A midnight daydream / 上
目が覚めたら、いつの間にか隣で、山崎が仕事着のまま寝こけている・・という状態に、すっかり慣れてしまった。
もちろん、最初の頃は、見かけるたびに「なにちゃっかり、当たり前のような顔して、ひとの布団に入ってるんだ、コルァ!」と怒鳴って蹴りつけていたのだが、話を聞けば、密偵などで深夜に帰ってきたときに、皆とっくに爆睡している平隊士の大部屋に、寝乱れている野郎共の合間を縫うようにてめぇの布団を敷いて寝るのは、かなりシンドイらしい。仮にそうやって寝たとしても、数時間もしないで起床・・というか、他の隊士達がドヤドヤと起き出してはロクに眠れやしない。それだったら、オトナシクしているから土方の部屋で寝かせてほしい・・という訴えには、一理ある。
監察としては有能な人材でもあるので、寝不足ごときで倒れられても困るし、本当にバタンQらしくて、特にいたずらする様子もなさそうなので、最近は山崎が寝ているのに気付いても、そっとして寝かせておいている。
それにしても山崎は、どれだけ気配を消して、この部屋に忍んできているのだろう?
いくら眠り込んでいるとはいえ、土方とて武人の端くれ。帯刀した男が室内に入り込んだことに、まったく気付かないなんて、本来あり得ない。これが暗殺者だったら、自分はとっくに殺されている。
そういう仕事が必要になったら、適任かもしれないな。
もちろん、コイツに無抵抗の人間を殺せるかどうか、という問題はあるが。
そんなことを考えていたら、見下ろしていた気配を感じたらしく、山崎が「んあ・・もう朝?」と呟いて、眩しそうにまぶたを薄く開く。
「寝てろ。飯の時間には、起こしてやる」
「あい」
気が抜けたような返事をしたかと思うと、再びスースーと寝息を立て始めた山崎の顎に、うっすらと無精髭が生えている。山崎の分際で、髭かよ・・と、なんかおかしくて触ってみたくなるが、触れば起こしてしまうのが分かっているので、ぐっと堪える。
代わりに、上体を起こして煙草盆を引き寄せた。
このシチュエーションって、情事の後みたいだな、とか、この状況を総悟らに見つかったら何こそ言われるんだろう、とか、というかコイツ、なんだってこんなにオーバーワークなんだろう。今の仕事はそんなにキツいんだろうか、それとも途中でミントンでもしてサボってるとか・・深々と煙草を燻らせながらそんなことを考えていたら、不意にガラッと襖が開いた。
「副長、朝一に出せと言われていた、昨日の報告書・・で・・すけど・・」
たとえ一服していたとはいえ、土方は一応、目を覚ましていたというのに、これまた、まったく足音ひとつ聞こえなければ、気配すらも感じられなかった。いつもなら、誰かが部屋に近づいてくるようなら、小柄な山崎の頭から布団をすっぽりかぶせて、隠しておくのだが・・しかし、気付かなかったのも道理。
書類を片手に呆然と突っ立っていたのは、山崎と同じく副長助謹監察方の篠原であった。
ようやく目を覚まして、洗面所で髭剃りをしていた山崎の後ろに、篠原がすっと近寄った。こちらは監察同士ということもあって、不意をとられるということもない。
「山崎ィ」
「んー?」
「さっき、おまえ、副長室で寝てたよな」
「えっ・・いだだっ・・・切ったッ・・・」
さすがに唐突な話題に動揺して、思わず、T字剃刀を持つ手を滑らせた。
「副長には“絶対に誰にも言うな”って、刀突きつけられて脅されたんだけどさ。本人相手だったら、確認ぐらい、いいかなーと。つか、前々から、おまえ最近、大部屋に帰ってこないから、どこで寝てるんだろうなーって、疑問に思ってたんだよね」
「あー・・まぁ・・大部屋よりは寝かせて貰えるからな」
手拭いで石鹸と血を拭って、鏡越しに切り傷を確認する。これぐらいなら、絆創膏を貼るまでもないなと、指を舐めて唾をなすっておいた。
「やっぱ、そーいう仲なわけ?」
「やっぱ、ってなんだよ、やっぱって」
「だっておまえ、副長好きなんだろ?」
「ああ、まぁ、好きだけど」
それは日頃から公言していることだし、局中でも半ばデフォなので、あっさりと肯定しておく。
「でも、副長って、沖田隊長とデキてんだろ?」
「らしいな」
「・・らしいなって、そんなアッサリと。おまえ、チャレンジャーだなぁ」
