HAPPY TOY/中


心臓が裂けそうなほど、激しく鳴っている。ぜいぜいと鳴る喉の奥は、微かに血のような味がしていた。目蓋の裏にはパトライトの赤い光の残像が踊っており、遠くではまだ、甲高いサイレン音がヒステリックに鳴り響いている。

「んのやろぉ……ぜ、ぜってぇ、俺だと思って、ムキになって包囲網、敷きやがっ……た、な……くそっ」

白刃や威嚇射撃の鉄砲の弾をかいくぐり、一か八かの正面突破を何度もやらかして逃げ回った挙げ句、郊外の武家屋敷跡に逃げ込んだ。ようやくひと心地ついて、すっかり荒れ果てたあばら家の、腐りかけた板の間に、銀時が転がる。一方の芙蓉は、機械ゆえに疲れを知らないのだろう、表情ひとつ変えずにその傍らに正座した。

「ヲイ……たまぁ、そういやぁ、なんだって俺の居場所、分かったんだ?」

「お登勢様が、銀時様は馴染みのところにいると教えてくれたので、お心当たりを尋ね歩いておりました」

「お心当たりって……まさかとは思うけど、行く先々であんな調子で破壊活動しまくったわけ? ちょっ、冗談じゃねぇよ。俺の名前出してないよね? そんなん出されてたら、明日から江戸で居場所ねーじゃんか」

「よそでは銀時様の生体反応が感じられませんでしたので、門前に行っただけです。萌黄楼では、固有の脳派パターンを感知したので、強行突破しました」

しれっと言い放ったのは、芙蓉が機械人形だからか、それともまったく罪悪感を感じていないからか。銀時が、やれやれと苦笑しながら起き上がる。

「んで? そこまでして熱心に江戸中駆けずり回って俺を探してくれたのは、アレですか。その、今朝言っていた、オトナのサービスをしてくれるってぇヤツですか」

芙蓉はこっくりと、あどけないと言って良いほどの仕種で、首を振る。

「この間は、私のガス抜きというものをしてくださいましたので、今度は私が何かお礼をしたいと思ったのです」

「それが、コレ?」

「はい。銀時様の袋のガス抜きをして差し上げようと思ったんです」

「袋ってどれですか。俺の股間の袋ですか。いや、これは違うから。ガスじゃないから。別のナンかの汁が詰ってるだけだから」

「抜かなくてもいいのですか?」

「いや、抜くけどね、抜くけど、抜いてくれたら嬉しいというか、まぁ、そういうモンだけどね。なんというか、えーと」

「だったら、お手伝います」

どうやら何か手伝えると思ったらしく、芙蓉がパァッと表情を明るくしたが、それに反比例して、銀時の頬の筋肉は引きつる。

「お手伝いって、何するのか分かってんのかよ」

「今朝記録した、あの雑誌の記事を解析しました」

「あ……ああ、そうですか」

「私は子どものための玩具として造られましたので、本来、交合用のプログラムは搭載していません。でも、源外様によれば、私の人工知能は特に高度な学習プログラムとフィードバック機能が搭載されているそうですから、やり方さえ教えてくだされば、機能外のことでも出来ると思います」

そういうと、無造作に両手で己の着物の衿を押し広げる。今度は首から下も白い人工皮膚に包まれている。隠されていたなだらかな谷間が広がっていき、みるみる間にゴムマリが押しだされるように膨らみが露わになっていく。やがて、ぽろんと胸乳がまろび出た。

「ちょっ……源外のジジイッ! なんだってこんな無駄にリアルなボディつくってんだよっ! あの店の手伝いして、月一で家賃回収するだけの人形なんざ、機動戦士グンタマで十分じゃねぇかっ! こんな立派なおっぱい付けてんじゃねーよっ!」

「この胸は、お気に召しませんか? あの雑誌に載っていたMO−E型モデルなのですが。もう少し小さいのがお好みですか? それともグンタマのボディパーツ? いくつかパターンを用意してもらってるので、付け替えましょうか?」

