夜 明 け 前/上


真夜中に目を覚まし、今は何時なのだろうかと手を伸ばして枕元の携帯電話を引き寄せる。
闇の中まぶしいくらいに明るい液晶画面に表示された時間は、3時。
心おきなく寝なおして何も問題のない時間なのを確かめ、もう一度目を閉じようとして、この部屋と襖一枚隔てた向こうの部屋から明かりが漏れていることに気がついた。

「…まだ起きてるのか…」

隣の部屋の主は、副長・土方。
その仕事が深夜にまで及んでいることは珍しくないのはよく知っている。
ならば今の自分に出来ることがあれば手を貸して少しでも早く休ませてやりたいと、山崎は布団を這い出してそっと襖を開けた。

「副ちょ…」

副長、と呼びかけようとした時に目に入ったのは、壁際の文机に向かったまま、眠りこんでしまっていた土方の姿だった。
時間の経過を物語る灰皿に山積みになった吸殻。
机の上だけでなく、その横にも散らばった書類。
それらを踏まないようそっと彼の隣に歩み寄る

「…こんなところで寝てると風邪ひきますよ」

声を落として呼びかけるが、帰ってきたのは寝息だけ。
手伝うよりも、これは早く寝かせて明日にでも手伝ったほうがよさそうである。
一応土方本人も目処が立ったらいつでも眠れるようにと布団は敷いているので、そのまま引きずって転がして…と思ったのだが、今の自分では土方を抱えることも出来ない。
とりあえず足元に散った紙は拾い集め、机の上に広がっているもの一緒に重ねて揃え、灰皿は早く起きた連中の誰かが気がついて回収してくだろうと廊下の隅に出す。
ある程度の場所を確保した上で、山崎は延べてある布団から掛け布団を取ってきて、起こさないようにそっと土方の肩に掛けた

「…っ」

かすかな声が漏れたので起こしてしまったかとどきりとするが、寝息は変わらない。
普段からは想像もつかないくらいの無防備な寝顔。
常に気を張り巡らせていて、わずかな音でも跳ね起きてしまう土方のこんな顔を知っている人間なんて…片手の指で足りるくらいだろう。
それに自分も入っているのだろうなぁと、なんとなく嬉しくって目が離せずに、じっとその寝顔を見つめる。
女性の憧れの的のその整った顔立ち。こうしてみると思った以上に睫が多い…が、その瞼の下は激務を物語る黒い隈が縁取っている。

「…副長も頑張りすぎなんですよ」

苦笑とともに呟く。
組を取り仕切っているのは局長の近藤ではなく土方だというのは誰もが認めるところで、何か大事が起きた後の公文書を作っているのも土方だ。
この状況からするとまた何か事件が発生したか…その後始末か。

「こんな状態じゃ俺、外にも出れないもんなぁ」

自分が戦力外になっていることで他の隊士に掛かる負担も大きくなっているのは知っている。
同じ監察の吉村が自分の代わりにかなり動いてくれているので、その分書類を手伝ってはいるものの、それでもたかが知れている。
屯所内の雑用だって腹に力が入るものはまともに出来ない。
…そもそも敷布団を抱え上げて干すことができないのだ。
先週、退院した翌日…干せずとも隅に詰むくらいは出来るだろうと、痛みを表情に出さないようにして大部屋の片付けをしていたら、それを土方に見つかって叩き飛ばされた。

『…怪我人がなにしてやがる!お前には早く治そうという気はねぇのか!?』

言い訳する間もなく、山崎の私物は他の隊士によって纏められ、『当分ここにいやがれ。てめぇは俺の目の届く範囲から出るんじゃねぇ』と副長室の隣室につれてこられた。
それが土方なりの心配の仕方だということは皆もわかっていて、『ザキちゃん、行って来い』『今度は胃に気をつけてくださいね』『なんかあったらそっちに手伝ってもらいに行くから』などと、色々な言葉で見送られた。



「俺は大丈夫ですから…」

囁いて、その頬に触れようとした瞬間…土方の瞼が動いた。
やましいことをしようとしたわけではないが、反射的に引いてしまった山崎の手は側にあった空の湯飲みにぶつかって、それが畳の上に転がる。

