鬱金香〜愛の宣言/上


それは、つい先日のこと。

最近の沖田がちょっと元気ないなと思った近藤が「ん? どうした顔色がすぐれねぇが。なにか悩みでもあるのか? 総悟」と、通りすがった渡り廊下で呼び止めて、話しかけたのがキッカケだった。

沖田はいつもの薄ら笑いを浮かべて「や、なんでも無えですぜ。気にしすぎでさァ」などと嘯いたが、年頃の青少年が悩むことといえば、どうせチンコのことか、恋愛のことと相場が決まっている。

「そうか、気のせいならいいんだ。総悟、惚れるような相手に出会ったら、教えろよ。祝福してやるからな!」

とりあえず、ものすごくイイ笑顔で沖田の肩を両手でバンバン叩いてやると、沖田は遠い目をしてゴフッと血を吐いた。

「おっ……そ、総悟ッ!? だっだだだだだ……大丈夫かっ!?」

「あの……打たれ弱いんで……」

「そうか? 何だかよく分からないが、まぁ、仕方ねぇなぁ。そういう繊細なところは、ミツバ殿に似てるんだな、総悟は」

ともあれ、元気づけてやろうと近藤なりに考え、わしわしと沖田の頭を撫でてやると、その手をがしッと掴まれた。

「……近藤さんッ!!」

「んー? どうしたぁ、総吾ォ? そんな切羽詰まった顔して……ウンコか? ウンコにでも行きてぇんか?」

そう尋ねると、沖田が露骨にがっくりと脱力する。

「……や、なんでもありやせん。ホラ、あんまり撫でられると、背ぇ伸びなくなるかも知れないんで……」

「俺、この人が何でモテないのか、よーくわかった」

ぼそりと背後で呟いたのは、山崎だ。
ふたりが立ち止まっていたため、通行を妨げられただけなのだろうが、どうやら話の成り行きに興味を持ったらしい。

「そうか? いや、頭を撫でるのと身長は関係ねぇだろ。総悟は成長期だからな。まだまだのびるぞ。俺より高くなるかもしれねぇなぁ。とりあえず、ウンコじゃねーんだな。顔色がすぐれねぇようだが、大丈夫か?」

「大丈夫でさァ。 そんな顔色悪ィかな……あんまり自覚無いんですが」

そう答えた沖田は、そっと袖で目尻を押さえる。

「なんか元気がねぇというか、思い患ってるという感じに見えるんだが……トシがいねぇからか? おめぇ、トシがいるとイキイキしてるもんなぁ……なぁ、どう思う? ザキよぅ」

一方の沖田も、山崎に救いを求めるように『この人の鈍感力……なぁ、どう思う? 山崎よぅ』という視線を送る。
山崎はヤレヤレ、とため息をついて「誰のせいで沖田隊長が糞詰まったみたいな顔して悩んでるか、分かってないですよね、局長」と割って入る。

「おい、糞詰まったみたいなとか言いねぇ! 俺ァピンクの煙が出てくるだけだ!」

「オイいいいいいい! せっかく救いの手を差しのべてるのに、ツッコむのソコですか! どっかのアイドルですか、アンタッ」

「うん? 総悟を悩ませてるヤツがいるのか? なんだ、総悟、水くせぇ。そういうことは相談してくれ! なにせ俺は、落とせない女は居ないと言われるほど、恋愛に通じた男だぞ……ギャルゲーなら、だが」

自信たっぷりにそう言うが、沖田は半泣き状態で「近藤さん、もうアンタは黙っててくれィ」と呻く。山崎も、呆れ返ったように「自称恋愛に通じた男がストーカーまがいのことしてる警察機構のトップってのは、どうなんでしょうね」と、ボソッと皮肉った。