「ちげーよ。だから、副長んとこの方が、静かに寝かせてもらえるってだけで。実際、凄まじく美味しいシチュエーションだけど、なんもねーし」
「お目覚めのちゅーとか、おやすみのちゅーぐらいは、すんの?」
「そんなもんしたら、永久におやすみするハメになるよ」
「なーんだ。つまんねぇ」
「そらそうだ・・なんせ相手は沖田隊長の恋人の、副長だぜ?」
実際のところは、恋人というよりは愛人・・というか、肉奴隷というか・・という補足説明は、胸の中だけにとどめておく。
「・・だとよ。原田さん」
「はっ!?」
振り向くと、篠原の背後に顔面蒼白の蛸入道が突っ立っていた。
「ザ・・ザキちゃん・・」
「はっ・・原田さん? 篠原ッ・・てめっ・・副長に喋るなって言われてたんだろ!?」
「俺は、なーにも喋ってねぇよ? たまたま、原田隊長と一緒に居たら、おまえがベラベラ喋り始めたってだけで」
「おーまーえーなーっ! そんなん、おまえが喋ってんのも同然だろうがっ!」
喚いて篠原の胸倉を引っつかむが、一度漏れた情報は取り返しがつかないということは、職業柄、山崎もよく知っていることであった。
なんだか、いやな予感がする。今朝は皆と一緒に飯を食べるのはやめて、偵察先に向かう途中に、コンビニでおにぎりでも買って歩きながら食べよう・・と、山崎が食堂を素通りしようとすると、背後からがっしりと肩を掴まれて、強引に引きずり込まれてしまった。
「てめぇこらっ! 俺の1万円どうしてくれんだっ!」
「おまえ案外、勇気あるのなぁ・・思い切ってもう2、3口賭けておけばよかったよ」
「おまっ・・信じてたのにっ!」
「なぁなぁ、本当に何もなかった訳? なんかあったんだったら、倍率がさらに倍なんだけど」
「は・・はぁ?」
悪事千里を走るという諺もあるし、ネガティブなクチコミ情報はひとりに伝われば17人に広まるともいう。ゴキブリは1匹見かければ、陰に30匹いる・・というのは、ちょっと違うか。
ともあれ、たかだか数十名の局中にその噂が伝わるのなんて、一瞬のこと・・だったらしい。
「なっ・・なんの話だよっ!」
「だから、おまえが最近どこで寝てるかって賭けを」
「勝手に賭けんな! つか、原田さん、なに広めてくれちゃってるんすかっ!」
(1)篠原は、自身では喋ってはいない。
(2)原田には、口止めがされていない。
ならば理論上、この事態も必然というか、仕方ない事態ともいえるのだが、ネタがネタだけに、そう簡単に割り切りができるものではない。
「こんなん噂になったら・・俺、殺されるよ」
土方にも斬られそうだし、嫉妬に狂った沖田にも、何こそされるかしれたものじゃない。山崎は、頭を抱えてがっくりとうなだれてしまった。
「だってよぉ、ザキちゃんのことが心配だったからさぁ・・いつも夜遅くて帰ってこないし。副長んとこって、おまえ、いつも殴る蹴るされてんのに、そんな、夜まで無体されてたら・・って思うとよぉ」
原田がいい訳めいた口調でかき口説きながら、オロオロと山崎の肩を叩く。その態度は本当に人が好いというか、本心から山崎を心配してのことだったと分かってしまうのが、山崎には余計に腹立たしい。
「と、ともかく。俺ぁ爆睡してただけで、やましいことは何もしてないから」
副長の部屋で寝ていたことは事実だし、目撃者もいるのだから、否定できない。むしろ、何もしてない潔白を主張しておく方がいいだろうと、山崎なりに居直った。
「ほ、本当にか? 副長に酷いことされてないか?」
「ン・・確かに、最初の頃は蹴り起こされてたけど」
「蹴られた・・だけなんだな?」
「だけ、というか。まぁ、殴る蹴るはいつものことだけど、この件に関しては殴られてないというか」
ふと山崎は、なんだか微妙に会話がかみ合っていないような違和感を感じる。文脈に不整合性はないはずだが、お互いの認識が何か根本的なところで間違っているというか。
「えーと・・原田さん、俺がどんな目に遭ってると想像して、心配してくれてた訳?」
「そんなっ・・朝っぱらからそんなこと言えるかっ!」
朝っぱらからは言えない・・ということは、そっち方面で間違いない筈だけど。先ほどから会話に上がっている単語を、ひとつずつ思い返してみる。一体、どこがおかしいと感じたんだろう?