「あっ…!」

無意識に出てしまった声を抑えようとしてももう遅い。
湯飲みを拾い上げて顔を上げると、土方がじっと山崎を見つめていた。

「すみません、起こしてしまって」

「いや、いい…どれくらい寝てたんだ、俺は」

そう尋ねながら頭に手をやろうとした土方の肩から布団が滑り落ちる。

「お前が掛けたのか?」

「本当は布団まで抱えて行きたかったんですが…何分にもこんな状態なもんで…余計なことでしたか?」

「いや、いい…すまん」

それでもまだ覚醒がすっきりしていないらしく、その焦点は定まっていない。

「副長、お疲れでしょう。後は明日にしてお休みになったほうが」

山崎の言葉に土方はぺちぺちと自分の頬を叩いて意識をはっきりさせる。

「いや、こんな状態になっちまったのは自分が招いたことだからな。自分のケツはてめぇで拭かねぇと」

「だからって無理してブッ倒れでもしたらどうするんですか」

「そんなにヤワにできちゃいねぇよ」

食い下がる山崎の額を手の甲でぺちりと叩き、土方は苦笑した。

「…いや、俺に隙があったんだろうな…あんなことになっちまったのは」

手探りで掴んだ煙草を咥えようとして灰皿がないのに気付く。

「…おい、灰皿どうした?」

「あ、灰が山積みだったんで廊下に。ちょっと待っててください、中身空けて持ってきます」

「いやいい」

立ち上がろうとした山崎を押しとどめ、土方は煙草を机の上に転がす。

「はぁ」

この人がいいだなんていうなんて珍しいこともあるものだ。
そんな山崎の心の声がつい気の抜けた返事となって現れる。

「おいおい、なにをそんな抜けた声出してやがんだ…っと、傷でも痛むのか?」

いつもの調子で言いかけた土方だったが、こんな時間に起きてくるということのもう一つの意味に気が付き、途端に心配そうな表情になる。

「あ、それは大丈夫です。ちょっと目が覚めてこっちがまだ明るかったんでお手伝いでもと思っただけで。ほら、俺昼寝もさせて貰っちゃってますから…ってぇ」

元気なのをアピールするように腕を振った瞬間、傷が引きつったらしく小さく呻く。

「だから無理するなと…いや、俺のせいだな…本当にお前にはすまないことをしたと思っている」

「何で副長が謝るんですか」

「お前がこんな怪我を負ったのも…」

自分のせいだ、と言いかけた土方の口元に手を伸ばして山崎はその言葉を遮った。

「こんなことを言ったら怒るかも知れませんが…俺はこうなったことが逆によかったのかなって思うんです。確かに死んだ奴らも大事な仲間であったことは変わりはないけど…局長に対しての思うことがあった連中だから、いなくなった今ここに残ってるのは最後まで局長を…副長を信じた連中だけです」

「山崎…」

「それに俺は…命を賭けるのは副長の為だけって決めてましたから。
ブッ刺されて血が流れてくのを感じながらずっと副長のことだけ考えてました。俺は最期の一瞬までアンタのためだけに生きられたんだなって、自己満足ですけどね…」

「頼む、それ以上言うな……!」

山崎の肩に額を押し当て、土方は呻くように声を出す。

「…伊東にすべての責任を背負わせる形で事態を収めたといえ、大事な隊士を相当数失って。それでもその業を背負っていこうと組へ戻ろうとして…お前が死んだと聞かされたことを思い出して…初めて目の前が真っ暗になった」

「副長…」

「だから、お前がまだ息があると判った時…どれほど嬉しかったか。組の全てが俺を見限った中でただ一人最後まで俺を信じてくれたお前が生きていたことが…」

土方の口からそんな言葉が聞けようとは思っても見なかっただけに山崎は驚きを隠せないでいたが、その最後の言葉にフッと笑がこみ上げてくる。

「顔をあげてください副長。俺はずっと言ってたはずですよ、俺のこの命全てアンタのものだって。たとえ世界の全てが敵に回っても俺はずっと付いてきます。これでちっとは信じてもらえました?」

「バカヤロウ…証明しすぎだ。おかけで俺はお前にデッカイ借りを作っちまったじやねぇか」

顔を上げた土方の頬が僅かに赤いのは、自分でもらしくないことを言ってしまったからと思ってのことに違いない。

「だから…たまにはこうすることくらい許してくださいよ」

そのまま腕を伸ばし、自分の胸元に土方を抱きこむ。

「死にそびれちまった分…こーやって副長に触れるんだから、よかったんだよなぁ」

「バカか、おめぇ」

「…えぇ、バカですよ。副長のことについては」

いつもならばこの直後に鉄拳もしくは回し蹴りの3つや4つ飛んでくるところだが、何もないところを見ると、本気で赤面して土方は顔を上げられなくでもなっているようだ。
それを察して山崎がくすくすと笑っている気配を頭の上に感じているものの、ここで顔を上げては余計にからかわれるだけだと反論も出来ずにうつむいている土方の視界の隅に、山崎の胸元から僅かに覗いている白い何かが入ってくる。