今にも胸乳を外して付け替えそうな芙蓉の手に触れて「いやいや、そーいう論点じゃねーから」と、銀時は苦笑混じりに押し留める。

「そういう論点ではないというのは、胸部パーツに興味はないということですか? やはり源外様がおっしゃる『ケツぷりん』ですか?」

「あンのクソジジイ……一度、しっかり話し合う必要があるな。ともかく、その危険物をしまえ、オラ」

「危険物?」

何か片付けるものがあるのだろうかと、芙蓉は周囲をくるりと見回す。火薬や熱源体を感知しているのか、ピピピ……という音が微かに聞こえる。

「危険物に該当するものは、半径100メートル内にはありません」

「そのおっぱいだよ、おっぱい」

「この胸部パーツが危険なんですか?」

「おっぱいはミサイルなんだよ。男心を爆撃するツインミサイルなんだよ」

「残念ながら、現在、胸部にミサイル機能は搭載していません。搭載した方がお好みですか?」

限りなく真顔で淡々と言う芙蓉の態度にすっかり疲れて、ぐったりしながらも、銀時は両手でその衿を掴むと、かき合わせて胸乳を隠してやった。なんだかもう「神楽、パンツみえてんぞコラ」とか、寝具屋でおっぱい型クッションを見かけたりしたのと同レベルの萎え方だ。

「いや、ミサイルはつけなくていいからよ」

「ミサイルでもダメですか。どうしたら私は、銀時様に喜んで頂けますか? 銀時様の下腹部の体表温度が、先程は二度ほど上がっていましたが、再び平熱以下になったのを感知しました」

「……あーもう、いいから。何もしなくていい。つか、頼むから何もしてくれるな」

「何もしなければいいのですね。了解しました」

そう答えると、芙蓉は姿勢を正して座った。

「本当に、それだけでいいのですね?」

「ああ、余計なことすんな」

ぐったり疲れた銀時はそう言い捨てて、背中を向けるように転がると目を閉じた。たちまち睡魔が襲って来て、意識が吸い込まれていく。





ぽっかりと目を覚ました。はじめは自分がどこに居るのか把握できなかったが、徐々に思い出してくる。破れ障子から差し込む月光の儚さから、まだ深夜だと察することができた。あれだけうるさく鳴り響いていたサイレンは止んでおり、代わりに切れ切れに鳴く虫の音が聞こえている。それに混じってブーンという低周波音が耳に飛び込み、振り向くと芙蓉が正座したまま目を閉じていた。

どうやら省電力モードに入っているらしい。人間でいうところの仮眠のようなものか……長い睫毛がシルエットになっている整った横顔を眺めていると、体重を受けて床板が軋んだ。その音に反応したのか、たちまち、ヴォン……という音と共に、芙蓉が起動した。

「あ、悪い、起こしてしまったな」

「いいえ、起きていました。私は、銀時様に何もしてあげらないのかと、ずっと考えていました」

どうみても寝ていたようにしか見えないのだが、それはあくまで人間の感覚であって、機械人形的にはボディが省電力モードに入っていても、内部の電脳部分が『起きて』いたのかもしれない。

「何もしてあげられない……というわけじゃ無いんだろうがな。まぁ、別に無理して何かしてくれようとしなくてもいいってコトよ。その気持ちだけでありがてぇよ」

上体を起こすと、手を伸ばして頭を撫でてやった。合成繊維の髪は、生身の女の髪よりも多少パサついて硬い。指が触れた耳朶は、妙に冷たくてぐにゃっと軟らかかった。
こうしてあらためて触れたことはないなと、ついまじまじ眺めてしまう。今朝見た、露骨に性を振りまく『からくり嬢』の姿態がちらついた。

ち、新八のヤツ、ロクでもねぇモン持って来やがって。

「本当に、何もできないのですか?」

紅色のびいどろ玉の瞳が、まっすぐに銀時を覗き込んでくる。

「いや、その、でも別に、こーいうやり方でなくてもよ。何かの機会に万事屋の仕事を手伝ってくれるとか、そーいうんでも、充分に役に立つからよ。そんときはそんときで、お願いすっから」

「ほかの機械人形の写真は、熱心に眺めておいででしたのに」

「なんだ、おめぇ、機械のくせに妬いてんの?」

「妬くという感情がどういうものか、私のデータにはありません。でも、今朝、あの雑誌を熱心に見ている銀時様を見ているとなぜか発砲したくなり、しばらく我慢していましたが、ついに撃ってしまいました」