「お妙さんのことはそらぁ、アレだ。障害がちとでかすぎるだけというか」

そう言い訳しながらも、シレーッと冷たい視線に挫けて「総悟に棄てられた」と、いじけ始める。

「しゅんとしてないで、少しは考えたらいかがですかっ」

山崎は、沖田が何を言いたいか理解したらしく、じれったそうに近藤をなじった。
  
「だーてよぉ、ザキ……総悟がもう黙ってろって、相談に乗せてもくれなくなったんだぞ。こーんなちっこい頃から可愛がってんのに……オトナになったら、離れていくもんなんだな……娘が一緒に風呂に入ってくれなくなったオトーサンのような気分だ」

「何言ってんでィ。棄てるも何も、アンタ最初っから、俺のモノになった試しが……」

沖田が思い詰めたようにそう叫びかけ、くるりと向き直ると「山崎……おかしな事になったら、収集は任せるぜィ」と宣言した。

「近藤さん、いっぺんしか言わないから聞いてくれィ」

「おう、なんだ?」

「俺ァ、アンタの事が好きなんでさァ」

いつもの薄ら笑いを浮かべつつ、あっさり口調で言ったまま、沖田が固まる。いや、沖田だけでなく、近藤も山崎も、数拍……いや、それ以上の間、凍りついた。

「は? そ、総悟……?」

ようやく近藤がそう呼び掛けると、沖田がバッと走り出した。障子に飛び込み、バリッと穴を開けながら、部屋を渡っていく。

「ちょっ、ちょっと沖田さんっ! おかしなコトって、コレですかっ! 障子っ、誰が障子直すと思ってんですかっ!!」

我に返ったのは、山崎の方が一瞬早かったが、どうもツッコみどころが違う。

「好き……って、そらぁ、芋道場時代からの付き合いで、嫌いなわきゃぁねぇと思うし、そういう意味では、俺も総悟は好きだが……?」

「局長っ! ゴリラのようなアホ面下げてないで、追いかけてくださいっ! 早くッ!」

まだボサッと突っ立ってる近藤にじれて、山崎が喚く。

「誰がゴリラだ。どさくさに紛れて、勝手なこと言ってるんじゃねぇ」

「ちょっ……うるっせーよダリーよどうでもいいよ、そんなコト! 全然重要じゃないところに食いついてんじゃねーよ!」

「いや、だって……ザキ、なんで総悟は逃げたんだ? やっぱウンコ漏れそうだったのか?」

「オイいいいいっ! アンタ、話聞いてないのかよっ! 沖田隊長が何て言ったか!」

「は? 何て言ったって……追いかけろ……って、なんだって……」




それで。
その後、山崎にさんざっぱら「通訳」して貰った挙句に、どうやら『そういうコト』らしいと悟ったものの。今後どうしたら良いものかと途方にくれた近藤は、思いあまって相談を持ちかけたのだが。




「そんなもん……要するに懸想されてるってコトだろ? だったら、情けをかけてやりゃあ、いいじゃねぇか」

一通り話を聞いた土方は、あまりにもアッサリとそう言い放った。いや、この口下手な男は、一事が万事こんな調子なのだが、それにしても今回ぐらいはもう少し、マトモなアドバイスが欲しかった。近藤はがっくりと項垂れてしまう。

「そうは言ってもよう、トシ。総悟と俺と、いくつ年齢が離れてると思ってるんだ。俺ァ三十路で、あいつぁ未成年じゃねぇか……それに、仮にも上司と部下だぞ。それで手ェ出したなんてことになったら、いくら合意とはいっても、立場的にマズいだろ」

「あんたがそんなにモラリストだったとは、初耳だな」

「トシ、頼むから、混ぜっ返さねぇでくれ。大体、だ。男同士なんだぞ。いくら総悟がちぃと小柄で、見た目可愛いとしても、だ。そもそも、俺にはお妙さんという将来を誓った相手が居るんだ。女相手にだって、そうそう遊んでなんかいねぇんだぞ、俺は」

「心配すんな、あのゴリラ女はそんなもん、誓っちゃいねぇ」

土方は呆れたようにそう吐き出すと、おもむろにくわえていた煙草を、灰皿に押し付けた。まったく……突然、夜遅くに副長室まで押し掛けて来て、一体何の話かと思えば。
ふと悪戯心が沸いて、土方はあぐらをかいていたのを座り直し、片手をついてやや姿勢を低くすると、近藤ににじり寄る。