「大丈夫か? 暗い顔して・・やっぱりどっか痛いのか? その・・腹とか」
「腹?」
どうして唐突に腹なんだろう。やっぱり何か、どっちかが勘違いをしている。キョトンとしていると「ほら、下痢するっつーだろ?」と、誰かが横槍を入れた。
「それか、ケツが割れるとか」
「ケツ?」
「あっ、あの・・山崎さん、ボラギノール要りますか?」
おずおずと叶禀三郎が言い出し、その叶の、人形のように睫毛の長い童顔を見つめているうちに、ようやく山崎にも合点がいった。
もしかして・・俺がネコの側だと思われてる?
「つか・・おまえ、そんなもん持ってんの?」
「あ、大丈夫です。ちゃんと新しいの買ってきますから!」
叶がニコッと笑う。
いや、その笑顔は可愛いが、新品がいいとか、そういう問題じゃない。
「オイいいいいいいっ! 痔の薬が要るのか、ザキっ!?」
「いや、要らないけど」
良く考えたら、土方と山崎の組み合わせだったら、体格的にも日頃の扱われ方からも、山崎がネコの側・・という連想をされても、おかしくないのかもしれない。
ふたりの間では、ついぞ考えたこともなかったけれど。
「・・というか、何もされてないから」
話の流れが妙な方向に流れかけたのを、辛うじて踏みとどまって、そう断言する。
何もされてはいないなー・・こっちがする方で・・というか、そっちもさせてもらってないし・・なんてことを、このままズルズルと白状させられては、たまったもんじゃない。
「そうだよなぁ、叶ならともかく、山崎があんあん言っても、色っぽいどころか、キモチワルいだけだよなぁ」
誰かがボソッと呟く。失礼だなと、ちょっとカチンときたが、実際に自分でもそう思っているのだから、反論のしようがない。
しかし、俺はともかく、鬼の副長があんあん言ってるだなんて知ったら、こいつら、どういう顔をするのだろう? きっと腰を抜かすに違いない。
「んじゃ、そーいうコトで納得してくれた? 俺、偵察に行かなくちゃいけねーから、もう出るぜ?」
「山崎さぁん、今日も遅いんですかぁ?」
叶が、小首を傾げながら尋ねてきた。そのしぐさに「確かに、叶ならカワイイかもしれないな」と思う。
もちろん、俺的には副長の方が、色っぽくてヌけるんだけど。
「ン・・まぁ、調査してるターゲット次第だけどね。サッサと尻尾を出してくれりゃ、それで任務完了なんだけど」
「ふーん・・じゃあ、ボク、差し入れ持っていきましょうか?」
「ありがたいけど、遠慮するよ。相手に気付かれたら困るから」
叶の放つ天然オーラに圧倒されて、原田すらも会話に割り込めないようだ。この隙に逃げよう・・と、山崎は「じゃ」と、あえて叶に向けて手を振ると、食堂を飛び出した。
尾行しやすいように私服姿に着替えた山崎が、裏の木戸からこそっと屯所を出ようとすると、その襟首を引っつかまれた。
「てめぇ、コラ。あんだ、さっきのは」
「あんだと言われましても・・そもそもは、篠原と原田さんが広めた話ですから、ヤツ当たるんでしたら、そっちに当たってください」
「口答えすんなっ!」
口論になってグダグダ言われても厄介だから、殴らせておこう・・という作戦に出てしまうあたり、山崎も伊達に殴られ慣れていない。右ストレートと左フックを交互に喰らって吹き飛び、土塀に背中からぶつかるが、ある程度「やられる」と覚悟して受けたので、そう痛みは感じない・・が、平気な顔をしていれば、追撃が来ることも分かっているので「いたたたたたたたた」と、大袈裟にのたうってみせる。
「・・・ちっ」
ここで素直に「すまん、やりすぎた」とか「大丈夫か」の類が言えないのが、土方だ。気まずそうに視線を逸らして、煙草のケースなんぞ引っ張り出せば、それ以上何も言えなくなって、この件は幕引きになる。
「今晩も遅いのか」
尻についた土埃を払っていたら、歯切れの悪い口調で、そんなことを尋ねられた。
叶と同じ事を尋ねるんだな・・と思ったが、話をややこしくしたくなかったので、そこにはツッコまずに「多分」と、言葉少なに答えておいた。
「でも当分は、どっか空いてるとこで寝ておきますよ・・応接室のソファか資料室あたりで」
「そうか・・途中で、篠原を交代要員に送ろうか」
「副長、どういう風の吹き回し?」
「いや・・別に」
