原作四百五十三訓・四百五十四訓を踏まえた、 劇場版銀魂『万事屋よ永遠なれ』のパロディです。 ネタバレを大いに含みますので予めご了承ください。 愛しさと切なさとメガネとポカリ
まだ明け方には遠い時間帯であることは、雨戸の隙間から差し込む月光で察することができた。寝直そうと思って寝返りを打ったが、板の間が体温で温くなっているせいか、どうにも寝付けない。起き上がって、そこら中で雑魚寝をしている同志らを踏まないように避けながら、縁側までそっと移動する。 「どこ行きゆう?」 声を掛けられて、ギョッとした。 「どこって……別に」 「昼間の、か? ワシも気になっちゅうよ」 「えっ?」 白夜叉はポカンと口を開けたが、坂本辰馬はお構いなしに「一人、消え残ったのがいたき。おまんも気付いちゅう?」と続けた。そう言われて初めて、白夜叉は自分がなぜ眠れなかったのか、自覚できた。そう、昼間見た光景が頭を離れなかったから、だ。 白夜叉らの代わりに魘魅の軍勢を殲滅し、その後、陽炎のように消えて行った謎の軍勢。 「一緒に行くか?」 「あ、ああ」 「それにしても……こんな夜中に二人出歩くと、まるで逢引きじゃな」 「ハァ? いっぺん死ぬか、貴様」 白夜叉が睨みつけたが、辰馬は「照れちゅうか? そんな怖い顔しなぁ」とケラケラ笑いながら、立て付けの悪い雨戸をぎしぎしと押し開けた。寂れた廃寺の内庭には誰もいない……筈だったが、そこに桂小太郎と高杉晋助が腕組みをしながら立っていた。 「親友の俺を置いていこうなどと、水臭いぞ、銀時!」 「か、勘違いするな。別に、お前らと一緒に行きたいわけじゃないんだからな。たまたま、月見でもしようとしていただけなんだからな」 辰馬が「ハッハッハー。惜しかったのぉ。せっかくのデートが」と喚きながら白夜叉の背中をバンバン叩いたが、叩かれた側はブスッとしながら「別に、どーでもいい」と呟いた。 魘魅の宇宙船の甲板で膝を抱えながら、いつ消えるか、いつ消えるかとジリジリ待っていたが、一向にその気配は無かった。本当に、メガネだけ消えて、僕はおいてけぼりなんだろうか……ということは、この後、僕はこの時間軸の中で生きていかなくちゃいけないんだろうか。それとも、潔く死ぬべきなんだろうか。皆は未来の、いや新しい時間軸の中で、無事に出会えたんだろうか。そして、僕は一体どうなったんだろうか。 それにしても、お腹すいたなぁ……いや、その前に水が欲しい。 「おーい、大丈夫か?」 朦朧としながら視線を上げると、懐かしい顔が自分を見下ろしていた。月光を浴びて、銀髪が淡く輝いている。 「……銀さん? 銀さんですよね」 「あ? おめぇ、なんで俺の名前を?」 そうだ、銀さんはまだ、僕……志村新八とは出会っていないんだっけ。 昼間に万事屋三人で肩を組んで間近で見つめた顔よりも、白夜叉はぐっと若く……多分、今の自分と同じぐらいの年齢だろう。 「その、白夜叉といえば有名だし、皆の憧れですから」 とっさに口から出任せで答えたが、白夜叉は「ふぅん」と呟いたきり、それ以上追及してはこなかった。自分の異名が変に広まっていることには、もう慣れっこなのだろう。 「貴様、脱水症状起こしてんじゃねぇのか? コレ飲んどけ」 白夜叉の後ろから、黒尽くめの小柄な男が割り込んできて、小さな瓶を差し出す。新八はふらつきながら小瓶を受け取り……目をすがめながら小瓶を顔の傍に近づけた。 「んだよ、目ェ見えてねぇのか」 小柄な男が、一度は渡した小瓶をヒョイと取り上げ、蓋を覆う銀紙にストローを突き刺すと、再び新八の手に握らせた。 「その、すみません。メガネが無くて」 そう言いながら、ストローに口をつけ……濃厚な甘い液にむせて、激しく咳き込む。 「ばっか、高杉。脱水起こしかけのヤツに、いきなりヤクルトなんか飲ませてんじゃねぇよ。こういうときは、ポカリだろ、ポカリ」 「貴様、ポカリ持ってるのか」 「いや、持ってねぇけど。つか、なんでお前ヤクルト持ってんの? お前、ヤクルト持ち歩いてんの?」 「うるせぇ、死ね」 「てめぇが死ね。つーか、ポカリぐれぇ、どっかに自販機あるだろ。