TO DREAM/下
唇に軽く触れるだけのキスをする。壊れないように、壊さないように……卵を壊さない、いや、もっと……華奢な小鳥に触れるようなイメージ? 相手がもどかしげに体をくねらせるのを抑え込んで、緩やかに重ねていく。
「あ、そこ、ヤバい」
「え? これ、ダメだった? やめる?」
「ちげーよ、バカ」
「そんなにバカバカ言わなくても」
緑谷が軽く身じろぎしただけでも敏感な部分が刺激されたのか、ビクビクと全身が痙攣するような反応があった。射精したのかと見下ろしたが、なぜか、そうでもないらしい。
「気持ちよかったの? このへん?」
「あっ、まだ……やっ、もう……!」
「だって、轟君。まだ出してないでしょ?」
フィニッシュまでは頑張らなくちゃという妙な使命感で、轟の腰を両手で掴んで「ヤバい」とかいう辺りを執拗に突き、擦る。それでは足りないのかもしれないと、さらに白い肌にぽつんと咲いている桜色の果実も舐めたり吸ったりして、刺激してみた。
「もう、や、だめ……また、イッ……あっ、あ……あ、来るッ」
やがてその動きが止まったのは、緑谷自身の具合が原因ではなく、ふと見上げた轟の頬に涙が伝っているのに気付いたからだ。
「あっ、ごめっ……! そんなに嫌だった? もしかして痛かったの? 気持ちよくなかった?」
何度も押し寄せた波に声も出ないのか、唇を震わせながら、喘いでいる。涙を拭ってやると、その仕草が煩わしかったのか、逆にじゃれついているのか、弱々しく指に噛み付いてきた。ふと、その舌が妙に冷たく感じ……逆に、室内が熱いような。熱い?
「ちょっ、轟君、火! 火が出ちゃってるよ!」
壁紙やカーテンを炎が舐めていた。慌てて、まだ朦朧としている轟を揺さぶる。
「あ」と小さな声が漏れて、次の瞬間、部屋全体が水晶で包まれたかのように凍りついた。
「あー……うん、確かに火は消えたね、火は」
なんでこんな状況で「個性」を暴走させちゃってるのサと、恨み言のひとつも言いたいところだが、ぼんやりした表情で手の甲で涙を拭っている轟を前にすると、言葉に詰まった。自分だって、相当集中していなければ『ワン・フォー・オール』をコントロールできないのだから、他人の能力を責める筋合いはない。
「あの、ごめん」
「ン?」
「その、僕が下手くそで、最後までイケなかったみたいだから、頑張ったつもりなんだけど……逆に追い詰めて、苦しくさせちゃったみたいで」
「まったくだ。めちゃくちゃしやがって」
「ごっ、ごごご、ごめんなさいっ!」
最後までイけなかったどころか、逆に何度も強引に絶頂に押し上げられ、余韻に浸る間もなく責め続けられて、発狂寸前になっていたんだが……とは言えない。ましてや、ドライオーガズムなんてマニアックなものを説明してやる気にもなれない。代わりに緑谷の額に拳を押しつけ、ごりごりとねじ込みながら「そういうお前は、どうだったんだ」と、低く尋ねた。
「え、その、気持ちよくなかったことはないっていうか、むしろ凄くヨかったけど、それよか轟君を気持ちよくさせようって、それだけで頭がいっぱいだった筈なのに。そっちもヨくなかったんだったら……一体何してたんだろう、僕」
「そうか。じゃ、今度は俺がイかせてやるよ」
ずるりと抜け出したモノが項垂れている。それを柔らかく握って唇を寄せた。ひどく生臭い匂いがしていたが、それは劣情をそそりこそすれ、何故か汚いとは思わなかった。
「ちょ、ちょっとタンマ、タイム、タイム。轟君、待って」
「うっせーな。今さら待ったは無しだ」
「そうじゃなくて……寒いんだけど。轟君の体も、すごく冷たいし」
「は?」
そういやさっき、とっさに火を消そうとしたんだっけ……と、我に返った途端に、轟も寒気を感じて身震いした。そういや、ガキの頃はよく癇癪を起こしては、こんなふうにやたらと周囲を燃やしたり凍らせたりして、叱られたっけ。
「これは、メシ抜きにされるレベルだな」
「へ? じゃあ、夕飯食べてく? 轟君なら、母さんも喜んで作ってくれると思うけど」
「いや、そういう話じゃない」
脱ぎ捨てた服すらパリパリに凍っていたので、緑谷の胴を湯たんぽ代わりにして暖をとりながら、今度は逆に炎の力を使って、室内の氷を溶かしていく。余分な水分も蒸発させて……最初に焦がしたカーテンなどは仕方ないが、それ以外はなんとかリカバリーできた。室温や低体温気味になっていた体も、元に戻る。
「緑谷は、体温高いんだな」
