佐々木の醸し出す包み込むような気に飲まれていると、つまらない意地や見栄といったものが蕩かされるようだ。土方が小さく顎を引いた。
「でも、俺じゃなくて、近藤君にされてると思える方が、イイんじゃないのかな?」
「そ……そんなことは……って、なんで近藤さんなんだっ」
「君は、アイツになんて呼ばれていたっけねぇ、十四郎……トシ、だっけ?」
他にそう呼ぶ者はない呼び名で囁かれ、枕に顔を半ば埋めていた土方が、軽く肩を震わせた。実際には、土方の名は『十四郎』なのだから『トシ』と呼ぶのはいささか不自然なのだが、なぜか、近藤は当たり前のようにそう呼ぶ。
「こっ……近藤……さ……ん?」
「ああ、遠慮しないで、そう呼んでくれていいよ」
「……いいのか? 他の男の名前を呼ばれて」
「あまり名前には頓着しない性分でね」
頓着するとかしないとか、そういう論点ではないと思うのだが……この佐々木という男、神経がよほど太いのか、本数が足りていないのか。
「近藤さ……ンッ、ふぁっ……あ」
語尾が乱れたのは、背後から再び、佐々木が突き上げ始めたからだ。
「ああ、いいね。中の具合が、さっきとは格段に違う。よほど、彼を好いているんだね……トシ」
トシ、と呼ばれたことに反応したのか、内壁がわなないた。狂おしげに敷布に爪を立て、掻き毟る。
土方とて、思考の一部では敵方が佐々木であることは重々理解していた筈だ。だが、大柄な筈の自分の身体を、さらにすっぽりと包み込むボリュームに流されてしまいそうになっていた。
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