「…おい…」

「はい、何ですか?」

それから目をそらせないまま、土方は尋ねてみる。

「…今、どんな感じになってんだ…お前」

突然のその問いかけに一瞬困惑した山崎だったが、その視線の先に気がつく。

「もうピークは越しましたからね…激しく動くと痛いけど…大袈裟なんですよ、医者もみんな」

そう答えながら山崎は寝間着の襟元を押し広げる。

「大げさも何も…本気で覚悟決めてたんだぞ、俺は」

「覚悟、って何のです?」

「お前を看取る覚悟に決まってんだろ…っだぁぁ、駄目だ、調子狂っちまった。らしくねぇぞ、俺っっ」

今夜はどうかしている、自分が一番そう感じてる。

「そう心配してもらえるだけでも嬉しいです。膿んだとか痛んだとかじゃないんだから、こんな傷くらい副長が舐めてくれれば治りますよ」

本当に生死をさ迷うほどの重症だったというのに、山崎はそれを微塵も感じさせないほどの軽さで笑い飛ばす。

「…それで治るのならばもいくらでもしてやる」

「え」

聞き返すより先に、土方の手が山崎の帯を解く。
顕わになったのは、胸の下辺りから腹全体を覆うように巻かれた白い腹帯。
その結び目を土方の指が解きにかかる。

「冗談ですって…待ってくださいよ」

「お前をこんな体にしてしまったのは俺の責任だ…」

「だから責任なんて感じないでくださいって…見て気分のいいモンじゃないからやめてた方がいいですって」

「一つ二つじゃねぇ変死体見てっから平気だ」

「変死体と一緒にしないでください」

ばさり、と完全に解かれた腹帯が畳の上に落ちる。
糸の部分を残して赤く段々に盛り上った傷口。
刀を突き立てられて背中まで貫通したその傷は、処置のためにさらに切開されたと聞いていたが、予想していたよりもそれは小さく土方は内心ほっとする。

「…ちゃんとくっついたんだな」

確かめるように指先で傷口に触れてみる。

「だって、くっつかないと退院もさせ…っ」

させてもらえないと言おうとした山崎の言葉は、傷口に触れた濡れた感覚に遮られた。

「冗談ですって、ねぇ」

まさか本当にそんなことをするとは思っていなかっただけに焦って押しのけようとする山崎の手を押さえつけ、土方は傷口に舌を這わせる。

「ん…っ」

さらさらと土方の前髪が胸元をくすぐる感触と、ぺちゃりと音を立てながら傷口を撫でる濡れた感触。

「副長…止めてください…」

それを幾度も繰り返され、腰から上へとせりあがってくる寒気にも似た感覚が一点に集まってくるのを感じ、それを振り払うように頭を左右に振って山崎は訴える。

「それ以上されると違うところが先に活性化しちまうんで…」

「…違うところってのは、ここか?」

山崎の言葉に聞き返した土方の指は、下穿きの布越しにその部分をなぞり上げた。

既にそこが硬くなって頭を擡げているのを確かめた土方の口元に笑みが浮かぶ。

「駄目も何も、もうしっかり育ってるじゃねぇか」

「だから駄目だって言ってるんです…ッ…て副長」

止めるどころか今度はそこを食まれて、静止しようとした山崎の声が上ずる。

「駄目ってなんだ。やめてほしいのか? あん? こんだけなっておいて」

指先と唇でそこを布越しに弄びながら、くっくっ…と喉の奥で土方は笑う。

「誰のせいですか、誰の・・・っっ」

ここ暫くはそういう刺激とは無縁の生活をしていたのと、それをしているのが土方だと思うだけで、山崎はさらにそこに血が集まっていくのを感じる、

「…俺のせいだとでもいいてぇのか? だったら責任取って、もう少し気持ち良くさせてやろうか?」

「ちょっ…待ってくださいっっ  何をする気ですかっ」

布の一点が湿り気を帯びてきたのに気付き、土方はそれを引き下ろしてやろうと手をかけた途端、慌てたように山崎はその手を押さえた。

「何って…こういう場面で気持ちいいことなんて、決まってるじゃねぇか。第一、テメェだってよく俺にそういうことを仕掛けてくれるじゃねぇか…たまにはされる側を味わってみるのも悪くねぇだろ?」

その手を払いのけ、押さえつけていた布を引き下ろしてやった瞬間に勢いよく飛び出してきた山崎のソレを掌に包み込み、雫を拭きこぼしている先端に唇を寄せる。

「随分と活きがいいな…まぁ悪いようにはしねぇよ」

「それ違いますからっ… 止めてください…汚しちまいますから」

眉間に皺を寄せて、山崎は込みあがってくる感覚に流されそうになるのに耐える。

「…汚れるとか、そんなん気にしてんじゃねぇよ。責任とってやるって言ってんだからよ」 

ちらり上目遣いに見上げると、困ったようななんともいえない顔で山崎が見下ろしている。見せ付けるように唇をペロリと舐めて見せてから、土方は山崎のソレをゆっくりと口に含んでいく。