「それとも……男相手の経験がなくて、ヤり方が分からねぇというんだったら、俺が練習台になってやろうか?」

熱っぽく見上げてくる視線に、思わずどぎまぎしてしまう。釣り込まれて「トシ、おめぇ……」と呻きながら、頬に手を伸ばす。土方の長い睫毛が微かに震えて……そして。

「はぁい、そこまで!」

山崎が、土方の着流しの帯を背後からむんずと掴んで、力任せに引っ張った。

「ぐえっ、何しやがるっ!」

引き戻されて、腹がグッと絞められた土方は、咳き込みながらも、山崎を睨みつける。

「それはこっちの台詞ですよ。まったく、アンタはなんだって、そう、無駄にフェロモン振りまくんですかっ!」

「うるっせぇ、俺の素行を、てめぇにとやかく言われる筋合いはねぇぞ」

「アンタに無くても、俺にゃ、あるんです! なんだって局長にまで色目使ってるんですか」

「あれはその、ナンだ。冗談だ、冗談。ちょっとばかし、からかってみたくなっただけじゃねぇか。いちいち咎め立てしてんじゃねぇよ、野暮天め」

「野暮で結構、アンタの冗談は冗談になってません……あんだけ盛大に沖田隊長が愛の告白ぶちかましたっていうのに、いきなり浮気させてどーすんですかっ!」

ぎゃあぎゃあ喚いているうちに、取っ組み合いになったふたりをキョトンと眺めていた近藤だったが、しばらくして不意に合点がいく。そうけぇ、こいつらそういう仲か。犬も食わねぇ。道理で山崎が沖田の肩を持つ訳だ。そういう視点で見れば、これも喧嘩なんだかじゃれているんだか。

「邪魔したな、トシ。馬に蹴られて死ぬ前に、俺ァけぇるわ」

急にばかばかしくなった近藤がそう告げると、土方が着流しの裾が割れるのも構わずに、その長い足を山崎の胴に巻きつけるようにして押さえ込みながら、上体を起こして「そうけぇ?」などと、ノンキな声を出す。山崎も、土方の腹に抱きつくような姿勢のまま「あー……沖田隊長なら、今日は飲み会に行ってますけど……そろそろ戻ってくるんじゃないかな」と言うと、いかにも邪魔ですといわんがばかりに、手指をヒラヒラとさせた。






情けをかけろだなんて、そう簡単に言われてもなぁ……近藤は、沖田の自室の前で数回うろうろして迷ったが、思いきって近藤がふすまを開けて、中を覗き込む。沖田はいつもの袴姿で部屋の真ん中でひっくり返って伸びていた。

「おーす……総悟? 寝ちまったか?」

そっと呼び掛けると「あ、近藤さん。起きてますぜ」と、のそのそと起き上がってきた。やや顔が赤らんでいる。

「おう、お疲れ……でぇじょうぶか? うお、酒くせぇ」

「そんなことは無いはずだぜ、近藤さん。俺ァ未成年だァ……」

沖田はへらへらと笑って見せたが、本人の言葉とは裏腹に、どう見ても完璧にデキあがった酔っ払い状態だ。

「ほーそうか。じゃあ、未成年はもう夜おせぇから、さっさと眠るか?」

「……せっかく来たんだから、寄って行ったらいいじゃないですかィ」

せがまれるままに沖田の正面に腰をおろして、あぐらをかきながら「まぁ、そういうんならな……今日は楽しかったけぇ? 一番隊の懇親会だったんだってな。随分飲んだろう、顔、ほっぺたが桜色だぞ」などと尋ねる。
ずいぶんと上機嫌だが、居酒屋では『近藤さんが、近藤さんが』と絡み酒で大騒ぎをしていた……というのは、後になって聞いた話。

