掃除機にも穴はあるじゃんよ★下


コンビニに行こうとしていたビーが、宇宙港の桟橋でそのアンドロイドを見かけたのは、本当にたまたま偶然であった。開発中の自作スマホアプリ、ポータブル・パイオニウムセンサー(β版)が反応しなければ、見落としていたに違いない。軽いはずのトイレットペーパーの束を重そうに抱え、ヒールを履いている訳でもないのによろよろと危なっかしい足取りなので、小柄で非力なビーでも容易く彼女を宇宙戦艦・カーネギーレモンへ連れ去ることができた。

「ダンディ本人以外に、これだけ高濃度のパイオニウムを胎内に持つとは……ダンディの代わりにデッカイダーのエネルギーとして使えるかもしれない な。ふむ」

ゲル博士に引き合わせたところ、興味深々で診察台に女の四肢を縛りつけ、血液検査だのレントゲン撮影だのと、弄り回し始めた。

「どうやらコイツは、アンドロイドに見せかけたエイリアンだな。全身の人工細胞を培養するのは高度な技術が必要のうえ、コストもかかるから、安価なアンドロイドを作る場合、下等エイリアンの肉体で代替するのだ」

「そうなんですか? でも、脳みそは機械ですよね。ほら、後頭部の辺りが、ロボットみたくパカンと開くようになってますし」

「操り人形として使うため、体が動かせる程度に残して大脳を切り取り、様々な人工知能を接続できるようにジョイント装置を埋め込んでいるのだよ。我がゴーゴル帝国では、野蛮で非人道的な技術として禁止されておるが……問題は、何故、その脳無しエイリアンがパイオニウムを、それも下半身に集中して帯びているのかということ……よもや、この女」

ゲル博士は探究心の赴くまま、女の下半身側に回り込み、長衣をはぐった。ふわっと爽やかな石鹸の香りと女の芳しい体臭が絶妙に入り交じって、鼻腔を甘くくすぐったが、やがて、それに続いて吐き気を催す程に生々しい雄の匂いが猛々しく立ち上ってきた。

「ふむ、そういうことか。このエイリアンと地球種の遺伝子が近ければ混血もあり得るし、膣内に残っている精子を回収して、核を抜いた受精卵に埋め込み、クローンを作ることも理論的に不可能ではない。ダンディ本人を追い回さずとも、我がゴーゴル帝国の計画を遂行することができる! 素晴らしい! 素晴らしい成果だぞ、ビー!」

他人の精液の匂いを嗅ぎながら、拘束された美少女の股間にガラス棒を突っ込んで狂喜乱舞できるゲル博士のマッドサイエンティストぶりには、ビーも心底ドン引きであった。

「なかなか状態の良いサンプルがとれたぞ。引き続き精密検査するためにも、この検体は本国に送っておこう」

「そ、それが良いですね、ゲル博士。この匂い、ワタクシ、ぶっちゃけ吐きそうです。さっきまで、お菓子でも買いに行くつもりだったんですが、すっかり食欲がなくなりました」

「なんだ、だらしのない」

縛りつけている診察台ごと、女をカプセルに閉じ込める。このまま宇宙宅配便で送るつもりなので、天地無用のシールも何枚か、カプセルの壁面に貼り付けておく。

「ゲル博士。肉体の方は使えるとして、人工知能はどうしましょう?」

「研究には必要ないが、取り外してしまえば、この体は大脳がない状態になる。小脳などの負担が増えて体調を崩す可能性があるから、そのままつけておけ」

「はぁ」

いくら下等エイリアンでも、己が産む機械として実験動物にされると理解すれば発狂しそうな気もするのだが、そういったデリカシーは、このマッドサイエンティストに求めるべきではないのだろう。
そして結局、この選択こそが、後の彼らの敗因になったのである。





ダンディが身につけているブレスレット型翻訳機と同様に、QTの人工知能にもGPS機能が搭載されていて、アロハオエ号のシステムで追尾することが可能だ。そう説明することで、ダンディとミャウはなんとか『投降スタイル』を解いて(警備兵とスカーレットに銃口を向けられた状態のまま、ではあるが)アロハオエ号に戻ることを許された。

「ブレストラン店員のレディ・ノーブラっていうお嬢さんから、あなたの連れていた『アンドロイド』が、大昔に登録されたマリオン星人に似ているって通報があったのよ。お店の防犯カメラを分析した結果、多分、間違いないだろうって」