「普段はこんなんじゃないよ! その、轟君が抱きついてるからっ!」
言われてみれば、緑谷は耳まで真っ赤だし、一度は萎えていたシンボルも復活して天を仰いでいる。
「もしかして、今ので欲情したのか?」
「だ、だって、轟君の肌ってすべすべだし、なんか髪の毛もいい匂いするし、近くで見たら睫毛長いなーとか思ったし、女の子みたいっていうか、そんじょそこらの女の子じゃ比べ物にならないぐらい、すっごく整っててほっぺたも桃みたいで、触れるのがもったいないぐらいなのに、密着して心臓の音なんか聞こえてきて、乳首もピンクでキレイで、その、なんというか……すっ、スミマセン、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさいっ!」
「まったくだ、このバカナードが」
半べそをかいている緑谷の鼻をつまんで、無理やり自分の方を向かせた。
「今度はちゃんとイかせろ。一緒に、だ。じゃないと承知しねーぞ」
凄むように低く囁くと、緑谷は、まるで強迫されているかのように頬を引きつらせて、コクコクコクと細かく頷いた。
「腰ガタガタ、足攣りそう。キスしすぎで唇が腫れぼったいし、膝小僧が擦れてるし、お尻は筋肉痛だし、タマタマもなんか引き攣れた感じだし、あと、目が変。太陽がやけに眩しくて黄色いや……轟君、大丈夫?」
「ン? ああ、別に」
こちらはむしろ、スッキリしているが………とは、あえて言わなかった。それだけ、轟の負担が少なくなるよう、やさしく大切に扱ってくれたということでもある。こっちは、そんな余裕なかったのにな。足元で伸びている緑谷の肩や背中は、轟が無我夢中でつけた歯型やら爪の跡で真っ赤になっていた。
少しでも汗と体液の匂いを追い出そうと窓を全開に開け、扇風機を回して空気を入れ替える。後始末のために大量に使ったティッシュは、レジ袋に突っ込んで口を縛り、夜中にでもこっそりコンビニ前のゴミ箱に突っ込む予定だ。
「そういや、この服、変な匂いしてたな。緑谷、気づかなかったか?」
「え、知らない」
「香水かな、なんか甘ったるい不自然な匂いがしてた」
もしかしたら、媚薬かもしれない。マッド・メカニックの発目なら、それぐらいの小細工をやりかねないし、この服を弄った直後から轟の様子がおかしくなったのも、それで説明がつく。
「だとしたら、危険だから処分したほうがいいかなぁ。でも、せっかくもらったのに、どうしよう」
「知るか。それよか、てめぇの体の心配をしろ」
まだうっすら汗をかいている轟が、カバンから下敷きを引っ張り出しパタパタと自分を仰ぎ……ついでに緑谷も仰いでやっていると、不意に部屋のドアノブがガチャガチャと動いた。
「やだ、ドア開かないわよ、出久」
どうやら向こうにいるのは、緑谷母らしい。
急激に熱したり冷やされたりを繰り返した影響で、蝶番の金属が微妙に歪んだのだろう。慌てて飛び起きた緑谷が、Tシャツをかぶりながら「母さん、ノックぐらいしてよ!」と叫び返す。
「あのね、帰ってきたらウチの中が水浸しなんだけど、アンタの部屋は大丈夫かと思っ……あら、いらっしゃい」
強引にドアを蹴り開けた緑谷母は、イケメン同級生を見つけて慌てて大根足を引っ込め、愛想笑いを振りまいた。
「この部屋はなんともないみたいね。びっくりしたのよ、天井から水が染み出してきたみたいで。リビングの天井には水道管を這わせてない筈なのに、どうしたんだろうと思って。お父さんが帰ってくるまでに、片付くかしら」
緑谷と轟は顔を見合わせた。多分、それは轟が原因だ。この部屋はうまくリカバリーしたが、まさか家全体に影響が出るレベルだとは思わなかった……が、緑谷母は(息子の対戦相手なので、どんな個性を持っているか、テレビで見て知っている筈だが)その可能性には思い当たっていないようだった。
先手必勝とばかりに、轟がしれっと「お掃除、お手伝いします」と告げた。
「あらやだ、いいのよ。お友達にそんなことさせられないわ」
「家の手伝いは、慣れてますから」
「本当にいいの? じゃあ、お言葉に甘えちゃおうかな。うふふ、なんか出久に兄弟ができたみたい」
僕に兄弟っていうか、嫁? とは、あえて口には出さなかった。
そもそも『そういうこと』にしてセックスしただけで、お互いどう思っているのか、好きかどうかすら、確かめていない。いや、確かめる必要もない、というのが正確かもしれない。なにしろ轟はモテるのだし、付き合うには『身分』が違い過ぎるのだから。
