HAPPY TOY/下
愛おしく感じたからといって、いくら抱き締めても、機械人形の芙蓉はその行為に意味を見い出すことができない。例え、口付けても、髪を撫でても、指を絡めても。
「なぁ、俺ァ、どうしてやったらいいんだろうな。おめぇらは、どうされたら気持ちいいって感じるんだ?」
相手は所詮、機械人形なのだから、別にそこまでして情を返してやる必要もないのかもしれない。そして相手が性具として特化した機種であれば「どうせ、そのための道具なのだから」と開き直ることもできただろう。
だが、銀時は芙蓉に対してそこまで割り切ることができず、そう尋ねていた。
「このような行為に対して、私自身が気持ちいいと感じる定義は、私には存在していません。銀時様に気持ち良くなって頂くことが目的ですから」
「泣かせるようなこと言ってくれるねぇ……でも、俺だけが一方的にイイって状態はフェアじゃねぇだろがよ。なんかねぇのか? その、機械人形が一番嬉しいことというか、愛情表現だと感じることって」
これが、交合用のプログラムを積んだ機械人形なら、人間の女が口にするような甘い台詞を吐くのだろう。本人がそう望んでいるかどうかに関わらず、予め男心をくすぐるような行動パターンをプログラミングされているのだから。
だが、芙蓉は小首を傾げて考えると「……命令されることでしょうか?」と答えていた。
「マスターに命令されて、それに応えることが、機械人形の喜びであり、存在意義そのものですから」
いつもならイラッとさせられるトンチンカンな回答も、今だけは有り難かった。
人間の真似事ではなく、機械人形として本当に嬉しいと思うことで返してやるのが、芙蓉が寄せてくれた思いに対する真心だと思えたからだ。
「命令ねぇ……SMみてぇでイマイチ趣味じゃねぇんだがな。内容は、どんなこともでいいのか? 例えばそのよ、禁止事項とか、でも?」
芙蓉がこっくりと頷き、澄んだびいどろ玉の瞳でじっと銀時を見上げる。
「じゃあ……おめぇ、こういうこと、他のヤツとはやんなよ、ぜってぇ」
芙蓉は少しくの間、その言葉の意味を解析しようとしたのか、じっとおとなしくなった。ヴーン……という機械音が微かに響く。
「つまり、銀時様の専用機になれ、ということですね」
「そういうことになるかな。おめぇはこーいうことに向いてねぇポンコツだっつー理由もあるけどな。俺だから、このぐれぇで踏み止まったけどよ……他のヤツだったら本気でイラッとして、おめぇ、スクラップにされんぞ」
「イラッとしないように、交合用のプログラムをインストールすれば……」
「それをしたら、おめぇの今の人格が上書きされて消えるんだろ? それはおめぇが嫌なんだろ?」
「でも、それが、銀時様のお望みでしたら」
「別にそこまで無理しなくていいよ。ま、シャア専用みてぇでいいんじゃね? シャア専用は男のロマンだからな。つか、おめぇはどうなんだ?」
「今、行動規範の優先順位を書き換えました。私の意識がある限り、その命令に従い続けます」
「そうじゃなくて、その、今のは、おめぇにとっても嬉しいこと……なんだな?」
「はい。とても幸せです」
それまで無表情だった芙蓉の口許が、生きた人間のように自然に綻んだと、銀時の目には見えた。多分、それは目の錯覚だろうし、もしかしたらそういう表情を作るようにプログラムされていただけかもしれないが。だがもう、それ以上追及しても栓のないことだ。
「そいつぁ、結構だな」
これで少しは気持ちを返せてやったのかなと、肩の荷が降りたような気分で、息を吐く。
「今、何刻だ?」
「暁七ツ時です」
「そうか……一刻(約2時間)だけでも眠れるな」
気が弛んだのか、今更のように精を抜いた疲れがこみ上げてきて、あくびが出た。服を着るのも面倒で、そのまま板の間に寝転がる。
「オイたま、膝ァ貸してくれや。そんで……明け六ツ時になったら起こしてくれ」
「了解しました。マスター」
マスターって誰だよ俺はバーテンダーかよ第一了解しましたってオメェそこは一言かわいらしく「あい」で充分なんだよ……とツッコむ余力も残っておらず、銀時は吸い込まれるように眠っていた。
銀時様、と声を掛けられ、寝不足と低血圧で意識が霞む中、目を覚ました。朝焼けなのか朱がかかった陽に照らされて、見下ろしている芙蓉の顔と、ドームのように視界を覆う大きな塊……ああ、膝枕で眠っていたんだっけなと思い出すと同時に、その塊が胸乳であることに気付いた。すぐにそれと気付かなかったのは、昨夜片方を潰したせいで、左右の大きさがアンバランスになっていたからだろう。