「アレはエイリアンじゃなく、アンドロイドだぜ? 機械ロボットじゃなくて生体タイプだから、ちょい紛らわしいかもしれねぇけど、ちゃんとQTの電子頭脳を載せ替えてあるんだから、よぉ」

「人造細胞の培養技術が未熟だった時代には、エイリアンで代替したこともあったのよ。その方が安上がりだってね。未開の頃ならいざ知らず、科学の発展したこのご時世に、しかも絶滅寸前の貴重なエイリアンを、そんな乱暴に扱うだなんて……本当に酷い話だわ」

「その修理屋を、逮捕しようが煮ようが焼こうがアンタらの好きにすりゃいいが、QTの本体だけは返してくれよな」

向けられている銃口の存在などまったく意に介さない様子で、ダンディの長い指がメインシステムのコンソール上を自在に走り、ディスプレイに星図が広がっていく。やがて、宙空に点滅するポイントが出現し、アロハオエ号の現在地との方角や距離、ワープした場合の推定エネルギー量などの数字が算出された。

「そう遠くないみたいだが……まずいな。近くに中性子星があるじゃんよ。ワープすっから、しっかり捕まっとけよ」

「えっ? ワープって何? ちょっ……なに勝手なことしてんのよ」

「中性子星ったら、ブラックホールほどじゃねぇけど、めっちゃ吸い込んでくるんだぜ? チンタラ飛んでる間にQTが吸い込まれたら、どーしてくれんだ。つーか、アンタらだって困るじゃんよ」

そういうと、ダンディはコンソール回りのスイッチを押しまくる。ディスプレイの周囲が赤く発光し……実際には、アロハオエ号自体がワープのための時空の歪みによる光粒子を帯びて……次の瞬間、スカーレットは立ちくらみのような症状を覚えて、銃を取り落とした。いや、それは警備兵らも同じだったろう。
ワープし慣れているダンディとミャウだけが、平然と「あのポンコツ、どこにいるんだ?」「あの小型艇ですかね?」などと会話しながら、船外のカメラ映像を眺めている。

「ダンディ。アナタ、ご自分の立場ってものが……」

「GPSとも照合したけど、あの船にいるらしいぜ」

つり込まれるようにモニターを覗き込んだスカーレットが「ゲッ」と小さな声を漏らしたのは、その小型艇のすぐ近くに、人面を象ったゴーゴル帝国軍の宇宙船艦が浮かんでいたからだ。
ただでさえ、ゴーゴル帝国はジャイクロ帝国と一触即発の情勢にある。下手に干渉すれば、宇宙間戦争になりかねない。

「バカ! なんてことに巻き込んでくれたのよ!」

「俺のせいかよ!?」

「この際、何もかも全部、アナタのせいよ!」

「てめっ、テキトーだな、オイ!」

スカーレットがヒステリックに、サブコンソールを兼ねたテーブルをバンバンと叩く。ふと、何かを潰したような感触がして、恐る恐る手の平をのけると、そこには赤い押しボタンが設置されていた。

「ダンディ、このボタン……何?」

「え? ミサイルだけど」

それを聞いて、スカーレットの顔色がサーッと青くなる。

「その……これ、押しちゃった」

ダンディの顔もさすがに引きつったが、一度押してしまったものは取り消せない。シートに座り直すと、操縦桿を握った。手元のディスプレイをクローズアップして、撃ち出されたミサイルの軌道をトレースした。

「ミャウ、向こうが撃ち返してくるようだったら、レーザーで迎撃よろしく。兵隊さんも手が空いてるようなら、何カ所か対空機関砲システムがあるから、手伝ってくれたら嬉しいんだぜ」

残念ながら、ミサイルは船艦側がワープで回避でもしない限り、確実に直撃すると予測される。QTが乗っているだろう小型艇が被弾するよりは、断然マシだ。ただ、小型艇がその衝撃波に押し流されたりして、中性子星の引力圏に巻き込まれると、ちょっと厄介だ。
なにしろ、光を吸い込むブラックホールほどではないが、宇宙のガスを吸い込み続ける中性子星の猛烈な重力から逃れるのは、かなり難しい。さらに、重力が空間をも歪めているから、ワープで脱出できないうえに、吸い込まれた先……いわゆる『ホワイトホール』がどの空間にあるかは『神のみぞ知る』だ。いくらGPSを駆使したところで、同じ宇宙・同じ次元に存在しているという保証すらないのだ!
いっそ中性子星に全弾打ち込んで爆発させ、引き込まれない範囲まで小型艇を吹き飛ばした方が安全かもしれない……なんたら帝国の大戦争? 知るかよ、そんなもん。ウチのポンコツを回収するので忙しいんだ、俺は。