あの副長が…土方がこんなことをしてくれてるなんて…。


その扇情的な姿に思わずゴクリと喉が鳴るのと同時に、咥えこまれたそれにまた血が集まるのを感じる。

「あ…っ だから…もちそうにないんですって 口 離して・・くださいっ!!」

ジュブ…ジュブ…と濡れた音を立てて、ソレをにしゃぶりついている土方の髪を掴んで引き離そうとするが、指先にうまく力が入らない。

「このままだと…副長の口、確実に汚しますからっ そういうことしたくないからっ」

「ほぁ…っ そういうことしたくねぇって…俺とはいやだとでも言うのか?」

言葉尻を捕らえた土方の眉がびくりと動き、ゆっくりと口を離す。

「嫌なんじゃないです… は…っ 本気で…イッちまいそうで」

「だから構わねぇっつてんのに。いいぜ、イケよ」

舌で鈴口のあたりを撫で、根本の方へと唇をずらしていったその瞬間…。

「副ちょ…っ すみませっ…んぅっ!!」

山崎のソレがびくりと震えて土方の顔に熱いものが飛び散るのと、山崎が呻くのはほぼ同時だった。

「うぁっ」

一瞬何が起きたか理解できず呆然とする土方だったが、ぼたぼたと滴り落ちる白い液体とその青臭い匂いに徐々に何が起こったかを理解した。 

「だから駄目だって…ああああああ…すみません、すみませんっっ」

はぁはぁと荒く息をついていた山崎だったが、我に返った瞬間に慌てるのと同時に青ざめて拭うものを探す。

「…やりやがったなテメェ」

ゆっくりと躰を起こしながら、顔を伝うそれを指先で拭い土方はぼそりと呟く。

「すみません、今すぐ拭きますから動かないで下さいっっ」

勝手知ったる他人の部屋、机の一番下の引き出しに入っているはずの桜紙を出そうとしたその直後。

「…いい、構うな」

ぺろり…と土方の赤い舌が指先に絡む白い液体を舐め取った。
予想だにしていなかった光景に山崎の手から一度は掴んだ桜紙がばさばさと落ちる。

「構わねぇっていったろ?」

唇の端をあげて笑った土方は山崎から視線をそらさないまま、見せ付けるかのようにまた指先で掬い取ったそれを舐め上げる。
今達したばかりのそこにまた熱が集まるのを感じ、山崎はそっと視線を外す。

「だから、そんな風に挑発しないでくださいよ… 我慢効かなくなりますから」

「なに我慢する必要があるんだ? 誰に遠慮してやがるんだ?」

遠慮も何も山崎は本当はこの先もやってしまいたいと思っているのだが、十分に今さっきのことだけでもかなりやってしまったと思っているだけに、いつものように押し切っていいのかと迷っている反面…腹に力が入れられないという事情もあり、果たしてその先まで自分に出来るのかという自信が持てずにいた。

「…手加減できなくなるって言ってるんですよ」

だからお願いです…副長ここで諦めてください。怪我人が馬鹿なことをいうなと蹴り出して下さい。
本能とどうにもならないその事情の間で山崎はそう考える。

「手加減だなんて、御大層だな」

くすくすと笑いながら、土方は膝を立てて手招きする。
身に着けているのが黒い着流しだけに、大きく割れた裾から露わになったその脚の白さが際立つ。

「おもしれぇ、手加減無しでやってみせろよ。いや、傷に障る・・のか?」

挑発以外の何者でもない発言をした土方だったが、山崎の左手が何気なく傷口の上に添えられていたことに気が付く。

「だから言ってんですよ。でなかったら今すぐにでもぶちこんで善がらせてやりたくてたまらないくらいですよ」

つい出てしまうため息。だがその挑発に乗らずにもいれないのが山崎でもある。

「それともご自分で咥えこんで腰でも振ってもらえるんですか? ねぇ土方さん」

土方の腕を掴んで引き寄せ、いつもよりトーンを落とした声で耳元に囁く。

「…やってほしいのか?」

二人だけのときにしか呼ばせていないその呼び方に、土方はスッと目を細める。

「そう言われたら答えは一つしかありませんね…でもその前に…イかせてあげましょうか? 俺のをしゃぶっててそんなになっちまったんでしょう?」

土方のソレが硬くなって下穿きを押し上げていることに気付いた山崎はもう一方の手をそこへ伸ばそうとした。

「触るな…」

その手を払いのけ、掴まれたままの左手からも山崎の手を引き剥がす。

「いいか、てめぇはそこで黙って見てろ」

何故そんなことを言い出したのか自分でもわからない。
だがその衝動を抑えることも出来ず土方は自らの着衣に手をかけた。

初出:07年06月10日
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