「上の方は俺が拭く。お前は床な。モップか何かあるんなら、それ使え」
「あ、ありがとう。確か、クイックルワイパーあった筈」
身長差もあるが、この場合、緑谷の腰がまだヘロヘロであることを考慮してくれたのだろう。
「轟君、だっけ? 大したものはできないけど、良かったら晩ご飯食べていく? なんなら、泊まってってもいいのよ」
「えっ、もう一滴も出ないよ」
思わず口走ってしまった緑谷の頭を、轟が無表情で小突いた。
翌日。緑谷は体調不良を理由に、体育の授業を見学した。
休憩時間になった途端、なぜか女の子達が緑谷を囲んで「緑谷君、あの……ドーナッツ・クッションとか、いる?」「で、実際どうなの?」「今朝、一緒に登校して来たよね?」などと騒ぎだし、ぷよぷよした粘着性の球体を個性に持つ峰田実が「なんだよぉ! 俺も女の子に囲まれて、キャーキャー言われたいぞ! 畜生、痔か? オイラも痔になればいいのか!?」と地団駄を踏む。
「こらこら、女子。緑谷君が困ってるだろう? しかし、その……緑谷君、学級委員長としては不純異性交遊というか、そうじゃなくて、えーと噂の真相を、だね」
堅苦しい口調で、メガネをクィッと指で押し上げている威丈夫は、飯田天哉だ。
「飯田君まで……皆『個性』の前に、人の話を聞く能力を伸ばそうよ!」
「だよな。んなことあるわけねーじゃんか。このクソナードと、あのいけ好かない優等生野郎だぜ? ありえねーよ」
爆豪がそう言って、ゲラゲラ笑いながら緑谷の腰を横からどつき……緑谷が「ギクッ」ときた痛みで動けなくなってしまったために、その場の空気が微妙になってしまう。
「なっ、俺のせいじゃねーし! コイツがひ弱なだけだし!」
その騒ぎを一歩引いて眺めていた、鳥面の常闇が「噂の真偽はともあれ、保健室に連れて行った方がいいんじゃないのか?」と呟いた。
「ほな、ウチが連れてくわ」
麗日が元気に挙手したが、すぐに「あ、轟君に頼むべきやったん?」と、うろたえる。
「あ、いやいや、麗日さんでお願いします、是非」
麗日の肩を借りて(峰田が「そうやって女子のオッパイを揉むつもりだろ、ずるいぞ」と騒ぐのをスルーしながら)、緑谷は体育館を出る。
「轟君、なんか冷たいね。デク君がこんなめに遭っても、あっちで全然知らん顔してるんやもん」
そんなことないよ、とフォローしようとしたタイミングで、廊下の向こうから発目が小走りに駆けてきた。
「昨日は、ワタシのベイビィちゃんを使ってくれなかったのですか?」
「あ。やっぱり何か仕掛けてたんだ?」
それなら、バッチリ罠にハマったよ。つーか、噂が全然鎮火してないんですが。コントロールどころか、むしろ大炎上してるんですがそれは……と、緑谷が苦情を入れようと口を開く前に、発目は「ローションの蓋が、隠しマイクのスイッチになっていたんです。いいアイデアだと思っていたのに、使ってもらえなかったとはOMGです。それとも、使う機会に恵まれなかっただけですか? でしたら、新しいベイビイちゃんを進呈しますよ!」などと、ペラペラ喋り出した。
つまり、うっかりアレを使ってたら、その後のやりとりがバッチリ皆にバラされてしまってたということじゃ……と、緑谷の顔が青ざめる。
「あ、うん、その……まだ開けないでウチに置いてある。どうしよう、返す?」
「差し上げたものですから、返す必要ないです。中のローションも特別調合してますんで、是非今度、使ってみてください! お気に召しましたら、レビューよろしく!」
にっこりと屈託ない笑顔で言われると、怒るに怒れない。発目はまだまだ喋り足りなさそうであったが、麗日が「デク君、ほんま大丈夫? 顔色悪いよ?」と、気遣うふりをすることで、それを遮った。
「騒ぎの張本人として、多少の責任を感じている 私 が 来 た ッ!」
どうしても教室にいると好奇の視線に晒されるので、廊下に避難しようと扉を開けた轟の前に、いつものテンションでオールマイトが現れた。
「ああ、緑谷なら、さっきの体育の後に保健室に行きましたよ。そろそろ帰ってくると思います」
「あ、いやいや、今日は君にちょっと話が」
マッチョな筋肉に包まれた巨躯を猫背にして、チョイチョイと手招きするので、階段の踊り場までついていく。