「いや、アロハオエ号の火力じゃ足りねーな」

「ハァ? ねぇ、ちょっと、何考えてるのよ? ゴーゴル帝国の船艦相手に、何する気!?」

「ちょいとだけ、船の位置を変える。ぎゃーぎゃー喚いてると舌噛むぜ」

メインエンジンが火を噴き、アロハオエ号が急加速する。その勢いにスカーレットはもちろん、ミャウですら体がすっ飛び、天井に頭をぶつけた。






突然現れたアロハオエ号に、ゲル博士とビーは度肝を抜かれた。いつもは全宇宙を検索しまくって、やっとの思いで見つけては追いかけているというのに、いざ向こうから現れると、どうしていいのやら、とっさに思い浮かばない。まるで、密かにストーキングを重ねていた片思いの相手が、不意に振り向いて声をかけてきたような。

「どうしたものかな」

「せっかくだし、捕まえます?」

妙に間の抜けた会話をしていると、船が激しく揺れた。室内の照明が急にチカチカしたかと思うと消えてしまい、薄暗い非常灯に切り替わる。ヒステリックな非常ベルと『ヒダン、シマシタ』と繰り返す合成音が響き渡り……さらに近衛兵がブリッジに飛び込んできて「ゲル博士、迎撃の許可をお願いします!」と喚いた。

「船を撃ち落としてダンディを殺してしまっては、元も子もない。威嚇射撃で追い込みながら、なんとか生け捕りにしろ」

あまりに無茶な命令に一瞬顔をしかめたものの、さすが職業軍人、ぐだぐだ反論することもなく、敬礼をしながら「了解」と言葉短かに答えると、サッと配置に戻っていった。
数分経って照明が復旧した頃には、伝令が伝わったのか、船艦カーネギーレモンの全砲台からレーザービームが放たれる。
自走運転をしている宇宙宅配便が巻き込まれないか、ゲル博士は密かに心配していたのだが、兵士らもそこはじゅうぶんに配慮しているようだ。なにしろ宇宙宅配便には、軍用物資だけではなく、兵士らのプライベートな書簡や荷物のやりとりも含まれているのだから。
やがてアロハオエ号の動きが停まり、投降するのかと思った次の瞬間、急発進した。

「逃げるのか? 追え!」

「ダメです、ゲル博士。その方向には中性子星があります。下手に近づいたら、吸い込まれます!」

かろうじて急ブレーキをかけて、重力圏に踏み込むドジは避けられたが、アロハオエ号の周囲に向けられたレーザービームの粒子は、中性子星の重力でねじ曲げられ、次々と星の中心部へ吸い込まれていった。

「まずい。ビームの熱に触発されて、星が核爆発する! 退避しろ!」

マントを翻しながら、必死で叫ぶ。そのゲル博士の隻眼の視界は、中性子爆発による圧倒的な光の渦で真っ白く埋め尽くされていった。





思惑通りに中性子星を誘爆させたはいいが、アロハオエ号も仲良く数パーセクほど吹き飛んでしまい、再びGPSを検索してワープ移動を繰り返すなど、回収に少々の手間がかかってしまった。アロハオエ号で無人の小型艇を曳航しながら宇宙人登録センターのある宇宙ステーションに帰港した頃には、エストラーベン星の修理屋も捕まったらしい。

「どうやら修理屋の店主も、希少種エイリアンと知らずに、大昔に買ったらしいわね……販売元はもう廃業してるだろうし、これ以上追及しても無駄みたい。これで、アンタの掃除機ロボットの人工知能を元に戻して、マリオン星人はこちら側で保護して、一件落着ってところかしら」

スカーレットが船酔い&ワープ疲れでげっそりとしながら呟いた。
宇宙船を係留する、いわば『駐車場』のようなスペースに、アロハオエ号と小型艇が並んで停められている。小型艇の腹には宇宙宅配の荷物と思われるカプセルがぎっしり詰まっていて、まるで卵を抱いた母ゴキブリを思わせた。

「なぁなぁ、そのマリオン星人って、生きた状態で捕獲したら報奨金5千万ウーロンなんだろ?」

ダンディはそのカプセルの山に近づくと、一つ一つ確かめるように、コツコツと叩いて回る。
やがて『天地無用』というシールが貼られている『卵』の内側からコンコンと返事があり、ダンディはその音を辿りながら、カプセルの壁をなで回してロック解除のパネルを探り当てた。パスワード制だと困るな……と思ったが、幸い、単純な押しボタン式であった。カプセルがカパッと開き、中から半裸のAQTが飛び出してくる。