「うぃーす、おはようさん」
銀時が自分で無意識に引き寄せたのか、芙蓉が気をつかって掛けてくれたのか、芙蓉の着物を毛布代わりにしていたようだ。上体を起こして、己の頭をがしがしと掻きむしる。芙蓉は折り目正しく正座をしたまま、その様子を見守っていた。
「んだ、マッパで寝ちまってたんか。おめぇも服ぐれぇ着ておけやコラ。いくら機械人形は風邪引かないっつっても、こっちが見た目寒いだろーが」
「申し訳ありません。でも、銀時様に膝を貸すように命じられましたので、着ることができませんでした」
「あれ、なにそれ、俺のせい? 俺のせいなん? まぁ、俺のせいなんだろうけど」
脱ぎ散らかしていた服を掻き集めて袖を通しながら、あらためて光の下で芙蓉の裸を眺めた。左の乳房から腹にかけて、人工皮膚が避けて機部が露出しており、膝の辺りもばっくりと裂けて、千切れた配線が見える。損傷はそれだけではないのか、のろのろと立ち上がった芙蓉が大きくよろけた。慌てて抱きとめる。
「オーイ、大丈夫かぁ? ずいぶん派手にブッ壊しちまったみてぇだけど」
「いいんです。銀時様のために用意した身体ですし、銀時様のご意志でなされたことですから、私は満足です」
腕の中でにっこり笑って言われると、かえってどうにも気まずくて、申し訳ない気分になる。
「あーその、それは俺の意志でしたというか、俺の中のケダモノがやらかしたというか」
「銀時様の中にケダモノが居るのですか? それは寄生獣のようなものですか? もしかして、足の間に生えてたキノコのことですか? でも確かアレは、銀時様のフクロの……」
「ちげーよ。発展させんな。モノの喩えだ、モノの。本気にするな」
「すみません。でも、銀時様のことは、どんな些細なことでも記録しておきたいのです」
「んだよ、恋するオトメみてーなこと言っちゃって」
「『恋するオトメ』というものがどんなものか、私には理解できませんし、それを再現する能力もありません。でも、銀時様のことをたくさん知りたいということは、私の自然な欲求らしいのです」
そこまで言うと、芙蓉はコトンと銀時の胸に頭を落とした。
「何言ってやがる、機械のくせに。オメェ、本当にダメだわ。まるっきり人間みてぇじゃねぇか。機械としては不良品だよ、それは。完全にポンコツだな」
銀時はそう呟くと、その頭をわしわしと撫でた。芙蓉の頭がかくんかくんと力無く揺さぶられ、比喩でなしに首が取れそうになる。慌ててその小さな頭を支えたが、ぽきりとジョイントが折れて、数本のワイヤーで繋がっているだけになってしまった。その危なっかしい首で「ポンコツでも、お側に置いてくださいますか?」などと尋ねてくる。
「あ……ああ、ブッ壊れてネジ一本になっても、置いといてやんよ。そんぐれぇになったら、いっそ持ち歩けるサイズだしな。財布にでも入れておいてやらぁ」
「もしそうなっても、代替の機械人形を導入したりしないでくださいね。銀時様の専用機は、私なんです」
「分かった分かった。そんなことしねぇから。ちょ、壊れる、動くなバカ、このポンコツ! じっとしとけ、約束するからっ!」
「はい。ありがとうございます」
花が咲くような笑顔を浮かべた芙蓉を見下ろしながら、銀時は『首が取れた状態で連れて歩いたら、確実に通報されるな。どうしたもんかな、ガムテープか何かで固定できたらいいんだけどな』などと、まったく違うことを考え込んでいた。
そこいらの羽目板でも外して添え木代わりにして、帯で括りつけるか……とりあえず、源外の作業場まで保てばいい。
朝露にまぎれるようにして、なんとか誰にも逢わずに源外の家に辿り着いた。戸板を叩くと、とうに起きていたのか、源外がトレードマークの遮光ゴーグルに作業着姿でのっそり出てくる。
「年寄りは朝が早いっていうけど、本当だな」
「うるせぇよ。それはそうと、昨日は派手にやらかしたみてぇだな、銀の字」
源外が、陽に焼けた髭面を歪ませ、ニヤニヤと煙草の脂で黄色くなった歯を見せた。
「ばっ、ジジイが妙な改造しやがるからじゃねぇかっ! 俺は別に、機械人形フェチとか、そーいう属性はねーんだからなっ!」
「何を真っ赤になっているんだ? おめぇ、昨夜、花街でえらく暴れたらしいじゃねぇか。こっちにも聞き込みが来てよ。俺ァ、ついにお縄になるかとヒヤヒヤしたぜ」
「あー……そっちの話か。そいつぁ悪かったな。良かったな、気付かれねぇで済んで」
「ま。幕府の犬どもは、白髪の侍にしか気ィ回ってなかったみてぇだからな」
がははははと、源外が大口を開けて笑う。