そのお茶目な姿は、テレビなどで視て憧れていた「オールマイト像」とギャップがあって、最初は戸惑ったものだが最近は見慣れた。いつも尊大で圧倒的な存在感をキープしているエンデヴァーとは、いわゆる「ヒーロー観」が違うのだろう。どちらが良い悪いということもない。それも含めての「個性」なのだ。
「自分に、ですか?」
職場体験の受け入れ先の件かと、轟は多少、緊張した。
あの選択が自分の将来のためにベストであることは明らかだし、正規の手続きを経た申請であってルール違反でもない。それでも、自分の家庭の事情を知る者なら、多少は気にかかるに違いないことも、理解していた……が、そこで「ミッドナイト君から確認するように言われたんだが、緑谷君とは、やっぱり、その、そういう仲になったのかい?」と斜め下の質問をされて、思わずコケそうになった。
「そういう仲……どうなんですかね。緑谷は、軽々とひとの懐の奥に飛び込んでくるから。ただ、誰にでもそういうヤツなんでしょう?」
慎重に言葉を選びながら、そう答える。
今回は緑谷のそんな気質に甘えてしまった自覚はあるが、相手が自分でなくても多分、緑谷は同じことをしただろう。求められれば、求められるだけ、どこまでも惜しみなく、己がボロボロになろうとも、ありったけを、全力で。
「ん? うん。そうだね、緑谷少年はそういう子だね。助ける相手をえり好みしないのは、ヒーローの素質でもある。敵(ヴィラン)に襲われるのは、残念ながらセクシー美女ばかりじゃないからね。そういえば私も昔、酷くユニークなルックスの……おお、話がそれた」
「緑谷の『個性』の本質は多分、与えることなんだと思う」
「はぅわっ!?」
オールマイトは、自分から緑谷に「個性」を譲った秘密がバレたのかと驚愕して、動揺のあまりにおかしなポーズを取ってしまったが、轟はそれにはお構いなしに「体育祭からずっと、緑谷には与えられっぱなしだから」と続けた。
「う、うむ、つまり?」
「だからそのお返しに、こっちが助ける側になったら、できる限り駆けつけてやりたい。そう思える関係を『そういう仲』と呼ぶのなら、多分、そうなんだと思います」
「OK、OK、アンダスタン。つまり、熱い友情ということだね。確かに、緑谷君の自己犠牲精神には、プロである私も驚愕するよ。例え体育祭のトーナメントであろうと、敵対する相手をも救おうだなんて、普通は考えない。優しさはときには弱さになるかもしれないが、ときには強さでもある。もしかしたら、緑谷君は敵(ヴィラン)ですら救ってしまう、凄いヒーローになるかもしれないね。そんな彼を助けてあげたいという友達がいるのは、素晴らしい。とても素晴らしい」
オールマイトは「自己犠牲精神、か」と呟いた轟の表情には気付かず「ノープロブレム! 後のことは任せておいてくれ!」と、ポーズをつけながら元気よく宣言すると、現れたときと同じように光の早さで立ち去った。
「あれ、轟君?」
声をかけられて振り向く。階段の下の方に、保健室から戻ってきたらしい緑谷がいた。腰にコルセットを填めて、不自然にかがんだ姿勢で手すりを掴んでいる。
「それ、大丈夫なのか」
「うん。安静にしてたら、明日には治るって。あと、腰を使う激しい運動は当分、避けるようにって……ごめんね」
何故そこで謝る。そこまでサカってねーぞと、イラついた途端に休憩時間終了のチャイムが鳴った。
「あ、授業始まっちゃうね。先に戻ってて。僕、いま走れないから」
チッと舌打ちひとつすると、轟は階段を駆け下りて緑谷を抱き上げた。
「ヒーローが怪我人置いていけるかよ」
「でも、こんな格好で戻ったら、また冷やかしのネタにされちゃう」
「言わせとけ。俺はお前だから助けるんじゃない。怪我人だから助けるんだ。助ける相手をえり好みしないのが、ヒーローの素質なんだって、オールマイトが言ってた」
オールマイトがそう言ったのならと納得して、緑谷は素直に(但し他意はなく、轟の負担を少なくするために)轟の首に両腕を回して、ぎゅっとしがみついた。
END
【後書き】前回は何も考えずに書いたのですが、今回は古紙回収に出す寸前のジャンプを引っ張り出し「体育祭の後2日休み、登校して即、ヒーローネーム&職場訪問先を決めて、出発は翌週か」とチェックして、なんとか辻褄合わせしました。銀魂と相撲と斉木だったら、いつでも確認できるように本誌を炊飯してあったのにね……とりあえず書きたいこと書き切って、満足。ヘタレ攻めマンセー!
なんとなく、今回のイメージはCHARAの『夢見る富士額』だったので、タイトルは『夢見る』の部分だけ拝借しました。 |