「酷いじゃないですか、ダンディ! あの爆発、ワザとでしょ。ワタシ、もう死ぬかと思っちゃいましたよ!」

「アレ? オマエ、そんなに流暢に喋れたっけ?」

「ボディとのアダプタの接触が悪かったんです。爆発の衝撃で、ようやくカチッとハマったから、なんとか手足の拘束を外せたんですけどね」

「ああ、そう。じゃあ、ここ数日の記憶っつーか、周囲のことって、把握してる?」

知らないと言ってくれ、何も覚えてないと答えてくれ……という願い虚しく「ダンディのエッチ、スケベ、ヘンタイ」と、小声で冷たく罵られた。

「あーいや、その、ぎこちないのが、妙に可愛かったんだよ。その、ホラ、いつもみてーに口喧しくもなかったし?」

「多分それ、接触が途切れて、ボディが勝手に動いてた時の挙動です。時々、そんな状態になってたんです。ワタシじゃないです」

「そっか。うん、そうだろうな。ウチの掃除機があんなに可愛いわけがねーもんな」

頷きながら、ダンディはスカジャンを脱いで、AQTの肩に羽織らせてやる。

「あ。そういえば、トイレットペーパー買ってきた筈なのに、どこにやっちゃったんだろう? せっかく、奮発してちょっぴりいい紙選んだのに」

「おまえなぁ……そんなん、無事に帰ってこれたんだから、どうでもいいじゃんよ。つーか、そもそも、お前ロボットだから、トイレットペーパーなんか使わないじゃん」

「使いましたよ、今回は。ダンディ達はお尻にも毛が生えてるから平気でしょうけど、このボディだと肌が柔らかすぎるせいか、硬い紙だと排泄孔が痛いんです。だから、こうやって紙を揉んで、柔らかくして使ってました」

「うわ、ヤメテ! そんな話、そのカワイイ唇から聞きたくねぇ!」

そこに、スカーレットが黄色い掃除機を引いて近づいてきた。

「あ、元の体だ」

「押収品の中にあったのよ。修理は終ってるみたいだから、差し替えてあげるわね」

スカーレットが、AQT……いや、マリオン星人の後頭部に手を伸ばし、恐る恐るまさぐった。すぐにスイッチとおぼしきものが指先に触れたらしく、カパッと開く。

「取説、いります?」

ミャウが差し出すと、スカーレットはその小冊子を受け取り、マリオン星人の脳天を開けたまま、それをパラパラとめくった。

「えーと、ここを押してロックを解除し、スロットルカードを引き抜く……と」

「おいおい、それって、起動したまま引っこ抜いても大丈夫なのか?」

「あ」

『ガシャ』という、破壊音と紙一重の、心臓に悪い音を立てて、旧式のデータカードが引き出された。途端に、マリオン星人の目が光を失ってよろけ、ダンディがその体を抱きとめる。脳を失っている筈のマリオン星人が、腕の中でフニャッと笑って「ダ……」と呟いた。名前を呼んでやろうとして、ダンディは彼女の本名を知らないことに気付く。「マリオン」は出身星の名だから、ミャウに「ベテルギウスさん」と呼びかけるようなものだ。かといって、ここ数日、彼女に呼びかけていた「QT」は、あくまでも掃除機ロボットの名前である。
仕方ないので「よしよし」などと頭を撫でてゴマ化したが、それでもじゅうぶんに嬉しいらしく「ダ……」と繰り返していた。

「なぁなぁ、スカーレット。5千万ウーロンは?」

「今回のケース、アナタには希少種エイリアン誘拐及び虐待の容疑がかかってたんだから、そう簡単にはあげられないわ……それに、あまり言いたくないけど、性的虐待も、本人あるいはウチが訴えれば逮捕の要件になるのよ? 黙っていてほしかったら、諦めなさい。報奨金を支払うかどうか協議会で審議することになれば、アナタ、やぶ蛇よ」

「げっ……いや、虐待なんてしてねーし。見ろよ、虐待なんかしてたら、こんなに懐くか?」

マリオン星人は、ダンディの胸板に頬をすりつけながら頷いていたが、掃除機の方は再起動するが早いか「虐待ってゆーか、セクハラされまくりでした。服に手を突っ込まれて、胸を揉まれたりとかしました。お尻もしょっちゅう撫でられました」と、訴えた。スカーレットはそれを聞いて、怒りのあまりにプルプル震えながら、拳を握りしめる。