叶と同じだな、と思わなかったら、もっと別のニュアンスに気付いていたかもしれない。
助けろ・・・のような。
山崎が出て行くのを、土方はいつもの仏頂面で見送る。
やがて、くわえたままの煙草がフィルターまで焦がし始めたので、諦めたように足元に捨てて靴先で踏みにじった。
攘夷志士らしき男が出入りしている宿を見張り続けて、もうかなり経つ。いっそ、シロ判定を下して放り出しくもなるが、グレーゾーンの連中がずるずる泊まり込んだり、商談らしき会合をしたりしているものだから、どうにも厄介だ。
今日も動きなし・・か。
別のポイントで探った方がいいのかなぁ・・と思いながら時計を見ると、もう夜四ツ半(21時)も近い。
最初の頃は向かいの宿を借りたりもしていたが、いくら機密費が使えるとはいえ、無駄遣いもできないので、路地裏に潜んでみたり、屋根裏に忍び込んでみたりと場所の確保にも苦労する。なにせ「あのひと、いつも此処にいるね」などと、誰かに覚えられるわけにはいかないのだから。
今日は、ちょうど向かいの茶屋が休みだったので、店内にこっそり侵入して、閉じたシャッター越しに見張っていたわけだが。
ターゲットの部屋の明かりが消されて、完全に動きが絶えるまでは、あと数時間あるだろう。電話などで連絡をとっている可能性もあるので、盗聴器も持参しているのだが、イヤホンから聞こえてくるのは他愛もない周囲の雑音ばかりだ。
腹がへったな、とぼんやりと考えていると、携帯電話が震動した。着信を見て、首を傾げる。
「・・叶?」
「差し入れ持ってきたんですけど、山崎さん、どこにいるんですかぁ?」
要らないって言ったのに・・なんで来てるんだ、あいつ?
受話器の向こうから聞こえてくる間延びした声に、がっくり力が抜けてしまう。大声で捜し回られても困るので、諦めて内側からそっとシャッターを開いてやった。
「叶、こっちこっち・・あ、篠原、おまえも一緒だったんか」
「んー・・副長が替われって」
「連れてくんなよ。監察方でもねぇんだから」
「だって、ついてくって言うんだもん。宿場の見張りぐらい危険でもねぇから、別にいいんじゃねぇかって、沖田隊長も言ってたし」
「だからって」
とりあえず二人がするりと内側に入り込むと、再びシャッターを閉じる。
「なるほど、こっからのぞいてたのか。おー・・これはいいポイントだな。まさに見張り用の位置で」
「今日だけ、だぜ。日頃はここ、営業してっから」
「なるほどね・・どれ、替わってやる」
器材だの報告書だのを手早く引継ぎすると、なんだかんだ言って緊張していたのか、山崎はへたり込んでハーッと溜息をついた。
「日付が変わる前に帰れるのって、すんげー久しぶりかも」
「もっと早くヘルプの要請だしゃあ良かったのに。監察はなにも、おまえ一人じゃねぇんだぜ?」
「そうなんだけど・・まぁ、そうだな。サンキュ」
副長の部屋で寝れるから、無理にヘルプ要員を頼まなくても、なんとか体力は保つ・・と、判断して、ギリギリまでひとりでやるつもりだっただけに、同僚のその言葉は頼もしい。
「なに、礼には及ばねぇよ。今日は悪いことしたなって、俺なりに反省したんだぜ。なんか、大騒ぎになっちまってよ。だから、副長には吉村か俺かどっちか・・って言われてたんだけど、な」
「まぁ、これでチャラにしてやるよ」
「山崎さん、大丈夫ですかぁ? はい、お弁当」
「あ・・りがとう・・って、作ってきたの?」
「はいっ」
ニコニコ微笑んで差し出されては、その場で食べざるを得ないだろう。実際、山崎もかなり空腹だったので、床にべったり座り込んだ姿勢のまま、弁当箱を開けていた。ロールキャベツに、ひじきの煮物にポテトサラダと、なかなか手の込んだおかずだ。
食べ終わって、魔法瓶から注いだお茶をすすって、ようやくひと心地ついた。
「そういえば・・おまえ、これ、手作り・・だよな」
「美味しくなかったですか?」
「いや、美味しかったけど・・手作り弁当持にしようって、自分で考えたわけ?」
「いいえ、沖田隊長が、山崎さんは多分、長いことコンビニおにぎりとかしか食べてないだろうから、手作りの方が喜ぶんじゃないか・・って言ってくれて、それで」
「沖田隊長が、ね」