「あーそうですか。ハイそーですか……でも、まいったな」

とてもじゃないが、こんな状況でいきなり勃つほど銀時も若くはない。それに最近また、こう、糖のせいでね、ちょっとね……コッチの方が。

「お手伝いします」

芙蓉が再び衿を開いた。月明かりに人工とはいえ豊かな双丘が青白く浮かび上がる。

「え? なに? ここに挾めって? ここにアレを挟んじゃっていいってコト?」

試しにその胸乳に手を触れてみた。
生身の女性のものよりも表面温度が冷たく、ちょっと力を込めただけで、軟らかい肌に指が沈んでいく。内部は液体だという言葉そのままに『張りがある』というには違和感がある妙な弾力はしかし、吸い付くような肌と相俟って、確かにモノを挟み込めば、さぞや心地良かろうということは容易に想像がついた。
心臓の鼓動は感じられない。代わりに動力の作動する蚊の羽音に似た唸りが、指に伝わって来た。

「こういうのが嫌いな男はいない……んですよね?」





あぁ『根負け』だな、と銀時は苦笑した。





「じゃあ、お願いしようかな。してもいいのかな。いいんだよね?」

しつこく何回も確認しながら、銀時は羽織ってる着物をまくった。下に履いている黒股引の前を緩めて、一物を引っ張り出す。芙蓉の視線がその器官に吸い付いた。

「それがペニスというものですか。資料で見たものと、少し違います」

「うんまぁ、普段はこーいうふうにブラ下がってるもんでよ。それをこう、おめぇが見たのがどんな資料かは知らねェが、ともかくそれに載ってるようなビンビン状態にする手伝いをしろと、そういう訳だ」

「畏まりました」

芙蓉は膝立ちの姿勢になると、両手で豊かな乳房を捧げ持ち、目の前に仁王立ちになった銀時のものを柔らかく挟み込む。その眺めだけでもかなり扇情的で、全身の血がその一点に集まるような気がした。ぴくりと動いたのを感じたのか、芙蓉が小首を傾げる。

「これ、生きてるようですが」

「いや、そらぁ生きてるモンのパーツというか、一部分だからな」

「そうではなく、独立した生き物のようだと」

「いや、そらぁ下半身は別人格っていうからな」

「銀時様に生えているのに、銀時様とは違うのですか?」

「生えてるゆーな、キノコじゃあんめぇし」

「キノコ?」

不思議そうな表情で、それでも命じられたままに器物を挟み込んでいる乳房を揺すって、擦り合わせている。

「キノコ、育って来ましたね、銀時様」

「だから、キノコじゃねーって……まぁ、いいか。キノコでも」

「キノコの後ろにも、何かありますね。これがさっき仰ってた、汁の出る袋ですか?」

「あのな、たま。こーいう時にベラベラ喋るんじゃねーよ……まぁ、おめぇにムードを求めるだけ無駄だろうがな」

「申し訳ありません、銀時様。黙っていればいいのですね?」

口をつぐむと、芙蓉は尚もゆさゆさと作業を続けた。時折、仕上がりを確認するかのように、徐々に形を作っていくモノをしげしげと眺めている。
そう、作業。
この行為の意味が分かっていない芙蓉にとっては、スナックでビールを運ぶのもこうしてパイずりをするのも、与えられた命令を忠実に実行しているという点に於いては、大差無いのだろう。




銀時は、腰に両拳を当ててそれを見下ろしていたが、ふと思いついて茱萸(ぐみ)の実のような紅い小さな頂きをつまんでみる。期待していたような「あんっ」といった声は上がらなかったが、少なくとも驚いたようで、大きな瞳を開いて銀時の顔を見上げて来た。