「ええ、一番隊だけじゃなくて、色々な人に会いやした……え、おかしーな。水みたいな何かしか飲んだ覚えは無いンですけどねイ」

素っトボけてみせる沖田に、近藤が「キチガイ水ってヤツだろ、それ」とツッコむ。

「キチガイ……なんですって? キチガイなのは土方サンでさァ」

「よっぽど、キライみてぇだな。アレもいいところはあるんだぞ」

近藤は苦笑しながら、頭をぽんぽんと軽く叩いてやった。

「……知ってますけど……俺より近藤さんに近ェのが気にくわねーや」

土方の名前を聞いて、沖田がふいっと不貞腐れた顔になった。
その拗ねた表情をがなんともカワイイと、ついつい思ってしまう近藤だが、それが保護者意識からくる感情か、あるいは懸想からなのかは、自分では判別できない。

「どうした? もう眠てぇか? しんどかったら言えよ?」

そう続けたのは、このまま手を出さずに寝かせてしまい、ウヤムヤにしてしまいたいという、ヘタレた根性なのだが、沖田は「大丈夫でさァ! 俺ァ、全然元気ですぜ!」と、その退路を断った。

「そうかぁ? いや、ホント無理はすんなよ」

「大丈夫でさ。強いて言えば……水がのみた……」

そこまで言うと、空元気を振り絞っていた電池が切れたのか、沖田は口元を手で覆った。何かこみ上げてくるのを堪える風情。

「……おーい、水がのみてぇ前に、吐きてぇんじゃねぇのか? まったく」

手間のかかるヤツだな、水さしか何か……と部屋を見回す。
現代っ子らしく、水でも飲みながら書き物をしているのか、文机の上にペットボトルが乗っていた。それを拾い上げて、自分で飲めるか? と尋ねるが「おかしーなァ、今日は、水的な何かしか飲んでねェのに……水的な……」などと呟くばかりで、聞いちゃいない。

「しかたねぇなぁ……頼むから、飲ませてる最中に吐くなよ」

もう、腹を括るしかない。
近藤はボトル片手に沖田のそばまで歩み寄って、傍らに膝をつくと、やおら己の口に水を含み、どうにでもなれと唇を重ねた。
沖田は状況をあまり分かっていないのか、目をつぶったまま、おとなしく流し込まれた水を飲み下す。のけぞる細い首の、まだ目立たない喉仏が微かに動いていた。





「落ち着いたか?」

唇を離しても、ぶん殴られるどころか反応ひとつなく、ぐったり目を閉じているのは具合が悪い証しかと心配になった近藤は、ひたひたと軽く沖田の頬を叩いてやった。

「……落ちつかねェや……」

沖田は、手を近藤さんの背中に回して、その衣服を掴む。

「どうした? まだどこか加減でも悪いのか?」

膝の上に乗せてやり、腕にすっぽり包み込んでやりながら、幼子にするようにその背をさすってやる。

「悪ィっちゃ悪ィのかもしれません。なんかこう……胸も痛ェし」

「大丈夫か? 明日にでも医者に診せようか?……それともそいつぁ、草津の湯でも治らねぇってぇ不治の病か?」

しらばっくれてみるが、沖田はその言葉尻を逃さず「なんでぇ近藤さん、あんた分かって触ってるんじゃねェんですかィ? 不治かって言やァ、確かに不治の病だァ」と、畳み掛ける。

「分かって……って、まぁ、その……だからって、おまえ、こんなオッサン……」

ここまでくれば、もう「冗談でしたドッキリ企画です」も無いだろう。
近藤はハァ、と盛大にため息をついた。その背を撫でる手がすっと髪に触れ、やりきれない思いをぶつけるように、その髪の毛を指に絡めて弄んだ。サラサラした髪質だが、酔いの熱を受けてうっすらと汗ばんでいる。

「そんだけ慕ってくれんのは、嬉しいがな……」

腕の中の総悟を見下ろす。その目鼻立ちはいつもの総悟だが、浮かべている表情は、今まで見たことのない柔和であどけないもので。急にそれが愛しく感じられて、その額にキスを落としてやった。