「ダンディ、あなたって人は……そんな幼女みたいなエイリアン相手に」

「でも、エイリアンだなんて知らなかったっんだし、昔から店に出してたアンドロイドなんだから、幼女ってわけでもねーだろ? 第一、コイツ多分、セクサロイドだし」

「ハァ? セクサ……ダンディ、あなたまさか、そういうコトまでしたの? やっぱり訴えてやるわ、女性の敵!」

「いや、その……でも、合意の上だったら、犯罪じゃなくね?」

ミャウが目を丸くしながら掃除機のフェイス部分を覗き込んだが、掃除機は「ノーコメントです。ワタシは一切、関与してないです」とシラをきった。
さらにスカーレットが何事かダンディを罵ろうとした矢先、登録センターの警備兵とは違う制服の、多分……国軍兵士がドヤドヤと入ってくる。

「スカーレット検査官。このたびは職務外の任務、誠にご苦労であった。あとは、我々が引き継ぐ」

マリオン星人はイヤイヤと首を振りながらダンディのシャツにしがみついていたが、国軍兵士が強引にひっぺがした。べそをかきながら体をくねらせ、ダンディへ手を差し伸べるのを押さえつけるようにして、無理やり車椅子に座らせる。
か細く呼ぶ声が遠ざかっていくのを聞きながら、ダンディは床に落とされたスカジャンを拾い上げた。

「報奨金はともかく……保護っていうからには、幸せにしてもらえるんだろうよ」

そう己に言い聞かせるように呟きながらスカジャンを羽織ると、ふわっと少女の移り香が微かに漂う。そんなダンディの感傷を知ってか知らずか、ミャウが「あ。そういや、さっきの中性子星に、溜まってたゴミ袋、捨てちゃえば良かったですよね」などと、ノーテンキに口走った。





それから数週間後。BBPトリオは久々に登録センターを訪れた。苦労して捕まえた割にはランクEのつまらないエイリアンであったが、当座の食費ぐらいにはなった。
たまたま他にハンターがいないのをいいことに、ダンディはスカーレットのデスクの前に肘をつくと「こないだの、なんたら星人は元気にしてんのか?」と尋ねた。

「なんたら星人? どのエイリアンのことよ」

「トボけんなよ。あのカワイ子ちゃんだよ。俺が5千万ウーロンもらい損ねたヤツ」

「あぁ、あの子ね。可哀想なマリオネット」

何やら思い当たったらしいスカーレットの表情が曇る。QTが空気を読んで「ああああ、スカーレットさん、言わなくていいです。言わないで」と割り込んだが、ダンディがその頭をポカンと叩いて黙らせ「あのポンコツ、元気でやってんだろ? 世界中の人のお役に立って、さぁ」と畳み掛けた。
スカーレットは視線を宙に泳がせると「そうね、元気よ」と答えていた。それに続く「天国で、ね」という言葉は飲み込んで。

実際には、エイリアン総合研究センターに引き取られて全身を洗浄した途端、急激に意識レベルが低下し、集中治療室に収用され……こうなったら全臓器を切り分けて細胞サンプルを採取しておくべきだという意見と、出来る限り母体を残すべきだという意見が対立。その結論が出る前に息を引き取ったのだという。ゲル博士が看破していたように、大脳のほとんどを奪われていたマリオン星人は、人工知能が外されたために残った脳幹の負担が増大し、疲弊したのだ。
もっとも、QTの人工知能は接触不良のため、うまく機能していなかった。それでもアロハオエ号にいる間、ぎこちないながらも彼女が動き回れたのは、実は、ダンディの身体から発せられる未知なるエネルギー粒子、パイオニウムの影響だったのである。マリオン星人自身もそのパワーには気付いていなかったろうが、ダンディに懐いて始終離れようとしなかったのは、いわば無意識下の、生存本能の導きだったのだろう。ダンディの体液と共にパイオニウムが洗い流されてしまったのが、致命的だった……だが、全宇宙の医学・科学の権威がどれだけ議論を尽くしても、その真相には辿り着けず「寿命、あるいは原因不明の心不全」と、苦し紛れに絞り出すのが精一杯であった。
そのうえ、最後のピュア・マリオン星人の死骸は、まるで望まぬ相手に触れられるのを拒むかのように急速に腐敗し、ホルマリン漬けにすることさえできなかったのである。