いや、無いか? こないだ、見かけたけど。あれ、どこだっけ。なぁ、ヅラ」 「ヅラじゃない、桂だ」 騒いでいる声が遠のいていく。 あれ、このまま消えるのかな、僕……と、ボンヤリ考えながら、新八はゆるやかに意識を手放した。 「ほれ、ポカリ」 ぺたりと頬に冷たい缶を押し付けられ、自然と悲鳴があがった。 「つめてぇっ! 何すんだ、この白髪天パ!」 喚いて起き上がったが、そこが見慣れた万事屋でも、姉と暮らしている我が家でもなく、薄暗い講堂のような場所だと気付いた。 「……ここは?」 いきなりの天パ呼ばわりに、ポカリの缶を手にしたまま固まっている白夜叉に代わって、桂が「我々のねぐらだ」と説明してやる。 「ねぐら?」 「いうならば、我が軍勢の駐屯地さ。君達の昨日の戦での戦いぶりは、見ていた。お仲間とはぐれたとお見受けするが、なに、志は同じだ。我らと共に来ぬか?」 桂が熱心に勧誘を始め、高杉が「よせ、どうせ朦朧として聞いてない」と桂を押しのけて、ストローを刺した小瓶を差し出す。 「だーかーらっ! こういうときはヤクルトじゃなくてポカリだろ! 昨晩、ヤクルト飲んで死にかかってたの、忘れたのかよ!」 白夜叉が小瓶をひったくって、青い缶を再び新八に押し付けた。 「あ、あの……後で落ち着いたら、そっちのも飲みますよ」 「べ、別に飲んで欲しいわけじゃねぇ。たまたま、手元に有っただけだ」 新八は高杉と直接の面識は無いが、紅桜とかいう魔剣の事件で、高杉の船に乗り込んだことがある。その時の印象はひたすら「人間離れした恐ろしい男」というものだったが、こうして間近で見る高杉は整った顔立ちをしていて、まるで美少女のようだった。 「いつも手元にヤクルトがあるのか、テメーは。どんだけヤクルト好きなんだよ。ヤクルトレディか? テメェ、ヤクルトレディなのかよコノヤロー」 白夜叉が高杉をからかっているのを、ぼやけた視界で眺めながら、ポカリを飲み干し……続いて、ヤクルトをちびちびと啜る。ヤクルトの濃い糖分が胃に染み渡り、猛烈な空腹はとりあえず抑えられた。生きているという実感とともに、やはり自分は元の世界に帰れないのだ、という絶望感も込み上げてきた。 「ところで同志よ。名前は?」 「し……いや、その」 志村新八、という名を告げるわけにはいかない。十年後に出会うまで、坂田銀時は『志村新八』を知らない筈なのだから。 それと同時に、自分はその出会いの前に、消え去らねばならない、ということにも気付いてしまった。志村新八の記憶に、同じ名前で同じ顔の人物は居ないのだから。そして、自分は誰の記憶にも残ってはいけない。本来は居ないはずの存在なのだから……俯いて泣き出してしまった新八を囲んで、白夜叉と桂、高杉が気まずそうに顔を見合わせた。 そこに、まったく空気を読まない辰馬が「おお、起きたようじゃの、アッハッハー! 茨木君の予備の眼鏡、借りてきたき。人里に下りて、眼鏡でも買うまでは、代わりにこれをかけておくとよか」と、喚きながらドスドス駆け寄ってきた。 彼の名前を覚えていないのも、当然だった。 彼が自ら名乗ったことなど、無かったのだから。ただ、いつも黒子のようにひっそりと居たために、いつのまにか黒子の、黒子の、と呼ばれるようになっていた。 ![]() そして、戦が落ち着いた頃、ひっそりと立ち去ったのだから。 ![]() 「忘れてくれていいんです。いえ、忘れてください」 もしかしたら、消えてしまうかもしれない。もともと、この世界に居るべきではなかったのかもしれない存在なのだから。 でも、例えこの身が消えようとも、時間軸を超えて、いつだって、何度でも、僕はあなた達と……銀さんと共にいます。 「懐かしいですね。ポカリ」 同窓会に現われた男は、そう呟いて畳の上に転がっている缶を拾い上げ、プルトップを開けた。 「おめぇ、眼鏡がねーと、ホントに地味な顔だもんな。そらぁ忘れるわ」 「コンタクト、似合いませんでしたかね。結構、気に入ってたんですけど」 同窓会を装って銀時らを暗殺しようとした鬼兵隊をたったひとりで蹴散らした男は、静かに微笑むと、銀時の隣に腰を下ろした。 