「俺が気になるのは、むしろ……近藤さんは、どう思ってるんですかィ。男に好かれて。気持ち悪かァ無いですか」

はにかみながら(それも見たことのない表情だ)、沖田が囁くようにそう尋ねる。

「まぁ、男といってもなぁ。むさ苦しいのは勘弁してほしいが、おめぇはその、どっちかっつーと……カワイイしな。ちいせぇ頃から知ってて可愛がってるから、嫌いとか気持ち悪ィとかは思わねぇよ。大体、その惚れちまったら、男も女もねぇだろ。そういうもんじゃねぇのか?」

それは本心だ。
こうして改めて考えてみると、不思議と男同士だからとか、沖田だから、ということに対する嫌悪感はなかった。
むしろ、日頃から可愛いがっている沖田だからこそ、性的な対象として扱うことへの抵抗や罪悪感があった。それだけのことだ。
だが、沖田は近藤の言葉に、我が意を得たりとばかりにニヤッと笑ってみせた。

「でさァね。男も女もオッサンも、ありやせんぜ」

「いや、オッサンはどうよと思うがな。おめぇぐれぇ見てくれが良かったら、なんぼでも選ぶ先があると思うがなぁ……まぁ、いいが、よ」

髪に触れた手を滑らせ、耳元から首筋へとなぞる。若いだけあって張りのある白い肌が、指に心地よい。

「ホントに食っちまうぞ、おめーそんなカワイイこと言ってると、よぉ」

喉の下まで指が辿り着くと、猫にするように撫でてやった。そろそろ髭が生えて来てもおかしくない年齢だというのに、その顎は少女のように滑らかで、倒錯した気分になる。その首から先は、着物の衿の中へと、青い影をまといながら吸い込まれていた。

「それでアンタを選んだんでさァ」

そう答える沖田は、手の感触にちらっと肌を震わせたが「そのつもりで来たんじゃ、ないんですかい?」と囁くと、ニイッと唇の端を上げてみせた。緋色の唇に白い歯がのぞき、なんとも艶かしい表情になる。
必死で理性を保とうとしていた近藤だったが、さすがに下半身が反応してしまったのは否めなかった。





「やれやれ、誰だ、こんなマセガキに育てたのは……俺やミツバ殿は、間違ってもこんな教育してねぇぞ」

ぶつくさ言いながらも、耳元に口を寄せて耳たぶを軽く咬み、そっと唇を首へと這わせる。女の白粉混じりのものとも、育ちきった野郎の汗の匂いとも異なる、幼くて甘い体臭が鼻腔をくすぐった。

「さぁ、誰でしょうねえ……俺は、ここ最近は、アンタの事しか見てないですけど……」

素っとぼけたことを言いながらも、さすがに背中に回した沖田の手が、少しこわばっている。

「俺じゃねーって」

言い訳がましく繰り返しながら、大柄な身体をかがめるようにして唇が首筋を滑り落ちていき、襟元で軽く、離れる。

「……いいんだな?」

そう念を押したのは、沖田に対する問いというより、自分に対するエクスキューズだ。沖田の返事を待つことなく、衿を押し広げる。

「聞く必要なんか無ェやア。俺は、命まで近藤さんのモンなんですからねィ」

胸をはだけさせられているのが分かってるのか、いないのか、沖田は多少酔いが残った顔で、にィっと笑ってみせた。いや、酔っていなければそんな台詞は言えなかったろう。
その桜色に染まった頬と、胸元に差す翳の蒼さのコントラストに、近藤は魅入ってしまう。

「おめぇ、ただでさえ色白いのに、日が当たらねぇところは、青いぐれぇだな、肌……血管が透いて見えそうで……キレイだ」

「近藤さんに、キレイとか、そんな台詞言われると、何かむず痒ィや……」

そう憎まれ口を叩いたのは、照れ隠しだ。

「なんだ、俺じゃなくて、よその誰かなら痒くなく平気で聞けるってぇのか?」

なぜか、そういう相手がいるのではという想像は、近藤を不快にさせた。その不快感がいずれ嫉妬へと育つのだが、そんなことまでは近藤の知る由もない。ただ、ムッとしてその憤りをぶつけるように、そのまま襟を大きく割って、肩まで露わにした。さらに、片手を沖田の腰へとやると、脇の紐と腹帯を解く。