「まぁ、でもそっちの嬢ちゃんはしばらく、念のため、ボディを取り替えておいたほうがいいかもしれねぇな。ツラァ覚えられてるみてぇだしな。こないだ拾って来たメイドロボのパーツの余りがまだあるから、適当に見繕ってやんよ」
「頼まぁ、その、ちぃと壊しちまったみてぇだし」
「んだとぉ? 壊しただぁ?」
じろりとゴーグル越しに銀時を睨むが、その理由に思い当たったのか、ニヤッと笑ってそれ以上は何も言わなかった。
「ちょっ……なんか、あまり追及はしてほしくないんだけど、そこで黙られるのも、すんげー感じ悪ィんですけどぉおお!」
「そうけぇ?」
「うわっ、ムカつくっ! このジジイ、ごっさムカつくぅうううう!」
その隣にいる芙蓉は、キョトンとしている。
「源外様、銀時様はどうして怒っていらっしゃるのですか? 私は何か、銀時様を怒らせるような失敗をしたのでしょうか?」
「失敗なぁ。いや、失敗じゃなかろうな。うわっはっはっはっ!」
「笑うなぁああああっ!」
喚き疲れてぜいぜいと息を切らしている銀時を、芙蓉が不安そうに見下ろしている。
「まぁ、嬢ちゃんが心配するこっちゃねぇよ。時に理屈がつかなくなるのが、人間と機械の違いってぇもんさ。そうだな。おめぇらに分かるような言葉で言えば、銀の字は今、ちぃとバグってるだけさ」
「バグ? バクだったら、修理しないといけないのではないのですか?」
「人間のバグは、大抵、放っておけば勝手に治っちまうよ」
「そういうものなんですか」
「おうともよ。じゃあ、ちぃとボディを入れ替えるから、中枢管抜くぜ?」
源外が芙蓉の首の辺りから、拳大の蛹のようなパーツを抜き出した。その途端に『芙蓉』だった機械人形は目の光を失い、マネキンのように固まる。
「一週間か二週間か……適当にほとぼりが冷めた頃に引き取りに来な」
「お、おう」
「アッチの方はどうだったんだ? ソレ専用の機械人形の胴部、わざわざ取り寄せたんだぜ」
「うっせーよ、エロジジイ。まっさらな娘に、妙なこと仕込むんじゃねーよ、畜生。こっから先、気まずいじゃねーか」
「そうか? なんなら、メモリから昨夜の記憶を削除できるぞい」
中枢管だけになってしまっている今の彼女には、何を言っても聞こえないと知っているので、源外は中枢管を片手にぷらぷら弄びながら、そんなことを言った。一瞬、その提案に心が揺れたのか、銀時の眉がぴくんと動く。
だが、しばらく考えた後、銀時は呻くように「……いや、別に、そのままでいい」と答えていた。
帰り道、花街の入口の見返り柳の辺りに停めているバイクを回収しに、まったく別人の顔と、金属製の身体に挿げ替えられた『芙蓉』を連れて、銀時は朝の街を歩いていた。
「早く、あの身体に戻りたい」
芙蓉はポツリと、そんなことを口にした。
「銀時様は、あの顔と身体をキレイだと言ってくれたのに」
「あー……言ったかな。まぁ、言ったかもしんねぇな。当分はそれで我慢しな」
「この顔と身体じゃ、銀時様に可愛がって貰えません」
いくつか古いバージョンらしく、見るからに人形と分かる顔立ちの表情は硬く、遅れ気味に歩く仕草も、どこかぎこちない。
「今の世は天人開化の世の中よ、か」
「え?」
「フェースやスタイルに惚れはせぬ……ってぇ小唄さ」
銀時は振り向いて、冷たくゴツゴツした機械の手を握ってやった。
(了)
【後書き】ハロウィン&銀時誕生日企画小説。
本誌でのたまちゃん(芙蓉)の復活で、身内で俄然盛り上がった銀時×芙蓉。しかも「機械人形のおっぱいは、しっとり冷たいんだろうな」という友人の妄言にすっかり踊らされて、3日程で先行公開分、540行超(空白行込み)を一気に仕上げてしまいました。
ちなみに引用した小唄は、明治頃に新橋の花柳界で流行した「今の世は 20世紀の世の中よ フェースやスタイルに惚れはせぬ ハートに惚れるが真のラブ」をもじったものです(参考文献:飛田良文 2002『明治生まれの日本語』淡交社)。
【追記】セックス描写抜きで先行公開していた当作ですが、アニメ112話『起きて働く果報者』を見て「やっぱり銀時×芙蓉っていいよ! 芙蓉相手だったら、銀時ホモやめていいよ!」と再燃(←『やめていい』って、別にオマエの許可なんぞ要らん)。
だって、アニメ版ってばどう見てもコイツら、デキてます。ていうか「私は銀時様のお楽しみです」という名台詞が……くっ、たまらん! 可愛いよ芙蓉可愛いよ! というわけで、中略部分を埋めるべく大幅加筆をさせて頂きました。
尚、タイトルはCHARAの曲より。
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