「もしかして、母乳プレイをご所望なのですか? それは一般的なプレイではないというので、用意していませんでした。申し訳ありません」

「いや、ちげーけど……つか、用意って何、そのオパイの中にミルクでも詰めるのかよ。まぁ、確かにこの中身は液体だって言ってたけどな」

苦笑しながら銀時が腰を引くと、芙蓉の献身的な奉仕活動の成果で、一物は隆々と天を仰いでいた。

「資料でみたものとかなり似た状態であると確認しました」

「あーそいつは良かったな。で、今度はそのお口か下のお口で、このキノコちゃんを可愛がって欲しいんだけど」

「口ですか? 分かりました。オーラルセックス用のパーツを装着します」

「え? そのままでいいって」

「そうですか? 専用パーツの方が快楽が大きいそうですが」

「参考までに聞くけど、それってどんなん?」

あんまりバカな会話に気をとられると、せっかく勃ったモノが萎えてしまいそうだが、それでもつい、尋ねてしまったのは好奇心に駆られたからだ。

「通常の状態だと歯が当たったりして危ないですので、顎を外して、代わりに筒状の受け入れ口をセッティングします」

「んー…なんか想像がついたからパス。じゃ、代わりに下のお口、使わせて貰うわ」

しゃがみ込むと、芙蓉の肩を押すようにして、仰向けに倒した。背中の大きなリボン状の帯が邪魔で、力任せに引っ張ると付け帯びだったのか、そのままポロリと外れた。さらに帯を緩めて着物の衿を押し広げる。
横たわっても芙蓉の胸乳がツンと上を向いて、その質量を誇示しているのは、やはり人工物だからだろう。
人間の、整形したシリコンの胸も、横たわるとこんな感じだっていうよな。そう思いながら華奢な身体に覆いかぶさり、乳房に吸い付く。

「銀時様。せっかくですが、吸っても何も出ません。準備を怠りまして、申し訳ありません」

「いや、別に何か出そうって吸ってんじゃねぇから。つか、黙ってろっての」

「はい」

別に愛撫されたからと言って、感じてよがるわけでもない芙蓉は、横たわっているだけでは物足りないのか、何か言いたそうな様子であった。銀時が自分の服を剥がそうとしていることに気付き、手伝うことを見付けたとばかりに、いそいそと積極的に自分で帯を解き、着物を脱ぎ捨てると、続いて銀時の服も脱がせにかかった。





「じゃ、挿れんぞ」

硬度を保っているうちにと、全裸になった芙蓉の脚を押し広げると、妙にリアルに形作られているその入口に押し当てた。ぐっと押し込んだその感触は、さすがに現代科学の粋を集めた機械人形だけあって、特殊な合成樹脂が絶妙の圧力で包み込んでくる。しかも、内側の奥は襞や突起が巧みに刻み込んであるのか、擦り付ける度にこりこりという感触がして、快楽を抉り出してくる。
それが心地良ければ心地よいだけ、腕の中にいるものは生身の人間ではないのだと、逆に思い知らされた。なまじヒトに似ているだけに、余計に些細な差違が神経を逆撫でする。

「おーい。こーいう時はもーちっと、あんとかイヤンとか啼いて、気分出すもんだろーが、そんなマネキンみてぇな面してんじゃねぇよ」

「先ほど、黙っていろと言われましたので」

「いやでも、ヤってるときは自然と声が出るもんだろ」

「ヤってるときというのは、交合のことですか? でも、私には交合用のプログラムが無いので、どのように声を出して、どんな表情を作れば自然なのか、分かりません。銀時様、教えてくれますか? 教えて頂ければ、頑張ります」

銀時は、がっくりと芙蓉の胸に額を落としてしまった。

「ちょ、もう……源外のジイさん、なんでその、なんだか用のプログラムってぇのを積んでくれなかった訳? 嫌がらせ?」

「勝手にしない方がいいと判断なさったと聞きました。その、分かりやすい言い方をすると、別の人格を上書きすることになると」

「別の人格? するってぇとなんだ。また、冒険の書と馬の糞しか分からねぇ状態になるってことか?」

「人格をインストールしても、まっさらになる訳ではありません。記憶は情報として継承します」

「だったら、何が問題なんだ?」

銀時がそう畳み掛けたのは、単純な助平心だ。
芙蓉は、一拍置いてから「でも、それはもう私ではありません」と告げた。

「『それ』は私の記憶を持ち、私の身体を操り、私の声で喋ります。私の癖も思考パターンも継承します……でも」

「違うンだな。難しいことは分からねぇが、ともかくおめぇじゃなくなるんだな? 分かった、分かったよ。じゃ、とりあえず黙ってろ」

声を出せと言ったり黙れと言ったり……人間の女なら、そう文句をつけたろうが、機械人形である芙蓉は、素直にこっくりと頷いた。その芙蓉の細腰を掴んで、俯せに転がしてやる。無表情な顔とご対面するのでなければ、まだマシかもしれない。
後ろから突き上げながら、白くてなだらかな首筋から背中、そして腰へと続く優雅なラインを眺めた。結い上げた髪の後れ毛や簪が揺れている。