交替要員を出したのは、副長。それは、篠原も副長助勤なのだから、確実なことだ。副長が行けと言ったものを覆すような権限は、局長ならともかく沖田には、無い。
しかし、叶を連れていけと言ったのは、沖田隊長で、手作り弁当にしろと言ったのも、沖田隊長、か。
「ちなみに、叶はどうすんの? 篠原と一緒に見張り?」
「いや、邪魔だから、連れて帰ってくれ」
叶もそのつもりらしく、ニコニコと見上げてくる。
もしかして、ハメられてるんじゃなかろうか・・という不安が、山崎の胸中にフツフツと沸き上がってきていた。
「ホットドッグ買って、食べていきませんか?」
叶はすっかりオフ気分でそんなのんきなことを言いながら、タラタラ歩く。最近入隊した平隊士には、コネ入隊やミーハーな動機の者も多少はいるのだから、叶もそのクチなのかもしれない。そうでなくとも、幹部の沖田からして、日頃はちゃらんぽらんしているのだから、若いものが悪いところだけマネするというのは、よくある事だ。
そういう連中は結局、激務やシゴキに耐えきれずに辞めていくのが普通なのだが・・叶の天然はよっぽど筋金入りなのか、それとも隊内に密かなファンがいて、庇っているのか。
「・・おいていくよ。屯所に帰って、報告するまでは勤務中だからね」
「ちぇー・・」
「まさかとは思うけど、君、沖田隊長に何か頼まれた? その・・・」
例えば、山崎を足留めしろとか、時間を引き延ばせとか?
だが、叶はキョトンとして首を横にふっただけだった。考え過ぎかもしれないなと、叶の顔を見下ろして思う。とてもウソをついている顔には、見えない。
「まぁ、歩きながら、だったらいいか」
「わーい。山崎さん、優しい!」
なんだってコイツとデートみたいなことしてるんだろう、という疑問はなくはない。
副長とだって、こうやって歩いたことは・・仕事で同行してるとか、そういうのならともかく、プライベートではほとんどないというのに。しかし、こんなところで拗ねられても困る。なんとかなだめすかして、叶の手を引きながら・・というよりむしろ、引きずるようにして屯所に辿り着いた。
「はい、叶、お疲れ・・俺は、副長んとこに報告行ってきてから、休むから」
ぽいっと叶を大部屋に放り込む。こいつのせいで、ずいぶんと時間をロスしたな・・と思うと偏頭痛がしそうだ。
無邪気に慕ってくれるのは可愛いが、ただでさえ上の連中に振り回されてるのに、さらにおバカな後輩の面倒をみるほど、山崎もマゾではない。
「ザキちゃん、副長室行くのか? その、今夜はよした方がいいんじゃねぇ?」
「え? なんで・・まだ夜四ツ(22時)前じゃん」
暮れ六ツ(18時)までが真選組の「定時」となっているが、土方はさらに夜四ツ(22時)の就寝時間までは、報告書を受け付けていた。それを超えたら、翌日に報告するのが不文律となっており・・山崎が腕時計を見れば、この時点でぎりぎり夜四ツ前だったのだから、なんの疑問も感じなかった。
なんか理由があるのかと原田に尋ねてみたが、どうにも要領を得なかった。いや、交代要員を出してもらった礼も言わなくちゃいけねぇし、引き継ぎ報告もいるだろうし・・と、副長室に向かった。
「副長・・山崎退、ただいま戻りましたァ・・入りますね?」
今日は気配を殺して来たわけでもないから、自分が部屋に来たのは、相手も気付いてるはずだ。面倒くさがって返事をしてくれないのはいつものことだし、中に誰かいる気配があるのも分かっていたので、何も考えずにガラッと勢い良くふすまを開く。
「副長、今日の調査ですが、特に進展は・・・えええええっ!?」
目の前の光景に思わず立ちすくみ、頭の中が真っ白になりかける。
副長が早く帰って来いと篠原を交替要員によこすが、沖田隊長がその篠原に、わざと叶を押し付けた・・というのは、こういうことだったのか。
「あれ、今日も副長室ですかイ? 可愛い後輩と、大部屋で一緒に寝るんじゃなかったんで?」
出迎えたのは、沖田であった。私服の袴姿がぐずぐずに着崩れてい、本気で抵抗された痕なのだろうか、唇の端が切れて血が滲んでいるのを、ぺろりと赤い舌で嘗め取りながら、ニタリと笑ってみせる。土方は、その足元にくたりと全裸で倒れていた。
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