「銀時さんは、今、お元気でやっていらっしゃるんですか?」 「おうよ、かぶき町で万事屋やってんだぜ。助手は……」 「メガネの男の子と、チャイナの女の子?」 「んだよ、知ってるのか? まぁ、かぶき町の万事屋といやぁ、ちったぁ知られた存在だもんな。おめぇもなんか困ったことがあったら、頼ってくれよ?」 黒子野と呼ばれていた男は、困ったような曖昧な笑みを浮かべながら「銀時さんも、ポカリ、どうぞ」と差し出して話を逸らした。 「忘れられたままじゃないといけないとは、分かっていたんですけど……ここであなたに死なれると困るので、つい」 「なんじゃ、そら」 「あと、五年もしたら分かると思いますよ。いや、分からなくてもいいんですけど。この世界には、もう、僕は要らない存在なのかもしれないですし」 「相変わらず、何言ってんだか、よく分からねーやつだな。そんなんだから、余計に頭に残んねーんだよ」 銀時は面倒くさそうにつぶやくと、片手で黒子野の肩を抱き込み、ぽんぽんと赤ん坊をあやすように軽く叩いてやった。 「この世界に、要らない存在なんて、ねぇよ。俺だって、鬼子とかなんとか言われてたけど、松陽先生が拾ってくれて、仲間が一緒に戦ってくれて、今はかぶき町のヒーローさ。おめぇが何に気後れしてんのかは知らねぇけど、少なくとも、同窓会ぐれぇは居たっていいんじゃねぇのか?」 「いや、そういうレベルの話じゃなくって、その、根本的な存在意義というか」 「そーいうの、いいから。存在意義とか、そーいう難しい話は、どうでもいいから……ともかく、なんも遠慮するこたぁねぇんだよ……なに? 泣いてんの? 黒子野、泣いちゃってんの? そーいや、昔もなんか泣いてたっけな」 「済みません、済みません、思い出さなくていいです、忘れてください。全部。僕のことなんて忘れてください。いや、覚えていてもらっちゃ困るんです」 「なに、覚えてたらダメって、どんだけシャイなの? いいよ、銀さん、三歩歩いたら忘れちゃうから。今日ぐらいは素直になっていいんじゃねーの? ほら、同窓会なんだし」 涙を拭った顔を間近に見て、銀時はアレッと思った。 似ている。声も、顔立ちも。義兄弟だったという男には逢ったことがあるが、実の兄が居るという話は聞いたことが無い。 「本当ですね? 本当に忘れてくれますね?」 「お、おう。分かったよ。約束するよ」 黒子野……いや、黒子野と呼ばれていた男が、銀時の正面に回り込んだ。ちょうど、彼が自分と同じぐらいの年齢になったら……と思わせる顔立ち。まさか、と声に出かかった。 「銀さん。僕の、名前を呼んでください。もう一度だけ、銀さんに僕の名前を呼んでほしいんです。僕がこの世界を守るために、十年前に捨てた、僕の本当の名前を」 「……その、なんだ。あんまり泣くと、脱水症状起こすぜ?」 「そんときは、ポカリでも飲んでおきます」 銀時は気まずそうに頭をポリポリ掻いていたが、やがて思い切って、心に思い浮かんだ名前を呼んでやった。あり得ないが、もし、その仮説が本当であれば、彼が万事屋のことを知っているのは、不思議なことでも何でもないのだから。 朝日を迎える頃には、黒子野と呼ばれていた男は立ち去っていた。 ムクリと起き上がった桂と辰馬が「そういや黒子野は!?」「そうだった、同窓会は!? 一体どうなったんじゃ!!」と喚き始めたが、銀時は、黒子野のことを話す気は毛頭なかった。世界中から忘れられることが彼の希望であり、彼の誇りに対する礼儀でもあり、彼の守った世界のためでもあったから。 ……だから。 ![]() (了)
【後書き】劇場版のオチに使われたアレ、新八は無事に帰れたのかなぁ……と思っていた矢先の、ジャンプ連載でのこの展開に「もう、太助っちは新八っしょ!」と一気呵成に書き上げました。 その割には、サイト収録が遅れたというね、もうね。タイトルは仮題でしたが、某ボスが「それでいんじゃね?」とおっしゃったので。 |
某SNS初出:13年07月28日 当サイト収録:同年09月16日 |
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