「ホント、きれいなカラダしてんな。まぁ、わざわざ選んでそういうのを仕入れたんだろうから、当たり前なんだろうが」

「本当ですか?」

嬉しそうな、しかし行為の最中とは思えない静かな口調だった。
そういえば、生身の女のような熱や汗も浮いていない。それでも止まらなかったのは、ひとえに自身に絡み付くような内壁のせいだ。

「ああ、本当、キレイだ。ツラだって、すっげぇカワイイしな」

生身の人間ではないと意識してしまいそうな自分を誤魔化すように、あえてそう囁いてやる。背に覆いかぶさるようにして、芙蓉の顎に片手をかけた。首をねじるようにこちらを向かせて、やや無理な体勢ながら口を吸ってやる。唇も蕩けそうに柔らかく、微かに甘い味がした。舌を差し入れて真珠のような歯をなぞる。

いや、この味って、オイルじゃねぇよな?

一瞬でもそう思ったのがいけなかった。芙蓉の首が、ぐるんと真後ろに向いているのに気付いてしまったのだ。多分、接吻しやすいようにと、芙蓉なりに気を遣ったのに違いない。頭の奥ではそう分かっていたが、目の前のショッキングともいえる光景に、さすがに銀時の中で何かがぷつんと音を立てて切れた。




めちゃめちゃに壊して、って、よくエロ小説とかで言うけど。




片手に冷たい感触を感じて、銀時はようやく我に返った。
気付けば、仰向けの芙蓉に馬乗りになっていた。冷たいと思ったのは、乳房を乱暴に掴んだ余りに爪が人工皮膚を突き破り、その中に詰っていた液体が飛び散ったせいだ。

「あ、その、わりぃッ! だ、大丈夫か?」

「機体に多少の損傷はありますが、基部は無傷です」

怒りも恐怖も見せず、淡々と事務的とすらいえる静かな声で芙蓉が答える。
恐る恐る銀時が芙蓉の腹から降りると、芙蓉が身体を起こす。人間の仕種とは程遠い、リクライニングチェアが起き上がるような動作だった。人工皮膚が裂けた胸元から平たい腹にかけて、白い汁がべったりとついている。

「げ。しかもブッかけちまったんかよ。すまねぇ」

「どうして謝るのですか?」

「いや、だってこんな……」

「これは銀時様の望まれるプレイではなかったのですか? 私は、銀時様を気持ち良くして差し上げることができなかったのでしょうか」

「いや、プレイゆーな。それなんてエロゲーだよ」

「銀時様がオルガスムスに達したのを確認したので、満足して頂けたものと思っていましたが、やはり私ではお役に立てなかったのでしょうか」

「ちょ、だからさ。おめぇ、分かってるのか? 俺が自分で言うのもナンだが、オメェは今、オトナのオモチャ扱いされた挙げ句に、ブッ壊されそうになったんだぞ?」

「気持ち良くありませんでしたか?」

あまりにもストレートな質問に、銀時は頭を抱えた。だが、確かに気持ち良かったとは思う。猛烈な破壊衝動に駆られたのも、記憶を冷静に紐解いてみれば、芙蓉が機械であることへの違和感やそれと交わることの不気味さが引き金になったとはいえ、性衝動の一環だったと言えなくもない。

「そうだな、悪くはなかったさ。むしろ、すっげ良かった」

「では、私は銀時様のお役に立てたんですね」

そういう論点じゃないと喚きたかったが、ではどういう論点かと問われれば、うまく説明できない気がした。
それよりも、壊されかけたという自覚もなく、その行為の意味もきちんと理解していないまま、ただ役に立ちたいという一心で身体を作り替えてまでして差し出して来た、芙蓉の健気さに圧倒されていた。それを、愚かで滑稽なことだと笑い飛ばすこともできたかもしれない。所詮は機械人形なのだからと切り捨てることもできたかもしれない。

だが、銀時はその代わりに「てめぇってバカは、ホント、可愛いヤツだな」と呟くと、あらためて抱き寄せていた。

初出:07年10月10日
大幅加筆:08年07月05日
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