「よその誰かにゃァ、そういう事言われた試しはありませんや」

近藤の複雑な心中を知ってか知らずか、沖田はいつもの薄笑いを浮かべている。そして、その不敵な笑みとは裏腹に、己の露出に少しだけ心拍が上がりつつ、やや荒い手つきで着物を剥ぐ近藤の手に、身を任せていた。

「またまた……てめぇの見てくれ、誰も褒めねぇ訳がねぇだろ」

上の単衣の帯も解いて、前を完全にはだけさせる。
遊び慣れている男なら、あるいはもう少し嫉妬心の強い男なら、ここで組み敷いていただろう。だが、そのどちらでもない近藤は、手を止めると「このままがいいか? それとも、布団にでも移るか?」と尋ねてやった。

「……布団がいーな……一応、初めてですんで」

沖田が笑いながら答える。
『一応』って何、ホントは初めてじゃないのか、だとしたらそれは誰だよなどと、盛大にツッコみそうになるが、腕の中でおとなしく抱かれているその姿、その所作はあまりにもあどけなく、初めてだという言葉に嘘はないことが容易に知れた。

「まぁ、そうだろうな。なんでい。俺ァ、よろしくお願いします、いただきますって、三つ指ついて手ェ合わせなきゃなんねぇのか」

目に青葉なんたらかんたら初鰹……中の句、なんだっけ。
そんな川柳を思い出したのは「初物を食べると寿命が伸びる」なんて俗信を思い出したからだ。こういう初物でも、御利益があるのかね。自嘲しながら、はだけて脱げかけた服で包むような状態で沖田を抱き上げ、布団の上に抱き下ろしてやる。

「ちと、腰、あげろ」

袴を引っ張って、脱がせてやる。沖田は日頃の天邪鬼ぶりがウソのように、言われたままに腰を上げつつ、思い出したように「近藤さん、アンタは脱がないんですかィ?」と尋ねる。

「がっつくな、がっつくな」

「だって何だか、俺ばっかり剥がれてんじゃねーですか」

近藤の服に手を伸ばそうとするのを制して、露わになった沖田の身体を眺めおろす。長い脚は女性のふっくらしたものではなく、鍛え抜かれた筋肉質のものだ。腹も腹筋がよく引き締まっていて、無駄な肉がない……こうしてみると、やはりいくら顔立ちが中性的でも、身体は男のものだ。
それなのに何故かそそられて、近藤は軽くツバを呑み込んでいた。

「ホントにいいのかよ……ったく」などとぶつくさ言いながら、近藤は自分の着流しの帯を解き、沖田の傍らに膝をついた。
その独り言を聞きとめがて、沖田が「まだ言ってら……こういうの、あんまり慎重すぎても、女に逃げられちまうと思いますぜ?」と冷やかす。

「言ってくれんなよ。俺ァ自慢じゃねーが、フラれたことはあっても、言い寄られた試しはロクにねーんだから、慎重にもならぁな。挿れて出すだけのチョンの間の女を相手にしてる訳でもねぇしな……ノセられて冗談でしたってハシゴ外されてもかなわねぇしな。まぁ、ここまで来て、それを言い出しても、ヤマァ返せねぇだろうがな」

いい訳がましくそう言うや、近藤が大柄な身体を窮屈そうに折ると、小さな身体に覆いかぶさるようにして、改めてその口を吸った。

「はは、そーいう風に、大事に思ってくれてンだったら、嬉しいなァ」

そう減らず口を叩いて笑って見せた沖田だが、さすがに唇を塞がれて、一瞬驚いて息が詰まる。だが、暴れることもなく、おとなしく口付けを受けていた。


初出:07年08月22日
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