ここ最近、アロハオエ号のリビングが、妙に片付いている。
正確に言うと、あのマリオン星人が雑巾がけをしていた部分だけが、なぜか汚されないのだ。

「ワタシがどんなに掃除しても、片付けた端から散らかすくせに」

そう思うと妙にムカっぱらが立ち、QTはわざと、腹の中いっぱいに吸い込んだゴミを、その一角に吐き出した。

「ちょっ、おまっ、何しやがんだ、このポンコツ!」

「ワタシ思うんですけど、ダンディって、よくデカパイだ、デカ尻だって騒いでますけど、実はロリコンのケがありますよね、絶対」

「それとこのゴミに、どういう関係があるんだ、畜生!」

「どうせ、ワタシは口喧しくて可愛くもないですし、所詮、家電ですし」

「ハァ? 何言ってんだ!」

QTは掃除機の吸い込み口になっている手の平を振って、ホースの内側に引っかかっていた魚の骨の破片をペッと吐き出す。その拗ねたような仕草に呆れて、ダンディは肩をすくめた。

「まぁ、そーだな。QTには、パイオツもケツもねーもんな。でもまぁ、カワイイと思う時だって、多少はあるんだぜ?」

「ワタシはロボットですから、そんなセクハラ発言されても、全然嬉しくありません」

「セクハラゆーなよ。つまりはお前、あのエイリアン相手にヤキモチ妬いてんだろ?」

「ロボットはヤキモチなんて妬きませんし、羨ましくもありません」

「そーいうもんか? そうだ、今度ブービーズに行く時は、客席まで抱っこで運んでやんよ。エナジードリンク……は腹ん中が錆びるだろうから、ロボット用のオイルにストローつけて注文してやる。なんなら、風呂に入れてやってもいいぜ。ワックスかけて、ピッカピカに磨いてやる。だから、拗ねないで掃除してくれや」

「掃除、掃除、掃除……結局、掃除ですか! ダンディは、ワタシのお掃除機能だけが目的だったんですね!」

「なに、その昼メロ的発言。いや、しゃーねぇだろ。きっぱりハッキリ掃除が目的だろ。まぁ、確かに他にも、洗濯とか料理とか宇宙船のオペレーターとか、色々してもらってるけどさァ……でもオマエ、そもそも掃除機じゃんよ」

「だって、あのボディんときには、掃除しなくていいって言ったじゃないですか。何もしないで、ただ座ってていいって!」

「ああ、言ったな。確かに言った……わーった。わーったよ、じゃあ、オマエはそこでじっとしてろ。俺が自分で片付けておく」

「ダンディが掃除をするのは、もっと嫌なんです!」

「ハァ? 結局どーしろってゆーんだ」

「ワタシにも分かりません」

QTがホースの腕を伸ばして、ポカポカと叩きまくってきた。ダンディは苦笑いをしながら、そのボディを抱きかかえて、撫で回してやる。やがて、両腕がダランと床に垂れ下がり「だから、ワタシはロボットだから、そんなことされても、嬉しくないんです。つーか指紋とか皮脂がつくので、素手でむやみやたらにベタベタ触らないでください」などとブツクサ言いながらも、妙におとなしくなった。
そこに、携帯情報端末を持ったミャウがスキップしながら入ってきた。いかにもボンクラらしく、空気を読むこともせずに端末のディスプレイをふたりに見せる。

「宇宙ゥイッターで『両性具有で、妖精みたいに綺麗な、珍しいエイリアンがいるらしい』っていう書き込みを見つけたんすけど、行ってみません? ホラ、近くにブービーズの新店舗もあるらしいですし」



END

【後書き】スペース★ダンディ二期の最終話で、ダンディが朦朧としながらモニター越しにQTへ手を差し伸べているシーンに触発されて妄想が広がったので、一気に書き下ろしてみました。QTかわいいよQT。でも、ふと我に返ったら、これ、銀魂の銀時×芙蓉の話のパターンにそっくりじゃん……多分、ピグマリオンな世界観が好きなんだろうな、俺。
ちなみに『マリオン』という名前は、エドマンド・クーパーの古典SF小説『アンドロイド』に登場するロボット。エストラーベンという名前は、アーシュラ・K・ル=グウィン『闇の左手』の登場人物から拝借しました。

ま、無数の平行宇宙のどこかには、こんなダンディもいるかもしれないじゃんよ、ということで!
初出:2015年06月26日
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